Metro2033 -影を見る者- 作:きゃすたー(7mg)
いやあ、やっぱりフロム脳がはかどりますね。妄想がはかどるんでこっちもはかどる。
仕事が忙しいのでろくにプレイできていませんが、楽しいです。
ファランの不死隊のムービーがかっけえっす…。
アルトリウス様マジパネェっす!(オバロ風)
アルトリウスの意匠が見られるあたりがもう……!
白は総てを覆い隠す。深々と降るような優しさではなく、猛烈な勢いで吹き付ける壁の如く、総てを飲み込んで染めていく。
そう、今目の前に広がる光景こそがそれだ。絶え間なく吹き付ける風と、肌を焼くような熱を感じさせる穢れた白。ガイガーカウンターの発するあの嫌な音さえかき消してしまうほどの轟音を伴い、放射能を含んだブリザードが私たちに襲い掛かる。
「クソッ! さっきまでデーモンが飛び回るくらい晴れてたくせに!」
「けど考えようによってはチャンスだよ。今なら頭上を気にしなくていいんだもの。怖いのはブリザードを避けようとしているノサリスやハウラーとの遭遇戦になること」
「どうやっても危険は避けられないな。一応安全なルートはあるがどうする?」
「ドブルィニンスカヤ駅までのルートは真っ直ぐなの?」
「ああ。今俺達が居るのはヴァロヴァヤ通りっていう東西に伸びる大きな道路……だった場所だ。生憎と今はもう荒地もいいところだが」
そう言って十番は雪で覆われたアスファルトの先を指差す。その先にはブリザードが作り出す銀幕で閉ざされたクレーターがあるだけだ。建造物の姿も、生物の姿も見当たらない。右を見ても、左を見ても、大きく弧をを描くように断崖が続いている。
プリンの角にスプーンを入れたように綺麗に抉られた大地。上空は不安定な雪雲が雪を降らせ、時折雷鳴と共に稲光が大地を揺るがせる。
「今俺達は南を向いている状態だ。そして目の前にはヴァロヴァヤ通り。東へ向かえばパヴェレツカヤ駅、西へ向かえばドブルィニンスカヤ駅。さらに先へ行けば南北に伸びるレニンスキ通りがあって、その向こうにオクチャブリスカヤ駅だ」
側道への乗り入れ道路を含め、片側だけで五車線。上下線をあわせれば十車線だ。こんな大通りはあの小さな島国の記憶の断片を持つ私からすれば“広すぎる”という印象しか受けない。
かつてはこの通りを埋め尽くすほどの車両が走っていたのだろう。しかし今では車線の半分はクレーターの底だ。当時そこを走っていた車に何があったのかなど――考えたくはない。
右手、ドブルィニンスカヤ方面へと伸びた道路は立体交差道路になっているが、
幸いにも側道の道路上には瓦礫などの障害物は少ない。走り抜けるのに足元は多少不安が残るが、頭上からデーモンに襲われる可能性が無い今ならむしろ絶好の突破口になりうる。
「いいか。右手に進んで真っ直ぐ側道に沿って地上を進む。ボロボロの巨大な液晶モニターが見えるな? あの向こうの交差点、ロータリーになっている部分を斜めに真っ直ぐ反対車線に向かって直進。そうすると“
走っていけばおそらくフィルターの限界時間……二十分以内には辿り着ける。……準備はいいな?」
「うん、行こう……十番」
建物から離れすぎず、かつ近づきすぎずの距離を維持して早足で駆けて行く。デーモンがこちらを見つけることができない間に可能な限り進むことを選んだからだ。
ブリザードで視界が悪いのはこちらもあちらも同じ。強烈な風と雪でヤツらの鼻も効かないだろう。建物に吹き付ける風の音で耳も頼りにはならない。となると最後に命運を分ける要素は一つ。
接敵の瞬間を予知するもの――――つまりは勘だ。
「――ッ!」
右手を上げるや十番は建物の影に身を潜め、私はボロボロにさび付いたワンボックスカーの影に身を隠す。
トトッ、トトッ、と軽快な脚でハウラーが過ぎ去っていく。一匹、二匹と通り抜けた後
に続く影は無い。相変わらず五感が頼りにならない状況で地上を歩くのは肝が冷える。
