Metro2033 -影を見る者- 作:きゃすたー(7mg)
結局のところ、資本主義と大量生産&大量消費の行き着く先とはどういうものなのか……。
ポストアポカリプス的な世界観や技術レベルが大きく後退したような世界観はすぐに想像できるんですけど、近未来的な社会システムや今以上に繁栄した社会を自分が想像してみても簡単に浮かんでこないです。
SF作家のインスピレーションってすごいもんだと思います。立体映像はもちろん、タッチパネル、空中に浮かぶディスプレイ、AI技術、火星や月への有人探査、他にもいろいろありますがSF小説や映画は「何十年も前によくこんなものが思いついたな」と思うようなものがたくさんあって楽しいです。
そしてそれらが少しずつ実現されてきているというのがまたスゴイ。今は映画や小説の中にしか無いような社会システムなんかでも、百年先、二百年先にはきっと実現されてるんだろうなあと思います。夢を現実にする、というのは人間というナマモノのチカラなのだと思います。
……でもAIに支配されてたり、異星人の侵略が起こってたり、そんなのは勘弁願いますが。
「右から来るぞアルチョム!」
「大佐! 後ろから
「バケモノなんぞに好かれても嬉しくないな! とはいえ客は客、盛大に持て成してやれウルマン!」
「
「ウラジミール! あとどれくらいだ!?」
「あと少しです! あと100メートル進んで左の扉に入ればD6です!」
銃声と悲鳴の狂詩曲。時々爆発音。電源も入っていない真っ暗闇の通路を四つの光が裂いて走る。浸水と経年劣化でひび割れたコンクリートの壁面に描かれたD6の表示と矢印に従って奥へ奥へと進んでいく。
既に数名のスパルタンオーダーが犠牲になっている。ボリス、ステパン、アントン、ダヴィート、プロホル……全てを託して道半ばで斃れ伏した彼らのために僕たちは何としてでも成し遂げなければいけない。D6へ辿り着き、モスクワメトロを脅かす脅威を排除するための力を手にしなければいけない。
……だがもしも、もしもこの力を振るって敵を……ダークワンを滅ぼしたとき……僕たちは失ってはいけない何かを失うのではないか。そんな漠然とした不安が胸の中で渦巻いている。
「アルチョム!」
はっ、と気づいた時には既にミュータントの顔が目の前に迫っていた。大きく口を開け、鋭い牙をむき出しにしたノサリスの姿が迫ってくる。青い瞳、土気色の肌、筋肉質な四肢、僕を噛み殺さんとする明確な敵意が目前に迫り――血を撒き散らして吹き飛んでいく。
「大丈夫かアルチョム!」
「ウラジミール……
「おいおいアルチョム、介護するはずのジイさんに逆に介護されてどうすんだ?」
「ウルマン、ジイさんなのは否定しないが介護されるほど耄碌しちゃいないさ」
ウラジミール、ミラー大佐より若干年上らしい白髪の目立つスパルタンオーダーの老戦士は手にしているポンプアクション式のショットガンに12ゲージ弾を装填して自慢げにニンマリと笑みを浮かべる。
「ウルマン、アルチョム、二人ともウラジミールの護衛が最優先だ。彼が居なければD6の再稼動もミサイルの発射シークエンスを進めることも、そして人類に対する脅威を排除することさえできない。
彼がある程度戦えるとはいえ軍人としては既に退役してもおかしくない年なんだ。彼と共にD6に到達する……それが任務だ。私もお前たちも肝に銘じておけ」
「Да!」
「もちろん、大佐殿」
「頼むぞ若いの。死んだら向こうでソヴィエト流の“お仕置き”タイムだからな」
切り替えよう。今は何が何でもD6へ到達することだ。それが最優先だ。手札を揃えてから考えたって遅くは無いのだから。
「やってみせる」
ブルボンの形見のAK74を握り締め、ハンターの遺したリボルバーを携え、多くの仲間たちから受け継いだ遺志を宿した僕には……いや、僕だからこそ成し遂げたいんだ。
