Metro2033 -影を見る者- 作:きゃすたー(7mg)
なんか歩くと右足が痛むので病院行ったら右足の靭帯損傷って言われました。
ちょっと転倒しただけやん。なんでやねん。でもめっちゃ痛い。
軍用アンプル一本で治らないかなぁ…仕事どうしよってなります。
ようやく俺もレンジャーの一員だ!
コムソモーリスカヤ駅は環状線とソコリニキ線が交わる要衝だ。ここを落とされたらハンザは、そしてハンザと交わる俺たちの路線の駅は共産主義者によって蹂躙される。赤い津波に飲まれてしまう。
気を引き締めて事に当たらなければな。ここのレンジャーたちはハンザでも精鋭と名高い集団で、教練も厳しいものだと聞いているがそんなことはどうだっていい!
俺は必ずストーカーになってやるんだ。教練程度で躓いてちゃ意味が無い。俺がこの手でメトロの、俺の故郷の駅を救ってみせる。そのためにハンザの厳しい住民登録を乗り越えて、遥々アレクセーエフスカヤを飛び出してきたんだ。
周りを見れば同じような年代の、二十代過ぎらしい者たちが揃っている。初の顔合わせというのもあって皆一様に自己紹介をして、出身駅の話や噂話をしている。
コムソモーリスカヤに着くなり上半身裸のオッサンに駅員室を改装したミーティングルームに連行されちまって一体どうなるのかと思ったが、今後の教育課程についての講義が行われる程度で正直拍子抜けだ。
「よう、お前はどの駅からきたんだ? あ、俺はアーロンって言うんだ。ドストエフスカヤ駅出身だ」
「俺はイアン。出身はアレクセーエフスカヤ駅。二十三歳だ」
「同い年か! よろしく頼むぜ」
「ああ、こっちこそ」
アーロン、焦げ茶色の短い髪に緑の瞳、顔つきは少しおっさんみたいな感じだが、野性味のある男という印象の男。
そいつはニカッと笑みを浮かべ、右手を差し出してきた。その手はごつごつとしていたが、しっかりとした厚みのある強靭な腕をしている。
レンジャーに支給されたカーキ色の戦闘服の上に防弾ベストを着た、ガタイのいい兄ちゃんという具合の男は煙草を一本取り出し、俺に向かって差し出してくる。
「いるかい?」
「ああ、戴くよ」
「フゥー………しかし、どうにも拍子抜けだったと思わないか?」
「……ハァ…ああ同感だ。あのオッサンが出てきたときにはこれから地獄にでも落ちるのかと思わされたけど、すんなり終わって安心したよ」
「そうだな。確かあのオッサン、次は確かミュータントについての講義だって言ってたな…」
「ああ。なんでも“ナンバー持ち”のストーカーを呼んであるとか」
ナンバー持ち。それはハンザのストーカーにとっては自身の実力と功績を示す最大の名誉だ。
所謂ストーカーの格付けのランキングのようなものだが、実力者は自ら事業を立ち上げて大金を儲けていたり、傭兵集団を率いたり、様々な人物が居る。そしてそれに共通しているのは“カネを持っている”ということだ。
「…んお? 見ろよ、あれ…」
アーロンが指差した先に居るのは一人のレンジャー候補生らしい人物。
カーキ色の戦闘服、防弾ベスト。唯一俺たちと違うのはそのベストには弾倉やナイフが既に装備されているという程度だ。
「女……だよな」
「ああ、女だな…」
背丈は低い。どう見たって俺たちの肩くらいまでで、その身長は160cmほどもない。
顔つきは東洋人のものだ。アジア系の、中でもモンゴルだったか中国だったかに近いが、どうもそれらとも違う美形の顔。凛々しい顔立ちと腰ほどまである艶やかな黒い髪。黒真珠のような瞳の、若い、それも二十代にすら届いていないような少女がそこに居る。
「やあやあお嬢さん! こんな男ばかりの部屋に何か御用ですかな」
「うん。ここで講義をすると聞いて」
一人の巨漢のレンジャー候補生が彼女の前に歩み出る。阿呆め、下心が丸見えだっつーの。
「………美人だな」
「…同感だ」
アーロンの呟きに同調する。確かに美人だ。戦闘服とベストのせいでわかりづらいが、なかなかのプロポーションをしている。
「貴女もレンジャー候補生なので?」
キザったらしいったらありゃあしない。あの髭面野郎、きっと普段からあの感じなんだろうな。婚期を逃しそうで必死なのかは知らんが、あんな口ぶりで女が振り向くわけがないだろ。
「……はぁ?」
美しい。その感想はまさしく正しかった。端整な顔を苛立ちと不機嫌さで塗り固め、ドスの利いたその声はまさに悪鬼。いや悪魔と形容していい。まるで天国と地獄が背中合わせで存在しているのではないかとさえ思える。