そういう時は十番のような本職の軍人の持つスキルはやはり頼りになる。十番から技術の一端を教わってきたとはいえ私のものは未だ彼の教えをなぞるだけの動きでしかない。しかし十番のそれは先人から習得し、幾多の戦いの中で研磨されて昇華された
壁に背中を預けて張り付く姿も、そこから銃を構えて動き出す姿も、一挙手一投足が自然体でよどみの無いリズムで行われる。
トンネルを一人渡り歩く元空挺部隊のカーン、ミュータントを熟知し的確に排除するハンターとも違う軍人の姿。戦線の最前線にあって潜入・破壊工作を行う特殊部隊に居た、とだけ私に語った彼の持つ姿。
息を潜め、己の存在を消し、誰にも悟られずに任務を完了させて消えうせる。それはまさに地上におけるストーカーの理想の姿だといっていい。
ミュータントに見つかることなく地上からメトロへと物資を持ち帰るというのは難しいことなのだ。多くの人々が地上に一歩を踏み出すことを諦めるほどに。
汚染された大気、放射能の雪、得体の知れないミュータント。地上に登ることは今の時代において、自殺行為にも等しいと言われるのはそれ故にだ。けれどそれすらも覚悟の上で地上に登る人が居るからこそ、メトロは貴重な物資にありつけるのである。
「前進」とハンドサインで私に伝えると、彼はサプレッサー付きのカラシニコフを構えて正面を警戒する。その間に彼と同じ建物の影に入り込み、彼の肩を叩く。
私のほうを振り返った彼は警戒のサインを出し、物音と敵影に注意するように指示を出す。
ブリザードの中に一歩脚を踏み出すと、そこから先は三メートル先さえも見えないほどの白い世界が広がっている。足元に存在するのは白色の絨毯だけでそれ以外には何も見えないというのに、彼は躊躇うこともなく一歩を踏み出していく。
真っ直ぐ、真っ直ぐ進む彼の後に着いて駆けて行く。
不意に大きな物陰が前方に現れたかと思うと、彼は「あそこで待機しろ」と表現して周囲を警戒しつつ、窓が木切れで目張りされた建物の中へと踏み入れていく。
十番と共に壊れたドアを踏まないように静かに進入すると、ヘッドランプを灯して室内を確認する。カウンターとテーブル席が並び、そのカウンターの奥にはかつての調理機器が厨房にところ狭しと並んでいる。
室内を一通り警戒し、ミュータントや
「ここまでくればあと少しだ。あとほんの十数メートルの道路を突っ切ればそこはメトロの入り口だ。とはいえ、備えはしておくべきだろう。
二階を確認しておくぞ。些細なものだが、地上でも装備を整えられるようにある程度蓄えがある。フィルターもついでに交換しておけ」
二階に設けられたお手製の鍵付きドアを開くと、十番は清掃道具を収めているクローゼットから死体一つは収められそうな大きめのクーラーボックスを引っ張り出す。開けばそこにはいくつかのフィルターが収められており、同じようなクーラーボックスからは銃弾やグレネードなども出てきた。
装備を整える間に交わされる言葉は短く、そして簡潔だ。
そう、ここは地上だ。人類が歩くことのできる場所ではない。モスクワの地上というものは、もはや異界なのだ。
ガスマスク無しには人は五分と生きることができず、凶悪な人食いミュータントが我が物顔で空と大地を駆け回る。空から振る死灰の如き雪に身を晒さなければならず、その毒は少なからず我々の身を蝕んでいることだろう。
だから我々ストーカーは静かに、敵に悟られぬように、ひっそりと地上へと昇っていく。そしてほんの僅かな成果と共に帰還するのが常なのだ。
時に単身、時にチームで地上に登り、再利用できる資源を求めて異界を探索するのだ。
銃弾を補填されたマガジンを空になったデザートイーグルに挿入する。初弾を装填したことを確認して安全装置をかけてホルスターに収める。
「チッ、晴れてきやがった」
十番が窓の隙間から外を眺めながら舌打ちする。AK2013の空マガジンに弾を装填し、いくつかをマガジンポーチに収めてガスマスクのフィルターを新品のものと交換する。
