※この作品はR-18です。

とある佐天の百合洗礼《レズテスマ》   作:エステル

4 / 27
第4話 幻想深化《イマジンサポーター》

 白井黒子が地球の反対側までテレポートしてから3日目の朝。美琴と初春は学園都市相手に壮絶な電子戦を繰り広げていた。ここ数日の黒子の行動記録や書類を偽造したり、発信機付きナノデバイスの在庫を改ざんしたり、はてはアンチスキルの監視衛星とメインフレームをクラッキングして画像データを破壊したりと、ほとんど黒、というより完全に真っ黒な犯罪行為に邁進したのだ。そのかいあって、黒子は何とかばれずに常盤台中学の自室へとたどり着いた。

 数十万回のテレポートを繰り返しぼろぼろの黒子を待っていたのは、絶望だ。唯一無二の居場所であった御坂美琴のルームメイトという地位が、佐天涙子に奪われていたのだから。失神寸前の黒子は元自室の前に座り込んで、さめざめと泣き喚く。

 

「あまりにご無体な仕打ち! この黒子、アマゾンの密林とアンデスの高地を越え、麻薬戦争の最前線を通り抜け、執拗な連邦捜査官の追跡を振りきり、ベーリング海峡を渡って、カムチャッカから北海道へと! そうまるで、離れ離れのつがいを一途に追い求める渡り鳥のように! こうしてお姉様の御許へと参りましたのに!」

「だってあんたが言ったことじゃん。佐天さんが狙われるかもしれないから、1人にするのは危ないって。とりあえず"自分の部屋"に帰ってゆっくり休みなさいよ」

 

 美琴は顔さえみせず、ドア越しに冷酷に言い放つ。黒子は人目もはばからずしゃくりあげて、自分の犯した過ちを盛大に後悔していた――。

 

◆ 3日前 ◆

 

 美琴が連れてきた黒子は、美琴の話を一笑に付し、アパートを燃やした初春にグダグダと説教を始めた。黒子を黙らせるには、もう一度実演しなければならなかったが、性行為の実演を見せつけられて黒子が大人しくするはずもなく、美琴に襲い掛かって電撃を浴びせられる嵌めになった。

 

「しかし佐天さんも喜んではばかり居られませんの。もしもこれが私達以外の人間に知られれば、あなたの貞操(のうりょく)を狙う連中がうようよ出てくるに違いありませんの」

 

 黒子は性的な話題にも関わらず、珍しくまじめなトーンで忠告する。そう、黒子は一向に能力を隠すように警告しただけだ。ただ、美琴はそうは受け取らなかった。

 

「そうね。佐天さんをしばらく私の部屋で匿うってのはどうかしら。寮も焼けちゃたことだし」

 

 黒子の目がくわっと大きく開く。炸裂する神経回路、迸る脳内麻薬。世界の終わりよりも深刻な非常事態を前に、黒子の全細胞が戦闘態勢に入る。

 

(お、お姉様との愛の巣を別の女を連れ込む!? いえそれより―――お姉様のお言葉に何やら不穏なニュアンスが……)

「お姉様、なぜ"わたくし達の部屋"とおっしゃられないのです?」

 

 黒子はあくまで何でもないような笑顔で、美琴を刺激しないように、それでいて若干の媚びを混ぜた口調で訊く。

 

「決まってるじゃない。2人部屋だもの。黒子は初春さんの部屋に住まわせてもらいなさい。事情を知る初春さんも狙われる危険性があるから、しっかり護衛しなさい。寮監には私から説明しておくから心配しないで」

 

「なっ……お姉様……まさか本気で仰っているのではありませんわよね……! 運命の赤い糸で結ばれたわたくしとお姉様が別居など……天地がひっくり返って考えられませんの!」

 

 世界崩壊――少なくとも黒子にとっては、死刑宣告に等しい結論。こんな事を許してはならない。黒子は全力で媚び、優しいお姉様の慈悲と憐れみを誘うべく、跪いて美琴の足に頬を擦りつける。

 

「佐天さん、今日から私の部屋に泊まりなさい。いいわね?」

 

 が、美琴は知らぬ存ぜぬで無慈悲な一撃を下した。

 

「はぁ……今日からですか? 初春の家に泊めてもらうつもりだったんですけど」

 

 美琴に向けられているのは黒子の欲望だけでない。初春は頬を膨らませ、めったに見せることのない敵意満々の視線を美琴にぶつけているのだ。

 

「駄目よ。それじゃ2人に危険が及ぶかもしれないでしょ?」

 

 美琴も美琴で、なぜか初春を見下すように、挑発的なドヤ顔――厳密には初春にはそう見えているという話で、美琴にはそんなつもりは毛頭ない―――で答える。

 

