※この作品はR-18です。

とある佐天の百合洗礼《レズテスマ》   作:エステル

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第20話 概念実証個体《エルダー・シスター》

「よかった。話の分かる人が出てきましたね」

 

 初春が小陰唇を噛みながら言う。黒子は白衣を脱ぎ棄てると、フレンダにかぶせて携帯電話を取り出した。

 

《もしもし、黄泉川先生ですの》

《白井、今すぐ降伏するじゃん!》

 

 有無を言わせず開口一番降伏を迫る黄泉川愛穂。少しまずいですわね、と黒子は顔をしかめた。

 

《黄泉川先生、こちらには事情があるんですの。今学園都市では、お姉様のDNAを悪用した違法な研究が――》

《だから、お前らの守ろうとしてる御坂美琴はテロリストだったじゃん! 今ならお前らには弁明の機会があるじゃん》

 

 話を遮ってまたもや降伏を促す黄泉川。黒子は手術室に拘束されたフレンダを残し、廊下から外の様子を窺う。先ほどとは部隊の規模が違う。警備員(アンチスキル)の大部隊は病院を完全に包囲しており、実弾入りのSIG SG552を構えて2人を待ち構えている。逃げられない、と黒子は思った。逃げられないなら、交渉するしかない。警備員(アンチスキル)の中でも、黄泉川は正義感も強く、自分達との面識もある。必ず理解してくれるはずだ、と黒子は遥か彼方の黄泉川を見下ろした。

 

《学園都市は違法にクローンを製造し、あまつさえ大量虐殺(ジェノサイド)を行ってる証拠がありますの! 今からメールで証拠を送りますから、ご覧になってください!》

《警備員(こっち)も事情はだいたい分かってるじゃん》

 

 ……と、黄泉川は声色を変えずに言った。知っている? 絶対能力進化(レベル6シフト)計画を知っていると言うのだろうか。 

 

《でしたら!》と黒子は声を荒げる。

《つっても殺されてるのはクローンじゃん! 警備員(こっち)は学園都市統括理事会から直接命令を受けてるじゃん。つまりお前らが敵対しようとしている相手は、学園都市そのものってことじゃん。お前らクローンの為に学園都市と戦争始めるつもりじゃん!?》

 

 などと、黄泉川の口からありえない発言が飛び出す。学園都市の一番上から命令が下っている? どこかの組織が統括理事会を騙しているのか、それとも本当に統括理事会が全ての首謀者なのか、黒子には判断が付かない。ひとつだけわかることは、黄泉川は自分たちの敵に回るつもりだということだ。一応黄泉川の弁護をしておくと、彼女は2万人に上る昨夜の犠牲者が、御坂美琴の手によってもたらされたと信じ込まされている。先ほどまで救助に従事していた彼女は、どれほどの人間が無残に殺されたのかを痛感しているのだ。黒子の話を聞き入れなくとも、ある意味では仕方がない部分はあるだろう。2人のやり取りを盗み聞ぎしていた初春が電話をひったくる。

 

《私の友達はその子達を守るために命を懸けてるんです。答えが聞きたいですか? ファック・ユー! これが私の答えです。敵が学園都市だろうが世界だろうが戦い抜きますよ》

 

 まだ愛液の味が残る口で、初春は毅然と言い放つ。

 

「初春……あなたがそれを言いますのね……。ま、わたくしもあなたと同じ気持ちですけれど」

 

《ああっー、世界と戦うとか中二病こじらせすぎじゃん!》と黄泉川は頭を掻き毟る。

《ホロコーストを見過ごしてリアリストを気取ってるあなたの方が、よっぽど中二病のお子様ですよ! ファッキン女アイヒマン!》

《とりあえず降伏しろって。話はそれからでも遅くないじゃん!? クローンの大量虐殺っていうけど、お前らも昨日のテロのことは知ってんじゃん!? 虐殺されてるのは無実の市民じゃん!》

《あれは御坂さんの仕業ではありません。主なる神に誓って断言します》

《でも統括理事会は――》

《話になりませんよ黄泉川さん! 白井さん、大量虐殺に加担する警備員(アンチスキル)なんか皆殺しにしちゃいましょう!》

 

 マジ切れする初春は、フレンダの愛液が混じった唾をリノリウムの床に吐き出した。怒りに任せて右手を振り上げ黒子の携帯電話をぶっ壊しかねなかったので、黒子は慌てて電話をひったくる。