「なんで私が候補生如きと同列に見られているのか、その理由はおよそわかるんだが、お前の眼は節穴か? それとも目が見えていないのか?」
「……なんだと?」
「だ、か、ら、お前の眼は節穴かって聞いてるんだよ」
腕組みをして目の前の巨漢に食って掛かる少女。肩ほどどころか男の胸板ほどにしか届いていないその身長で、見上げるようにして投げかけるその視線には一切の恐怖感を見て取れない。
怯んだ様子も無く、怖気づくでもなく、強がりでもない。自信と威厳と覇気に満ちた声と態度で男に対して正面から向き合っている。
「いいかデカブツ。お前はメトロの人々を、自分の駅の仲間を守るためにレンジャーになった。そうだな? 候補生の身でおしめも取れていないお前はさっさと自分の席に着いて大人しく待っていろって言ってるんだよ、ヒヨッ子」
「おいガキ、マーマやパーパに教わらなかったのか? 年上は敬えってな」
「敬う? 候補生を敬えだって? 身の程を弁えてからモノを言いなよ、鼻垂れ小僧が」
あ、だめだこりゃ。あのデカブツ、今にもプッツンしそうだ。こりゃあ後でひどいことになりそうだ。主にあの女の子の貞操とか。
「どうした、騒がしいぞ」
「た、隊長殿…」
良いタイミングだ。あの上半身裸の筋肉達磨が戻ってきた。これであのデカブツも少しは大人しくなるだろう。
「………ああ、今度は何があった?」
「候補生の分際で敬えとか抜かすんだよ、この阿呆がさ」
「まだ言いやがるかこのガキ…!」
「揉め事は許さんぞヴァシリー。さっさと席に着け」
筋肉達磨に睨みつけられたヴァシリーは舌打ちしながらも元の席に腰をどかっと下ろし、ふてぶてしい態度のままに前を向く。
あの筋肉達磨は抱えていた資料をプロジェクターの前で用意し始める。その隣に設けられた教壇に登ったのは、あの少女だ。
いや、まさかそんな――
「まずは自己紹介からしておこう。私はハンザ同盟コムソモーリスカヤ駅所属ストーカー“17番”ことラスヴェート=ロマノフスキーだ」
マジかよ。
「また“スパルタンオーダー”所属、認識番号1337番、通称“
ヴァシリーは唖然とした表情で呆けている。まさに開いた口が塞がらない、だ。そりゃあそうだろうよ、まさか相手があの“スパルタンオーダー”だったとは夢にも思わない。俺だってきっとそうなっているだろう。
よくよく見れば左肩の肘に近いところにはモスクワメトロのシンボルの刺繍がなされている。なるほど、だから目が見えていないのかなんて言ってたのか。
「そこ」
すう、と赤い光のラインが走る。その先が向けられているのは、俺の左胸だ。
「気を抜くな。死にたければ別に聞かなくていい。だが生き延びたいなら、仲間や家族を守り抜きたいなら何が何でも覚えておけ。ミュータントに対する知識が無きゃストーカーはおろかレンジャーさえ務まらない、ってね」
ぞわ、と全身の肌が粟立つ。もし彼女が右手に持っているものがただのレーザーポインターではなくリボルバーだったら、俺は既に血の海に沈んでいたのだろう。
彼女の黒い瞳がまるで焼き付いた影のように、俺の脳裏に刻まれる。狼の眼、獲物を狩る狼のような瞳がじっと俺だけを見つめているような錯覚さえ覚える。
「と、言うわけで現役ストーカーの語るミュータント講座を始めます。まあ言葉で説明するよりも実際に見てもらうほうが早いかな、と思って写真を用意してあるよ。グリゴリー、よろしく」
照明がいくつか落とされると、劣化して皺の入った薄汚れた白のスクリーンに一枚の写真が投影される。
ピンク色に近いような肌色に近いような、犬のように四本足で立つ怪物の姿。見間違えるわけもない、ノサリスだ。
手元の資料にも事細かな特徴や習性が記載されている。やはりメトロに住むものにとっては切ることのできない腐れ縁のミュータントだ。
「まずは一体目、皆さんご存知ノサリスのクソッタレ。駅のレンジャーやトンネルの巡回警備要員が主に相手をするのはこの不細工な野郎だね。動きもすばやいし障害物を足場にするような器用さもある。よく狙って仕留めるか、弾幕で寄せ付けない。寄られたらショットガンなんかで吹き飛ばすと効果的だね。
ゴリラみたく二足歩行で立って両手の爪で攻撃してくるヤツのほかに、様々に亜種が居るから気をつけて。一緒くたに“ノサリス”と考えていると思わないところでやられるから」
ノサリス…ああ三年前を思い出す。俺の幼馴染もトンネルの警備にあたっていてこいつらにやられたんだ。
チクショウ! あの暗闇で光る目がまだ焼きついて残ってやがる!
