※この作品はR-18です。

Metro2033 -影を見る者-   作:きゃすたー(7mg)

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………あれ、第十四話…あ、あれ?

もうできたのか、みたいな不思議な感覚です。(現在09/22/19:44)
二度三度ほど読み返してみましたが、まあ大丈夫そうな気がします。
誤字脱字ありそうな予感ですけど。

バイク乗りたい。あ、そうだ週末は鳥取行ってこよう(唐突)


第十四話 クズネツキー・モスト駅

 暗闇のトンネルを幼い少女たちが駆ける。

 一人はリボルバーを。黒い瞳と髪の少女の、やや色白の黄色の肌に汗が伝う。その小さな手に似合わない銃を両手で保持したまま、真っ暗なトンネルをランプの明かりを頼りに進んでいく。

 

 その後ろには彼女よりもさらに小さな、十歳にも満たないだろう少女が息を切らせて続く。

 彼女の手を取り引っ張るのはその姉。同じ金色の髪と青い瞳を持つ、少し年上の少女。吊り下げ式のランプを手に、妹を励まして共に走り抜けていく。

 

 一番後ろには先頭の少女と同じ黒髪の少女。褐色に近い肌をした、アラブ系の少女。リボルバーよりも大きい、それこそ子供にとっては異質なもの、AK-74を手に後方をちらちらと伺いながら三人に続いていく。

 

「ちっ、ラーカー!」

 

 先頭の少女がリボルバーを構え、トリガーを引く。ズドン、と彼女の腕を振り払うような衝撃の後に、ラーカーはその頭蓋の穴から血と脳漿を撒き散らして事切れる。

 

「っ…!」

「大丈夫よ、リーリヤ! 7番(スェーミ)が守ってくれてるから!」

「…イリーナ、追っ手が迫ってる。急ごう」

 

 トンネルの残響。男たちの怒号と銃声が、僅かにエレオノーラの凛々しい顔を歪ませる。

 

「おいで、リーリヤ」

「お姉ちゃん、重くない…?」

「へ、平気だよ。リーリヤは、まだちっちゃいから、軽いに決まってる!」

 

 先頭を歩いていた7番(ワタシ)が、義妹を背負って歩き始める。この中で一番大人なのは、7番(ワタシ)しかいない。私は彼女達の長女として、あの子たちを守り通さなければいけないという使命感に駆られていた。

 

「スェーミ姉さん、辛くなったら私が代わる。無理は、続けちゃダメだよ」

「わかってるって、エレオノーラは本当に心配性なんだから」

「……姉さんを失ったら、私達が悲しむ。私たちを失ったら、姉さんが悲しむようにね」

「…生きてみせるし、守ってみせる。忌まわしい呼び名だけど、“銃の7番”は、伊達じゃあない…!」

 

 どうしてあのとき、彼女たちも私も、まるで映画の主人公であるかのように自らを信じられたのだろう。これがカミサマが描いた物語ならば、運命(シナリオ)が私達を導いて、生かしてくれるなどという儚い希望を抱いたのだろう。

 

「………うう…?」

 

 目を開けば、そこには空になったショットグラスが鎮座している。

 飲み干され、残った水滴のアルコールも飛び、僅かな残り香を留めているだけの空のグラス。失われた中身に新たなウォッカが注がれることさえなく、ぽつんと佇んでいるだけ。

 

「……起きたかい、お嬢さん」

「…ああ、どのくらい寝てた?」

「三時間ってとこだな。あと二時間で夜だぞ」

「そう、か。もう三時間も」

 

 三時間。一体私は何をしていた。あの後から何も覚えていない。ただはっきりと覚えているのは、気が狂いそうなほどの思考の渦に飲み込まれる前に、ウォッカで全てを一度洗い流したことだけだ。

 人気は、無い。そりゃそうだ。ここは個室だ。綺麗な木目の板が使われた、マホガニーのバーカウンター。薄暗い室内にはレコードの静かな音楽が流され、目の前には旧時代のウォッカがずらりと並んでいる。まるでこの一室だけが、2013年の崩壊から生き残っているかのような景色。

 マフィアのボスや重役が会合するための小さな個室。目の前にバーカウンターがあって、席はたった三つ。それを占領して、私はここで飲んだくれていたのか。

 彼に、懐かしい師に会うために。

 

