Metro2033 -影を見る者- 作:きゃすたー(7mg)
ピアノハウス聞きながらのドライブは最高です。例え乗っている車がトラックでも。
もしかしたら後々手直しで書き直すかもしれません。
追記:手直しとシーン追加など行いました。殺戮シーンが増えて作者的には満足満足。え、エロい場面は………てへぺろ。
ちょっと忙しい時期が来たので十月中旬まで更新停止かもかもです。
私は、犬じゃない。狼だ。オーダーの、戦士だ。
「さあ言ってみろ。劣等種、お前は一体、何だ?」
「……ぅ……っぁ……わ、……ワたし……ヴェート…」
私は、犬じゃない。おおかみ。犬、ちがう。
スパルタン、オーダー……ナンバー……1337……オオカミ……。
「ほらどうした? 言葉くらいはわかるだろう、劣等種のヴェートちゃん」
「わ、タシ……は……」
違う。私は、ヒトだ。イヌじゃない。ちがう。おおかみ。妹を、迎えにいくんだ――すぐそこに、居るんだ。
「チッ、自白剤が効きにくいのかしぶといな。余計なことばかり喋りやがって。妹想いなのは結構だが、手間がかかりすぎるなこれじゃ。…………お前、妹の名前は?」
「……い、もうと……」
いやだ、失くしたくない。わたしの、私に残された大切な家族――
「えれ、オ、ノーラ」
「…………おい、お前聞き覚えはあるか?」
「三日ほど前、“浄化”のために捕まえた女でしょうか。黒髪ですし、肌の色も近いものがあります。顔立ちはまったく違いますがね」
「連れて来い」
「了解です」
いもうと。エレオノーラ。わたしの――
「お前の妹とやらに、会わせてやろう」
第十六話 姉妹のため
トンネルに踏み出した一歩は、途轍もない道のりへの一歩だ。
私は、多くの老練な狼たちに育てられた。悔恨を乗り越えてなおトンネルに立ち続ける狼、カーンに育てられた。その背中を見て育ち、闇を見つめ、乗り越える術を授かってきた。
静かな佇まいとは裏腹に“リボルバー”とあだ名された銃の名手。彼の手ほどきを受け、私は己や家族、仲間の命を守り通す力を授かった。
オーダーの候補生時代に世話になった、アーモリー駅のレンジャー部隊の総司令官、コンスタンチン・アレクセーヴィチ。彼には戦士としての
やっと理解できた。戦士は常に己の“観る眼”でもって、敵を見据えているのだと。そして私はこれから、ここから確かに一角のオーダーの戦士だと自信を持って名乗れるだろう。
自らを信じ、自らの眼で見て、自らの意思で行動の決断を下すことができる。つまり、自律だ。それこそが“狼”とも例えられる戦士の、ハンターの、カーンのあの眼だったのだ!
使命感に駆られるのはもうやめだ。義務感を戦う理由に据えることはもうできない。ただ機能的に人の命を散らすことはできやしない。
私は、ただ一人残された義妹を救いたい。共に苦難に耐え、共に育ち、共に再会を願って、しかし果たせなかった約束がある。今となっては果たせない約束だけど、あの日の彼女達の想いを裏切ったりなんかしない。
そのために私は地獄へと飛び降りる。自らの意思で障害を排し、前に進み、その地獄を抜けた先に居る私の家族を救い出す。その上で、彼のもとへ戻ろう。私が彼をポリスへと導くと決めたのだから。
NVG越しに見るトンネルの警備は手薄だ。警備する歩哨を見張る人間が居ないためか、彼等は暖をとって酒を手に談笑に興じている。怠慢を告発する狂信的な主義者の人間が居ないなら、彼等は到って普通の兵士でしかない。ただ所属している駅がレッドラインであるというだけだ。
道は一本道。下り線のトンネルはコンクリートの壁の向こうだが崩落していて通れない。そして彼らは皆一様にトンネルの隅で座り込んで焚き火を囲んでいる。
やるか、やらないか。被害なしに抜けるためには静かに悟られず通るしかないが、隠れられる場所も無い上に焚き火の灯りは小さいとはいえ彼らの重装備を照らし出している。
装甲を纏ったアーマーとヘルメット。鋼板を組み合わせて武士の鎧のように身に付けている。シャンブラーはもちろん、AKなどの精度の高い銃を持った兵士ばかりだ。遮蔽物もないままに正面からの銃撃戦になっては、私の勝利は皆無だろう。
緑色の視界の中に映る姿は三人、一人は立ち上がって奥のほうのトンネルへと歩いていくが、残った二人は未だに談笑している。
そろり、そろりと足元の小石やゴミを踏まないように一歩を進めていく。
「しかしまあ、ファシストどもはおかしな真似をするものだよな」
「ああ……まさか捕虜にTNTを巻き付けてこっちに走らせてくるとは……」
「あいつらの死体を見たか? 舌を切り取られて口をきけなくした上で機銃掃射で追い立てられて……こんな酷いことを……」
「ファシストもそうだが、人間が酷いことを平然と行うことはいつの時代でもそうだ。ある小さな駅が陥落したっていう話は聞いたことがあるか? 随分昔の話だし、今じゃもう崩落したトンネルの先の駅の話だがな」
「いや、初耳だな」
「赤の広場から南に真っ直ぐ南下してワルシャフスコエ通りに出てしばらくいくとな、モスクワメトロ11号線カホフスカヤ駅の真上に出るのさ。その11号線はチミリャゼフスカヤ線とザモスクヴォレツカヤ線を繋ぐ路線だったんだ。人の往来が多く、二つの路線を行き来する人が多かった。二つの路線を繋ぐ生命線であり、南方のほうじゃ最も栄えていた駅だった。だが滅ぼされたのさ。2号線のカシルスカヤ駅と9号線のセヴァストーポリスカヤ駅の手によってな」
