※この作品はR-18です。

Metro2033 -影を見る者-   作:きゃすたー(7mg)

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くっころ系サバイバル女子、ラスヴェートちゃんの孤独な戦いがはじまります。

きっとたいへんなたたかいだとおもう(小並感)


第二十二話 地獄の底で

 

 ――落ちていく。

 

 ――闇の中に、全てを覆い隠す暗闇に。

 

 ――彼女が、落ちていく。

 

 一体何が起こったのかわからない。そんな顔をした彼女はノサリスの手で地獄の底へと引きずりこまれようとしている。

 黒い一体のノサリスによって、時速30kmのレールカーから引き摺り下ろされた彼女。自らの陥った危機に気づいたヴェートは、僅かな希望に縋るように空中に手を向ける。

 

 その手を掴もうと差し出した右手が感じた僅かな熱。触れ合う指先。ああ、きっと戦前のラブロマンス物に影響を受けたのかもしれない。

 微かに感じた希望は、指先をすり抜けて――

 

「ヴェートッ!」

 

 ただ空しく、絶望の余韻だけが僕の心に吹き付けてくる。

 

「やめろアルチョム! お前まで死ぬ気か!? 飛び降りたところで囲まれて死ぬだけだぞ!」

「パヴェルッ! ヴェートっ、彼女を助けなきゃ――ぶっ!?」

「お前はポリス駅に何が何でも辿り着かなければならない! 違うか!? アルチョムッ!」

 

 脳を揺さぶるような強烈な閃光が走る。殴られたことに怒りが向くよりも早く、パヴェルは獣のようにぎらぎらとした瞳で僕の眼を覗き込む。

 

「…………ああ……そうだ」

「いいか、俺達は未だ等しく地獄の底だ。何が何でも生き延びろ……彼女もそうお前に言った。そして俺やヴェートは戦いで死ぬ覚悟を決めている!」

「だからといって! 僕達よりも若い彼女が死ぬのを見ているだけだなんて! 彼女を見捨てるなんて……!」

「グゥゥゥアアァァッ!」

 

 ガタンッとレールカーが衝撃で傾く。カタカタと小刻みに揺れるランタンに照らされた影、パヴェルの背後に黒い皮膚のノサリスが飛び乗ったのだ。

 黒光りする肌。あんぐりと赤い口を大きく開けて、バケモノがパヴェルの頭を噛み砕こうと身を翻す。背の低い成人男性ほどもあるミュータントなど、僕は今までに見たことがない。せいぜい大きくても130センチ程度だ。だがこいつは、このノサリスは――

 

「――――舐ァめるなアアァァァッ!」

 

 激昂と共に、180センチの屈強な巨体が風を切るが如くノサリスへと振り返る。僅かに身を屈めてノサリスの牙をすり抜け、無防備の懐へと岩のような右の拳を、捻りと速度を乗せて鮮やかに、強かに叩き付ける。

 

「ゲヒッ!」

 

 間抜けな叫びを上げ、空中に舞うノサリス。大きな隙を晒したバケモノの頭蓋に、もののついでと言わんばかりにナイフが深々とノサリスの頭蓋を砕き突き刺さる。

 

「……いいか、アルチョム」

 

 パヴェルの声は僕を怒鳴りつけた時よりも遥かに鋭い殺意を伴っている。

 そうか、彼も僕と同じなんだ。一週間にも満たない間だが同じ戦場に立ち、死線を共にした僕でさえ彼女を救おうとしたんだ。僕よりも長く、遥かに濃密な戦場を経験している彼であれば、仲間を救いたいという想いは比べるまでもないほど強いだろう。

 その上でパヴェルは自らの意思さえ押し殺し、僕を生き長らえさせるために僕を殴ってでも止めたのだ。本当なら今すぐにでも銃を手にレールカーから飛び降りたいはずなのに!

