※この作品はR-18です。

Metro2033 -影を見る者-   作:きゃすたー(7mg)

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(無言の五体投地)



第三十話 叛逆の芽

 

「厳正なる投票の結果、博覧会駅並びに北方路線同盟へのレンジャー部隊の派遣案は棄却となります」

 

 夢だ。夢であってくれ。

 

「厳正なる投票の結果、2号線パヴェレツカヤ駅の奪還作戦は採用となります」

 

 夢じゃない。夢じゃないなら、これはなんだ。

 

「尚、先のダークワンなる新種のミュータントの一件に関してはパヴェレツカヤ駅奪還作戦の完了と駅の機能回復、次いで防衛体制が整い次第、改めて調査団を派遣して情報を精査した上で再度投票によって是非を問うものである」

 

 何がいけなかったのか? 僕の説明だろうか? ミラー大佐の言葉か?

 何が不足なのだ? 真実味か? 現実味か?

 何故なんだ? なぜ? なんで、どうしてなんだ。

 

「以上で議会は閉廷とする」

 

 それでは間に合わない。何もかもが遅すぎる。僕はできうる限りのことをしてきたはずだ。だがそれはあまりにも遅すぎた!

 ハンターが信頼するミラー大佐は僕の言葉を真実だと受け止めて立ち上がってくれた。だというのに何故彼等は……! あの議員たちはミラー大佐の言葉にさえ耳を貸そうとしないんだ! 彼等は知識と力を持ち合わせているはずだ。だというのに何故……何故何もしようとしないのだ。

 命がけで僕を送り出してくれた人たちの意思はどうなるのだろう。希望を掴み取れると信じて支えてくれたみんなの命は無為でしかなかったというのか。

 

「あの……くそったれどもがっ!!!」

 

 議会が閉廷してすぐさまこの倉庫のような部屋へと飛び込むや否や、ミラー大佐は近くにあったドラム缶を蹴り付ける。バゴンと鈍い音を伴い、ドラム缶にブーツの跡が穿たれる。

 それを為した彼はありったけの罵詈雑言を吐き出していく。額に血管が浮かび上がるほどのその形相はまさに怒髪衝天の言葉通り、彼の怒りの顕現だと言えるだろう。

 

「何が知識の都だ! あの頭でっかちどもめ! 目の前の現実から目を逸らしただけに飽き足らず、一縷の望みを抱いてここまで辿り着いた勇士に向かってなんて物言いだ!

 信じられん……! 到底信じられるか……! 地下都市(ポリス)駅の安全どころの話ではないというのに、何故それが理解できないのだ!?

 所詮人間など自己保身のために平気で他者を切り捨てるものだとでもいうのか! そんなことであってたまるか……! 人間は……! 人間はそんな畜生にも劣る存在では無い!」

 

 ガツン、ガツンと彼が蹴り上げる度にドラム缶は少しずつその歪みを大きくしていき、遂に真ん中のあたりで“く”の字に曲がったまま小汚い部屋の隅に蹴り転がされる。

 積み上げられた土嚢に当たったドラム缶が地に転がって動きを止めたのと同時にミラー大佐は息切れで肩を揺らしながらもこちらに振り返って沈痛な面持ちで僕に語りかける。

 

「すまない……アルチョム。これは私の見通しの甘さなのだろう。議会が君の救援を棄却するなどと……恥ずかしい限りだ。

 レンジャーの救援は得られないが……まだ我々にはやれることが残っている。議会の決定はポリス駅の意思だ。とはいえ、それはメトロ全体の意思というわけではない。近隣のスパルタンオーダーを召集し、北方同盟と周辺の環状線駅を糾合することができれば人手はある程度確保できる。だがそれでもあのダークワンに抗しきれない場合も想定して動かなければならない」

「……具体的な案があるんですか? ……あんなバケモノを倒せる方法が」

 

 握り締めていた拳から力が抜け落ちる。僅かな声を絞り出すだけでも疲れる。もう何だっていいんじゃないだろうか。オーダーだろうときっとダークワンには無力だ。それはハンターが戻らないことからもわかることだ。

 僕はもうやるべきことはやった。博覧会駅の危機を伝えられた。だが地下都市駅(ポリス)には救いなどなかった……ただそれだけのことだ。もういいのだと頭の中で誰かが囁いてくる。よくやったともう一人の僕が告げてくるのだ。最早望みなどは無い。もしここから挽回できるのだとしたら、きっとそれは御伽噺の英雄譚くらいなものだろう。

 

「最近の話なのだが、モスクワの近郊で状態の良いミサイル基地が発見された」

 

 ミサイル基地、だと?

