※この作品はR-18です。

Metro2033 -影を見る者-   作:きゃすたー(7mg)

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原作小説が届いたのでこれから読み始めます。
遅すぎだって? 友人が言っていましたが、ZONEではよくあることらしいです(大嘘

ごめんなさい。必死に読み進めてきます。
仕事が暇なときにも読むようにします。いや、仕事中はストーリーの組み立てをしなきゃいけないから休憩時間にしよう。そうしよう。

第七話です。相変わらずトンネルの陰鬱な景色が続きます。


第七話 超常の世界

 彼等を普通だと思ったことはない。むしろブルボン以上に胡散臭いとさえ思った。

 カーン、という男は特にそうだ。独特な、もったいぶったような言い方が胡散臭さを助長している、まさに変人だ。

 その娘であるラスヴェート。人殺しを忌避している僕を肯定してくれた少女だが、実際には彼女は現実を容赦なく突きつけてくる。彼女も彼女でどこか変だと感じている。人を殺すことに抵抗も無く、空き缶を撃つように淡々と人間の頭を撃つ。おまけに発火能力だって?

 正直自分が今本当に目を覚ましているのか不安になっている。もしかすると僕は野盗のボスによって撃ち抜かれ、今わの際に居るのではないかとさえ思える。

 

 目の前で起こる非現実。その中をいつもどおりという風に進んでいく親子。

 もう何がなんだかわからない。ただ理解できるのは、これがさっさと過ぎ去って欲しいという切実な願いを、僕が抱いているということだけだ。

 

第七話 超常の世界

 

 トンネルの闇の誘惑を切り抜けて、メンテナンス通路へと入る。既に電気など通ってはいない通路なのにやや明るい。それもそのはずで、例の光るキノコがあたりに生えている。

 それはトンネルの闇に憑き殺された行商人の死体だったり、戦乱で死んだであろう人の骨だったり、腐敗したミュータントの体にさえも。

 いつだったか、ある噂話で聞いたことがある。この光るキノコを食べると、ダイナモを回してもいないのにバッテリーが回復するらしい、と。

 ………どこの誰が言い出したのかは知らないが、そんな便利なキノコなら人類の智慧の遺産であるダイナモやバッテリーは必要ない。ゲームのアイテムじゃないんだから、そんなことは起こりえない。

 まったく持ってくだらない噂話だ。………とはいえ、実際にそんな効用のあるキノコが存在しているかもしれないという可能性は棄てきれないのだから困ったものだ。

 

 ドアを開いて部屋の中を確認すると、ヘッドランプが横倒しになったテーブルを照らし出す。そっと後ろを覗き込むと、干乾びてミイラになった人間が転がって、周囲には空の薬莢が散乱している。銃がないことからおそらく誰かが銃だけ持ち去ったのだろう。

 カーン、アルチョムと続いて蜘蛛の巣の張った通路を進む。周囲を照らすのはキノコとヘッドランプの灯り、そして私の掌で燃える赤い火球だけだ。

 部屋も通路にも、乱雑に物が転がっている。空のポリタンクや木箱、ドラム缶にガスボンベ。おそらくこの通路は呪われる以前には詰め所か、防衛のための前哨基地になっていたのだろう。戸棚やロッカーからは今も使える銃弾がいくつか見つかる。

 

「カーン、ヴェート」

 

 アルチョムが呼び止めて指差す先には一つの小さな金庫がガスボンベとドラム缶で隠すようにして横倒しになっている。

 ごとん、とドラム缶をどけると鍵穴式の古ぼけた金庫がその全容を現す。

 カーンが金庫の取っ手をガタガタと動かすものの、開く気配は無い。

 

「ふむ……開かないようだな。鍵が必要そうだ」

 

 ガシャン!

 

「む!?」

「くっ!」

「……ッ!」

 

 AK74、シャンブラー、カラシニコフ2013の銃口が一斉に背後の物音に向けられる。

 テーブルから落ちた小さな小箱。そしてそれを為した小さな犯人がチチ、チチと鳴き声を上げて走り去っていく。

 

「ああ、まったく…!」

「ネズミかぁ…」

 

 逃げた。いやその前にあのネズミは“どこから入ってきた”のか?