あと三十分で交代だって時にやってきて、そのまま雪崩のように押し寄せて仲間を食い尽くしやがったあのクソッタレ野郎ども! 俺が必ず報いを受けさせてやる!
「……おいイアン、落ち着けよ。俺だってこいつらには嫌な思いばかりさせられてきた…」
「…スパシーバ、アーロン。ああ、胸糞悪いミュータントどもめ…」
ふっ、と鼻で笑うように彼女が笑う。まるで歯牙にもかけぬ相手と見られているような苛立ちが募るものの、ここで理性を失ってはいけない。
パベル爺さんも言っていた。トンネルでは常に冷静であれ、と。何か物音や違和感を感じたらまず落ち着いて、自らの意思を確りと持つことができなければいけないと語ってくれたのを思い出す。
「次はこのトンネルで二番目によく出くわす相手、ラーカーだ」
毅然とした、しかし声のトーンを少し落としたような彼女の声でふと思い出したようにスクリーンを見る。
ノサリスと似たような色の、しかしサイズは圧倒的に小さく、子供のころ公園で見かけたチワワやダックスフンドよりやや大きいくらいのミュータント。
資料にも主要な食物や性質が書かれている。しかしノサリスにもあったが、この食性はどうやって調べたのだろう?
人間を食うのは知られているが、一体どうやって? 捕まえて観察でもしたのか?
「こいつは死体漁りが大好きだ。特に好き嫌いは無いみたいだから、君たちもこのメトロの土に還る際にはこいつのお世話になるだろうね」
嫌なこった。こんなミュータントの世話になるくらいなら火葬のほうが幾分マシだ!
「それと注意しておくことが二点、ラーカーは複数のヒトを襲うことは滅多にないが、腹を空かせた相手はノサリスだろうがラーカーだろうが、気をつけろ。死に物狂いの相手は面倒だぞ」
確かにそれは同意する。俺たちの駅も逼迫した状況が続いているせいで住人の減少が進んでいるのだから、このままでは野盗の仲間入りをするか、同盟によってなんとか繋いでいくしかない。
必死な相手というものは恐ろしい。死を厭わない、むしろその死を乗り越えた先にあるものを手にしようとするのだから、死を既に覚悟した上で向かってくる。撃とうが止まらず、燃やそうが前に進もうとし、頭をぶち抜いてもすぐには安心できない。
人間も、ミュータントも、どちらもお互いの生存を賭けた戦いに於いては何ら変わりない。
生きるという本能が理性や思考を塗りつぶし、人間が獣と大差無いような所業を平気で行ってしまうことだってある。
「そしてもう一点、こいつらを相手に単独で戦うのは絶対にやめることだ。でなきゃ―」
一瞬の間。その後に続く言葉はきっと、そう―死だ。
「死ぬぞ」
ノサリスについておどけたように語ってみせたときとは打って変わり、彼女はあの狼の瞳で我々を見定めている。
「………こいつらはヒトやミュータントが単独で居る場合には容赦無く仕掛けてくる。自分達が掘った通路を通って、右から左から、時には足元から顔を覗かせてこちらを仕留めんと狙っているんだ。一匹だけのはずが気づけば、二十体以上のラーカーに囲まれているなんてことはよくあることさ。
ま、どちらにしても数は力さ。ミュータントと我々、果たしてどちらのほうが多いかを考えれば……わかるよな?」
ごくり、と誰かが息を呑む音だけが響く。ジジジとスクリーンに投影するプロジェクターの明かりが揺らぐと、次の写真が目の前に映し出される。
全身に毛の生えた、ブルドックのようなたるんだ顔に魚の目をした犬のようなミュータント。生き生きとした姿で死肉を貪るその姿がスクリーンにでかでかと映っている。
話には聞いたことがある。こいつがウォッチメン、ハウラーか。
こいつにも同じように亜種や特徴、身体的な能力などが大まかに記されている。もちろん何を食べているのかも。
「次はこれだ。レンジャーなどはウォッチメン、ストーカーは主にハウラーって呼んでる。二本足でその場で立ち上がって周囲を見渡す様からウォッチメン、敵を見つけると遠吠えで仲間を呼び寄せることからハウラーだ。呼び方は違えどそれはどっちも厄介な習性に関連しているから気をつけるんだね」
ミュータントの写真の背景は一面の白だ。だが薄汚れて崩れ落ちそうな建造物や、核爆発の余波で飛ばされて積み重なったらしい錆び果てた車などが一緒に映っている。
まさか、地上で撮ってきたのか? わざわざ写真を撮るために、あの危険な地上に!?