「久しぶりだな、お嬢ちゃん……いや、7番…」

「……人違い、じゃないかな。私は、ヴェートだ。ラスヴェート・ロマノフスキーそれが私の名だよ」

 

 グラスを拭きながら、初老の近いバーテンの男が私を見る。長い顎鬚と髪は既に真っ白に色素が抜け落ち、しかしオールバックで束ねられた彼の表情は以前と変わらない。彫りの深くなった顔と真っ白な口ひげだが、非常に整った顔立ちと相俟っていて、老年のベテランという雰囲気を醸し出している。以前に会ったときは、まだ黒髪も少しあったのだけど。

 彼は、このプライベートルームでしか腕を揮わない。それが彼の矜持なのだ。

 

「ここで何度お前を見ていると思っている? 娼館で痛い目にあったときは必ずここに来て、俺に抱いてくれとせがんできただろう。辛いことを忘れたいがために」

「でも、あなたは一度も抱いてやくれなかった。ウォッカ一杯飲まされてすぐおやすみなさいの繰り返し」

「私は小児性愛者ではないのでな。まして子供を甚振って悦に浸るサディストでもない。子供なんていうものは一晩眠れば、その日の嫌なことなどさっさと忘れて、翌日には新しい一日を生きるものだ。大人のようにずるずる引き摺ることはしない。だが、君は大人になったようだな」

「………そうだね。大人に、なった。だから板ばさみのどうしようもない状況に思い悩んで、ここに来たのかもしれない」

「お前が居た娼館は売り払われ、今ではまあ少しマトモな娼館になったよ。お陰で子供が春を売るような異常な場所じゃあなくなった。もし向かうのなら……マイヤに礼を言っておけ。あの後まともな経営者を呼び込んだのは、あの子だからな」

「姉さん…」

 

 あの人はやはり優しいヒトだ。私が残していったツケを、清算してくれた。見捨てたも同然に逃げ出した私が残した罪悪を、彼女は知られることなく処理してくれたのか。

 

「人は信念とともに若く疑惑とともに老いる。人は自信とともに若く恐怖とともに老いる。希望ある限り若く失望とともに老い朽ちる」

「……何それ」

「サミュエル・ウルマンという詩人の言葉だ。良いかねラスヴェート嬢? 肉体は老いさらばえるものだが、心とは常に若々しく保つことができる。行動する意思の強さを失ってはならない」

 「ここから先は私の言葉だ」と前置きして、彼は言う。

 

「意思なき行動の行き着く先は、常に妥協できる結果でしかない。なぜなら最初から望んで行動したわけではないからだ」

「妥協できる、結果…」

「私はここで多くのヒトを見てきた。普通の人、娼婦、ごろつき、盗人、兵士、ファシスト、共産主義者、オーダー……あまたの人間がここで酒を飲み、それを見てきた。だから言わせてもらう」

 

 マスターはバーテンらしく見せるためだけのグラス拭きをやめる。と、同時に眼前に銃口が突きつけられる。腰のホルスターに提げられていた彼のリボルバーが、目で捉えることさえできない速度で私の眉間に押し当てられる。

 さすがというべきか、老いて尚というべきか、その手並みは“リボルバー”と冠されたころのままに今、私に向けられている。

 

「縋るな。逃げるな。お前は勝ち取れるだけの力を持っている。為し得るだけの力を持っていて揮わない。それこそが、罪だ」

 

 カチン、とハンマーが振り下ろされる。彼の放った言葉が私の眉間を貫き、心臓が一際強く脈打つ。

 マイヤ姉さんのようにゆっくりなどではなく、何一つ躊躇いのない人差し指が引かれた。弾は籠められていないというのに、まるで本当に銃を撃たれたかのような恐怖感が全身を駆け巡る。

 

「銃は力だ。お前のような非力な少女でも大の男に向ければ優位に立てるほどのな。その力は、己や家族を守るために正しく使え。技術と共にそう教えたはずだが」

 

 「引けない銃に意味は無い」と言って彼は続ける。

 

「暗殺者として力を揮う。それはいい。そうしなければお前は、棄てられていただろうからな」

「……力が必要だった。身を守るための力、敵を倒すための力がなければ、私はこのキタイ・ゴーロドから出て自由を掴むことはできなかった」

「それで、何をしにここへ来た?」

「………三人に、会いに来たら……誰も居なかった。みんな、離れ離れになって…! マイヤ姉さんは、……うっ……ぅぅっ…イリーナや、リーリヤは……死んだんだって…!」

 