「………重要な駅だったんじゃないのか?」
「そうとも。だから双方の駅が欲しがったのさ。カホフスカヤを自分の勢力下に置くことで、相手の喉元に剣を突きつけることができるからだ。だというのに奴等はカホフスカヤを、独立駅という中立地帯を、防波堤を自ら破壊した。その先は……わかるだろう? 戦争だよ。
当時のモスクワメトロは戦争の真っ只中だった。各駅が独立し、同盟し、小さな勢力を作って小競り合いと戦争が繰り返されていた。そのころはハンザ同盟が発足されつつあり、環状線から外の勢力が力をつけることは難しくってきていた。ハンザが環状線を押さえたことによって他の路線へと向かうには必ずハンザを介さなければいけなくなった。
その上にレッドラインの工作員も増えて大戦の兆しが顕になりつつあったころだ、どの同盟や路線も自らが飲み込まれないようにと必死になっていた。だからお互いの路線側の同盟はこう考えたのさ。『カホフスカヤを超えた先の路線を取り込めば力をつけられる』ってな。
その結果カホフスカヤ駅の住人は死ぬか、生き残った者は追放されるか売り払われた。そして駅は度重なる戦争でトンネルが磨耗し、崩落。意図せずしてお互いの路線は切り離され戦争は終わった。自らの生命線ごと断ち切った上でな」
「……よく知ってるもんだな、あんた」
「見てきたからな。カホフスカヤを棄てるのは……辛い判断だったが……」
「出身地だった、のか……」
話し込む二人の後ろを静かに通り過ぎる。ヘルメットを被った男も、その隣でウォッカを飲みながら話を聞く男も、お互いに過去を振り返り感傷に浸っているままだ。
トンネルの片隅で用を足している兵士が気づかぬことを祈りながらやや駆け足で通り抜ける。トンネルの静かな闇の中に響くビチャビチャという水音が少しの物音ならかき消してくれるだろう。
緩やかなカーブの先の気配は、静かなままだ。トンネルの闇が現れる様子もない。灯りもなしに暗闇のトンネルを通り抜けられることはNVGの強みだが、闇を切り開くには光が必要だ。ライターだろうと、松明だろうと構わない。
じり、と違和感を背中越しに感じる。視線だ。見られている。何かが、私を見ている。
カチリ、という音も無く安全装置を解除して
天井のダクト――異常なし。
トンネル内部――敵影なし。
壁面の状態は――良好だ。
“闇”を感じ取ったにしては圧迫感がない。押さえつけてくるような、全身を舌で舐められるような不快感もない。なら、今のは一体何だったんだ?
ミュータントだったなら今頃は戦闘状態だ。このトンネルを警備する共産主義者だったとしても同様だ。仮に私以外の侵入者が潜んでいるのだとしても、天井に伸びるダクトの太さはせいぜいラーカーが通れる程度だ。そして私が歩いてきた場所に隠れられるような場所はない。ましてやこのトンネルに出られる扉のようなものは、ここに入ってから見かけていない。
「……誰かは知らないが、私を殺せると思うなよ」
警戒心を一段引き上げる。周囲に対するセンサーは良好に働いている。嗅覚、触覚、視覚、聴覚、そして第六感がもたらす情報量が一気に増える。
肌を撫でる空気の湿度と気温、トンネルに吹く風の流れ、NVG越しの視覚、コンクリートから染み出した水滴の音。そして、眼に見えない彼らを探知するセンサー。
前を向く、フリをしてすぐに後方を振り返る。クロスボウを手にトリガーへと指をかけ取り付けられた赤いレーザーサイトを頼りに腰溜めで構える。だが異常は、無い。
もしこのセンサーに引っかかったのが私やカーン以上の隠密行動をできる者だったとすれば、暗闇で距離を詰められたら終わりだ。
足早に、トンネル内を歩哨の存在を警戒しつつ駆け抜ける。視線はまだ、ついてきているように感じる。誰だ、一体何者だ? 足音も、息遣いも、匂いも感じられないなんておかしい。
ただ見られているという不快感だけが私の思考にまとわりついてくる。けれどもうすぐ、もうすぐだ。アーモリーのレンジャーが設置した簡単な表示板、100m先行き止まりと書かれた看板の先には空間が広がっている。
開けた空間は驚くほどに天井が高い。せいぜい車両が通れる程度のトンネル内とは異なり、10メートルはあろう高いコンクリートの天井がある。そして同様に高さ十メートル以上はあろう支柱に支えられた橋梁が伸びている。
薄暗がりの橋の上に見えるのは橋梁のフェンスに沿って配されたランプの灯りくらいだ。そしてそこを巡回している数人の歩哨のヘッドランプの光がレールを照らし出している。
走りながら少し屈んで近くに転がっている小石を掴み取る。二つか三つほどを手に静かに足音に気をつけつつ、橋梁の左端の階段のところへと駆け込む。
目前で振り返り、小石をトンネルのコンクリート壁に投げつける。
カツン、と乾いた音が響くと同時に二本のライトの光がトンネルに伸びる。これでトンネルの入り口には三人の目が向く。追跡者が居たとしても容易には追ってはこれないだろう。
警戒心がひとたび働いた人間というのは注意力が桁違いだ。願わくば彼らが影無き追跡者を見つけてくれればいいのだけど。
