※この作品はR-18です。

堕ちた勇者は魔王となって   作:安芸田老

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かつてノクターンに投稿。手直し。


プロローグの2――或いは【堕ちた】後

 王城を取り囲むは神聖王国オーシェンを裏切りし【堕ちた勇者】高田正樹を長にした流浪の傭兵団、一五万。

 もはや"団"を超え"国"とも呼べる数の暴力に対する、一方のカノー神聖国。

 敗北に次ぐ敗北を経てその数、王直属の近衛騎士団を中心に三千。

 王都防衛戦となるこの戦争。

 けれどその名とは裏腹に、最早起きる前から戦争と呼ぶに値しないものであった。

 もしも神なる存在が雲上からその戦いを目にしたならば、死骸に集る蟻の如き有様で攻め寄せる傭兵団の軍勢はさぞ嫌悪感を誘っただろう。

 しかしカノー神聖国の騎士、兵士達は奮闘した。

 王城に押し寄せる雲霞の傭兵団を半日にも渡って防いで見せた。

 まさに一騎当千の兵――って奴だな、指揮を執る高田正樹はそう感嘆の呟きを漏らしたとされる。

 しかし如何に千の力を発揮する個と言えど、疲労して枯渇して蘇らない三千である。

 一の力でしかないけれど、疲労せず枯渇せず蘇り続ける一五万をいつまでも凌駕出来る道理はなく――。

 積み重なる疲労の中、僅かな隙、微かな綻びがカノー国の崩壊の序曲となった。

 

 きっかけは何だったのか。

 押し寄せる傭兵らに無慈悲な死を降り注ぐ虎の子の魔法師団の魔力が切れ、戦術級魔術を発動出来なくなってからか。

 城壁から雨霰と注いでいた矢が尽きた事か。

 破城槌が神に祝福された城門を破った所か。

 そもそも【堕ちた勇者】が未だ【勇者】として隣国オーシェンに降り立った時から運命は決められていたのか。

 ともあれ、進退窮まろうと彼らは降伏を選ばなかった。選べるはずがなかった。

 

 知っているからだ。

 知らされてしまったからだ。

 かの【堕ちた勇者】が率いる軍には、彼らの軍規には――

 

『略奪を罰する規定がない』事を。

 

 故に彼らは戦う。

 戦わねば、己の敬愛する王妃や王女らが、愛すべき家族や民たちが如何様な目に遭うかを知るが為。

 

*********

 

 王都に存在する全てのカノー人は知っていた。

 城壁のはるか遠く。

 スキル【千里眼】を行使しなければ見えない平原の先。

 傭兵団の本陣が敷かれたその陣幕の中。

 銀髪紅眼の妙齢の女がいた。

 神の息吹を宿した篭手と脚甲を身につける彼女の名は、カノー神聖国一の精鋭集う白鳳騎士団、その第一隊隊長、エイリーク・ゼ・シュワイゼル。

 建国当時から国王を守り続けた最強の盾、シュワイゼル家の長子にして長姉。

 緒戦となった国境の防衛戦にて傭兵十万を冥府に屠った女傑。 

 そんな彼女が今――

 

「ひっ……あっ! お、ねがぃ…っ……や、なの! も、ぉ………ゆるひて、ゆるひてくだあい!」

 

 泣いていた。

 幾人もの"自らが殺した"男達に取り囲まれ、秘所に、口に、逸物をぶちこまれ、銀髪は楔に巻き取られ、握力をとうの昔に喪失した両手は無理矢理に男達の物を扱かされて。

 鼻水を垂らし、涎を零し、涙を溢れさせ、四つん這いで男達を受け入れていた。

 その姿に【銀鬼】と賞賛された女騎士の面影はない。

 

「んっ、あ! もっ、思い知った、知りました! おとこのひと、すご、ぃの…っ、もぉ…知った、よぉ………っ、ぎぃ」

 

 聖霊を宿した鎧は見るも無残に引き千切られ、剣を振るに邪魔と自嘲していた胸を背後から突き込まれる度に揺らし。

 群がる男たちに浴びせられた精液は白皙だった肌を余す所なく染め上げていた。

 今もまた一人、銀の騎士の女陰の奥深くに滾る白濁を撒き散らした。

 

「うっ、っが……ふ――な、……ッで、また……な、かァ。う、あぁぁ…」

 

