Metro2033 -影を見る者- 作:きゃすたー(7mg)
2033と続編であるラストライトがセットとなったものです。
続編でもそうですが、光源の演出が作品の内容とマッチしていて心地よいです。
この小説内ではキャラクターの容姿などはリメイク版を想定しています。
ミュータントの姿に関しても然り、です。
HALO5早くやりたいです(渇望)
今更になって5.54になってたのに気づいて慌てて修正っていう
モスクワメトロにおいて、戦前まで使われていた通貨は意味を持たない。食事も、普段使う服も、酒も、人も、戦前に作られた5.45mmの軍用小銃弾で買うことができる。
数発の軍用小銃弾で酒が一杯。安物の銃なら数十発から。高価で希少な銃なら数百発はくだらない。とはいえ私は人間を未だ買ったことはないし、これから先に買うことはない。
銃弾が数発でそれなりにまともな食事が―キノコ系ばかりだが―できるくらいだ。そしてそれくらいのカネで春が売られているのもまた事実だ。
かつては私もその一人。はした金で数人の男に囲まれて“接待”をさせられたうちの一人だ。
銃は命よりも重い。それがこのメトロでの常識だ。人の命を散らす程度は弾の一発、それも粗悪な量産品の汎用5.45mm弾で済む。
メトロにおいて銃は非常に重要な要素を含んでいる。地上の探索において必要不可欠だし、野盗やミュータントから家族や自分を守るために欠かすことはできない。
戦前に作られた精巧な銃から簡素な造りの量産型のマシンガン、果ては自転車の部品を組み合わせて作った工作品のようなものまである。そんな有象無象の銃の中でも、私の装備は最上級といっていいだろう。
カラシニコフ2013、地上探索の友であるこの銃はポリスでオーダーの末席に名を連ねて以来の相棒だ。
2012年の配備なので本来なら“カラシニコフ2012”だが、13年初頭に少しばかり改良が施されたものらしく、それ故に私のものは2013と名づけられている。見た目には2012とそう変わらないが、部品や内部機構の素材変更によって強度が上がっているらしい。ミラーおじさんから聞いた話だが。
戦前、カラシニコフ2012は終末戦争以前に軍が正式採用した自動小銃で、2012年当時の最新鋭のものだ。ポリスの腕利きのレンジャーやオーダー、一部の金持ちが所有していることが多く、戦場に立つ者にとっては一種のステイタスのようなものにもなっている。
ブルパップ式で、見た感じにはFN-P90(映画やゲームにはよく出てくるアレ)をライフルにしたような見た目だ。
そして新たに加わった懐刀、デザートイーグル44口径型。映画やゲームなんかでも高火力のハンドガンとしておなじみのアレだ。
カーンが言ったように私の手には―サイズ的な意味で―少々余るが、メトロにおける拳銃の弾薬規格は44口径だ。リボルバーも、他の簡易製造の拳銃も等しくこの口径で統一されている。
弾薬の流用もできることが確認済みだし、ミュータントに対しても十分な火力だろう。
「よし、と」
青臭い雄臭と甘い雌臭をシャワーで洗い流した後は気持ちが良い。心が晴れやかになるようなさっぱりとした気分だ。
シャワーに入る前に買った新品の下着に身を包み、薄手の上下のインナーを着込んでカーキのコンバットスーツを身に付ける。
ホルスターにナイフや医療キットなどを収めてジャケットを纏い、腰まである髪を青いリボンで束ねる。犯されているときに下敷きになって薄汚れた背嚢を背負い、立てかけておいた相棒たちを手に取る。
第三話 死の街へ
ガチャ、と簡素な鍵のかかった扉を開けて通路を抜けていく。一歩進むたびにがやがやと騒がしい人々の声が聞こえ始める。
「豚肉が1キロで20発だ! さあお買い得だよ、買っていきな!」
「弾薬交換だ! メトロで一番の交換レートだよ!」
