※この作品はR-18です。

Metro2033 -影を見る者-   作:きゃすたー(7mg)

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どうにも満足できない(挨拶)

あ、いえ私は別に満足同盟ではないのですけどね。

暗殺シーン以外の銃撃戦や乱戦シーンの描写がどうにも満足いかないのです。
まあ人の命が安い世界で長々とやりあっててもどうかとは思うのですけど。

気晴らしのはずのHalo5ですが、レジェンドソロがひどい難易度で折れそうです。


第十九話 夜明けを求めて

「さて、ここからは俺達だけだ。俺達はヴェートを探し出す。捕虜の解放はウルマンが助けたやつらに任せていくぞ」

「Да(ダー)、急がないといけませんね」

 

 パヴェルがその巨体に見合わない機敏な動きで通路を音も無く小走りで駆け抜ける。コンクリートの壁に近づき銃を構え、すっと一度だけ上半身を出して曲がり角の先を確認する。

 左手で手招きする彼に従って曲がり角を抜けるといくつかの鋼鉄のドアが並ぶ通路が目に入る。赤い非常灯だけが周囲を照らす中をすっと通り抜け、通路の最奥に佇む鋼鉄のドアのノブに手をかける。

 

 居る。黒ずくめの野戦服にAKやバスタード、シャンブラーを手にした男たちがドアを開いた僕を見る。兵士たちは僕が一体何者なのか理解できていない。見た目には第四帝国の支給する黒地と白いラインの入った野戦服。しかしマスクは着用せず、そして腕章が無いというはっきりとした異常が見て取れる。敵か味方か、という僅かな曖昧な境界線の上で思考する彼らに向けて、僕の後ろから姿をあらわしたパヴェルがAKの銃口を突きつける。一瞬の間を裂いて、パパパッという軽い音と共に一人が血を噴出して崩れ落ちる。

 

 敵襲、と気づいた二人がベルトで提げていた銃に手を伸ばす。それよりも一歩早くリボルバーの銃口を男の眉間に狙いを定め、引き金を引く。パスン、とサプレッサーの発射音と共に二人目の男が眉間を撃ち抜かれて倒れる。

 

「敵しゅ――! ムッグ……ンーッ!」

 

 叫び声をあげようとした最期の一人に向かってパヴェルが突っ込む。グローブを纏った屈強な手が男の口を塞いだかと思えば、風が流れるように澱みなく、パヴェルは男を引き摺り倒してリボルバーの銃口を男の背中に押し付ける。

 

「三秒くれてやる。女二人が先ほどここを通ったはずだ。どこに行った?」

「…………フッ! ン、グッ!」

「答えろ」

「ン゛ン゛ゥゥッ! グウゥゥッ」

 

 パシュンという音と共にリボルバーが死を見舞う。その銃口は男の太ももに向けられ、銃弾を打ち込まれた男は苦痛に呻き身悶える。

 しかしその程度で振り払えるほどパヴェルはヤワな戦士ではない。スパルタンオーダー、ハンターやラスヴェートが所属する組織の人間は『オーダーの戦士は一人で共産主義者の兵士五人分の働きをする』とさえ言われるほどなのだから。

 

「答えるならさっさと答えることだ。そうすれば解放してやる」

 

 こくん、と力なく首を縦に振る男の後頭部にサプレッサーをつけたリボルバーを押し付けて、パヴェルは彼の口を押さえていた手をそっとどける。

 

「もう一度聞くぞ。東洋系の女二人が連れていかれたはずだ。どこに行った?」

「お、奥の……処理室だ。強化ガラス張りの貯水タンクを改造した、水牢のある部屋に…」

「そうか、ありがとうよ。それとこれはお前達が虐殺してきた人々からのプレゼントだ!」

「ひいっ! やっ、やめ……!」

 

 44口径弾が頭蓋を撃ち抜くと、パタタッと液体の飛び散る音を伴って脳漿が吹き零れる。どろりと血と脳みそを流れ出して息絶えた兵士をそのままに、パヴェルはさらに奥へと続く鉄の扉を見据えて呟く。

 