 

 僕は彼らに何も伝えていない。何も話さないままだというのに、彼等は“ハンターのメッセージであるから”というだけで、命さえ投げ打っている。

 ヴェートは僕に戦い方や現実の非情さを容赦なく叩きつけてきた。そして彼女の優しさに触れて、僕は戦う意思を確たるものとすることができた。

 パヴェルはこんな地獄の底でも希望を失わず、目の前で仲間が死の淵に立たされても折れることがない。戦うことを諦めない。その背中はどこかあの日のハンターのものに似ている。

 

 ハンター。僕の養父、アレクセイおじさんが信頼する友。スパルタンオーダーでも一目置かれる彼。そして彼に向けられる信頼。

 危険に自ら飛び込む勇気を持った、僕の知る限りでは最高峰の戦士だ。そんな彼でさえあの日トンネルを通って植物園駅へと向かい、そして戻らなかった。

 それは僕にとっては絶望的な、そして耐え難い喪失感を味わう出来事だった。

 

 だがパヴェルはまだ諦めていない。こんな危険の中に一人取り残された彼女が、無事に生きて帰ることを信じているのだ。

 

「スパルタンオーダーは、伊達じゃない」

 

 自らの背嚢の中身を取り出し、パヴェルはそこにありったけのグレネードを放り込んでいく。元から入っていたもの、炸薬、付着グレネード、クレイモアまで。ありとあらゆる爆発物がそれなりの容量のあるバックパックにこれでもかと詰め込まれていく。

 

「ふぅ…………」

「パヴェル?」

「ヴェートォォッ!!! ありったけの爆薬だ! 生きているなら使えッ!」

 

 ゆっくりと呼吸をするパヴェル。祈るように閉じられた瞳が見開かれると共に、車両基地を揺るがすような声が轟く。

 ガタガタと揺れながら進んでいくレールカー。そこからどすんっとレールの上に転がった背嚢。きっちりと閉じられた口が開くことはなく、周辺一体を吹き飛ばせるだけの爆薬が車両基地に置き去りにされる。

 

「……どう、だ」

 

 反響する音だけが聞こえる。ノサリスの雄叫び、レールカーのエンジン音、その二つとも違う音が、一つ。

 

 ドン……ドン……と反響する音。それは紛れも無く、銃声。

 

「……あぁ……神様……!」

「アルチョム、そこまでだ。祈るのは……三人揃ってまた顔を合わせてからだ」

 

 暗闇に浮かぶ二つの眼。その奥に、右からも左からも、同じ形の眼が僕達を見つめている。

 クソッタレどもの、ノサリスの波が再び押し寄せる。

 

「Огонь(撃て撃て)! Артём(アルチョム)!」

「Да(ああ)!」

 

第二十二話 地獄の底で

 

 ぼうっ、と炎が燃える。精液と共に飲み喰らった原罪の火が、朽ち果てつつある電車の列を照らし出す。その中から飛び出してきた一体のモンスターに、左手で携えたナイフを振るう。

 一寸先には暗闇。そして照らし出すためのヘッドランプもバッテリーがやや心もとない。

 

「クッ! ぬっ、うおおおっ!」

 

 ノサリスの喉元に突き刺したナイフを無理矢理にねじ回し、抉るように喉笛を真横に引き裂く。びしゃりと舞い散る鮮血を気にも留めず、次のノサリスへとコンバットナイフを振るう。

 喉、眼、胸、そして腱を狙ってナイフを振り翳す。電車の隙間を縫って走り抜け、襲い来るノサリスを一匹ずつ処理していく。

 

 狙えそうならば眼球を貫いて頭蓋を破壊し、それができなければ喉笛を切り裂く。どちらも狙えない場合はノサリスの心臓目掛けて突きを一閃。囲まれれば足を斬り付けて行動不能を狙う。

 見敵必殺、と言えば聞こえはいい。だがそれが続けられるのは私の体力が続く間だけだ。

 ナイフを握った左手は既にノサリスの血で塗れ、グリップを握ろうにも滑ってしまうほどだ。

 頬を伝う汗を血濡れの袖で拭い、少し息を整えて再び走り出す。そういえばバックパックをレールカーに置いたままだった。だからこんなに身軽に感じるのか。

 背中にまわした2013は残弾がマガジン二つと装填済みの弾が二十発ほど。今持っている武装はナイフ二本と虎の子のデザートイーグル。それと奥の手のグレネードがいくつか。

 対するノサリスは無尽蔵だ。どうにかして彼らを追いかけるかしなければ、私はここでゲームオーバー。バラバラに引き裂かれてヤツらの胃袋に収まってしまうことだろう。

 