「準備よし。いけるよ、十番」
「…………静かに」
「十番?」
「あれを見ろ。そんでもって耳を澄ませるんだ」
十番は窓の外から視線を外すことなく、双眼鏡を片手にじっと見つめたまま言う。
彼の隣に顔を寄せて窓の外の景色を見れば、そこには私たちが駆け抜けてきただろう広い道路が一直線に伸びている。
「こいつで見てみろ。立体交差の奥、ブラック駅の入り口になっているあの建物の隣の崩れたビルだ」
手渡された双眼鏡を覗き込む。ガスマスクごしではあるものの、その景色は鮮明で建物の影まで見て取れる。
何かが駆けている。道路の端の歩道の上、ちょうど私達が駆け抜けた後をなぞるように何者かが一直線に走っている。
微かに届く音。それはもはやBGMのように聞きなれた、カラシニコフの銃声だ。
「誰かが走ってる。一体…………ああ、
追いつかれまいと必死に駆けていく彼の後を追う黒服の集団。画一的な黒服の装備にバイザー一体式のガスマスクはまさに、第四帝国の装備だ。
「追う側はどうやらそうらしい。逃げる青い戦闘服のやつは恐らくストーカーだろう。最近はナチどもの標的が俺達ストーカーにまで向いているからな」
「明確に敵対している共産主義者ならわかるけど、なんでまたストーカーまで?」
「ヤツらはハンザどころか他の駅の弱体化のためにストーカーを狙うようになったんだ。ポリス駅のレンジャー部隊であるクシャトリヤさえもな。
地上から物資を持ち帰ってくるのも、資源を回収するのも、どちらもストーカーの役目だ。地上を這う他の駅のストーカーを排除することで、自分達の獲物を横取りされないようにしているのさ。その対象はハンザもポリスも共産主義者も無い。スラヴもラテンもアングロも無い。まさに全てを皆殺しにする悪魔だよ」
「自らが支配者となるためなんでもする。それが第四帝国なのさ」と十番は苦々しく言葉を吐き出し、AK74の初弾を確認してグリップを握りなおす。
「俺はヤツを追う第四帝国を始末する。お前は屋上からこちらを支援して注意を引いてくれるだけでいい。掃除用具入れに狙撃銃が入っているからそいつを使え。第四帝国を始末したら彼と共に駅に帰還する。俺一人では太刀打ちできないかもしれんが、お前が居るなら話は別だ。
ヤツらに――――俺達の同僚の味わった痛みと苦しみを教え込んでやる!」
待って、と推し留めようにも彼はさっさと階段を駆け下りて拠点を飛び出し、晴れ間の見えつつある巨大交差点を一直線に彼に向かって駆けていく。
いくつかの自動車が障害物のように点々と朽ち果てているが、ヴァロヴァヤ通りの上下線と南北に伸びる二つの道路の上下線、そして斜めにクロスして走る道路が交わるこの交差点はサッカースタジアムのコートほどはある広大さを持っている。
その中に、デーモンに襲われる危険性さえ理解しているというのに身を晒す彼。
私の中で答えは――決まっている。彼を、メトロの人々のために戦う十番を助ける。
「敵なら、殺せ」
駅を支えるストーカー。それを抹殺する第四帝国。メトロの駅に住まう人々にとっての生命線を断ち切らんとするその行いは、到底許すことができない。
掃除用具入れで見かけた一丁のライフルを手に取る。全長が1メートル以上もあるその巨体と、それに見合う大きなマガジンと銃弾を手に階段をさらに駆け上る。
空は今もどんよりと暗い影を落としてはいるものの、雪は僅かに降る程度で風も弱くなっている。デーモンの姿も見えず羽音も聞こえず、仕掛けるならば今このときをおいてほかに無いだろう。
深雪の積もった屋上へ飛び出るなり、屋根の淵の段差に積もった雪を払ってそこにボロボロのクッションを置いて銃身を載せる。冷たい雪の上に腰を下ろして両膝を立て、ストックを右肩にあてて安全装置を解除。膝に両肘を当てて前傾で姿勢を安定させてスコープを覗き込み、レティクルを黒い人影に定める。
