※この作品はR-18です。

とある佐天の百合洗礼《レズテスマ》   作:エステル

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第1話 百合幻想《キマシタワー》

◆ 柵川中学 某教室前 ◆

 

「うーいはる♪」

 

 親友のご機嫌な声に何気なく振り向いた初春にまず生じた感情は、驚きよりも後悔だった。初春はもっと彼女について深く考えておくべきだったのだ。なぜ彼女が自分のスカートをめくり、初春の秘部を柔らかく覆い隠す薄い布を見たがるのかを。なぜ毎日、自分がどんなパンツを履いているのか確認せざるを得ないのかを。他人のパンツを見ることに、世間の大よその人間がどういう動機を持っているのかを。

 

 すなわち、佐天涙子がノーマルではないと言う可能性に、もっと早く思い至るべきだったのだ。初春の人生において最も大切なもののひとつが、たった今永久に失われてしまっていた。それは初春自身に内包されていた失態であり、決して佐天の行為によってもたらされた悲劇ではないのだ。初春が振り向いたその時、彼女の唇は、彼女の意志とは無関係に、佐天涙子の柔らかな唇と切ない愛を交わすこととなった。脳を揺るがす甘酸っぱいレモンの味。今朝から佐天がなめ続けているレモンキャンディーの味だ。初春は耳まで真っ赤にして、パニック気味に数歩後ずさる。何人かの女子生徒が失神するほど憧れているアイドルに遭遇したみたいに黄色い声をあげた。とんでもないシーンを見られてしまった。

 

「さささっ……佐天さんっ何やってるんですか!」

 

 初春はしどろもどろの掠れ声で親友を糾弾する。例えパンツをめくるのは許せても―― 口では拒絶してはいたが ――キスまで許した覚えはないのだ。もっとも、初春にとってこの抗議は一種の反射的行為であって、自分の感情を深部まで整理したうえで本気で佐天に怒りを抱いていた訳ではない。

 

「レモンの味した?」と、佐天は混じりけのない純白の笑顔で言った。自分が男だったら恋に落ちていたかもしれないな、と初春の脳裏に少女染みた空想が過った。生憎、初春は女だ。

 

 佐天があまりに悪びれる様子がないので、初春は、佐天の行為が何でもないごく日常的な挨拶であるかのように錯覚してしまった。もちろんそんなことはない。ここはアメリカではなく日本なのだ。日本ではいくら仲の良い女子同士でも、挨拶変わりにキスすることはない。一線を越えた関係でもなければ。それが初春の頭に蓄積された一般常識なのだ。

 

「しましたよ!」

「ファーストキスは、やっぱりレモンの味じゃなきゃね」

 

佐天は小さく舌を出して、唇の味を確かめるように一周させた。夏の湿度に唾液が加わり、佐天の唇は妙に艶めかしい光沢を放っている。初春は脳の未開発領域から不意にあふれ出た未知なる情動を打ち消すべく、全身全霊で理性で感情を押さえつける。

 

「な、何言ってるんですか佐天さん。私の男性経験を勝手に決めないでください」

「ありゃ……もしかしてセカンド・キスだった?」

 

 佐天はおそらく事情を知っているくせに、心底意外そうに目を大きく見開く。そうすれば初春が自分からペラペラ喋ると分っているのだ。

 

「ええ、ファーストですよ! 大体身体検査(システムスキャン)の最中になんで飴なめてるんですか!」

 

 初春は真っ赤になって自白する。初春は佐天に弄ばれていることを知りつつ、結局は佐天の目論み通りに行動してしまう。

 

「いやー、今朝から妙なんだよね。無性に酸っぱいものが食べたくて我慢できないんだー」

 

 そう言って佐天はまた舌を出した。彼女の血色のよいピンク色の舌には、今度はレモン・キャンディーがちょこんと座っていた。佐天になめられて球体になり、まとわりついた唾液によって水晶のような光沢を放っている。初春は思わずごくりと息をのむ。「これはごく一般的な条件反射によって引き起こされたものなんです」と初春は自分に言い聞かせた。

