逆転世界『るかりり』 作:毛皮
学校に到着して聞こえる姦しい女の声。もっと、この世界では姦しい、という表現は間違えているのだろうけれど。
会話の内容なんて物は本当に意味がなく、昨日のテレビに映っていた『アイドルグループ』の話であったり、漫画の『ヒーロー』の話であったり、開かれた雑誌のグラビアに映る男で盛り上っていたり。
「お前らは童貞か何かか?」という言葉は慎む。それこそ僕の性格ではないし、童貞というか処女というべきだし、僕がソレを言うというのは僕の感性上、クラスに何人かいるそれなりに可愛い女の子がグラビアを見て盛り上っている男子生徒に対して「アンタ達って童貞なの?」と言っているに等しくなる。新しい扉を開いてしまいそうだ。
ヒソヒソと女生徒を見ながら喋っている男子生徒になるべく意識を向けないようにして席に座る。頼むから、不潔だとかそういう事を言わないでほしい。無理だろうけれど。
一息吐く。その一息に溜まった何かも一緒に吐き出した。
この世界において……僕にとっては全てが逆転した世界において男達の性欲はそれほどなかったりする。それこそ中学時代の性教育以来、友人との会話でそういう話は出ないし、過激な内容の『少年漫画』を読めば、淫乱だとかと陰口を叩かれる程なのだ。
代わりと言っては何だが、女達の性欲は強い。高校にいる童貞よろしく強い。夏場にシャツを軽く上げてやれば視線を集めれる程に強い。聞いた話ではオナネタになったらしい。ソレが口と調子の軽い『美少女』に言われたのだから僕の頭痛の種になったのは言うまでもない。
携帯を弄って画面に映し出された名前を見つめる。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。金色の髪に大きな胸、その胸に不釣合いな細い腰の括れ。実に『ブサイク』である痴女さんの名前だ。
深呼吸をして、メールをカチカチと打ち込む。何の変哲も無い言葉を並べる。仕事終わりに連絡する事、集合する駅名、締め括りに『お仕事頑張ってください』と加えて送りつける。
「メールなんて珍しいな」
「そうですか?」
「誰に送ったんだ? 彼女とかいたっけ?」
「いえ、居ませんが……」
男同士の会話だというのに前の世界の様な気軽さが無い。それこそ常に敬語で喋っている僕も悪いのだろう。だが、こうして牽制と探りを入れてくる辺り感覚が狂ってしまう。
「スゲー美人な痴女にあって連絡先を一方的に教えて夕飯一緒に食べる予定なんだぜ!」とは言えない。痴女にあったなんて口を滑らせてみろ、教室全体に行き渡って男達に心配されて保健室に連れ込まれるんだ。ソレはもう体験済みだ。
適当な会話。それこそ授業の話であったり、昨日のテレビの話であったりをどうにかこなしつつチャイムが鳴り響くのを待つ。早く鳴ってくれ。
授業終わりの休憩に何度か入り、その度に携帯を確認しているけれど相変わらず返信は来ない。了解の一言でもあれば嬉しいのだけれど。
痴女さんはこの世界にこれ以上いないであろう、と言える程の『ブサイク』だった。一位二位を争えるのではないだろうか、と思える程の『ブサイク』だ。
ソコまで思い出して下半身に血が集まっていくのを感じる。そういえばスンドメ喰らってたな……抜くにしても学校で抜くとなると場所を選びすぎる。トイレなんかで抜いてみろ、噂がスグに広まるんだぞ。この世界の男の情報網は恐ろしい。
その情報は女にも伝わり、コッチを見て顔を赤くするんだ。童貞か、お前らは。いや、処女か。
頬杖をついて溜め息を吐き出す。頭の中に『人気の女性トップアイドル』を思い浮かべて煩悩を捨てる。余計に溜め息が出たような気がした。
そういえば、僕を助けた『美少女』はこの学校の制服を着ていた様な気がする。いいや、気のせいに決まっている。フラグでもなく、『美少女』など出てこないのだ。
