とある世界、とある時代の出来事。
一人の少年が居た。名を高田正樹。
一人の少女が居た。名を高崎茜。
少年と少女の家は並び合い。
家族ぐるみの付き合いだったそれぞれの両親は、世に溢れるラブコメの影響を受けてトチ狂ったらしく、屋根伝いに往復できる部屋を少年と少女に宛がった。
両親の愛情をそれなりに受けて、すくすくと育つ二人。
やがて教育ではどうにもならない部分、先天性の自我が芽生えていく。
彼は傲慢だった。しかしそれを隠すだけの理性はあった。
彼女は聡明だった。それ故に幼馴染みの本性に辿り着く。
但し、恐らく多分だけれど。
彼は彼なりに今の世界に愛着を持っていた。
くだらなく怠惰で退屈ではあるけれど、脅かされぬ今を謳歌していた。
それは多分、彼女を嫁にし、子供を何人か産み、育て、老いて死ぬ、人生の果てまで続く筈だった。
だから、彼女は悔やんでも悔やみきれない。
何故自分たちだったのかと。
異世界に転移するなどという稀な現象の被害者が自分たちである事を、後に酷く悔やんでいた。
寝惚けた彼を叱咤し遅刻せぬようにと急かす彼女。
いつもの登校風景が、いつものように続くと思っていた矢先。
―― 一変する世界。
――現代から中世へ。
――科学から魔法へ。
――庶民から勇者へ。
ありふれた、物語。
但し、枕詞に夢とつく筈の物語。
曰く【異世界召喚】に彼と彼女は巻き込まれる。
彼女には剣の力が宿り、救世の勇者と崇められる事になる。
剣を振るえば百の魔が散り、その身に更なる破邪の力を宿す英傑。
彼女は紛れようのない天才であり、光の象徴となっていく。
一方、彼は――?
彼は、幾つもの魔術を習得した。千里眼、転移、死霊術その他諸々。
けれど、そのどれもを彼は隠し通した。
力のない人間なのだと周りを欺いた。
そして、静かに力を行使していく。
同時に、少年の仮面はひび割れていく。
笑顔の奥に嘲りを。
その瞳は笑いながら、乳房や優美な女の肢体が描く曲線を無遠慮に眺め。
緩やかに歪んでいく。
彼女に罪があるとすればその段階で違和に気付かなかった事。
後方支援に特化した彼の能力と比して、【分かり易い】彼女は既にこの時戦場を駆けていたのだから仕方のない事だけれど。
世界は割れていく。
優れた、けれど歪んだ資質を以って暴君の如く振る舞い始める少年と。
正しく優れた資質を鍛え抜き、敢然と立ち塞がろうとする少女へ。
力に惹かれた者たちと、仁に惹かれた者たちが世界を二分していく。
高まる緊張。加速する敵愾心。
説得に用いる舌も言葉も最早用は無く。
取り決められし日時、朝焼けに染まるマハラ平原のその中央。
世界の歴史史上に残る才能を誇る、【元】勇者二人が対峙する。
「愛しているぜ」と彼は言い。
「私もキミを愛しているよ」と彼女は言う。
これは、そんな歪んだ英雄譚を綴った物語。