※この作品はR-18です。

Metro2033 -影を見る者-   作:きゃすたー(7mg)

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自分で書いてて吐きそうになった。


平行世界線終着駅 『堕落』 ※閲覧注意

「よくよく強情なものだな……犬め」

 

 今日も監房の錆びた鉄扉が開く。私を犯しに彼らが一歩を踏み入れる。もう何度も見た光景のそれは僅かばかりの既視感(デジャヴ)となって、世界をブレさせる。

 その手にあるのは歪んだアルミ製のプレートと、そこに盛られた食料のような何か。ぐちゃぐちゃに混ぜられてどの料理を盛ったのかさえわからない、ある種の吐瀉物にも似たどろどろの形容しがたい何かが冷たいまま床に置かれる。

 

 温もりも何も無い監房に一人押し込められて随分と経つ。あの日第四帝国に捕まって、妹と一度だけ引き合わされて、それからはまた離れ離れだ。

 お腹が減った。なんでもいいから、食べ物が欲しい。妹に会いたい。せめて彼女が無事な姿だけでも、声だけでもいいから聞かせて欲しいと心はいつも叫んでいる。

 だけどそんな風に泣き喚いたって彼らが喜ぶだけでしかない。スパルタンオーダーとして、アーモリーに置き去りにしてきた“彼”を導くと決めたのではなかったかと理性が最後のブレーキをかけている。

 

 ……彼、とは? ああ、そうだアルチョム。ハンターから使命を帯びて遥々ポリスへと旅をする彼は今どうしているのだろう。

 

「ほら、どうした?」

「……私は……っ……卑しい牝犬です。どうか私に……お慈悲をお恵みください」

 

 そうだ、生きなければ。生きて抜け出して、彼の、アルチョムの、ハンターの意思を……伝えなければ。

 

「ふぅむ」

 

 看守は静かに両手足を鎖で繋がれた私を見下ろし、訝しげにじろじろと舐め回すように見るばかりだ。……どうかうまくいって欲しい。

 

「今日もお預けだな」

 

 ダメ、か。

 

 

 

 平行世界線終着駅 『堕落』

 

 

 

 力が落ちている。そう自覚したのはつい最近のこと、といっても時間の感覚など最早無い。

 犯されては眠り、眠りから醒めては犯され、碌な食事さえも与えられないまま必要最低限の豚箱で暮らす日々だ。

 捕えられた人々はそれぞれが部屋に割り振られる。男ならすし詰めの監獄へ、女なら慰み者とするべく少数の房へ。老いていれば殺され、若ければ玩具のように扱われる。そんな分類の中で私は独房に入れられ、時々はまともな食事が与えられる生活をしている。無論第四帝国の兵士たちに犯されるのは何も変わらないが。

 

 そんな繰り返しの中で手首と足首を繋ぐ鎖の重さが辛くなり始めた。それに気づいて初めて、自分の腕の痩せ細りようを認識することができた。

 極度の栄養失調によって細胞が筋肉を“食べ始めた”のだと気づいた。そこから先はすぐのことだった。やせ細り、力は失われ、最早そこらへんの町娘よりもか弱い肉体になってしまっていた。

 

「ほら、食えよ」

 

 その日からは食事が出てきた。挽肉(ミンチ)にした肉を団子にして茹でたようなものと少量の野菜、そこに定番のキノコ料理が乗っかったプレートが差し出されたときの私の困惑は相手にも伝わったらしい。

 

「……食えよ……さっさとしろ。くそめっ、下等人種にまともな食事なんぞ……」

 

 ぐちぐちと雑言を浴びせてくる彼さえ気にも留めず、目の前の料理から目が離せなくなる。

 何だ、何を企んでいる? 今まで餓死寸前の状況に追い込んでおきながらここにきて肉だと? 