「誰だ! 誰かいるのか!」
「捜索するぞ……レオニード、少し下がって援護してくれ! ミハイル、行くぞ」
「Да!」
二つのランプの灯りが闇を切り裂いてトンネルへと差し込む。その後に静かに一人がAKを構えて警戒しつつ、それに続く。階段の中ほどから下を覗き込むと、ドラム缶の焚き火が置かれ、その先の通路を塞ぐように、アーマーを纏った男とソヴィエトの軍用コートを着て帽子を被った男がAKを手にして構えている。
「上で何かあったのか? やけにでかい声で叫んでたが」
「どうせ寝ぼけてたんだろう。この辺は水が染み出しやすいから、水音を勘違いしたのかもな。俺も前にあのトンネルの入り口で音がするってんで見に行ったんだがな、漏れた水滴がレールに当たってただけだったよ」
NVG越しのレティクルに男の顔が映りこむ。これが、私が殺す相手。今まではぼんやりと見えていただけだった顔が、やけに鮮明に見える。
髪の毛は短い。彫りの深い、中年ほどの男。彼には、どのような家族が居るのだろう。独り身だろうか、それとも妻子が居るのだろうか。もしかしたら兄弟が十人を超える数ほども居るのかもしれない。そんな彼らの未来を、今私がこの手で奪う。
私の未来を掴むために、彼らの命を奪って進む。共産主義者の兵士、ただの兵士の未来を奪って、私は前に進むのだ。
「まったく、人騒がせな――グッ―」
「――あ? ガッ……アァ……」
恨むなら恨んで構わない。これが私の業なら、私は乗り越えて進もう。
息絶えて見開かれた瞳が私を見ている。自らを撃ち殺した存在を、見据えている。ずぶ、と頭蓋を撃ち抜いた矢を引き抜けば血と脳漿が、穴からとろりと流れ出す。赤と薄い茶色が混ざったピンク色の液体が流れ出していく。命が流れ出ていく。
NVGごしだというのに、やけに鮮明に見えるのは、何故だろう。緑一色の景色なのに、色が見えてしまうのは、何故なのだろう。
二つの橋梁を繋ぐメンテナンス用のキャットウォークを超えて対向する線路側へと登るとそこは先ほどの線路よりも更に多くの照明が炊かれている。夜間であるからといって照明は落とされてはおらず、常に規則正しい機銃の発射音が鳴り響いている。
二階建ての木造の監視所には機銃。路線の上には歩哨が数名と指揮官らしいコートの男。背後のトンネルからはうめき声と痛みに咽ぶ声が聞こえるが、木箱や布で遮られている。
「赤――士達よ!」
激しい機銃音の合間を縫うように、声がトンネルの先から響く。一体何をしているのやら。こんな夜更けにこうも騒がしいと死者達が目覚めて這い寄ってきても知らないぞ。
「諸君らの―――食料は尽きか――あまつさえ―――に見捨――れた!」
肉声というわけでもないし、かといって“トンネルの闇”が上げる“歓喜の声”とも違う。
「メ―――共――義化―――する高圧的――府は諸君らの権利―――しただけで――き足らず、自ら―――維持す――に諸―――利用している! メトロの――共産――化という偽――さも真実の如く掲げ、理想に燃える諸君らを走狗に仕立て上げている! 愚かな共産党の指導部の為に諸君らが無駄に死ぬ事はない! 第四帝国の勝利は君達の家族との再会とよりよき未来を約束するものだ! 投降し帝国軍に参加したまえ! 温かい歓迎と豊かな食事が待っている!」
「早く弾を籠めろッ! あの下らぬ妄言をさっさとやめさせろ!」
弾切れにでもなったのか、上層からはヒステリックな怒号と罵声がコンクリートの床を越えてトンネルに響いている。なるほど、第四帝国の演説を妨害するための機銃だったのか。
確かに馬鹿げた演説ではあるけれど、度重なる戦闘で精神を磨耗させた兵士相手には効果的だろう。一人でもそういうやつが出て戦意が揺らげばいいという程度であちら側も考えているはずだ。ふらふら出て行った所に機銃の洗礼が浴びせられるのは眼に見えているが。
さて、逆手にとるにはどうするべきか。陣地に篭ったままのファシスト共を線路上に呼び寄せるために、どうすればいいのか。わかりやすい異変を起こすのが手っ取り早いだろう。
階段の上、メトロの線路が走る橋梁の最上部は非常に明るい。サーチライトや電灯も点けられているのか、青白い強い光で満たされている。そこ光に照らされないようにじわりじわりと階段を登っていく。周囲に歩哨が居ないことを物陰から確認し、静かに階段を登って木箱の陰に身を隠す。
背後にはブルルと鼻息荒げに電気を生み出すオンボロ発電機。ガソリンの残量はそれなりにある。わざわざ壊すなどもったいない。ガソリンを汲み上げるパイプを外しておけばいいだけの話だ。限りある資源は大切に、だ。鉄くずになろうとアーモリーでは価値あるモノだし。
ブル、ブルッと発電機がぎくしゃくとした排気音と共に停止する。あの明るかった橋梁はたちまち闇に飲み込まれる。闇が、彼らも私も飲み込んで、全てを覆い隠す。
舞台は整った。光一つさえない漆黒のトンネル。その中で私だけがこの闇の中を駆け巡る術を持っている。さあ行くぞ、ヴェート。
「なっ!? 何事だ!」
「ちっ、また壊れやがったのかあのオンボロめ!」
「確認しろ! 急げ!」
「了か……グッ――」
視界は良好だ。緑色の走る世界ではAKを持っていた兵士が崩れ落ち、その隣にいた将校の男はあたふたとAKをあちらこちらに向けている。
