Metro2033 -影を見る者- 作:きゃすたー(7mg)
ましてやそれが人間の怨念やミュータントが蔓延る場所なんかだったら、発狂しても当然かと思います。
原作小説やゲームでの一人称のような『暗闇の恐怖』を表現できるかはわかりませんが、少しでも息詰まるような閉塞感が漂う絶望感、見えない何かが自身を取り巻いているという不安感を感じられるようにしていきたいですね。
第一話 出立
「ハァ…ッ! ハァ…ハァッ…!」
見えない。何も、何も見えない。
「ハァ……ハァ…あうっ…!」
何かにつまずいた。何に?
「くっ…うぅ……」
声が響く。暗闇。空気が澱んでいる。けど、僅かな風の流れを感じる。
「…………フフ…」
「ひっ」
居る。居るんだ、そこに。
「…フフ………アハハ…」
居るんだ。風を生み出す、私以外の『何か』が!
「う…うわあぁぁっ!?」
見える。見える。見えてくる。この暗闇よりも仄暗い影。私の背中を追いかける何か。私を飲み込もうと――いや、とっくに、もう―
「あ」
影が、現れた。ぐちゃぐちゃになって、人のカタチさえ失くした、かつて人の魂だったモノ。
悲しみと、孤独感と、絶望が絡まりあった影が私を覆いつくそうとして――消えた。
第一話 出立
「……き…! お…ろ! 起きろ! ヴェート!」
暗闇の世界はランプの明かりに払われて霧散する。そのランプの明かりを背にした壮年の男の顔を目にしたとき、言い知れない安堵感がため息と共に押し寄せてくる。
「……カーン…ありがとう…」
白髪交じりの髭を蓄えた、老年に近い男が私を覗き込んでいる。
カーン、自らをチンギス・ハーンの生まれ変わりと自称する所謂“危ない”変人だ。
しかしそんな彼だがその知識と戦闘技術、卓越した“目”でもってこのメトロを一人流離うとんでもない男だ。あれ、結局変人なのは変わりない?
遊牧民のような雰囲気を出す毛皮のジャケットに、赤みが薄れた布をカーキ色の戦闘服の上に纏った、なんとも不思議な風体をしてはいるが、頼りになる男だ。
まあその特殊な能力と言動故かミラーおじさんこと“大佐”などへの受けはあまりよくないが。
「目は覚めたか? だがあまり無理はするな。『アレ』を間近にして生きていられただけでも幸運なことだが、影響が無いとは言えん。もう五年経っているとはいえ、だ。あの終末戦争以来、二十年トンネルを渡り歩いているが、あれだけの『闇』の中で生きていたのはヴェート、お前が初めてだ」
終末戦争、トンネル、ロシア語。ああ、そうだ。私はこの『世界』の住人なのだった。
今でもあの日、私が元居たセカイからこちらのセカイへ落ちてきた瞬間の恐怖を覚えている。
日本に居た頃では考えられないほどの荒廃した世界。ここ、モスクワメトロで生き延びた人間は―統計は取れていないが―約四万人程度でしかない。
サンクトペテルブルク、キエフ、ミンスク、東京、イギリス、フランス、ドイツ、先進国で大きな都市ならば必ず一つはあるとも言える地下鉄。その駅のホームが終末戦争を生き延びた人々にとっての安住の地だ。ミュータントが出るまでの話だったが。
2013年、世界は核の炎に包まれた――だが人類は死滅していなかった。とはいえ地上は既に人間が闊歩していた時代からはかけ離れた様相だし、ハウラーやノサリス、デーモンなんていうバケモノの住処になっている。
………かつての美しい世界、当たり前のように存在していた世界がボタン一つで崩壊する。そしてどこの誰が始めたのかもわからない最終戦争で、何百発分のボタンが押されたことだろう。
既にこの世界は終わった後だ。何もかもが終わり、物悲しい静寂が世界中を覆っている。長きに渡る核の冬。どこからか沸いてくるミュータント。人類同士のいがみ合い。次第に磨り減っていくメトロ。既にこの世界は終わった後で、今紡がれているのは後日譚でしかない。
