「もし、大丈夫かね」
声からして、年配男性だ。目を合わせることもできず、馬車に隠れてやりすご…せるか?
いや、無理だ。それ以前に荷物のみがミッシリ入った馬車なんて不審すぎる。
「ば、馬車が壊れちまってね、立ち往生していたところだ」
「ほぉ、それはお困りだろう。馬はどうした?」
食っちゃったよ。
「つ、連れがね、馬で町に一走り行ってくれて」
あれ、これすげぇいい言い訳じゃん? 人間顔負けの言い訳じゃん?
「なんと、この雨だからか、誰にもすれ違わなかったが…もしや魔物に襲われたのかもしれないぞ!」
ダメじゃん?
「ああああ大丈夫大丈夫! そいつは、なんだ、あれだ、大丈夫だよー」
「しかしねぇ」
「そ、それより俺は肌の病気でね、それ以上近づかないほうがいい」
正体を隠して人間と話すときの言い訳を、今回もしておく。たったこれだけのことで、たいていの人間は距離をとるのだ。
「そうかねー難儀だねー」
「そーそーナンギナンギー」
さて、と。
この話すことのなくなったときの沈黙…。人間はこの空気の居たたまれなさに、どうやって耐えているのか。
実際、馬車の反対側に立つ人族も、手持ちぶさたなのか、片腕を挙げてグルグルと回している。
良い人だから、俺だって一杯質問したい。名前を知りたいし、あの少女の荷物を見せて、彼女の名前があればそれを教えて欲しい。
せめて夜だったらなぁ。
「俺はここでしばらく過ごすよ。おじさんたちは先に行きなよ、雨の日だからって魔物は関係ないし」
「そうさねー…」
モンスターたちに、雨の日は本当に関係ない。野性動物とはまったく別の生態だと思ったほうがいいだろう。知能が低ければ低いほど、自身の身体能力を過信して、後先まったく考えずに動き回るのだ。
もっとも、それは言い訳で、早くどこかに行ってほしいわけだが。
「この辺は無頼の魔王のおかげで安全だが、気を付けなさいよ」
「おう、あんたたちもな」
なんだよ物騒だな魔王とか。
しかもそんなのがいて安全って言い切るとか、すげぇな人族。怖いものなしだな。
「ところで、この馬車はあなたの馬車なのかね?」
うわまだいた!
素直にそうですと言って良いものかどうか。
「あー、俺は乗せてもらっただけでね」
「ほぉ、ということは、馬車の持ち主が、いま馬で町まで走っていると」
「うんうん」
「十数人いた護衛騎士を全員連れてかね」
「うんうん」
…うん?
「ご、護衛騎士? いや連れは一人で」
「馬は2頭だったろう?」
「あー俺の本来の連れがいてね。俺がここでお留守番、その相棒が俺がなんかしたときのための人質で!」
「貴族ってのは体面に気を使う生き物でねぇ。家は勿論、土地や弓の矢に至るまで、自分の印をつけなきゃならんのよ」
「はぁ」
「その馬車の、その印は、だね」
なんかやばーい。
「我が主、アルツィネート伯爵が印なり――」
声が増えた。
慌てて前に転がる。フードが泥まみれになったが、そのままいれば俺は血まみれになっていたから、それよりはいいだろう。
「ま、待て。話せばわかる!」
方膝をぬかるみに沈ませながら、俺がさっきまでいた場所を見ると、短髪の人族が剣を俺に向けていた。
切っ先に泥がついているところを見ると、頭上からの刺突を狙っていたのだろう。
すげぇ、まったく気づかなかった。
「殺すなよイース」
「わかってる」
馬車の影から、さっきまで俺が話していた人族が現れた。その両手には、二本の鈍器。
「これは大物だな。その巨体と知能。さぞや名のある化け物だろう」
「名前はあるが、俺の話を聞け!」
御者のほうは、筋肉質なおっさんだった。歳はそこそこだろうが、まだまだ若い者には負けんぞ!って感じのギッラギラした目をしている。
一方の剣を持つ人族は、口元を隠しているせいでどんな人物かはわからない。スラリとしていて、まるで女性のようだが、女性特有の胸の膨らみはない。
「問答――」
「――無用」
だぁ!!
鈍器が投擲される。鈍器の強みは、見た目に反した過度な重量なはずなのに、御者から投げられたそのスピードには驚いた。とてもじゃないが、人族が出していい速度ではない。
それと同時に駆け出している剣士の足も、なかなかだった。が、距離はある。
まずは鈍器を避けて、距離を開けよう。
と、なにかに引っ掛かる。
なにこれ、糸? なんで? あ、鈍器につけてたんだ。なるほどね、それで鈍器を空中で回収できると。
ついでのように、後頭部に鈍器が突き刺さる。
ほ、星が見えたよ。
しかも動きを止めてしまったものだから、剣士の攻撃範囲に入ってしまった。
「シッ!!!」
気合いの入った声とともに、太ももを打ち抜かれる。
いてぇ!!