「……どうにも、嫌な感じだ」

「嫌な感じ、というと……?」

「ん……なんというべきか……そうだな……胃がムカムカしてくる。どうにも不快な感じがするんだよ。だが今は進まなければな。手遅れになる前に――」

『緊急事態発生! 収容所内にて捕虜が脱走した! マヤコフスカヤ側エアロックが攻撃を受けている! 突破されるわけにはいかない! 警備要員は即座にエアロックへ向かえ!』

 

 ジリリリリリ! 天井に設けられたスピーカーからサイレンの音が放たれると同時に、男のしゃがれた声がスピーカーから流れ出る。

 

「始まったか!」

 

 ガコン、と力強く開け放たれた扉から敵兵が銃を手に現れる。一瞬の動揺を見せたものの、彼等はすぐさま銃の安全装置を解除し、AKやバスタードを構えて僕達を見据える。

 

「Атаааааку(撃て撃て撃てぇー)!」

「不味い! さがれアルチョム!」

「了解!」

 

 一目散に元来たドアの向こうへと駆け込み、パヴェルを援護しようとAK74を手にして覗き込む。パヴェルは死体の一つをまさに肉の盾として引き摺りながら後退してくる。

 銃弾の雨が降る中を潜り抜けたパヴェルがこちらへと飛び込むや、鋼鉄のドアを再び閉じて背中を向けて踏ん張りをきかせてドアを固定する。

 

「フーッ! どうにか生きてるか……しかしドアの向こうにはファシスト。そしてその先にヴェート。どうしたものか…!」

 

 彼が盾として使った死体にはいくつもの銃弾の痕ができている。ファシストどもは容赦の無いやつらだとは思っていたけれど、まさか仲間の死体を撃つことにさえ躊躇わないなんて!

 

「何か方法があるんですか?」

「ああ、こうなりゃ方法は一つだ」

「何をすれば?」

「撃ちまくって強行突破する」

 

 パヴェルはニヤリと笑うと腰に提げていたグレネードを一本僕に手渡し、ライターを手に取る。ガンガンガンと銃弾が鋼鉄のドアをノックしているというのに、彼の不敵な笑みに中てられたのか、どうしてかはわからないが異議を感じない。

 

「なるほど、了解!」

「いくぞ……1(アジン)、2(ドゥバ)、3(トゥリー)」

 

 バンッと勢いよく開け放ったドアの向こう、奥の扉に程近いところで並ぶように銃を構えた兵士達が一瞬だけ手を止める。賽は投げられた。導火線に灯った火が筒へと向かって進み往く様を見た兵士の一人が、叫ぶ。

 

「граната(グラナータ)ッ!!」

 

 逃げようとする敵に向けてバスタード(バカマシンガン)を構える。ダットサイトに映る敵兵。背中を向け、必死に生き延びようとする彼らの背中に向けて、引き金を引く。

 

「урааааа!」

「失せろクソッタレども!」

 

 パパパパパ! ダダダダッッ! 重厚なAK74と軽快なバスタードのデュエットが奏でられる。それほどの広さのない通路を跳ね回る弾丸に晒された兵士達の目の前に、投げつけたグレネードが転がり込む。

 次の瞬間、我先にと後ろへと飛び退こうとした兵士たちを真っ赤な爆炎と轟音が飲み込む。ドドンッと彼らの眼前で炸裂したグレネードの余波が頬を撫でて過ぎ去った後、目の前には散らばった肉片と無惨な死体が転がるだけだ。

 パラ、パラとホコリが天井から舞い降りてくる中を急ぎ足で駆け抜ける。べちゃりとした液体の感触さえ忘れ、ただ眼前のドアを蹴り破るように押し開く。

 

第十九話 夜明けを求めて

 

 ガコン、と鈍い音を立てて開いたドアの先、通路の奥の小部屋に見えるのは二つの扉。右か、左かの二者択一。だがこちらは二人居るのだ。両方とも開けてしまえば済む話だ。

 三人ほどの人間が並ぶこともできるだろう広い通路。ホコリっぽい空気は湿り気を帯び、どこかかび臭い香りがする。電灯が照らし出す中で耳を済ませ、鋼鉄製の扉の一つに近づく。何かが居るのは確かだ。ざあざあという水の流れる音が聞こえてくる。

 

 ――たすけて

 

「くっ……!?」

 

 キンとつんざくような叫び声が聞こえる。まるであのトンネルで聞いたような、何者かの影の発するひどいノイズ交じりの声のようなものだった。

 

 ――くるしい、さむい、いたい、こわい――

 

 まただ! この感じは、まるでアノマリーの中に居たときのような不快感がまた走った!