人々の安寧を願って戦った仲間が居て、今日を生き延びるために戦った相棒が居て、未来に繋ぐために背中を預けあった戦友が居る。僕は決して一人で戦っているわけではないのだ。
第三十二話 滅亡の足音
「では現状について報告する。非常に重要な情報が手に入ったぞ」
リジスカヤ駅でコムソモールスカヤ駅とプロスペクト・ミーラ駅のレンジャー部隊、そして私たちが合流した一時間後、エンジン付きのレールカーで戻ってきた偵察部隊は大きな成果を持ち帰ったらしい。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた三十代半ばのスパルタンオーダー、トミリンは手元に置いていたキノコ茶をぐいっと飲み干して言う。
「まずはコイツを見てくれ。これは2012年戦争以前の植物園駅付近の地図だ。ダークワンのコロニーはここ、植物園駅のホームがあるオスタンキノ公園の北側の部分にある」
会議室のホワイトボード――薄汚れて全然白くないが――に張り出された地図の上をレーザーポインターの赤い光点が走る。
「俺達はここ、ホテル・コスモスの最上階から情報収集を行った。全ロシア博覧センターとホテル・コスモスを結んだちょうど北西の延長線上にやつ等のコロニーが作られている。地上部はその……なんというか不思議なオブジェのようなものが連なった外見だったが、そこでダークワンの姿が多数確認できている。いくらかはカウントしてたが消えたり現れたりで正確な数は不明だ。
しかしざっと百体以上は居るものと見ていいだろう」
その数を聞いて流石のグリゴリーも表情を強張らせ、連絡員であるとはいえスパルタンオーダーのジェニスも小さく舌打ちする。
「いいか、次が一番重要な情報だ。……俺達は、ダークワンを仕留めることができる」
「……本当なの? 幻覚を見せられたわけじゃないよね?」
「誓って真実だ。俺達はホテル・コスモスの上階から監視を行っていたんだが、ホテルの地上入り口を警戒していたストーカーのチームから無線越しに悲鳴が聞こえ、そちらを見るとストーカーが数人倒れていてその中央にダークワン……まさに黒い人のようなミュータントが一人の男の頭に両手を翳していたんだ。
不味いと思って咄嗟に
博覧会駅の生き残りから聞いた話じゃ銃弾さえ弾くと聞いていたんだが、どうやらそれにも制限があるのかもしれない」
「うーん……可能性としては知覚できる範囲内でないといけないとか? 狙撃銃を用いた長距離射撃に対応できないのかな? あとは……」
「その“幻覚”とやらと同時に使用することができないか、だな」
「ダークワンってのがアノマリー染みた能力を持っているのだとしたら、複数のダークワンが揃ってないといけないのかもしれないぞ? アノマリーだって弱いものと弱いものが組み合わさって強力無比な現象を引き起こすこともあるしな」
グリゴリーも同様の推察に行き着いたようだ。ジェニスはまた少し違った見方で推論に到っているようだが、それでは足りない。あの時私がドライ駅へ向かう途中で遭遇したあの黒いヒトに似た何か……あれがダークワンだとしたら彼らの移動速度は私たちが知覚できるそれを遥かに超えているハズなんだ。この時点で既に彼らは人を殺すのに十分な能力を持っている。
ほんの僅かに目を逸らした次の瞬間には目の前に“居る”のだから、そこで反応できて引き金を引いたところで効果は薄いだろう。
「ま、そういうと思ってな。……実はその右腕、回収してある」
トミリンは足元のプラスチック製のクーラーボックスをチームメイトと共に持ち上げてテーブルの上に置き、そのロックを外して蓋に手をかける。ボックスのサイズからしてかなりのサイズだが、腕一本でそのボックスを必要とするサイズなのだとしたらダークワンは現生の人類よりも大柄なのだとわかる。
「……黒い、腕だね」
「まさにチョルヌイ、か。しかしデカいな」
「随分筋肉質だな。脂肪分も少なそうだ」
