Harry Potter and Ancient Wolf 作:クレカ
生き残った少年と奪われた少女
満月がやたらと大きく見える。スーパームーンと呼ばれる現象だが、その夜衛星は地球に急接近して居た。そのせいで夜だと言うのに部屋の中はやけに明るかった。
標準的なイギリス中流階級の一戸建てには、酷く大きなサイズのベッドが鎮座して居る。日頃はピシリと整えられて居るそれは、今や少女の体液でしとどに濡れ、大海の波のようにぐちゃぐちゃとしわを寄せて居た。
「あっ……ぁ…」
鼻にかかった嬌声が響き、少女の腰が跳ねる。シーツの上に広がる絹のような金髪は月の光を受けて濡れたような輝きを放っている。耐えきれないようにサファイアの瞳がキュッと瞑られる。
「本当に堪え性が無いな、お前は。名家の令嬢が聞いて呆れる。ほら、腰が跳ねてるぞ」
「ん…んぅっ……」
淫らな水音を立てながら、男の節張った武骨な中指が未熟な媚肉をかき分け、内壁を苛むように押し込まれては、引き抜かれる。切ない鳴き声をあげながら、少女は思わずつま先を丸め、すらりと細い柳腰を浮かせた。目敏くそれを捉えた男の、軽蔑を含んだ台詞に、月光に照らされた白皙の肌に朱が走る。羞恥に目を伏せ、眉を顰めれば、長い睫毛が豊かな陰影を形作り、男が口角を上げる。彼女は知らない。そういった初心な態度こそ、眼前の男を喜ばせるということを。
「…ぁ……いっ…」
「どうした?もう降参か?いくならいくとはっきり言え。そんなに口を動かされても何も伝わらん」
「ふぁっ…ぃ、いくぅっ……」
「呆気ないな。口を開けろ」
目をつむったまま、少女の体が大きくしなる。ゆっくりと開かれた瞳は濡れている。男の指示に従って、虚ろな意識で口をあんぐりと開ける。間を置かず、暑く固い屹立が口内を犯す。無意識ながら拙い動きで舌を絡ませる少女に、男は一人ほくそ笑んだ。
ドラコニカ・マルフォイは、暖かな初夏の日差しとともに微睡みから目を覚ました。部屋とはおよそ不釣り合いなキングサイズのベッドは様々な体液でべったりとして居て気持ちが悪い。汗で絡まった金髪を指で梳かしながら、少女はのそりと体を起こした。その何気無い仕草一つとっても、気品が溢れるのは、やはり貴族の血と言ったところか。まだ薄い朝日を浴びながら、ベッドに座る様さえ、一枚の絵のようだった。
「お目覚めですか、奥方様」
「スキールニルっ…」
か細い声で少女が声を上げる。まるでマーキングのようにあちこちつけられた赤い痣を隠すためか、それともあられの無い自身の裸体に恥じ入ったのか、咄嗟に腰まで伸びた豊かな金髪でその身を隠した。だがその嬌態にピクリともせず、後から入ってきた青年は怜悧な声で続けた。
「ご安心を。私にはそのような無礼は致し様もございませんので。
本日の朝食は、ピュア・セイロンのミルクティーと、ギフエロ産の
自家栽培のフレッシュトマトと水菜、ランド産の上質なガチョウの蒸し焼きを用いたサラダ。先ほど申し上げたフォアグラと同じ産地にてございます。
プレーンスコーンとブリオッシュに、ジャージー島原産の生乳から作ったクロテッドクリームと木苺のジャムを添えてございます。
また、今朝のお湯浴みのご用意として、上質なろーずとカモミールの精油を取り揃えてございます。
旦那様は階下で朝刊を読まれておりますので、朝食は一時間後とお伝えしております。どうぞ後ゆるりとなさってくださいませ。
何かご入用の際は、私の名前をお呼びいただけましたら、何なりと」
冷たい眼差しのまま、執事服を纏った青年は美しいクイーンズイングリッシュで淀みなく言伝を終え、背筋を伸ばしたまま一礼すると、影の様に壁に溶け込んだ。屋敷しもべの様に扱えば良いと言われたが、ドラコニカはどうもこの無表情な青年が苦手だった。ぐぅと腹の音が聞こえ、慌てて風呂場へ向かう。
風呂場には、青年の言葉通り、上質な石鹸や精油が用意してある。何一つ不自由の無い支度だった。適度な香りの香油を配した風呂に浸かりながら、まだあどけなさを残した少女は、この5年を回想する。
この家の主ーースキールニルが旦那様と呼称する人物は、魔法界でも名だたる貴族の末裔らしく、公爵の位を持っていた。ところがその来歴も容姿も未だに謎に包まれており、最も身近に使える従者のスキールニルでさえ顔の半分を隠す髑髏の仮面をつけた姿しか目の当たりにしたことが無いと言う。
人々は彼を、畏敬の念も込めて
忘れもしない5年前、ドラコニカがまだ6歳だった頃、一通の手紙が自宅に届いたその日から、彼女の人生は大きく変化した。北欧神話の狼の怪物を模した封蝋をつけられた、紺色の封筒。震える手でそれを開封した父は膝から崩れ落ち、母は普段の優雅さが見る影もなく、大声で泣き叫んだ。ドラコニカがどんなに戯けても、2人の表情が晴れることはなく、それどころか日に日にやつれて行った。
手紙から丁度一週間後、ドラコニカの誕生日に、仮面の男はマルフォイ邸を単身で訪ねた。勿論旧家らしくマルフォイ家には強力な保護魔法がかけられていたが、それを指を鳴らすだけで意図もたやすく突き崩し、男はルシウスを前に言い放った。
「さっさと契約書にサインしたまえ。貴様らが助かる唯一の術だ」
地の底より響き渡る様な凍った声だった。あろうことか、狼の頭を模した銀のステッキで床に落とした書類を差しながら、男は傲岸不遜に言い放った。床に這いつくばりながら、父は震える声で答えた。
「ご慈悲を、娘はまだ6歳です。せめて、屋敷しもべを一緒に」
「これは最大の譲歩だ、マルフォイ。俺には貴様らより遥かに優秀なしもべがいる。頷いて穏便に引き渡すか、首を振ってただの肉塊となるか、結論は出ているだろう?
