とある佐天の百合洗礼《レズテスマ》 作:エステル
「なンだァ……てめェ……?」
「はっ……ははは……冗談だろォ? こンなもンが
それは嘲笑ですらなかった。言葉になったことすら偶然だ。
それでも理解してしまった。"このままでは"こいつには適わないと。強者にしか備わっていない強者を見抜く能力。百獣の王の危機感。いや、それとももっと原始的な、人間の本能が告げていた。こいつに関わってはならない。人間が触れてはならない領域のモノなのだと。
だからこそ口に出さずにはいられなかった。一番憎むべき言葉を。御坂美琴が
「私の妹から離れなさい、
美琴は静かにコインを構える。
「……理解できねェな!」
一方通行は緊張を悟られまいと、笑い飛ばすような語調で言った。
「なンで人形を庇う? 自分と同じ顔をしたのが壊されンのが面白くねェのか? だがそんな理由で命を張るわきゃねェよな。そうかァ……俺を
美琴はミサカ10031号の前に歩み出る。これ以上1人も殺させないと言う明確な意思表示。
「妹だからよ」
それ以外に理由などない、と言わんばかりに断言した。保留した言葉もなく、言外の意味もない。
「ク……クク……くだらねェっ! 神の頭脳とやらを獲得したオマエが、くだらねェ姉妹ごっこかよ。天上の意志ってのを知ってるんだろ、オマエは。一体そりゃ何なンだ。答えろ、格下ッ!!」
「悔い改めなさい」
そして美琴は
「な―――にが起きた?」
確かに反射した感触はあった。現に美琴とミサカ10031号のスカートは、反射された衝撃波を受けて激しくめくれ上がっているのだ。それでもコインは、コインだけは自らの後方に着弾した。まっすぐ、自分の腹を突き抜けたように。
「
美琴は表情を変えずに言う。だがその言葉を一方通行は笑い飛ばす。
「違うなァ格下。オマエがやったことは、要するにただのテレポートだ。俺の身体を迂回してコインを出現させただけ。オマエのおはじきじゃ俺には当てられない。バレちまったなァ格下」
それは半分事実だった。美琴にも一方通行の反射膜を突破できる確信がなかったのだ。だから周囲の空間ごとぶち抜いた。トンネル効果。電子が古典力学の壁をやすやすと突破する現象。だがコインが壁を通り抜けられる確率は、地球に生命が誕生する確率とは比較にならないほど低い。
それをやってのけたにもかかわらず、ベクトル反射を突破できるか否かは不確かだった。たとえ反射膜を突破することが出来ても、体内にコインを出現させるにはさらなる確率の壁を突破しなければならないからだ。そもそも一方通行は光すら反射する。つまり脳内では超光速で神経伝達物質が動いており、もはや通常の人間ではないのだ。
「
一方通行は両手を広げ空を仰ぎ見る。まるで空間自体を掴み取るように。事実、彼は風を掴み取ろうとしていた。一点へ風を集中させる。知っての通り、空気は圧縮されると温度が上がる。超電磁砲と同じ断熱圧縮だ。極限まで圧縮した空気は摂氏1万度を超す
ただ彼にとって不幸なことに、美琴には何の脅威にもならなかった。
一方通行から血の気が失せる。自分の手に入れた新しい力。それが一瞬にして宇宙の彼方へと、亜光速でぶっ飛んでいったのだから。
「学園都市最強の
美琴は吐き捨てる。そんなものに拘り一喜一憂していた過去の自分ごと。今や彼女は学園都市と超能力という古の宗教を捨て去り、新たなる教会の伝道者となっているのだから。
「こンの野郎―――」
爆ぜる。足元を蹴った一方通行。すべての
地面から黒い霧が吹きあがる。砂鉄。鋼鉄。アルミニウム。とにかく磁性のあるものは片っ端から飛び狂い、一方通行の行く手を遮った。
「ンなもん」
出来ない。一方通行は空中で静止させられていた。反射したところで、倍の磁力が新たなベクトルを形成し、それを反射すれば4倍の磁力が行く手を遮る。
磁力制御の演算合戦。純粋な力の比べ合い。能力レベルに劣る一方通行がまだ生きているのは、やはり彼が学園都市最強の能力者故なのだろう。
「俺の周りに磁力の檻を作りやがったって訳か」
「あなたの周りって、要するに、この地球のことよね。あなたがいくら反射しようとも、地球の磁場は私の制御下にあるわ。どちらかの脳がオーバーヒートするまで……チキンレースと行きましょうか?」
美琴は宙を見上げて不敵にほくそ笑む。負けるはずがないと確信している意地の悪さで。
「くだらねェ……なら磁力の反射を無効化すりゃいいだけの話だ」