これから我々人類が死に絶え、ミュータントが世界を埋め尽くす。その時、我々の名残は巨大な高層ビルという墓標が残るだけだ。そしてそれすらも崩れ去ったとき、ミュータントさえも存在しているか怪しいものだ。
できることなら愛する女と愛しい我が子に看取られて死にたかった。彼女と私の娘と息子は平穏な2033年をどのように過ごしているのだろう。
私が急に姿を消して悲しんでいるだろうか。むしろ私が女に生まれ変わっていると知ったら卒倒しそうだ。妻には迷惑をかけてしまうな。もし向こうに戻ることができたなら、彼女を青春時代のようにバイクの後ろに乗せて旅行にでも出かけよう。娘はもう大学生になるんだったか。一緒にメ○ンやとら○あなを巡って即売会にまで手伝いに駆り出されたのも懐かしい。コスプレとはいえ女装は勘弁して欲しい。もうそんな歳じゃない。
息子はバイクを乗り回しているだろうか。それとも車に乗っているだろうか。十八になったリッターをやると言ったはいいが、それを前にしてこんなことになろうとは。せめてあのVMAXは大切に取り扱ってほしい。あれは良いものだ。
「どうした? まだふらつくか?」
「大丈夫だよ、カーン。ちょっと昔を思い出しただけ」
「そうか。ならいいが、動けそうにないなら休んでいるんだ。私はこれからウルマンと合流するため地上に向かう」
「ふーん。カーンにしてもウルマンにしても、なんでまたモスクワの玄関口に?」
「近日中にハンターというオーダーのレンジャーが北方路線同盟のほうへ巡回する予定でな。この付近の地上の調査報告書を受け取りにウルマンが会いにいくそうだ」
「ハンターに!?」
「フッ…落ち着くんだヴェート。まるで恋人を待ち焦がれているお嬢さんだぞ。普段のお前らしくないな。私は彼に会ったことは無いが、まさか惚れたか?」
「違うって! ウルマンがハンターに合うんならさ、コレ、ついでに返しておいて欲しいんだ」
簡素な部屋の片隅の棚。その引き出しから一丁のリボルバーを取り出す。サプレッサーもダットサイトも無い簡素なリボルバー。けどこの一丁のリボルバーは私の命を救ってくれた銃だ。
この世界に落ちた時、右も左もわからない濃密な死を孕んだ闇の中で生まれた小さな閃光。私の背後に迫った闇とノサリスをまとめて撃ち抜いた44口径の天使。
あの時ハンターが私を見つけてくれなければ、私はあの暗闇の一部として仲間入りしていただろう。
「ふむ。ハンターから貰った品ではなかったか?」
「違うよ。貰ったんじゃない。預かってたの」
「護身用に貰ったのでは?」
「あ・ず・か・っ・て・た・の!」
「ハァ……わかったわかった。だがお前のサイドアームはどうする気だ?」
「ふふん。私のは……コレ!」
リボルバーを取り出した引き出しの一つ下を開けて取り出したのは一丁の自動拳銃。
「ほう……よく見つけたものだな…」
「ふふーん、どうよ? ツィツェーリアさんに頼んで新品同様に整備してもらったんだよ」
「デザートイーグルの44口径か。少々ばかりお前の手には余るかもしれんが、いい銃だな。状態も良い」
「手に余るっていうのは余計だよ!」
私の心にナイフが一本。
「それで、予備の弾倉は? 戦闘用なのだから三つくらいは予備弾倉を用意しなければな。でなければ弾倉に一発ずつ装填しなければならんよな」
「………………ふ、二つあるし!」
私の心にナイフが二本。
「装填している分を含めて、か?」
「………はい」
トドメの三本目が突き刺さる。
「実用に耐えるものならばいくらでも使うといい。だが弾倉がたった二つでは実用するには少々不安だな。………今度銃器店か何かを探しにいこう。もしかすると一つくらいは見つかるかもしれん」
「カーン……ありがとう!」
やはりカーンは偉大な父だ! 私はこんな素晴らしい義父を持てたことに感謝します!
