とある佐天の百合洗礼《レズテスマ》 作:エステル
「ファミレス」
初春が佐天から受け取ったのは、ただそれだけのショート・メールだった。罠だと疑う黒子を説得し、2人はアンチスキルを避けながら瓦礫の森を越え、いつものファミレスへと向かっていた。
初春には奇妙な確信があった。女の勘というべきか、この文章には佐天の臭いがしたのだ。確実に盗聴されているんだから、これくらいで分かるでしょ? というような、佐天の悪戯っぽい笑顔が見えたのだ。
そんな初春のピュアな思いは、ちょうど半分裏切られて、半分は見事に的中していた。折り重なったビルの隙間に、話に聞く天の国が垣間見えた。2人の天使が、罪を知らなかった時代のように無邪気にじゃれ合っていた。
「駄目ですよ美琴さん。初春来ちゃうかもしれないです」
「ちょっとくらいいじゃない涙子。ね、先っぽだけだから」
「先っぽが駄目なんですよぉ!」
ああ神よ、と初春は呟いた。信仰の薄い者は山を動かすことなどできないのだ。
「近いですの……あの2人……しかもあの呼び方……」
「白井さん、私言いましたよね? 白井さんは一人取り残されるだけですって!」
「お姉様……いええ、たとえ一度佐天さんとそういう行為を行われたからと言って、黒子のお姉様への愛が」
「ごめんね黒子。そういうのちょっと無理」
聞こえていたらしい美琴が素っ気なく背中で語る。
「な、なぜです? お姉様とて女性との愛の交わりをもったお方、わたくしの性癖をお嫌いになる理由はもはやないはず!」
黒子は2人の間に割って入ろうとして、無慈悲にも美琴に跳ね返された。
「涙子、言っていい?」
「ダメです。今は二人だけの秘密ですよ美琴さん」
「ねえねえ、いつならいいの?」
「この戦争が終わったらです」
「死亡フラグ立てちゃだめよ♡」
完全に2人の世界を構築されてしまっている。初春が阻止しようと必死になっていた未来が現実のものとなってしまったのだ。血の溜息をついた初春の足に妙な快感が走る。黒子の手だ。
「……白井さん、どうして私の太ももを撫でるんです?」
「気休めですの」
「私だって悔しいんですからね! 佐天さんは私のモノだったのに……!」
「いやだから、あたしは初春のモノになったことないからね?」
一日ぶりに会った佐天はもう昨日までの佐天ではないのだ。初春は黒子のセクハラを受けながら地団太を踏む。
「佐天さんは黙っててくださいよ! 私のことを好きじゃない佐天さんてなんて、もう私のモノじゃありません!」
「えーっと……」
「涙子は私のモノだもんねー」
「美琴さんだってあたしのモノですよ」
「えへへぇ……」
「……ぐぬぬぬぬ」
黒子は全身を蝕む破壊衝動に耐えようと指先に力を込めた。
「痛い痛い痛い……! 抓らないでください白井さん! 私に当たっても仕方ないじゃないですか!」
「初春はわたくしの奴隷ですの。奴隷をどう扱おうが文句を言われる筋合いはありませんわ」
「まだそんなこと言ってるんですか!」
「初春、あなたは一生わたくしの奴隷ですの。殿方はもちろん、他のご婦人方とだって交わることは許しませんの!」
「もう……白井さんは寂しがり屋さんなんですから」
「口答えはおやめなさい!」
「黒子、初春さんに優しくしてあげなさいよ」
美琴は見たこともない優しい笑顔で愛すべき後輩に語り掛ける。今となってはそのような優しさは残酷なだけだ。
「お姉様には関係ないことですの! わたくしのモノにならないお姉様など……うぼぉおおおおおお!」
「そんなことより状況を説明するわよ。事ここに及んだ以上、私たちは学園都市と戦争をする以外なくなったわ」
四つん這いになって唾液を垂れ流す黒子を無視して、美琴は現実的な声でぴしゃりと言い切った。
「戦争って御坂さん、ちょっと大げさですよ。私たちの目的は責任者を逮捕して国際刑事裁判所に突き出すことじゃないんですか?」
「それもあるけど、あいつらは御坂さんのクローンを9982人も殺して、さらにもう1万人殺そうと企んでるんだよ。戦争はもう始まってるんだって」
改めて佐天が提示した9982人という絶望的な数字に、初春は息を飲んだ。そんな奴らが現実に存在し、し続けているのがこの学園都市なのだ。