そこまで思い出して、ふと気付いた。『美男子』とは言えないまでもそこそこな現役高校生男子に手を出した『ブサイク』な痴女。そして夕飯を奢れという誘いと先ほどのメール内容。
あれか、それほど意識していなかったけれど、僕の感性だと『現役女子高生に手を出した超絶ブサイクなサラリーマン。
明らかなイケメンがサラリーマンを捕まえると女子高生が抱きついて「彼氏です」発言。
呆気に取られて電車から出たら、夕飯を奢れと言われ、仕事先に行けばメールで集合場所を伝えられる』
って事になるのか。
「……なるほど、
ドコからどう考えても美人局です。本当にありがとうございました。更に言うと『お仕事頑張ってください』とかちょっとした脅しみたいになってるじゃないですかヤダー。
やってしまった。あの痴女さんとはコレっきりかもしれない。いっその事ちゃんとした脅しの文章でも送りつけるべきなのだろうか。
まあ、来なかった来なかったで縁が無かったという事にしよう。それこそ女に困る状態ではないのだ。
学校も終わり、一度自宅に帰って、私服に着替えてから集合予定の駅に到着した。メールは相変わらず来ていない。そりゃ美人局みたいな内容だったもんな……。
時計と周りを確認してみれば既に帰宅ラッシュの時間も終わった。
どうやら縁が無かったようで。あれほどの『ブサイク』は見たことが無かったのに、残念だ。
「あっ」
「ん?」
振り返れば金色の髪。ビジネスバッグを片手に、携帯電話をもう片方に握り締めて、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが僕の前に居た。
「ご、ごめん。待たせた、かな?」
「ええ、かれこれ二時間待ちました」
思いっきり肩を落とした痴女さん。誰が「今来た所です」などと言うモノか。かといって、よく来たものである。自分で言っても可笑しいが美人局よろしくな誘い方だったというのに。
「そ、その、可愛いよ……?」
「はいはい。アリガトウゴザイマス」
雑誌やネットで見たような定型文をありがとうございます。分かりやすく溜め息を吐き出してから手を握ってやる。驚いた様に背筋を伸ばして反応するその姿は実に面白い。
「……処女じゃないんだからこの程度で過敏に反応しないでくださいよ」
「しょ、しょ、処しょじゃない! 大人をからかっちゃダメだよ!?」
「あーウンソウダネー」
年齢は聞いても見てもないけれど、社会人という事は成人しているのだろう。それこそこんな『ブサイク』なのだから仕方ないのかもしれない。個人的には嬉しい事だから別に気にしないけれど。
「さて、処女さん。ご飯を食べに行きますよ。それともホテルにでも行きますか?」
「ホテッ!?」
「じゃあ夜景の見える素敵なレストランの予約は大丈夫ですか?」
「え? あ、その……」
顔を真っ赤にしたり青くしたり、百面相をしている痴女さんを見て内心で微笑む。揶揄するのは楽しいけれど、これ以上苛めるのは止めておこう。
「嘘ですよ。そこらの居酒屋にでも入りましょう」
「いいの?」
「痴女で処女なハラオウンさんに期待はしてませんよー」
「……スイマセン、生まれてきてゴメンナサイ」
落ち込んでしまった。まあそれもそうか。
ふむ、と一つ漏らして元気の出そうな言葉を探す。
「実は今日友達の家に泊まる予定だったんです」
「……うん、ゴメンナサイ」
「両親には友達の家に泊まりに行く、と言っているので僕が遅くなっても何も言いません」
「…………ん?」
「だから、今日は泊めてくださいね?」
キョトンとしている彼女の顔は僕を笑わせるのに十分であった。
痴漢した清楚系地味っ子からお誘い(意味深)を受けた。
美人局だな!(確信