せっかくだからあなたの義娘の発達した四肢を堪能させてあげよう。そうしよう。
「……まったく、現金な娘だ」
なんだかんだ言ってるけどまんざらじゃないって声ですよ義父さん。そりゃあ私は年頃の若い女でそれなりに美人で通ってるし、抱きつけば豊満なバストが殊更感じられるだろう。
意識はもうラスヴェート=ロマノフスキーというひとかどの女性だが、男性的な意識とかつての記憶は消え去ってなどいない。故にカーンもハンターも家族や親友に向けるのと同じ『好き』という意識しかない。
「名残惜しいが、そろそろ行かねば。ウルマンが痺れを切らしてエアロックを叩き始める前に合流しよう」
「行ってらっしゃい。私はもう少し休んでから地上に出るよ」
「気をつけるんだぞ。いいか、物事はよく考えて判断するんだ」
「何度聞かされたと思ってるの。承知済みだよ」
「………慢心はするな。いいな」
「…了解」
部屋を後にする彼を見送り、再びベッドに寝転がる。四畳もない小さな個室に備えられた古ぼけたデスクに炊かれたランプの火がゆらゆらと影を揺らすのを眺めると、ため息が漏れる。
あの小さな天使はもう、私の手元には居ない。幼い時分にハンターに命を救われた時も、キタイ・ゴーロド駅で性奴隷として働かされた時も、支配人を撃ち殺して逃げ出した時も、ノサリスの群れからカーンに救ってもらった時も一緒だった。
「うっ………」
吐き気がする! あの腐ったゴミを見るような奴等の目! 人を人とも思わないあの下衆共の視線! 他者を蹂躙し、己の快楽と欲のために力を振るう最低のクソ野郎ども!
まるで物のように人間を扱うくせに、幼い私に股間の竿をいきり立たせて覆いかぶさるあの外道共っ!
眉間に銃を突きつければたちまち顔を青ざめさせて萎びさせるくせに!
孕んでいようがお構いなく陵辱したくせに!
私の子をラーカーを駆除するための釣り餌代わりにしたくせに!!!
「法は無い…救いも…無い…」
あの子の魂はどこへ行ったのだろう。天国も地獄も煉獄も、そして現世さえ一緒くたにかき混ぜられて煮詰まった鍋の底のようなこのメトロのどこに、あの子は逝ったのだろう。
「未来なんて………無い…」
滲んでいく天井。ぼやけていく灯り。生まれてすぐ、名を与えられる間も無く消え去った命の灯火。
男の子か女の子かさえわからないまま。
唯一与えられる名前さえ無いまま。
母の温もりと乳房も感じられぬまま。
私は、何一つあの子に与えることができなかったまま既に七年の時を過ごしている。
かつて男として日本で生きた人生など意味はない。ただ今の私を形作る上での踏み台でしかなく、この感情はラスヴェート=ロマノフスキーとしての意志から生まれるものだ。
憎悪、それが空虚な私を満たしているもの。
嫌悪、それは弱虫な私を突き動かすもの。
邪悪、それこそ私が銃を手に撃ち抜くべきもの。
「………行こう」
探さなければ。この悪夢を断ち切る術を。ただそれだけのために私は力を渇望したんだから。
コムソモーリスカヤ駅、通称ではモスクワの玄関口とも言われた、このモスクワメトロでも有数の巨大勢力であるハンザ同盟に所属する駅の一つ。サンクトペテルブルク鉄道の走る地上駅やシベリア方面へ向かうヤロスラフスキー駅、カザンへと向かうカザンスキー駅にほど近い駅だ。
しかし地上は既に荒廃し、鉄道など走ってはいない。この付近を闊歩するのはミュータントのクソッタレどもかストーカーくらいなものだ。
コムソモール―共産主義者の青年組織―に由来する名を持つコムソモーリスカヤ駅だが、その駅はソコリニキ線側と環状線側の駅に分かれている。かつてはここで環状線の円環を作り上げるために、そしてその環状に斜線を引いて分断するために、メトロを斜めに貫通するソコリニキ線を支配する共産主義勢力と、環状線駅の友好同盟であるハンザ同盟やアルバート連盟が主体の連合軍とで、まさに最終戦争さながらに血みどろの戦争が勃発した駅でもある。
一進一退の攻防の末にレッドライン―共産主義勢力の通称―と連合軍の戦争は和平が結ばれたのはほんの数年前の話だ。