パシュウッ、パシュウッ、と二本のボルトが取り巻きらしい二人の兵士のヘルメットを貫いて息の根を止める。ドサドサと崩れ落ちる周囲の部下。闇の中でライト一本さえ無い圧迫感。何者かが忍び寄るような恐怖。そして機銃掃射のマズルフラッシュが走る度に、僅かに彼の姿が照らし出される。
「人民委員殿! 何事ですか!?」
ヘッドランプをつけた兵士が一人、物陰から現れる。くそ、あんなところに居たとは。
「い、異常事態だッ! すす、すぐに発電機を確認しろおっ!」
「はい、直ち――ァッ――」
どさっ、と二人目の兵士がヘッドランプごと貫かれて息絶える。周囲に灯りは無く、ソヴィエトの軍用コートを着た将校は混乱のあまりにライトを手に取る余裕さえも失っている。
「――あ、あぁ、アアアァァァッー! 誰だあぁっ!? 出て来いっ!」
そうだ。叫べ、そうすれば奴らが異変を嗅ぎ付けるだろう。AKを撃ち鳴らせ。慌てふためき仲間へと恐怖を伝播させろ。暗闇の恐怖を、己が声で以って仲間に知らしめろ。
「グギャアッ! アアァッ、う、腕が、俺の腕がああ!」
右腕をヘルシングのボルトが射抜く。次に右足、左足と撃ち抜けば、最早彼は抵抗さえできないままにコンクリートの橋梁に膝をつく。
「た、たすけ――ヵ、アッ」
トドメに頭蓋に一撃を与える。開かれた口を貫き、喉を食い破り、ボルトが彼を背後の木箱に縫いとめる。いつしか機銃掃射は止んでいる。マズルフラッシュの灯りもなく、防衛陣地の機銃座は黙したままだ。
木製のゆるい階段を登り、機銃座へと近づく。軋みを上げることなくしっかりと組み上げられた板を踏み、静かに覗き込む。そこには片隅でしゃがみ込んで恐怖に震えている共産主義者の兵士が居るだけだ。暗闇の恐怖に囚われ、既に理性を失っている。縋る明かりすらもない闇の中で打ち震えている男でしかない。
殺す必要は、無い。彼にはここで機銃を手に第四帝国を迎えてもらわなければいけないのだ。
「第四帝国が、来たぞ」
囁くように、語りかけるように声を紡ぐ。ハッとしたように震えることをやめた彼は恐る恐る顔をあげ、トンネルの先を見やる。その先にはこちらへと駆けてくる数人の人影が暗闇に閉ざされたこちらのトーチカへと向かって駆けてくる。
にしても上手い事釣り上げることができた。これでファシスト側の防衛戦力は前線に出ざるを得ない。だまし討ちされたと思い込んで、わざわざ突っ込んできてくれるだろう。
階段を駆け下りて射止めた敵兵からボルトを回収する。隠密行動ならば必須とも言える作業だ。己が存在した痕跡を残さずに去る。死体は始末できないがやむをえない。こちらは先を急ぐのだ。
爆破されて崩落したらしいキャットウォークからその先に伸びるパイプへと飛び乗る。真下は瓦礫で埋め尽くされ、水が浸入している様子は無い。とはいえ空気は澱んでお世辞にも平和な場所とは言い難い。それに何やら不穏な“影”もいくつかたむろしているのが見えている。
わざわざ危険地帯へ飛び降りる必要も無い。パイプ伝いに前線地帯を前に前に進みゆく。次第に大きくなっていく演説の声。スピーカーから垂れ流されている第四帝国の総統の声が鮮明に聞こえ始める。
「我らの手によって解放された駅では、既に食料と住居の問題が解決されつつある! 自らの報酬を手にするのだ! 諸君らの家族や友人の多くは既に我々第四帝国の同志となっている!」
「解放? ああ、今生からの解放ってわけね」
「赤軍兵士達よ、人民委員の嘘にだまされてはならない! 帝国軍は捕虜の拷問や処刑を決して行わない! 諸君らの戦友は我々が捕虜を人道的に扱うと知ったのだ! 我らの下に集い、共に繁栄の道を歩もう!」
「虐殺が、民族浄化が、人道的、ねえ」
あの
破壊されて崩落したキャットウォークへと手を掛けてパイプからよじ登る。ファシスト側に近づいたお陰で天井がコンクリートで覆われているキャットウォークにも僅かに光が届いている。
支柱の影から延びる紐を切らないように足を踏み出そうとしたところでさっと戻す。糸のさらに奥に、末広がりで延びる二本の赤い光が走っている。
「危ない危ない……末広がりどころかその場で現世とさようならじゃあないかな」
さてこの
世界崩壊後の2033年という時代の技術を―ブッ飛んだ意味で―甘く見てはいけない。
なにせ自転車の部品がパーツを組み替えるだけで簡易ショットガンに早変わりしてしまうほどだ。触れば爆発なんてオチもあれば、何もしていなくても爆発というオチさえありうる。いつの時代だったか、ああ私が私になる前の、別人だったころの記憶にこんな感じの記事をみた気がする。
中国製は爆発する―ただし爆発物は爆発しない―とかなんとかだった気がする。
ただしこちらは旧ロシアがモスクワメトロ製だ。製造者次第だがちゃんと動いてくれる。静かに、慎重に、余計な刺激を与えることなくそっと解除ボタンを押して赤外線を落とす。別に回収する必要はないし、回収したところで荷物が重なるだけだ。
「しっ、侵入し――ガッ!」
巡回中のファシストの息の根を止める。バレて――しまったか。どうやら察知されたらしい。ジリリリと鳴る警報音と共に、ファシスト兵が両端の階段を駆け下りてくる。
さあ、ここからが本番だ。もう一度、必ず会おうと誓った