シチュエーションは建物の三階からの撃ち下ろし。敵の隠れるための遮蔽物は少ない。南向きの風。強め。時々風雪。距離はおよそ500から700メートルほど。
「狙撃は得意じゃないんだけど……四の五の言えない、か」
ブラック駅の手前、立体交差のさらに向こう側の交差点のあたりで彼は廃車の陰で釘付けにされている。制圧射撃を続ける第四帝国の兵士たちが移動を許さない状況だ。おまけに数は十人以上。濃密な、しかも間断なく行われる制圧射撃で迂闊な行動には出られない。十番が向かっているが、そこに辿り着くまでに彼の命が失われるほうが早いだろう。
ならばこの一発があのこう着状態を打開する一手になるのは確実だ。狙撃兵の存在は敵にとって脅威であり、影も姿も見えない場所から一方的に攻撃を与えてくる悪魔のようなものだ。
ゆっくりと、静かに息を吐いて呼吸を止める。肺の空気を吐き出し、雪風と距離と地球の自転が生み出す誤差を計算してレティクルをあわせる。
せめてこの銃弾の一発がメトロに住まう無辜の民草を守るものだと信じて引かれたトリガー。ドゥゥン、と重々しい発射音が風の音を裂いて走る。衝撃が肩を通して全身へと走って駆け抜ける。
その一秒後、黒い人影からは赤い噴水が上がる。
第二十五話 帰還
“何が起こった?”という思考が渦巻く。レッドダットサイトに映った敵兵の顔が弾けた。そう文字通り“弾けた”のだ。真っ赤な鮮血を撒き散らしながら前のめりに斃れる第四帝国の兵士。それを見た他の兵士も僕同様に呆気に取られている。
「
狙撃兵、と叫ぶ暇さえ与えられずに新たな犠牲者が生み出される。叫ぼうとした兵士の身体はそのまま後ろに2メートルほど吹き飛んで廃車に背を預けて崩れ落ちる。
胸と首の間、両肩から伸びる左右の鎖骨のちょうど間の部分にぽっかりと開いた穴から血を噴かせる死体を目の当たりにした他の兵士たちはすぐさま廃車や建物の陰に身を隠す。
狙撃を受けている。どこからかはわからないし、それが敵であるのか味方であるのかさえ不明のままだ。なら、今できることは――伏せておくことだけだ。
敵の銃撃が止んでいる間に廃車の隙間に身を隠し、腹ばいになって可能な限り姿を隠す。わずかに隙間から見えるのは広いスペースの先に立つ一軒の家屋らしい建物。
チカッ、と光が僅かに反射した次の瞬間には射撃音が微かに耳を揺さぶる。
「仲間が撃たれたッ!」
「ああぁっ! ああ、あ足ががっ、あし、あひっ! おれの、足がっ!」
「不用意に頭を出すな! 撃たれるぞ!」
「建物の上だ! こっちを狙ってる!」
どうやら敵は混乱しているらしい。いいぞ、そのまま恐慌状態のまま統制を乱してくれれば僕が逃げ延びる確率が上がる。
「
「やめろ! ヴィタリー!」
「Ураааа!」
不意に一人の兵士が建物の影から走り出し、一目散にこちらに向かって走り始める。AKをばら撒きながら、僕を殺すためだけに撃ち殺されるのを覚悟の上で、身を晒したのだ。
「ウパァッ!」
その末期は、呆気ないものだった。ガスマスクごと脳天を吹き飛ばされた彼は力なく崩れ落ち、吹き飛んだ頭蓋から零れたガスマスクが僕の足元に転がる。
真っ赤な、真っ赤な血と、人肉のこびりついたガスマスク。所々に白い物体が見えるあれはきっと、彼の歯か骨だろう。
衝撃で潰れた目玉が僕を見る。風船を握りつぶしたようにぺしゃんこになったそれは赤い血と肉片と神経の帯でデコレーションされて一際グロテスクさを放っている。
「……撤退しよう! こんな危険な場所に居たらデーモンまでやってくる! 早くブラック駅に撤退すべきだ!」
「ふざけるな! ヤツらを殺せとの総統閣下のご命令だぞ! 第四帝国を裏切る気か、貴様ァッ!」
「そっちこそふざけるな! こんな場所でみんなお陀仏なんてまっぴらなんだよ! くそっくそっくそぉっ! こんな場所にいたらみんな死んじまうんだぞ! なんでわからねえんだよ!?」
「一等兵、貴様の行為は敵前とうぼぐゃっ」