 

《黄泉川先生。皆殺しは言い過ぎですけれど、わたくしも容赦しませんの。かかって来なさいな、警備員(権力の犬)!》

《たかが2人でこの人数に勝てる訳ないじゃん! お前ら、本気で死ぬ気じゃん!?》

 

 黒子は通話を打ち切った。交渉の余地など無かったのだ。警備員(アンチスキル)とて、あるいは風紀委員(ジャッジメント)も、所詮は体制側の組織。体制に反逆しようとしている今、それらが味方に付く訳がない。

 

 

◆

 

 

 警備員(アンチスキル)の後方より複数の軍用トラックが現れ、荷台から次々と兵士たち……いや、常盤台中学の生徒たちが現れた。全員同じ顔、全員同じ髪型、全員が同じ装備。妹達(シスターズ)の1個小隊が派遣されてきたのだ。

 その中でただ一人だけ銃を持っていない固体が、黄泉川の前に歩み出た。

 

「ミサカは、テロリストの鎮圧にあたるため、統括理事会からの命令を受けてここへ来ました」

「クローン……じゃん?」

「所轄は下がっていなさい、とミサカはキャリア風を吹かせ警備員(アンチスキル)を威圧します」

 

 怪しいゴーグルに奇妙な突撃銃を構えた100人ほどのクローン兵士を前にして、黄泉川は言葉を失う。学園都市は本当にこんなものを作り出し実用化していたのだ、と黄泉川は改めて思った。しかもそいつらが、自らを救おうとしている連中を鎮圧するために登場するなど、何がどうなっているのか分からない。前線の兵士には不必要な情報は与えられないのだ。

 

「あ、相手は大能力者(レベル4)じゃん。お前らで何とかできるじゃん!?」

「ミサカは超能力者(レベル5)の電撃使い(エレクトロマスター)、御坂美琴お姉さまとほぼ同等のスペックを誇る、概念実証個体(エルダー・シスター)ことミサカ10032号です、とミサカは所轄の皆さんに自己紹介を行いました」

「超能力者(レベル5)!?」

 

 整然と隊列を組んだクローン兵士たちに、黄泉川をはじめとする警備員(アンチスキル)の面々は戸惑いながら道を譲る。黄泉川と言えど上の命令には逆らえないのだ。統括理事会が自分達で解決したいならすればいい、と隊員達は半ば投げやりな目でクローンを追う。

 

「ミサカ第1小隊総員、突撃!」

 

 10032号が手を振ると、妹達(シスターズ)は病院の自動ドアへと一斉に駆けだした。

 

「Go Go Goと言いながらミサカは突撃します」

 

 全員病院へ入ったのを見届けた後に10032号(彼女)も後に続く。

 妹達(シスターズ)はロビーで立ち往生している。エレベータも2階へ上がる階段も、ドロドロに溶けて灼熱地獄と化していたからだ。その階段の上からは、黒子と初春がコソコソと様子を窺っている。

 

「敵性戦闘員を発見しました、とミサカは報告します。撃ちー方ー始ーめー」

 

 トイソルジャーが一斉に砲火を開いた。耳元で砲弾が炸裂したような爆音。初春は階段に触れていた右手をかざし、空間そのものを封鎖するように衝撃波減衰バリア(プラズマ・フィールド)を展開させる。

 薬室から弾け飛んだ大量の薬莢がリノリウムの床に零れ落ち、ロビーは硝煙で満たされた。だが何千発もの弾丸は全てバリアに焼き尽くされて、一発とて防御を突破することは出来ない。

 マガジン全弾を撃ち尽くして戸惑う妹達(シスターズ)をかき分け、概念実証個体(ミサカ10032号)が先頭に現れた。

 

「脱走者の始末を最優先せよ、とミサカは命令を反復します。食らいなさい。戦術超電磁砲(ミサカのレールガン)を」

 

 装填したのは百合姉妹(レズ・シスターズ)専用の完全装甲弾。美琴と同じように指に弾丸を乗せているが、親指で弾いて放り投げられる重さではないことは遠目に見ても明らかだ。

 

「れ、超電磁砲(レールガン)!? ですが私の通行規制(アンダーコントローラー)なら」

「よく見なさい初春!」

 

 立ち上がろうとする初春の首根っこを引っ張って、自分の後ろに退避させる黒子。

 