 

「パヴェル、こっちだ」

「……信じてもいいのか?」

「ああ、間違いない」

 

 あてもなく選んだかのように見えたのか、パヴェルが問いただす。だが僕はアテも無く選んだわけじゃあない。何かが起こっているという確信があるんだ。

 自分を、自分の感覚を、僕は信じるだけだ!

 

「わかった。こいつを使うぞ」

 

 パヴェルが背嚢から棒のようなものを取り出し、針金を曲げるように輪を作ってドアにそっと貼り付ける。

 

「これは?」

「爆弾だ。正確に言えば“コンポジション4”っていう爆薬だ。そいつを加工して指向性を持たせて爆破することで扉だけを吹っ飛ばす便利なシロモノさ。よし、離れて耳を塞げよ……」

 

 離れて耳を塞げと言われたものの、狭い通路内では壁に背中を預けても僅かに三メートルほどしか離れることができない。

 バスタード(バカマシンガン)の保弾板には数発の汎用弾が残っているものの、惜しむことなどない。右手でグリップを持ち、左手で保弾板を弾くようにたたき出して左手に持ち替え、右手に取った満タンの保弾板を突き刺してロックする。

 

「爆破したら閃光弾を投げる。それが爆発してから一気に制圧する。間違ってもお嬢さんたちを撃ち抜くんじゃないぞ」

「あ、ああ……!」

 

 パヴェルは導線のついたボタンを手に、静かに深呼吸してグレネードのピンを抜く。カチン、と引き抜かれたグレネードのレバーを握ったまま、パヴェルの左手に握られたボタンが僕の目にも見えるように差し出される。

 耳を塞ぎ、爆発を直接見ないように床へと顔を向ける。その中に映るボタンにだけ意識を集中させ、時を待つ。

 カチ、と聞こえるはずもない音が聞こえたような次の瞬間――

 

 ――ドォンッ!

 

 響くような重低音が僕の耳を揺さぶる。衝撃と熱風が過ぎ去ったときには既にパヴェルはドアノブの吹き飛んだ鉄のドアを蹴り破り、右手に持っていたグレネードが部屋の中へと投げ込まれる。

 バンッという短い爆発音。既にパヴェルはリボルバーを手に部屋の中へと踏み入る寸前にあった。遅れまいと必死に続くと、苦しみ悶える帝国軍の兵士達が床に転がってのた打ち回っている。

 

「排除しろ」

「……はい!」

 

 呻き、苦しみ、身悶える兵士たちの頭に銃口を押し付けてトリガーを引く。びくんと一際強く体を跳ね上げて息絶えたことを確認すると、パヴェルは隣に居た二人目を始末したところらしく、真新しい血が彼のブーツを濡らしている。

 

「……ヴェート……ッ!?」

 

 はっとして見渡すと、そこには――――

 

「くそっ! アルチョム急げ! こっちだ!」

 

 水底に沈んだ、黒髪の、最近見慣れてきた、あの快活だった少女が――

 

「早くしろアルチョム!」

「……は、はい!」

 

 鍵がかけられた鉄格子を外し、躊躇うことなく水の中へと飛び込む。3メートルはある深い水槽の底に横たわる少女の身体は重い。まるで鉄を抱えているような重量を感じさせるほどに、冷たく、重い。

 

「……ハァッ! おい、しっかりするんだ!」

「ウゥッ……ゲホ、ゲホッ! うええぇっ!」

 

 パヴェルが救い上げた少女、琥珀色をした褐色肌の可愛らしい少女は、かろうじて息があるらしい。意識は朦朧としているようだが、飲み込んだ水を吐き出し、自力で呼吸を行うことができている。

 

「……ヴェート……?」

 

