※この作品はR-18です。

とある佐天の百合洗礼《レズテスマ》   作:エステル

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※性的な表現があります


第10話 使い方によってはこういうこともできるんですのよ

「風紀委員(ジャッジメント)ですの」

 

 黒子は噛んで含めるように言い直した。額の延長線上、黒々とした銃口が狙いを定めているからだ。頭に花が咲いた女の子は、同僚の来訪を歓迎するつもりは毛頭ないらしい。無論、黒子が仕事をサボって深夜徘徊をしているからではない。

 

「私も風紀委員(ジャッジメント)ですよ」

 

 機械的な反復。それ以外に言うべき言葉が思いつかなかったのだろう。事実確認によるごく一時的な休戦協定。束の間の平和が数秒で終わるにしろ、初春飾利には時間が必要なのだ。

 黒子は何も言わずに初春を見下ろしたまま。微動だにしない。遠くから見れば優し気なお友達。だが、銃口の先で笑う道化ほど怖いものはない。黒子の手に握られているのは明らかに武器なのだ。なぜここへ来たか、その理由は問うまでもないだろう。初春の選び得る可能性が急速に失われていく。

 振り返ってみれば、初春が美琴を陥れようと画策していた痕跡は幾つもあった。まず夜中に制服を盗んで佐天の所へ行ったこと。第2にマネーカード事件以来関わり続けていたこと。第3に、アンチスキルに対する指揮が的確すぎたこと。なによりも、今自分が美琴に銃を向けていると言う事実。初春にとっては想像もしたくない悪夢だが、佐天が連絡した可能性も否定しきれない。あまりにも救いのない結末……、と初春は悲痛な想像に囚われる。

 思考の間隙を縫って、黒子が美琴をかばうような位置に出現する。慌てて眼前に照準を戻す初春。距離は3メートルに満たない。銃やテレポートより、殴り合う方が早い。

 

「シャワーを浴びに行く……わたくしの聞き違いでなければ、そう言ったはずですわよね」

 

 初春は答えず、口内に溜まっていた唾をゆっくりと飲み下した。近くで見る黒子の微笑みには、ぞっとするような酷薄さを感じずには居られない。人間に対する感情表現の手段を真逆に教え込まれた肉食動物の眼差しだ。

 初春は力の入らない指で撃鉄を起す。親指と人差し指の間に、でっかい蚊に刺されたような、痛みとこそばゆさの同居する感触が走った。夏の河川敷だ、やぶ蚊の1匹や2匹気にしても仕方がない、と初春は違和感に耐える。虫に構っている場合じゃない。

 

「で……ですから本件は私の管轄で……あのその……つまりですね……」

 

 しどろもどろに口を濁す初春。二の句が継げない。初春は控えめに言って震え上がっていた。なにせ、黒子の心酔する御坂美琴に銃を向けてしまったのだ。佐天を寝盗られた――と初春は思い込んでいる――怒りで美琴の殺害を目論んだ彼女だからこそ、今の黒子の恐ろしさが身に染みて理解できる。

 しかも黒子の空間移動(テレポート)は、挙動が見える美琴とは危険度が段違い。頭に鉄矢(ダーツ)を撃ち込まれでもしたら、抵抗する間もなくあの世行き。恐怖を抱くなと言う方が無理がある。今度は足の甲にしましまの蚊が纏わりつく。最近の蚊は血に飢えているのか、靴下の上からでも刺すのだ。多少の不快感はあっても耐えるしかない。不用意に動けば殺されかねない。

 

「黒子あのね、私と初春さんは――」

 

 美琴が口を挟む。黒子は振り返らず、首を一往復させて制止した

 

「お姉様、何もおっしゃらないでください」

 

 全幅の信頼に満ちた柔和な囁き。誇らしげな背中。美琴は、この後輩を少しでも疑ってしまった自分を恥じ、あまつさえ男に頼ろうとした自分の選択を後悔していた。佐天の時と同様、美琴の乙女心が、キラキラと音を立てててときめく。あろうことか自分の後輩、しかも常盤台一の変態相手に。今日の彼女はどうかしているのだ。

 

「情報の隠蔽、改竄。権限の濫用。越権。独断専行。ジャッジメントとしてあるまじき行いの数々……許されるとお思いですの?」

 

 黒子は静かに諭すように、罪を読み上げる。黒子がどこまで知っているにせよ、いや知らなくとも同じ。黒子にとって美琴への敵対行為は極刑に値するのだから。

 

