Harry Potter and Ancient Wolf 作:クレカ
列車から降りた生徒を出迎えたのは、恐ろしく大柄な、髭もじゃの逞しい男だった。ドラコニカは男に見覚えがあった。あの日賢者の石をグリンゴッツから持ち出そうとした例の男だ。途端にドラコニカの体に緊張が走った。相手は当時自分の姿が確実に見えていなかった。だがそれをわかって居たとしても、どうしても体が固くなる。
「イッチねーん生、イッチねーん生はついてごいぃ!」
雷鳴のような大声で、大男はドラコニカに一瞥もせず、ランタンを手に歩き出した。少女は思わず胸を撫で下ろす。慌てて後を追う新一年生たちを連れて男が向かったのは湖のほとりだった。真っ黒な湖面にホグワーツ城が投影されてなんとも幻想的な光景となっている。四人一組でボートに乗り込むと、それらはひとりでに水面を滑った。
奇しくも、ドラコニカと同じボートになったのは、ハリー、ハーマイオニーそれからスコーピウスだった。向かい側に座るスコーピウスは悪意の篭った視線をやたらと向かい側の自分に向けるし。その隣のハーマイオニーはスコーピウスといつでも舌戦を繰り広げられるようピリピリしている。ハリーは外向きの顔こそは穏やかだが、瞳の奥は剣呑で冷ややかだった。三竦みの睨み合いに巻き込まれた形の少女は、これまでにない居心地の悪さから、ホグワーツの夜景すら堪能する余裕がなかった。
「君がドラコニカ・マルフォイだね。仮にも同じマルフォイ家の人間だから忠告するが、マグルの息がかかっている奴らとあまり仲良くするのは得策ではない。我が家の伝統を踏まえ、唯一正当なスリザリン寮にーー」
「あら、スリザリンは闇の魔法使いを輩出しているんでしょ?私だったら逆にスリザリンだけは嫌だわ」
「何だと!この穢れた血め!」
やはりと言うか、口火を切ったのはスコーピウスだった。そして案の定すぐにハーマイオニーにやり込められ、ランタンに照らされた青白い顔が一瞬で赤く染まる。それに対して、ハリーが畳み掛ける。
「まあまあ落ち着きなよ。マルフォイは家柄と純血しか誇るものが無いんだ。放っておいてあげようよ」
「貴様のようなマグルと馴れ合いをする面汚しの意見は結構だポッター。僕は彼女と話してるんだ」
宥めると思っていたら、さらに挑発をし出したハリーに、思わずドラコニカは胃が痛くなった。震える声を抑え、ドラコニカに話が戻ったところで、ハリーが更に驚く行動に出た。あろうことか、今はローブ姿のドラコニカを後ろからがっしりと抱きしめ、方に顎を乗せたのだった。これには、マルフォイ家の事情の一端には触れていたハーマイオニーすら目を丸くしている。
「それは許可できないね。ドラコニカはご覧の通り僕のものだから、当然僕と同じ寮に来てもらうよ。そうだよね、ドラコニカ?」
「ぅ、うん」
口調こそ違うものの、フェンリル卿がよく使う冷ややかな声で、ハリーが宣言すると、少女は戸惑いながらもそれに迎合した。事実、ハリーはきっと一時たりとも彼女をての届かないところへやることは無いだろう。悔しげに顔を歪め、金髪の少年はやっとの思いで言葉を絞り出した。
「君は、君は本当にそれで良いのか?君こそは本物のマルフォイのーー」
「今はあなたが後継者だもの。それに、嫌だったら嫌って言うわ」
堰を切ったような訴えを、唇にふれた少女の細い指が止めた。心臓が早鐘を打ち、さきほどとは違う意味で頬を染める少年に、ドラコニカは澱みなく言い切った。春の花のような笑みを浮かべた彼女の眼差しには迷いがない。さすがのスコーピウスも二の句が継げなかった。
着岸すると、背が高く、厳格な老婆が一年生たちを迎えた。変身術教師にして副校長のマグゴナガルだった。彼女の厳格な視線にさらされ、初めてホグワーツの門を跨ごうとする生徒たちも自然と静まった。彼女は多く語らずとも生徒たちを黙らせる力があった。
「着いていらっしゃい」