 問いかけるものの返答は、無い。冷たく冷え切った身体はさながら死者のようで、唇は青ざめて血色は悪く、口には大量の水が流れ込んでいる。

 

「パヴェルッ! ヴェートがっ……! 彼女が……息をして、ない……!」

「アルチョム代わるんだ! 救命処置は俺がするから、お前はこの子を頼む!」

 

 そう、だ。おぼれたときの救命処置など、僕は知らないじゃないか。レンジャーとして教わったのは監視所の警備のスケジュールと銃の扱い。それと簡単な整備技術だけだ。

 駅の外の知識も無く、人の命を救うための知識さえ、僕には無い。幸いにもエレナは衰弱しているが意識を失っているわけじゃない。僕に、僕でも、何かできることは――

 

「……コートか」

 

 真っ黒な皮製のコート。くたびれて使い込まれたものではあるけれど、年中真冬のモスクワの地下の寒さから彼女を守るくらいは役立つかもしれない。

 ハンガーにかけて吊るされていたコートを手にとり、寒さに打ち震えるエレナにかける。しかしそれだけでは失った体温を取り戻すには、まだ足りない。水に濡れたままでは体温が奪われていくのみだ。

 奪い取ったシャツを脱ぎ、少女の身体の水気を払い落としていく。同時にがくがくと寒さで震える彼女をさすり、少しでも寒さが和らぐようにエレナと肌を重ねる。

 エレナの身体は、冷え切っている。それもそのはずで、モスクワは一年を通して核の冬で凍り付いている。地下は凍っていないとはいえ、その温度や気温は十度を下回る場所などいくらでもある。

 ましてやメトロを流れる水は、冷たい大地によってさらに冷やされた水だ。凍りつく一歩手前の極寒の水なのだ。そんな中で一体どれだけの間、エレナとヴェートは耐え続けていたのだろう。

 

「おにい、さん」

「大丈夫。もう大丈夫だよ、エレナちゃん」

「姉さん、ヴェート姉さんは?」

 

 ぶかぶかのコートを羽織ったエレナが震える声で僕を呼ぶ。力なく僕の裸の上半身を抱きしめた彼女は、大切な姉の名を呼ぶ。

 ぎゅっと抱きしめられると彼女の豊満な胸が、僕の裸の胸板とぶつかりあって形を変える。

 

「無事だよ。大丈夫、大丈夫だから」

「よかった……姉さん。よかった……助かったんだ……!」

 

 助かったかどうかは、まだわからない。僕がエレナを抱きしめているその目の前で、今もパヴェルは必死にヴェートをこの世に繋ぎとめようと手を尽くしているのだ。

 人工呼吸と心臓マッサージが行われていく間、僕はエレナを手放さないようにしなければいけない。今のこのヴェートを見せてしまうわけには、いかないんだ。

 

 ヴェート。ラスヴェート。どうか、どうか……この子を一人にしないでやってくれ。

 かつて僕が母と故郷を失い、義父に引き取られたときに感じたあの喪失感と絶望を、この子に二度も味わわせたりなどしないでやってくれ。

 君の帰りを待つカーンや駅の仲間を悲しませないでくれ。君にはまだ、帰るべき場所があるん

だ。

 あの日君に助けられた僕に、どうか恩返しをさせてくれないか。

 

 だから、どうか――――

 

「……けほっ」

 

 こんな場所で、終わりになんてしないでくれ。

 

 

 

 

 冴える。冴え渡っていく。仄暗い闇が晴れて澄(よど)んだ視界(せかい)が開けてくる。

 満ちている。パイプを伝い、メトロ中を駆け巡る死のレーテに乗って運ばれてくる“闇”が満ちている。カタチを失い自我を失い、在り方さえも忘却してしまった“影”たちが私を取り巻いている。

 ああ、理解できる。激しい怒りと慟哭を感じる。第四帝国(ファシスト)のクソッタレどもに思い知らせてやろうと“影”たちが歓喜に震えている。

 何故あのような死者たちの残滓―つまりは影―を捉えることができるのか、などと考えたことは数えるほどにしかない。見えるのが当然で、触れられるのが当たり前で、しかし触れてはならないのが鉄則であるという認識が、私の目を曇らせていたのかもしれない。