「AK74と
通路を抜けた先には駅のホームにずらりと並ぶ商店の列。しかし露店販売は一切無く、各々の店も木材で仕切りや屋根が設けられていて、その光景はかつての日本でのお盆の出店を思い起こす。
まあ売られているものは食品に医薬品、銃器や弾薬、機材や衣服などまで様々だが、その活気たるやまさに“マーケット”の名に相応しい盛況ぶりだ。
セリ場では希少価値のある商品などが、まるで奪い合うような勢いで商人たちに買われていく。
これがマーケット。ただし“ハンザ側の”マーケットでの光景だが、これから私達が向かうのはカルジスカヤ=リジスカヤ線、つまり南北へと伸びる路線への乗換駅側だ。
「おまたせ。襲われてないみたいで安心したよ」
「ああなんとかな。お前さんが口利きしてくれたお陰でどうにかバレてねえ」
「まあブルボンみたいなおじさん襲ったって、気が晴れる程度にしかならないもんね」
「ついでに言っとくがな」
「うん?」
「俺はまだ三十路前だ」
「えっ」
えっ。ウソだ。そんなの絶対ウソだ! この老け顔で三十路前だって? 寝言は寝て言えってんだよ。
「………お前が俺をどう見てたのかよくわかったよ」
「だってありえないし。その顔だよ?」
「…くそっ、わかってんだよそのくらい! ああ俺はどうせ四十路迎えたオッサンの顔だよ!」
本気でしょげているブルボンの背中には哀愁が漂う。きっと辛いことばかりだったんだろう。しかし道理で抜かずであれだけ出せるものだとやっと納得できた。そりゃあ三十路前であるなら頑張ればあれだけ出すこともできるかもしれない。
乗り換え駅側への入り口を通過する。もちろんそこの審査員もブルボンの被害者だったせいでこっそりと通れるわけもなく、三発―賄賂的な意味―でご満足戴いた。ブルボンは見張り連中に見つからないように買った変装用のバラクラバを被りなおす。
「……頼むから、唇を舐めないでくれ」
「げっ、またやってた…?」
マーケットの活気で少しばかり気分が高揚しているらしい。見回せば大なり小なり澱みのような影を持つ人ばかりだ。熱気に中てられてしまったのかもしれない。
北方路線のレールカー発着所に来ると、一台のレールカーが出発の準備を終えたところらしく、それを見たブルボンは駆け足でそのレールカーに飛び乗り、レバー押しの役目を買って出てまでマーケットをそそくさと後にしようとする。
「………飲んで寝よう」
環状線側の駅の改札口に設けられたレンジャーの詰め所にハンドガン以外の荷物を預け、いくらかの軍用弾を手に酒場へと足を向ける。
カウンター席に腰を下ろすと、奥の棚に鎮座していたウォッカのビンが目に留まる。
店のカウンターの中でグラスを拭く若いマスターに尋ねる。
「ねえ、アレは?」
「ああアレかい? 実は地上に残っていた倉庫から見つけ出したものを譲ってもらったのさ。純正も純正、正真正銘のウォッカだ。あいにくとラベルは風化しちまってて掠れて読めないんだがな」
「………いくら?」
「高いぞ。二十発は貰わねえと赤字もいいとこだしな」
「…じゃあ豚の串焼きとマッシュルームウォッカ、あともやし炒め」
「なんだ、そのもやし炒めってのは」
「もやし炒めっていうのは日本で作られていた料理なんだ。もやしを豚肉と一緒に調味料で味付けして炒めるんだ。キノコなんかを入れてもおいしいんだよ」
「ふぅん。お嬢ちゃんのご両親は日本人なのかい?」
「……らしいよ。物心ついたときには一人だったけど」
「すまん、軽々しく聞くことじゃなかったな…」
「いいさ、こんな時代じゃ珍しくないし。そうだ、厨房借りていい? せっかくだし腕を振るってあげるよ」
「お前さん、料理できるのかい?」
「女ストーカーなめんなよマスター。物資の少ない時代でも女は創意工夫でおいしい食事を作り出す本能があるんだから」