 汚濁に穢される感覚は堕ちた今となっても騎士を苛み、嗚咽に身を震わせる。

 幼い頃より剣を握り続けて硬くなった指先が、白濁を掻き取ろうと秘所に指を伸ばす。

 

「おいおいおい、だぁれが掻きだしていいつったよ?」

「ひっ。……お、お願いしま…す………子供、が……厭。おぼ、れ……ちゃ…のぉ」

 

 そんな無様な抵抗を、取り囲む男達はにやついた笑みを浮かべながら見下ろしていた。

 数日前に「雑兵が粋がるな!」と一喝し、口にねじ込まれた男の逸物を食い千切るような女傑が、今や名もない一介の兵士にすら許しを請う有様。

 【銀鬼】の堕ちように、兵士達はゆがんだ笑みを浮かべたまま、女騎士のせめてもの抵抗をも阻む。

 

「なら、さっき教えたろ、エイリーク様? 城の向こうで頑張って戦ってるお前さんの敬愛する国王夫妻によぉ、今のお前さんの現状を教えてやれよ、私は男達のちんぽに犯されて幸せですってよぉ」

「――ッ」

 

 堕ちた騎士が唇を噛む。

 

「ぶは、お前まだ諦めてねぇのかよ」

「るっせ、浪漫だ浪漫。いいじゃねえか、いいトコの家の高潔な騎士様の堕ちた宣言なんてよぉ」

 

 男が何を言わせたいかを思い出して。

 殆ど恐怖と屈辱にまみれた意志の中、残る理性をも砕こうとしている彼らの底知れぬ欲望の深さに慄く。

 それでも。ここ数日、肉体と精神双方を責め立てられ、魔術で精神を脆くさせられたエイリークが選択出来る選択肢など、一つしか残されていない。

 

「ひ……ヒュー、ベ…国王、陛下…………シア王妃、殿下…ぁ……――ッぅ、もう、しわけ……ありま――、め、なさぃ……ごめ、なさ………」

「っぷ、は! はははははははははは! おいおいおいおいおい! なんてザマだよ、シュワイゼル様よぉ」

「あ~ぁ。こうなっちまうと、高名だの、高潔だの、名を売っておくモンじゃねーなぁ――ほら、いいぜ。精々必死で掻き出してくれよ」

「ぅっ……あぁ………こ、な…………こん、なぁ…」

 

 かつての自分なら選びうるはずのない選択肢。

 そして、宣言の代償に解放された両手で股間をまさぐり、注がれた白濁を少しでも掻きださんと指を這わせていく。

 響く水音は果たして男達の精だけなのかどうか。

 大地に両肩をつき、秘裂をまさぐる姿。遠くカノーの王城の向こうで【千里眼】を行使する者が未だ存命であれば、まるで自慰に一心不乱に耽るようなこの姿を果たして世界の【七強】に数えられる【銀鬼】と気づけるだろうか。

 

「エィ、りー、く……はぁ……負け、ました。負け、て……ぇ……犯されて………っ、っぐ、う……ひっ、っく――」

 

 そもそもをして、エイリーク本人ですら、時折目覚める理性が今の自分を認められないというのに。

 敬愛と忠誠と、僅かな思慕を捧げていた国王の名と、慈愛に満ちた国母に相応しき王妃の笑みが脳裏を過ぎり、自責と後悔の念が押し寄せる。手足にしか鎧を身に付けていない騎士としてあるまじき姿の自分を見下ろして、涙をぼろぼろぼろぼろ零して、嗚咽にしゃくりあげる。

 

「わ、わたし、は………ぉ……ぉ、ちん、ちん。ない、とぉ――」

「アァッ? なんつった、おい!」

「ヒ……ッ!? ちん、ぽ。です! ちんぽ! ちんぽ、ないとダメ、に、ィ――ダメに、なっちゃ、った、のォ!」

 

 雑兵に睨まれ、竦み上がる銀の鬼。

 慌てて、機嫌を取るために精を放って、萎えて萎んだ男の屹立へ顔を埋める。

 口唇愛撫。百を下らぬ男達の欲望を飲み込んだ、その手管は最早、並の娼婦を超える。

 顔を男に埋めながら、糸を引く女陰から更に精を掻き出す姿は酷く淫靡で。取り囲む【死霊術士】のスキルによって操られる亡者たちの情欲を更に煽っていった。

 