 以前に私は、『人の業を溜め込むことのできる私自身が“影”となったとき』を想像したことがある。死んだ私の魂は闇に溶け、しかしその背負った“数多の人の業”故に決して混ざり合うことが無く、死のレーテ川を通じてメトロの全域に死に到る罪業を振り撒く最悪の“アノマリー”と成り果てるかもしれないと。

 だが、それは違った。このメトロを取り巻く闇たちは、幾万もの死者たちなのだ。私が数百人分の業を背負ったところで、それは海に解けた角砂糖一個にすら満たない。

 何の心配もいらない。死ねば私も一介の影になるだけなのだという確信が持てた。

 

 だが私は今も生きている。そして私は生きるために彷徨える死者の罪を、罪を負った生者の業を、私は燃やしてきたのだ。死者達を導き、罪を打ち消す鬼火――さながらウィルオ・オ・ウィスプとでも言うべきなのだろうが、この世界に天国も地獄もありはしない。昇天することなど、できやしないのだ。

 故に私の炎は赤いのだろう。完全に燃やし尽くすことさえできない、導き手として不完全な鬼

火――だった。

 

 二度の死を経て私はトンネルの闇に蠢く死者たちが縋る最期の寄る辺となった。彼らの気配を感じ、声を聞き、彼らの痕跡を、“影”を目で確りと見ることができるようになった。

 私がこの世界に落ちた日。ラスヴェートとなる以前、“七番”として姉妹たちと別れた最期の日。私は既に一度、あのトンネルの闇の中で確かに“死んだ”のだった。そして二度目の死は、あのファシストたちの手によって、死のレーテ川の水底に沈むことで迎えられた。

 

 私があのトンネルの闇の中で、何故生きていたのかがようやくわかった。彼等は欲していたんだ。救いを、傍に居てくれる誰かを、導いてくれる誰かを待ち望んでいた。そう――罪を赦し、業を祓い、導いてくれる――救済してくれる人を。

 人がトンネルの暗闇でライターの僅かな灯りに縋るように、彼等は私の小さな炎に希望を見出したのかもしれない。

 だけど、それは海の水をスプーンで汲むようなものだ。終わりなんて見えやしない。私にとっては悪夢以外の何者でもないし、常に救いを求めて影たちが這い寄ってまとわりついてくるのだ。これから先の人生の全てを闇に捧げるしかなく、そしてただただひたすらに永劫とも言えるほどの禊を行わなければいけない。その間にも、死者たちは膨れ上がっていく。そしてメトロにさえ収まりきらないほどの闇が生き残った人類をを覆い尽くすだろう。

 

 結局のところ、メトロに待ち受けるものは――――絶望だけなのだ。

 私はこんな絶望だらけのメトロを変えるきっかけを求めて、オーダーに、そしてストーカーになった。そして希望を求めて足掻くように戦いに乗り出し、その先に見据えた結果が“もはやメトロには絶望しかない”という純然たる事実なのだ。

 

 救いようがない。ほんとに、私もメトロの人々も、救いようのない人間だ。緩やかに忍び寄る終焉に気付こうが気付くまいが、既にモスクワメトロは――人類は終わりなのだ。

 賽は既に投げられ、地に落ちてその目が顕になった後だ。命綱もないまま奈落の底にまっさかさまに落ちていくだけでしかない。

 

「ヴェート!」

 

 パヴェル、君が何故ここに居るのかさえどうでもいい。

 

「ヴェート……しっかりするんだ!」

 

 アルチョム、キミも随分と好き者なんだね。こんな私を案じて助けにきてくれるだなんて。

 

「姉さん! 起きて、姉さん!」

 

 エレオノーラ、貴女が信じた姉はもう居ないんだ。希望を信じて戦ってきたお姉ちゃんは、もう死んだんだ。

 

「―――――――」

 

 彼らが語りかけてくる。母親が優しく囁くように、報いを与えよと説法を説くように、彼らの意志を感じ取り代弁する“依り代”たる私に、敵を殺せと語りかけてくる。

 

「…………うるさい……」

「久しぶりの挨拶がそれかヴェート?」

 