一瞬とはいえ現物を見ていた私には小学生並みの感想しか出てこなかったが、残る二人は腕の様子からダークワンの全身像を想像していることだろう。
肩口から落ちたらしい右腕は肘らしい関節と手首らしい間接、そして掌から伸びる四本の指を備えている。
「俺もスコープ越しに見えただけだったが、襲われたストーカーと対比してみるに、腕の長さに対して体長は二メートルから二メートル五十までの間だろう。
見た目が近いのはライブラリアンだが、それよりもシャープで身軽だ。生殖器らしいものも外見上は無く細身だが筋肉質。目は体色と同じで黒い。手を翳していたことから見るにそうすることで対象を捉え、攻撃を行っていると推察できる」
「ともあれ、これなら現状の人類でもどうにかやりあえそうだなトミリン」
「ジェニスの言うとおりだ。俺達の武器でもやりようによっちゃ勝機がある。だが奴等の群れを一掃するとなると……」
「おそらく千人では足りないだろうな。……いや、同士討ちさせられたのでは意味が無い。エサを撒いて釣られて出てきたところを狙撃するか、もしくは上空から爆撃するか榴弾砲などの長距離を攻撃できる強力な火器を駆使するしかないだろう」
「用は手詰まりってわけだ。どうしたもんか……」
トミリンが言いよどんだところをグリゴリーが容赦なく言い切る。そこへ更に追い討ちにジェニスが畳み掛ける。
このままではいけない。何か方法は無いか考えなければいけない。この博覧会駅からリジスカヤ駅周辺には何がある?
オスタンキノタワー、地上の巨大ターミナル、総合病院、住宅街、ショッピングモール、ハンバーガーショップ、カーショップ……くそっ、ロクなものがない!
私にあるアテといえば一つしかない……あのスパイダーの巣になっているミサイルサイロらしき地下施設だ。身の毛もよだつあのカサカサ地獄なんて正直足を踏み入れたくは無い。野盗に犯されるのとスパイダーの巣に入るのとどちらがマシかと聞かれたら間違いなく前者を取る。私の一番嫌いなあのカサカサ音だけは死んでもお断りだ!
しかし、他の手段は……無いに等しい。や、やるしかないのか……あのすばしっこい、カサカサ動く、気色の悪い虫野郎に会いに行くしかないのか……。
「一つだけ、私にアテがあるとして……聞きたい?」
ぐるりと三者の目が私を見る。期待感に満ちた眼差しが私を見やる。ああ、お願いだからそんな目で見ないで欲しい。私はあんな場所行きたくないんだ!
「聞かせろ」
「……博覧会駅の近く、ホテル・コスモスの南を東西に伸びるウーリツァ・コスモナフトフ通りを東に進むとパルク・ソコリニキ公園を貫くロストキンスキー・プロイエズダ通りに合流するんだ。公園に入って少ししたところに……小さな小屋がある。
扉を開けると中にもう一つ扉があって、そこを降りていくと……何か軍の施設に繋がってたんだ。軍服を着た遺体もいくつか見つかっているから間違いない」
「おいヴェート……そいつは……とんでもない代物じゃねぇか。何故オーダー……ミラー大佐に報告しなかった?」
「報告しようとは思ったよ。でもそこがどんな場所なのか詳しい調査も進んでいなかったし、オマケに……ううっ、あ、あのカサカサが……」
気分が悪くなってきた。考えるんじゃなかった。もう帰りたい……あんなカサカサのことは忘れてウォッカを浴びるように飲んで忘れたい。
「カサカサって……まさかスパイダーのことか?」
「ヤメテ、聞きたくない。聞こえない。聞こえなくなった」
「ハハッ、暴れん坊のオオカミさんにしちゃ可愛らしい弱点だ! いいぞ、今のお前はすごく女の子だ!」
「うるっさい! トミリンもジェニスもあのカサカサの大群を見て同じこと言ってみればいいさ!」
「おーおー、顔真っ赤にしちまって。そうやって少しは乙女らしくしてりゃ可愛いのに」
「トミリン、ジェニス、その辺にしておいてやってくれ。ククッ、また拗ねられては困るんでな」
「ぐぬぬ」
こいつら……今度絶対にスパイダーの巣に放り込んであの恐怖体験を味わわせてやる!
