とある佐天の百合洗礼《レズテスマ》 作:エステル
戦いは明らかに上条優位で進んでいた。あるいは美琴なら上条を殺すこともできただろう。いや、それもできたかどうかは怪しい。御坂美琴も本気で上条を足止めしようと苦心していた。電撃は全て打ち消され、磁力で放り投げた障害物は全て避けられ、彼の拳を何度も味合わされていたのだから。
上条は2人の女子を何度も何度も殴り倒した。それだけが世界を救う方法なのだと、彼は知っていたから。
「こんな事何度やっても同じだろうが!! いい加減に降参しろ御坂。オマエ達じゃ俺に勝てないんだよ!!」
全戦全敗。今まで御坂美琴は上条に勝利したことはない。河川敷で行われた決闘でも、完膚なきまでの完全敗北を喫している。
でも。
負ける訳にはいかなかった。
今回だけは。
たった一度だけは。
「何度殴られたって、私は負けてないわよ」
「じゃあ、どうしたら終わるんだよ」
「もちろん、私が勝ったらよ」
「それで気が済むんだったら、何度でも思い知らせてやる―――!!」
もう何発目か分からない上条の拳が、御坂美琴に突き刺さろうとしていた。美琴の顔は悲惨な状態だ。何度も殴られたせいで、鼻の骨は折れ、皮膚は破れて血に塗れ、涙と混ざり合ってぐちゃぐちゃ。それでもまだ殴ろうと言う上条。
それは佐天とて同じ。天使のような無垢な笑顔はもうない。立っているだけで精一杯それでも佐天はバットを構える。最愛の恋人がこれだけ痛めつけられて、黙っている乙女がどこにいよう。
佐天涙子の金属バットが、奇跡的に上条の腹を捕らえた。力のないスイング。それでも綺麗に鳩尾を捕らえたせいで、上条の勢いは殺される。苦悶の声を上げその手を止める上条。右手で殴られた腹を押さえ、思わず地面に向かって唾を吐く。
「この程度で勝ったと思っているのかよ」
上条は負けない。一発入っただけだ。むしろ痛みが走ったことで彼の闘争心に火がついてしまったくらいだ。
「いいぜ、佐天涙子。テメェが何でも思い通りに出来るってなら―――」
「
甲高い叫び声が、露払いのように上条の決め台詞を押しつぶした。
瓦礫の上―――白い修道服を来たシスターが、3人を見下ろしていた。
「インデックス―――!」
「私の新しい奇跡名だよ、とうま。その意味は、復活の日は来たれり! 最後の審判を邪魔させる訳にはいかないんだよ」
魔術師が魔法名を名乗る意味。記憶を失う前ではあるが、上条はステイル=マグヌスからそれを聞いていた。すなわち、殺しを始める宣言。つまり、 彼を愛したはずの白いシスターは、上条の敵として現れたのだ。いや、それを思い出す必要はないのかもしれない。インデックスは明らかに、上条当麻の敵としてここへやって来たのだから。インデックスの、上条だけをまっすぐ射貫く視線は、どう考えても好意的なそれではなかった。
「っ――――! ざっけんなインデックス! そいつが何しようとしてるのか分かってんのか!? 邪魔するに決まってんだろうが!」
危なっかしく瓦礫を降りるインデックスの背中に向かって、上条は悲痛な叫び声をあげる。
「これは主の救いの計画なんだよ。どうして分からないのとうま。長い目で見れば、とうまも救われることになるんだよ」
地上に降りたインデックスは両手を広げ、上条を受け入れるように微笑みかける。
だが上条には分かっていた。分かってしまったのだ。結局こいつは、この
自分を受け入れないくせに、なぜそんな微笑みを向けられるのか、上条は怒り狂う。
「勝手に救いを必要としてるんじゃねぇ! 俺は
「その考え! 人格が悪魔に支配されているんだよ――――!!」
インデックスの絶叫が夜空に木霊した。自分を不幸だ不幸だと散々愚痴っていた上条。だが思い返せば、こんな美少女と同棲したり、まだピュアだった美琴とじゃれ合ったり、おそらく姫神秋沙にも好意を持たれていたり、女関係には不自由はなかった。それを幸せと表現することは、果たして間違っているだろうか。
上条当麻は幸せだ―――上条は確信を持って言う。今、彼はその幸せを永遠に失おうとしているのだ。シスターさんの笑顔と共に。この愛おしいシスターを、たった一人の女の子を守ろうと誓ったというのに!!