「ど、独断専行は白井さんのことじゃないですか! いつもいつも勝手な行動ばかり、挙句の果てにはテロリズム幇助ですか? その人は、御坂美琴は、テロリストですよ! 白井さん、今朝言いましたよね。『この街の治安を脅かすものなら、たとえお姉様が相手でも、黒子のやることは変わりませんの』って! なら、やるべきことをやってください。御坂さんは学園都市を破壊するテロリストです。それでも御坂さんを庇うんですか? 春上さんの時は証拠もないのに疑ったのに、明白な証拠があるのに御坂さんは特別扱いするんですね。そんなのダブル・スタンダード……、いえ、汚職です! 腐敗です! 組織の一員としてあるまじき背信行為です! 統括理事会に内部告発しちゃいますよ」

 

 堰を切ったように喚き続ける初春。頭に血が上ったのか、段々と混乱し始め、目に見えて息も上がってくる。先ほどからなんとなく飛び回っている目つきの悪い蚊は容赦しない。長いスカートの中、内腿にくすぐったい痛みが走る。爪を立てて掻きむしりたい衝動を抑えているうちに、初春は更なる混乱の深みに引きずり落とされてゆく。脳を泡だて器でかき回されているような酩酊が初春を襲う。

 

「初春、内部調査の時間ですの。今のうちに喋った方が楽ですわよ?」

「な……ら、白井さんも教育してあげますよ。正義に盾突いた落とし前……うぐぐ……き、きっちり付けさせていただきっ……ますぅ……」

 

 息も絶え絶え、手先も震え出す。初春の体内で、明らかに何らかの変化が起きていた。意志とは反対に、その手から銃が零れ落ちる。拾うような余裕はないし、黒子のテレポートに対処する方法も思いつけていないが――こと防御に関しては、初春には1つの秘策があった。

 

 初春の能力は熱量の支配(コントロール)。熱量の本質は物体の有する運動エネルギーである。熱を下げることは、この運動を弱めることを意味する。量子力学では、物体を絶対零度付近まで冷やしても、不確定性原理により零点振動と呼ばれる運動を続けてしまう。量子力学上、この宇宙には物体が完全に静止する絶対零度など存在し得ず、相互作用の働く余地が出来てしまうのだ。ならば――その零点振動さえ止めてしまえば、初春周辺の時空間は完全に静止、不確定性原理は通用しなくなる。いわば熱的死の要塞、時間の墓場、宇宙の理を外れた異空間のバリア。

 

 初春は混沌とした思考から戦意のみを抽出し、全神経を能力行使につぎ込む。たとえ黒子の空間移動(テレポート)が11次元を利用して古典力学の壁を突破するにせよ、同じ量子力学が創り出した壁までは突破できない―――! 

 

「熱量支配(アンダー・コントローラー)の究極奥義(レベル5)、通行規制(オールマイティ)――! 佐天さんと私のっ、愛の力ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 これこそが、初春飾利が平然と美琴に挑むことが出来た最大の理由。彼女は定温保存(サーマルハンド)が秘めていた大いなる可能性を見出した時、学園都市の支配構造を力で塗り替えることさえ思いついたのだ。佐天が人質にされたことによりその目論見は破綻してしまったが――ここに白井黒子と御坂美琴が居る以上、状況はまだアンダーコントロール(制御下)にある。初春は美琴どころか、学園都市(アクセ )最強の超能力者(ラレータ)にすら負けるつもりはないのだ!

 

 この力こそ、復活(アナスタシス)の証人となった初春に、世界を裁くべく佐天が授けた福音――! 

 

 だというのに――先ほどまではすんなりと描けた計算式が、これっぽっちも思い出せない。脳は焼け付くほどに回転しているのに、思考の核心に高密度の霧が満ちて、ぼんやりと輪郭を覆い隠している。脳内の情報伝達回路に、エンコード不可能な言語が介入しているよう。

 

「あっ、あれぇ? 通行規制(のうりょく)が使えない……! ジーザス、白井さんにあんなことやこんなことをしてあげようと思ってましたのに……」

 

 初春は言うことを聞いてくれない両手で、スカートのポケットからたどたどしく携帯を引っ張り出す。画面に踊る8月16日に文字。時刻を見るまでもない。初春と佐天が接触したのは多めに見積もっても3時間弱。絶対能力進化(レベル6シフト)第2計画の研究報告を見た初春は当然知っている。佐天の能力、百合幻想(キマシタワー)が接触時間に比例すると。笑いたくなるほど単純なミス。戦いにかまけ、時間感覚が狂ってしまっていた。

 つまり――今の初春は、低能力者(レベル1)。定温保存(サーマルハンド)がいかに強力な能力であれ、低能力者(レベル1)では文字通り保温しかできない。超電磁砲(レールガン)と空間移動(テレポート)を相手に、保温能力と拳銃1丁で立ち回る悪知恵は、さしもの腹黒守護天使(ゴールキーパー)にも思い浮かばない。