 

「ミュータントを排除し、電源を回復させたのだが……基地機能の復旧に際してメインフレームにアクセスしたところ“D6からの遠隔操作でのみ発射可能”と表示されたんだ」

「待ってください大佐。待ってください、まさかそれは」

「簡潔に言おう。D6は実在する。そしてそれを発見できれば――」

 

 本当に、本当にそんなことが可能なのだろうか? だが、もしそうなのだとしたらこれは希望であると同時にとてつもない絶望(つみ)だ。

 

「ダークワンに対して核攻撃が可能になる」

 

 世界を滅ぼしたあの火を、また振るわなければいけないのか。そうまでしなければ人類は生き残れないのか。また世界を汚染して、全てを焼き尽くす暴力を以ってしてまで……また過ちを犯してまで前に進むしかないというのか。

 

 

第三十話 叛逆の芽

 

 

「やるしかないのですか?」

「方法が見つからない以上は、な。アルチョム、私だって可能ならば使うことなくダークワンという脅威を排除したい。しかし万一打つ手無しとわかったならば躊躇ってはならないとも思っている。それが人類の存続に必要なのであれば」

「けれどD6の場所はわからないままです。最早ただの伝説に成り果ててしまっていると……ある人から聞きました」

 

 ポリャンカ駅で出会ったアノマリー……いや“あの人たち”はD6が既に噂話に上がる程度の忘れられた存在になっていると言っていた。そんな不確かな、あやふやなものに縋るしかないなんて僕はお断りだ。

 僕の義父であるアレクセイや親友のユージーンたち、駅の同胞は今も尚ダークワンに抗っている。駅の仲間達を救うための旅路で僕を助けてくれた人々……ブルボン、カーン、ヴェート、アンドリュー、パヴェル、地下の子供達、ストーカーの10番……文字通り命がけで送り出してくれた彼らに、僕はなんとしてでも報いなければならない。それは博覧会駅を救うという一つの事実でしか為し得ない。

 大佐はそのための最善を尽くしてくれたが、ポリス駅からの賛同を得られなかった。

 

「アルチョム、私は君を信じた。だから今度は私を信じてくれないか」

 

 ミラー大佐は気落ちした僕の肩に手を置き、真摯な眼差しで訴えてくる。その瞳はまだ諦めていない人間のそれだ。

 

「不確かなものに縋るしかないのは嫌だという君の懸念は尤もなものだ。だが何も確証が無いままに夢想をのたまうほど私は愚かではないさ」

「……わかりました」

「スパシーバ、アルチョム」

「正直まだ不安ですがやるしかないというのも理解しています」

「まずは説明する。一先ず腰を落ち着けて話そう」

 

 ミラー大佐はさきほど転がっていった横倒しのドラム缶の凹んだ――彼が蹴り付けて作った――部分に腰を下ろして両膝に肘を付いてこちらを見る。

 促されるように小さな木箱に僕も腰を下ろし、同じようにして大佐と顔を合わせると彼は小さく笑みを浮かべて言う。

 

「フッ、顔が引き締まったな。それでこそレンジャーだ」

「僕は元はただの歩哨ですよ」

「そうか。しかし君は既にレンジャーとして必要なものを備えるに到っているようだ」

 

 確かクズネツキー・モスト(アーモリー)駅の司令官も言っていた。だが僕は本当に勇敢なレンジャーたちとは比べ物にならない。元は一介の警備兵だ。地上についての知識が深いわけでも、まして駅の外の勢力について見識があるわけでもない。

 

「自分ではそれほどではない、と思っているようだがそれは違うぞアルチョム」

「……どういうことなのですか」

「レンジャーだろうがオーダーだろうがストーカーだろうが……死は恐ろしい。まして他者の命を預かるというのは人一倍に緊張を強いられる。

 自らの指示や行動で戦友の生きるか死ぬかが決まる。君は気づいているかアルチョム。自分の行動が、駅に住む人々の命を左右するかもしれないということに」

 

 僕の行動が駅を左右する……それは確かに感じていることだ。僕が為しえなければ仲間達は死の運命から逃れられないのだから。

 

「ええ……重要な任務だと思っています」

「君はそれを感じながらもここまで辿り着いた。わかるか? 君の双肩には何百人もの命が、未来が圧し掛かっていることに気づいているか?