「ハハッ、そりゃ心強い! じゃあせっかくだし一品作ってもらおうか」
「お任せをってね」
調味料は貴重な存在だ。このモスクワメトロで栽培できるものから作り出すには一苦労どころではすまない。その調味料を借りるからには絶対に美味いもやし炒めを作らなければ。
「さあどうぞ!」
「ほう…こりゃあいいにおいだ……実に美味そうだ!」
オーソドックスな豚肉ともやし、そしてキノコを使ったもやし炒めだが、マスターへの第一印象は良いものになったようだ。
「ふむ…歯ごたえのいいもやしと柔らかい豚肉、それに少し効かせた調味料…キノコも火が通っていて食べやすい。流石は日本の料理だな。簡単だがウマイ。食い物にうるさいあの国らしいな」
「ふふん、どーよ?」
「いい腕してるじゃないかお嬢ちゃん。せっかく美味い飯を作ってくれたんだ。一杯だけサービスしといてやるよ」
「えー、一杯だけ!?」
「そうだ、一杯だけだ。アイツを一杯だけ、な」
カウンターの中の店主は親指で後ろを指してにやりと笑う。その先にはラベルの掠れたウォッカの瓶がある。
「マ、マスタぁー…」
「ほら、とくと味わえ。泣くほど美味いぞ」
ショットグラスが小さく思える。溢れんばかりに注がれたウォッカのはずなのに、たったこれだけしかないのかと感じてしまう。
マッシュルームウォッカとは香りから違う。アルコールの香りの中に果実のような香り。ブランデーに近い感じの品なのだろう。
「す、ストリチ…」
「“ストリーチナヤ”の“スタルカ”だな。いい酒じゃないか。まさか独り占めする気かヴェート?」
「うわっ!?」
いつの間にか隣に座っている上半身裸に筋骨隆々の肉体の男。角刈り頭をしたその男の顔立ちはいつも見ている彼と瓜二つだ。
「ア、アナトリー…?」
「ハッハッハッ! 弟から連絡を受けているぞ! ラスヴェートのお嬢ちゃん。ようこそ
そう、アナトリーとグリゴリーは双子の兄弟だ。私がストーカーとして活動を始めてから、マーケット駅に品物を卸す際にグリゴリーから彼を紹介された。それ以来時々マーケットに行くとなると心配性のグリゴリーが必ず連絡を入れるようになってしまった。
彼は彼で陸軍工兵部隊を率いた一角の指揮官であり、今はここマーケット駅のレンジャー部隊の総指揮官を務めている。
弟のグリゴリーは寡黙で冷徹な部隊長という雰囲気を纏っているが、兄のアナトリーは正反対と言えるほどに明るくお喋り好きで、かつて起こったレッドライン―ソコリニキ線を支配する勢力―との戦争でも戦線を鼓舞し猛攻を凌ぎきるなど辣腕を振るってきた人物だ。
「おいおいアナトリー! アンタもう退院したのか!?」
「ようマスター、当たり前だろう! 酒が怖くて戦ができるか?」
「いや、な……あの時の怪我は…」
ちらりとマスターが視線を落としたのを追って、眼を向ける。そこには左足――の代わりに脛から先を成している木の棒がある。
「………アナトリー…」
「ほらみろマスター。お前のせいで可愛い可愛いお嬢さんがお困りだぞ」
「誰だってそれを見りゃあこんな顔になるさ」
「…あー、ヴェートのお嬢ちゃん。こいつはつい先週メトロの未来を……幼い子供を人攫いから救った際のモンだ。決してヘマをして負った傷じゃあねェ。だからそんな泣きそうな顔すんな。こいつは苦し紛れにグレネードに火をつけたクソ野朗からメトロの未来を守り通した証明なんだ!」
そっとマスターが“スタルカ”を新しいショットグラスに注ぐ。それをごく自然の流れのように手に持ち、アナトリーは一息で、しかし味わうようにゆっくりと飲み干していく。
「あぁー…確かに戦うのは難しくなる。だが戦えないわけじゃあない。俺が指揮するレンジャーは共産主義者三人分の働きをしてみせるぞ!」