狭いホームを木切れなどで仕切っただけの簡素な居住区を抜け、演説や集会を行う広場へと出る。そしてそのまま武器庫のあるホームへの薄暗い通路へと入る。どこもかしこも薄暗いが、これがメトロでの日常だ。
電気が通っていないところではランタンやランプ、ロウソクの明かりだけが光を生み出してくれる。そして薄暗いということは―
「やめときなよ、
「………ぐっ…!」
引っつかんだ手には私の
私のカネをすろうとした男は必死に私の手を振り払おうとするが、できないことに気づいて更に焦り始める。大の男が齢二十に満たぬ女を振りほどけないのだ。
幼少のころはそうでもなかったが、成長期を迎えるや私の体は大の男さえねじ伏せられるほどの屈強な肉体になっていた。かといってボディビルダーのようなムキムキな筋肉質さはなく、まるでモデルかと見紛う魅力的な肢体。顔もそこそこ整っているものだから、擦り寄ってくる男を片っ端からねじ伏せていたら、ついたあだ名が『アイアンウーマン』だった。恥ずかしい。
日本人の血筋だというのは
「私を知らないってんなら、身を以って覚えるがいいさ!」
手首を捻り、人体の仕組みに逆らうことなく、なぞるように腕を引っ張ればあら不思議。
「ぐおっ!? っ…いてえ…!」
簡単に投げ飛ばせるのでした。………って、どこかで見たような顔だ。
「なんだ、ブルボンのおっさんじゃない。何やってんのさ」
「げっ…な、なんだ………ヴェートの嬢ちゃんか…」
「また素寒貧になった感じ?」
「ちっ………まぁ、な…」
「いい加減足洗ったら? ペテン師ブルボンさん」
「ペテン師じゃねぇよ。俺は自由商人だ!」
のそりと起き上がった彼の背丈はそれなりに高い。平均的な日本人女性である(らしい)私は身長が160cmにも満たないので、自然と見上げるカタチになる。
ブルボン、というのは通称でしかなく、私も本名は知らない。だがこの界隈でブルボンと言えばマシな表現なら胡散臭い商人、一般的には詐欺師又はペテン師。そして彼に恨みを持つ者や被害者からはクソッタレと呼ばれている。
見た目には顔のほっそりとした四十台のおじさんなのだが、その実態は音痴で酒癖が悪い上に悪知恵が良く働き、なおかつその上で悪運が微笑んでいるクソッタレなおじさんだ。
「それで、その自由商人さんは私の
「ちょっと借りるだけだよぉ~…な、頼むよ。ヴェート嬢ちゃぁ~ん」
「そんなに切羽詰まってるの?」
「そーなんだよぉ~。だからさ、頼む!」
「わかったよ。40発でいい?」
「ありがてえ! ………おい、なんでAKなんて取り出して…」
「え? AK2013用のマガジンだからちょうど40発だよ。で、どこに欲しい? あれー、なんでブルボンさん跪いて頭を地につけてるのかなぁ~?」
………ちょっとばかし脅かしすぎた気がしないでもない。
「もー…お酒の一杯くらいなら奢るから…」
「ありがとうございます! ありがとうございますッ!」
訂正、ぶち込めばよかった。
とはいえ奢ると言った手前だし、カーンの伝手の一つだというのもあるし、やむをえない出費だと考えよう。
薄暗い通路を抜けて隣のホームへと移動すると、銃器店や肉屋、食堂などが並ぶ商店街に出る。その階段を上がると駅の改札口だった区画の一角に酒場がある。
「やっほー、マスター」
「おおっ、今日も変わらず美人だなヴェート。今度一晩でもどうかな。って…このノサリスどもとどっこいのクソ野朗、何しにきやがった」
「やめてくれよペトロフ、俺は今日は酒を飲みにきただけだぜ」
「チッ……ヴェートに手ェ出したらその股座にウォッカで火をつけてやるからな。肝に銘じておけよ」
「まあまあ二人とも、酒の前でピリピリしちゃあダメだよ。酒の一滴は血の一滴、おいしい酒は命の水さ」
そうとも、ウォッカは命の水だ。ウォッカを飲めば寒さでカラダが凍るのを防げるのだ。さらにウォッカは消毒や皮膚感染症の予防などにも古くは用いられているのだ。ただ飲むだけの酒ではないのだ。つまり、ウォッカとは偉大な酒なのだ!