 初春の顔からみるみるうちに血の気が失せて行く。引き換えに、別の血がどこからともなく吸い上げられて、今度は赤く染まってゆく。平静を奪う種類の血だ。

 

「どうやら、あなたの百合幻想は終わってしまったようですわね」

 

 そう言った黒子の声は、怒りと言うにはどことなく浮ついており、初春の狼狽を見て楽しむような不穏さが混じっている。

 

「ちょっと静かにしててください! 今集中してるんですから」

「あなたねぇ……」

 

 呆れるように言う黒子。それもそのはず、初春は敵前にもかかわらず目を閉じ、ぶつぶつとわけの分からない呪文を唱えている。そんなこと何度やっても、通行規制(超能力)は発動しないのに。

 

「なんでっ……佐天さんがくれた力なのにっ……! ああ、どうしましょうグレート・ジーザス! ヨセフの妻である聖母マリアの息子。あぁ、マリアの夫にしてイエスの父ではないヨセフ様! ああ、聖母マリア! イエスの母にしてヨセフの妻マリアの父! あれれ……マリアはヨセフの……なんでしたっけ」

 

 はぁはぁと息を荒げ、全身を蝕むどこか甘い不快感に身悶える。黒子も美琴も、その様子をただじっと見守っている。だから聴こえるのは、初春の呼吸音のみ。耳を甘噛みする蚊。混迷を極める初春の思考に突き刺さった一本の解答。これだけ刺されていると言うのに――羽音がしない。

 

「そ……その細い針……なんです!?」

 

 薄目を開けて黒子の手元を睨む。初春はようやく、違和感の正体に見当がついた。黒子の持っていた針の数が、最初よりも随分と少なくなっている。そして……先ほどから飛び回っているはずの、でっかいしましまの目つきの悪いなんとなく羽音がしない蚊の正体。

 

「これはいわゆる、鍼ですの」

「はぁ……りぃ……?」

 

 昇天寸前の初春はうわ言のように呟く。ここは天下の学園都市。鍼灸治療などという非科学的な物、誰も知らないのだ。初春が気が付かないのも無理はなかった。

 

「要は体のツボを刺激する訳ですから……」

 

 黒子が針のタクトを振るう。全ての針が消失し、11次元空間をぶち抜いて初春を目指す。肉体を隅々まで突き抜ける切ない電流。各部に接続されていた回路が全て繋がり――

 

「あぐっ……んぁああーっ!」

 

 喉の奥から絞り出された喘ぎ声。初春は自分の肩を抱き、熱っぽい上目遣いで黒子を見上げる。暗闇で怪しく輝いた黒子の瞳。初春を弄ぶ時の意地の悪い微笑みだ。

 

「使い方によってはこういうこともできるんですのよ」

 

 鍼治療の神髄。それは鎮痛効果にある。体表面の感覚神経を刺激することで、痛みを抑制する内因性オピオイドを分泌させるのだ。体をどこかに思い切りぶつけた時、痛みに耐えるために体をさすると言う経験は誰しもが持っているだろう。それと同じだ。

 

「これ……んんっ……」

 

 このオピオイド、少しドラッグについての知識を齧った者ならすぐ感付くだろう。代表的なオピオイド化合物と言えば、誰もが知る麻薬の王者、ヘロイン。アヘンを精製したモルヒネから合成したこの薬は、注射した瞬間に、全身の細胞がオーガズムに達したような強烈な快楽を引き起こす。おおよそ人として望みえる最高の幸福をもたらし、引き換えに地獄そのものと恐れられる深刻な離脱症状と、平均5年以内の死を残してゆく。

 

「はぁ……はぁ……んはっ……」

 

 もちろん、人間の体内で生成される内因性オピオイドは、ヘロインほどの刺激的な快楽を生じさせることはない。それでも、例えばβエンドルフィンは、モルヒネ同様の強烈な多幸感を引き起こし、モルヒネの6.5倍の鎮痛効果を齎す。さて、βエンドルフィンが分泌されるのはどういう時か。代表的なものがランナーズ・ハイ。

 そしてもう一つ―――――そう、セックスだ。セックス、恋愛、オーガズム。それらの魅力は、化学(ばけがく)的に言えば脳内麻薬(リガンド)の分泌によるものと言えよう。初春飾利は自分に生じつつある快楽の正体を知っている。知ってしまっているのだ。知っているからこそ抗えない。抗えるはずがない。

 

「ひぎぅ……! 体が、熱いっ……あっ……あああーっ!」

 

 ――当然、初春の脳内演算機構は快楽の原因を探り、海馬に蓄積された類似する信号パルス・パターンを経験したエピソード記憶に接続する。佐天とのペッティング、ディープ・キス、膣内に挿入された指の感触。それら具体的な経験データは、進行中の現象に付随するものとして再び抽象化され、脳から末梢神経へとフィードバックされる。そしてニューロンやらシナプスやらその他訳の分からない中枢神経が宇宙的規模の複雑さでごちゃごちゃと作動し―――以下略。