 

 初春は再度糾弾しようと視線を佐天の目に移した。だが言葉が出てこずに目を泳がせる。キスが一般的挨拶でないのと同様、授業中ではないとはいえ、休み時間でもない身体検査の待ち時間に飴を食べるのも常識外れの行動。しかし初春にとっては、そんなことの是非を問う価値はとっくに失われている。初春の最初の相手は佐天涙子であると、彼女の唇と記憶に未来永劫刻み込まれてしまったのだから。レモン味と共に。

 

 佐天は初春の落ち着きがなく挙動不審とすら思える佇まいに気に留める様子もなく、スカートから新しいレモンキャンディーを取り出し、包み紙をといて口に放り込んだ。相当刺激の強いレモン味のようで、両目を思いっきり閉じてプルプル震えている。

 

「これ効っくー!」

 

 佐天は幸せそうに自分の体を抱きしめて全力でくねくねする。初春はほのかに唇に残るレモン味も手伝い、空腹でもないのに涎を垂らし始める。

 

「へーそうなんですか……って、違いますよ! そうじゃなくてですね。何で私にちゅ……ちゅ……ちゅう……」

 

 初春は口の中でもごもごと言葉を反芻する。佐天は患者の一挙手一投足を冷酷に観察する精神科医のように、初春の反応を興味深そうに伺う。

 

「何でチューしたのかって?」

「そうですよ!」

「んーとね。初春が緊張してるみたいだったから。チューしたらリラックスできるかなーって思ったんだけど、ダメだった?」

 

 佐天は一瞬腕組みして考える振りをすると、取ってつけたような言い訳じみた答えを返す。初春の顔はますます紅潮し、頭上に寄生する花たちも踊り狂っている。怒りなのか羞恥なのか、それとも別の感情なのか判別の付かない赤。初春に呼応するように、佐天の顔にも赤みが増していく。けれど、佐天の赤面は別の理由だった。他の生徒も、一様に紅潮しているからだ。

 

「あっつー……ねぇ、初春。何だか急に暑くなってない? クーラーと間違えて暖房でも付けたのかな」

 

 佐天は人目も気にせず、セーラー服の胸当てに手を入れ、手団扇で空気を送り込む。初春の視覚に、うっすら汗ばんだ白い肌が映し出される。初春はさらに頬を真っ赤にし、佐天のはしたない行為をやめさせるため、たまらず彼女の手首を掴んだ。必然的に二人の距離は縮まる。顔も近づいた。佐天のキスが未だに意識をかき乱している初春は、得体のしれない胸の高鳴りに困惑する。思春期の少女が奇跡的に醸し出した特別な表情は、当事者であるにもかかわらず離れた位置に身を置いていた佐天の意識をも地上へと引き寄せた。廊下の真ん中で恋人のように見つめあう二人。まるで魔法にでもかかったかのように動けなくなる。目を放したくても離せない。気温も体温も面白いほど上昇していく。特に気温は、夏にしても暑すぎるくらいに上昇していた。

 




佐天「努力努力って、御坂さんは一体どんな努力をしたって言うんです!?」

御坂「そ、それは学園都市が組んだカリキュラムに沿って」

佐天「じゃあ何のカリキュラムも組まれなかった私達《レベル0》は何を努力すればいいんですか! 学校の勉強ですか!? テストでいい点とったら能力者《レベル5》になれるんですか、なれませんよね!」

御坂「……だ、だからそれはね」

佐天「言わなくていいです! どうせ『甘えるな。自分で考えろ』って言われるに決まってますから。分ってるんですよ、そんなこと! だから私は考えましたよ。神ならぬ身にて天上の意思《レベル6》に辿り着く方法を!」

御坂「絶対能力《レベル6》ですって? 佐天さん、あなた一体何をするつもりなの!?」


佐天「次回、定温保存《サーマル・ハンド》。科学と佐天が交差する時、物語は始まりまーす!」
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