Harry Potter and Ancient Wolf 作:クレカ
「ポッター!!!アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じた物を加えると何になるか?」
「…屍の水薬とも言われる強力な眠り薬」
「もう1つ聞こう。ベゾアール石を見つけて来いと言われたら…」
「…山羊の胃袋」
「ほう…モンクスフードとウルフベーン……」
「どちらも同じくアコナイトです」
その日の最終時限である魔法薬学の授業は、担当教授であるセブルス・スネイプとハリーとの激しい衝突で始まった。悠々と出席を取り、猫撫で声でハリーをスターと持ち上げたスネイプがわざと高学年の質問をハリーに投げかけると、ハリーは淀みなく、時には質問さえ遮って的確に答えて見せた。両者の互いを見つめる眼差しはどこまでも冷え切っており、ハリーの失態を笑ってやろうと目を光らせて居たスコーピウスらスリザリン生でさえ、太古の氷河にいる様な錯覚を覚えたほどだ。
「これはこれは、流石は英雄と言ったところか。グリフィンドールに5点差し上げよう。ああ、さよう…一つ聞き忘れて居た。博識なポッターなら当然、脱狼薬の作り方にも心得がおありでしょうな?」
「…それは、どちらを答えたらよいのですか?」
皮肉げに問うスネイプに対し、ハリーの気配がその日初めて乱れ、挑戦的な笑みで問いを返した。
「知ったかぶりはやめたまえポッター、脱狼薬は近年開発された薬で、世界で製法は…」
「公には、確かに一つです。教科書通りならば、アコナイトを砕き、火龍の卵のかけらと一緒に煮溶かしてから時計回りに3回、反時計回りに2回かき混ぜます。その後ベゾアール石のカケラを全液量のぴったり37%になる様な分量で入れ、さらに時計回りに10回かき混ぜ、ニガヨモギを加え、反時計回りに2回かき混ぜてから取り出します。アコナイトを完全に溶解させるために火龍の卵のカケラを入れますが、この時はベゾアール石まで溶かしてはいけないので、常に火加減に注目し、必要に応じて凍結魔法で調整する必要があらます。
…ですが、先生なら後半の手順は省略し、まずニガヨモギの煮汁を適量加えてから、最後に凍結呪文を予めかけたベゾアール石を加えます。温度差によって一度に溶解するのを防ぐためです。火龍の卵を加えないので、アコナイトの残渣が残る恐れがあり、最後に精製する手間が加わりますが、作成時間は本来のやり方の三分の一いかに抑えられます」
「これはこれは、随分と物知りだなポッター。だが、後半は蛇足だ。その様な説は認められて居ない。憶測で語る不遜な態度に、グリフィンドールから60点減点
…諸君、何故これまでの内容をノートに書き留めんのだね?」
黒いローブを翻し、教壇へと戻るスネイプの声が静まり返った教室に響くと、生徒たちは小石が湖面に投げ込まれた時の様に、一斉にカリカリと羊皮紙にメモを取った。自分でも答えられなかった問題をハリーが答えたからか、それとも無駄な事を言ってグリフィンドールを失点させたせいか、誰よりも早くノートを取り始めて居たハーマイオニーはギロリとハリーを睨んだ。
後半の授業はおでき薬を実際に作成してみるという内容だった。前列のハーマイオニーとドラコニカ、後列のハリーとロン、そしてハリーの反対側の机のリー・ジョーダンとネビルがペアを組んだ。ネビル机と通路を挟んだ位置に、更にスコーピウスとクラップが肩を並べている。板書を写しながらもネビル越しにスコーピウスがハリーたちに不穏な視線を向けていることに気づいていたが、ハリーは敢えてそれを無視した。
初授業の課題は比較的に簡単なおでき薬の調合だった。火加減の調節は不要で、ただ角ナメクジを茹で、一度茹で水を捨ててから刻み、干しイラクサ、砕いた蛇の牙と一緒に煮込み、火を止め、粗熱を取ってから山嵐の針を入れるというもの。だが、スネイプがハゲタカのように抜け目ない目で生徒の間を歩き回っていたせいで、殆どの生徒が落ち着いて作業できなかった。特に、人見知りで自己評価の低いネビル・ロングボトムは最早顔が青を通り越して緑になりつつあった。
「ぅ、うわあああっ」
そしてそれは起こった。散々スネイプに注意されながらも、火にかけたままの鍋に勢い余って山嵐の針を放り込んだネビルは、悲鳴を上げて襲い来る溶液に目を閉ざした。その身体を咄嗟に押した人物がいる。ハリーだ。
「どけっ!!