「ぉ……おぉぉ! いい、ぞ! 良いぞ…」

「ふ、ふぁい…。い、っぱい……悦く、なって………下さい」

「へ、へへ。良い声、出すようになってきたじゃねえか」

「だから言ったろ、こういう女は一発ヤッちまえばこっちのモンだってよ」

 

 口腔一杯に頬張る男の怒張。

 懸命に奉仕する女騎士は、やがて取り尽くすだけ精液を取り尽くすと女陰から手を離し、絡みつくように男の腿に腕を巡らせる。水音を卑猥に響かせながら銀髪を揺らし、豊かな乳房を擦りつけて揺らす。そして、無意識にふり、ふり、と左右に振れる臀部、何人もの何十発分もの精液を受け入れた前と後ろの孔から収まりきらぬ白の糸が、細い糸を描いて大地に染みを作り上げる。

 

 誘うかに揺れる尻。鍛えられながらも肉付きの豊かな熟れた尻肉に魅入っていた男達は、夜の灯りに導かれ焼け死ぬ虫のよう、既に何発も放ち、身体は休息を求めているというのに、立ち上がる。涎を垂らし、瞳だけは爛々と光るその様子は、彼らに正気が宿っていない事を知らせる。

 

「ひ、ぅ………ッ、ん、っぷ、は……ァ」

 

 先の国境防衛戦で武勲を上げた歴戦の勇士の姿はそこになく、再び楔を硬く膨れあがらせていく男達を横目に見たエイリーク。瞳を絶望と、本人も気付かぬ程度の微かな期待に膨らませて。咥えた楔を唇で慰めるまま、傍らに立つ男達の楔を握り、扱き立てていく

 

「お、ね、がひします――手、と口ィ。…いっしょ、けんめー…。する、から…………中、厭、なの」

 

 手と口で三人を相手にし、涙目に嗚咽を堪えて懸命に心を篭めた奉仕に勤しむ彼女は乞うて願う。

 中には欲しくないと。

 子宮に宿した、未だ目立たぬ腹に宿っている筈の我が子を守るために。

 奥を小突かれる度に我が子が泣き叫ぶ声が聞こえる気がして、エイリークの心は消耗して擦り切れて。

 それでも。辛うじて摩耗せず残った【彼】と為した宝を守りたい心が、二人の子を守ろうと男達への奉仕に熱を篭める。

 

「ああ、何言ってんだよ?」

「ひひ知ってるぜ」

「お前、奥に出されると悦いんだろ?」

「ひ、っが! そっ、な訳……!」

 

 そんな、エイリークの【錯覚】を男たちは笑う。

 幼少の頃より密かに心の中だけで思い合っていた執事と結ばれ、子を宿した――そう【彼女だけが信じている現実】は、実際は正樹に作り出された幻覚である事を兵士たちは知っている。

 だから、必死に我が子を庇う【銀鬼】の懇願に、わざわざ男たちは言葉を曲解する。

 

「中に出される度に、お前の中がぎゅって抱き着いてきてよ、良い具合なんだよな」

「ははっ、成る程! つまりはオネダリって訳か!」

「ちっ、ちが……!」

「はははっ! マジかよ!」

「ちがう~……ちがう、てばぁ……」

 

 泣いて、鳴いて、銀の鬼が涙を零す。

 囚われた直後、口にねじ込まれた楔を食い千切った女傑の姿はそこにない。

 必死に、せめて男たちの機嫌をこれ以上損ねぬように。喉の奥まで楔を飲み込み、咽頭までを性玩具に見立てて奉仕し、楔を握る指先は先端の鈴口を擽り、剣を握り大きく育った手を伸ばし、小指が袋をもてあそぶ。

 全ては全て、幻の我が子を守るため。

 

「うっわ…真性じゃねえか」

「ひひっ、隠せてるつもりだったのか?」

「――~……っ、っふ」

「誰が止めていいっつったよ!」

「んぶぁ! ご、ごめんなさ、い………っ、ん、ぶ……っっぷ」

 

 恐怖と、悦楽に染められた銀の鬼。長い髪を振り乱し、口と手で男たちを愛撫する。嘗て味方たちを叱咤激励し、鼓舞した唇は大きく縦に開き男の怒張を喉まで飲み込み、胼胝を潰して硬くなった手が更に男たちを扱いていく。