「殺してやるよ」
もう、何日だろう。あれから、何日、何時間、経ったんだろう。
「あーあ、こいつバテてやがる! ぶっ通しじゃ仕方ないか」
鎖に繋がれ、犬のように扱われる。慣れてきた。もう、慣れてしまった。
いつだったか、姉妹が揃っていたあの日に比べればこの程度は苦にもならない。
イリーナは多数の男に嬲られながらも、懸命に耐え続けた。男を悦ばせ、はしたなく愛おしく肉棒を舐めて咥え、幾度もその胎に精を受け続けてきた。
リーリヤは金持ち用の愛玩動物にされて、子を孕んでも彼らに犯されてきた。十四にすら満たぬ歳で母となり、子を残して病の淵に斃れた。
そして、私たちの姉さん。誰よりも長く反抗し続け、最期にはその牙を折られた。自ら男に媚びへつらうようになり、いつしか私たち姉妹のためにその手を血で染めた人。私の大切なお姉ちゃん。
「そりゃそうだろ。薬漬けの上でこんだけやりゃあな」
「ああ、“浄化”は十分してあるからな。これは十ヵ月後が楽しみだぜ。誰がアテたか賭けてみるか?」
「バカいえ。なんでこいつらのような劣等種にDNA鑑定なんてしなきゃならない。スラヴ系ならよし。それ以外なら……」
「だよなあ。あーあ、見かけは可愛いのになあ」
どくん、と脈打つ剛直から精液が私の子袋へ目掛けて吐き出される。
「あぁー……もったいないよなあ。こいつなかなかのモノだぜ」
「それは同感だな。さあて、次は俺だ。散々待たされた分やっとかなきゃあな」
第四帝国のモノクロの軍装を脱ぎ捨て、男がぎらついた眼で私を見る。まだ吐き出された精を垂れ流している私の肉穴を、新たな肉槍が肉を裂く様に突き進んでいく。
「……ぅ……ぁぁっ……」
「チッ、まったく……もっとしっかり、締めろ、よっ!」
「アアァッ!」
バチン! と平手が乳房に打ち込まれる。全身を駆け巡る痛みと、痛みから変換された快楽が突き抜けるように脳の中を走る。
「おっ、そうだそうだ。そうやってしっかりとご奉仕するんだよ劣等人種め」
パチン! パチン! と痛みが走る。胸を、顔をはたく男の掌が振り下ろされる度に快感を伴った苦痛が、既に疲れ果てた私の身体を無理矢理に感じさせる。
「ククッ、痛いのがお好きか? 劣等人種、お前にピッタリのプレイをしてやるから楽しみにしてな」
「相変わらず趣味悪りぃぜ……」
「わかっちゃいないな。精神を削ぎ落として心の支えをへし折って縋るものがない絶望に叩き込んで、そこから可愛がるんだよ。そうすると悦んで腰を振るんだぜ
「で、眉間に44口径を一発、だろう?」
「当然だな。その瞬間が一番絞まるんだよ」
「……女はやっぱ可愛がるほうが好きだなあ俺は」
べたつく。喉に何かがからむ。あつい。つかれた。もう、死なせて。
「なんだお前、こんな劣等種を嫁にでも欲しいのか?」
「いやいや、そりゃないな。というか、このまま前線で飼ってみようぜ。毎日の処理には困らないし、腹が膨らんだらそれはそれで楽しいだろう?」
「劣等種なぞ一通り楽しんでから人買いに売ればいいだろう。そうすりゃ俺達はコレが売れるまで楽しめる。そして売れれば金が入る」
「そうかそうか。“浄化”を楽しんでいるようで何よりだ。悪いがそれに利用価値ができた。お楽しみ中ですまないが、引き取らせてもらうぞ」
男。ファシスト。くそったれだ。本当に、くそったれなひとたちだ。
「カッ……アッ……ハ――」
「解毒しちまうんですかい? こいつ静かなもんですが、結構お転婆ですよ?」
「意識がしっかりしていなければ使い物にならんのだ。お前達には新しいのを送っておく。しっかり“浄化”しておくんだぞ」
手錠が回される。冷たい床のひんやりとした感触。じわりと理性が白地になっていた意識を塗りつぶしていく。
裸の男が新たな女を抱き始めている。
「劣等種、お前に用がある。立て、立つんだ」
零れた精液で塗れた足を引き摺るように立ち上がる。思い通りにすら動かない。忌まわしい右足、とは思わない。何せ大切な姉を逃がすことができた代償なのだから。
「歩け」
尋問官の指示で二人の兵士が私の背中を
「入れ」
開かれた鋼鉄の扉。その部屋の中央には一人の女性……一見すると少女にも思える小柄な女性が天井から吊られて虚ろな瞳をしたまま膝立ちで血の滴る床を見下ろしている。そして私と同様にその股からは精液を垂れ流し、全身から男の精のにおいを放っている。
長い黒髪、私ほどではないが色をもった肌には殴られた傷跡が残されている。どうやら鞭でも意味が無いと判断されたのだろう。早々に薬を使って吐かせたのかもしれない。
「薬を打ってやれ」
一人の兵士が手にしたアンプルを女性の腕に打ち込む。びく、と体を震わせた彼女はしばらくしてようやく俯いたままの顔を上げる。
「お前の、妹を連れてきてやったぞ」
「……エレオノーラ……?」
その黒い瞳が私を見る。
「姉さん……姉さん、なの……?」
顔立ちは少し大人びて、だけど身長はそこまで大きくなっていない。私のほうが背が高いほどだ。精液と血に濡れた口元が再び動く。
「うん、お姉ちゃんだよ……やっと、迎えにこれた」
どうして、どうしてこんな危険な場所に!? 私も姉さんもこのままじゃ死ぬ。殺されてしまう。それがわからないような姉さんじゃないはずなのに!