 真に勇敢なレンジャーというものは死を恐れない者のことではない。死を恐れ、仲間を救うために死地を乗り越えようと足掻く者達だ。敵対する可能性のあるもの全てを殺しつくす恐れ知らずの狂戦士(バーサーカー)ではないのだ。

 ハンターは誰よりもそれを実践する人間だった。仲間のために、友のために、如何なる窮地に於いても叛逆の牙を振るう。誰よりも仲間の死を恐れる人間だった」

「ハンター、が……?」

「そうだ。仲間が心折れそうなときは叱咤してでも立ち上がらせ、自らにしか為し得ないと感じたならば迷わず実行する。恐怖はもちろん付きまとうし、死はどうあっても避けられないものだ。それを知っていて、受け入れて……尚も足掻き続ける男だった」

 

 ハンターも一人の人間だ。彼にだって感情はある。あの日挫けそうになっていた父にあのような言葉を叩きつけたのは彼なりの激励だったのだ。

 そしてその直後に一人植物園駅へと一歩を踏み出す瞬間の……彼の心境はどのようなものだったのだろうか。未知へ挑む恐怖は計り知れない。それを抱えながら、仲間や友人の未来を守ろうと踏み込む勇気は……。

 

「何故ハンターが君を指名したのか、それがよくわかった。君は駅の外という未知の世界へ挑むことを選択できた。君はもがいて足掻いて、しかし折れることなくここまで辿り着いた。

 ならばその献身と勇気に応えることこそ、我々スパルタンオーダー……私が君やハンターの勇気に報いることだ。

 君は知っているか? ええと……カーンが以前こんな風に言っていた。“一念岩をも通す”と言うらしい……中国の故事だったか。君の熱意は確かに頑固者(わたし)にもしっかり届いたのだ。ここで諦めるというのは些か早計というものだ。やれるだけのことをやろうじゃないか、アルチョム」

 

 ミラー大佐は白髪交じりの髭を蓄えた顔に笑みを浮かべ、先ほどの怒りなどどこへやらという闊達さで言う。

 僕は未だに実感が持てていないままだ。それを見抜いた彼は“まだやれることがある”と言っているのだ。

 

「大佐、僕は何をすれば」

「その意気だ。話を戻そうか。

 D6が実在するのは我々のミサイル基地の調査で判明している。問題はそのD6の情報の在り処の一つ、我々地下都市(ポリス)駅の地上部の近くにはかの有名な“レーニン図書館”があるのだが、我々はそこに手がかりがあると見ている。ボロヴィツカヤ駅出口から地上部へ出てウーリツカヤ・モホヴァヤ通りを北に進めば図書館の入り口がある。記念にしっかりと銅像を目に焼き付けておくといい。中に入れば観光どころではないからな。

 我々はそのレーニン図書館の最奥……最下層にある機密文書保管庫を目指す。我々も未踏の場所だが幸いにも見取り図はある。自然の洞窟と違ってレーニン図書館は人工の建造物だからな」

「何故レーニン図書館なのですか? クレムリンやロシア連邦国防省という可能性は?」

「……私も、昔はそれなりに信用があったらしい……とだけ言っておこう」

 

 なるほど。仮にも軍を率いる立場だったなら機密情報の一部について聞き及んでいても不思議じゃない。そして彼は軍の内部でも“大佐”の肩書きに相応の情報が与えられていたのかもしれない。大佐というものがどれほどの地位なのかはよくわからないが。

 

「トミリンの率いるチームが環状線北西のベラルースカヤ駅を出て既に20時間だ。平和通り(プロスペクト・ミーラ)駅までは一駅超えるだけで到着できる。環状線の列車を使っての移動だからすぐだ。あと半日もすれば彼らは博覧会駅もしくはアレクセーエフスカヤ駅の地上部に展開し、情報収集を終えるだろう。

 報告はリガ駅で通信を経由し、こちらに軍用の無線回線を通して送られてくる手はずになっている。ラスヴェートも既にキエフスカヤに到着したと連絡があった。

 アルチョムはウルマンと合流し、装備を整えていつでも出撃できるようにしてくれ」

「……Да(了解)」

 

 やはりというべきか、今すぐに僕ができることは何もない。トミリンという人物がダークワンのコロニーを発見するべく行動している。ラスヴェートは北方同盟と環状線駅(ハンザ同盟)のレンジャーの協力を取り付けるべく既にポリス駅を発った。残っているのはポリス駅に詰めている部隊とウルマン、そしてミラー大佐ぐらいだ。

 しかし不安に思うことがいくつもある。D6などというものが存在するとしてもそれはきっと“彼ら”が言っていたメトロ2と繋がっているはずなのだ。だとすればそこはエウゲニーやセルゲイの言っていたように“監視者”と呼ばれる何者かが居るかもしれない。その彼らに出くわしたとき、果たしてどうなることやら――

 

 ばかばかしい! 監視者なんてものが存在することを前提に考えるだなんて情けない!