ミラー大佐んトコには及ばねぇがな、と彼は付け加えるがそれは違う。
「アナトリー」
「うん?」
「ミラー大佐に負けてなんか、ないよ」
「………ヴェートが言うんなら間違いねぇ。ありがとよ」
ミラー大佐も、彼の指揮下のレンジャーやオーダーの者達も、メトロの平和のために戦っている。そして彼、アナトリーもメトロの未来のために身を投げ打つ覚悟を決めている。
彼らの覚悟に悲壮感は決して漂わない。未来を信じ、未来を守り、未来を紡ぐために今を必死に守り通そうとしている。彼らは決して死に行く者ではない。道半ばで力尽きようとも、その意志を仲間が背負い、引き継いで進んでいくのだ。
彼らの意志は、強い願いは、死なない。
「子供たちの未来を救ったアナトリーの勇気と献身を讃えて!」
「…お、おいヴェート…」
声を張り上げ、ショットグラスを手に立ち上がる。私と彼の語りを聞いてか知らずか、私を見た者は次々に手にしたグラスを高々と掲げ、声を同じくする。
「アナトリーの勇気と献身を讃えて! 流石は元陸軍工兵隊だ!」
「アンドレイの爺さん…俺は俺にできることをしたまでだ」
「だがお前さんがしたことは並大抵の男ではできん偉業だ! わしの孫やその友人たちを救ってくれたんだ」
同じカウンターに座っていた小太りの老人が掲げる。アナトリーの顔見知りの人らしい。
「アナトリーに!」
「子供たちを助けてくれてありがとう! 将来はレンジャーになるんだって、子供たちがはしゃいでいたわ!」
一番遠い席で食事をしていた若い夫婦も!
「アナトリーとレンジャーに! 俺達が商売できるのはあんたらが路線を守ってくれるからだ。あんた達はマーケット駅の誇りだ!」
「そうとも。どの駅のレンジャーよりも立派だ! ポリスのレンジャーにだって引けをとらないぜ!」
少し離れたテーブル席に腰掛ける髭面の自由商人らしい男たちも!
「隊長に!」
「お前らは後で腕立て1000回だ」
「ハッ! 喜んで!」
「隊長のご指示ならいくらでも! 俺たちレンジャーはあんたに従ってレッドラインの戦争だって生き延びてきたんだ。いつでもご命令を!」
たまたま居合わせた非番のレンジャーたちも!
次々と酒場から声が上がる。メトロの駅のたった一つ。しかしその駅の子供の未来を守り抜いた、希望を守り通した老兵に賞賛が送られる。
彼らの顔には希望が輝いている。駅を守る勇敢なレンジャーへの賞賛と感謝が一杯の杯を通して酒場を飲み込む渦となって沸き起こる。
「乾杯!」
そして私の一言で口火が切られる。一斉に杯を呷る人々。次々とテーブルにグラスが置かれる音だけが酒場に響く。
静けさは祝福するような荘厳さを醸し出す。大聖堂の真ん中に居るような、いや既にここは一つの聖堂だ。命を賭けて戦うレンジャー、そのうちの一人のための神聖で、酒の臭いで包まれた聖堂だ。
そして誰とも知れない拍手が起こり、体内に広がるアルコールのように酒場を包み込む。
「さあこっから先は私の奢りだ! 私がここで飲んでる間は飲みまくれ!」
「ちょ、ちょっとお嬢さん!?」
「ねっ、いいでしょ? マスター?」
精一杯のお茶目さと笑顔を込めて、マスターに同意を求める。
ハァー、と深いため息が出たものの、軍用弾の入ったマガジンをごっそりと突きつけると呆れたように笑みを零す。
「いいぞ。存分に飲んでいけ! ラスヴェートのお嬢さんに感謝しろよ!」
「スパシーバ、お嬢さん!」
「そこらの商人よりずっと気前がいいぜ!」
「天使じゃ! メトロに天使が舞い降りたぞ!」
「あぁ~心がぴょんぴょんするんじゃぁ~」
「さぁ、飲むよー!」
「レンジャーとアナトリーと、後はキモチイイ天使様に乾杯だ!」
ウォッカの空き瓶が山積みになっていたのは覚えている。だが、そこから先は覚えていない。