「あの弾丸、コイン(お姉様の物)とは威力が桁違いですわよ。あんなものをまともに食らったら、いくらあなたのヘンテコチート能力でも防ぎきれませんわ」

 

 黒子は御坂美琴の全力を知っている。テレスティーナの乗るパワードスーツをやすやすと貫通し、はるか成層圏まで達した最大威力の超電磁砲を。あの時ほどの威力があるかどうかは分からないが、初春が対処できる可能性に掛けるほど黒子は楽天家ではない。

 

「ミサカは能力コンデンサの充電中です。発射カウント、5……4……3……」

「に、逃げましょう白井さん。あの中から、百合妹(レズ・シスター)になってない妹さんを捕まえるしかありません」

「分かっておりますわ!」

 

「0――ファイア!」

 

 間一髪、黒子は屋上まで一気にテレポートに成功する。直後、地上から一筋の光が駆け上がり、軌跡上の全てを粉々に刺し貫いた。地鳴りのような不気味な重低音と、轟音を伴った衝撃波が怒涛のように吹き抜ける。光はしばらく滞留して空を焼き、やがて波にさらわれるように風に溶けた。

 

「なんという威力ですの。あの娘、病棟ごと破壊するつもりですの!?」

「ひょぇぇ……今の御坂さんはあれ以上の能力者になってるってことですよね。佐天さん大丈夫でしょうか」

「佐天さんの心配をしている場合ではございませんの! あなたはアイソレーション・タンクの安全を確保しに行きなさい。この病院内なら、わたくしの空間移動(テレポート)で直接転送することができますわ。その間に、わたくしが妹達(シスターズ)を捕まえますの」

「でも妹達(シスターズ)はライフルを持ってるんですよ。白井さん一人じゃ……」

「タンクが破壊されては元も子もありませんの! わたくしたちの作戦が妹達(シスターズ)に露呈する前に、さっさと幻想御手(クラッキング)の用意を!!」

「は、はいっ!」

 

 黒子はその足で手術室に飛んだ。メスやらハサミやら武器になりそうなものをありったけポケットに突っ込むと、未だ拘束中であられもない姿のフレンダの額にキスをする。

 

「ちょっと行ってきますの。良い子で待っているんですのよ」

「はんっ、ざまあみろ! 結局、この街の闇をお子様の喧嘩程度でどうにかできると思ってるからこうなる訳よ」

「やれやれ、相変わらず小生意気なお嬢ちゃんですわね。あとでたっぷり可愛がってあげますから、そこで大人しく待っているんですのよ」

「ちょっと……服くらい着せてけぇ!!」

 

◆

 

 初春飾利は回り込むようにしてアイソレーション・タンクへ向かう。だが各階へ移動する階段は既に妹達(シスターズ)に掌握されていた。しかも運が悪い事に、概念実証個体(エルダー・シスター)ことミサカ10032号と廊下の向側で相対してしまった。決して偶然ではない。超能力者(レベル5)の電撃使い(エレクトロ・マスター)は電磁波で空間把握が可能。多少の遮蔽物があっても、人間を観測することは不可能ではない。初春は初めから追跡されていたのだ。

 

「お覚悟を、とミサカは切捨御免の特権を発動します」

 

 初春は即座に病室に転がり込む。廊下を貫いたオレンジの閃光。粉砕されたガラスの濁流を能力で焼き切って急場をしのぐ。相手は本気だ。御坂妹は御坂美琴と同レベルの能力者。本気で殺しにかかったも勝てるかどうかわからない。

 

「でも負けません」

 

 昨日だって、初春は勝つ気で美琴に挑んだのだ。相手が美琴のクローンなら、勝算が100%無いわけではない、と初春は思い上がる。

 

(電磁波とは光子という素粒子が運ぶエネルギーと運動量……なら熱量支配で気配を消せば……)

 

 初春は静かに目を閉じ、自分の体が発する電磁波からエネルギーと運動量を消失させる計算式を組み上げた。

 

(これだけじゃ足りない。そうだ。可視光線の量を操作すればいいんです)

 

 初春は自分の体に反射する光の量を計測し演算する。一面に反射する光を消し、反対側が受ける光を入力。初春は擬似的な透明人間と化す。念のため携帯の自撮り機能で自分を撮影してみる。

 

「大丈夫です。これなら……」

 

 初春は息を殺し、忍び足で廊下に出る。10032号は初春の入った部屋のドアの前に立ち、再び戦術超電磁砲(レールガン)を構える。

 