 銃を向けられたまま、私はただ何を言っているのかさえわからない。ただ涙が溢れるままに、声が漏れ出るままに、師に向かって慟哭を吐き出しているのはわかっている。

 

「……二者択一、か」

「私は、オーダー、だ。でも、私は……私は! ……姉妹を、最期の姉妹を…助けたい…」

「………決めるのはお前だ。私の意見を聞いて選ぶなど、そしてその結果を私のせいにして逃げることも許されない。手が届く範囲にエレオノーラが居るのだとしても、最早殺された後かもしれんぞ?」

「私は…」

 

 彼女が既に殺されている。その可能性は、高いだろう。だけど生きているかもしれない。一縷の望みを棄てきれない。つまり、私は――

 

「お前がどの道を進んでも最終的に物を言うのは軍用弾(タマ)と銃だ。その力はお前が為したいことを為すためのツールであり、生死を共にする相棒だ。未来を切り開くのはその手の銃と弾丸。それらに罪は無い。それを持つお前に、罪があるんだ」

「私が罪…私の行いが、罪になる? 私は正しいことをしている! メトロと未来を守るオーダーとして障害を排除し、力なき人々を支えるための力となって戦ってきた!

 地上に登って物資や機械を持ち帰り、自身の住まう駅を狙う勢力と戦い、いつだってメトロの人々のためになることをしてきた! 敵なら殺す…そうしなければ守ることなんてできない!」

「……全て、殺してきたのか?」

「野盗は人々から家族や財産を奪う存在だ。殺して当然だ。自分を守るためにも、仲間を守るためにも」

「……銃を持つ者全てを?」

「その場で降伏していようと、背を向けた瞬間に撃たれるのがオチさ」

「……無抵抗の人間を?」

「どの道解放したところで野盗は野盗だ。また銃を手に奪う側へ戻っていく。私はそれが悪いことだと理解しているけれど、これが仲間や駅の人々を守るためのものだと、正しいことだと信じてやってるんだっ! 私が悪だっていうなら、人種差別を掲げて虐殺を行う第四帝国は悪魔だ!

 あいつらのせいでどれだけの人が殺されている!?」

 

 私がまくしたてると、彼はフムと息をつき、私が飲み干したグラスにウォッカを自ら注いで飲み干す。

 

「お前は、敵なら殺すのだな?」

「そうだ。敵を、殺す。でなけりゃ守れないものだってある」

「………ならばいい。しかし、その言葉は一体誰の言葉だ?」

 

 鋭い光を放つ青い瞳。彼の視線が私を射抜く。

 

「私を、救ってくれた人の言葉だ。“敵なら殺せ”……私はそれを胸に刻んで生きてきた。そしてこれからも、そうだ」

「わかった。……その言葉の意味を間違えるなよ、ラスヴェート」

 

 言われずともだ。奪いに来る者には容赦はしない。私の背中には多くの人々の生活と未来がかかっている。スパルタンオーダーは人々の未来を守るために、障害となる敵を殺すのだから。

 

 そうだ。私はオーダーとして、無辜の民草が殺されていく様を傍観するつもりなどない。やらねばならない問題が、今目の前に存在しているのだ。アルチョムにはキタイ・ゴーロドではなくクズネツキー・モストで待ってもらえばいい。

 早ければ一日もかからずに奴らの捕虜収容施設―という名の処刑場―を襲撃して戻ってくることだってできる。

 

 やらなければ、やられる。それがメトロの原則だ。第四帝国はメトロの人々の命を脅かし、恐怖に陥れつつある。

 

 敵だ。敵となるモノは全て―――殺すんだ。

 

第十四話 クズネツキー・モスト

 

 タガンスカヤ線のホームの宿代わりの列車ではアルチョムが既に横になって寝転がっていた。

 静かに息を潜め、寝転がったままの姿はまるで瞑想しているように見える。枕の下にはハンターから預かったリボルバーがサプレッサーを外して置かれ、シャンブラーは彼の足元の、一番壁に近い場所に立てかけられている。

 

「アルチョム」

「……おかえり、早かったんだね」

 

 のそりと彼が起き上がる様はまるで熊のようだ。いや、私の背丈が彼らの平均からだいぶ低いのだから、そう見えてもおかしくはないのだろう。

 