 堅物のパヴェルが仏頂面を歪めて笑う。私を助けてくれたのがウルマンでなくてよかった。アレに見られたら向こう三ヶ月は笑い話のネタにされかねない。マジメで物静かな彼でよかった。

 

「……パヴェル、か」

「具合はどうだ? 息がしにくいとか、頭が痛いとかは?」

「スパシーバ……大丈夫……どうにか。けど……」

「いい。今は無理に動くな。さてアルチョム、お嬢さんたちをここから連れ出すぞ。……正直こんな場所を見ていると胸糞が悪くなってくる。ええと……お嬢さんは歩けそうか?」

「エレオノーラです。私は大丈夫です。昔の怪我で少し右足が不自由ですけど少しなら走れますし、銃も使えます。姉さんをおぶって歩くくらいはできます。アルチョムお兄さんとパヴェルさんは進んでください」

「……ありがとうお嬢さん。アルチョムは二人を守れ。何が何でも死なせるな。俺が正面の敵を排除して先導する」

「了解」

 

 状況は――見る間でもない。彼らがここに居るということは、私たち姉妹は彼らに救われたということだ。木っ端微塵にドアノブが吹き飛んだドアに、部屋に転がるファシストの兵士たち。どうやらかなり手荒いノックをしたらしい。閃光弾を使った後のニオイが残ったままだ。

 部屋の片隅にかかっていたコートを羽織らされると、同じようにコートを着たエレオノーラが私を背負って立ち上がる。

 

「重くない……?」

「大丈夫。姉さんは私よりスリムだし、体格も小さいから、こ、このくらい……へ、平気だよ」

「ちっさいって言わないでよ……」

 

 エレナがぐっと力を籠めて立っているのがコート越しにわかる。あの小さかった琥珀色の少女は今やすっかり大人になったのだ。私よりも大きく立派になった彼女の背中があたたかい。

 

「いいか三人とも。ウルマンがこの収容施設のホームを捕虜と共に制圧しているはずだ。合流して武器庫で装備を整えるぞ」

「武器……そういえば、私の2013(あいぼう)は?」

「安心しろ。衣類一式と装備品、全てそのまま回収してある」

「……よかった」

「いくぞアルチョム。準備はいいか?」

「ええ。いつでも!」

 

 AKを手に取ったアルチョムはマガジンの中身をチェックして装填し、意気揚々とドアに向かって構える。人を撃つことを躊躇っていたあの時の彼からは見違えるほど、彼は戦士へと近づきつつあるのかもしれない。

 パヴェルが先を進み、その後に私を背負ったエレナが続く。そして最後尾にアルチョムが後方を警戒しながら狭いコンクリートの廊下を進んでいく。ところどころに残る戦闘の痕を尻目に、自らが囚われていた牢を超えて進んでいく。

 

「捕虜を、解放したの?」

「そうだ。お前の捜索のついでにな」

 

 ついでとか言ってはいるが、おそらくウルマンもパヴェルも私の死は覚悟の上でここに来たはずだ。ファシストに捕まればその末路は死か、強制労働くらいなものだ。

 武器庫を確保していた捕虜たちに促されて部屋に入ると、そこには私の装備品が丁寧に整えられて古ぼけた机の上に置かれている。銃も、服も、背嚢も、そしてオーダーのタグまで。

 だけど、それを手にする勇気が出ない。銃を手に足掻いたところで、このメトロには希望など無い。進む先は常に暗黒の闇でしかないのだから。

 アルチョムもエレナも用意された服に着替え始める。アルチョムはツルゲーネフスカヤ駅で受け取った野戦服。エレナは男物の下着と古びたジーンズに温かいコートを着込んでいる。

 

「アルチョム」

「どうかしたかい?」

「アルチョムは、何故ここに来たんだい? 私は妹を……エレナを救えればそれでよかった。だけど君が何故ここへ? この駅を通らずともポリスに向かうことはできるのに、どうして?」

「……きっと、既視感(デジャヴ)を感じたからだと、思う。一人で敵地へ乗り込んでいく姿が……その人の背中が重なってしまったんだと思う。たった一人未知の苦難に立ち向かった彼は戻らなかった。でも君の場合は人間が相手だから、もしかしたら助けられるのかもって考えたんだ。仲間を、大切な誰かを、目の前の手が届くところで失いたくないから」