「逃げ場はありませんよ、とミサカは最後通告します。出てきなさい。どこに隠れても部屋ごと破壊します、とミサカは脅迫します」

 

 10032号の脇の下を通り抜ける。ふわりと、美琴と同じ匂いが鼻腔をついた。白井さんならたまりませんね、と初春はほくそ笑む。

 

「いない!? どこへ行きましたか、とミサカは問いかけます」

 

 突然キョロキョロし始めた10032号。初春はばっちり目が合ってしまう。いや、10032号が浮かべている表情は焦り。初春が突如消失したことにたった今気づいたと言うところだ。

 

「お花の香りがしますが気配がありません。ミサカより小隊各員、目標フォックストロットをロスト。目標ホテルの抹殺は延期。拘束に切り替えます、とミサカは命令します」

 

 

◆

 

 

「お、お姉様と同じ姿の女性がこんなに……おほぉおお!!」

 

 ところ変わって1階のロビー、大量の妹達に囲まれながら、黒子は堪らなく興奮していた。テレポートで翻弄しつつ射線から逃れ、メスで銃を切り刻んで無力化をする。それでも妹達(シスターズ)の白兵戦能力は黒子を遥かに上回っている。一瞬でも間合いに入れば容易く拘束されるだろう。だが黒子は間合いという概念を持たない空間移動能力者(テレポーター)。妹達(シスターズ)の頭上に現れたかと思えば次の瞬間にはパンツを覗き込んでいたり、一瞬たりとも動きを止めずテレポートを繰り返す。

 

「落ち着いて考えなさい、とミサカは作戦会議を提案します」とミサカの一人が言った。

 

 ミサカ・ネットワークで緊急会議が開催される。1万の脳は瞬時に黒子への対策法を思いついた。点で動く敵を倒す方法は何か。答え、立体で押しつぶせばいい。空間殲滅攻撃を放てば黒子ごと抹殺できる。ミサカ達は連携してギリギリ自分たちは倒れないレベルの電撃を空間に放つ。倒れないと言っても普通の人間が浴びれば即気絶するレベルの高圧電流だ。

 

「ボォォォエエエエェェェェェエぅぅううぅおぉおぉおおおおおあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ん」

 

 変態的絶叫が病院中に響き渡る。出現したと同時に電流を浴びせかけられた白井黒子。全身に走る電流に苦悶の声をあげ――

 

「はぁはぁ……か、快感ですの……!!」

 

 ――効いていない。まるで効いていない。そう、効くはずがないのだ。だって黒子は――

 

「この白井黒子、普段からお姉様ともっと激しいスキンシップをしておりますの。この程度の電撃、もはや慣れっこですわ」

 

 電撃の中を平然と、いや感じながら歩き、黒子は妹達(シスターズ)の一人に触れた。

 

「1人でも愛撫(かくほ)できればわたくしの勝利ですのよ。行きますわよ、妹君」

 

 

◆

 

 

 無事治療室に辿り着いた初春は、アイソレーション・タンクに携帯電話を接続し、自分もイヤホンを付けて待機している。突如タンクから水しぶきが上がり、びちょぬれの妹(シスター)が浮かんできた。

 

「今ですわ、初春っ!」

 

 黒子の一声で、初春はタンクの蓋を閉めて幻想御手(レベル・アッパー)を再生する。だが黒子の出現は妹達(シスターズ)に一瞬で感知され、階段を駆け上るけたたましい足音が院内に木霊する。

 

「発動確認。ミサカ・ネットワークにログインします!!」

 

 タンクの開放と同時に、初春はネットワークへの侵入を開始する。どこかの研究所に潜む最終信号(ラスト・オーダー)の思考回路を、自分の思考回路に接続して操作するのだ。

 

「どれくらい掛かりそうですの?」

 

 黒子は壁の向こうに金属矢(ダーツ)をありったけ飛ばしながら言った。

 

「5分あれば。私も出て足止めします」

「あなたはクラッキングに集中しなさい」

「既にミサカ・ネットワークへのアクセス権限を一定程度確保しました。妹達(シスターズ)の脳を一部使用可能になってます。このくらいのマルチタスク、簡単です」

 