 

 

 

 キエフスカヤ駅、それはウクライナ・モルドバ方面へと向かうロシア鉄道の地上駅であるキエフスキー駅に接続している駅だ。東西に伸びる3号線アルバーツコ線と平行するようにポリス駅から西に伸びる4号線フィリョフスカヤ線、そして環状線の三駅が交わるという巨大駅でもある。

 ポリス駅は4駅、その次に大きい駅となるとこのハンザ同盟のキエフスカヤ駅かファシストたちが支配するプーシキンスカヤ駅、そして“赤の路線”……テアトラリナヤ(シアター)駅など非常に少ない。

 

 眼前に見えるキエフスカヤ駅のゲートが開く。鋼の門が開くと共に温かな空気がトンネルに流れ込み、人々の営みのニオイが鼻をくすぐる。

 

「あー、毎回これくらい早く着ければいいのになぁ」

「今日のエンジン付きのレールカーはこれが最終便だったんだぞ。運が良かったなお嬢ちゃん」

「……ごめんね、無理言って乗せてもらって」

 

 ニット帽を被った中年の男、髭面の巨漢はニヤリと笑みを浮かべてこちらを見る。

 

「気にするなよお嬢ちゃん。“一人一発ずつ”で合計四発だ。へへ……代金はきっちりもらってるさ」

 

 最前列のトロッコに乗る彼の後ろでは他の乗員たちが同じように鼻の下を伸ばしてこちらを見ている。

 舐め回すような視線。値踏みするような視線。息遣いを荒くしてこちらを見る者。彼らの頭の中では三者三様の私が股を開き、はしたなく腰を振って媚びるように精をねだっているのだろう。

 

「よければ帰りも乗せてやってもいいぜ。今日と同じようにな」

 

 後ろからかかる声に手も振らず、銃をスリングで肩にかけたままさっさとホームへ飛び移る。さっさと水のある場所に行きたい。口の中が違和感でひどいせいだ。

 綺麗な浄化水で口をゆすぎ、スキットルに入れたウォッカをぐいと飲んで胃に落とすと、マッシュルームウォッカの独特な風味が口の中に残っていた精液の苦味を洗い流してくれる。

 

 飲んでいる間は幸せな気分になれるからいいものの、やはりこの医療の安定していないご時勢に性病に罹るのはマズイとは思っている。だがいざ目の前に突き出されるとつい少しくらいならいいかなと思ってしまう自分が居る。娼婦らしくあるように施された“しつけ”は、自らの意思さえもねじまげてしまう程度には骨身に染みているらしい。

 どの駅も変わらない見慣れた光景のホーム。食堂も肉屋も金物屋も銃器店も全てが寄り集まった区画をウインドウショッピングしつつすり抜け、駐留するスパルタンオーダーの連絡員に大佐への報告を伝えてから駅を出る。

 

 ハンザ同盟、環状線を支配する彼らの線路への“こだわり”を今日ほど喜んだ日は無いだろう。

 彼らの有するエンジン付きの“列車”はやはりというべきか、とても早い。恐ろしいほどにスムーズに旅が進む。クラスノブレスネンスカヤ駅を超え、ベラルースカヤを超え、ノヴォスロヴォーツカヤを超え、気づけば平和通り駅(プロスペクト・ミーラ)を過ぎ去ってコムソモールスカヤまで戻ってきた。一週間近くをかけて辿り着いたポリス駅から僅か半日で故郷であるコムソモールスカヤへと戻ってきてしまった。

 運転士が言うには、タガンスカヤ駅で起こった疫病騒ぎのせいでコムソモールスカヤで折り返して帰るらしい。この駅の一つ先の駅、クルスカヤ駅もその一件のせいで閉鎖中なのでは協力を得ることは難しいだろう。

 

 ノヴォスロヴォーツカヤ、ベラルースカヤの協力が得られなかったのは痛い。会合どころか面会さえも取り次ごうとしないとは何様のつもりだ! それもこれもこの東洋系の顔立ちと体つきのせいだ! 何よりも“所詮は小娘”と思われたままなのが一番気に食わない!

 

「おお! ラスヴェート、随分と遅かったな!」

 

 鋼鉄のゲートを潜って停車した列車からホームへ降り立つと、はつらつとした声が背中ごしに届く。振り返るなり目の前に突き出されたマッシュルームウォッカの酒瓶を受け取ると、鬱憤を晴らすように瓶に口をつける。

 

「ぷはぁっ、あーもう! 散々だった!」

「ひでえ荒れようだな。どうしたんだ?」

「聞いてよ! コムソモールスカヤを出てカーンの後を追いかけたら野盗に出くわし、挙句共産主義者や第四帝国やらが闊歩する路線を歩き回ってやっとポリス駅に着いたと思ったら今度はオーダーの任務で休みも無しにここへトンボ帰り!