「止めといた方が良いわ。反射を止めた瞬間、赤血球が血管をぶち抜いて脳卒中になるわよ」
「
「降伏しなさい、
「く、―――!」
昨夜と同じセリフに、一方通行の口が裂ける。
「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきこきかかか―――――ッ!!」
興奮が頂点に達した一方通行の背中から、純白の翼が伸びる。彼の身体ほどもある天使の翼。
それでも一方通行は磁力の檻を引きちぎり、
「悪りィが、こっから先は一方通行だ」
その超能力者は、口の端を思い切り歪め、
「侵入は禁止ってなァ! 大人しく
磁力制御に全てを注ぎ込んでいた美琴に対処する術は限られていた。スーパーマンのように右手をまっすぐに伸ばし、砂鉄の暴風と共に飛来する一方通行の拳は、正確に美琴の顔面を補足―――。
まるで戦車砲弾でもぶち当たったような壮絶な破壊音がして美琴の顔面に拳が抉り込まれる。その衝撃が意味するのは天使の一撃。チェルノブイリという名の巨大な彗星が地球に激突し、水の三分の一が苦くなった。
「御坂さん―――ッ!!」
それまで美琴の厳命で陰で身を潜めていた佐天は、耐えきれずに走り出していた。ふっ飛ばされた美琴をその身をもって庇い抱き抱える。顔面が砕けるほどの衝撃にも拘らず、奇跡的に鼻から出血する程度の怪我で済んでいる。地球上の磁場を全て叩きつけても、威力は完全には相殺できなかったのだ。
「血が出てます!!」
「大丈夫よ佐天さん。これくらい……」
と、吐血しながら美琴は零す。
「ダメです御坂さん。あいつはやっぱり私が倒します!」
佐天は背中から金属バットを取り出し、一方通行に狙いを定める。その意味はホームラン予告。人間相手に問答無用のフルスイングをぶちかますと言う明白な殺害予告だ。
「あたしの友達に、手を出すな――――!!」
全力全開のフルスイングは、そのままカウンターとなって佐天の両腕に跳ね返った。強烈な痺れが佐天を襲う。当たり前だ、通用するはずがない。佐天は何とか両足を踏みしめ、衝撃を地面に擦り付け後ずさってゆく。
「……、おい。この場合、『実験』ってなァどうなっちまうンだ?」
一方の一方通行は、場違いな侵入者からミサカ10031号に目を移し、頓珍漢な質問を投げかける。蚊帳の外に置かれていたミサカはようやく出番が来たとばかりに口を開きかけたが、
「
バットを零れ落とした佐天に先を越されてしまった。
またしても同じような糾弾を向けられる一方通行。罪。犯罪。殺人。
そうじゃない、と一方通行は彼女たちを否定する。
「罪ィ? ハッ、オレがいつ罪を犯したってんだ?」
なぜこの女たちは自分を悪と断じるのか。そんな疑問を覚えた一方通行は、自分の正当性を再確認するように、佐天涙子に問いかけた。
「これは最後通告です。殺人未遂の現行犯として、あなたを逮捕します」
明らかに
「殺人ン? ククク……殺人ってのはなァ、ニンゲンを殺すことを言うンだよ。あいつら、人形だろ? 18万円でいくらでも量産できるクローンだろうが」
だから殺人は成立しない。研究者がそう言ったではないか。自分を混乱させようとする
「だからあなたは殺人犯なのよ」
口の中に侵入する血を吐き出しながら、美琴は静かに怒りを表明する。
「
「……ハァ? モルモットを助けて善人気取りかァ? クソ忌々しいクソ偽善者が」
安直なヒューマニズム。フラテルニテに見せかけた自己愛。クローンが人間だと? 一方通行は再度自分に問いかける。なぜそんな風に考えるのだ。2万体どころか、20万体だって作ろうと思えばいくらでも作れる。ただの消耗品。材料さえあれば死んだ分の人形を補填できるではないか。争う必要などない。自分が研究者に頼めば、9932体の人形を作ってもらえるだろう。それでチャラにはならないのだろうか。
なるはずがない。御坂美琴の怒りに燃える目は、その事実を如実に物語っている。何をそんなに怒っているのか、一方通行には理解できない。
「御坂さん、私分かっちゃいました。この人、お母さんが大好きなんです。いわゆるマザコンって奴ですよ」
佐天は良いことを思いついたと言わんばかりに明るい声で言った。
「ちょっ……佐天さん!」
「ァ…………ンだと? 三下ァァァァアア!!」
「だってそうじゃないですか」
何の前振りもなくマザコン扱いされて激怒する一方通行の怒りを、無理矢理封じる佐天の笑顔。