 

 有り体に言えば、黒子に針を刺されて、初春の股間が熱くなってしまったと言うことだ。

 

「しら……白井さん。私に何したんですかぁ……ひぁんっ……はぁはぁ……」 

 

 唇の端から涎を垂らし、がくがくと足を震わせる初春。もはや立っていることさえままならない。崩れ落ちるように倒れると、悔し気に地面に這いつくばり、体の深くから疼いてくる既知の感覚に耐えようと固く目を閉じる。幸い地面は、戦闘の余波で綺麗に滅菌されている。

 

「鍼治療というよりも……」

 

 黒子はそんな初春の耳元に、

 

「性感マッサージですの」と、そっと囁いた。

 

 初春はきっと目を開き、心の奥底に溜まった怒りを投げつけるように睨んだ。

 

 黒子はそんな初春の眼前にしゃがみ込む。美琴に見えないように小さな胸の中からピンク色の物体を取り出して、初春に見せつけた。粗末なプラスチック製。楕円形のツルツルとした卵。ダイヤルの付いたリモコンが同色のケーブルで接続されている。ピュアな美琴には見えていたとしても用途が分からないだろう。

 黒子はローターをこれ見よがしに舐った。数時間前初春が美琴に対して浮かべていたものを、長時間に煮詰めて純化させた蠱惑的な淫乱さ。"変態"の異名は伊達じゃないのだ。初春は懇願するような笑顔に涙を浮かべていやいやと首を振る。

 

「後ほどわたくしが手ほどきして差し上げましょうかと……お伝えしましたわよねぇ?」

 

 初春は溢れかけた唾液を音を立てて飲み込む。彼女にとって最も恐ろしかったのは、今まさに快感が生じているという疑いようのない事実であった。以前はこんなことありえなかった。黒子にどこを舐められた所で不感症みたいに何も感じなかった。

 今は違う。初春の秘部は先ほどから湿り気を帯び、自らに触れることをしきりに要求している。自分の愛液でぬるぬると擦れるクロッチの感触が、下半身の不快な疼きを増幅しているのだ。

 

「お姉様。申し訳ありませんが、しばらく後ろを向いていては頂けませんか。これからわたくしは、少々手荒な尋問を行ってしまうかもしれません。お姉様には、そんな黒子を見て欲しくありませんの」

「う……うん。ほ、程々にしときなさいよっ?」

 

 やはり背中で語る黒子。美琴は四つん這いなってこそこそとその場を離れると、真っ赤になって耳を塞ぐ。思春期の乙女心は繊細なのだ。

 

 黒子は初春の体に手を這わせる。頭からうなじ、背中から腕。おしりから太ももへ。土を弾き飛ばしながら、針の檻が2人を取り囲む。愛撫に加えて、体内から異物が引き抜かれた時の、ある種の達成感を伴った心地良さが、初春の心をジンジンと責め立てる。自分の意志に反し、黒子の行為を受け入れてもいいような、諦めにも似た好意が湧いてくるのを自覚する。

 

 そんな初春の胸中を察してか、黒子は初春の脇の下に手を入れて上体を引き起こし、優しく自分の膝の上に座らせる。力の抜けた初春は、それでも身を引き離そうと抵抗する。しかし体を支えるには、黒子の肩を掴む必要があるのだ。初春の真意は全く逆の現象として4次元時空に書き込まれてしまう。

 黒子の唾液でぬらりと光るローター。唇から正中線をなぞりスカートの中へと下ってゆく。プラスチックの表面にまとわりついた生暖かい粘液。薄い布を隔てて、黒子の唾液が初春の下の唇に擦り付けられる。

 

 スイッチを切ったままのローターを這わせる黒子。まるで女性器の細部を検分するように。

 

「し、白井さん、考え直しませんか? 恋人を奪われたもの同士、協力するって誓ったじゃないですか。我々は共通の目的に向かって協力すべき同志のはずです」

「あなたの"佐天さん奪還計画"とやらが、まさかこんなお下品でお粗末なものだったなんて……失望しましたの。お仕置きが必要ですわ、初春」

「くっ……私にこんなことしたらどうなるか、分ってるんですか?」

「ぜひご教授願いたいですわね」

「……詳細は言えませんが、御坂さんは必ず佐天さんと一線を越えようとします。だから! 私は不本意にも御坂さんの邪魔をしなきゃならなかったんです。私だって、やりたくてやってる訳じゃないんですよ! 御坂さんを佐天さんに寝盗られても良いんですか? 白井さんは一人孤独に残されるだけですよ! そんな惨めな結末がお望みですか!?」