「ったく! 血を拭う暇も無い!」

「キシャアッ!」

 

 トンネルで息絶えていた第四帝国兵からこっそり拝借してきたグルカナイフを引き抜く。この手の湾刀は使い慣れていないけれど、贅沢を言える状況でもない。

 内向きに沿った刃が煌く。逆袈裟にノサリスを斬り付け、すぐさま返して振り下ろす。

 

「!?」

 

 ハムをスライスするような手ごたえと共に、ノサリスの肉が真っ二つに裂ける。肉厚な鋼鉄の刀身は歪むことさえなく、鋭く研ぎあげられた刃は思うがままに敵を切り裂く。

 

「ふぅ、はぁっ……これは、いいものだ……!」

 

 初めて手にしたものだが実に馴染む。振りぬいたときの重さも、刃の頑丈さも申し分ない。周囲をノサリスに囲まれたこんな状況だというのに、沸々と生気が蘇ってくるようだ。

 

「せいっ! ハッ!」

 

 駆け抜けざまに一閃、二閃。重みのある刃がもたらす切れ味は普段使っているナイフとはまるで違う。だけど浮かれている場合じゃあない。

 そう、このまま追いかけっこが続くわけがない。いずれ私の体力が尽きる時が来るのだから。

 

「ハァッ……ハァッ……! ――ちっ!」

 

 電車の上から奇襲を仕掛けてくるノサリスを咄嗟の横っ飛びで回避する。ローリングの勢いのまま、血塗れの左手を支えに再び立ち上がって逃走する。チカチカと明滅するヘッドランプを補うために“業”を注ぎ足し、炎がもたらす光をやや明るくする。

 そのほんの少し、勢いを削がれ、注意が外れた一瞬――

 

「グアアァッ!」

「ぐあっ!」

 

 左から襲う衝撃に、世界が回る。押し倒された私に跨るように、ノサリスはその牙をむき出しにして私の首に目掛けて喰らい付くべく顔を近づける。

 ふっと闇が再び私に覆いかぶさる。炎のコントロールを一瞬とはいえ手放してしまうとは!

 

「ぐっ……うっ、くっ……そぉっ!」

 

 電池の少なくなったライトが照らすノサリスの顔。獲物を睨みつけるその醜い顔をどうにか左手で押さえて跳ね除けようとするものの、ノサリスの重みと力はか細い左腕を少しずつ押し返してくる。

 ナイフを振るい続けた左手では力が入らない。ノサリスの生暖かい鼻息と吐息が、頭を押さえつけている左手を濡らす。

 順手で持ったグルカナイフ。その柄をガツン、ガツンとノサリスの頭に目掛けて叩き付ける。

 

「このっ! は、なれろぉっ!」

 

 手を振り払おうと、ぐんっとノサリスが頭を揺らしたその刹那、私の右手が突き出した鈍色の刃がノサリスの肉を裂き断つ。

 びしゃり、と血を噴き出し悶えるノサリスを蹴り飛ばすものの、他のノサリスたちは誰が獲物を仕留められるか観察するように周囲を囲んでいる。

 

「しつこいっ! いい加減、離せ!」

 

 一体、また一体と現れるノサリス。起き上がる隙さえもないまま、ナイフを振り回して近づかせないようにするもののヤツらは平然と向かってくる。

 そのうちの一体、特に大きな、150センチはあろうノサリスが私のブーツに牙を向ける。

 

「ぐっ、うあああっ!」

 

 外皮を貫き、服を破り、肉を抉るノサリスの牙。

 

「あっ、はぁっ、くそぉっ……! 離せって言ってんだろ!」

 

 右足に噛み付いて離さないノサリスの頭を左足で蹴り飛ばすものの、敵は私の右足をそのまま咥えたままだ。

 ずる、ずる、と身体が動く。いや、動かされている。あのノサリスはこの場で私を仕留めるつもりがない。自らの寝床へと獲物(わたし)を、生きたまま連れ帰るつもりだ!

 

 食料(わたし)を独り占めするために!