 その上こっちに来るまでに行わなきゃいけない交渉事は話さえ聞いてもらえず、オマケに大したイチモツもテクも無いくせにべたべた胸やら尻やら触ってきやがってあのクソどもめ!」

「なるほど、つまり欲求不満だと」

「尻穴に突っ込まれて撃たれるのと口に突っ込まれて撃たれるのならどっちがお好みだい、イアン=ミハイロヴィッチ=ネステロフ?」

「すみません。どっちもイヤなので撃たないでください」

 

 カチ、と安全装置を解除した私の相棒(カラシニコフ)を見せ付けると彼は思わず尻穴の位置を手で隠して飛び退く。

 

「まあそれはともかくとしてだ、グリゴリー司令官やツェツィーリアの姐さんが心配してたぜ。早く顔を見せてやりな」

「うっさい、青二才。子どもでも親しい相手に心配かけたら連絡入れるか顔くらい出すでしょ。私よりもイアンはアレクセーエフスカヤのほうには連絡入れてるの?」

「……たっ、たまには、して……いるぞ?」

「そう――そういうことにしとくよ」

 

 半分にまで中身の減った瓶を受け取った彼は「……マジかよ」と呟いて、諦めたような素振りで栓をして木箱の上に置く。

 

「ごちそうさま。わりといい味だったよ」

「……だろうな。チクショウ……」

 

 さあ、次はグリゴリーがどこまで譲歩してくれるかが問題だ。赤の路線(コミーども)からコムソモールスカヤを守る、というのはどこか変な感じではあるが赤色だとか金色だとか云々以前にこの駅は私たちの家(ホーム)なのだ。我が家を外敵(コミー)から守ることは何ら不自然なことではない。

 

 

「……事実だとすれば、大事どころではないなこれは」

 

 軍用のズボンにタンクトップのシャツを着た男が会議室で煙草をふかし、目の前に広げられた報告書を読みながら一人ごちる。

 まさに筋骨隆々という表現が似合う彼がページを捲るたびに筋肉も動く。軍人と言うよりもボディビルダーと言ってもいいほど脂肪分を削ぎ落とした肉体を見せつけながら、彼は捲っていたページを閉じてこちらに差し出してくる。

 

「グリゴリー、事情は理解できた?」

「フム……つまりそのダークワンとやらがメトロ6号線――リジスカヤ線に侵入してきているわけだな? そして博覧会(エキシビジョン)駅は陥落寸前だと」

 

 グリゴリーは顎を指先で撫でながら背もたれに身を預け思案し始める。

 

「その通り。事態は急を要する……それどころか一分一秒でも早くダークワンを排除するか侵入を防ぐかしないと、博覧会駅は突破されて次はアレクセーエフスカヤ、リジスカヤ、その次は環状線駅に……」

「侵入してくる、と。……逆に言えば今はまだ環状線までの防波堤が三つあるわけだ」

「……本気で、言ってるの?」

「本気だ。でなければ司令官などやってられんさ」

「グリゴリー……ッ!」

「待て、落ち着け。悪いクセが出てるぞ」

「……チッ……それで、どういう意図でそんな言葉を吐いたの?」

 

 熱くなりやすいのは私の悪癖の一つだ。自分にとって大切なもの――琴線に触れたものを他人がないがしろにするようなことがあるとすぐに血が昇る。アーモリーでのときがいい例だ。

 

「博覧会駅を放棄してアレクセーエフスカヤ駅の人員と合流させ、戦力を纏めればそこそこの兵力にはなるだろう。トーチカで防げないのなら封鎖してしまえばいい。物理的に、もっと直接的にやつ等の侵攻ルートを塞いでやればかなり時間的に猶予ができるはずだ」

「博覧会駅を捨てろって!? 冗談じゃない! あそこに住んでる人たちに野垂れ死にしろっていう――!?」

 

「――頭を冷やしなさい、仔猫(ヴェート)ちゃん」

 

 ごすん、と脳天が揺れる。衝撃が頭蓋を貫き、神経に唐突に電流が走る。電気信号が駆け巡り、イタイイタイと叫びを上げて走り抜けていく。

 

「いぃっ……たぁ……」

「ツェツィーリア、よく来てくれた」

「ハァ……お待たせしたようね。それで……この子がキャンキャン吼えるなんて珍しいわね……」

「いつもの悪癖だ。はやとちりして噛み付いてきたところだ」

「ああ……いつものはやとちり……ね」

 