「ほら、ヴェート。いつものだよ」
ショットグラスに注がれたマッシュルームウォッカを一息で呷る。
喉を焼くようなアルコールの感触、かつての穀物から作られたウォッカとは違うよくわからない不思議な味、目が覚めるような強烈な覚醒をもたらしてくれる。
隣を見ればブルボンも平然とした顔で飲み干している。やはりロシア人の血液はウォッカだというのは本当なのだろう。私も既にだいぶロシアに染まってきたようだが。
「それでブルボンは何のようでこのモスクワの玄関口に?」
「ああ、ちょっとした野暮用だよ」
「ふぅん………野暮用程度でブルボンがこの駅に来るとは思えないんだけど。ハンザの見張り連中に見つかる危険を犯してまで入り込んだんだ。何かデカイ、もしくは手間のかかる仕事でしう?」
「……さあてな。まだ俺は仕事の内容を聞いてないんだ」
「ねーマスター、さっき私路地裏でブルボンに襲わ……」
「ああわかった言うからやめてくれ! 頼むから俺を詐欺師よばわりから強姦魔に変えるのだけはやめてくれ」
「じゃあさっさと吐くことだね」
「クソッ……仕事ってのは医薬品の調達と輸送の手配だよ。ツルゲーネフスカヤ………今は“呪いの”駅だったか…そこの住人の支援をするための物資を手配してくれとカーンに頼まれたのさ。お前カーンの所属駅は知ってるか? あいつはカース駅の重役もやってたのさ。まあ普段は放浪してるやつだし、昔のことはちっとも喋りはせんがな」
「カーンが…」
「そういうわけで手配を完了したはいいが手持ちがスッカラカン。そんな折に嬢ちゃんにばったり、ってわけさ」
カーンがトンネルを放浪しているのは知っていたし、ポリスのレンジャーでも腕利きの戦士である“オーダー”の一人であるのも知っている。だが彼の出身地や足跡を、よくよく考えれば私は大して知らないのではないか。
「ま、急ぎの用件は終わらせたからな。あとはリガで博覧会駅から来るやつに代金を渡して、ドライ駅…スハレフスカヤでカーンの到着を待って報酬を受け取って終わりってわけさ」
「カーンはさ、ドライ駅に居るんだよね?」
「まあ、向かう予定ではあるがな」
「じゃあさ、私も同行してもいいかな?」
「そりゃあ別に構わないんだがな…嬢ちゃんの家はここだろう? ストーカーのお前さんが席を外したんじゃあここの仕入れが滞るんじゃねぇのか?」
「大丈夫だよ。ここらへんは元々多数の地上駅が集まる場所だからね。シベリア鉄道や他の地上路線が輸送してくる物資なんかを保管する倉庫もあるんだ。今も未踏破の区画もあるし、物資面での心配はあんまりないよ」
「そうか。なら構わんさ」
「じゃあちょっと準備してくるよ。マスター、こいつに入れといて」
御代を支払ってチタン製のスキットルをマスターに預け、武器庫へと足を向ける。ここは駅のレンジャーの訓練施設も備わっており、格闘訓練や射撃訓練、筋力トレーニングに励む彼らをよそに歩を進める。
自然と道が開ける。それは特別な意味などない。私が歩けば彼らは自然と脇に退く。
「よう、ヴェート」
「おはよう、グリゴリー」
その中で唯一私を遮る影。駅の警備隊長、グリゴリーが上半身裸のままで現れる。
五十台半ばながら筋骨隆々で角刈り頭の彼はかつてロシア国防軍で特殊作戦群に属し、腕利きのスナイパーチームを率いていたという。
彼はそのまま付き添うように横に並ぶと、私の歩に合わせて歩き出す。
「調子はどうだ」
「問題ないよ。そっちは?」
「相変わらずだ。ソコリニキの奴等が身分証の点検を行わせろという通達をしてきたが、突っぱねた。よほど駅のこちら側が欲しいらしい」
「…そう。懲りない奴等だね」