「初春、これだけははっきりと言っておきますわ。見返りを求める愛は、偽善と呼びますの」

「偽善で結構。佐天さんは私だけの物。誰にも渡しません。邪魔するつもりなら、相手が白井さんでも、容赦しませんから」

「今のあなたに何ができますの? さてと、始めますわよ」

 

 On――黒子はローターのスイッチを入れた。弱い振動が粘液とパンツを通して初春の小陰唇を刺激する。この辺りはまだ湿り気が届いていない。布越しだとそれ程強い刺激はにはならないのだ。それでも黒子は、末期ガンの摘出手術をするかのような慎重さで、初春の陰部を探り続ける。先ほど回収した針を、陰唇や内腿に刺しながら。

 

「んっ……こ、この程度ですか? 無駄ですよ白井さん。私は白井さんに触られたって感じません」

 

 小刻みに腰を前後に動かしながら初春は強がる。その挑発2つの意味が含まれていることを、本心では認めざるを得ない。黒子もそれを察したのか、ローターを握りこんでパンツに手をかける。初春が自ら進んで腰を浮かせたのは言うまでもない。

 夜風に晒される初春の性器。河川敷にはまともな明かりもなく、鉄橋もペンキやアスファルトを燃やし尽くして鎮火しつつある。黒子はしばし目を凝らすと、初春の花に手を突っ込んで、マグライト・ソリテールを引っ張り出した。暗闇を貫くLEDの白。闇に閉ざされた空間で、光の束は初春の股間だけをはっきりと映し出す。あまりにも白く透き通ったその割れ目は、宇宙の外部へと接続する門を思わせる。全宇宙に陰部を露出しているような羞恥心が初春を襲う。今だけは初春も、アンチスキルの登場を拒絶したかった。

 

「濡れているようですわね」と、指で膣口を突きながら黒子は言う。

 

「ちがっ……違いますよ! これはっ、汗です! 今夜は随分と熱いですからね。デリケートゾーンに汗かいちゃっただけです。白井さんに濡らされるとか、絶対ありえませんから」

 

 黒子は慌てふためく初春をからかうでもなく、素っ気なく指を離してしまう。指先から引いた長い糸が、懐中電灯の光を屈折させて輝いた。そのまま自分の指を照らし続け……口元へと持って行く。その啓示めいた演出に、初春の視線は追随せざるを得ない。黒子は何の躊躇もなく、ちゅっと音を立ててて、キスをするみたいに舐めとった。

 

「ななな……っ!」

 

 承認――先進国民が求めて止まない欲求の一つ。もちろん初春は黒子の承認など望んではいないし、嬉しくもなんともない。かといって、嫌う理由にもならなかった。ただ――追い詰められた初春にとって、嫌いでないというだけで、黒子を受け入れるには十分。泥沼への入り口だと知りつつも、初春は物欲しげな目で催促する。

 

 黒子は自分の指元を照らしたまま。ハート形のブローチの様なものを摘まんでいる。高級感のある茶色の光沢だが、宝飾品としては地味すぎる。

 

「……なんですそれ? チョコレート?」

 

 初春は状況的に目的が理解できず、自信なさげに訊いた。

 

「ただのチョコではありませんわよ。一粒550円するパスティッチェリア・マニカーニのチョコラータ(本物)ですの」

 

 黒子はチョコにキスしてから、全体を湿らせるように舌を一周させた。黒子は甘いものに対して初春ほどの執着はない。わざわざそんなものを持って来る理由が初春には想像できない。想像はできないが――ろくなことではないのは間違いない。緩みかけていた初春の意識に警戒心が戻る。これは尋問なのだ。物で釣る作戦かも知れない。たかがチョコレート欲しさに屈するわけには行かないのだ。

 

「初春、食べたいですわよね?」

「いりませんよ!」

「遠慮しなくていいんですのよ。だって、あなたに食べさせるために買って来たのですから」

 

 黒子はチョコを口に含み、舌の上にちょこんと載せて初春に近づいてくる。自由になった手は再び下半身に向かい、初春の蜜をたっぷりと纏わせながら小陰唇を直に撫でる。

「んン――ッ!?」

 唇にチョコレートが触れる。肌に触れるだけで溶け始めた滑らかで上品な甘みが、舌先を通じて脳の奥まで突き抜ける。ただでさえ寝不足の初春。その上能力を使い果たして、頭は果てしなく疲れている。そこに学舎の園でしか手に入らないセレブな高級スイーツと来れば、体が求めない方がおかしい。

 

「初春、口をお開けなさい」

 

 言われるがままだらしなく開いた口内に、黒子は舌を差し込んだ。チョコを塗りつけるように、黒子は舌を絡ませてくる。チョコはあっという間に溶け、黒子は満足げに口を離す。物足りない……初春がそんな感情を抱くことを計算しているのだろう。