「クローンと私たちの違いってなんです? お母さんから生まれたか、人工子宮で生まれたか、たったそれだけですよ。
あまりにも理不尽。あまりにも短絡的。一方通行は勝手に自論を決められ、あずかり知らぬところで論破される。でもなぜだろう。クローンと人間の違いとは一体なんだ。本当にそれだけなのか。だが一方通行の内部には正確な回答が用意されていない。非クローンだって精子と卵子が結合すればいくらでも作り出せる存在ではないか。
「ほざけェェエ!! 無能力者がァァアアァァァァァァァアアアアアアア!」
故に怒るしかない。翼を羽ばたかせ、佐天が瞬きする間に零距離にまで詰める。
「涙子には手を出させない」
思い切り手を引いて佐天を後方へふっ飛ばした美琴が、翼を大きく広げて一方通行の行く手を塞いでいた。
拳がその翼に触れ、はじき返される。反射できない。原理不明意味不明な力。自らのそれと起源を同一にするのかどうかさえ分からない。ともかく、彼の能力は通じない。
「クソガァアアア!!」
悪態をつきながら白い翼で美琴をぶん殴る。が――数が多すぎる。美琴は8枚の翼を広げて全ての攻撃を受け止めている。一発たりとて佐天まで通ることはない。
「自然に生まれた純粋な状態の人間しか人間じゃないっていうなら、頭に電極刺されてこんなとんでもない能力を開発された私達超能力者は、もうとっくに人間をやめてるのよ。シスターズがモルモットだっていうのなら、私も、あんたも、同じモルモットでしょうがッ!! モルモットがモルモットを愛して、何が悪いのよ!!」
翼の一撃が一方通行の鉄壁の防御をすり抜け、みぞおちに突き刺さる。
「グハアアア!!」
苦悶の叫びをあげのたうち回る一方通行。
「9982人を殺した罪、その命で償ってもらうわッ!」
すかさず美琴はコインを弾く。触れるだけで砕け散ったアルミニウム粒子が、指の上から彼女の身体を取り巻き回転を始める。天使の輪のように。
やがて指先に終息する荷電粒子弾頭。全身から集めた電流をレールに流し込み、エクスキューションを実行――
「ダメですッ!!」
こともあろうに佐天が一方通行を庇うように立ち塞がった。
「―――え?」
「『父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです』」
それは十字架に掛けられた人の子が発した赦しの言葉。なぜ今それを言うのか、美琴には理解できない。罪は償わさなければならない。9982人を殺した殺人犯。その贖いは命によってしかなされないはずだ。
「"彼じゃない"。彼が殺したんじゃないですよ、御坂さん!」
唖然と立ち尽くしているミサカ10031号は、やはりクローンに価値はないんだと解釈した。一方通行もやはり、同様の解釈をしたはずだ。だが美琴は違う。
「どういうことよ涙子!! あなた、さっきはこいつを殴ろうとしたじゃない。こいつのことを大量殺人犯って言ったじゃない」
「そうです。この人は大量殺人犯です。ですが、これでいいんですか御坂さん。怒りのままに敵意をぶつけて、それで終わりですか。それが私たちの
「だったらどうしろって言うのよ!!」
「こうするんですよ」
佐天は振り返ると、理解できない物を見たと言う風に目を丸くする一方通行に向かって毅然と歩き出した。
「何だよ何だ何ですかア次は……」
佐天は目を閉じ、手を後ろで組んで、
「おいおいオマエ一体何を期待してるンだっつの……
当然のことながら一方通行は唇を重ねたりしない。いくら佐天涙子がちょっとそこら辺には見当たらない美少女で、一方通行が彼女いない歴=年齢の純粋童貞だとしても、殺し合いの真っ最中に、自分を殺人犯扱いしてきた女とキスなんてできるだろうか。
すると佐天は一方通行の頬に手を添え、白い罪人の唇を自分の唇へと導く。
「ンな―――にを――――」
唇が触れると同時、翼が真っ赤な炎に焼き尽くされ、羽根の一枚も残すことなく消滅した。それとは別に、まばゆい光が一方通行を包み込む。光は全身を覆うと、その姿を徐々に変容させる。小さく、小さく、赤ん坊のような大きさまで。
光が消えた後、
「彼にはサタンの霊が取りついていたようですが、もう大丈夫。この子は学園都市外にあるカトリックの孤児院に送っておきます。オルソラ教会っていう信頼できる所です」
と、赤子を抱いたまま美琴に笑いかけた。
「な、何が起きたの、涙子?