 

「カーン! 左から来る!」

 

 ネズミが乗っていたテーブルにドシャンという音を立てて、ダクトからノサリスが降り立つ。そのままテーブルを蹴って跳躍するノサリス。カラシニコフ2013のフラッシュライトが私に迫り来るノサリスを照らし出す。

 身構える暇も無いまま、肌色のノサリスの牙が私の目前に迫る。

 

「うわあぁぁっ!?」

「ヴェート! チッ、右からも来たぞアルチョム!」

「ぐぅぅッ! あっ! ぐ、うああっ!」

「クソッ! ヴェートを離せッ!」

 

 痛い痛いッ! 引き裂かれる! このままじゃノサリスの餌になってしまう!

 相棒の2013を手放し、右足のホルスターに収まっているデザートイーグルを引き抜いてノサリスの腹に向けてドン! ドン! ドン! と三発撃ち込む。

 左腕に食い込んだ牙が抜け、ノサリスは血を吐いて逃げようとしたものの、アルチョムのシャンブラーの銃剣がその頭部に叩き込まれ崩れ落ちる。

 ざまあみろクソッタレめ!

 

「無事かい、ヴェート!?」

 

 アルチョムが差し出した手を右手で掴んで立ち上がる。私の無事を確かめたアルチョムはニッ、と笑みを浮かべてシャンブラーにその左手を添えて構えようとする。

 

「どいてアルチョム!」

「ヴェート!?」

 

 傷口から血の流れる左手でアルチョムを引っ張り、彼の背後に迫ったノサリスの脳天に44口径弾を見舞う。一撃で頭蓋を砕かれたノサリスは力なく転がり、その爪は私に届くこともなく床に落ちる。

 

「こちらは始末した! そっちは片付いたか!?」

「ええ。ですがヴェートが…!」

「見せてみろ」

 

 コンクリートの壁にもたれて肩を押さえる私の上着をカーンが脱がしていく。アルチョムは一層の緊張感と警戒心で後続のノサリスに備えて、シャンブラーを構えて耳を澄ませる。

 シャツを脱ぎ、黒いインナーも脱ぎ去ると、そこにあるのは私の裸の上半身だ。特段反応も無いまま、左腕の二の腕のところをカーンが検分し始める。

 

「ふむ……強化繊維のインナーで助かったな。傷は浅いし肉を貫通していない。一応消毒しておくぞ。ノサリスから変な病気を貰っては大変だからな」

「………んっ……くぅぅ…」

 

 真新しいガーゼに消毒用のウォッカを浸し、私の傷口にあてがうカーン。ずき、とアルコールの感触が走るものの、声を抑えて痛みを堪える。

 治療薬を塗って貴重な滅菌パッドをあてがい、包帯がずれないようにきつく頑丈に私の左腕を締め上げる。しかし痛みや窮屈さは無い。多少動かしにくいのはやむをえないが。

 

「さて、これでいい。だが念のため軍用アンプルも打っておくほうがいいな。いくぞ」

「う、ぐっ……ハァーッ…」

 

 容赦なくアンプルが叩きつけられる。もっと優しく治療してよ父さん!

 

「ヴェート、もう終わったか…い…?」

「………み、見るなぁ! 見るな見ないで見ちゃダメッ!」

「ああっ、ゴメン…!」

「ハハハ…まだまだ青いな、二人とも」

 

 すぐさまインナーを着込んでシャツを纏い、戦闘服の上着を手に取る。左腕に穴の開いたお気に入りのバトルスーツ。針と糸があればさっさと縫うのだけど、今は駅へ行かなければ。

 

「さあ青春ドラマはここまでだ。カース駅に向かおう。……どうやら駅は非常に不味い状況になっている予感がする」

 

 2013を拾い上げて三人で再び歩き出す。ごめんよ相棒。一日に二度も投げ捨ててしまうなんて。整備と磨き上げに加えて磨耗した部品も交換してやるから拗ねないでおくれ。

 カリカリと警告の鳴る崩落してガタガタになった通路を歩く。天井から染み落ちる水がどうやら地表の放射性物質を微量ながら含んでいるらしく、水溜りに近いほどに音が強くなる。