 

「な、何のつもりですか!? 御坂さん見てるんですよ!?」

 

 かろうじて正気を保った初春が、掠れる様な声で囁いた。初春の位置からは、先ほどからチラチラと様子を伺う美琴の後ろ姿が見えているのだ。

 

「初春、女性が一般的にチーズやチョコレートを好む理由、ご存知です?」

「し……知りませんけど」

 

 黒子は新しいチョコを取り出す。真紅のハート、おそらくはストロベリーソースでコーティングされている。初春はまだ甘さの残る蜜を飲み下す。あんなもの、美味いに決まっている。

 

「これらの食物には、フェネチルアミンという覚醒剤に似た成分が含まれておりますの。これ、どういう時に分泌されるかと言いますと……んんっ!」

 

 甘酸っぱい苺の風味が口いっぱいに広がる。良くない兆候だ。もしもこれがレモン味だったりすれば、危なかったかもしれない。黒子の目論見とは反対に、ストロベリーの甘味は、むしろ初春に理性を取り戻す機会を与えてしまう。初春の苺好きを踏まえて買って来たのだろうが、初春にとってキスの味はレモン味なのだ。それでも、チョコレート自体は確実に初春に取り込まれてしまう。黒子は唇を放し、新しいチョコを摘まむ。

 

「やめてください白井さん……。こんなの、馬鹿げてるって分からないんですか!?」

「フェネチルアミンには覚醒剤同様、ドーパミンやノルアドレナリンを分泌させる作用があるんですの。再取り込みを阻害する訳ではありませんが……」

 

 初春の話を無視して、黒子は3個目のチョコレートを初春の舌に滑り込ませる。口では文句を言っていても、初春は行為自体にためらいはなくなっていた。それだけ空腹だったのだ、と初春は正当化を図る。決して、黒子の舌を欲しているわけではない。

 

「なんでも、キスの4倍も脳を興奮させるのだとか。バレンタイン・デーに送るチョコレートの真意……今のあなたなら、お分かりになるのでは?」

「んむっ、はぁ、はぁ……んっ!」

 

 黒子は唇を啄みながら、陰核の周辺にローターを当てている。間接的な振動がクリトリスに伝わり、蜜壺からはとめどなく愛液が溢れ出す。気を抜けば初春自ら黒子に舌を入れてしまうかもしれない。

 

「経口摂取ですとモノアミンオキシダーゼに晒される時間が長いので、本当は細かく砕いて鼻から吸引(スニッフィング)した方が効率が宜しいのですが。このようなやり方でも、十分に効果を発揮するとは思いません?」

 

 4個目はトリュフ・チョコレート。芳醇な甘さが初春の鼻腔を文字通りの意味で刺激する。黒子が表面のカカオパウダーを吹き飛ばしたのだ。

 

「しっ、白井さん……あむぅっ! んはぁ……ちゅぅ」

 

 黒子はトリュフを初春に咥えさせると、飲み込むこをと許さずに、顎を摘まんで口移しを強要する。初春はたまらずに黒子の両頬に手を当て、唇へ甘噛みを始める。黒子は再びチョコを送り込むと、また同じことを繰り返させる。行為はチョコが溶けきるまで幾度となく反復される。

 

「んちゅ……はむっ、んはっ……! 何でこんな意地悪を……あむ! んんっ……! 私は白井さんとキスなんて……!」

「キスではなく舌下投与ですの」

 

 ぴちゃぴちゃと淫らな水音を立てながら、少女達は夢中で舌を絡め合う。チョコを送り終わった黒子が舌を抜いて口を閉じる。初春はチョコが溶けたことに気付かないかのように、黒子の口をこじ開けようと舌先で唇を突いた。黒子が開いてやると、自分から舌を滑り込ませて黒子の口の中を味わう。

 

「んっ……ちゅっ、はぁはぁ……んぁっ……! ああ、あ、あっ、ああっ!」

 

 同時に下の口は絶え間ない刺激が加えられる。時折黒子の手のひらがクリトリスに当たり、そのたびに初春は下の唇をひくひくと震わせる。

 

「あむぅ……ちょこもっろぉ……あぁっ……はっ!?」

 

 完全に溶けたことに気が付いたとき、黒子はこれでもかと愛液の滴るローターを見せつけ、意地の悪い顔でほくそ笑んでいた。あろうことか黒子相手に理性を失いかけていた初春。慌てて黒子の頬から手を放し、その両手で自分の肩を抱く。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 

「い、いやですっ! お願いですからもう許してください」

 

「嘘ですわね。初春、本当に嫌なら、なぜ舌を絡めようと?」

「……ちがっ! これはたまたま、偶然当たっただけですよ」

「違いませんの。受け入れなさい。あなたはわたくしのことが好きなんですの」

 