短くそう呟いて、老婦人はスタスタと先を行く。扉の先には豪奢なシャンデリアと、無数の燭台が並ぶ机たちだった。大広間にはすでに上級生たちが陣取り、割れんばかりの拍手で新入生たちを迎え、半透明のゴースト達がおどけた表情で頭上を通り過ぎて行った。舟を降りるまで渋面を作っていたハーマイオニーも、ドラコニカの腕を掴んで、どの魔法を使ったのかと言う予測を興奮した口調でまくし立てていた。
「ハーマイオニー…ハーミー、落ち着いて。この先もたっぷり見れるから!」
その勢いたるや、滅多に声を荒げないドラコニカが、大声で制止するほどだった。一方で隊列の中ではハリーと行動していたロンは、緊張ですっかり青ざめていた。組分けの儀式が痛いものだと悪戯好きな兄から教わっていたせいだ。
「うちは代々グリフィンドールなんだ。ひとりだけハッフルパフに入ったりしたら、フレッドとジョージに一生笑われるよ。最悪、スリザリンになんか入ったら…」
「やめなよ、ロン。まだグリフィンドールに入れないとは限らないだろう?」
「で、でも…」
ハリーは良い加減ローブの裾を握りしめている、泣きべそでのっぽな友人にうんざりして来た。思わず鋭い口調で咎める。
「でももだってもないさ!寮が違ったたってカリキュラムは一緒だろう?できる奴はできるしできない奴はできない。それに君には僕と言う友人が居るじゃないか」
「ぼ、僕は君みたいに才能ないし、万が一…」
「才能なんて関係ない。重要なのは何をするかだよ。じゃあなに、君は他の寮に行ったら僕と友達をやめるの?」
「ハリー、君って本当に良いやつだな!」
鎮めようとした結果、帰って逆効果だったらしい。今度は感激して抱きついて来たロンに、ハリーは顔をしかめた。壇上ではすでにマグゴナガルが一通り説明を終え、組分け帽子が長ったらしい歌を歌ってるところだった。抱きしめるならむさい男より、どうせなら金髪のエルフのようなあの子の方が良かったと、ボートでの感触を思い出しながら、ハリーはぽんぽんと泣きじゃくるロンの背中を叩いた。
「グレンジャー・ハーマイオニー!」
先ほどまでドラコニカにホグワーツの妖精魔法がいかに素晴らしいか説明していたハーマイオニーは、マグゴナガルに名前を呼ばれるなり、表情を引き締め、堂々と壇上の椅子に腰掛けた。だがドラコニカは口をきゅっと結んだ彼女の手が握りしめ、震えているのに気がついて居た。思わず、心の中で応援を送る。あちこちつぎはぎされた、小汚い三角帽子は、暫く沈黙してから、大声で宣言した。
「グリフィンドール!!」
着いで、割れんばかりの拍手が赤い獅子の旗が吊るされた長机から響いた。ホッとした表情で、栗毛の少女が手招かれるまま、グリフィンドール席に迎えられる。こっそり手を振ると、最高の笑みをドラコニカに向けてくれた。
「マルフォイ・ドラコニカ!」
自分の名前が呼ばれると、少女は人の群れから悠然と進み出た。羽のように軽やかで絹のような金髪を風になびかせ、青空サファイアのような美しい瞳が輝く様は、正にエルフのようだった。期待感に白皙の肌は薄く赤を刷き、一歩進み出るたびに周囲から微かに感嘆の声とざわめきが上がった。ほんの一部の古い家以外、マルフォイ家にこの霊場が居ることすら知らなかった。
「ほう、ほう。君は実に珍しい家系を引き継いでいる。その血自体は薄いが、先祖返りで色濃く反映されているね?血の適性から行くと、スリザリンかレイブンクローか、だが自分のことに頓着なく、他人を優先させる節がある…この2寮では人間関係が希薄だ、良き友人には恵まれないだろう。そう言う心根から行くとハッフルパフだが…うーむ。」
『組分け帽子さん、組分け帽子さん』
「何かね?」
『私にはまだ自分の行く道が分からない。けれど、きっとハリーと離れることはないと思うの。だから、私はこの先彼と死地を踏破する勇気が欲しいわ』
「君は…驚くほど肝が据わっているな。ハリー・ポッターを、英雄に嫉妬することなく、盲従することなく、ただ横に立ち共にあろうとするのか。家系にも先天的な才能にも反するぞ?この寮に入れば最も困難に直面するだろう。それでも、良いのだな?」