 通路を抜けて再びトンネルへ。ノサリスと人間の死体が転がっているのを横目に、チカチカと明滅する電球が照らす中を歩いていく。

 風の流れは緩やかだ。空気が澱んでいて、腐敗した何かのガスらしいニオイまでする。ホコリが舞ってヘッドランプの光でマリンスノーのように照らし出される。

 ノサリスの死体の傍、戦いで命を落とした兵士の白骨死体が持っている背嚢を開き、中身を漁る。……銃弾がなかなか豊富だ。これは助かる。

 

「アルチョム、持っていって」

「……いや、僕は…」

「ここから先はミュータント相手だ。人に撃つんじゃない。このオッサンが撃てなかった分も撃ってあげなよ」

「………わかった。すみません、あなたの弾を預かります」

 

 弾倉を預かったアルチョムは錆びや腐食のない弾をブルボンの形見のAKに装填する。

 手にしたAKのコッキングレバーを引くと、カチンと薬室に装填される。

 

「人類が自らにもたらした滅亡は完全なものだった。天国や地獄、果ては浄罪界までもが汚染されてしまった。それ故に体を離れた魂の行き場はどこにも無く、このメトロに留まるしかない。人類が犯した罪に対する代償は、“罪を償うことができない”というものなのだろう。あまりに厳しく大きな代償だと思わないかアルチョム?」

「償うことさえ許されない。…無慈悲な世界だと思います。人間は悔い改めることだってできるハズなのに…」

「そうだ。人は改めることができる生物だ。意識、価値観、理性、常識、そんなものは時代と共に変化する。変化に適応し、乗り越えて進むことができなければ人類は死滅する。戦前はウォッカの一杯と銃では桁違いの金額だったが、今ではウォッカを十杯飲める金額で安い銃が買えるほどだ。今このメトロに必要なのは革命でも、統一でも排斥でもない。意識の変革だ。トンネルの闇は我々メトロの人間から切り離すことはできない。メトロで生き抜くに必要な意識と知識の蓄積が必要だ。だが、トンネルの闇を見抜ける人間は少ない…」

 

 改革、とカーンは言ったが私はそうは思っていない。地上への進出。光差す地表への到達。オーダーが既に地上の前線基地を建設したように、人類はまだ地上で生きる術を失ったわけではない。

 だが、それが失われつつあるのもまた事実だ。二十年だ。二十年の歳月がもたらした忘却はとてつもない価値を秘めたものを闇の中に葬ってしまった。

 それを取り戻すべく地下都市(ポリス)駅のクシャトリヤ(ストーカー)たちは地上へと立ち向かうのだ。かつて我々人類が備えていた技術と知識。その叡智を持ち帰り、再び太陽の下へと這い出るための力へと変えるために死を覚悟して登っていく。

 さながら空を飛びたいと蝋の羽を作ったイカロスのようだが、我々は空を飛びたいとは思っていない。ただ以前に歩いていた平和な地上の世界を取り戻したいだけだ。地に足つけてモスクワの街を歩く。たったそれだけだが、その道のりは果てしない。

 

「君は感じているようだなアルチョム。稀有な才能だ…生かすといい」

「感じる…? 何か聞こえるような気はしていますが…」

「ねぇ、アルチョム。アレ、見える?」

「……トンネルの壁?」

「なるほど。見えてはいないんだね。カーンと私には見えているよ。あそこに“人影”が居る。よく目を凝らしてみて」

 

 アルチョムは息を呑んでじっと目を見開く。その表情が強張り脂汗が彼の頬を伝う。

 

「い、いる…。確かに、ぼんやりとだけど…」

「何か聞こえる?」

「ああ、もちろんだよヴェート。暗い、帰りたい、って声が聞こえる…」

「……なるほど。いい耳だよ。目はそれほど見えていないようだけど、それだけいい耳を持っているんだ。確かに稀有な才能だよ。聞き取ることに特化しているのかも」

「ヴェートには聞こえないのかい?」

「私には何か囁きのようなもの、としか聞こえないよ。ノイズ交じりだし、はっきりとも聞こえない」

「……何かのまやかしじゃあ…」

「ないんだよ。それはアルチョム自身が感じ取っているものだよ。それはトンネルの闇や危険を回避するための大事な手段だ。自分の感覚を信じるんだ、アルチョム」

 

 ゴクリ、と息を呑むアルチョム。再び歩き出してすぐにカーンが左手を上げて制止する。

 

「動くな。じっとしているんだ」

「来た…」

「ふ、二人とも…?」

「よく見ておくんだ。じっと、静かに…な」

 

 掌で踊る炎をかき消す。ライトはついたままだが、私の力は一部のアノマリーを惹き付けることがあるからアノマリーが発生している間は常にオフにするようにしている。

 

 バチッ! パチパチッ!