 

「――ヴェートッ!」

「……パヴェル……?」

 

 生きているなら、使え。微かに聞こえた彼の言葉。周囲をノサリスに阻まれたこの状況でも、彼等は私の生存を信じている。

 使え、と彼は言っていた。ならば何かしらのものが、この詰みに等しい状況をひっくり返す手段を彼等は残していったのだ。彼らだって状況は苦しいはずだろうに。

 

「ええいっ!」

 

 グルカナイフを棄てた右手で太腿に収めたイーグルを抜き放ち、足に喰らい付くノサリスの腹に銃弾を喰らわせる。

 ドンッ、ドンッと反響する銃声が消え去るよりも早く腰の後ろに回した手で掴んだものは、筒状の感触のする物体。左手の親指で引き抜いたピンが地面に転がる。

 ずるりと右足に食い込んだノサリスの牙が抜け落ちる。銃で撃ち抜かれた痛みを堪えて襲い掛かってきたノサリスに鋼板入りのブーツのつま先を見舞う。

 

「グアァァッ!」

「このっ……トンネルのゴミどもが!」

 

 手を使うこともなくその場で跳ね起きる。一歩退いた右足をじわりと鈍痛が襲うものの、そのまま半身で左手のグレネードを構え、右手のデザートイーグルはそのままにして意識を広げる。

 敵は――数えるのも面倒な数だ。ゆうに10体以上はいるだろう。

 状況は――囲まれた状態。救援の見込みなし。装備も少ない。

 脱出方法は――賭けるしかない。彼らの残したものが何かはわからないが、少なくとも悪いほうには転ばないはずだ。

 

「……分の悪い賭け、か。嫌いなんだけどね、こういうのは!」

 

 カラン、カランとノサリスたちの目前に左手に持っていたグレネードが転がり落ちる。同時に眼を背け、左手は耳を塞ぎ、次に起こる爆発に供えて歯を食いしばる。

 視界を埋め尽くす閃光と、並みのグレネードでは出せない巨大な音が地下世界に反響する。

 

「ゥゥ……グオオオオッ!」

「グル……ギ、ギィ……!」

 

 キーンと耳をつんざく高音の余韻。平衡感覚と聴覚を惑わされたノサリスたち。足元に落としていた二本のナイフを拾い上げて、未だに白みがかかった視界で捉えた合間を縫って走り出す。サバイバルナイフはシースに収め、グルカナイフを左手に持って微かに聞こえる銃声とグレネードの音のするほうへと駆け出す。

 ヘッドランプの灯りは弱弱しく、ちり、ちりと時々点滅さえ繰り返す。とはいえ多数のノサリスに囲まれた状況でゆっくりと充電を行う暇はない。ぼうっ、と浮かび上がった赤い炎だけを頼りに、線路に沿って車列の合間を駆け抜けていく。

 

「はぁっ、はぁっ、ああ! もうっ!」

「グ、ガッ――!」

 

 正面から飛び掛ってくるノサリスを紙一重で避けてすり抜けざまに一閃。首を裂かれたノサリスに眼もくれずに足元の玉砂利を踏みしめて走り続ける。

 

「――チッ!」

 

 電車の屋根から飛び降りてきた青白いノサリスを横っ飛びで回避し、その脳天にめがけて44口径弾を一発。と、同時に飛び掛ってきたノサリス。その爪が振られるのに合わせて左手に持ったグルカナイフを左に薙ぐ。

 

「ふっ……はぁっ!」

 

 ギンッと金属の擦れるような甲高い音を立て、ナイフの腹が爪を阻む。攻撃を阻まれたノサリスに僅かに生まれた隙。薙ぎ払う勢いを乗せて痛む右足を上げて振り抜く。ノサリスの側頭部を鋼鉄のつま先が捉える。

 

「ギ――ヒッ」

 

 ぐしゃりと骨と肉が潰れる音を伴って吹き飛んだノサリスの身体が電車の壁に崩れ落ちる。

 微かな光を放つライトと頭上で輝く火球の灯りに照らされた右足は己の血で染まっている。……予想したよりも出血している。

 

「はっ、はっ……そ、りゃあ、息も上がる、わけだ……」

 

 まだだ、まだ……斃れるには早すぎる!