 両手と唇で三人の男を相手取りながら、彼女の背後でゆらり、と生気薄く立ち上がる男がいた。

 いかに生気が薄くとも、かつてのエイリークであれば気付いたであろう。ただ、現状。心まで折れ、支えは腹に宿る――と錯覚している――愛おしい男との胎児のみ。我が子を守る為に全てを賭して肉体を捧げるエイリークは、故に気付かなかった。

 

「あっ、や! め………っ、ぃ、やァ」

「っらぁ! 止めんな!」

「そ、っこ……そこ……っは!」

 

 無言のままに、男が括れた腰を掴むまで。気付かなかった。

 挿入。

 蜜と精液に塗れた蜜壺を往復する楔が奏でる水音、尻と腹がぶつかり弾ける音、そんな音が野外に響く度、銀髪の騎士が喉を仰け反らせて喘ぐ。喘ぎ、口から零れてしまった頬の粘膜に擦り付けて愛でていた楔を慌てて頬張り直し、手を動かす。

 ――まだ、囲む男達の誰も咎めていなかったのに。

 口と蜜壺から派手な水音が響き、手からも先走りの液に手を濡らすエイリークの手に下が、男達を愛していく。

 ほんの数リーグ先で血みどろの防衛戦が行われているとは信じられぬ程に、淫らな光景。

 嘗ては国を背負っていた騎士が、奉仕し、乳房を揺らして背後から男を受け入れる。

 

「んっ、ふ、ェ! ぃ、っぁ」

 

 銀髪を揺らし、突かれる度に健気に喘ぎ、悶える女の姿に奉仕を受ける兵士たちもにやけた笑いを更にいびつに広げていく。

 

「ふ、ははは! ほら、っよ! 良いんだろ!? 【銀鬼】様はよぉ! 此処に突っ込まれんのがさぁ!」

 

 喉奥を突かれ、精液の匂いに包まれ、蜜壺を突かれ。エイリークの理性が蕩けていく。

 

「あ、っ…! ひぅ、んぁ! んん――ッ、や、っだ…! …やだぁ……こ、んあ…の、無理、ぃ……や、っら……いやらぁぁぁぁぁぁ! ひぅ……! マイ、ヤー…た、すけ……マイヤー、マイヤー、マイヤー……おね、っが……!」

 

 既に散々と女の悦びを知ってしまった肉体が融かしていく。

 頑なに譲らなかった部分。

 【執事】の名を、顔を、二人で歩いてきた記憶をよすがに、自らの魂や矜持といった人としての本質を守ろうとする理性が融けていく――

 

「やっ、ぁ…! やぁ……たすけて、た、すけ……マイヤー。……マイ、……んっぅ!? ひ、ぃん! そこ、やぁ! 奥、ごりごりしないでぇ! 忘れ、っちゃ……ぅ! 忘れちゃうぅぅぅぅ!」

 

 蹂躙される。

 

「はっ。毎日毎日――ウチの団長にやられてから今日の今まで、散々っぱら忘れて、雌犬の幸せに浸ってる癖にまぁだんな事言ってんのか」

「ち、が………忘れて、なんか……っく、ひ!」

 

 侵害される。

 

「忘れてんならっ、思い出させてやるよ、お前がただの雌なんだってよぉ!」

「あぁ、っん! 奥、はぁ………はっ、ぁあああ、ひ、っく……お、願い…もう…私を、穢さないで…………、んぁ、ァ゛、…っ、はぁん!」

 

 そして、

 

「ッ、んぁ、っ、ぁ、ゃ…め、っ、……そっと、ッ、…んぁ、ッ、し……だ、っめ……だめぇ……───はああぁあんッッ!!」

 

 屈服する。

 

「……ぉ、おお……ッ! ……よぉ、俺のチンポはどぉだったよ【銀鬼】様?」

「――……ッ、っ~……っ、っふ、ぁ…………………」

 

 全身を跳ねさせ、付着した体液を滴らせて硬直した【銀鬼】は、死後の硬直のよう固まった絶頂の後、蕩け。

 無遠慮に覗き込んでくる、己を今まで犯していた男に愛おしげな色すら込めて見詰め――それでも、理性が言葉を紡ぐ事を躊躇させている折に

 