それとも、みすみすこの娘をあの鬼畜に好きにさせるか?」
「…………どうか、娘を宜しくお願いいたします」
「シシー!?」
伏せたまま、気丈な母が聞いたこともない様な弱々しい声で頭を下げた。深々と頭を垂れる母に、男は無言でペンを投げ寄越し、母はそれで契約書にサインをし、観念した様に父もそれに習った。6歳の自分でも分かる、魔法と血による破れぬ誓約だった。
ドラコニカは泣かなかった。沢山の愛情を注いでくれた両親が自分を引き渡すなんてよっぽどの理由があっただろうし、あの両親の姿はあまりにも尋常でなかった。そうして、その別離の後、彼女は1度も2人に遇っていない。それどころか、殆どこの屋敷から出たことはない。
敷地面積を除けば住環境はマルフォイ家と遜色ないどころか、ゆうに上回っていた。主人であるフェンリル卿自身にこだわりはないらしいが、完璧主義のあの執事によって、一流の品が誂えられ、正しく使われていた。それによる豪奢な暮らしぶりにし得る魔法界の家などそうないだろう。
つらつらと考えながは、ドラコニカは心ゆくまでバスに浸かり、脱衣室のバスタオルを手にとった。適度に乾燥されながらも、日の光に当たった暖かさとカモミールの香りがする。こう言うところで手を抜かないのが、貴族であるとはスキールニルの言葉だ。傍らには、夏らしいシルクのワンピースがハンガーでかけてある。サファイアブルーに、ビジューの代わりにのダイヤモンドが胸元から星空の様に散りばめてある。揃いで誂えたシフォン製のクロークは夜空の様な濃紺で、此方は流星の様な金糸が織り込まれ、魔法によって実際に星座が降り注いでいる様に見える。
一階に下りると、丁度スキールニルが給仕を終え、退出するところだった。フェンリル卿はダイニングに他者が立ち入るのをびっくりするほど嫌っている。それは彼が最も信頼を置く従者のスキールニルも例外ではなく、配膳など雑事をこなした後、彼はいつもそそくさと退出してしまう。そして、フェンリル卿とドラコニカの2人きりの空間が始まるのであった。
「おはよう、ハリー」
「おはよう」
フェンリル卿の本名を知り、尚且つそれを呼び捨てられるのは、彼女の特権だ。本来のーー11歳の、生き残った少年の姿で、ハリーは答える。昨晩の獣はもう居なかった。朝刊預言者新聞を片手に、ハリーは紅茶を楽しんでいた。彼は濃い目のストレートティーを好むが、ドラコニカは今だにミルクなしでは飲めない。暖かいミルクとかき混ぜる彼女に、ハリーが問いかける。
「カルカロフ家とのパーティはどうだった?」
「特に当たり障りなく終わったわ。ダームストロング校には勧誘されたけど」
「大方、お前を引き入れようとしてるんだ。これを見ろ」
鼻で笑って少年はドラコニカの手元に朝刊と封筒に入った資料を投げた。預言者新聞ではダームストロング校校長カルカロフの、学校での財政的な取り組みに関する特集が、資料にはダームストロング校の維持費用明細と収支一覧が乗っていた。
「カルカロフ家は相当困窮しているらしい」
「どうするの、ハリー?」
「資金援助と銘打って土地を入手する。あそこは敷地自体が大きな意味を持つ。お前はひき続き奴らと付かず離れずの付き合いをしてくれれば良い」
「…分かったわ」
これこそがフェンリル卿が恐れられる理由の一つだった。彼は資産運用に長け、傾き始めた貴族の家を聞きつけては、土地や財産を吸い上げている。その行為自体は遥かに昔から続く社交と言う名の貴族の嗜みだが、彼の辣腕ぶりには誰も敵わなかった。実年齢が僅か11歳にも関わらず、この贅を尽くした生活を維持できている理由だ。
「レストレンジ家の敷地はそろそろ?」
「お前は察しがいいな、ドラコニカ。先週整地と後処理が完了したから、もうじき売る。成果物を収穫した以上、手元に留める価値もない。ああ、お前宛の手紙だ。開けて見ろ」
その歳にしては口数が少なく、感情の起伏に乏しい彼が、今日は矢鱈と饒舌だ。手渡された白い封筒には、獅子、蛇、鷲、穴熊でできた豪華な紋章が刻印してある。
「ーードラコニカ・マルフォイ様宛、
ホグワーツ魔法学校入学許可証?」
「おめでとう。お前も今年からホグワーツに通うぞ」
「ハリーも?」
「ああ、気は進まないが俺も入学しないと行けないらしい」
手紙には入学許可が下りた旨と、ホグワーツへの移動手段、及び新学期の必要な教材がズラリと並んでいた。初めて外の世界に出られると言うことに、心が踊る。だが奇妙なことに、2人の封筒には、住所が無かった。それを察してか、ハリーが上機嫌に言った。
「当然だ。ここは俺の最後のセーフティハウス。例えあの狸爺でも、ここの住所は分からん。教材や必需品はスキールニルに任せよう。今日は、服と杖を誂えに行くぞ」
体にフィットしたカジュアルスーツで瀟洒にてを差し出すハリーに、ドラコニカは戸惑いつつも手を重ねた。