「――なんで、ここに」
「言ったでしょ。また、会おうって――」
なんてこと。なんてこと……! 姉さんはあの別れ際のたった一言を守るためだけに、ここに飛び込んだというの!?
もう会えない、二度と顔を見ることも無いだろうと覚悟を決めていたのに! 姉さんが、たった一人でも生き延びられればそれでいいと思って三人で送り出したのに!
どうしてこんな笑顔のままで、こんな絶望的な状況で笑っていられるの。
「姉妹仲がいいのは微笑ましいが、さっさと答えてもらおうか」
ぐり、とローライフの銃口が私の頭に突きつけられる。ああ、だから私を呼びつけたのか。けれどこの姉は強情なヒトだ。そう簡単に口を割るものか。
「この情報は有益だよ。だけど、その代わり、お願いを聞いてほしい」
「……ふん、何を言い出すかと思えば」
「それさえ守ってくれれば、私は答える。だけどその子を殺せば、私は今ここで舌を噛み切る」
「……………………まあいいだろう。要求は何だ?」
幾許かの間を置いて、尋問官の男が彼女に問いかける。
「この子と、一日だけ一緒にしてほしい。その後は、どうなってもいい」
「姉さんもうやめて! そんな約束をこいつらが守るわけが――」
「喋ることを許した覚えはないぞ劣等種!」
「きゃあっ! ぐっ、あっ――がっ……」
壁際に背中をぶつけられて視界に光が走る。ノイズのように砂嵐の走る中で、兵士のブーツが私の腹を捉える。
「お願いします、
「……いいだろう。ただし浄化と死刑は必ず執行される。翌々日午後13時より刑を執り行う。罪状は我が第四帝国の兵士の殺害多数、器物破損、汚染遺伝子の撒布、そして我らが第四帝国総統閣下に対する不敬罪である。異議は無いな」
「……はい」
目の前で“取引”が行われていく。時に媚びるようにドイツ語らしい言葉で尋問官を呼ぶと彼は少し満足げな風に鼻を鳴らし、姉の言葉に耳を傾ける。
まるで、姉が彼を操っているのではないかとさえ思える。尋問しているのは彼のほうなのに、姉の言葉が巧みに彼を導いているような錯覚に陥る。
事が済むと二人揃って引っ立てられ、扉に覗き窓がついただけの監房へと叩き込まれる。私の前に立って歩く彼女の歩みは、確りと地を踏みしめるように静かに、ぶれることなく踏み出されている。私よりも背格好の小さな、しかしその背中は大の男にも引けをとらない大きさを感じさせる。
小さなベッドと汚物を溜めるバケツが置かれただけの監房に、手錠を外されて二人揃って踏み入る。体を拭くことさえできないままだが、姉はそのままベッドへと入って横になり、私を呼ぶ。
薄汚れたベッドに横たわり、裸体を晒した姉が私を手招きする。狭いベッドへ入ることを躊躇う理由など、無い。いつの日だったかも定かではないけれど、彼女と共に眠る時はいつも私は安らぎを感じていたのだから。
言葉も無く肌を寄せ合う。薄汚れた毛布を被り、お互いの肌の温もりを確かめ合う。
ああ、生きている。二度と会うこともないと諦めていたはずの姉は、確かに生きている。
「姉さん」
「なあに?」
「姉さん……」
「はいはい。姉さんだよ」
「姉さんっ、姉さんっ……!」
抱きしめた姉は精液のべたつく感触で滑りを帯びて、オンナの香りとオトコの香りが混ざり合って、だけど柔らかい姉さんの温もりが直に伝わってくる。
家族の温もりだ。イリーナを失い、リーリヤが死に、あの駅にたった一人残されたリーリヤの子ナターシャにこんな想いをさせたくない。既に死を覚悟していた私の心に日が昇る。トンネルの暗闇で閉ざされて諦めていた私の中に火が宿る。
死にたくない。まだ、死ねない。せめて、もう少しだけこの瞬間を。せめてあと一日だけ。
交わされた口付けは仄かな血と精液の味がする。
あの尋問官をうまく誘導できたのは行幸だった。お陰で幾許かの時間を得ることができたのだから。例えこの時間が余命宣告なのだとしても、私は残された時間を無為にするつもりはない、はずだ。
正直言えば、揺らいでいる。もういいのではないか、終わらせてもいいのではないだろうかとどこかで私は望んでいるのかもしれない。ここで共に闇に還ることができたならば、大切な妹を一人にしてしまうことなどもうないのだから。