「単刀直入に言うよ。アルチョムにはアーモリー……クズネツキー・モスト駅で待ってて欲しいんだ」

「…どうしてまた?」

「ちょっとした野暮用なんだ。一日あれば終わる。だから今すぐ移動するよ」

「………そうだね。悩んでみたはいいものの、よさそうな案も出ない。気を張りすぎていたのかもしれない。少し頭を冷やして、冷静に考えてみるのもいいかもね」

「聞いた側だけど、本当にいいの? ポリスに急ぐんじゃあ…」

「確かに急ぎではあるけど、いい方法が無いんじゃあ仕方がないだろう? それに別の場所からなら、何かいい方法が見つかるかもしれないじゃないか」

 

 なるほど、意外と前向きなところもあるんだ。どこか吹っ切れたような様子でもあるし、悲嘆に暮れるだけの青年ではないらしい。しっかり前を向き、現実を見据えて打開策を考えることができる。それは戦士には必須の心構えだ。

 

「行こう。今から列車に飛び乗ればクズネツキー・モストの門限には間に合う。ちょうど見知った顔も見つけてあるから、私が話をすればすぐにでも乗れるよ」

「……意外と用意周到だね、ヴェート」

 

 急いで荷物をまとめてホームのレールカー発着所へと着くと、そこには三両のレールカーに乗り込んだ三人の男が出発の準備を終えて煙草を吸って、エアロックの開門を待っている。

 皆同様にツナギやオーバーオールを着込んだ、いかにも職人という風体の中年の男たちだ。

 

「アンドリュー!」

 

 私の呼びかけにオーバーオールを着た禿頭の男が口笛で位置を知らせる。

 ピューイ、と甲高い口笛の音色のほうへと振り向くと、そこにはトロッコの車列の最前席から手を振る中年の男の姿がある。

 アルチョムと共に二両目のややスペースの開いた場所へと飛び乗る。

 

「やあヴェート、あとはお前さん待ちだ。そっちがツレの?」

「アルチョムです。よろしくお願いします」

「俺はアンドリューだ。あっちの青いツナギのやつがアドリアン、赤いほうがヴァシリー」

「よろしくお二方とも、俺はアドリアンだ」

「ヴァシリーだ……問題を起こすなよ、お二人さん」

 

 まだアルチョムや私とそう変わらない青年、アドリアンは朗らかな笑顔で手を差し伸べる。

 ヴァシリーと呼ばれた男はピリピリとした空気を纏って、周囲を注意深く見渡している。

 

「ホームを出るまでは安心できない。……こっち側はスラヴ人には、あたりがきついからな」

「取引先の相手を無碍にしては駅は立ち行かなくなる。この駅が繁盛しているのは俺達クズネツキー・モスト駅の技術がすぐ手に入る位置にあるからこそだ。ヴァシリー、あんたも知ってるだろう?

 照明設備に発電機、浄水器に空気清浄機……そして銃。俺達の駅が作る商品は値が張るが、性能は確かなものだ。この駅の規模に見合う設備の点検だってそうだ。俺達もあいつらも、お互い関係を切ることのできない相手だ。そう簡単に奴等は銃を向けることができないさ」

「だといいがな。戦争なんてものはほんの些細な諍いから始まるものさ。今日は平和でも、明日平和かどうかはわからんさ」

「愚痴ったって意味がないぞ二人とも。出発だ!」

 

 アドリアンが立ち上がってレールカーのエンジンのスターターロープを二三度勢いよく引っ張ると、単気筒のエンジンがブルルッと煙を吐き、トントントンと小気味良い音を奏で始める。

 操縦席に着いたヴァシリー、先頭でAKを手に前方を警戒するアンドリュー、そしてエンジンの様子を見ながらリボルバーを片手に後方を警戒するアドリアン。

 タガンスカヤ線は比較的安全な区間が多いが、警戒するに越したことは無い。

 

「いいぞ、開けてくれ!」

「全員持ち場につけ! 開門だ! 第一斑、ゲートが開いたら距離500まで偵察に出ろ。第二班は列車を護衛しつつ第一斑の地点まで前進。機銃手はそのまま待機、異常があれば即座に撃て!」

 