 

「こ、れ……食べ……ぃ……」

 

 声を発したのはいつ以来だろう。何日、何ヶ月、もしくは数年ぶりか。時間などもはや忘れた。いつだったか、捕虜にされたときはなんでもいいから日付がわかるように数字を刻めと教わったのを思い出した。

 だけどここには日の光が射すわけでもなく、時間を告げるベルが鳴るわけでもない。時間を計る方法が無いのだ。彼らがもってくる食事だって規定の時間だとは限らないし、廊下の電灯が消されることも無い。

 

 今は、一体いつ、何時、何分だろう。……彼はどこで何をしているんだろう。

 

 時間がわからない。薄暗い独房にいったいいつまで居ればいいんだろう。

 

 怖い。食べていいのだろうか。でも食べればまた、あの犬にも劣る扱いの日々が戻ってくる。怖い。食べなきゃ生き残れない。怖い。食べたところで最後にあるのは“廃棄処分”だけ、そうじゃないか。怖い。怖い。何を盛られているか分からないのに口をつけるなどヤツラの思う壺だ。

 

 指先が肉団子の一つに触れる。汚れも気に留めず傷ついた手が温かな食事へと向かう。

 叩かれることもない。蹴られることもない。銃を突きつけられないし、おまけに罵声の一つさえ無い。生きていてよかった。ああ、よかった!

 私はまだ必要(価値あるもの)とされている。生きていられる。生きていける。私はまだ私で居られるんだ。

 

「さっさと食べろ。“命令”なんだよ」

「は、はぃ……んっ……」

 

 まだ熱の残る肉団子を口に運び噛み締める。じわ、と広がる肉汁とスープの塩気が溶け合って乾いた喉を潤す。ゆっくりと咀嚼し、その柔らかさの中に独特な筋の感触が残るのも気にせず、しかし吐き戻すことのないよう少しずつ胃に落としていく。

 ヤツらの手のひらで踊るのは癪だけども生きるためなら仕方が無い。生きて抜け出すためには仕方が無いことなのだ。そのためには食事をしっかり食べて力をつけないといけない。取り戻すんだ、かつての私の持っていたものを、力を取り戻さないと。

 

 

 そうして何日が過ぎたのだろう。何度食事をしただろう。何度犯されただろう。

 

「へえ、随分マシになったじゃないか」

「だろう? 一時はコイツ死ぬんじゃないかってくらい痩せてたんだがな、エサを食ったら前みたいないい肉付きになったぜ」

「んっ……ぅ……」

 

 乱暴に胸を揉みしだく彼等は私が囚われた最初のころからの“常連”だ。

 何度だって組み伏せられたし、殴られたり蹴られたりもした。引き締まっていたはずの肉体は筋肉を落とされ、より女性らしい肉付きと柔らかな感触になっている。自分で触っただけでも違いがわかるほどに弱弱しい。

 当然そんなか弱い腕っ節で屈強な現役の兵士に敵うはずもない。

 

「おお? まだ抵抗する気力があるとはな……」

 

 粗末なベッドに投げ出された私の上に覆いかぶさるスキンヘッドの帝国兵。下衆な笑みを浮かべて私を嘲笑う彼は私の手首を掴んで抑え込む。

 

「ん……!? んんっ!」

 

 乱暴な口付けと共に何度も味わわされた屈辱の記憶が蘇る。妹の前で帝国に屈服させられたあの日が脳裏を過る。

 愛も絆も無い暴虐的なキス。口内を蹂躙される感覚に嫌悪感がまず襲い掛かり、そして次の瞬間には快楽が押し寄せる。

 

 ――犯される。

 

 そう考えた途端に力が抜ける。まるで待ちわびたように体が自らオスを受け入れ始める。心は抗い続けようとしているのに、肉体は彼らの全てを受け入れようとしている。

 

「おいおい、もうちょっと優しくしてやれって。オーダーのお嬢さんがまるで子どもみたいに泣いてるじゃねぇか!」

 

 嘘だ。そんなはずがない。私は戦士として生きると決めた時から、例え汚辱に塗れたとしても決して涙は流さないと誓ったんだ。

 

「ほほう、こりゃあレアだな。こいつちっとも泣き叫ばないから他の女より人気は低かったんだよな」

「けど、妹のために身体張って犯されてるって聞いたときにゃ股間が震えたねありゃあ! 泣き喚く声が聞きたいんだ。救いを求める声を聞きたいんだ。絶望する瞬間、人が堕ちる一瞬の輝きってのは素晴らしい!