気づけば宿のベッドに寝かされているのだ。オマケに服も戦闘服ではなく持参していたピンクのお気に入りのパジャマに着替えている。ちなみに地上の洋服店で見つけた掘り出し物だ。
枕元に置かれたメモ用紙に気づいて読んでみたところ、アナトリーが女性の部下に言って部屋に運び、着替えをさせたことと店の後始末を滞りなく終えたということを理解する。
酒好きな彼のためにしたはずなのに、結局最期に彼の世話になってしまうなんて。
水で濡らしたタオルで寝汗をふき取り、野戦服に袖を通す。
探索や戦闘に必要な装備はレンジャーの保安室に預けておいたままだ。イーグルをホルスターに収めて宿を出ると、駅の様子に違和感を感じる。
騒がしいのはいつものことだが、怒号や叫び声が響くような治安の悪い駅ではなかったはずだ。一体何があったんだろう。
レールカーの発着所から伸びる長蛇の列を尻目に階段を上がり、レンジャーの詰め所になっている元は駅の事務所だった一室のドアを叩く。
錆びの目立つ鉄製の扉の小窓が開くと、強面のレンジャーが尋ねてくる。
「何の用だ。今は忙しいんだ」
「装備を取りに来ただけだよ」
ハンザ発行のパスポート。それを見た彼は眼を見開いて、少しだけ待てと告げて小窓を閉じる
。
私がストーカーとして持つパスポートはそこらへんの市民のものより効力が段違いだ。何せ危険な地上へと歩み出て、旧時代の遺産や技術を持ち帰るというのは並大抵の戦士では為しえない任務。しかも私はその上にオーダーのお墨付きまで入っているのだ。
「入れ」
思っていたよりもすぐに許可が下りたらしく、時間はそれほどかからなかった。
僅かに開かれた扉を抜けるとすぐにロックがかけられる。外の喧騒から隔絶された通路を進むと、会議室だっただろう広間ではミーティングらしきものが行われている。
アナトリーも同席しているのがちらりと見えたあたりで、何やら事は重大な様相を呈していると勘で理解してしまう。
金庫室で装備を返還してもらうと、忘れ物が無いか確認しつつ身に付けていく。
元来た道を引き返して扉を出ようとしたところで、不意に背後から声がかけられる。
「ヴェート。少しいいか」
「ん、大丈夫だよ」
「実はつい先刻リジスカヤ線側の駅のトンネルで野盗が出たんだ。そのため現在路線内はレンジャー部隊が展開して、掃討を行っている真っ最中だ」
「ふうん。規模は?」
「かなりでかい。ヤツ等の行動範囲がまだ絞り込めない以上は長期間路線を閉鎖して調査と殲滅を行うしかない。念のためアレクセーエフスカヤ駅でもレールカーや人員の移動を差し止めているほどだ」
「それだけの規模の野盗が出るなんて…よく気づかれなかったものだね。意外と頭が回る奴等なのかもしれない」
「おそらくは最近ドライ駅に住み着いた野盗どもの仲間だ。このあたりは地上へ出る通路や駅を迂回する抜け道も多い。おそらくいずれかのルートでマーケットを避けて足を伸ばしたんだろう」
「ドライ駅、か…」
なんてこった。カーンとブルボンの合流地点がまさか野盗の住処になっていたとは。ドライ駅は長い間無人駅だったはずだが、休憩所のようにある程度の設備が残ったままだったはずだ。
足を休めるためにやってきたキャラバンや商人を狙ってドライ駅に潜んでいるのだろう。無人とはいえメトロの駅を占領するとは、不届きな奴等も居たものだ。
「私さ、ドライ駅に用があるんだ。待ち合わせでね」
「……ちょっと待て。まさかお前…」
「“ゴミ掃除”の時間だよ」
相棒のカラシニコフのコッキングレバーを引き、薬室へ汎用5.45mm弾を装填する。
略奪者に慈悲は要らない。私が与えるものはたった一つ、死あるのみだ。
「敵なら、殺せ」
そう、奴等はメトロの敵だ。このメトロを食い潰す害悪だ。共産主義なんてくだらないものを掲げる奴等も、人種差別主義者の