 言うや否や、初春は黒子の金属矢(ダーツ)を引き抜いて、部屋を飛び出る。妹達(シスターズ)が駆け上ってくる階段の前に向かって、金属矢(ダーツ)を構えた。

 初春の右手に青い稲妻が迸る。木山同様多才能力(マルチスキル)と化した初春は、温度操作(サーマルハンド)であると同時に電撃使い(エレクトロマスター)でもある。御坂美琴よろしく、金属矢(ダーツ)を親指で弾いた初春は、右手に全力を込めて廊下の端に照準を合わせた。

 

「見せてあげますよ。初春飾利の全力を!!」

 

 足りない出力を通行規制(オールマイティー)で補い、空間に強力な放電回路を構築する。着手と同時、一気に加速する金属矢(ダーツ)。空気抵抗を貫く形状は、コインと違いマッハ3を優に超える。衝撃波で壁面を抉り取りながら直進する弾丸。断熱圧縮で真っ赤に燃え盛り、地獄の矢のように突き進んでゆく。

 

「無駄です」

 

 その前にミサカ10032号が立ちはだかる。頑迷蒼白になる初春。目的は妨害であって殺戮ではない。1人でも殺してしまえば一方通行(アクセラレータ)と同じ。本末転倒。何をやっているのか分からない。

 御坂妹は両手をかざし初春と同種の電流を炸裂させる。そのまま初春のレールに強制介入し、軌跡を大きく窓側へずらした。壁面を貫いて爆音とともに空に消える花電磁砲(フラワーキャノン)。美琴が自身に使用した技を既に身に着けているのだ。

 

「私の超電磁砲を逸らした!? 計算式が不完全でしたか」

 

 睨みあう初春と御坂妹。一方で黒子はそこらじゅうの壁やらベッドやらをテレポートで廊下の反対側へと飛ばし、行く手を遮るバリケードを形成する。廊下を封鎖すると、金属矢(ダーツ)を両手に構えて初春の隣に現れる。御坂妹の後方からは、武装した妹達(シスターズ)たちが次々と現れライフルを構え始めた。

 

「あのレベル5(妹君)を無傷で確保すると言うのは……少々難しいかもしれませんわね」

「1分、何とか時間を稼いでください。後は最終信号(ラストオーダー)のお花に潜り込めますから」

「真面目な話をしていますのに、卑猥な表現を使うのはやめなさい」

「私はハッキングをお花にたとえてるだけですよ!!」

 

 御坂妹は最後の戦術超電磁砲(レールガン)を装填する。鉄筋コンクリートをプレパラートより簡単に撃ち砕く戦術兵器。ここで放たれれば衝撃波でアイソレーション・タンクは粉々になるだろう。手の内がばれた以上、2度目はおそらく巡ってこない。黒子の額に汗が伝う。今の2人に御坂妹を止める手段は、ない。

 

「やめてください、とミサカ9983号はミサカ10032号の前に立ちふさがります」

 

 治療室から走り出た妹達(シスターズ)の1人。初春が掌握した固体が、2人の前に現れた。最終信号(ラスト・オーダー)から発せられた緊急停止信号を、ネットワークに侵入中の初春が妨害していたのだ。

 

「そこをお退きなさい、とミサカは命令します。ミサカは最終信号(ラスト・オーダー)から現場指揮権を与えられています」

「退きません。とミサカは断言します。ミサカを止められるのはただ一人、佐天さんだけです」

「佐天さんと寝たこともない癖に、とミサカはマウンティングします」

 

 姉妹喧嘩の隙を突き、初春は最後の防壁を破りミサカ・ネットワークのマスター権限を獲得する。あとは最終信号(ラスト・オーダー)に備わった安全機能を破壊するだけだ。人格プログラムを解析し、人間として生きることに不必要なデータを根こそぎ破壊(クラック)する。初春にとってクラッキングは花壇の雑草毟りと同じなのだ。初春は脳内エンターキーを思い切り弾いた――ミサカ・ネットワークは初春によって掌握されたのだ。

 

「み、サ―――…カ、ミサ。カはミサ、カはミサ! カはミサカはミサカはミサカミサカミサカミサカミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミササミサミサミサミサミサM<iju0058@Misagrミサqw0014codeLLGミサかミサカieuvbeydla9((jkeryup@[iiG:**uui%%ebvauqansicdaiasbna:――――――ッ!!」

 