 いいぞぉ……冴えてきた……こんな気丈で健気な女ほど淫乱に仕込む甲斐があるってもんさ」

「違いない! しばらく他の班のヤツラは地上探索で出ずっぱりだしな……ククッ」

 

 こいつら……まともじゃない。一体人間はどうしてこれほどまでに残酷になれるんだ。どうしてこんな非道な行いを平然としてしまえるんだろう。

 

「ま、あんまりやりすぎるなよ。俺は別に今すぐ“流して”しまってもいいが……それじゃ面白くないだろう?」

「そりゃあそうだ。だが犯す! 見ろよこの膨らんだ腹に乳を垂らす胸! こんな風に女を飼って好き放題できるんだから第四帝国も悪くねぇぜ。命令無視すれば即座に射殺されちまうが、従いさえすればいい思いができるんだからな」

「んっ、ぐっ! だ、ダメ……! 赤ちゃん、がっ、暴れるから……!」

 

 次第に膨らんでいく下腹部が私に時の流れを自覚させてくれた。もう一年近くも抑留されて……いや……飼(・)わ(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)のだと。

 今の私は人以下。せいぜい“豚様”の一つ下というところだろうか。豚は食えるが人は食えない。だというのに生かされているということは、つまり性処理のための道具として需要があるということ。それは疑いようも無いほど確実なことで、こんなお腹になるまで飼われているのだ。その手の酔狂な人間も少なからず居るということだ。

 

「…ぁっ、ヵ゛……うぅ……」

 

 何かべたつく粘液をまぶしたらしい剛槍が私の子宮(せいいき)の入り口に向かって叩きつけられる。どすんと腹を殴られるような衝撃を伴って、私の胎(はら)で眠る赤子ごと子宮が揺り動かされる。

 

「どうだァ……お前の子袋を浄化してやったモノだぞ。よく俺にぴったりのカタチになったなぁ。今日も可愛がってやるぜ」

 

 私の右足の腿(もも)に焼き付けられた印がじわりと熱を発したような気がする。私がただの家畜でしかないという証明。17とアラビア数字で刻まれたそれは奇(く)しくも故郷の駅でストーカーとして生きていた際の格付けと同じ数字だった。

 だがそれ(17)はもはやただのナンバリングでしかない。定められた監房(へや)で飼われるモノを判別するだけの記号だ。そして私を所有しているのは……十人にも及ぶ第四帝国の兵士や士官たちだ。

 

「おらっ! こいつが、欲しくて! たまらないんだろっ!」

「んっ、ぐうっ! や、めてっ! 赤ちゃんが! 痛がってるからっ!」

「アァ、知らんなぁ! けどまあ、そういうお前は欲しがってやがるじゃねぇか!」

「ぅぅっ! あっ! ぐ、あ……っ! ッ、う゛ぁぁっ!」

 

 私のナカに彼の肉棒が押し込まれる。ごりごりと、ねちっこく刺激されるたびに快感と異物感が一緒くたになって頭の中を染めていく。

 小気味良いリズムで腰を打ちつけ始める彼の表情は喜悦に染まっている。力ずくで女をねじ伏せ奉仕させることに征服感を見出し、痛めつけられて涙を流す女を見て嗜虐心を満たし、妊婦を強姦することに快楽を見出す。

 

「ほうらっ! “今度”はしっかり! ヌ……ッ! 産めるように、手伝ってやるよ! はっ! ふぅっ……! オオッ! いいぞぉ!」

 

 今度? いったい、この男は、何を言っている?

 

「なんだっ、忘れたのか!? ハハッ……おめでたいヤツだぜこいつ!」

「おいミロノヴィッチ、やりすぎて“また流れる”ようなことはするなよ」

「心配すんなよ……大丈夫さ。流石に三度も続くわけないだろ」

「今回ばかりは気をつけろよ。俺は閣下に銃殺刑を言い渡されたくないんだ」

 

 また? 私は、既にもう、何度も……?