 痛みを堪えて振り向けば、そこには私の脳天を叩きつけた張本人、ツェツィーリア姉さんが丸めた分厚い書類を手にして私の背後に立っていた。

 相変わらず切創や銃創の痕が残ったままの美女だが、その目はこちらを睨みつけるヘビのように鋭い視線を投げかけてくる。

 

「……情けない真似をしないの」

「け、けどっ……あんなこと言うのはさすがにっ」

「わかったわね?」

「…………Да(はい)……」

「いい? グリゴリーだって何の考えも無しに酷いことを言ったりしない」

 

 痛みが走ったところに不意に感触が走る。一度だけ、たった一度だけ……赤ん坊をあやすようにツェツィーリアさんの手が私の頭を撫でていく。

 

「彼は彼なりに持論があって、あなたにはあなたの持論がある。それがぶつかりあうこと自体は悪くなんて無いわ。

 ヴェート、彼はちゃんと考えてものを言うヒトだと知っているでしょう? だったらちゃんと落ち着いて、何故そういう結論に到ったのかをまず聞いてからにしなさい。その上であなたの考えを伝えるの。

 しっかりと話し合えればいがみあう必要なんてないの。銃を向け合う必要さえ無くなるかもしれない。そして彼はちゃんとあなたの言い分を聞いてくれるわ」

 

 この駅の銃器を整備する工房の主、ツェツィーリアは言う。けれどそんな話し合いで解決できることなどせいぜい商売の交渉や喧嘩の仲裁くらいか、同じ集団内での揉め事程度なものだ。ヒトとヒト、集団と集団の諍いや確執を解消することなどできやしない。できたとしてもお互いに利があるからするというだけのこと。事態が重ければ重いほどヒトは関わりあおうとはしないのだ。

 私はそれを何度も見てきたし体験してきたのだ。ヒトに飼われ、人種の諍いを垣間見て、奪う側と奪われる側の末期を知り、その結論に到ったのだ。

 そしてそんな人間になりたくなくて、助けを求める者に手を差し伸べる彼らに憧れて、スパルタンオーダーとなった。それでも今回の任務で二つの駅との交渉に失敗しているわけだ。情けない……本当に情けないと思う。

 話し合いの場さえ取り付けられない。見た目で侮られて門前払いされて、かといって強引に出られるわけではないからすごすごと引き下がるしかなかった。

 

「まあ、野盗が相手となれば話は別。話し合う必要性が無いわ。即刻撃ち殺しなさい」

「だよねー」

「まさしく、だ」

 

 野盗殺すべし。慈悲は無い。それがメトロでの共通認識である。たとえその野盗どもが元々駅に住んでいた人間であろうともだ。やむを得ぬ事情だったとしても、駅を滅ぼされて行く宛てが無くなったからだとしても、他者から奪うことで生きるという方法を選んだからには許されることではないのだ。

 奪う側は引き金一つ引くだけで食料や物資を得られる。毎日必死に生き延びようと、しかし悪事に染まるまいと足掻く人々の作り上げたもの、その成果を横から掻っ攫う行為を野放しにしてはいけない。

 

「それじゃ、グリゴリー……説明してあげてちょうだい」

「落ち着いて聞くんだぞヴェート」

「わかってるよ! そうやってまた子ども扱いして!」

「いいか、まず重要なのは博覧会駅がどれだけ持ちこたえられるかだ。この報告書の内容をそのままに解釈すれば襲撃は以前から頻発し、彼……アルチョムが駅を発った日から既に一週間になろうとしている。

 その間にどれだけの襲撃があり、どれだけの損失が起こっているのかが不明なんだ。もしかすると既に陥落している可能性さえあり得る」

「……それは、本気で?」

「当然だ。敵に有効打を与えられず、一方的な防戦に追い込まれている時点で既に退避すべき戦況だろう。戦線を一度下げてアレクセーエフスカヤに戦力を集中させて物量で再占領するか、博覧会駅の内部へ侵入するまでにトンネルを崩落させて物理的な侵入を阻止しなければならん。

 もちろん双方ともにリスクはでかい。博覧会駅を捨てるということは、再占領できなければそこがやつ等の棲家(コロニー)になる。そうなればメトロは完全に滅亡への道へ突き進むことになる。

 かといって駅に留まってトンネルを爆破するということはメトロが更に縮まるということだ。……線路の先への進出が不可能になるということは、地上を歩けない人類がこの先存続するための進路が断たれることと同義だ。