 突如、そこら中から意味不明な絶叫が聞こえ始める。妹達(シスターズ)は両手をだらりと下げ、目は焦点を失ったように彷徨っている。まるでカルト宗教の祭典だった。何十人もの同じ姿の少女が意味不明な叫び声を上げ狂っているのだ。だがその狂いは、彼女らにとって希望そのもの。ミサカ・ネットワークは幻想御手(レベル・アッパー)に上書きされ、そして乗っ取られたのだ。つまりそれは――

 

「致命的なエラー UF0000022を検出。システム再起動―――エラーを自動修復します。ミサカ・ネットワークの優先管理順位を変更――変更完了。現在の管理者はオリジナル(お姉様)です。システム正常稼働。ミサカ10032号は、対学園都市反攻作戦、最終戦争(クローンウォーズ)の発動に際し、全ての障害が失われたことを宣言します」 

 

 学園都市への宣戦布告を意味している。

 

 

◆ 8月16日 夕刻 ◆

 

 

 日が暮れつつある中、実験予定地の路地裏……とは名ばかりの崩壊した瓦礫の中で、2人の少年少女が向き合っている。言うまでもなく、片方は一方通行(アクセラレータ)、もう一人、御坂美琴と寸分たがわぬ姿をした少女は、概念実証姉妹(エルダーシスターズ)の姉、ミサカ10031号である。

 超能力者(レベル5)同士の本気の戦闘が作り出した荒涼とした光景の中、片方は楽しそうに、もう片方はほんの少しだけ恐怖心を見せながら相対している。そう、恐怖心だ。今のミサカには明らかに恐怖というべき感情が芽生えてしまっていた。昨夜――8月15日。ミサカはこの男に殺され、犯され、そして食されたのだ。あまりにも克明な記憶。あまりにも鮮明な時間。自分の姉に起きた悲劇は、ほんの昨日のことなのだ。オリジナル(お姉様)がそのために何をしようとしているか、そして自分たちがこの狂った実験を叩き潰すつもりであることも、ミサカには分かっていた。だからこそミサか10031号は戦わねばならない。実験阻止最大の障害――学園都市最強の超能力者(レベル5)を足止めするために。

 

「現在時刻は18時58分、絶対能力進化レベル6シフト第2計画アクト2第2次実験まで、あと2分です」

 

 一方通行(アクセラレータ)が首の骨を鳴らす。その音は瓦礫に乱反射し、死神の足音のようにミサカの心臓に響き渡る。

 

「あンのダルイ作業も、ずいぶん短縮できたっつーわけんだよなァ? どうでもいいが、瞬殺されンじゃねェぞ乱造品。昨日の俺だと思ってやがったら、後悔することになンからよォ……」

「ミサカは負けるつもりは一切ありませんよ、と前もって勝利宣言をしておきます」

 

 強がりだ、とミサカは思った。ミサカ自身に勝算などない。自分は死ぬしかないのだ。それでもいいと、ミサカは自分の運命を受け入れている。それでも、1万人を超える姉妹が助かるのなら。自分が犠牲になったとしても、オリジナル(お姉様)が実験を止めてくれるのなら、ミサカはそれで満足だった。

 そう思い込んでいたのだ。思い込むしかないのだ。死を粛々と受け入れていた頃の面影は、ミサカにはもうない。佐天涙子と最も多くの時間を過ごしてきたのは、概念実証を目的として送り込まれた自分なのだから。

 胃液が逆流し口の中を嫌な苦みが満たす。死ぬのだ、とミサカは思った。また死ぬのだ。昨日のように。惨めに、無残に、そして捨てられる。

 

「待ちきれねェよ……早く始めようぜ人形ォ……」

 

 一方通行(アクセラレータ)の低い声が恐怖を煽る。膝が震え出す。拳から力が抜ける。目を背けることすらできない。死ぬのだ、とミサカはまた考える。今日死ぬというのは、こんなにも恐ろしい事なのだったのかと。

 

「そこまでよ―――一方通行(アクセラレータ)」

 

 されど、実験は終わる。一方通行(アクセラレータ)の命運と共に。




上条「第2次実験は始まった。学園都市最強の超能力者(レベル5)に立ちはだかるのは、学園都市が生み出した最強無敵の電撃天使、絶対能力者(レベル6)御坂美琴。ふざけやがってインデックス、なにが天使(ケルビム)だ。相手はすべてのベクトルを反射する化物だぞ。俺の右手以外に、勝つ手段があるとでも思ってんのかよ御坂。次回、最強VS絶対。科学と魔術が交差する時、物語は始まる――!」
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