「お人よしだね。その人も、君も」

「似てるんだと思うよ。その人も、ヴェートも」

 

 伸ばせば届くかもしれない。ただそれだけの簡単な、目測を頼っただけの不確かな理由で彼はここへ――いや、私も同類か。まだ間に合うのではないか、というわけのわからない不確かな感情を動力源に、エレナを救うべくこの地獄へと飛び込んだのだから。 

 まったく、お互いなんて無謀で蛮勇で、お人よしなんだか。

 

「ふふっ」

 

 呆れて物も言えない。ああ、彼に死んで欲しくないと思って置き去りにしたっていうのに、結果としてそれは彼の意志に火をつける切欠になってしまっていたとは。けどそれは私も同じだ。妹たちに生かされ、生き延びた私は危険を承知で、彼女達を救うために戦いに身を投じたのだから。

 希望は無い。私はこの先死者たちの囁きに苛まれ、闇の腕に四肢を飲み込まれ、メトロを覆う永劫の暗闇を慰め続ける人柱に選ばれてしまった。命の限り私は死者たちに纏わり付かれ、そして彼らの業を私の炎を以って祓い続けるしかない。

 だけどせめて、仲間や妹だけは――信じていこう。他に信じられるものなど無いし。

 

 見張りに立つ歩哨、アルチョム、パヴェル、そしてエレナ。その衆人環視の中でコートを脱ぎ捨てる。あれだけ嬲られたにも関わらず、全身の傷は少ない。息を呑んで男達が私を見ているのも気に留めず、下着を付けてインナーを着込みプロテクターを着け、カース駅で譲り受けた戦闘服を纏って背嚢を背負い、共に進んできた銃を見やる。

 相棒たちが静かに私を待っている。多くの業を共に背負ったカラシニコフ2013。地上で見つけ出した銀色の死神デザートイーグル。そしてコンスタンチン司令官の計らいで支給された空気圧式クロスボウ(ヘルシング)。それらを手早く確認してベルトで提げる。

 

 最期に手に取った2013の感触が懐かしい。地上も地下も共に進んできた最高の相棒にマガジンをセットし、遊底を引いて汎用弾(小さな死)を装填する。

 

「アルチョム」

「あ、ああ」

「助けに来てくれて、ありがとう」

「……どういたしまして!」

「おいおい、俺達にはなしか?」

「パヴェルには言ったよ」

 

 聞きなれたこの声の主、ウルマンに向き合う。髭面の男はVSS(特殊狙撃銃)の5.45mm弾仕様―VSVという―を手にニヤニヤと笑みを浮かべて私を見て、「相変わらずだな」と言って続ける。

 

「で、戦えるのか?」

「一応は、ね」

「ならいいさ。これから俺は捕虜の乗ったレールカーをマヤコフスカヤ駅へと送り届け、そこで待機しているトミリンのチームに引き渡す。そこからハンザ経由でポリスに向かう」

「となると時間がかかるね。ポリスに手っ取り早く向かう方法は?」

「急ぎなのか?」

「まあね」

 

 マップポーチの路線図を見ながら、ウルマンはザモスクヴォレツカヤ線を指差す。まさか、あるかどうかもわからない車両基地を抜けろとか言い出すわけじゃ――

 

「だったら俺達の来たルートを使え。ザモスクヴォレツカヤ線からポリスの近くを通る引込み線がソコリニキ線に繋がっている。途中のメンテナンス用の退避駅で地上に出て200メートルほど進めばポリスの四駅の一つボロヴィツカヤに辿り着ける。おまけにクレムリンも見えづらいから進みやすいだろう」

「なにそれ。そんな路線があったの?」

「つい最近見つかったんだ。ミュータントも出るから流石に非武装の捕虜たちを乗せていくわけにはいかないがな」

 

 しかしこれは僥倖だ。まさに怪我の功名だ。ファシストどもに犯されてさえいなければもっと素直に喜べるのだろうけど。

 さて、エレナは銃の扱いが上手い。幼少から握ってきただけあって、ルービックキューブの目を揃えるよりも早く分解と組み立てができるだろうほどには長けている。とはいえ戦力として考えることはできない。どこで何があったのかはわからないが、あの足では――