「
「やっぱりそういうことだったんですか! 私も妹達を味方に付ける以外方法はないと思ってたんです」
初春はドヤ顔で手を叩いた後、音楽プレイヤーを取り出した。
「これを使えばいいんですよ。木山先生が渡してくれたんです」
「まさかそれ……
佐天が訝しげな眼で初春の手を睨んだ。初春は自信満々にスマートフォンを掲げているが、木山から手に入れられるものなどそれくらいしか思いつかない。
「はい、幻想御手です。悪いと思いましたが、勝手に御坂さんの脳波パターンに書き換えてあります。これでミサカ・ネットワークを乗っ取っちゃうんです」
幻想御手は対象の脳を巨大なネットワークに取り込むための装置だ。脳を繋げると言う意味ではミサカ・ネットワークと原理自体そう変わらない。初春はミサカ・ネットワークの存在を知った時に、まず幻想御手を連想したくらいだ。
「お姉様の脳波……ってなんでお姉様ですの!? あなたのにすればいいじゃないですの!」
「私のじゃ妹達がすぐ気絶しちゃうじゃないですか。御坂さんがOSになればミサカ・ネットワークは正常に稼働するんです」
「でも初春、どうやんの?
初春は不敵な笑みを浮かべて、瓦礫の一枚に落ちていたチョークで絵を書き出す。
「皆さんご存知の通り
「そんなこと分ってますわよ。結局何が言いたいんですの?」
「
「木山春生の脳波を強要され続けるから……?」と黒子。
「その通り。
初春はエンターキーを弾くみたいにチョークを叩きつけた。
「1人の脳を書き換えてしまえば、一瞬で全個体を幻想御手に取りこむことが出来る……ってことだ。ふーむ」と佐天。
「どうかしら。この資料によれば、
「ふっ……」
初春は不敵にほくそ笑む。ミサカネットワークの安全装置、それこそが
「アイソレーション・タンクですよ」
「なにそれ?」と佐天が疑問符を浮かべる。
「わたくしが閉じ込められていたAIM拡散力場の遮断装置ですわ。確かにあれなら妹達に幻想御手をインストールできますわね」
「まだ駄目よ。一人に出来たからって、ネットワークに伝播するには最終信号のファイアウォールを突破できないと意味ないんじゃないかしら」
美琴の疑問に、やはりドヤ顔で答える初春。快感なのだ。この瞬間が。
「うふふっ……そこで私の出番ですよ。私も幻想御手を使用して妹達の脳にログインします。そして最終信号からネットワークを防衛……いえ、
「ラ、
「ク、クラッキングですのっ!?」
人間をクラッキングするなどという意味不明な発言に、さしもの黒子と美琴も素っ頓狂な声を上げる。
「ちょっと待ってよ、初春も幻想御手使うの? それって意味なくない? あんたが
「私に限って抜かりはありませんよ。ワクチンソフトを元にちょこっと改良したんです。私の脳波は例外となるようAIM拡散力場への入出力に予備の帯域を確保しました。私はトロイの木馬としてこのネットワークに潜りこみます。こうすれば
「あー、分かったもういいから」
佐天が耳を両手で塞ぎながら言う。
「分かってないじゃないですかぁ!」
「要するにアクセスできるんでしょ?」
「そうですけどぉ……」
「だいたい、人間をクラッキングなんてできますの? 原理がさっぱり分かりませんわ」
「信じる者に不可能はありません。イエス様もそう仰ってます」
「だからアンタクリスチャンじゃないじゃん!」
「まあまあ。為せば成る、案ずるより産むが易し、弘法にも筆の誤りって言うじゃないですか」
「いやいや、最後のは駄目でしょうが!」
「ちょっとしたジョークですよ御坂さん。戦争映画でよくあるじゃないですか。
「洒落になっていませんの。でもまぁ、初春がそこまで言うのなら、わたくしは賛成しますわ。お姉様は如何ですの?」
「難しいわね……佐天さん、どう思う?」
「ふむ……ちょっと考えさせてください……そうだ!」
ふぁっさー! いつの間にか忍び寄った佐天が、初春のスカートをたくし上げた。聖域を覆い隠す聖布が全世界に公開される。
「……な……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ありゃ? 初春、今日は縞パンなんだ? 最近のエッチな奴は?」