 ぽつぽつと散らばるノサリスの死骸が駆けて行く先に転がっている。そして足元に転がる空の薬莢も。おそらく先ほど私達が通った場所だ。

 そして線路上に転がった背嚢(バックパック)を引っ張り起こし、中身を手に取る。この中身が生きる望みをもたらしてくれればいいのだけど――

 

「……あった! 中身は…………マガジンとグレネードに、さらにグレネードに、ダイナマイトに――――30キログラムのダイナマイトって――!?」

 

 なんてこった! こんなものを使ったらトンネルを塞ぐどころかこの車両基地そのものが崩壊しかねないじゃないか!

 置き土産になんてものを残していったんだ! あの筋肉達磨め! 私を生き埋めにでもしたいっていうの――

 

「――ああ、なるほど」

 

 生き埋め。ああ、そうだここは巣だ。憎きヤツら――人類の敵の巣窟だ。ならばここをまとめて潰したって構わないだろう?

 

「とはいえ爆薬を設置する時間も余裕も無い。とりあえずは……追ってこれないようにしないと」

 

 チカチカと点滅するヘッドランプ。点いたり消えたりを繰り返す光。その先に黒いシルエットが浮かび上がる。

 闇の中にあってなお暗い影。ヒトの輪郭をもったそれはゆっくりと、音も無くこちらへと向かって歩を進めてくる。

 

「くそっ、もうここまで来て――」

 

 ず、と肩にかかる重み。全身を押さえつけられるような圧迫感。影も形も無い何かが、じわりじわりとノサリスの巣を包み込んでいく。

 

「――――ゥ……」

「……ォォ……――」

「…………フフ……」

「ァァァッ……」

 

 呻き声。嘆く声。歓喜の声。怒りの声。無数の声が車両基地の天井に反響するように広がっていく。

 光で照らすたびに増えていく影と声。ふわりと頬を撫でた違和感に危機感を覚えた瞬間に――

 

「……ぁ」

 

 ――光が走る。

 自分に向けて振り下ろされる包丁。

 ざくり、と胸を裂いて走る軌跡と痛み。

 狂気的な笑みを浮かべた、義父(カーン)の姿。

 

 口付けするかのように目の前に迫る、どんな黒よりも真っ黒な、黒い輪郭の影。

 

「あ゛あ゛あぁぁぁァアァッ!」

 

 ――光が走る。

 目の前に立つ仄暗い影を振り払うようにナイフが走る。

 袈裟懸けに左肩からわき腹へと、幻影をなぞるように刃が走る。

 そしてゆらりと闇に溶けた“人影”の背後には、まるで列に並ぶかのように次の“人影”が迫っている。

 

「――――く、そっ!」

 

 何だ、今のは、一体何だ!?

 ただの幻覚にしてはいやにリアルだ! おまけに痛みまで再現されているだなんて、今回は今までのどのアノマリーよりも危険だ!

 そう、“幻覚が現実に影響を与える”なんて状況が普通なわけがない!

 

 じわりと痛む左肩。裂かれたように肩の部分に切れ目が走っている。

 そう、まるであの幻覚で切り裂かれたのと同じように、そして私がそれをなぞるようにナイフを振るって影を払ったように! まったく同じ切り口の、まったく同じ場所から、私の濃紺の戦闘服は切られてしまっている!

 

「囲まれるわけにはっ……」

 

 幸いにも不意打ちをもらっただけだ。囲みはそれほど狭まってはいないのだから、今は逃げの一手だ。炎を振るって片っ端から浄化していったところで相手はメトロ全域を覆う死者たちだ。私一人では到底太刀打ちできるわけがない。

 

 前世において別人として四十年、死した後にラスヴェート=ロマノフスキーとして生を受けて約二十年。この年になってなんとも厄介(熱烈)な死者(ファン)たちに好かれてしまったものだ。

 

 確かに以前に私は死んで、この希望亡きモスクワメトロに生まれたのだろう。だが彼は彼で、私は私だ! 私の人生は私のものだ! 他の誰にも、ミュータントにも、アノマリーにだって、私の生き方を阻むことなどさせやしない!