しかしまあ、これが私の業の行き着く先だったか。男に犯され続け、嬲られ続ける。武器を取り上げられ、薬で抵抗もできなくされ、延々と終わり無き欲望を受け止め続ける。終わりは彼らの掌に握られているロープ一本で訪れるだろう。
捕まってしまったのは、悔しいものだ。だけどそれ以上に嬉しい。妹は、まだ生きていた。それだけの小さな事実が、私の中にあった悔恨や慟哭を全て洗い流してくれている。
お互いに嬲られた後で精液が体にまとわりついたままだというのに、それへの嫌悪感は無い。べたつく肌を寄せ合い、お互いの存在を確かめ合う。
あの頃は胸もぺったんこだったのに、今では彼女の胸は豊満だ。私よりもボリュームがあるだろうか。お互いを抱きしめると自然と胸が密着する。柔らかい乳房、その頂点がこりこりと擦れあう。明るい褐色を帯びた肌と私の白みの強い黄色の肌が擦れ合い、次第に熱が篭り始める。僅かに翠を帯びた瞳が涙で揺らめく。
肌を重ねればわかる。すらりとした足とくびれ。柔らかで豊満な乳房の感触を確かめるように揉みしだき、指で先端を責め立てる。
彼女が背負った“業”を吸い上げる。重ね合わせた唇からじっくりと時間をかけて、澱みのように溜まった“業”を飲み干していく。私たちを待ち受ける末期の時に対するせめてもの、反抗のつもりで。
「んむ……姉さん……上手に、なった?」
「久しぶりだから、じゃないかな」
「一つだけ聞かせて」
「なあに?」
「どうして、ここに?」
悲しげなその瞳は、いつか見た彼女の瞳だ。私を逃がすために背中を押してくれたあのときのエレオノーラのものだ。
どうして、何故? そんなもの、答えは一つだけだ。
「失くしたく、なかったから……」
「……でも、イリーナとリーリヤは……もう……」
「知ってる。マイヤ姉さんから聞いた。二日前にエレナが連れていかれたのもそのときに」
「……知ってるならなんで、なんでこんな場所に来たの? こういうのもなんだけど、私はもう死んだも同然なのよ……姉さん」
「諦め切れなかったから、私はここに来たんだよ」
エレナのぬくもりを、命の鼓動を素肌越しに感じる。まだ脈打っている。まだ妹は、ここに生きて傍に居る。ようやく再会できた……約束を、少しだけど果たすことはできただろうか。彼女たちとの誓いを守ることができたのだろうか。
「私はあれから拾われて……コムソモーリスカヤ駅に住んでるんだ。いいところだよあそこは。真っ白な天井がそのまま残っててね、アーチ状の天井には彫刻が彫られていて、モスクワの玄関口なんて言われた場所だから地上はいろんな物資が眠ってるんだ」
「……姉さん?」
「駅の人だって……すごく、親切で……レンジャーは精鋭揃いだし、武器庫のお姉さんはちょっとだけ、…………怒ると、怖い……けどっ……ぅ……ぐすっ……家族みたいに優しくてっ……!」
駅のレンジャーの総司令官グリゴリー。暗殺しか知らなかった私は彼に戦闘の基礎を教わってきた。銃の分解と組立を教授し、近接戦闘が苦手な私に
武器庫の番人ツィツェーリア姐さん。年上のお姉さんとしてよく面倒を見てくれた。銃器の整備知識や爆弾の作成技術などの工作技術を教えられた。まだ、彼女とも約束が残ったままだ。
そして私の父親、カーン。いつもふらふら出かけているくせにここ一番で必ず傍に居てくれる頼もしい父親。彼が持つ戦士の在り方を背中越しに見続けてきた。彼より先に死ねない。彼がベッドで息を引き取るその瞬間に手を握っていてあげたい。それがせめてもの、娘としての孝行だ。
私は、生きて帰ると約束したんだ。他でもない、あの日キタイ・ゴーロドで全てを失いつつあった私自身に。トンネルの闇に還っていったイリーナとリーリヤに!
「……姉さん、がんばったね」
そっと妹の指が目じりを拭う。褐色の指先がそっと撫でるようにそのまま頬を伝う。
「姉さんだけでも、逃げて」
「……連れて、帰る。そう約束したんだ――」
「私は、もう、いいの。もう、いいんだよ姉さん」
――何を、言い出すんだ。やめて、そんな言葉は聴きたくない。失いたくない!