「おらっ、いい加減堕ちろって」

「ひ、っぎゃ……! やぁ……ん、んん~~ッッッ~~ッ!!!??」

 

 剥き出しの淫核を巡らされて――砕けた。

 表情が変わる。

 纏う雰囲気が変わる。

 反転、する。

 

 

「ひ、あぁぁ……ずぼ、ずぼ…して、ぇ? エイリーク、のォ、………ッ、ぉ、ま、っこ…もと、もっと…ぉ…して欲しい、ですぅ」

 

 甘く、媚びた声で欲しがる。

 新たな男達が覆い被さっていく。

 悦ぶ。

 もしも、過去の自分が見たならば舌を噛み切りたくなる醜態を晒して、エイリークは腰を振りたくり、髪を振り乱し、蕩けた笑みで男たちを絶頂に導いていく。

 

「ぅ、っぁ! ぅ、うん! 悦、いです! っァ、イク! イキます! えいりー、く、イク、のぉ! だ、して……おま、っこの中! 一杯、精液、ほし………のぉぉぉぉぉっっっっ!!」

 

*********

 

 そんな乱痴気騒ぎを演出した張本人。

 荒ぶる傭兵達に褒美だと、しどけなく横たわり破瓜したばかりのエイリークをくれた男、高田正樹は、カノー神聖国とオーシェン神聖王国とを結ぶ【大街道】に佇んでいた。

 スキル【千里眼】が見通す先、地平の彼方から、瞬く間に街道を踏破するオーシェンの紋章を胸に刻む全身をミスリル銀に包んだ【聖騎士】。地を駆ける【聖騎士】の名はシェーナ。

 純白の鎧を纏う【聖騎士】にして【七強】が次席【聖女】。

 彼女が軽やかに馬に跨がり疾駆する姿を正樹は眺めていた。背までの黒髪を揺らし、蒼の瞳に決然とした光を宿して駆ける【聖女】シェーナは矢張り美しかった。

 

「待たせたね」

 

 聞こえる声は涼やかで。一月振り近くに聞く声を耳にしながら、正樹の瞳の色が紅から黒へと変わる。

 スキルを用いずに見る世界にあっても、土煙をたゆたわせて脚を止める彼女は、美しかった。

 たとえ、かつての慈しむ光を双眸に宿らせていなくても。

 

「よォ?」

 

 右手をひらりと振る。肌を刺すような敵意をよそに、平然と。

 返答の代わりに、彼女はそんな正樹の行為を黙殺。

 

「アカネは?」

 

 正樹も気にした様子もなく言葉を続ける。

 

「止めに来るとしたらお前じゃなくて、アカネだと思ってたんだけどな」

「誇り高きオーシェンの名を穢した【堕ちた勇者】。同時に召喚された彼女が赴こうとすれば、勘繰る者もいる」

 

 シェーナが来た事をさも意外だと告げる正樹に、シェーナは感情を殺した低い声音で告げる。

 その事実を、【千里眼】で知っていた正樹と、知られていた事を知っているシェーナ。

 故に、確認し終えれば、話題は次に向く。

 

「はっ、政治だねえ。まー、いいけど。じゃあいいや、とりあえずさ。もうカノーは墜ちる。後続のグレゴリー達がノコノコ来る頃には、とっくだ。その頃には俺たちは城の中。城門城壁も補修済みの、カノーの王城相手に、アカネ抜きで勝てると思ってんの?」

 

 正樹が覚醒し保持するスキル群。仮にも国家を相手に隠し通していたスキル。

 オーシェンは、オーシェンの重鎮や文官たちは高田正樹を見誤っていた。

 彼が持つ特性は、後衛特化のスキル持ちなどではない。

 

 彼の特質は【王】。【千里眼】も【夢渡り】も【転移】も、【王】の才から零れ出た残滓に過ぎない。

 一種の決戦兵器である高崎茜が【剣】の特質で戦場を駆逐し、【王】の正樹が世界を平定する。

 二人でそれをなし得る程に、彼と彼女の資質はこの世界で異質。

 シェーナが神に愛された子であるならば、正樹と茜は神への断罪めいた存在。

 

「私の受けた命は唯一。高田正樹、貴様の討伐だ」

「へっへぇ、怖い怖い」

 