 

「ハァッ!」

 

 ベルトで提げたAK2013を背中にまわし、大量の爆薬の入った背嚢を背負ったまま影を切り払う。

 幸いにもナイフで払う分にはあのフラッシュバックには襲われないらしい。

 

「なるべく近寄らせないようにすれば……!」

 

 サバイバルナイフをシースに収め、刃渡りの長いグルカナイフを引き抜いて左手に構える。右手には変わらず無骨なデザートイーグルを握り締める。

 

「グルル……ヴォォァァァッ!」

「っ……!?」

 

 突如頭上からかかる重みと叫び。先ほどからの圧迫感とは違う、物理的な衝撃を伴った痛みと重さが咄嗟にバランスをとろうとした身体を傾ける。

 ぐるりと視界が回る。衝撃と痛みを堪えて見開いた瞳に、忌まわしい人類の敵(ノサリス)の姿が映る。

 

「グ……ゥゥァッ!」

「……ぐっ、ああっ!」

 

 牙を剥くノサリス。土気色をした身体が腹の上に圧し掛かる。薄汚れた牙が首に目掛けて迫るよりも一寸早く、逆手に持ったグルカナイフを振るう。

 

「……ウゥゥゥ……!」

「なぁっ!?」

 

 ふっ、と振るわれた刃が切り裂いたのは何も無い空間。噛み付こうとした瞬間を狙って振りぬいたはずなのに、ノサリスは未だ健在のままだ。

 避けられた――そう察するまでの僅かな思考の鈍化。気づけば、再び剥かれた牙が左腕を挟み込むように振り下ろされ――――

 

「いっ……!」

 

 ずぶり、と牙が戦闘服の上から、破れた左肩のその下の簡素なプロテクターを噛み砕き、めきめきと音を立てて食い込んでいく。

 力を籠めて振りほどこうにも、力ではあちらが上らしく動かすことさえできない。鈍い痛みが走る中でノサリスは不意に噛む力を緩めて離れた。

 しかし私を捕えた牙は、再び私に向けられることになる。

 

「ぎっ、――ア゛ア゛あぁぁぁぁッッ!?」

 

 左足で私の右手を踏みつけ、口に咥えられた左腕がノサリスの力任せにあらぬ方向へ向けて引っ張られる。

 ノサリスの重みで押さえ込まれた右半身。左腕は敵に咥えられたまま、しかもまだいくらか動かせる余裕さえない。動かせない右腕と、ノサリスの思いのままに振り回される左腕がみぢ、みぢ、みし、みしと嫌な音を立てて悲鳴を上げる。

 そうか、こいつは、今ここで私を生きたまま引き裂いて喰らうつもりか!

 

「っ……ヴヴッ……!」

 

 ぱちぱち、と明滅するヘッドランプ。わらわらと歩み寄る影たち。動くことさえできない私に救いを求めて、獲物を見つけたノサリスのように群がってくる。

 

「――――ォォ……」

 

 真っ黒な影の手が。いやにリアルな質感とともに――

 

「やめろっ……! はぁ、はぁっ、……来るなッ! やめっ――――」

 

 ゆっくりと、頭をすり抜けるように染み渡っていく。

 

「ギッ――」

 

 染まる。染まる染まる染まる。真っ白な光が走り抜ける。

 

 誰かが私を見下ろしている。私を囲んでみんな一様に手に銃や鉈などの武器を手に、私を見下ろしている。

 レンジャーの戦闘服を着た男。みすぼらしい旅人のような服装の老人。けばけばしい化粧をした娼婦の女。年端もいかない少女と少年。恰幅の良い中年の男。ぎらぎらとした眼をした野盗たち。スーツに身を包んだ紳士。白衣を纏った学者。神意を告げる神官。どこにでも居るような夫婦。そしてその子供まで。

 

 一人が不意にナイフを掲げるや、それに続いて次々に彼等は武器を掲げ始める。

 

 やめろ。やめてくれ。私はまだ死にたくない!

 

「―――――を殺せぇぇぇっ!」

「殺せ! 殺せ!」

「息の根を止めてやる! クソッタレ(ミュータント)!」

「この外道……! よくも人になりすまして……!」

 

 違う。違う! 私は、私はっ、人間だ! ミュータントなんかじゃない!