「は、はいっ
素早く杖を抜き、目の前に翳したハリーは、古のフェンリルの呪文で飛び散る薬液を宙に浮いたまま凍結した。そしてハリーの呼び声にはっと我に返ったドラコニカが、指揮者さながら透明な杖を振り上げると、杖先から飛び出した清らかな滴が、次々と女性の姿を形作った。妖精と呼ぶに相応しい妖艶な姿のそれらが、宙に浮いた結晶を巻き込み、鍋へと戻して行く。そしてその数秒後、爆発したはずのネビルの鍋は、分厚いに水の壁で完全に包囲されてしまった。
それはとても不思議な感覚だった。ドラコニカはこの様な呪文を誰にも習ったことはなかった。だが、ハリーに呼ばれた瞬間、唇が勝手に動いていたのだ。その名前を詠唱した瞬間、胸がつかえるような、何だか懐かしくも切ない暖かな気持ちになった。小さくありがとう、と呟くと、ドラコにかにだけ聞こえる声で、水の妖精たちはわらった。
『
そして妖精たちは霧散し、透明な雫となって鍋に吸い込まれて行く。遠退いた喧騒が再び少年と少女を包み込んだ頃には、すでに背の高い蝙蝠のような魔法薬学教授がネビルの僅かに赤く腫れた腕を検分した後だった。緊迫した表情で2人を一瞥したスネイプは、激昂した口調で言い放った。
「何をしている!!あれほど山嵐の針は火にかけたままで入れるなと言っただろう!!ポッター、貴様が近くに居ながらなぜこうなる!!!
グリフィンドールから60点減点。グレンジャーはロングボトムを保健室に連れて行きなさい。他の生徒は完成したおでき薬を瓶詰し、教壇に出しておけ。今日の授業はここまでだ。
それから、ポッターとミス・マルフォイは残りなさい」
無数のラベル付きの薬剤と背の高い書棚に囲まれ、黒で統一されたなんとも圧迫感のある空間、それが薬学教室に隣接したスネイプの教員室であった。ホグワーツの教員には、概ね担当科目の教室横に、起居に使う私室とは別に、研究や生徒の対応を行うための執務室の様なものが与えられている。
教員室もとい執務室は各教員の性格が最も反映される場所と言える。乱雑に置かれたフラスコや試験管など硝子器の群れ、うず高く積まれた書類と文献の山。そのいずれもがスネイプを熱心な学者と位置付けている。だが、地下牢という立地も合間ってどことなく来訪者に圧迫感を感じさせる配置は、恐らくスネイプが尋問向けに技と誂えたものだろうとハリーは分析して居た。
「では説明してもらおうか?貴様は一体何者だ、ポッター?それとミス・マルフォイ、君もなぜ失われたはずの召喚呪文を行使できた?」
机を挟んで2人掛けの黒い長椅子が2脚。その片方にスネイプ、向かい合わせたもう片方にハリーとドラコニカが腰を下ろしている。優秀な開心術士でもあるスネイプから本心を閉ざすことは通常相当な労力を要する。だが、古の加護を持つ2人には、それは凡そ意味を持たなかった。
「これじゃ僕には効きませんよ、先生。真実薬を使うなら100倍に濃縮して淹れることを勧めます。それと、僕はただのポッターです。それ以上でも、それ以下でもない。」
事もなげにスネイプが出したハーブティーを事もなげに飲みながら、ハリーはまるで茶飲み友達に話しかけるかの様な気軽さで答えた。その返答に片眉を上げ、黒衣の男の口角が愉快そうに吊り上げられる。少女はただ対峙する2人をオロオロと眺める他術はなかった。