「…教官、質問が」
「なんだい、ヒヨッ子その2」
いつの間にか俺は右手を上げていた。自分でさえいつ上げたのかが分からない。
「この写真は、地上で、実際に撮ってきたのですか?」
「……訂正だ。候補生君、確かにそれは私が自ら地上に登って撮影したものだよ」
「これを、お一人で?」
「それがどうかした?」
ストーカーなんて無謀で荒くれ者がなるものだと聞いていたけれど、これは確かにその言葉通りだ。生きたミュータントを前に、銃ではなくカメラを構えているのだから。
それを平然と「どうかしたか」と聞き返してくるのだからこの女教官も大概だ。まさに怖いもの知らずとでもいうべきか。
「あ、いえ……自分もストーカー志望なので…」
「へえ…」
じっくりと、あのハンザでの検問所で受けたような視線とは違う、そう…価値を見出すような、まるで鑑定士か何かが芸術品を品定めしているような鋭い視線が向けられる。
「………なら覚えておくことだよ。ミュータントは容赦してくれない。さっきみたいなザマが正に命取りなんだから」
「肝に、命じておきます」
「…じゃあ次は地上の最大の敵とも言えるミュータントだ」
一枚の写真が投影される。目の前の教壇に立つ少女と、少し年上に見える厳つい装備の女。狙撃銃らしきものを手に、ある程度の放射能汚染にも耐える
「………左は私、れっきとした人間だ。右は恐ろしい“オーダー”の同僚のアンナだよ。女だからって舐めないこと。でなきゃ脳天を
「すまんな、混ざっていたようだ。ほら」
「……ま、まあ気を取り直して次!」
今までのようなお堅さを振り払うように、彼女は慌てて次を指示する。
写真の間に混ざっていたらしい。それを受け取るや大事そうにベストの内ポケットにしまう。
地下に垂れ下がった白いスクリーンに、地上の空が映される。どんよりとした雲、舞い上がるホコリ混じりの吹雪、その中にぽつんと、しかし悠々と空を舞う何かが映っている。
やっぱり、というべきか、こいつにもその食性が記載されている。
………まさか、解体して胃の内容物を調べたとでも…いやまさかな。
「デーモン。地上に出てまず出くわすクソ野朗だ。こいつに生半可な銃撃は効かない。地上に腰を下ろしているところを付着グレネードで吹き飛ばしてやるか、プリーブドのような対物ライフル、あとは軍用弾をしこたま撃ちこむかしないと死なないクソッタレだよ。
こっちは地を這う人間、しかし相手は空からこちらを見下ろす悪魔。障害物なんて奴らには大した意味は無い。捕まればそのままお持ち帰りさ。そして奴らのガキの餌になってしまう」
まるで見てきたように言う彼女の表情は強張っている。うっすらと脂汗までかいている。きっ、と閉じられた口元は歯噛みするような強さで歪み、狼の眼には怒りの色が浮かんでいる。
「あとはコイツ…スパイダーだ」
複数の足。蜘蛛のような見た目。しかしそのサソリのような尾が目を引く奇怪なバケモノ。その横に添えられた巻尺を見て息を呑む。
1メートルにもなる巨大な蜘蛛だ。普段見かけるようなあんな小さなものとはワケが違う。
こいつだけが何故か生きた姿ではなく、死体の写真だ。食性も書かれていない。一体何故こいつだけが。
「このスパイダーってのは光に弱い。暗闇に居続けたせいか、光や熱に対する耐性がかなり貧弱なんだ。ヘッドランプの灯りや、そこらへんにあるような手持ちのランタンのようなものさえ嫌うほどにね。
だからこいつらの相手をするときは拳銃でもいいけど、絶対にライトを絶やしちゃいけない。奴らには銃弾よりも光を当ててやるほうが効果的だ。まあ、そういうわけで写真を撮ろうにも真っ暗闇。その上照明を焚いたって逃げられる。