 

「あ、あれは…! 博覧会駅を出たときの…!」

「アノマリーだ。静かにして動かないでアルチョム」

 

 眩い閃光と電撃を放ちながら、その球体は私たち三人のすぐ隣にまで近寄ってくる。とりわけ、私の周囲を飛び回って興味津々な様子でパチパチと音を発する。

 すうっと私から離れたアノマリーは再び通路の奥へと消えていく。

 

「行ったか…」

「あれが、アノマリー…」

「そうだ。我々はあれをアノマリーと呼んでいるが、あれが目に見えて一番わかりやすいからだ。他にも数々のアノマリー……新世界の超常現象が存在するが、有名なのはアレだ」

 

 再び歩き出すと送電線とパイプで遮られた隣の路線が現れる。反対側を走る路線も静かなものだが、真っ暗な闇を切り裂いて再びアノマリーが放電と共に通過していく。

 

「危険な現象だと思うかね?」

「……あれが人間に…僕たちに向いた時のことを思い出しました。あんな恐怖が…いつもトンネルで起こっているんですか…」

「どこかしらで起こっているのは確かだ。だがあれは、アノマリーというものは超常現象の一つだが、トンネルの闇のような明確な危険というわけではない。手出ししなければ襲われることはないし、使い方によっては便利とさえいえるものだってある」

「どう見たって危険にしか見えない…!」

「君はヴェートの火を見ただろう? 火は確かに敵や人を焼き尽くすものだが、火の最古の使い方は道具だ。肉を焼いて安全に食べるための、寒い時は体を温めるための、古代の人間が生活するに必要な力だった。火は人間に智慧と意識を目覚めさせ、他の動物とは一線を画する生物へと変化させた。だが火が与えた知識は人を滅ぼすにも十分だった。全ては捉え方次第。物事はよく理解し考察してから判断を下すべきだ」

 

 アルチョムが私を見る。疑い、勘繰り、だが信じるべきなのかという葛藤が見て取れる。

 彼の瞳が揺らぐ。表情は不安で固められているが、一歩を踏み出せない勇気に足踏みしているような気配もある。

 

「君に任せるよ」

「………ヴェート」

「判断を下すのは君だよ、アルチョム。君の目で見て、私を見定めて」

「…そうするよ」

 

 こつ、こつと暗闇のトンネルを進む。相変わらずの腐敗臭とカビたような香りが鼻をつくが、これの発生源はどこなんだろう。どうにも怪しい。これだけのニオイがするというのに、死体の数がそれほど多くない。どこか一箇所でまとまっているのだろうか。

 

「分岐路……けど閉まってる?」

「ここの分岐路は左には進めない。進めば死、あるのみだ」

 

 トンネルは鋼鉄のシャッターで閉ざされている。電源さえ落とされ、その先を伺うことができないというのに“近寄ってはならない”と本能が警鐘を鳴らし続けている。

 ちらりと視界の端に映っただけだ。だというのにとてつもない衝撃が襲い掛かるような違和感を感じ取れる。今にもあの鋼鉄の扉が開いて中の闇がメトロを飲み込んでしまうのではないかとさえ思わされ、息をすることさえ忘れてしまいそうだ。

 もう嫌だ。見たくもない! あんな恐ろしいものを長々と見つめ続けるなんてできやしない!

 カラシニコフ2013を握ることさえできなくなりそうだ。指先が震え、息が詰まる。背中を流れるじっとりとした汗で髪がべたつく。

 不快だ。こんな不快さを一体あと何度味わえって言うんだ! 