「面倒な奴等さ。こちら側を押さえることができれば奴等はハンザの物流網にストップをかけられるようになる。ここが口火となってかつての戦争が再び始まるかもしれない。ハンザの首脳どもも流石に重い腰を上げて防衛戦力の充実に乗り出した。パルク・クリトゥリ駅も路線内の巡回警備を倍の数に増やしている」
「なるほど。それで見ない顔もあるわけだ」
ちらりと見回せば新顔らしいレンジャーが古参のレンジャーたちのシゴキを受けている。良い塩梅の者が居れば私が直々に“シゴキ”をしてあげるのに。
「………お前がたまに理性の箍が飛ぶのは承知しているがな、新顔のレンジャー相手にそういうことをするのはやめてくれよ。トラウマになっちまいかねん」
声を小さくしてグリゴリーがやんわりと注意を促す。
わかっている。その程度のことは理解しているし、コレをする相手も片手で数えるだけの数しか居ない。私はビッチでも売女でも娼婦でもない。ただのストーカーだ。
「キモチイイのに、トラウマになるって?」
「その口を閉じていろ。閉じられないなら豚の串焼きでも頬張っていろ」
「……もう一度してみる?」
「魅力的だが今は勘弁してくれ。仕事中なのでな」
グリゴリーに寄り添うように体を近づけると、小さな声で囁く。当然のように彼は断る。
周囲のレンジャーの何人かは話を聞いていたのだろう。ゴクリと喉を鳴らすような、息を呑む音がいくつか聞こえる。
聞いた話ではこの駅のレンジャー間ではまことしやかに話されているうわさ話になっている。
曰く、ヴェートという美人の女ストーカーがレンジャーを“食う”らしい。
曰く、五年前にグリゴリーがその彼女の被害者となったらしい。
曰く、彼女にヌかれたレンジャーは長生きするらしい。
曰く、彼女は絶対に口でしかしないが、精魂尽き果てるまで搾られるらしい。
曰く、彼女にハメようとした者は翌日に“解体”されてしまうらしい。
………これじゃあただの性倒錯者だ。私は彼らを蝕むあの影を精と共に抜き出しているだけなのに。
最初にあの影を食んだのは娼館ではした金で買える性奴隷として働いていた時のことだった。
人を蝕む何かであることは間違いない。それを飲み下すと、燃えるような熱が体から湧き上がってきて理性が飛んだらしいことは覚えている。その影を燃料にするかのような感覚。体の中であの影の塊を燃やし尽くす快感が私を突き動かすのだ。
それ以来、私はあの影を食べつくす快感を覚えた。テクニックを磨き、男が悦ぶツボを理解し、一滴でも多くあの影を搾り出す方法を探し出した。胎内、手、口、胸、尻、あらゆる技法でもって男から影を搾り出す。たった十四歳にも満たない少女は、いつしか高級娼婦の仲間入りを果たしていた。
娼婦を続けるのも、それはそれでよかったのかもしれない。難しいことなど考えず、ただ男からもたらされる影を食む日々。だけど私はそれを捨てた。受け入れることを拒否したのだ。
私は私の意志でもって、このメトロを覆う闇と悪夢から脱却することを望んだのだ。
「ああグリゴリー、私しばらく駅を離れるからよろしく」
「………は?」
呆気に取られるグリゴリーと周囲のレンジャー。…グリゴリーは突然で驚くのはわかるけれど、周りのお前らは一体どうしてなんだ。
まさか本当に私がシてくれるとでも思ってたのか。残念ながら私がするのは“影が溜まった”人間で、なおかつ私にとって好ましいと思える相手だけだ。
「どうして離れるのか聞いても?」
「ちょっとねー、恩人の助けになりたいって言うか。ツルゲーネフスカヤ、聞いたことあるでしょ?」
「忌まわしい駅、呪いとも言われたあの駅か。ノサリスの襲撃が頻発する危険地帯だろう? 何故またそんな場所に?」