「ジェニス! ミラー大佐から緊急連絡だ!」
けたたましいノック。どうやら何か重要なことのようだ。三人とも笑っていた表情をキリッと引き締め、既に戦闘態勢に入ったような緊張感が部屋に広がっていく。
「中で聞こう。おい、入っていいぞ!」
「失礼する。みんな急いで通信機のところに来てくれ、ミラー大佐からプランの変更が通達された。しかも高度な暗号化通信でこちらに送られてきてる。ヤバイ案件なのは確実だ。正直……俺は夢でも見ているのかと思ったほどだ」
「アルセニー、大げさすぎだろ。まあダークワンなんてものと戦わなきゃならない時点で夢でも見てるような気分だがな」
「ジェニス、さっさと行かなきゃ大佐にどやされるよ。あの人わりと短気だからね」
「違いない。すぐに行こう」
駅の通信設備の前に座るとすぐに砂嵐の音が止み、スピーカーから聞きなれた声が発せられる。
『皆、遅くなってすまない』
「まったくですよ大佐。一体何があったのかと心配になりました」
『すまないなトミリン。さて、早速だが……私は今“D6”に居る。アルチョム、ウルマン、ウラジミールも同様だ』
……なんだと?
『詳しい話は省くが、我々は切り札の確保に成功した! D6内部には旧時代の遺物が多数残されている、そしてその中には予想通りダークワンを一掃できるものがあった』
「……ねえトミリン、大佐ってボケが来るような年だっけ?」
「……いや、まだのはずだ」
ミラー大佐はついに頭まで汚染されてしまったらしい。もう老齢も近いというのに銃を手に最前線に出向いたりするようなことをしないで欲しいものだ。父親同然の人でもあるし、何よりスパルタンオーダーを取りまとめるだけの実力があるのはミラー大佐だけしか居ないのだから。
しかしそれも望み薄なのだろう。ついに放射線で脳みそをヤられてしまったようだ。
『おいヴェート! ……今何か失礼なことを言わなかったか?』
「いっ!? い、いやー、気のせい、なんじゃない、かな?」
『……フンッ、まあいい。本題に入ろう。我々はこれからメトロ2の列車を使って博覧会駅へ向かう。君たちも博覧会駅へ即座に移動を開始してほしい。
それと機銃を備えた車両と武器弾薬、医薬品の類いをできる限り集めておいて欲しい。……おそらくだが、向こうに着けば途轍もない激戦になるだろう。詳細はあちらで合流してから離す。では頼むぞ』
大佐にしてはやけにせわしない様子だ。一体何が大佐をこうも焦らせているのだろう?
「さて、と……一応この場の責任者はお前だぞラスヴェート。ミラー大佐の名代なんだ、しっかり指揮しろよ」
「うえっ、ねえトミリン……ホントに私なの?」
「お前がやれ。そろそろお前にもチームを指揮するくらいはやってもらおうと思っていたところだ。お手並み拝見だ」
「わかったよ……それじゃトミリンは地上基地から装甲車を出して博覧会駅に向かって。ジェニスは武器弾薬と医薬品を調達して、レールカーで輸送して欲しい。あと医者も居れば助かる。
グリゴリーはコムソモールスカヤ駅とプロスペクト・ミーラ駅のレンジャーを招集してレールカーで一足先に私と博覧会駅へ移動するよ」
「スパルタンオーダートミリン、任務了解した。三人とも無事でいろよ」
「同じくジェニス、任務了解だ。トミリン、幸運を!」
「レンジャー部隊司令官グリゴリー、了解した。これだけの規模の作戦は軍に居た頃以来だが、なんとかやってみるさ」
さあ、正念場だ。ここから先は退路などない正真正銘の背水の陣だ。ダークワンが何だろうが、銃弾が通じるのであれば私たちはそいつを殺せるのだ。デーモンが対物狙撃銃で殺せるように、ライブラリアンの脳天をグレネードで吹き飛ばせば殺せるように、こちらの攻撃が通用するのであれば何の問題も無い。
人類が、ただ滅びを受け入れていくような生温い種族じゃないと教えてやる!