 覆面を被ったリーダーの男が檄を飛ばす。シャンブラーやAK、バスタードなど装備は様々だが、兵士達が銃を手に身構える。

 ビービーッと音を立てる警報、ドアの開閉に伴って点灯した警告灯が回り始め、緊張感が全員を包んでいく。

 ゴウン、と鈍い音と共にトンネルと駅を隔てる隔壁が開いていく。同時にトンネル内の冷たい風が吹き込み、暖かな駅のホームの風と溶け合う。

 歩哨の数人が隔壁を出て、サーチライトが照らすコンクリートのトンネルへと歩み出る。

 周辺の警戒をしつつ、サーチライトが届かない距離まで進むと、チカチカと明るいランプが点いたり消えたりを繰り返す。

 

「脅威対象なし! 進めアンドリュー! 偵察部隊の地点まで第二班が護衛する!」

「ああ、感謝するぞピーター! 前進するぞ、ギアを上げろ!」

 

 ギアレバーを手にしたヴァシリーがクラッチを切ってギアを入れ、ゆっくりとクラッチを繋いでいく。ガクンと小さな揺れと共に、車両がゆっくりと動き始める。

 エンジンは原動機付自転車のものだ。かつて列車を引っ張っていたような高度な機械はもはやこのメトロには数えるほどしか残っていないし、新造することもできない。

 再利用したものである上に、元々の使用用途とは違うものに使われているのだから、急ごしらえな上にその伝達機構も古いものしかない。

 

 ゆっくりと進む三両の車両。二両目の腰の高さほどの木枠で囲まれた車両には工具箱と部品を納めた木箱が載っていて、三両目も同様に袋に入った荷物などが載せられている。

 ぐらぐらと安定はしていないが、一両目の狭い空間に五人は辛いし、一等室とはいかないが寝転べるスペースがあるだけマシだろう。アルチョムを手招きして呼び寄せると、彼を毛布の上に引き込んでその筋肉質な胸に顔を埋めて共に横になる。

 

「どうしたんだい?」

「ちょっと、ウォッカを飲んだから眠いだけだよ」

「……そうか」

 

 コトコトと速度を上げて走り出すトロッコの車列。ガタガタと揺れる車両の中で、彼の暖かさだけが暗闇の中に佇む私のための仄かな明かりとなっている。

 

 もしかすると、二度と彼に会うことなど無いんだろう。この先は、クズネツキー・モスト駅が、私にとって地獄へのジャンプ台だ。まっさかさまに飛び降りた後、生きていられる保障はどこにもないのだ。

 

 ごめんなさい、カーン。

 

 ごめんなさい、アルチョム。

 

 私は、あなたたちとの約束を破ってしまう、悪い娘です。

 

 

 彼女は、オーダーの戦士なのだと思っていた。銃を手に、不条理と脅威を相手に戦う勇敢な戦士だと。だけどその認識は間違いだった。彼女は涙を流し、時に弱気になり、だけど前を向いて再び立ち上がることができる、普通の人間だった。

 

 今、列車の中でうわごとのように名前を囁く少女。イリーナ、リーリヤ、エレオノーラという少女たちへの懺悔が、静かに胸の中で眠る少女の口から漏れ聞こえている。

 彼女も、ラスヴェートもまた、このメトロで大切なものを失った人の一人なのだ。失っても心折られることなく、必死に自身を鼓舞して立ち上がった人間の一人だ。

 

「なあ、アルチョムって言ったっけ」

「ええ。そうですよ」

「お前さん、この子と恋人か何かかい?」

 

 突然、青いツナギの男がエンジンから目を離して声をかけてくる。ツナギの上からでもその屈強な肉体がよくわかる。鍛えてるというよりも、鍛えられているという表現がしっくりとくる。

 おそらく機械技師としての日々の中で屈強な肉体ができあがったのだろう。

 

「いえ、彼女とはただの…」

 

 そう、相棒だ。共にカース駅の戦場を生き抜いた仲間だ。その前のトンネルでも、そしてドライ駅でも、僕は彼女の手で、言葉で助けられてきた。

 

「戦友ですよ」

「ふうん。随分仲良しそうに見えるからなあ。いいよなあ、俺もこんな可愛い子と一晩過ごしたいもんだ」

「はははっ、彼女は確かに可愛いですけど戦場じゃ狼みたいに暴れる子ですよ」

「へえ、そりゃあきっと夜も可愛いんだろうなあ」

 