「これは病院で支給された着替えなんですよ! わ、私はもっと大人なパンツが良かったんですけどしかたなく……」
「よきかなよきかなー! おっしゃー、縞パン初春なら信用しようじゃないか! 御坂さん、私はこの作戦に大賛成ですよ!」
「……そうね、縞パンなら私も信用しようかしら」
「み、御坂さんまで! 重大な決断をパンツの柄で決めないでくださいよ! これ私の趣味じゃないんですってば」
「初春、あなたには縞パンがお似合いですの。不必要な背伸びをするものではありませんわ」
「全然褒めているように聞こえないんですが!」
「わたくしは心のまま、等身大のあなたで居なさいと言っているのです」
「何ですか、その中学生みたいなお説教は! スイーツなんですか!?」
「いいから本題に移りますわよ」
黒子は初春の聖布を引っ張り続ける佐天の手を振り払い、自らの所有物だと言わんばかりに立ちふさがった。御姉様は取られたが友達を奴隷にしてやったと言いたげな、挑戦的な目付きで佐天を睨め付ける。
「はいはーい! 作戦名決めましょうよ!」
佐天はそんな黒子の小規模なマウンティングをまるで我関せず、元気にびしっと手を挙げて言った。
「作戦名って佐天さん……中二病じゃあるまい」と黒子。
「いいんじゃない。その方がテンションあがるし」
「お姉様ぁあ! こ、ここは是非とも黒子がご提案を! 愛と正義と肉欲作戦と言うのは如何でしょう!?」
「なにそれキモい。却下」
「そんなご無体な……」
「じゃ次あたしね。ハワイアン・ガール作戦でどうよ?」
「はい? 意味不明なので却下です」
初春は飾りをざわめかせながら静かに言った。
「怖っ!」
「ここは是非とも、
「ニューってのがダサいですの。却下ですわ」
「何でですか! 全然決まりませんよこれじゃ……」
「ここはお姉様にどーんと決めていただきましょう」
「うーん……私かぁ……ゆ、
「なんとまぁ……壮大でいて甘美かつカムアウトな響き……! ジャッジメントですの!」
「白井さんは今さらカムアウトする必要ないですけどね。私も異論ありませんよ。学園都市の闇を4人のお嬢様が禁断の愛の力で裁く……ああ、なんてドラマチック!」
「あたしと初春は別にお嬢様じゃないけどね」
「そこは黙っててくださいよ! そーゆ佐天さんはどうなんです?」
「あたしがどうかって?」
「御坂さん、白井さん、初春! 女の子パワーで学園都市を
「そうこなくっちゃ! ちょろっと本気出しちゃうわよ」
「連中に目にもの見せてやりますの」
「ふふっ……任せてくださいよ!」
「
そして戦争が始まった。学園都市230万人と、わずか4人の少女たちの最終戦争が。
「ところで佐天さん、戦いになるなら一応私の能力を強化して頂いた方が……」
◆ 第7学区 とある病院 ◆
「あんた達のお仕事は何だっけぇフレンダァアア!?」
病院の女子トイレに怒声が響く。頭に白い頭巾を被った長身の女が、金髪の美少女とショートヘアの少女を、をあろうことかトイレの床に正座させていた。
「テロリストからの施設防衛であります!」
フレンダと呼ばれた金髪の美少女は、敬礼しながら元気よく発言する。
「それだけ?」
「万が一の時、監禁してるテロ容疑者を超始末せよ」
「だよねぇ、じゃ何で逃げられてんの?」
「だ、だって麦野ぉ! 相手がテレポーターだなんて聞いてなかったしぃ。結局、情報を開示しない依頼者の責任な訳よ!」
「情報ねぇ……常盤台の
カイツがある種の切り札として用意したアイテムは、わずか数秒の間に黒子と初春を取り逃がすという大失態を演じていた。
「麦野、大丈夫。もう一人のAIM拡散力場は記憶してる。ここへ近づいてる」
「ターゲットが戻ってくるって? 何を忘れたんだか知らないけど、好都合じゃない。フレンダ、あんたが責任をもって始末しときなさい。滝壺、絹旗、行くわよ」
フレンダ1人を床に残し、頭巾を乱暴に振りほどいた麦野は女子トイレを後にする。
「麦野はどこへ行くの?」
「
上条「学園都市最高のハッカーと学園都市最狂の変態。2人の