人類は、幾度もこのような過ちを繰り返していく種族であるのだと思い知る。その機会は悲しいことに……何度も出くわしてきた。人は同じ人を虐げ、動物以下の扱いをし、時に己の快楽のために、時に己の仲間のために命を奪ってきた。 野盗、第四帝国、共産主義者、ストーカー、レンジャー……ある者は生きるために奪い、ある者は自らの優位性を示すために奪う。ある者は欺瞞を隠すために奪い、ある者は人類の未来のために奪う。誰もが奪うことで誰かや己を生かす……そんな時代の流れを断ち切ろうと戦う者はそう多いわけではないが、少数ながら未来を憂いて行動を起こす者達も居る。
そして今僕はそんな彼らと共に僕の使命の始まりである駅……
空はいつもどおり日中だというのに分厚い雲がかかって薄暗く、降り止まぬ死の白雪に覆われた大地の上を踏みしめて進んでいく。カリ、カリ、カリカリ、とささやかな警告音が“地上は危険だ、引き返せ”と訴えてくるものの、ここで足踏みして回り道をするわけにはいかない。その危険を乗り越えた先に僕たちの求めるものがあるのだ。
モスクワメトロ2から出て階段を上った先はテレビ局の建物の中へ通じていた。そして目の前に広がる崩壊した高架道路を超えて、平和通りを北上して宇宙飛行士博物館に向かっている。
ミラー大佐が言うには博覧会駅へ一番近い入り口は高架道路のすぐ脇にあったらしいが、高架道路の崩落に巻き込まれて入ることはできないらしい。長く博覧会駅に住んでいる僕も知らないことだが、無理もないだろう。僕はほんの数日前にブルボンと共に地上に出るまで実に二十年も地上に出たことがなかったのだから。
そんな中でかつての地上を知るミラー大佐の案内で宇宙飛行士博物館の隣にある入り口を目指している。
コンクリートのタイルで作られていただろう路面は砕けて凍りつき、枯れ果てた木々が物悲しげに立ち並ぶだけの公園がそこにあった。金属でできた手すりはさび付き、へし折れた街灯や息絶えたストーカーの名残がそこかしこに横たわっている。
……彼らもダークワンの被害者なのだろうか。だとすれば彼らは一体どんな思いでここに立っていたんだろう。
「これはソルネチナヤ・システマ……要するに我々の住む太陽系の縮小模型図だ。……他の建物や道路は少なからずダメージを受けているというのに、これだけが完全に無事だとは。……“宇宙とは人智の及ばぬもの、人がどうこうしようが意味は無い”というメッセージなのかもな」
丸い球状にカットされた石の造形物。円形の台座の上にサイズも位置もバラバラに置かれているだけのオブジェを目にしたミラー大佐は説明を続ける。
「これだ、これが地球……我々の住む太陽系の第三惑星だ」
「……地球は丸かったんですね」
「まるでガガーリンのようだなアルチョム。しかしその反応も当然なのかもしれん……世界は既に知識が失われ、かつての人類の繁栄の名残を残すのみだ。
我々は必ずこの窮地を脱し、地上を取り戻し、人々が平穏に……死の恐怖やミュータントに怯えることなく暮らしていける日々を取り戻す」
オブジェの中央の一際大きな石――太陽だとミラー大佐が説明したソレに背中を預けて絶命している凍死体の背嚢を漁ると手記らしいものを見つけた。地上でのんびりと読み進める余裕は無い。さっさとポケットに仕舞いこんでカラシニコフを構えなおして周囲を警戒しながら見渡す。
メトロ2の出口を出て始めて見る自分の駅の地上部の姿。宇宙飛行士記念博物館の地上部はあの