 

「どう見た、アルチョム」

「わからない。けど、進んではいけないのはわかる」

「大正解だよ。あの先は通れない。“トンネルが通っているけど通れない”んだ。私もここに来たのはこれが初めてだけど、これだけは言える。あれは私の“火”でさえ飲み込んでしまう」

「……それほどに、なのか」

「その通りだ。入れば二度と戻れない。ライトさえ無意味だ」

 

 どくん、どくん、と脈打つように生温い風が吹いてくる。久々の獲物を感じ取ったのか、鋼鉄の扉の隙間から流れてくる風はまるで獣の吐息のようだ。

 さながら鋼鉄の檻に囚われた猛獣だ。腹を空かせた闇は今あの檻を激しく叩き、目の前の生きの良い男とうら若い美少女と枯れたオッサンを飲み食らおうとしている。

 

「………ここは…?」

「なるほど…! この臭いニオイ、ここが元凶か…!」

 

 脱線して壊れた車両を乗り越えて進んだ先にはいくつもの車両が積み重なった、行き止まりのような一角ができている。二つの線路が平行に走る区間でも遮蔽物が一切無い吹き抜けの区画には、乾いた血の痕と無数の屍が転がっている。

 ショットガンを片手に持った茶色に変色した髑髏の死体が積み重なるように、いくつかの山を作っている。壊れたバスタードやデュプレット、中にはAKの銃剣をノサリスに突き刺したまま死んだ者までいる。

 血溜まりと腐敗臭、そして無数のハエが飛び回る古戦場。この一角だけが濃密な影を溜め込んで、今も救いが無いままになっている。闇に溶けることさえできず、かといって影のような強烈な思念を以って染み付いているわけでもない。

 

 ぼうっと掌に炎を宿す。蛇口を少しずつ捻るように“炉心”から生み出した“火”に燃料を注ぎ込むと、先ほどのバスケットボールよりも大きな火球ができあがる。直径だけで1メートルはあろう火球を少しずつ小さくしていく。だがその勢力はそのままに、だ。

 ヂリ、ヂリと縮小されていく炎は更に強い光を放ち、あたり憑いている闇未満影以上の“何か”を打ち消していく。

 ぼうっとライトで照らされていた一角は投光機で照らされるような眩しい光でその姿を現す。ぼんやりと見えていた凄惨な現場は白日の下に晒され、その陰鬱さがさらに際立って私たちに襲い掛かる。

 

「うっ……うげええっ! オエエッ!」

 

 アルチョムが吐いた。当然だろう。こんな、こんな人の姿を直視したのなら。

 

「………これが、カースの防衛線…?」

「いいや。ここは路線の中継地点だ。電車を改造した休息所と防衛陣地があった……」

 

 足元には骨が転がっている。積み重なったあの山とは別の、敷物のように散らばる骨。白や黄色に変色したものや、劣化して砕けたものまで古今様々な骨が散らばっている。

車両の下に逃げ込んだだろう男の死体。獲物の首に噛み付いたところを銃で撃ち抜かれたノサリス。壁にもたれかかるように死んだ男の横たわる場所はトンネルの壁に放射状に広がった血の痕が黒い染みになって残っている。おそらく自らの手で、絶望から逃れようとしたのだろう。結局魂はトンネルを彷徨ったままだが。

 子を抱きしめて事切れただろう女性の姿や、既に荒れ果てた電車の車内に上半身だけが転がっている死者。焼け焦げて炭化した真っ黒な死体など、実に様々な死に方をしている。

 不謹慎だが、さながらここは死に方の博覧会だ。失血で、炎で、銃で、首を噛まれ、頭を潰され、胴体が泣き別れたり、自殺であったり。多種多様な死者がここに渦巻いている。

 

「この休憩所の陥落からカース駅の終焉が始まったのだ。休憩所の人間を皆殺しにしたノサリスはそのまま電車を住処として繁栄した。……一度排除したのだが、また住処になってしまったらしい」

 

 カーンが苦い顔をして舌打ちする。それはそうだ。かつて駅を守るための砦だった場所が敵の拠点になり、彼らの餌となった人々が浮かばれないままこの場所で留まっている。そして彼らを解放するだけの力も駅には無くなり、ついには奪還さえ諦められたのだ。

 ノサリスが持ち帰ってきた餌、元々ここを防衛していた人、そしてたまたま居合わせた不運な旅人や商人、迷い込んだ何者か。考えるだけでもこれだけの人間が、ここでノサリスに食われた。