 

「姉さん。私、みんなと一緒にマヤコフスカヤに行くわ」

「エレナ、その……」

「足手まとい、だよね」

 

 やはり、聡い子だ。満足に走ることができないのでは足を引っ張るだけでしかないと、エレナは既に理解している。だけどマヤコフスカヤ駅に着いたところで身分証さえ無く、彼女がどこの駅の誰なのかを証明する人さえ居ない。これでは、ハンザを突破して移住することさえできやしない。だったら――こうするしかない。

 

「姉さん、これって」

「これを持ってハンザ同盟のコムソモーリスカヤ環状線駅に向かって。そこで駅のレンジャー司令官のグリゴリーって人に私の名前とこれを見せれば受け入れてくれるよ」

「本当にいいの? ヴェート姉さん」

「私の家があるから、そこを使って。何か困ったことがあったら、ツェツィーリア姉さんを頼れば助けてくれる」

「本当に戻ってくるの?」

 

 家族と離れ離れになるその辛さは、私も知っている。彼女も両親を失い、義理の姉妹を失い、そして三度(みたび)家族を失うかもしれないのだ。その不安は決して拭えないだろう。

 

「戻るよ、必ず。私とエレナがもう一度会えたように、何度だって帰ってくるから」

「待ってるから必ず帰ってきて。必ず……」

 

 私よりも少し背の高い妹の肩をそっと腕で抱きしめ、柔らかな唇を重ねる。琥珀色の頬をそっと撫でて感触をかみ締める。

 この温もりを失うなどあってはならない。私のたった一人残された家族のために、私はこの絶望の覆うメトロで足掻いて生き抜いてみせよう。生きて再びエレナと共にコムソモーリスカヤ駅で静かに過ごしていこう。

 

「ウルマン。妹を、どうかよろしくお願いします」

「バカか。そんな畏まって言うことじゃないだろ」

「ふふっ、それもそうか。じゃあウルマン、妹をよろしく。エレナ、襲われたら問答無用で撃ち殺していいから」

「ひでえ扱いだ」

「死んでも守れよウルマン。俺は死にたくないからな」

「パヴェル。俺だって死にたくねえよ」

 

 くくっ、と押し殺したような笑い声が響く。誰からかは知らないが、ほんの小さな笑い声につられて少しずつその笑みが広がっていく。

 

「ははは! さあて生きてハンザに辿り着かないとなあ、お嬢さん。でなきゃ俺達はヴェートに殺されちまう」 

「あはははっ、そうですね! 姉さんが怒ると怖いですから」

「フッ、お前にかかってるんだぞウルマン。手を出すんじゃないぞ、相棒」

「お前こそヴェートとアルチョムを死なせるなよ。道案内は任せたぜ、相棒」

 

 がっちりと握手を交わすウルマンとパヴェル。それ以上の言葉は交わされない。ウルマンはエレナにAK74を一丁といくつかのマガジンを持たせて、捕虜達が待つホームに向かって駆け出していく。

 静かに見守っていたアルチョムに向き合うと、彼はきょとんとした顔でこちらを見る。その肩に手を置き、頭一つ分ほども背の高いアルチョムに届かせようとつま先立ちで顔を近づける。

 

「んっ……」

「……ん……ど、どうしたんだいヴェート」

 

 舌を絡め、じっくりと数秒のキスを交わす。既に穢れてしまった私だけど、彼を死なせたくないという意思はそのままだ。そして同時に、身の危険を顧みず助けてくれた彼への感謝を。

 

「スパシーバ……アルチョム」

 

 感謝をこめて、二度目のキスを先ほどよりも深く、甘く、味わいつくす。善良な彼がどうか、生きてポリス駅へと辿り着けるようにと願いながら。




悩みましたがとりあえずこれで一先ず。
後々修正する可能性も否定できませんが、あまり長々とお待たせするわけにもいかないので。

一先ずは区切りのいいところまで進めようと思っています。
その後修正や追記やらしていこうかと。
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