 しかし、実際は正樹と茜は袂を分かった。補完し合う二人は、それ故に単体となれば、欠点が覗く。

 それが故の神聖王国オーシェンの強気の一手。

 自らが持つ最強の手札を、単体戦闘力に難のある正樹にぶつける。

 天然の要塞と名高いカノーの攻城戦とシェーナ、二つの難敵に右往左往するであろう戦場経験に乏しい元勇者を、一気に駆逐。

 しかる後、【王】を討ち果たした後、後続の聖騎士団と合流。カノーの難攻不落の王城に手こずっているであろう、正樹を失った無頼の徒と亡者どもを挟撃――それが、オーシェン首脳陣の描いた最良の絵であった。

 

「……戻る気は」

「ないな、お断りだ」

 

 つまり、既にオーシェンが描いた策は崩壊している。

 挟撃は失敗に終わり、後顧の憂いがない正樹が負ける事は有り得ない。無論、【聖女】を相手に、【王】単体では勝つ事も困難ではあるが。

 

「俺の願いは謁見の間で言った通りだ。シェーナ、お前と。茜だ。お前たちが俺の元に来るなら、手心は加えてやってもいいぜ? ま、国名を残すくらいだけどさ」

「残念だ」

 

 けたけたけた、人の神経に障る笑い声に、交渉は決裂したとシェーナは判断。

 同時、シェーナは自らの最大の切り札を展開する。

 ――戦女神を降ろし、顕現させる秘儀。

 そんな秘儀を触媒も魔法陣もなく発動させるシェーナは紛う事無き【聖女】であり、オーシェンの首脳陣が信頼を寄せるのも判る。

 正樹の眼前に佇むシェーナは既に人を逸脱した神気を纏う――既に、己の逸物を挿れれば「あんあん」喘ぐ聖女の凛々しき姿に正樹は皮肉げな笑みを張り付け、肩を竦めた。

 

「俺は世界を獲る。心も身体も鍛えに鍛えたアンタたちを好き勝手に犯して、貪り喰らうために、俺は俺の力を振るう!」

「力に魅入られるなとあれ程、言ったというのに……ッ!」

 

 先制は正樹。歪んだ欲望を露わに、契機に、創り出すのは百に及ぶ亡霊。爛々とした禍々しい光を宿した双眸で聖女を胡乱に睨み、各々が手に持つ剣を、槍を振るって聖女の命脈絶たんと大地を蹴る。

 

「っ、ふ!」

 

 それを、シェーナは細剣で、魔法で、次々と撃破していく。その神々しい姿に、正樹は笑い、演説ぶる仕草は大仰に腕を広げて、刻々と亡霊を打倒する聖女に向ける。

 

「手始めはシェーナ。アンタの親友、【銀鬼】エイリークだ。つっても、もうシェーナの知ってるエイリークはいないだろうけどな?」

 

 呵々大笑。街道に響く笑い声は常軌を逸し、かつて、内向的だった正樹の面影は欠片も見られない。その事実に、シェーナは唇を薄く噛み、最後の亡霊を粉砕した。

 

「彼女に、何をした」

「犯しただけだよ」

「正樹ッッ! 君、はッ!」

 

 もう、【彼】が戻れないと知って。嘆きながら、たった一つの動作で互いに広がっていた間合いを零にする。せめて、苦しまぬよう一太刀で――

 

「じゃあな、シェーナ。【メインディッシュ】は最後だ――つっても、摘み食いしちゃったんだけどねー」

「なっ!?」

 

 切っ先が正樹に届く寸前。

 シェーナが【大街道】から消える。

 無詠唱無媒介の即効【転移】。この世界の常識と照らし合わせれば有り得ぬ【スキル】に、さしもの聖女も対抗手段はない。オーシェンの王城へと強制的に転移させられたシェーナの姿を【千里眼】で確認する。

 謁見の間で歯噛みする聖女から、いよいよ自分を敵と認識したらしい雰囲気を察知すると満足げに正樹は頷き、新たな【転移】を発動させる。

 

「さて、と……。とりあえずの次は、戦力補充と、王城の修復と…魔族との条約も進めないとな」

 

 忙しい忙しい、そう呟く正樹の声は、ひどく愉しげで。

 その音が完全に空気に散る頃には、街道には誰もいなくなっていた。

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