「……ひっ! ほ、ホラ見ろ! だから俺は逃げるべきだって言ったんだ!」
廃車のドアの隙間から覗いた先には、一人の第四帝国の兵士が一目散に背中を向けて走り去ろうとする姿があった。僕の潜む廃車のすぐ近くの、地下通路への入り口に向かって駆け出した彼。僕には、どこか確信めいたものがあった。彼がどうなるのか。そして――
きっと、この狙撃兵は誰一人逃すつもりがないのだと。
「うわああっ!」
やはり、こうなったか。
「あ、あぁっ、た……助けてっ! や、いやだっ、し、しし、死に、しにだくなひっ……!」
右足を打ち砕かれたまだ年若いだろう兵士は、もがき苦しみながら遮蔽物が何一つ無い道路の上で足掻いていた。両腕を使って必死に這いずるその姿を見た一人の兵士が建物の影から踏み出そうとするものの、肩を掴んだ同僚の兵士に制止されていた。
「ぎゃああああぁぁあっ!」
ドウン、と一拍遅れて届く射撃音。その直前に銃弾が彼の右肩を抉り取っていた。
「い、たい……だ、たす……けて……ひぃ、ひぃっ……だ、だれ、だれか……!」
ガスマスクの下で大粒の涙を流しながら、助けを請う兵士。しかし誰も手を差し伸べることは無い。それはそうだ。手を貸すべく走り出した瞬間には自分が撃たれているだろうから。
彼はそれでも前に進む。右足と右腕を失い、左手と左足を使って少しでも生きようと足掻いている。
ともすれば救えるかもしれない命が目の前にある。しかし踏み出せば次に撃たれるのは自分だ。自らか、仲間か、どちらをとるかという残酷な選択肢が第四帝国の兵士達に突きつけられている。
「たす……け、てっ……父さ……ん…………かあ…さん……。あぁ……うっううぅ……い……イヤだ……」
少しずつ彼の動きは力をなくし、張り上げるような叫び声は悲痛な懺悔に変わっていく。
止めとなる慈悲は無い。下されることはなく、ただ足掻いてもがいて、悲痛な死に様を晒すことだけが彼にできることなのだ。そうするよう、あの狙撃兵はわざと手足を撃ち抜いたのだろう。
「…………タマラ……あい、た……かっ…………」
バンッ、と頭蓋が爆ぜる。既に息絶えた彼に鞭打つように、対物ライフルの無慈悲の一撃が第四帝国の兵士の心をへし折りにかかる。同時に、僕の心さえも。
銃声が止んだ。そのことに気づくのに要した数秒を思い出し、他の敵の姿を確認するべく顔を覗かせる。あの狙撃手は少なくとも敵対者ではないらしいと見ての行動だったが、それは悪手だと気づくのに更に数秒かかった。
「……なっ」
目の前にあった光景は先ほどとは打って変わって異常な光景だった。
ダークブルーの戦闘服を着た一人のストーカーらしい男が左手で血の滴るナイフを逆手に持って兵士の一人の後頭部に右手のサプレッサー付きのリボルバーの銃口を押し付けて佇んでいたのだから。
「お前は、お前達は……随分と俺達のご同輩を殺してくれたな」
「ハァッ、ハァ! ハァ! ヒッ!」
息を荒げ、膝立ちにされて両手を挙げたまま、第四帝国の尖兵の一人がホールドされている。その彼の背後には赤い華を咲かせた彼の同僚達が物言わぬ骸と化して横たわるだけだ。
彼に銃を突きつける男は怒りを籠めた、しかし全てを射殺すといわんばかりの冷徹な口調で兵士に問いかける。
「何人殺した」
「ひっ、ひぃっ……よ、四人だ……!」
「そうか、一人頭で四人か。随分殺したものだな」
「じゅっ、十五人だ! 俺達の隊が殺したのは十五人! それだけだ!」
「なるほど。他にも居るわけだ」
「み、三つの隊が展開している! 俺達は、命令に従っただけだ……! 頼む……言えることは言ったはずだ! どうか、どうか……見逃してくれ!」
「ああいいぜ。俺は見逃す」
「あ、ありが――!?」
兵士が安堵のため息を吐いた瞬間に、その顔を覆うマスクが引き剥がされる。
ぽい、と興味なさげにそのガスマスクを投げ捨てた彼は兵士の右足と左足をサプレッサー付きのリボルバーで立て続けに撃ちぬく。
「ぁ、な、なんっ、で……!」