 

「そうは、言うがな……おっ、おおっ……ロベルト! ハァッ! こいつのはまさに名器なんだぜ! この膨れた腹! なのに垂れもしない立派な乳に、このちっせえカラダ!

 穴という穴は搾り取るように絡み付いて離れやしないし、泣きじゃくる顔もそそられる! まさにこのために存在してるようなもんさ!

 ああそうさ、総統閣下と俺達に感謝しろよこの低脳のクズ人種が! ガキを産むための価値を見出して戴けたんだからな!」

「ぁっ……うそ……わ、たし……赤ちゃん……」

「ほお、やっと思い出したのか? 俺のをくわえ込んではしたなく腰を振って二度も“お流れ”にしちまったのをな」

 

 何故、忘れているんだ。なんで忘れてしまっていたんだ。何度も、そう何度も大切なものを失ってしまっていたことを何故忘れているんだ!

 ここに来て二度も孕まされて、二度も産み落としてあげることができなかった!  キタイ・ゴーロド駅で産み落としたあの子の時のような思いはしたくないと思ったはずだ!

 なのに二度も、二人もの子を世に産み落としてあげることができなかった。あまつさえそれを忘却しているだなんて――

 

「そういえば、あの肉は美味かったか? 赤ん坊にはいい栄養になったろ?」

 

「…………えっ……?」

 

「おいおい、子牛や子羊だって食えるんだ。きっと美味かったはずだぜ」

 

 ぱしゃ。何かが、爆ぜた。

 

「ぐ、あ゛、ギッ」

「お、オオッ! こ、こいつっ……! 締め付けてっ!」

 

 ずくん。痛みが、広がる。どく、どくっとナカで精液が撃ちこまれる。

 

「コイツっ……イッちまいやがった! “自分のガキを食っちまった”と分かった瞬間にイきやがった! おっ、おおっ、あっ、あぁあっ……! ま、まだ出るっ……止まらねぇ……!」

「ミロノヴィッチ、おい待て待て! 待つんだよ! ……マジかよ、始まっちまいやがった……クソッ! ミロノヴィッチ! お前のせいだぞ!」

「や、やべぇ……やっちまったか……?」

「やべぇどころじゃねぇ! コイツ自身は性奴隷でも、あの中身は総統の種なんだぞ! もし死産になってみろ! 俺たちまでガス室送りになりかねない!」

 

 ダメ! まだ、出てきちゃ、ダメ! 痛い!いたいいたいいたいイタイイタイ!

 

「こっちだ! 早く処置室へ――」

「またお前らか! これだから妊婦を抱くなと何度も何度も――」

 

 視界が白黒のフラッシュに染まる。身を裂かれるような痛み。覚えがある。ゆっくり、時間をかけて子宮口が開くまで待つんだ。少しずつ、少しずつ、時間をかけてほぐれていくのを待つんだ。

 

「よし、ここまではスムーズだな。総統はどうだ?」

「間も無くこちらにお出でになられます」

 

 わかる。開いてきている。少しずつ、少しずつ降りてきている。あと、少し――

 

「――フッ……グッ……う゛あ゛ああアァァァァァァァァァァッ!」

「どうやら間も無くのようだな」

「総統閣下に、敬礼!」

 

 生まれる! 産まれる! わたしの、わたしのぉっ! 大切な赤ちゃんがっ!

 犯され、望んでもない男の種でできてしまった赤ん坊が、産まれる。もう、産むしかないんだ。産み続けるしかないんだ。私にできることは、もはやそれだけだ。

 

「フーッ! フゥーッ! ぐ……ぅぅっ!」

「見えたぞ! もう少しだ!」

「う、生まれ……るぅ……生まれ、ちゃうっ!」

 

 全身が裂けるような痛み。みち、ぶちり、と肉が千切れ飛ぶような感触。骨は今にも砕けるような悲鳴を発してきしみ始める。

 私のカラダの中を、大きな何かが通っている。外を目指して這い出そうとしている。

 

「ヵ……あっ……! ハッ……ひぃっ……」

 