あいつらの引き起こす戦火が飛び火して、メトロに住む多くの人々に降りかかっているのだ。お互いに手を取り合って地上を目指すという思考など奴等には存在しない。あるのはそいつらが台頭したとき、メトロは終焉の淵に立たされたも同然になるという事実だけだ。
アナトリーの呼び止めにも応えず、乗り換え駅のエアロックへと足を向ける。
かつてのロシア時代の地下鉄はどの駅もさながら美術館のような美しい駅だったそうだが、今では見る影も無い。照明はシャンデリアからロウソクの乗った小皿に変わり、駅のホームは人々の生活する居住区となり、電車は今となっては切り崩されて資材にされるか、そのまま住居として使われている始末だ。
商店と酒場と集会所が一緒くたになった駅のホーム。壁や床のタイルは剥がれたりひび割れたりしてかつての美しい光沢は無く、三つに区切られた区画に分けられている。
レールカーや機械、銃のの保守点検を行う工房と、肉屋や雑貨屋が並ぶ商店区画。そして地上への出口に通じるエアロックがある広場。
狭い駅のホームは人ごみで埋まり、騒がしくも活気のある姿をしている。乱雑に並んだ商店と飲んだくれが集う酒場を横目に、エアロックへと足を運ぶ。
彫刻の施された白い天井は煤で汚れ、蜘蛛の巣が張り、住居である電車も劣化によってボロボロになっている。歩き回るのは銃を持った歩哨と戦火をメトロのお陰で潜り抜けた大人と、メトロで生まれた地上を知らない子供たち。私も空を見た記憶は残っているが、それはあくまでかつて日本人だったときのものであり、実際に戦前のモスクワの空を知っているわけではない。
途中で見かけた武器庫に立ち寄ってフィルターをいくつか買い込み、地上に出る身支度をする。
地上は今や人間が堂々と歩き回れるような場所ではなくなっている。息を殺し、ミュータントを避け、静かに獲物を探しては地下へと帰っていく。そんな場所になっているのだ。
そんな我々はラーカーと似たようなものなのかもしれないと思うことがある。
ラーカーというのは猿を一際醜くしたような不細工な顔で、毛の生えていない小型の犬程度の大きさのミュータントだ。人間が二人で並んでいれば組み難しと感じるのか尻尾巻いて逃げ帰るヤツらだが、数が揃っているか、獲物が一人でいるときには獰猛に、執拗に食らい付いてくる。
そしてそいつらの主な餌はノサリスの食い残しや、既に死んでいる獲物。つまり死体漁りによって彼らは命を繋いでいる。もちろん奴等は同族だろうが食べてしまうが。
死したモスクワの地上をこそこそと漁る我々人類。
死したノサリスや人を食い漁るラーカーたち。
飢えていれば同族だろうが構わず飲み食らう。そうしてラーカーも人間も生き延びている。
だが我々人類は、意志がある。奴等は本能こそあれど、高度な意志を持ち合わせてはいない。
こうして比較してしまうのはきっと、自分達の矮小さを認めたくないからなのだろう。
いつまでも争いをやめることができない愚かな人類の矮小さを認めたくないがために、こうして自分より劣っているだろう相手を見つけて比較し、自分が優位だと思い込みたいのかもしれない。
現実には、メトロには滅びしか無いというのにだ。
そりゃあそうだろう。人は今も争い資源と命をすり減らし、メトロはミュータントの攻勢によって少しずつだが狭まっているのだ。
ミュータントの侵入を防ぐためにトンネルを爆破し、今では元あった駅が無人駅に変わり果てているところや、瓦礫によって埋まってしまった駅さえあるのだから。
これからも今までのように繰り返されていけば、メトロは人類の退避所ではなく棺桶になってしまう。それを防ぐための手立てを、ミュータントを排除し地上に再び人類が躍り出るための力を探していくのも我々ストーカー、そしてオーダーの任務の一つであるのだから。