一瞬、頭の中で父や母や今日初めて対面した、義理の弟の顔が浮かんだ。ドラコニカのハリーに対する感情は複雑である。最初は、ただひたすら怖かった、半ば両親を脅すように自分を攫った彼が。だが、彼は何処までも公正で、小さい頃から出入りして居た社交界の大人たちとは違って一度も嘘を付かなかった。
フェンリル卿として辣腕を振るう時も、ありのままの彼である時も、何処か人との間に壁を作る癖に、夜になれば彼は決まってドラコニカの柔肌を求めた。最初はそれが嫌でならなかったが、いつかの夜半にふと目を覚ました時、縋り付くように背後から腕を回されて居た事に偶然気がついて以来、ドラコニカは益々ハリーが分からなくなった。けれど、分からないなりに、自分がすべきことは、何処はかとなく繊細で脆い一面を見せた彼を、支えることだと決めたのだった。その上で、ハリー・ポッターと言う人間を見極めたかった。
「そうか。ならば異例だが……グリフィンドール!!!」
こくりと頷いた少女に、組分け帽子は迷いなく最も勇気を持つとされる獅子寮の名前を高らかに宣言した。一際大きな拍手と喜びの声が彼女を迎える。特に美少女の入寮とあって一部の男子上級生が色めき立ち、監督生のパーシーに注意されているほどだった。当の本人は、そっと胸を撫で下ろすものの、やや緊張した面持ちでハーマイオニーの隣に腰掛けた。
その後、スコーピウス・マルフォイが即決でスリザリンに組み分けされ、ドラコニカに憎々しげな視線を寄越したが、ドラコニカは気づかず、代わりに隣のハーマイオニーが睨み返していた。組み分け自体は順調に続き、ついに全校生徒の注目を最も浴びるハリーの番となった。
「ポッター・ハリー!」
マグゴナガルが名前を読み上げた途端、広間全体が嫌に静かになった。そして、ハリー自身この先の展開を誰より知っていた。何度もこの無意味な歴史を繰り返してきた彼にとって、いつだって組み分けの儀式は苦痛の連続だった。帽子が行使できる唯一の魔法は強力な開心術である。それを行使して、生徒の適性に合った寮を振り分けるのだったが、ハリーは何も知られるわけには行かなかった。貝のように心を閉ざし、ゆっくりと席に座る。
「むむっ、これまた奇怪な。私は今まで様々な生徒を見てきたが、君のような者は一人も見たことが居ない。心に何もないとは流石に難しい。才覚から見れば、スリザリンが最適だが…」
「グリフィンドールにしろ」
「ほう。獅子の如き勇猛さを求めるか。君の心に住まうものは寧ろ冷徹な狼を思わせるのだが…まあいい、それでは、グリフィンドール!!!」
一拍遅れて、これまでで最大の拍手と歓声が巻き起こった。顔にははにかんだ笑みを浮かべながらも、冷ややかにそれを一瞥して、ハリーは最後まで油断することなく、帽子を取り、グリフィンドール席へ向かった。そして、迷わずドラコニカの左隣りへ陣取った。少年らしい手が少女の太ももに置かれ、すぐに白魚のような手で握り返した。少女を挟んだ反対側では、ハーマイオニーが少し微妙な顔をしていた。ロンは無事にグリフィンドールに組み分けされ、ハリーたちに合流した。
豪華な食事が現れ、ひとしきり歓談が終わると、校長であるアルバス・ダンブルドアが立ち上がり、二、三度ゴブレットをフォークで鳴らした。生徒たちの視線が一斉に豊かな白髭の老人に集められる。人好きのする笑みを浮かべて、ダンブルドアが宣言した。
「皆よく食べ、よく飲んだ事じゃろう。それでは、儂から新学期について一言、二言注意がある。まず、管理人のフィルチから廊下での魔法の使用についての注意があった。また、消灯後には出歩いては行けん。禁じられた森は例年通り立ち入り禁止じゃ。それから、今年いっぱいとても痛い死に方をしたくないものは、4階の廊下へ立ち入っては行かん。それでは、就寝時間じゃ。皆、急げ」
話の途中、ハリーの視線がどんどん険しくなっていくのを、そして自分の手を握りしめる彼の手に徐々に力が籠るのを、少女は鋭敏に感じ取っていた。フェンリル卿としての顔を覗かせる時の、彼の眼差しである。一人孤独に困難に立ち向かい、遠くへ行ってしまいそうな気がして、ドラコニカはそっとハリーの肩に頭を寄せた。