 頭が出た。本能的にわかってしまう。理解できてしまった。あとは、ただ死力を尽くすしかない。

 受け入れよう。全てを受け入れよう。この子も、自らの境遇も、これから先の未来も、あるがままに受け入れよう。認めるんだ。認めるしか、ないんだから。

 

「汚い顔だな。これがスパルタンオーダーの女とは……到底思えんな」

 

 私を孕ませた男が私の顔を覗き込む。老年の、ともするとカーンよりも老いたような容貌。最早枯れ木のようにさえ見える顔だ。

 けどその肉棒は今までの誰よりも心地よかった。ああ、途轍もなく甘美だった。ねっとりとした手つきと子宮(せいいき)を巧みに刺激する腰使い。堕ちたとしても仕方が無いとさえ思えるその快感がフラッシュバックする。

 

「だがおめでとう。君の浄化は完了だ。これからも末永く子を産み落としてくれたまえ。君には期待しているんだ。私の遺伝子を授けた子は数少ないのでね」

「んあっ、ぐ、あぁっ! う、産む……! 生まれ、ますっ……! 産み……ますぅっ! 赤ちゃんっ! いっぱい……ふぅーっ! たくさん……っ、産みますっ!」

「そうか。よく更生したな、ラスヴェートくん。君はこれから未来の第四帝国を支える勇士を一人でも多く産んでもらう」

 

 しわがれた声が私を優しく褒める。真っ白になった口ひげと頭髪のその男、総統と呼ばれている男の手が私の膨れ上がった腹を撫でる。

 

「産み落としなさい。それが、君の積める“善行”なのだから」

「フゥー! ひぃっ! ぜん、こう……うぅぅっ! いい、こと……?」

「そうとも。君の積む善行が人々の未来を救うのだよ。それは君にとっても、人々にとっても幸福なことだ」

 

 幸福なこと。幸せなこと。私が赤ちゃんを産むことが、みんなにとっての、私にとっての幸福なこと。

 子どもが生きていける世界。私の子どもたちや、私が生んであげられなかった子どもたちにとっても、これは幸せなことなのだったら――

 

「う、産み、ますっ……! いっぱい……もっとぉ! う゛ぅぅっ! 私のぉっ、み、みんな、の、たいせつな……赤ちゃん、産みますっ!」

 

 お腹に眠っていた赤ちゃん(しあわせ)が世界へ生まれ出でる。人々の未来を繋ぐ希望(赤ちゃん)が、私の闇を切り裂いて生れ落ちる。

 

 これが、しあわせ。

 

「はーっ……ひゅー……」

 

 一瞬の喪失と絶望。そこにあった大切なものが無くなる一瞬は計り知れない絶望だけど――――すぐにそれも消え去ってしまう。

 

「――――! ――――――!」

 

 それは小さくて、温かくて、だけど何よりも強く胎動する命の灯火(ともしび)。

 まだ母(わたし)と繋がったまま、母(わたし)を求めて命を燃やして呼び続ける。

 胎から流れる血に濡れたその子は、スラヴ系そのものの鮮(・)や(・)か(・)な(・)金(・)色(・)の髪の毛の、男の子だ。

 

 喪失感は最早無い。ただ感じるのは幸福感のみ。無事に生まれてくれたことが何よりも嬉しいんだ。ちゃんと産んであげられたことが、私にとって至上の幸福だ。

 

「おめでとう。美しい髪の立派な男の子だよ」

 

 総統閣(・)下(・)もお喜びだ。私が立派な男の子を産んだからだ。

 

「おめでとう、ヴェート姉さん」

 

 ふと閣下の背後に眼をやると、そこには私の息子と同じ金(・)髪(・)の、やや褐色を帯びた肌の赤ん坊を抱いた妹が居る。

 恥部を隠そうともしない破廉恥な白い扇情的な下着(ランジェリー)を纏い、わが子を抱いて乳を与える彼女の表情は母親が等しく備える慈愛に満ちた笑顔を浮かべている。

 