「言ったろう? “俺は”見逃すが、モスクワの地上は――――人間を見逃してやくれない」
「カヒッ、い、いきっ、で、きな! ヒュー……ヒューっ! たの……ま、マス……ク……だのむ…! アッ……ガ、ぎ、ア、アァ」
「せいぜい苦しめ。お前たちが殺した、俺達の仲間の分まで」
顔面を蒼白にして苦しみに悶える彼をよそに、その戦士はこちらへと向かって歩いてくる。
気づけば自然と、
「よせ、俺はお前に危害を加えない。あの
「信用できない」
「……はぁ、わかったよ。これでどうだ?」
彼はその手に持った一冊の手帳を投げてよこすと、腕組みをして僕の出方を待つように建物の壁に背中を預ける。
恐る恐る、その手帳を開く。中に記載されているのはパスポートだ。出身駅、所属駅、所属する勢力と職業が書かれたもの。
「……ハンザのストーカー……! それに“十番”って!」
「そうだ。第四帝国は俺達の敵だ。これで信用はいただけるかな?」
「なら貴方は、ハンザのストーカー……“十七番”を知っているのか?」
「当たり前だろう。ほら、あそこの建物の上に居るじゃないか」
――――なんだと
「しかし、何故お前さんが“十七番”を知っているのか……ああいや、今は撤退が先だ。隊のひとつは壊滅させたが、他にも徘徊しているやつらが居る可能性もある。ドブルィニンスカヤ駅へ移動するぞ」
――――何故だ、何故君が
「ほら青年よ、さっさと行くぞ。デーモンの餌にでもなりたいなら無理強いしないが」
――――何故君は、あんなことをしたんだ! ラスヴェート!
「一人目……」
カシャン、と引いたスライドと合わせて空の薬莢が排出される。カラン、と乾いた音を立てることもなく雪に沈む。
その間にマガジンから装填された次弾を別の標的に向けて放つ。ドウンッ!と肩を貫くような衝撃と反動と共に、発砲煙がマズルブレーキで拡散されてゆらぎの如く空に解けていく。
「ちっ、外した……足か」
確かアンナは“熟練の狙撃兵やセンスのある人間はどうすれば当たるのかが自然と頭に浮かぶ”とか言っていたけれど、私はそんなもの一切理解できない。
私の射程距離は辛うじて800がギリギリだ。対するアンナの射程距離は2000というトンデモぶりだ。バケモノめ。
「くそっ、次こそ……
第三射ははずれ、第四射は指揮官らしいガスマスクの男を撃ち抜いた。慌てふためく様子で走り出す兵士が一人。どうやらあちらの士気はガクッと落ちているらしい。
まさか敵を目の前に逃げ出そうとまでするなんて。
「ここで釘付けにしておけば……十番が接近しやすくなるかな」
初心者が動く対象を狙うのは至難だとアンナが言っていたのを思い出す。何かとこちらに突っかかってくる彼女の挑発に応じて幾度かの勝負をしてきたのだったか。
拳銃と自動小銃のスコアなら私が。狙撃銃と格闘戦では彼女に軍配が上がったのだった。このまま負けっぱなしというのも性に合わないし、ここは私の射程内だ。
なら、外す道理は無い。
第五射が弧を描き、定めた標的へと向かって飛翔する。痛々しいほどに勢いよく前のめりに倒れ込む兵士の右足はあらぬ方向へと転がっていく。
「悪いけど……気を引かせてもらうよ」
第六射。そう、これは本来なら必要の無い行いだ。私だって気乗りはしない。
そう考えている間に、目の前のスコープに映る人影は右腕を肉片に変えられた痛みに悶絶し、地べたを這いずっていた。
空のマガジンをしまって新しいマガジンを装填する。気づけば額に流れる汗がガスマスクを僅かに曇らせている。
プリーブドを一度手から放し、大きく息を吸い込んでとめると意を決してガスマスクを脱ぎ去る。息を止めたまま汚れの少ない袖の内側で汗を拭い、再びマスクを被りなおして息を吐き出す。
「誰も助けには入らない、か」
それも当然のことだ。次に撃たれるのは助けるべく駆け寄ったヤツなのだから。