絶対あとでみみず腫になってる!!
絡みそうになる糸を引きちぎり、二人から離れて両手の平を向けた。
「いい加減にしろ! まずは話を聞けよ!」
「黙れ化け物め!!」
剣士に追撃され、その剣撃をしかたなく腕で受ける。やっぱり痛くて、涙が出そうになった。
つーか、なんで俺がこんなに攻撃受けてるの? イライラしてきた。
「嘘をついたことは謝る! だけど、いちいち本当のことなんて言わないだろ!」
耳元で、ブン! と音がする。次の瞬間、首とガードしていた腕に、さっきの糸が絡み付けられた。
そういえば、鈍器は二本のあったよねー。
「死ね」
底冷えする声の後、脇腹に衝撃。
だから痛いんだって。すげぇ痛いんだって。しかも脇とか。後で青アザになるわ。
もう一度糸を引きちぎり…あ、この糸蜘蛛の糸だ。昔倒したモンスターが同じような糸を出していた。粘着力がないかわりに、足場用として巣に張るらしい。
今はどうでもいいか。
それよりね、いい加減にしてほしいのね。
とりあえず剣士の、剣を持つ手ごと握って動きを止める。剣士の顔は苦痛に歪んでいるが、俺だって握り潰さないように細心の注意は払ってるんだ許してくれ。
「この馬車の持ち主は死んだ。人間が人間に襲われてだ。何人もいたから、持ち主はわからない。俺が仲裁に入る頃には、もうほとんど死んでた」
「戯れ言を!!」
「まぁ、別に信じなくてもいいけどさ…。とにかく話を聞いてくれ」
御者のほうは、大振りのナイフを両手に構えている。うぅん。これはダメかもわからんね。
「聞きましょう」
「っ! お下がりくださいお嬢様!!」
「いいえ。どうか、彼女を離してあげていただけませんか?」
いつの間にか、ドレス姿の人族が立っていた。そのドレスの裾は泥まみれになっている。
しかし彼女とな?
俺は剣士をよく観察することにした。
人族は、猿から進化したと言われる。それにしては体毛が薄い。あ、でも睫毛なげー。
金髪碧眼…なのだろうか? 薄暗くてよくわからん。
覆面を外してマジマジと眺める。肌は白くて、唇はピンク。
可愛いのか可愛くないのかはよくわからない。
人族の男と女の違いってなんだろうな。
とりあえず剣士の手を離して、ドレス姿の人族に歩み寄る。多分一番話がしやすそうだ。
「お嬢様に近づくな!!」
「いでっ」
背中を剣で打たれて、思わず仰け反る。というかフードがボロボロだ。後で縫わなきゃ。
「イース、やめなさい」
「お逃げくださいお嬢様!」
「オニールも、おやめなさい」
御者のほうは、ドレス姿の人族を守るために、俺の前に立った。
…なにこの悪役感。
『化け物がヒメを母親と呼ぶなどとおこげが美味しい!!』
ふいに、あの騎士の言葉を思い出す。
化け物はなにをしても化け物だということなのだろう。
「二人を傷つけないでいてくれたこと、感謝いたします」
「ああ、えっと、ヒメ?」
偉そうだもんな。ヒメなのかもしれない。
「え? ふふ、そうですね。一応お姫さまですね」
「そっか。うんうん、ヒメか」
お袋と同じ人種を初めて見た。
自分で思っていた以上に嬉しいらしい。
距離があって、顔はよく見ることができないが、お袋に負けず劣らず美人だ。髪の色は剣士と同じ金髪だったが、長さが違う。
白いドレスが凄く似合っているが、泥が目立ってしまっている。
「話を聞いてくれるっていうなら、とりあえず馬車に戻ろう。三人とも風邪ひいちまう」
お袋がたまに風邪をひいて、すごく慌ててたことは鮮明に記憶に残っている。兄貴と一緒に泣いてしまっていた。
俺? 風邪とか引いたことないなー。
「優しいんですね」
え――
「優しい? 俺が?」
「ええ」
目深に被ったフードを、もう一度深く下ろす。
おそらく、剣士と御者には俺が化け物だとバレているが、彼女にはバレていないのだろう。人間だと思われてることも嬉しかったが、それ以上に、俺が優しいと言われたことが、感激だった。
な、泣いてなんかねぇし。