「知ってんだろ、インデックス。俺の右手には
「悪魔は皆そう言うんだよ」
その一言で、インデックスは上条の反論を切り捨てる。彼女の中で自分は成ったのだ。悪魔という主の敵に。
「涙子、こんなヘテロ悪魔に情けは無用だよ。さっさと片付けちゃおうよ」
インデックスは上条ではなく、佐天に向かって微笑みかけた。
そして
全ての力を
解放する。
インデックスは自らの意思で、
「警告、第12章第51節。人の子に対する敵性信仰を確認。
「強制改宗だぁ!?」
「―――10万3000冊の破壊を完了。これより
空中浮遊したインデックスの額からは巨大な魔法陣が現れ、その目にも金色の魔法陣が浮かんでいる。
「な……なんなんですかあの怪しい小学生は!?」
何が何やら分からない佐天は、美琴の袖を引っ張りながら言った。
「確かあいつと一緒に居たシスター! ……よく分かんないけど、私達の味方をしてくれるみたいね」
上条はもはや2人のことなど見ていなかった。この中で最優先の脅威は、白いシスターであると分かってしまったからだ。魔術を使えないはずのインデックスが、自らの意思で魔術を行使するという異常事態も、今の上条には気にしている余裕はない。
どちらにしても上条は、最愛のシスターを殴り飛ばし、正気に戻させねばならない。
「最初に言ったはずだよな、インデックス。この右手は、神の
キィィィイイイ―――ン!
闇を切り裂くような高周波音と共に、インデックスの放った炎は打ち消される。
「
そう言ってインデックスは、再び佐天に微笑みかけた
「え……あ、あたし?」
「させるかよッ!」
上条は飛ぶ。即座に佐天にターゲットを変更。哀れな女子中学生を殴り飛ばす予備動作。
「短髪の
「言われなくてもやってやるってーの!」
美琴はポケットから無造作にとり出したコインを次々に弾き飛ばす。10枚目のコインを弾き飛ばした頃には、最初に飛ばしたコインが彼女の
「受けて見なさい、これが私の全力全開―――
射出――! 爆発的に満ちる光と轟音。絨毯爆撃と見紛うばかりの猛烈な衝撃。
だが上条当麻は、平然と光の壁に右手を突き出し―――その全てを打ち消した。御坂美琴は一切の手加減はしていない。本気で殺すつもりで放ったのだ。偶然と言うには、あまりに奇跡的。コインは吸い込まれるように上条当麻の右手に命中したのだから!
「なんつーか不幸っつーか……。オマエ、本当についてねーよ」
上条はそう言って不敵に笑う。
「その言葉、そっくりそのまま返すわよ!」」
上条の反応は間に合わない。佐天とインデックスは、既に彼の背後に回り込んでいる!
「あたしの美琴さんに―――手を出すな―――ッ!」
フルスイングされた佐天のバットは、しかしその方向を微妙に間違えて、空を切ろうと―――!
「奇跡発動―――『サタンよ、退けッ!』」
インデックスの絶叫と共に、バッドが軌道がありえない方向にグニャリと曲がる。いや―――まるで世界が最初からそうであったように! 上条の腹部に向かって猛スピードでぶち当たったッ!!
「ぐ―――あっ―――!」
まともに衝撃を食らった上条。声を失い、耐えられずその場に崩れ落ちる。
「インデックスまで……テメェら、何なんだよ……! そんなに女の子だけの恋愛がお望みか!? 人類すべてが同性愛者になって……幸福の内に人類は絶滅する……! 冷静になれよ御坂! お前は本気でそんな世界が欲しいのか!? 正気に戻れよインデックス! んなのがキリストの奇跡であってたまるか―――!」
佐天はもう一度バットを振り上げた。彼女のバットは、既にバットではなくなっていた。世界の始まりに興った凝縮された光の粒、宇宙を遍く照らすほどの圧倒的な輝きを持って、上条に振り下ろされる―――!