幸いにも最近の地上ストーカーやレンジャーには、問題ばかりのメトロ内と違って活気に満ちている。なんでも状態が良好なミサイル基地が発見され、多数の銃や弾薬、機械がメトロへと持ち帰られたという話だ。
それを為したのがオーダーとハンザのストーカー、その中でも指折りの実力者である“ナンバー持ち”達によるものだというのだから嬉しい限りだ。
「お前さん、こんな状況だってのに地上に出るのか?」
「うん、頼むよ」
「タフだねぇ。まあいいさ、行ってこい」
赤い回転灯が回り始めると、二人の男がエアロックのハンドルを回し始める。機銃手とバラクラバを被った門番のリーダーの男は銃を構え、エアロックの扉の前に立つ。
ガコンとエアロックが開かれると、そこには一体の影が立っていた。
彼には影が見えていない。リーダーの男はその影の横をすり抜け、水平二連式のソードオフショットガンを構えたままエアロックから出て周囲の警戒に当たる。
「……何か居るような気がしたが…ふむ……敵影無し! だが気をつけろ。どうにもきな臭い」
「ありがとう。行ってくるよ」
「よき狩りを、ストーカー」
エアロックの向こうには朽ち果てて壊れたエスカレーターが続いている。地上の空気は降りてきていないようだが、逃げ遅れた者達の影が壁に背中を預けるようにしているのがちらほらと見受けられる。
ガスマスクを被り、外に出していた髪を丸めるように束ねて野戦服の中に収める。
カラシニコフのストックを肩に当て、左手で銃身を支えてダットサイトを覗き込む。赤い光点が映るサイトを覗いて警戒をしたまま、エスカレーターを少し駆け足気味に登っていく。
改札口へつくと、そこに先客が居るのが見える。ガスマスクを被り、凍りついたままの真新しい死体。壊れた
傍目に見ると装備品は粗悪なものだ。リボルバーに簡易生産のマシンガン、服は戦闘服ではなくただの服。地上探索の友であるガイガーカウンターさえ持っていない。
グレネードや投げナイフのようなものもなく、そっと拾い上げたマシンガンも放熱効率を上げるためのカスタマイズすらなされていない。そのせいでオーバーヒートを起こしたところを殺されたのだろう。保弾板の真ん中で銃弾が詰まったままになっている。
これ以上は触れないほうがいいと判断して駅の改札口を後にする。風化して崩壊した駅舎を一歩外に出ると、そこにはいつもと変わらないモスクワの町並みが佇んでいる。
道路を裂くように伸びる、汚染された水が流れる河。
崩れ落ちたビルやマンションに、経年劣化でさび付き朽ち果てた看板。
積み重なるようにぐちゃぐちゃになった自動車。もちろん乗客付き。
対岸を繋ぐように伸びる電線。折れた電柱に押し潰された不運な自転車の運転手。
建物の窓は割れて雪に覆われている。モスクワの街は核によって滅んだ日から雪に塗れ、二十年の時が経っても今尚こうして肌を焼くような熱さを伴う白雪の化粧に覆われている。
空気は汚染され、水や雪は放射能に侵され、二十年の時を経ても一向に収まる気配は無い。
核のもたらした世界規模の冬。しかしそんな冬が来ても、そして滅んだ後であっても、モスクワの街並みは雪化粧によって退廃的な美しさを醸し出している。
「ただいま」
一歩を踏み出せば、カリ…カリ…とガイガーカウンターが音を上げる。まるで進入を拒むように鳴り続ける不快な音。
雪の中に眠り続ける死の都に、今日もどこかでストーカーは地上に挑み続けているだろう。
いろいろ設定っぽいものを付け加えてみたけれど、どうにもうまくできないもどかしさ。
レンジャー・ハードコアがクリアできないもどかしさ。
野盗・共産・ネオナチ絶対殺すウーマンになったラスヴェートちゃんは果たして何度“くっ殺”の憂き目に遭うんでしょうね(ゲス顔)
ちょこっと追記したそうです。