「こうしてまた姉さんに会えた。それだけで私は満足だから」
「……エレナ」
「ねえ、また……慰めて……姉さん。あの日みたいに」
妹は、あの日気丈に私を見送ってくれた彼女は、既にもう擦り切れてしまったのか。悲しげな瞳が私を見るたびに、彼女はあの時以上の絶望に塗りつぶされているのだと思い知らされる。
私は彼女を、エレナを救うために、地獄へと飛び込んだはずだ。だけど今の彼女は、もはや心折れてしまっている。
こんな愚かな私でもそんな彼女の、ほんの少しの心の寄る辺となれるのなら――
お互いの秘裂に指をゆっくりと挿しいれていくと、指先に精液と愛液の混ざった液体がすぐに絡み始める。
エレオノーラの指が私の膣内を擦り上げる。私の弱いところも、キモチイイところも知っている彼女の指が心地よい。
負けじと指を使って彼女の膣を攻め立てる。ぐりぐりと指の腹で押すようにされるのが好きな彼女から可愛らしい声が上がる。
「スェーミ、姉さんっ……んんっ……そこ、きもちいい……」
「エレナ……私は、ヴェート。ラスヴェート・ロマノフスキーだよ」
それが今の私の名前。カーンという狼がくれた愛しい名前。全てを失った娼婦の少女、“7番”ではなく、狼の与えてくれた名前。
「ヴェート……姉さん」
「んっ……そう、私は……ふっ…く…んっ……ラスヴェート、だよ」
呼ばれるだけで体が喜んでいる。家族が私を呼んでくれるだけなのに、これほどの歓喜が私の体を突き抜けていくなんて。
舌を這わせ、褐色の肌を彩る白い精を舐め上げる。うなじを、胸を、指先も、エレナに注がれた精液を余すところ無く舐め取っていく。
貪るようにお互いを求め続ける。誰かが見ているのを理解していながらも、手は、クチは、飢え続けていた心は姉妹の温もりだけを求め続ける。
発情した犬のように、恋しさに声を上げる猫のように、快楽を求めてただただ肌を重ねる。毛布を狭いベッドの片隅に追いやり、妹の股を広げると、そこにはとろりとした愛液と注がれた精液を垂れ流す秘貝が物欲しげにひくついている。
「エレナ」
「ヴェート、姉さん」
精液と愛液で塗れたお互いの秘所がゆっくりと、くちゅうと水音を伴って擦れあう。漏れ出す彼女の吐息も、涙で潤んだ翡翠のような瞳も、明るい褐色を帯びた肌も、どこかおびえたような彼女の声も、全て愛らしい。
「んっ、んっ、ね、姉さんっ、姉さんっ」
「はぁっ、はあっ、んっ、ふっ……エレナ、エレナッ」
お互いの敏感になったクリトリスが鍔迫り合いのように擦れあう度に、体中を快感が走り抜ける。息が荒くなって熱を帯びていく身体を止めることはもうできない。
漏れ出る精液が混ざり合い、愛液がしとどに溢れる。びく、と軽く震える妹の腕をとり、一層激しく秘裂を押し付けあって腰を動かす。
「んっ! ね、姉さんっ、あっ、んっ!」
「はぁ、ん、え、エレ、ナ……んんっ、くぅんっ!」
にやにやと下種な笑みを浮かべてこちらを見やる観衆を気にも留めずに愛を確かめ合う。囚われの身となってでも再会することを望んだ妹との絆を確かめ合う。
手を繋ぎ、お互いをイかせあおうと腰を振る。昂ぶりが下腹部からこみ上げてくる。あの日の記憶が脳裏を過る。二人手を取りあって共に男に犯されながら、それでも共に耐え抜こうと唇を重ねた日の残照が蘇る。
「ねえ、さんっ、―――あっ、あぁっ!」
「あっ、え、エレナッ―――んっ! はぁんっ!」
びくん、と打ち震えるような快感が頭の中を埋め尽くす。閃光が駆けるように走り去った後には小さな電球が照らすだけの監房の景色があるだけだ。
ぐったりとした虚脱感に襲われる体を重ねるように抱きしめる。足を絡めるように、相手をもう離さないと抱きとめる。
唇を求める妹に応えて、そっと口付けして感触をかみ締める。もう最期になるかもしれない彼女の温もりを忘れたくないと、心が叫び声ですらない軋みを上げる。二度と交わされることもないかもしれない言葉の代わりに、彼女のなめらかで優しい肌を求めている。
「泣かないで、姉さん」
「……え?」
いつもクールで物静かだった少女の美しい笑顔。いたいけな少女だったあのころよりも大人になって、色香を増した妹の柔らかな唇が動く。あの日エレナの瞳に宿っていた力強い生気は影も無い。悲しみの深い翠を湛えたままに、ただただあふれ出た涙が伝うだけだ。
「また会えて、よかった」
ガタン、と扉が開く。私たちに絶望を告げに、にやにやと笑みを浮かべ、股間の肉棒をいきりたたせた男たちが、私たちに歩み寄る。
これが、報いなのだろう。きっと罪を犯し続けてきた私への、人を殺め続けてきた私への、そして生き延びることを諦めつつある私への。
エレナを連れて戻ると決めた私は、今や虜囚でしかない。たった一人孤独な戦いを挑んだ狼は走狗の群れに敗れ、無惨な終焉を迎えることになるだろう。だけどその間際に、最も大切な約束を叶えることができた。
「さあ、“浄化”を始めようか」
数多の人が、業が、影が、私を取り込もうと手を伸ばしてくる。
私に灯った最期の火を、その手でかき消すべく――
純愛って難しい(あとがき)
頑張ってヴェートちゃん屈服させようと執筆しても何故か折れてくれない不思議。
これが主人公補正か…。