 黒子は上目遣いで汁塗れのローターに舌を這わせた。その時自分の中に生じていた熱い震えに何と名前を付けるべきなのか、初春は知っていたが、認めるわけには行かない。唾液と汗と涙とチョコレートでドロドロの顔で、黒子を睨みつける。

 

「だとしてもこんなの一過性で偽者の感情ですよ! 恋愛は必ずしも精神病じゃありません。何でもかんでも神経伝達物質で語りつくせると思ってたら大間違いです。私は佐天さんを真剣に愛しているんですから」

「ここは科学の街、学園都市ですの。あなたの佐天さんに対する愛情は、佐天さんの能力が齎したに過ぎない。本当は分かっているのではなくて?」

「白井さんも佐天さんとキスしたじゃないですか」

「わたくしはお姉様とのプレイの一環、スワッピングと認識しておりますの。ですがあなたの場合、能力の影響と恋愛感情を混同してしまった。否定できまして?」

 

 能力レベルの上昇――それには2つの理由しか考えられない。外部で計算を代行するか、自分自身の脳で行うか。後者だとすれば、百合幻想(イマジン・サポーター)が対象者の脳に作用し、電気的か化学的か、どのようにしろ物理的に変質させたことは疑いようもない事実。ミサカ・ネットワークの存在を知る初春は、当然の帰結としてその答えに至っていた。あの身体測定(システム・スキャン)の日、佐天とのファースト・キスと共に、初春は佐天涙子への宿命的な恋に落ちてしまったのだ。この感情は幻想、百合幻想に過ぎない。だが――

 

「それが、何だって言うんです?」

 

 初春は結論を受け入れたうえで、真っ向から言い切った。

 

「どこの世界でも同じですよ。普通の女の子が、イケメンや金持ちや優しい人や強い人が好きなのと何が違うんです? 自分の問題を解決してくれるヒーローに恋するのはどうして? 簡単です。求めるモノを与えてくれる人を、人は魅力的だと感じるんです。佐天さんは私に大切なものをくれました。だから私は佐天さんが好き。だけど重要なのは結果であって、原因でも過程でもありません。はっきり言っておきます、私は佐天さんを愛しているんです!」

 

 根拠がまるでない感情論。反論不可能な妄言。図らずも黒子は、友人のこの頑固な性分を誰よりも理解しているのだ。

 

「う、初春のくせに生意気ですわね。愛と恋の何が違うかも分からないお子様のくせに」

「それは白井さんのことです。確かに恋の始まりは脳内麻薬が引き起こす精神病の一種かも知れません。そういう意味では、私が白井さんに恋をしているとも言えるでしょう。ですが愛とは、反復によって習慣化された行動と思考の様式のことを言うんですよ。アリストテレスも言ってます。『繰り返し行うことが人間の本質であり、美徳は行為に表われず習慣に現われる』。実行的な愛とは私の傾向(システム)そのものです。こんな一夜の過ちで、佐天さんへの愛が揺らぐはずありません」

 

 閉口するしかない。初春を怒らせたら、口で何を言っても無駄なのだ。自説を一歩も譲るつもりがない相手との議論など、成立するはずがないのだから。

 

「まぁ、処女の白井さんには、ちょっと難しすぎますかねぇ?」

 

 不条理を振りかざして優越感に浸る初春。

 

 黒子のしたり顔から余裕がはく奪される。細くなった目は静かに青い炎が揺らめいた。

 

「純潔を侮辱するなど、下劣極まりますわね」

 

「女の子同士での処女喪失は聖なる儀式。むしろ私の方が純潔、聖非処女です。白井さんの処女膜こそ、放っておくと男性にぶち殺されるかもしれませんよ?」

 

 黒子は片方の口角を吊り上げ、爆発寸前の衝動に耐える。怒りに任せて初春を殴りつけた所でどうにもならない。黒子の目的は決して初春を殺して美琴を助けることではない。狂った友人を真っ当な道に戻してやることも、彼女の願いの一つなのだ。美琴が許可すればの話ではあるが。

 

「……いい度胸ですの。もはや情けは無用。わたくしが濡れ濡れのぐちょぐちょにして……あなたを調教してさしあげますわ」

 

「徒労ですよ。私の不滅の愛は、脳内麻薬なんかに負けたりしませんから」

 

 佐天がその障害になるなら、取り除くしかない。初春の中から、根こそぎに。黒子は初春の髪を慈しむように撫でながら呼吸を整える。美琴と結ばれなければならない黒子にとって、初春を本気にさせることだけは避けたかった。しかしながら――どうも選択の余地はなさそうだ。

 