「恩人がね、その駅を救おうと奔走してるんだ。私がキタイ・ゴーロドから逃げ出して、死にかけていたときに助けてくれたのがその人でね。住人登録の難しいハンザ同盟の駅にねじ込んでくれたのも彼なんだ」
「カーン、か…」
「………で、私も恩返しの一つくらいできる歳だし、一つできることをしようと思って。きっとカーンは『子供がそんなことを考える必要はない』って言うんだろうけどさ」
「ヴェート……」
そっと頭に彼の手のひらが置かれる。ぽんぽんと、幼い子供にするように撫でられる。
「大きくなったな」
「……子供扱いはやだよ」
「お前がストーカーとして地上に出たときから、そんな風に見ちゃいない。ただ、子供の成長を実感したのさ」
気づけば武器庫の前の扉が目の前にあった。話し込んでいて前も見ていないなんて、私もまだまだ青いらしい。
古ぼけた鉄の扉をノックすると、覗き窓が開いて男の顔が顕になる。
「グリゴリーか。それにヴェートの嬢さんまで、二人揃ってどうしたんだ?」
「ちょっと遠出するんだ。装備を見繕っておきたくて」
「俺は預けてたAKを受け取りに」
「よし、入れ」
「ありがと」
「お、おうっ………気をつけていけよ」
唇を軽く舐めてドア番の彼に微笑むと、彼は顔を赤くしてそっぽを向く。お前も知ってんのかよ。ウワサ広がりすぎだろう。………少し自重しよう。
「……ようこそ。我がстудия(工房)へ」
「おはようございます。ツェツィーリアさん」
「おはよう、ヴェートちゃん……はぁ…何か御用かしら?」
ナイフを研ぎあげていた作業着の女性。上半身を顕にすると切り傷や弾痕の残る肌が顕になる。しかし彼女は臆面も無くそれらを曝け出す。胸は流石に布がサラシのように巻かれたままだが、女性的な肉体でありながら元軍人としての筋肉で覆われた体だと人目でわかる。
若いころはさぞモテたのだろうに。しかし今は右頬を走るナイフ傷と右腕に残る火傷痕、左のわき腹には三発分の弾痕がくっきりと残り、あちこちに術後の切開痕が走っている。
手にしたグルカナイフを逆手に持ち替えたその姿は退役した今もなお鋭い殺気と威圧を放ち、並みの若手兵士など容易く怯ませるだろう。
ブロンドの長髪をまとめて、その顔つきは兵士としての凛々しさをもったままだ。とても三十台後半を迎えたとは思えない容姿から、武器庫の主として内外に認知されている。
「ああ、グリゴリーのAKならもう少し待ってておくれ…。替えの部品がきれててな……少しばかり取り寄せるのに時間がかかる…」
「そうか……代わりのAKはあるか?」
「カラシニコフ……そうだな、47とノーマルの74、あとはカービンタイプだな…」
「なら47をくれ。精度はどれほどだ?」
「精度は良好だ……パーツのほうも高品質だ……射撃時の安定性もある」
「そうか。なら借りるぞ」
「後で返せ…あと、7.62mm弾を忘れるな」
「元軍人にそれを言うか?」
「フッ……冗談だ…」
グリゴリーは手にしたAK47にマガジンを装填し、併設された射撃場へと入っていく。
「それで、ヴェートちゃんは……このアトリエに何をお望みかしら? あなたの2013は昨日整備したばかりだったと思うけど…」
「実は…地上で見つけたデザートイーグル、覚えてますよね?」
「ええ。いいモノだったわ」
「実は私の戦闘技術の師から予備弾倉が無いなら使うなって言われて…」
「………実は、ここに一つだけ、弾倉があるのよ」
「マジ!? ちょうだい!!」
「40発」
「ぐっ……し、仕方ない…」
「と言いたいのだけど、御代はいいわ」
「ツェツィーリア姉さん最高です! マジお姉ちゃん!」
「ただし戻ってきたら……楽しませてもらうわね」
私の手には既にマガジンが一つ。デザートイーグル用のもの。……ハメられた!?