 

「この女(ミュータント)に死を!」

「バケモノめ! アノマリーから生まれたバケモノめっ!」

 

 鈍い銀色の光を映すナイフが、私を大地に縫い付けるように左手を貫く。

 

「あぁぁぁっ! や、やめてっ……なんで……」

「口を開くなよ、人間の敵が!」

「かっ、あ、ぁ……」

 

 ぞぶ、と鈍い感触と共に楔が打ち込まれる。喉笛を貫いたヘルシングの切っ先が引き抜かれると、ひゅう、ひゅうと息をする度に空気の漏れる音が聞こえ始める。

 

「化け物め! 這い蹲れ!」

 

 めりっという鈍い音を伴って鋼鉄のハンマーがあばらをへし折る。

 

「不浄の輩には死の制裁を!」

 

 振り下ろされた角材が頭を打ちつける。何度も、何度も。

 

 次々と、彼等は己の得物を私に叩き付ける。拳を、脚を、ナイフ、包丁、焼き鏝、チェーンソー、ネイルガン、岩石、レールの端材、中身の詰まったドラム缶。幾度もぶたれ、傷つけられ、しかし意識が絶えることがない。

 

 痛み。身を裂く痛みだけが、ただ繰り返される。

 

「ヴェート」

 

 不意に聞こえた、義父の声。いつもの旅装束に、毛皮の腰巻と赤いバンダナをつけたカーンの姿が、目の前にある。

 

「赦せ、とは言わん」

 

 ぱんっという乾いた音と共に、胸に赤い花が咲く。

 

「よう、裏切り者」

「……まさか、こんなことになるとはな」

 

 ウルマンとパヴェル。私とチームを組んだこともあるスパルタンオーダーの仲間たち。

 その手にはやはり、AK74が握られている。

 

「じゃあな、ヴェート。人類の敵対者には相応しい末路だろうよ」

「信じたくは無かった。だが、敵ならば、容赦はしない」

 

 たすけて、と声を上げようとも既に声は出ない。ひゅう、と風の音が聞こえるだけ。

 そんな私に向けられた銃口から、人一人を殺すにはあきらかに過剰な数の銃弾が子袋のある下腹部にむけて撃ち込まれる。

 

「フン、俺への恩を仇で返すとは……いい度胸だ。おい、始末しろ」

 

 ソヴィエトの軍用コートを羽織った、右目に傷を持つ男。アーモリー駅のレンジャー(オオカミ)たちを束ねるコンスタンチン司令官。

 彼らに呼ばれて出てきたのは、ツルゲーネフスカヤで出会ったロマノヴィッチたちだ。

 

 言葉さえもかけられず、それぞれの銃口が私に向けられる。私の胸に、心臓にめがけて慈悲の無い掃射が撃ち込まれる。

 

「…………うそつき」

 

 妹。ああ、妹だ。薄褐色の肌と長い黒髪の少女は歯を食いしばり、小さなナイフを手に怒りで震えている。

 大きく振りかぶって、叩き付けるようにナイフが首を裂いて走る。

 

「全部、全部ウソだった。裏切り者! 何が姉妹よ、何が約束よ! 死んでしまえ……私たちの敵め!」

 

 翠の瞳に映ったのは、怒りの炎。瀕死のままの私に唾を吐き、最愛の義妹は踵を返した。

 

「……ヴェート」

 

 手には一丁の、懐かしさを感じさせる見慣れたリボルバー。濃紺の野戦服背嚢を背負い、ヘッドランプをつけた、最近ようやく見慣れた彼の姿。

 時に肌を重ね、時にお互いを守りあった、戦友である彼が銃口を私に押し付ける。

 

「僕は、ミュータント相手なら――」

 

 眉間に突きつけられたリボルバー。私が恩人から預かり、私を通して彼に渡った銃。それが今、私に狙いを定めて、引き金が引かれるときを待っている。

 ゆっくりと、感触を確かめるように指先が引き金を引いていく。

 

「容赦などしない!」




グランブルーファンタジー頑張ってます。
ヴァンピィちゃんとかゼタ姫とかフェリちゃんとか見て一人ニヤニヤしてます。

そろそろまともにブラッドボーンとかプレイしなきゃなーとか思いながらも、未開封のうたわれ2とか、よるのないくにとかいろいろ積みあがってる状態っていう。

趣味に走る気力さえ失うとやばいですよ。皆さんも気をつけて。

とりあえず愛車のバイク、車検通さないと(車検切れ放置)










制服カリおっさん可愛い(確信)
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