 夜の彼女も、やはり狼のようだった。あれはきっと並みの育ち方をしてはいないのだと、僕は身を以って彼女の一面を垣間見た。

 鋭く向けられる殺気。首をへし折るような、しかしいつでも逃げられるのではないかと思える優しい手つきで首を掴まれた。

 その後は、まるで寂しがる子供のように甘えて、擦り寄って、僕を戸惑わせてきた。

 

 人懐っこい仔犬のように、しかしその本質は野を駆ける狼のよう。カーンという父が居て、彼女の住まう駅には仲間が居るだろう。

 仲間のために自らを差し出すことさえ、彼女はしてしまう、できてしまうのだろう。彼女の持つ意識、仲間を守り民を守るという心は、自らの命の危険さえも顧みないだろう。

 そう、ハンターのように。

 

「そういえば、アルチョム」

「はい、なんでしょうか、アンドリューさん」

「どうしてまたキタイ・ゴーロドに居たんだ? しかもこの子が自らあの駅に入るだなんて…」

「ええと、実はポリス駅に向かう用事がありまして。カース駅でカーンからタガンスカヤ線を抜ければ確実に抜けられると教えられたのですが、その道案内を買って出てくれたのがヴェートなんです」

「なるほどな…それにしても疫病騒ぎでタガンスカヤ駅が閉鎖されたんじゃあ、ポリスに向かうのは難しいな。噂の車両基地なんてものにでも辿り着けば話は別だろうが、それ以外で抜ける方法となるとなぁ…」

「ええ。なんでもヴェートが野暮用があるというので、中立駅のアーモリー駅に移動しようという話になって…」

「……ふむ、まあいいさ。アーモリーは常に自由の駅だ。中立駅を貫いているし、そして身分さえしっかりしていればよほどのことでない限りは通れる」

 

 ガタガタと進むこと数十分で一度カース駅から出てきた通風孔の前を通り過ぎる。やはり列車は早いし便利だ。ミュータントに襲われることもなく、検問所らしいバリケードと監視所の一体となったゲートが現れる。

 二台の機銃が三層に分かれた監視所の二層目に配置され、最上部には同様に二台のサーチライトがこちらに向かって光を放っている。

 

 ピィーッ! と口笛がかき鳴らされ、列車はゴトン、ゴトンとその速度を落としていく。

 

「んむぅー…もう、着いた?」

「おはよう、ヴェート。もうすぐクズネツキー・モストだよ」

 

 ライトの眩しさに寝ぼけ眼をごしごしと擦る少女はなおも夢うつつといった状態であくびをする。

 その様子を見ていたロシア正規軍のロングコートを着た男が二両目のトロッコの木枠に肘をつき、うつらうつらとしているままの少女に声をかける。

 

「よう、おチビ」

「…んぁ、おふぁよう……」

「相っ変わらず、寝起きはボケボケだな。起きろヴェート! そのちっさい身長を拳骨で縮めてやろうか?」

 

 強面な表情をより一層歪ませて、ロングコートにAKを提げた男は怒鳴るようにヴェートに声をかける。

 びくん、と驚くように目を覚ましたヴェートは彼を見るなり可愛らしい怒鳴り声をあげる。

 

「ち、ちっちゃいゆーな! 日本人なら平均くらいだ!」

「ククッ、ハハハ…目は覚めたかおチビ? 久しぶりだな、もう三ヶ月ほどか」

「…コンスタンチン・アレクセーヴィチ、次にちっちゃいって言ったら脳天にぶち込むよ」

「そうかいそうかい。ならその前にお前のちっせえ股座を開いて俺の30mm機関砲弾で“また”イかせてやる。楽しみにまっていろよ」

「う、うるさいうるさいっ! さっさとどっかいけこのバカッ!」

「ハァーッハッハッハ! しっかりお手入れして待っていろよおチビちゃん!」

 

 ぐぬぬ、と右手に握り締めたデザートイーグルを振るわせて、彼女は顔を真っ赤にして憤る。その様を見届けた司令官はさっさと駅のホームに上がって検問所の机に向かっている。

 

「また、ねぇ…」

「違う! あいつと寝たことなんて無い! 絶対無い! あの意地悪な男に絶対に抱かれるもんか!」

「おーおー、相変わらずあの強面司令官と仲良しにしているようだなラスヴェート」

 