そう、目の前に居るのは死者じゃない。負傷兵だ。つまりまだ生きている存在が目の前で苦しみ、仲間に助けを求めて手を伸ばしているのだ。
戦場で死者が居るなら、そいつを確保するのは戦いが終わった後でもできることだ。だが目の前で苦しんでいる彼は生きているのだ。
生きている人間を救い出す方法は一つだ。今すぐに手を差し出して助けるほかに方法はない。そして彼を救い出す人間と延命措置を施す人間と、後退を支援する人間が必要になる。そう、人手が必要になるのだ。
そうすれば十番への警戒はこちらへと向き、なおかつあのストーカーらしき人物への銃撃も減らさざるを得なくなる。
そうして敵の注意を私にひきつけてはいるものの、未だに十番は動かない。それどころかあのストーカーの男まで這い蹲って隠れたままだ。
こちらが味方かわからないのだから警戒する、というのは理解できる。しかしこちらには敵対の意志が無いというのがまだ理解できていないのだろうか。とにかく双方ともに動きがない。せめて少しでも長く敵の注意をこちらに引き付けなければ。
「……ごめんよ」
目をつけたのは、先ほど私が撃ち抜いた彼だ。片腕と片足を失ってなお、彼は這い蹲ったまま前に進もうともがいている。他の兵士たちも息を呑んでいるか、助けに走り出したい心を抑えているのか、目を離していない。
空気を裂く七度目の轟音。その先にあった彼の頭がポップコーンのように弾け飛ぶ。
赤い血と肉片の舞い散るモスクワの大地で、一人の兵士が惨たらしい最期を迎えた。しかしそれを見届けていた第四帝国の兵士たちの背後には、既に死神が這い寄っている。
ビルの陰から現れた人影は兵士達に気づかれることもなく、後ろに居る者から順にその命の灯火をかき消して進んでいく。
ナイフとサプレッサー付きのリボルバーを併用し、静かに首や脳などの致命の部位を狙って仕留めていく。振り返ろうとした兵士ともみ合いになったかと思えば首をへし折ったのか、ぐったりとした様子で雪の上に横たわった兵士の身体が突然ぶるぶると痙攣を起こしたように震えだす。
二人、三人と音も無く命を奪って進む姿は留まる様子がない。十番は足を止めず、進む道すがらとでも言わんばかりに命を刈り取っていく。
そして、最期の一人を――モスクワの大地への生贄に変えた。
「ふうっ」
息が詰まる。緊張感だけじゃなく、フィルターも時間が近いらしい。それでも成果は十分に挙げることができた。
新しいフィルターをマスクにはめこみ、
一階へと降りると周辺に敵が居ないか警戒し、二人が合流するのを待つ。しばらくして建物に駆け込んできた二人の男に新しいフィルターを手渡す。
「……まさか、アルチョム!?」
どこか見覚えのある、土と泥と血で塗れた戦闘服。銃身にナイフの傷が走っているAK74と、古ぼけているもののしっかりとした造りのリボルバー。そしてベルトで提げた銃剣付きのシャンブラー。
それはまさに、あの場所で別れてしまった彼の装備。
「――――ヴェート」
「よかった! ああ、本当によかった! 君だけでも無事なら――」
「パヴェルが、死んだんだ。彼はあんな場所で死んでいい人間じゃないのに……!」
アルチョムの声は、低く重く、そして失意に満ちていた。どこか強い怒りを籠めた言葉で吐き出された言葉が私を冷静にさせる。
「そっか……まずは地上から脱出するよ。十番、ドブルィニンスカヤ駅は自由に入れる? 生憎私のパスポートは所用あってお出かけ中なんだ」
「問題ない。ドブルィニンスカヤとセルプホフスカヤは俺のホームだ。俺の知人だと言えば通行程度なら問題なく進める」
「それは幸運だね。とにかく今はメトロの駅に辿り着こう。……正直、まともな休息もとってないからそろそろきついんだよね」
精神も肉体も既に限界の一歩手前だ。私の意思に対してろくに手足がついてこない。
ああ、確かに彼の見立ては間違ってなどいなかった。もう一度戦闘に、それも近接戦闘が起こったならば私は間違いなく命を落とすことになるだろうという確信めいたものまで感じている。