故に死体の写真ってわけ。ちなみに腹が柔らかいから、光を当て続けて弱らせたところを腹に一撃っていうのもありだね」
なるほど。こりゃ確かに厄介だ。手持ちの武器がライトだけだなんて、考えたくも無い。
その上にこの見た目! 醜悪どころか吐き気がする! 後ろに映っているこいつらの吐いた糸らしいものが繭のようになっているのが更にそれを助長してくれる。
死体でも丸めてるってのか? まるで御伽噺で語られるエジプトのミイラみたいな物体まである。
「と、まあざっとこんなものかな。現状このあたりで確認されているミュータントはこれくらいだけど、他の路線や地上には変な噂が立つようなミュータントだって居るらしいからね」
「噂に、っていうとフィリョフスカヤ線の…?」
「あー、“フィリョフスカヤ線の三本足の客”かな? 他には“ノーヴィ・アルバート通りの首と肩の無い怪物”なんかもあったっけ。実際、確認されているのはノーヴィ・アルバート通りのヤツくらいだね」
「………噂だけだと思ってたぜ…まさか本当に居るなんて…」
「くよくよするなよアーロン。奴らを殺して死体の一つでも持ち帰れば、そいつらは噂の中の恐ろしい謎の存在じゃなくってミュータント図鑑に加えられた新種のミュータントに成り下がる」
「いい覚悟だ」と言った彼女の言葉を引き継ぐように、上半身裸の筋肉質な男が続ける。
「噂だけの存在ならいくらでも居る。“三本足の客”然り、“姿無き吸血鬼”然りだ。レンジャーの役目はそういうわけのわからない奴らを倒すことでもなく、ましてやレッドラインと戦争を再びするためでもない。我々の役目はこのコムソモーリスカヤ駅を守ることだ。そしてそんな危険な奴らについて調べ、メトロ内の危険なミュータントを真っ先に排除するのが…」
「それが私たち、“スパルタンオーダー”だよ。ヒヨッ子ども。メトロの民に降りかかる火の粉を払う盾にして、ミュータントを駆除する大剣。それこそが、“オーダー”だ」
有無を言わさぬ圧力。睨みつけられただけで空気が重さを増しているような感覚が身を走る。
彼女は、確かに“オーダー”だと納得した。わかってしまった。口ぶりや態度じゃなく、彼女は真っ向から“メトロの人々のため”と言い切った。
駅と駅の間だけでも戦争が起きるこの地下鉄世界だ。奪うことで仲間を生かすこの時代だ。他者なんてまず信じられない。同盟相手でさえ不信感を覚えたりすることさえある。
なのに彼女は、“ヒトのために戦う”と宣言してみせた。無謀な献身でも、蛮勇でもなく、自信に満ちた声で我々の心に巣食った疑念を一太刀で切り捨てた。
「じゃ、そういうわけで~…私は地上探索してくるからさ…グリゴリー後はよろしくっ!」
ぱちん、と左目を閉じてウィンクし、手を振って部屋を駆け出す。
………本当に彼女はストーカー…そして“オーダー”なのか!?
もしかすると我々はとんでもないペテンに巻き込まれていて、催眠術か何かで騙されているのではなかろうか。
歳相応の少女のような無邪気な声で、甘えるような声で役目を押し付けた少女はさっさとドアを開け放って走り出した後だった。
「………ま、ああいうヤツなんでな…気にしすぎるな。ストーカーってのはな……フゥー…」
カチン、とライターで煙草に火をつけ、グリゴリーと少女に呼ばれた壮年の男は一息だけ吸って紫煙を吐き出す。
「…変人ばかりだ…」
まるで自分に言い聞かせているよう、いや確実に自分自身に言い聞かせているのだ。
あの少女のような見た目の女ストーカーは、関わればきっとロクなことがない。
何故かその確信だけが、俺の胸中に渦巻いている。
ある駅のレンジャー候補生の一日、的な。
アンナ…? いえ、確かミュータントでそんな名前のが居たようn(パァン