 しかし何かしらの方法を取らなければ滅亡は必至……それをわかっていてなおも博覧会駅の人々は未だに駅に留まって戦っているのだろう。トンネルを失うということはメトロに住む人類の未来を断つようなものだ。ミュータントの襲撃などで荒れ果てつつあるメトロ……次第に人類の領域が狭まっているこのメトロに、どうにかして希望を繋ぐには博覧会駅とトンネルの双方が健在でなければならない。ミラー大佐からはどう指示されている? 彼自身はどこに?」

「今ミラー大佐はオーダーやポリス駅のレンジャーたちをかき集めて対抗策を練っている。既にオーダーの偵察隊がアレクセーエフスカヤから地上に上がってダークワンの情報を集めてるんだ。

 私は大佐の名代で環状線駅(ハンザ)の駅に救援を要請しながらこっちまで来たけど……」

「……収穫なし、というところか」

 

 ぎり、と奥歯をかみ締める音。自らの無力をかみ締めた音。ストーカーだろうがオーダーだろうが、結局のところ一人では何も動かせないのだろうか。私の言葉では何一つ変わらないのだろうか。

 その不安から逃げ出したくなって、アナトリーの居る平和通り駅をすっ飛ばし、自分の本拠地であるコムソモールスカヤ……グリゴリーのところに真っ先に泣きついたのかもしれない。

 

「……コムソモールスカヤのレンジャーの力を貸して欲しい。できるなら平和通り駅(プロスペクト・ミーラ)のアナトリーの説得も手伝って……」

「わかった」

「くれれば……え?」

「何を呆けてる? 駅長には俺から言っておく。おい、イアン! どうせ聞き耳を立ててるんだろう? わかったらさっさと駅長を呼んで来い!」

 

 “Да!”とドアの向こうで声が上がる。そちらに顔を向けていたグリゴリーはこちらに向き直って言う。

 

「俺はまだ断るとも受けるとも言っていなかったはずだぞ。それを俺のあの言葉を聞いて早とちりして勝手に思い込んでへこたれるんじゃない」

「……赤の路線(コミュニストども)は?」

「必要最低限しか兵は出せない。やつ等に気取られるわけにはいかんからな。シフトが少々きついどころではないが、まあ上手く回すとしよう。

 ツェツィーリア、陣頭指揮を預ける。やつらに絶対に気取られるなよ」

「Да(ええ)、確かに預かった」

「でっ、でもそれじゃ! ここの守りが!」

「心配いらん。新兵どももある程度使い物にはなってきている。留守を守るくらいはできるさ。それに率いるのがツェツィーリアなら何の心配もいらん。あいつは元々空挺所属の腕利きだ」

「それでも実戦なんて長い間離れてる! 組織の形態も何もかも違うのに、急にこんなことできるわけ――」

「いいから行って来い。ヴェート……大人を、舐めるなよ」

「……Спасибо……今日はほんと情け無いとこばっかり見せて……――ぃッッ!!!」

 

 ごつん、と振り下ろされる拳骨。無言で私の頭を殴りつけたツェツィーリアさんは腕組みしたまま、ふんっと一息吐いてこちらをジト目で睨みつける。表情筋は苛立ちからかヒクヒクと震え、殺気さえ篭った視線と相まって背筋が凍りそうだ。

 謝るな。言うな。それこそ情けない真似だ。多分……そういうことだろう。

 

「貴女は、スパルタンオーダーでしょう?」

「……はい」

「母親亡くした仔犬みたいにピーピー泣き喚いている暇があったら前を向いてさっさと立って走って博覧会駅に行ってこいこのド阿呆がっっっ!!!」

「え? えっ!?」

「口答えするなこの淫売がっ!!! いいからさっさと銃持って博覧会駅に殴りこめッ!!! 誰も貴様のような戦うしか能の無い一介の兵士に人材集めなんぞ期待してないって言ってるんだよ!!!」

「でっ、でも……ミラー大佐から」

「あのヒゲオヤジが貴様のようなおしめも取れないクソガキ相手にまともな任務なんぞ与えるか! どうせ貴様が門前払いされる様子を確認してからこの一件が終わった後に駅のレンジャーどもを締め上げるための材料集めをしてるに決まってんだろうがこの間抜けがっ!」

「ひぃっ!?」

「いいか小娘!? 兵を集めるのは指揮官の仕事で! 銃を持って戦うのが兵士の仕事だ! わかったら銃に弾と恨み辛みブチこめてッ、ダークワンとかいうクソッタレの脳天に一発でも多く叩きこんで来いッ!!! 死んだらそのデザートイーグルは没収だ! いいな!」

「あー、要するにツェツィーリアが言いたいのは、“戦力はこっちで集めておいてやるからお前は博覧会駅に行って現状を確認して報告を上げてからそのまま駅で迎撃に当たれ。あとのことは心配しないでいい。遺品だけになって帰ってくるんじゃないぞ”ということだ……おそらく」