 電車の連結通路から頭を出して死んでいるノサリスをどけて、カーンが呟く。

 

「もう少しだ。ここを抜ければカース駅へはあと少しだ」

「グオオオオオオォォォォンッ!」

「……噂をすれば、か。あぁ、まったく…!」

「アルチョムは奇襲に備えて! 正面は私とカーンでやる!」

「了解! もし撃ち漏らしたらこっちで片付ける!」

 

 なんだ、随分と頼もしい人じゃあないか。人間相手に銃を向けるのにあれだけの忌避感を示していたっていうのに、ミュータントの掃除となればここまで変わるとは。

 

「うん、よろしくね。アルチョム」

「……ああ!」

 

 頭上で輝く火球を部屋の中央で天井近くまで浮かばせて、サプレッサーを外したカラシニコフ2013を構える。視界は良好だ。これで真っ直ぐ伸びるトンネルが灯りで照らされてノサリスが見えやすくなるはず。

 

「これで見えるかい、カーン」

「いい感じだ。よく見えるお陰で狙いやすい」

「………上から来た!」

 

 アルチョムが叫ぶと同時にカーンも私も飛びのく。そこにドスンと降りたノサリスが腕の鉤爪を振るうものの、私には届かない。

 

「邪魔をするなッ!」

 

 ドウンッ、とアルチョムのシャンブラーがノサリスの脳天を吹き飛ばす。脳漿が飛び散って一瞬で肉塊に変えられたノサリスを蹴ってどかし、カーンが片膝立ちでAK74をトンネルからやってくるノサリスに向かって撃ち始める。

 その少し離れたところで同じように片膝立ちの姿勢をとる。サイトを覗き込み、姿勢を整えて線路を駆けてくるノサリスの群れに照準を定め、三点でのバースト射撃を見舞う。

 

 ダダダンッ! ダダダンッ! 小気味よいバーストショットの音が響くとノサリスは路面に崩れ落ちていく。その後続のうちの何体かは敵が強いと見たのか、線路の脇を走る送電線や配電盤などを足場にしてトリッキーにトンネルを駆け回る。

 送電線を伝って壁を“歩く”ノサリスに向かって射撃を続ける。カーンは狙いを絞ってセミオートでの単発の射撃でノサリスの頭を撃ち抜いている。いくつかは回避されてしまうが、その射撃は正確そのものだ。やはり元国防軍の精鋭空挺部隊所属は伊達ではない。

 私は基本的にバースト射撃を好むが、カーンはセミオートで撃つことが多い。年齢を理由にしているが、トンネルを一人流離う性格上無駄撃ちできないというのもあって、遠距離ではおおよそこうして戦うらしい。

 

 バンッ! バンッ! バンッ! カーンのAK74が火を噴き、壁を這うノサリスを撃ち落していく。移動する目標だろうが狙い打つカーンの眼は同じ人間なのかと疑うほどだ。

 

「カーン! 右トンネルから二体!」

「いい警戒心だぞアルチョム!」

 

 ダダンッ! ホルスターからの抜き打ち。カーンは腰溜めでリボルバーを構えるや、左手を腰で留めたリボルバーのハンマーに当ててマカロニウエスタンのガンマンばりに二連射を決める。

 

「す、スゴイ…!」

 

 アルチョムがカーンの絶技に言葉を失う。にやりと笑ったカーンの表情が瞬時に強張る。

 そんな風にしている余裕があるならこっちを手伝って欲しいものだ! 今もこうして始末しているっていうのに!

 

「後ろだアルチョム! 飛べ!」

「くっ…!」

 

 カーンの警告が私の後ろで警戒していたアルチョムに向けられる。どすん、という倒れこむ音。まさかという思考を打ち消すように、ズドンッ! という強烈な発射音が耳に届く。

 

「スパシーバ、カーン! 仕留めた!」

「リロード…ッ!?」

 

 カチッ、とカラシニコフ2013の弾倉を取り外したと同時に電車の陰からノサリスがカーンに向かってダイブする。

 カーンは、気づいていない!? このままじゃ不味い!