空は死の雪が舞い、壁画は所々が崩れたり雪で埋まっている。昔はさぞ美しかったのだろうが、今や地面は核攻撃の衝撃で陥没や隆起し、コンクリートは無惨にひび割れて最早道路としての機能を果たせていない。
「おお、宇宙征服者のオベリスク……懐かしい……妻と共に三十五歳の誕生日デートのとき、この壁画を背に写真を撮ったのを覚えているよ。……ああ、本当に懐かしい……もう二十年以上も昔のことか」
次第に吹雪の中から姿を現していくオベリスク。雪や氷で覆われ、痛みや腐食も進んでいるというのに未だにオベリスクは折れることなく聳え立っている。
ミラー大佐はガスマスク越しにボロボロの
しかし僕たちを付けねらうのはダークワンだけではない。地上に出るようになってから何度も見かけたあいつらが居るのだ。
「ウオオォォォーーン!」
「くっ、ハウラーか! 構えろアルチョム!」
デコボコになった大地、おそらく配水管か何かが通っていたのだろうパイプから数匹の犬のなりそこないが飛び出してくる。曇天の雪の舞うモスクワの地上は雪で閉ざされているが奴等はものともせずに向かってくる。
「動きを予測するんだ! ただ狙うだけでは当たらん!」
「Да!」
形見のAK74を構え、右に左にとフェイントをかけてくるミュータントをレッドドットサイトに捉えて指きりで引き金を引く。パパパッ、パパパッ、と断続的に響くサプレッサー越しの銃声の後にハウラーの一匹が駆けて来る勢いのままもんどりうって雪の上に力なく横たわる。
「左はまかせろ! 右をやれ!」
ミラー大佐はラスヴェートのものと同じアサルトライフル――カラシニコフ2012というらしい――を構えて一匹に向かってすばやくトリガーを引く。タンッタンッタンッとドラムを叩くように小刻みな銃声と共に二匹のミュータントに小さな死が降ってくる。
「仕留めたな。良い腕だが、まだまだ良くなるぞ。地上部の入り口はこのオベリスクから少し東へ向かったところにある。いくぞアルチョム」
ミラー大佐はここの地上部をよく知っているらしい。それも崩壊以前の、平和だったころの時代を。かつての平和な時代の記憶は僕にはほとんど残っていないがいくつか覚えているものがある。
メトロの電車に乗ったこと、アイスクリームの看板を見て母に食べたいとねだったこと、最早おぼろげにしか思い出せない懐かしい記憶だけだ。
「あの当時は戦争が起こるなんて誰も考えてはいなかった。私がまだ十代半ばのころチェチェン紛争が起こり、そして二十代になってすぐに第二次紛争が起こった。紛争は次第にテロ化が進み泥沼化しつつあったが奇しくもアメリカも中東での対テロ戦争に四苦八苦していた。
チェチェン紛争の終結が2009年、イラク侵攻の集結が2011年だ。お互いに立ち直る暇さえ無いまま、そこからすぐに世界中を巻き込んだ第三次世界大戦……しかも核戦争による世界の滅亡だなどと誰が想像できる?」
「結局のところあの核戦争は誰が始めたのですか?」
「わからん。滅亡は突如としてはじまり瞬く間に過ぎ去った。あのような戦争が起こる要素としては……中国とアメリカ、中東と西側諸国、ロシアとアメリカ、EUとロシア、或いは朝鮮半島とアメリカ・日本あたりだろう」
「……アメリカ、という国はそれほど好戦的なのですか?」
「好戦的、というよりは……相容れないのだろうな。“世界の警察”を自負し介入することで利益を得ているアメリカ、そして似たような手法で利益拡大を行ってきたソヴィエト……引いてはロシアは多くの場面で対立してきたものだ。