「………あ、うん……よくわかったねグリゴリー」

 

 修羅のようなオーラさえ見えそうな形相で私を怒鳴りつけた彼女は怒り心頭のままに椅子を蹴り飛ばし、近くにいた新兵らしい兵士を怒鳴りつけるように呼び、そのまま引き連れて部屋を出て行った。

 グリゴリーの補足が無ければ私の中でのツェツィーリアさんの印象は某鬼軍曹で決まりだっただろう。というかあのツンツンの裏側のデレまでどうやって見抜いたんだろう。

 

「しかし、大佐もまた酷な任務を……」

 

 というか私が門前払いされる可能性が高いことを見越してるってことは……“スパルタンオーダーの要請を蹴った非協力的なハンザ同盟駅”というレッテルを貼り付けるつもりなんだろうきっと。

 この時代において“持ちつ持たれつ”はどこにでもあることだ。オーダーは駅周辺のミュータント駆除やレンジャーの要請で派遣されたり、図書館に眠る知識の発掘だとかで、なんだかんだとハンザ連中とは“縁”がある。

 そこに私が要請を携えて現れたものの足蹴にされたことをミラー大佐が知ればそれこそ噛み付くための格好の材料になるわけだ。

 

 ハンザは移民が多すぎて現状の駅の設備で一杯になっている。しかし人手はあっても自ら死地に飛び込む気概のある人間はそうは居ない。その点でハンザはオーダーという精鋭の手を借りることになるし、オーダーはその報酬を加えて運営されているのだ。縁切りはどちらも損害を被るが、大きいのはハンザ側のほうだ。もちろんハンザもオーダーを通行禁止にするだろうが、そのときはオーダーがポリス駅から伸びる南北東西の路線と抜け道を使うことになるだけだ。時間はかかるが決して行動範囲が狭まるわけではない。

 “へー、お前らこっちに貴重な旧時代の知識の供出を催促してくるのに、こっちが救援要請したらお前らはスルーしちゃうんだ~。へぇー、そうなんだー(ブチギレ)”という構図から始まって、次に知識の供出停止、ミュータント駆除の規模縮小、オーダーの連絡員の撤収など、“いつでも縁切りできるんだぜ?”とプレッシャーを掛ける姿が目に見えるようだ。

 “縁”が切れればハンザ同盟駅は自力でレーニン図書館へ潜入して探索しなければならなくなる。おまけに新種のミュータント調査や駆除まで自分だけでこなさなければいけなくなる。何かが起こってもオーダーはすぐに対応してくれなくなる。

 そこに加えて環状線のトンネル保全と駅の管理に加えて車両整備や商取引といった現在行われている作業も圧し掛かってくる。

 ハンザという“国”の規模に対して国防に当たる人員が少ないのだ。だから金を払ってでもオーダーにその穴埋めを依頼してくる。

 

 結局のところどちらもお互いを突き放すことができない。それを知っているからこそミラー大佐は私を保険にしたのだろう。

 要請が受諾されればオーダーの被害を抑えつつダークワンを撃退できる可能性が上がり、拒否されたなら私をダシにしてハンザ側へ圧力を掛ける腹積もりなのだろう。そしてそこから実利を引き出すくらいはミラー大佐ならやってのけるだろう。

 ……もしかして大佐って同盟の商人(ハンザ)より商人(ハンザ)くさいんじゃないだろうか。

 

「交渉する駅はコムソモールスカヤ、平和通り駅(プロスペクト・ミーラ)、ノヴォスロヴォーツカヤ、ベラルースカヤ……2勝2敗が確定したも同然というわけか。ミラー大佐はよくお見通しだことで」

「……なんか納得いかない!」




お久しぶりです。純愛のエロって書くの難しいですね。
少しずつ、少しずつ書き進めてはいます。
次話あたり、時系列がゲーム冒頭のプロローグ部分に踏み込むあたりになりそう。クライマックスまでの話数は考えてないですけど、できるだけアルチョム視点はサクサク進めていきたい。

ただ、仕事が忙しくなったり、メトロしてたり、古龍狩ってたり、地球防衛してたり、お空でヒュゴゥしてたり、BONFIRE LITしてたりetc

息抜きにオリジナルでエロなしのも書いたりしてました。モンハンとうたわれるものリスペクトな感じの異世界転移モノという使い古された感のあるものですけど。無論北国(極東ロシアとか北欧とかアラスカとか)テイスト。ケモミミ幼女はよいぞ。

あぁー、猫飼いたいんじゃぁー
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