「アルチョム、だったか。お前さんも見たところ随分ボロボロだな……返り血に泥まみれ。その上銃創もいくつか。さっさと駅に入ってちゃんと治療を受けるべきだ。デーモンが来る前に駅に向かうぞ」
十番は先ほどまでの喧騒が嘘の様に静まり返った交差点を警戒しつつ、駅舎の正面のアーチに背を寄せる。左右の警戒をして駅舎内を覗き込むと、合図にライトを点滅させてこちらに知らせてくる。
それに応じてアルチョムが一気に道路を駆け抜けて十番の隣に滑り込み、AKを構えて上空からの敵に備える。同じように合図が出されたことを確認して、相棒のAK2013を手にアルチョムと十番が通った跡を辿って走り抜ける。
「ふぅ……はぁ……生憎の天気とはいえ地上の空の下だっていうのに、はぁっ……穏やかな気持ちにさえなれないなんてね」
「そんなものだぞラスヴェート。地上にデーモンが居る限りは、俺達ストーカーはラーカーの如く地上をコソコソ這い回らなきゃならんのさ」
十番は“後に続け”とハンドサインを繰り出し、AK74を構えてゆっくりと駅舎内に足を踏み入れる。窓ガラスは割れ、壁は風化してボロボロになってひび割れてはいるが、かつての栄光の影を残すドブルィニンスカヤ駅。駅員が立つべき改札口も、行き先を選ぶ券売機も……壊れ、崩れ、今や栄華の残り香を留めるだけでしかない。
床は窓から入り込む雪やゴミがたまり、駅舎の片隅には真新しい“雪だるま”が転がっている。
高さ四メートルはあろうモザイク画は崩壊し、戦前は見事だったろう彫刻や大理石の壁はくすみ、風化し、退廃的な美を演出しているだけだ。
長い、長いエスカレーターを歩いて降りていく。ようやくモスクワの地下、我々人類の砦たるモスクワメトロの駅へと帰還できる。
ああ、長い長い数日だった。いろんなことがあった数日だった。悲しいこともあったけれど、こうして生きてモスクワメトロに戻ることができたことは、大きな喜びだ。
目の前に現れる鋼鉄のエアロック。一際重厚なその両開きの門を掌はある石でガンガンと叩く十番。エスカレーターの手前でカラシニコフを手に、地上からの襲撃者に備えるアルチョム。そして、入り口にたむろする数多の黒い“人影たち”。
ここは、人の影が濃い。そして数も多い。どこの駅でも同じことではあるが、核戦争の最中逃げ遅れた人々の残滓がこうしてエアロックの周辺でよく見かけられる。
ある者は今もなおメトロの門を叩き続け、ある者は幼い子を抱いて途方に暮れる。ある者は世界の終末に気を違い、壁に頭をぶつけたり奇行を繰り返すだけ。生き延びようと足掻いた人も居ただろうが、死を迎えるまでそう長い時間がかからなかっただろうことは確かだ。
せいぜい一年以内だろうか。地上に次第に毒の大気が蔓延し、世界が放射能の石棺で閉ざされ、地上に残された少ない食料や物資を求めて争い、そして須らく息絶えただろう。
門が開く。メトロの扉が開かれる。
だが彼等はここに留まるしかできない。
振り返れば、何も無い場所を叩き続ける“彼”は――ただこちらを見つめている。
――――生き延びた人類を呪うかのように。
作中のブラック駅はモスクワメトロには本来存在していない駅です。
ロード画面中の地図ではブラック駅はチミリャゼフスカヤ線のポリャンカ駅とセルプホフスカヤ駅の間にあるような描写ですが、第四帝国といえどポリス駅やその地上付近を突破してまで展開できるような場所ではないように感じます。
なので作中の車両基地から延びる謎の路線の行き先として当作品内では描写しています。
ゲーム中ではホール駅(パヴェレツカヤ駅)がブラック駅のすぐ近くにあるので、ポリャンカとセルプホフスカヤの間に配置するよりもチミリャゼフスカヤ線のセルプホフスカヤ駅と環状線ドブルイニンスカヤ駅~ホール駅(環状線パヴェレツカヤ駅)のあたりでいいかなと。
……モスクワメトロの環状線内の地図があればわかりやすいのだろうけど…orz