「では賭けをしましょうか。わたくしの責めに耐えられたら、あなたの計画に協力して差し上げますわ。不本意ですが……わたくしにもメリットがあるようですし」

 

「ふっ……」

 

 初春は密かに口元を歪ませた。どう考えても負けるしかなかった戦い。黒子が勝手に折れてイーブンに持ち込むことが出来たのだ。笑うしかない。

 

「じゃ私が負けたらどうするんです?」

 

 黒子は医療用テープと別の小型ローターを2つを取り出す。セーラー服の下から突っ込んで、ローターを乳首に貼りつけた。プラスチックの無関心な温度が初春の敏感な突起に吸い込まれる。

 

 

「わたくしの性奴隷になっていただきますわ」

 

 

 黒子は両乳首のスイッチを入れ、唇から紙一枚挟んだ距離で囁いた。初春飾利――彼女が掛け金を吊り上げたのだ。

 

「24時間365日、わたくしに性的に奉仕し、わたくしの許可なく他のご婦人と交わってはならない……と言う条件でいかがです?」

 

「…………」

 

 沈黙。初春は絶句した訳ではない。飛躍した結論に追いつくために思考を助走させる必要性が生じただけだ。彼女はどのみち佐天を失おうとしている。今さら黒子の奴隷になった所で何のダメージもない――はずだ。

 

「どうしますの、初春?」

 

「……構いませんよ。地球の裏側まで白井さんのおマンコをペロりに行ってあげますよ。もっとも、私が負けたらの話ですけどね」

 

 黒子は一度だけ唇をついばむと、手に持ったローターの振動を最大にして性器を撫でまわし……硬く膨張し続けているクリトリスに、今度こそ押し当てた。

 

 

 

 

◆ 8月16日 午前1:00 第17学区操車場 ◆

 

 コンテナの内部には照明がなかった。開け放たれたドアからは弱々しい月明かりが差し込んではいたが、うっすらとぼやけた人間の輪郭が辛うじて識別できる程度。薄い鉄板に囲まれた狭い空間には、肉と肉を激しく打ち付け合う音が規則的に反響している。バチンバチンと繰り返されるぶつかり合いに、欲情した男の荒い息遣いも混じっている。

 少女が犯されていた。冷たい鉄の床に押さえつけられ、常盤台中学のサマーセーターは中央から乱雑に破り散らされている。腰のあたりに留められたゲコ太バッジが、娼館に紛れ込んだ幼子のよう見えた。彼女の目は天井の一点を見つめ、表情筋は固く沈黙を保ったまま。かつて一時的に生じた感情の萌芽は、真夏の熱気が錯覚させた蜃気楼のように消え去っていた。

 

 

 ミサカ9982号に掛けられた百合の魔法は、わずかばかり前に解けてしまった。百合幻想の終わりは、同時に彼女の命運が尽きたことをも意味していたのだ。魔力を使い果たした彼女に、抵抗する気力も逃げ続ける体力も残っては居なかった。十分に役目を果たした……ある種の達成感と共にミサカは自分の死を受け入れた。それなのに、一方通行(アクセラレータ)は自分を殺すことをしなかった。倒れ伏した彼女の首根っこを掴んで引きずり回すと、空きコンテナの一つに放り投げ、下卑た笑い声をあげながらチャックを降ろしたのだ。

 性欲が溜まっているのだろう、とミサカは推測した。むしろなぜ今まで彼はミサカに性的興味を向けなかったのかが不思議なくらいであった。ミサカは自分の命に価値を認めてはいないが、性的な価値は客観的に評価している。なにしろ彼女は御坂美琴のクローンなのだ。容姿も声も美琴と寸分違わない。美琴が世界一の美少女でないにしろ、胸が控えめであるにせよ、容姿の整った14歳の女の子に、性的価値を見出さない男はそう居るものではない。動画や架空のキャラクターに欲情する人間が大勢いるのだ。肉を持つクローンに性的価値を認めない理由があるだろうか。

 そのようにして、ミサカ9982号は強姦されていた。濡れていない性器に無理やりペニスを押し込まれるのは苦痛ではあったが、幸い一方通行のペニスはさほど大きくはなかったし、既に処女膜を失っているミサカにとっては耐えられない痛みではなかった。無言でミサカを犯し続ける一方通行が――

 

 

「悪ィな。俺の頬が焼けちまったおかげで、キスもクンニもしてやれねェでよォ」

 

 

 皮肉めいた所はなく、純粋な気遣いに聞こえる優しい響き。ミサカは一方通行の意外な一面に面喰い、ふと彼と目を合わせ―――――――

 

 ――――――戦慄した。彼の瞳は、狂気としか言いようがない真紅に染まっていた。

 

 

「失った肉は……補給しねェとなァ?」

 

 ――そんなことを言い出すまでは。

 

 

 

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