「タダでは言わないか。ふむ。質問を変えよう。この11年貴様はどう生きて来た?プリベット4番地のマグルの家とはまさか言うまい、あそこは貴様のフリ、の一つなのだろう?」
「もうそこまで調べがついて居ましたか、さすがです。実は僕も殊あなたに関しては何も隠し事はしないつもりですから……良いでしょう、全てをお話しします」
「どの口がほざくか。どうせ対価として何か支払わせる気だろう?フェンリル卿」
「やれやれ、先生の聡明さには困ったものです。別に大した要求はありません。秘密の守人をしてくれるだけで良いですよ。それでは、お手を拝借。ドラコニカ!」
「…はいっ」
「破れぬ誓いまでさせる気か、これは恐れ入った」
軽口で返すスネイプだがら素直に指しだされたハリーと手を組んだ。そしてドラコニカの杖が2人の手に触れると、蛇の様な炎の糸が2人には絡みつき、契約は完了した。だが、ハリーはすかさず濃紺に染められた羊皮紙をスネイプに差し出した。ドラコニカがこれを見るのは、2回目である。最初は己の父に使われていたものだ。
「まだあるのか?」
「何事にも抜け穴がありますからね。これはただの担保ですよ」
「約束を破ったら死ぬのだろう?それ以上に何を求める?」
「あなたにとって死は脅威では無い。そうでしょう?ならば、貴方の一番大切なもの、母ーーリリー・エバンスに関する記憶を担保とします。破れぬ誓いに違反した際、貴方はすぐに死なず、母への記憶だけ欠落したまま、一生を終えることになる」
皮肉を言いながらも、契約書へ自らの血でサインするスネイプの青白い手は、しかしハリーの一言でピタリと止まった。その瞳には隠しようもない敵意が宿っていた。
「正気か貴様?何もかもお見通しのつもりか、ポッター。私が意図的に記憶を捨てるという可能性は考えなかったのか?」
「辛いことから逃げ出す様な人間だったら、貴方の人生は今より相当に楽なものになっていましたよ。それとも、母への覚悟はその程度ですか?」
少し逡巡して、スネイプはサインを終えた契約書をハリーに寄越した。
「良いでしょう。今から語る内容は、ダンブルドアでさえ知らない事実です……」
2人が解放されたのは、すっかり夕食の時間が終わってからだった。地下牢からグリフィンドール寮までの道すがら、少年も少女もひたすら無言である。青ざめた顔をした少女を、ハリーが振り返る。その冷徹な視線には、幾分かの寂しさが含まれている様に、少女はなぜか感じた。
「…怖気付いたか。降りたければ、降りても構わん」
冗談半分で問いかける少年に少女は答えず、ただ手を引かれるままに進んだ。暫くして
、ドラコニカはぽつりと言った。
「どうして、千年もの間一人で戦ってたの、だって、そんなの……」
「さあな、どちみち俺はもう正気では無い」
橙色の蝋燭の光にわずかに照らされた床は却ってホグワーツ城の夜を暗く彩った。先の見えない暗い廊下にハリーがそのまま吸い込まれ、もう二度と帰ってこないような気がして、ドラコニカは思わず少年の手を強く握りしめた。
「私は降りないわ。貴方の傍を離れたりはしない」
「いい度胸だ。努々その言葉を忘れるな」
皮肉げに笑うその顔を少女の指がそっと包み込む。先を行く少年を引き戻し、軽く触れるようにされたキスは、忘れられた一ページのようにホグワーツの闇へと吸い込まれて行った。