 カチンと煙草に火をつけ、アンドリューはにやけた顔で彼女に追い討ちをかけるようにからかう。

 涙目で抗議を続けるヴェートをよそに、車列はそのまま駅のホームへと入っていく。エアロックが轟音と共に閉じられると、駅のホームに飛び移り、机で待ち構える司令官の下へと足を向ける。

 後ろでは数人の男と人力クレーンがやってきて荷物を引っ張り上げ、ハンドリフトの刺さった木製のパレットの上へと荷降しが始まる。

 

「俺は駅のレンジャー部隊司令官、コンスタンチン・アレクセーヴィチだ。ようこそお客人、自由の駅アーモリー、クズネツキー・モスト駅へ。そっちのお嬢さんはどうしたのかな? 何かトンネルで怖い目にでもあったのかい? ククク…」

「絶対殺す」

「いいからさっさとパスを出せ。殺すかどうかはその後だ」

 

 パスポートを開くなり、彼の目が鋭くなる。煙草を咥えた彼はそのままじっと写真と僕を見比べていたが、その煙草を消して僕のほうを向く。

 訝しげな表情にはもう慣れたが、彼の視線には若干の殺気や敵意のようなものさえ混じっている。

 

「アルチョム、お前さんエキシビジョン駅から来たのか?」

「ええ、そうです」

「何故ソヴィエト時代のパスポートが使われている?」

「幼少のころに、あり合わせのものしかなかったので、それで作ってくれたのですが…」

「ふむ……」

 

 ちら、と彼は隣に立つヴェートを見る。彼女は未だにぷんすかと不機嫌さが見て取れるほどだったが、彼の視線に気づくと元の凛々しい戦士の顔に戻って頷く。

 顔見知りの二人の間には何からの合図のようなものがあるのかもしれない。

 

「まあ、いいだろう。問題は起こすなよ。今この駅は、俺達の“自由な駅”は共産主義者の監視が入ってる。タガンスカヤ線から攻めてくる第四帝国を迎え撃つのは、アーモリーの人員だけじゃあ不可能だ。そのため兵員の輸送、通行を一部許可して共産主義者に第四帝国と戦ってもらってるわけだ」

「……随分、奴らの侵攻速度が速いね。一体どうしたの?」

「以前お前に見せたトンネル、地下水の集合・排出のための橋梁になっている部分を見せただろう? あの橋梁の先、俺達アーモリー駅の監視所だった場所が第四帝国に占拠された。お陰で奴らは俺達の目と鼻の先にまで進んできやがったのさ」

 

 「けどな」と司令官は声を潜め、小さく笑みを押し殺して続ける。

 

「俺達は戦わないが、共産主義者は戦う。つまり懐を痛めずに俺達は共産主義者から稼いでいるってわけさ」

「………なんていうか、セコい?」

「小ざかしくて結構! ……中立駅が独立を保つというのは、白も黒も飲み干さねば成り立たないのだ。生憎この駅は技術は一級品だが、生産量が多いわけじゃあない。鉱物の加工は得意でも、キノコや豚の生産は普通の駅と大差ないのさ。だから、節約できるところでは節約し、儲けられるところでは儲ける。それが中立駅ってものさ」

「要するに、この駅は製造技術者は多いけど、キノコ栽培や豚の養殖は専門とした知識を持つ人間が少ない、ということでしょうか?」

「そういうことだな。技術者はもちろん、レンジャーたちを含めても、駅の全人口を駅内だけで支えることが難しい。かといって他所から輸入しようものならコストが嵩んでしまう。できることなら自国内で生産し、自国内で消費したいものなのだがな…」

 

 はぁ、とため息をついて司令官は頭を抱えて再び煙草に火をつける。

 

「ソヴィエトは農民や労働者、そして兵士による評議会から始まった。赤地に鎌と槌が交差する旗がかつてこの地に翻ったように、生産者というものは非常に重要なものなのさ。その国に住む人々の生活に直結していると言ったって良い。食料を作り出すのは技術者じゃあない。実際に土に触れて耕す人々、そして海に出て網を投げる人々だ。

 二十人や三十人ほどの小さなコミュニティならどうとでもなるだろうが、それよりも遥かに大きなコミュニティとなると話は違う。メトロだってそうだ。まだ都市国家レベルの機能がある。

 今の人類は皆が皆キノコの栽培方法や豚の養殖の専門知識をある程度備えているわけじゃあない。知識だけで実際に土を耕し、小麦が作れるか? 本と工具で魚が釣れるか? パソコンで肉を作れるか?