美琴は佐天まで走り寄って、周囲に首を振る。白い凶悪犯の姿はどこにもない。
「ていうかその赤ちゃん誰!? ねぇ、涙子!! 何が起きたったいうの!?」
「何も起きていません。彼は罪を贖うために、火と聖霊による
しれっと、赤ん坊をなでながら言う佐天。
「生まれ変わったって……あいつの犯した罪は!? あなたの愛していた
「彼の罪が消えることはありません。だからこの子は泣いているんですよ。これからこの子は、永遠にも等しい苦しみと憎悪に苛まれることになるでしょう。ですが彼が裁かれるのは、その命が尽きた後です」
「なんでよ、関係ないじゃない、この子は! 悪いのは一方通行で、こんな赤ん坊じゃないわよ!」
「御坂さん、この子は一方通行です。言葉にできないだけで、記憶もちゃんとあります。殺したいなら、どうぞ、その手で殺してください。裁きを御心に委ねず、自らが唯一の主にとり替わると言うのなら!!」
「…………」
殺せと、佐天は言った。この赤ん坊を。幼き一方通行を。記憶があるのなら、罪もまたある。当然だ。見た目が赤ん坊なだけで、この子供は一方通行なのだ。
美琴はその手を首にかけるべく前に出した。殺すんだ、と美琴は噛みしめる。殺さなければ始まらない。罪は贖われなければならない。
でも、なぜか美琴の手は空中で静止していた。罪はある。頭では分かっている。だが裁くことができない。佐天の言葉を素直に受け入れられたからではない。赤ん坊だからというわけでもない。ただ、
「――――できない」
美琴は諦めを口にする。仮に、誰もが笑って誰もが望む、そんな幸せな世界があったとして、この子を殺すことで手に入るとは思えなくなってしまったのだ。
「それでいいんです、御坂さん。神は我らが天にあり、なべてこの世は事もなし、ですよ」
佐天は優しく、優しくそう呟いた。
◆
銃口が警備員の部隊へと向けられていた。病院の窓から、何十、何百もの銃口が。大半は5.56mmだったが、周辺のビルには
「やばいことになったじゃんよ……」
黄泉川は銃口を左下へおろし、突如訪れた危機的状況に苦笑いを浮かべた。そこに初春からのコールがポケットを震えさせた。
《これでも私たちより学園都市を選びますか、黄泉川さん》
《冷静に考えたらお前らもクローンも子供じゃん…………上からの命令ったって、子供は撃てないじゃん!!》
黄泉川にとって唯一の逃げ道。彼女の信条――すなわち、敵が子供だから交戦できないというもの。
《だったら私たちの味方になることですね。残念ながらあなた方に撤退という選択肢はありません。私達と共に学園都市と戦うか、それとも死ぬかです》
確かに撤退は出来ない。周囲に身を潜めていた
《分かった……降伏するじゃん》
《降伏も許しません。共に戦うか、ここで死ぬか、どっちかです》
あくまでも学園都市に反逆しろと初春は要求する。警備員達はまだ理解していない。これは戦争なのだ。穏やかな日常生活は決して戻ってこない。警備員達の額には冷や汗が流れている。誰もが自問自答した。学園都市の治安を守るために子供を撃つか、子供と共に学園都市を破壊するか。教師としてどちらを選ぶべきなんだ。血の予感を含んだ静寂が病院を支配する。警備員達は寄り添うように周囲に銃を構えていたが、圧倒的な数の
「まったくよ――」
黄泉川のはるか後方で何者かのイラついた声が沈黙を破った。
「
「数が多すぎて分からない。この辺りに……同じAIM拡散力場の持ち主が1000人以上集まってる」
「ちょ、超多いんですけど。超どうするんですか、麦野」
アイテムの残党が、囚われのフレンダを救い出すため――とは全く関係なく現れた。
上条「一方通行は死んだ。佐天涙子が殺しやがった。クソッ! 次に狙われるのはおそらく、学園都市統括理事長だ。ふざけんなよ。俺はアレイスターの仲間なんだ、今までもこれからも理事長の味方であり続けるって決めたんだ! テメェらお得意の聖書に書かれてなくたって、これだけは絶対なんだよ!! 次回、『第7学区の戦い』。科学と魔術が交差する時、物語は始まる――!」