「ほらルドルフ……あなたの弟が生まれたわよ」

「はぁっ、はぁっ……エレナ……はぁっ、そ、の子は……」

「うん! 私も、ヴェート姉さんみたいに総統閣下に戴いたのよ」

 

 そうか、エレオノーラも……いっしょなんだ。

 

「いっしょ、だね」

「うん、姉さんと、一緒だね。だから、泣かないで姉さん」

「ずっと?」

「そう、ずっと」

「…………エレナ、わたし、すごく幸せだよ」

 

 もう離れる必要なんてない。離れることもない。二人はもう離れることなどできやしない。同じものを受け入れ、同じ血を受け入れ、同じ運命を受け入れた。

 これからずっと一緒に居られる。みんな一緒に過ごしていける。大切な義妹や子どもたちと、これからもずっとずっとずっとずっと、ずっと一緒に。

 

「わたしたち、やっと……幸せになれたね」

「ええ、そうね、姉さん!」

 

 これから、ずっと、二人で一緒に――閣下の未来を作ろう(赤ちゃんを孕もう)。

 みんなもきっとしあわせいっぱいの笑顔になれるはずだから。私たちのように。

 

 

 

「……はっ!?」

 

 ふと顔を上げるとそこはただのカウンター席。目の前にはグラスや酒瓶がところ狭しと並び、キッチンの片隅のオーブンからは香ばしい香りが漂ってくる。

 

「おはよう。お目覚めはいかが?」

「……ヴェート……じゃないんだったね」

 

 眼前のカウンターの中で立つ彼女。ラスヴェートによく似た、しかし彼女とは違うらしい少女。大人びたバーテンダーの姿とやや幼さを感じるその顔から、どうしても子どもが背伸びしているようにしか見えないが。

 

「うん。ああ、呼び方はそうだね……管理人とだけ呼んでくれればいいよ。あっ、でもでもバーカウンターがあるんだからせっかくだし“マスター”って呼んでくれても!」

「管理人さん。あれは一体、何だったんだ? 確かに僕は映画を見るような、だけどまるで作り物ではない実体験のようなリアリティを感じた。

 内容は正直クソ食らえと言いたいくらいだけど……」

「スルーですか……そうですか。 んー、嫌な夢でも見たの? おっかしいなぁ……」

 管理人と名乗った彼女は、ぱぁっと太陽のような笑みを浮かべたかと思えば、瞳のハイライトが消えうせた落ち込んだ姿を見せる。浮き沈みが激しいあたり、どうにもそれが子どもっぽさを助長しているのかもしれない。

 彼女は自分のグラスを取り出し、冷蔵庫から取り出したオレンジジュースを注ぎながら首を傾げる。

 

「あんな気分の悪いものを見たんだ。正直二度も入りたくはない」

「まあ、こんな日もあるさって思って前向きに行こうよ。はい、ピロシキ」

「……ありがとう」

 

 あんなものを見た直後に何かを食べる気分にはなれないが、差し出された料理を粗末にするわけにもいかない。例えこれがアノマリーなのだとしてもだ。

 ここをいち早く出るためにはアノマリーを“満足”させなければいけない。そんな予感がしている。

 パリッと音を立てるパイ生地。その内側に詰められた具材はアツアツで、うまみの滲み出た肉汁にタマネギの甘みに加えてやや固めの米の食感の組み合わせとなれば自然とウォッカが欲しくなる。

 

「はい、オールドウォッカ“STARKA”だよ」

 

 ショットグラスに注がれたキンキンに冷えた琥珀色のウォッカ。指先に感じる冷たさはモスクワの大地よりも、そこに眠る人々の遺骸よりも冷たく身を凍らせるようにさえ思える。

 ふちに口をつけ、ぐっと一息に飲み干す。まろやかな、しかしマグマのような熱を感じるそれはまさに“凍てついた燃える水”とでも言うべきか。

 

「ふふ、どうかな?」

「ああ……最高だよ」

「お口に合ったようで何よりだよ。ここが気に入ったならゆっくりしていってね」

 

 どうせすぐには出られないのだ。幸いにも彼女から悪意は感じないのだから、せいぜい飲み明かすのもいいかもしれない。

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