 食料生産はそのためのツールを必要とし、それを行う専門職を必要とし、それを手厚く守ることで駅の食料は円滑に生産することができる。

 技術だけで成り立つ国なぞ存在しねえ。如何なる国にも食料生産、工業、そして物流を担う人間が居なけりゃ国という巨大なコミュニティは成り立たない。何百年も前の人類ならそんなこと気にもしないんだろうが、俺達は2013年という人類の繁栄の絶頂期を知っている。

 より豊かに、より便利に、より快適にと人類が進んできた道のりを知っている。それ故に今も尚過去の栄光に縋っているのさ」

 

 司令官はふう、と紫煙を吐き出して息をつく。ゆらりと立ち上る煙を眺めたまま、コンスタンチン司令は手元のパスポートを僕とヴェートに手渡す。

 

「ま、それは追々どうにかするさ。今はまず目の前の第四帝国(ファシスト)だからな」

 

 ぷかぷかと紫煙を浮かべている司令官にさっさと行けと促されてクズネツキー・モスト(アーモリー)駅へと踏み入れる。途端に機械油や鉄の焼ける匂い、金属の擦れあう甲高い音が壁一枚向こうから聞こえ始める。

 居住区の扉を抜けるとそこは既に工房のように機械がひしめいている。エンジン、発電機、浄水器、おまけにどこの誰が拾ってきたのか状態のよい自動車が丸々一台鎮座している。

 

 クレーンで吊られた部品や、作業台に乗せられたエンジンを弄る男が居る。どうやらここは分解や組み立ての作業を行う区画らしい。足元には路面電車のように走るレールが延び、隣の区画にまで伸びている。

 

「おおっ、これって…バ、バイクだ!」

 

 ヴェートはというと目を輝かせて、薄汚れたカウルを取り外され、錆び付いた中身が顕になったバイクに興味津々という感じだ。やはり歳若いとは思っていたけれど、きっと彼女はバイクを実際に見たことがないだけに興味を惹かれるのだろう。

 

「すごい! CB1300SF……原型そのままだ…ああ、やっぱり頑丈なんだなあ…」

「ヴェート、そろそろ行かないとアンドリューが…」

「はわわっ!? YZF-R1!? 04年型だよコレ! あっちはドゥカティのムルティストラーダまで!」

「聞いちゃいない…!」

 

 頭を抱えて視線を外した次の瞬間には、既に車体に跨った彼女の姿がある、

 バイクスタンドで両足を支えられたバイクのシートにまたがり、クラッチやアクセルを確かめるように握り、カチカチとギアやブレーキを踏んで感触を確かめている。

 

「ほら行くよ、ヴェート。アンドリューが酒場で待ってるんだから」

「やだやだやだ! 私にバイク成分を補充させてー!」

 

 イヤイヤと駄々をこねる少女。……歳相応にすら見えない。まるで十代の初めの子供だ。

 頑として離れようとしない彼女をゆっくりと担ぎ上げて、バイクから引き剥がす。きっと名残惜しそうに眺めていることだろう。

 それにしても、軽い。装備や銃を含めてもそれなりの重さになるのが人間だ。だが彼女はそれでも、軽いと感じる。

 その在り方は戦士のようだが、この子は未だに二十にも満たない少女なのだ。

 僕はこの頼りがいのある、お茶目な戦士(女の子)を守り通せるのだろうか。

 

 クズネツキー・モスト。そこらへんにソヴィエトの軍装を模した兵士達がいる。彼等はファシストと戦うのだろうけれど、彼らの諜報員はエキシビジョン駅にだってやってきた。

 見ず知らずの駅だ。警戒しなければいけないとどこかで僕の頭は警告を発している。だけど何故か、不思議と気後れするような気分はしない。

 

 これが何か、事態が好転する予兆だといいのだけれど。




何故書けたし。何故か書けてしまったので投稿です。

あぁー、肩が痛い。
ペンを使うのも肩が凝りますが、キーボードもやはり肩が非常に凝りますね。

よし、鳥取に行ったら帰りに城崎温泉に入ろう。そうしよう。

ああ、明日は仕事だ…。
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