結局のところアメリカもロシアも自らの利益追求のために世界を舞台として争ってきたわけだ。そして利益を得るということは他者が得る利益を奪うということでもある。
共産主義はソヴィエトの崩壊という結末だったが……利益追求の資本主義が行き着く場所は最終戦争だったというだけなのかもしれないな」
言葉が出ない。奪い奪われる旧時代の構図は未だにこのメトロでも健在だ。つまり今のままの人類が辿り着くのはまたしても人が人を滅ぼす最終戦争なのではないか。何の確証も無いのに、僕にはそれが未来に起こる出来事であるかのような確信がある。
「着いたぞアルチョム。博覧会駅の入り口だ。しかし懐かしいものだ……何一つ変わっちゃいない。……まあ、少々寂れてはいるが」
円形のドーム状の建物の中央部には地下へと伸びるエスカレーター。窓ガラスも割れて雪で覆われているが、降りる分には問題は無いだろう。
「ウルマンならこう言うだろうな。“みなさんどうぞミュータントにお気をつけてお帰りください”ってな」
「く……くくっ、確かに言いそうです」
「ユーモアがあるのはいいことだ。しかしアイツの場合はありすぎて困る。さ、我々はほどほどにしてさっさと駅へ入ろうじゃないか」
吹雪で押し寄せられたらしい廃車を二人がかりでどうにか動かし、駅の施設へ踏み入り、一歩一歩足場を踏みしめながらエスカレーターを降りてゆく。モスクワメトロは核シェルターなだけあって駅のある場所は非常に深い場所にある。太陽の光もかすかに届くかどうかという距離を下りきった先にあるのはあの日僕と義父がハンターを出迎えたあのエアロックだ。
ドンドンドンと鋼鉄の扉に響き渡る音。そして扉の向こうから大きな声が聞こえてくる。
「何者だ!? ここは閉鎖中だ! 合言葉を言え!」
「私はスパルタンオーダー所属のミラーだ! 先にこちらに到着している同僚から私のことを聞いているか!?」
「確認する。少し待ってろ!」
「ここは外気もあまり降りてきていないようだな……フゥ……なんとかなりそうだ。おかえり、アルチョム。ちゃんと仲間に挨拶するんだぞ。何も言わず飛び出してきたんだろう?」
「ははは……わかってますよ」
ミラーは息苦しそうにガスマスクを外しておどけた様子で言う。彼に倣ってガスマスクを外してこの目で直に見た博覧会駅の入り口は今も堅く閉ざされたままだ。
しかし大佐も自分としては実にまずいところを突いてくれたものだと思う。ああ、せめてすぐに出会うのがあの日のメンバーや義父ではなくせいぜい顔見知り程度の誰かで口の堅いヤツだったらいいんだけど――。
「……お、お前……アルチョム!」
「や、やあ……ユージーン、元気……そうだね……」
まさか開いた先で親友が居るだなんて、普通思わないだろう。
アルチョムのシーンをもうちょっと引き伸ばしたい、けど引き伸ばすとメインストーリーが長くなりすぎてグダグダになってしまうというジレンマ。
小気味良く進めたい、けどあれは描きたいこれも挟みたいとか考えていると完結まで更に長引く。しかし描写しておいたほうが更にリアリティが増すんじゃないかとか悩んでしまう。
結局のところ取捨選択次第なんですけど、物語は終盤だから結末に向けて一気に進みたいのにあれが欲しいこれが欲しいと後ろ髪を引かれて遅れが出るっていう。
ガチャ回しても水着キャラが出ない。デンキウナギ討伐に飽きた。水着イルザさん逃した。
もうダメだぁ……おしまいだぁ……!