 戦闘状態の高揚感さえかき消すほどの冷や汗に慄きながらも、右手はしっかりと持つべきものへ伸びている。ベルトで提げた2013を後ろに回し、右手で銀色のゴツゴツとした無骨な機械の天使を引き抜く。

 空中を舞うノサリス。その先には父の姿。あんぐりと大きな口を開いたノサリスがカーンに迫る。それに気づいたカーンがリボルバーを向けるべく手を動かす。だめだ、それは間に合わない!

 

 左手に持っていた空のマガジンから手を離す。足元に転がったのも気に留めず、銃身を両手で保持し、アイアンサイトにノサリスを捉える。

 ドウンッ!

 吼えるようにイーグルが火を吹く。その咆哮を横合いから間近に受けたノサリスは空中でその軌道を変え、カーンの真横を掠めてごろごろと転がっていく。

 

「さっさと手伝えバカ親父!」

「すまない! アルチョム、弾幕を張って援護してくれ!」

「了解!」

 

 アルチョムは待ってましたと言わんばかりにAKへと持ち替えて、一秒撃って弾道を修正、また一秒撃って弾道を修正という具合でノサリスへ鉛弾の雨を見舞う。

 正面からの力押しを続けるノサリスと、正面から弾幕を張って撃ち殺す人間。わずかな一瞬の奇襲や弾切れで詰め寄られてしまいかねない。

 どうすれば切り抜けられる!? ノサリスどもは続々とやってくる! 既に三十体は撃ち殺したっていうのに、まだ増えているなんて!

 

「まだ、終わらないの!?」

「クソッ、マガジンあと二つ!」

「持たせろアルチョム! 私のマガジンを使え!」

 

 なんとか拮抗している。してはいるけど…! 私のマガジンはあと三つ。つまり汎用弾120発だ。他はデザートイーグルの44口径弾がマガジン二つとショットシェル30発。あとは軍用弾しか残ってない…!

 やむなし、か。あのクソッタレに食われてしまうよりかはずっといい!

 

「むっ…?」

 

 不意にカーンが変な声を上げる。

 

「“火”を落とせ、ヴェート!」

「いいの!?」

「構わん、やれ!」

 

 空中であたりを照らしていた小さき太陽が燃え尽きる。ヘッドランプを灯してみると、ホコリに混ざって何か光を放つ粒子が舞い上がっているのが見える。

 

「アノマリー!?」

 

 バチィッ! と強烈な光と電撃を放ち、アノマリーが背後の列車を突き抜けてくる。

 その光を目の当たりにしたノサリスは足を止め、元来たトンネルへと戻っていこうと背中を見せる。

 

「さあどっちだ…奴等か我等か……我々を焼いてもおいしくはならんぞ…」

 

 ふわふわと電流を発していたアノマリーはトンネルの奥へと飛んでいく。ノサリスよりも速く、ハウラーが駆けるよりも速くノサリスに迫ると、一層輝きを増して電撃の槍を放って突き進んでいく。

 

「グオオオォォッ!」

「ゴアァァッ!」

「ギャゥンッ!」

 

 ノサリスの断末魔が電撃の放つバチバチという音に混じってここにまで響いてくる。電撃で炭のように真っ黒に焼け焦げたノサリスの死体だけがアノマリーの後に残る。点滅する電球も送電線も焼き尽くし、アノマリーがノサリスを焼き払って―

 

 ドゴオオォォンッ!

 

 巨大な爆発の熱風が私たちの頬を撫でる。

 

「あれが成れの果てだ。思い知っただろう!」

 

 トンネルの“ゴミ”どもを駆除してくれたアノマリー。ここの駅の人々に迫る脅威の成れの果てにカーンはご満悦のようだ。

 

「危なかった……やっぱり数を相手にするのは疲れるよ…」

「ああ、本当にね…。息が詰まりそうだったよ。お疲れ様、ヴェート」

「…ふふっ…お疲れ様、アルチョム」

 

 どさっと腰を下ろしたアルチョムの顔には玉のような汗が滲んでいる。私も戦闘服の中は緊張感とさっきの冷や汗でベタベタしている。下半身までひどいことになっている。

 ………そういえばキノコで濡れたせいもあるんだった。下着、替えたいなあ。

 アルチョムはよほどの緊張のせいかハァハァと肩を揺らしている。だがその表情は野盗を殺していたときとも、トンネルの闇を歩いていたときとも違って生き生きとしている。

 やりきった、生き残ったという達成感。人類の敵を掃討したという実感は何物にも替え難い高揚感をもたらしてくれる。

 きっとアルチョムも自身の生を確かめるように、この感覚に浸っているのだろう。

 