「イエス様を信じてもないとうまには分かるわけないんだよ!」
「そうよ。あんたみたいな女とあれば片っ端から口説いて回る類人猿に、女の子の気持ちが分かってたまるもんですか!」
「女の子の気持ち、だぁ?」
上条はそれでも立ち上がる。宇宙創世と共に定められた
「ふざけやがって、そんなつまんねえ事はどうでも良い! 理屈も理論もいらねえ、たった一つだけ答えろ御坂美琴!」
右手だけで、たったそれだけで佐天のバットを受け止める。
「テメェは俺とセックスしたくないのかよ?」
そして、言い放った。
「テメェは、ずっと待ってたんだろ!? 俺と恋人になれる、俺に無視されなくても済む、そんな誰もが笑って、誰もが望む最高なハッピーエンドってやつを」
無理矢理に光の柱を押さえ続ける右手の手首が、グキリと嫌な音を発した。
それでも、上条は諦められない。
「ずっと待ち焦がれてたんだろ、こんな展開を! 何のためにここまで歯を食いしばってきたんだ!? テメェのその手でたった一人の男の子を落として見せるって誓ったんじゃねえのかよ?」
バキン、と右手の人差し指の爪に亀裂が走り、真っ赤な鮮血が溢れてきた。
それでも、上条は諦めたくない。
「お前だって(恋人は)主人公の方がいいだろ!? 脇役なんかで満足してんじゃねえ、命を懸けてたった一人の男の子を愛してぇんじゃないのかよ!? だったら、それは全然終わってねぇ、始まってすらいねぇ!! ちょっとくらい長いプロローグで絶望してんじゃねぇよ!」
バリンと、
「手を伸ばせば届くんだ!いい加減に始めようぜ、
上条は一直線に走り寄る。右手の一撃は、
「いいぜ、佐天涙子。この
美琴はコインを放り投げる。一切の迷いを配した決意の目。その照準は、
「―――――まずは、そのふざけた
思い切り殴られた佐天。だがその右手で、上条の右手をがしりと掴む。
「て……テメェっ……!?」
「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさい」
そう言って左の頬を差し出す佐天。
「戦う気があるなら拳を握れ、戦う気がないなら立ち塞がるな。ハンパな気持ちで人の願いを踏みにじってんじゃねえぞ!」
「誰が戦わないなんて言いました、上条さん。人の子は平和じゃなく戦いのために来たんですよ。もう逃がしませんからね。コリント第10章第4節から第6節、『我々の戦いの武器は肉のものではなく、神に由来する力であって要塞も破壊するに足りる。我々はあらゆり論理を打ち砕き、神の知識に逆らうあらゆる高慢を打ち倒し、あらゆる思惑を虜にしてキリストに従わせ、また、あなたがたの従順が完全なものになるとき、すべての不従順を罰する用意ができている』!」
「また聖書か……いい加減にしやがれ!」
「御坂さん! 今です、私ごと撃ち抜いてください!」
「……っ!」
「信じるんです、御坂さん。『あなたがたにできない事は、何もないであろう』! あたしは死にません! あたしも、この人も。だからあなたの超電磁砲で、あたしごと打ち貫いでください!」
「やめろ御坂、騙されるな! こいつはカルト宗教のペテン師だぞ!! ただの人間だ、キリストなんかじゃねえ!」
その拳は、超電磁砲ごと3人の女をぶちのめすために、御坂美琴を砲弾ごとぶっ飛ばす―――!
「黙りなさい、
放物線を描くコインが、指をめがけて落ちる。
あと40センチメートル。
あと30センチメートル、
あと20センチメートル!
あと10センチメートル!!
「妊娠――――、しちゃうでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」
音速の三倍に達したコインが、
「上条さん、神からの贈り物です。あなたの意志だけは尊重してあげましょう。あなたは一人、地球に残された最後のノンケ、ヘテロ・セクシャルとして生きてください。あなたの人生を懸けて、ノンケが正しくホモが間違っていることを証明するんです。次に会うのは、"その日"です――――――――――――――――――――――――――…………
――――――上条当麻の説教目録は、これにて終焉を迎える。その右手に、異能を打ち消す力はもうない。インデックスが連れてきたらしき
重荷を降ろしたインデックスは勿論、美琴も不思議と爽快な気分を感じていた。大きなものを失ったかも知れない。けれど、振り返ってみれば大切なものは何一つ失っていないのだ。彼女の隣には大好きな佐天涙子が天使みたいに笑ってて――学園都市の夜に、月が夜の虹をかけていた。
御坂美琴は、この聖なる夜を噛みしめるように、すっと息を吸って――
「本当――退く、」
「退屈しないんだよー、この世界は!」
――インデックスに決め台詞を奪われた。
「るいこるいこ、おなかへった。朝ごはん食べに行こっ!」
「行きましょうか、インデックスさん。美琴さんも、ご一緒にどうです!」
「えー、私はるいこと2人で朝ごはん食べたいな! 短髪、そういうことだからじゃぁね~!」
インデックスは意地悪いニヤつきを残し、佐天の手を強引に引っぱってトテトテと歩いて行く。パンケーキだのガレットだのキッシュだのエッグベネディクトだのスイーツ丸出しの会話で盛り上がる2人。キャッキャとじゃれ合いながら目の前を去っていく。
1人、置おいてけぼりにされる美琴。あれ、何かがおかしい。佐天さんはあたしの恋人のはずだよね? つーかあのインなんとかって女何なの? いきなり表れて佐天さんに馴れ馴れしくしやがって……あまつさえ佐天さんを独り占めするつもり……!?
「……」
御坂美琴の頭からバチバチと火花が飛び散る。超能力は失ってしまったはずなのに。ならばこの力は一体何なのだろう!? しかもその照準は、佐天涙子に向けられている。。
「……、オーケー。今日の御坂さんはちょろっとバイオレンスかもね!」
素直で愛くるしい後輩に向けて、電撃を浴びせかけた。