「……は、はい…」
「うふふ。たっぷりイかせてあげるから」
そう、このお姉さんは実はバイセクシャルだ。いや、男でも問題ないけど女の子のほうが燃えると言っていたからきっとガチレズだ。
一度目は地上で探索していたとき支給されたAKを紛失したとき、死ぬかと思うほど責め立てられた。
二度目は武器庫で言い寄ってきた男を放り投げたら整備中の部品が入った戸棚に直撃して、死ぬほど責め立てられた。
三度目は武器庫でシていたところを見つかって、激しく責められて逝った。目覚めたと思ったら病室のベッドで寝かされているとか、もう二度と御免だ。
「あと、予備のフィルター三つと投擲用ナイフ、付着グレネードと火炎グレネードが二つずつ。それと交換用のサプレッサーも」
「随分重装備ね。…地上に出るだけじゃないの?」
「うん。ちょっとプロスペクト・ミーラ…マーケット駅付近をね」
「そう……気をつけて。楽しみに待ってるんだから」
「あはは…善処はします…」
ポリスの派遣したレンジャーの証、モスクワメトロのシンボルが左腕に刻まれた戦闘服に身を包み、除染のために武器庫に預けていた空の背嚢とポーチを身に付ける。ポリスのレンジャー、その中でも特に秀でた者に送られるモスクワメトロのシンボル。このモスクワメトロの守護者としての証である。これをつけるからには、情けない死は許されない。
戦闘服の上に羽織ったジャケットに弾薬を収納していく。左手で抜けるように右胸に備えられたナイフシースにナイフを収め、腰のポーチには緊急用の医療キットを納める。
ガスマスクと携帯充電器を引っ提げ、頭と相棒のカラシニコフ2013にライトを装備する。ついでにカラシニコフさんにはダットサイトとサプレッサー、そしてレーザーサイトを装備。電力消費は多少増えるが仕方ない。
右足の大腿のホルスターに新たな相棒デザートイーグルを収め、ロングバレルにレーザーを装備した
そっと、首から提げていた十字架に口付けする。そのまま戦闘服の下に提げ、これでやっと正真正銘の準備完了となる。
「さて、いってきます」
「ああ、行ってこい」
「体には気をつけなさい。それと、唇を舐めるクセもね。獲物を前に舌なめずりは三流以下のすること。あなたは一流のストーカー…みっともないわ。まあ貴女の場合男を誘う仕草が体に染み付いているのだから仕方ないのかもしれないけど」
「むっ……結構気にしてるのに…ハァ…」
たとえ意識していなくとも、この体に叩き込まれた性の技術は衰えていない。それどころかまるで誘蛾灯のように自然と男を誘ってしまう。
外に出るからには気をつけなければ、集団で犯されかねない。私はもうそんなのはゴメンだ。
「おまたせ、ブルボン」
「よう、遅かったじゃねぇ…か…」
「ん、なに?」
ちょんちょん、と口元を指差すブルボン。指先で触れてみると、ねばつく感触がする。
「あ、ごめん。ちょっと引っかかってた」
「引っかかってた(てへぺろ)、じゃねェだろ! なにやってんだテメェ! なんでもないよう
に自然と舐め取るな!」
「もー、堅いこと言わないの。そんなにカッカしてると悪運まで逃げちゃうよー?」
「口ん中くらい洗ってから出ろ」
「えー」
「えー、じゃねぇ! さっさと洗ってウォッカで消毒してから来い!」
別にウォッカくらい道中で飲むんだから別にいいだろうに。なんでそんなに気にしているんだろう。
………まさかブルボンもシてほしかったのか。出会いもなさそうだし、きっとそうなんだろう。私は絶対にしないけど。
きっとえっちぃシーンは仄めかす程度で、グロとかばっかりになりそうな予感。
ま、まあゲームでもミュータントに食われる人間の死体とかそんなのいっぱいだったし別にどうってことないよね(震え声
45口径だと思っていたらゲーム内は44口径だったっていう(勘違い