「息を整えたら進もう。いつノサリスがまたやってくるかわからないからな。この先にレールカーがある。少しは腰を落ち着けられるだろう」

「いけるかい、アルチョム」

「ああ、もう大丈夫だ」

 

 朽ち果てた列車の車内を抜けて先に伸びるトンネルへと下りる。右側は土砂で埋まっているが、左側のトンネルは電球がオレンジの温かい光を放って佇んでいる。

 千切れた送電線で躓かないように気をつけて近づくと、右手のトンネルは鍾乳洞のような土の槍が地面から伸びている。

 そしてカーンは迷わずその鍾乳洞へと足を伸ばす。

 

「ヴェート、カーン………ここだけ何か…」

「言いたいことはわかるぞアルチョム。“何故光源も無いはずなのに明るいのか”と言いたいのだろう?」

「ええ……一体どうして…?」

「私にもわからないのだよアルチョム。どのようにして光を放っているのか。どこから光が生まれているのかもわからない」

 

 光を放つ地面。その逆行に照らされて陰が鍾乳洞に伸びる。歪んだレールが土砂で覆われている場所に転がる一つの頭蓋。その周辺に手向けられるように突き立てられたヘルシングのボルト。後端の部分が緑で着色された、カーンのボルトだ。

 

「………カーン…」

「彼は実に勇敢な男だった。私と背中を預けあい、共に駅をノサリスから守るべく戦った仲間だった。最期は、一歩間に合わなかった……いつもあと一歩が遠いのだよ」

 

 自嘲するようにうっすらと笑みを浮かべ、カーンはそっとしゃがみこんでその頭蓋に右手を添える。懐かしむように、悼むように、一本の煙草を取り出して銜え、火をつけるとそれを頭蓋の目の前に立て、自身が吸い込んだ紫煙を吐き出す。

 

「東洋の、特に仏教圏には香料を練り固めたものを墓に供えるという文化があった。香りというものは来世を迎えるまでの食物のようなものだと言われていた。このメトロで魂が来世を迎えることは最早無いが、せめて嗜好品くらいは用意してやりたい。……手間をとらせてすまないな、行こうか」

 

 線香の代わり、か。博識なカーンらしい供養の方法だ。

 ………思えば私は一度死してこの世界に生れ落ちたのだった。既にこの世界の住人としての認識が当たり前になってはいるが、この記憶……魂は自身が日本人だったころを記憶している。

 夏の暑い日、祖父、曽祖父と代々続く墓を掃除したのを覚えている。そのつい半年前に、その墓に祖母が入ったのも覚えている。

 親しい人が死んでいく。それは現代でも過去でも、たとえここが平行世界なのだとしても、哀しいという事実に変わりは無い。

 

 今生の父と母は、もう居ない。父と呼べるのは、カーンだけだ。

 私は彼がこのメトロの闇に消え去る日を、きっと涙無くして乗り切ることはできない。

 彼が思い出の中の存在へと変わる日は今も近づいている。それはアルチョムにも、そして私にも。

 このトンネルを歩いて抜けてみて改めて気づかされた。

 私たちの生は、常に死が取り巻く中で営まれているのだと。死者は安らかな眠りにはつけず、ただメトロを覆う闇として留まり続けている。

 そしてカーンはその闇を見つめ、そして時にこうして慰めてトンネルを回っているのではないだろうかと。救われることも無かった者たちの悲しみと“業”を少しでも和らげるために、カーンは一人トンネルをふらふらと巡っていたのかもしれない。

 その先に、自らが求める答えがあると信じて…。




ゲーム中のアルチョムさんのイメージが少し固まってきた感じはあります。
お酒を飲みすぎて意識ぶっとぶアルチョムさんでもいいかもとか思った。

目覚めると隣にはすやすやと眠るヴェートちゃん!……ではなく見知らぬオバサンが寝ていたっていう。

コミュニストやファシストどもに×××されるヴェートちゃんが見たいっていう人にはごめんなさい。もちっとだけカース駅は続くんじゃ。
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