「私なら大丈夫ですよ御坂さん! ジャッジメントとして佐天さんを守る責務もありますし!」

 

 黒子とアイコンタクトで交信をした初春は、佐天を隠すように前に出て、猛犬のごとく食ってかかる。すかさずに注入される黒子の愛撫するような上目遣い。完全に利害が一致したためか、はたまた相性が良いのか、見事な連携プレイだ。不幸だったのは、最強無敵の電撃姫が、欲望にまみれた連中の意見を一切考慮するつもりはないことだ。

 

「大丈夫じゃない! 例えば私が佐天さんを襲撃したら、初春さんは佐天さんを守り切れる? 佐天さんの能力があったとしても、初春さんにはまだ高位能力を使いこなせないでしょ」

「そ……それは……って! その仮定だと、御坂さんの部屋に泊まるのは危険じゃないですか!」

「ただの例え話よ。佐天さんも初春さんも、私と黒子のこと知ってるでしょ? もしも私がそっちの気があったら、とっくに黒子と関係を持っているはずじゃない。それに私は、自分の力以外で能力を上げようだなんて思わないもの。だから安心して」

「で……ですが……!」

「お姉様! 頼もしくもあり悲しいお言葉! それでも黒子は諦めませんの。いつの日かお姉様が私の気持ちに気が付いてくださるまで、黒子はお姉様のお傍にお仕え致しますの!」

「スキルアウトや、他の超能力者(レベル5)が攻めて来たら? テレスティーナみたいな狂った科学者が、実験に利用しようと特殊部隊を送ってくるかもしれないのよ!」

「初春はジャッジメントですの。そもそもそんな状況に陥らないように、上手く立ち回りますわ。そもそも、私達4人が黙っていれば、誰にも知られずに済みますのに」

「いちいち口出しすんじゃないわよ!」

 

 美琴は冷酷にも、しつこく足にまとわりつく黒子をぶん投げた。消える黒子。次の瞬間には、美琴の背後へと現れ、すすり泣きながら背中に顔をうずめる。美琴も1ミクロンくらいは気の毒に思ったのか、抱きつく黒子を振り払おうとはしない。一方黒子はどさくさに紛れてブラの下に手を入れ、つつましやかな胸の中心にあるつつましやかな突起物を弄繰り回し始める。

 

「佐天さんは私が責任を持って守る。これは決定事項よ。あんた達がこれ以上邪魔するなら――ちょろっと入院する程度の電撃を、お見舞いしたくなっちゃうかもねっ!」

 

 雷鳴。黒子が痙攣しながら地面に転がる。初春が駆け寄ってペチペチと頬を叩いた。意識がない。数分後には何事もなかったかのように復活したのだが。

 

◆

 

 御坂美琴は正気に戻った黒子と2人を引き連れて、人気のない第17学区の操車場へやってきた。17学区自体が極端に人口の少ない所だが、この殺風景な操車場には生き物の気配すらない。隠れてコソコソ何かをするには最適な場所だ。美琴は念のために、コンテナからコンテナへと飛び移り、誰にも監視されていないことを確認すると、一帯に妨害電波をまき散らした。4人は衛星から逃れるために空きコンテナの中に侵入すると、コソコソと内緒話を始める。

 

「さっきの話は、佐天さんの能力が初春さん以外にも影響するって前提よ。特定状況下でレベル以上の能力を発揮するって現象は、前例があるもの」

「春上さんと枝先さんですね。確かに、私と佐天さんが特別な関係だからって可能性も大いにあります!」と意気消沈していたはずの初春が熱っぽく口を挟む。自分の能力しか上げられないのなら、わざわざ美琴に守ってもらう必要もないのだ。

「それじゃあたしの能力って言うか、初春の能力じゃない」と佐天は若干不満気に答える。

「だからこそ、他の人に通用するのか否か、きちんと確かめなくちゃ。てなわけで、さっそく実験と行きましょう」

 

 美琴は佐天と黒子の手を引いて、お互い正面から向き合う位置に立たせる。何もかもを察した初春が、両手で目を覆いしゃがみこんだ。

 

「黒子、佐天さん。準備は良い?」

 

 囁き声で宣告する美琴。佐天は先ほどから噛んでいたキシリトール・ガムをごくりと飲み込んだ。百戦錬磨であろう黒子にはレモン味はむしろ失礼だと思ったのだろう。

 

「そんな……お姉様は黒子の思い人を御存じにも関わらず、佐天さんと契りを結べと仰るのですね! よりにもよってお姉様の前で! こんな悲劇は世界中探しもここにしかありませんわ! 佐天さんも、わたくしとの口づけなどしたくありませんわよね!?」

 

 黒子は救いを求めるような切実な眼差しを佐天に向ける。

 

 

「私は別に構いませんよ。ただの実験ですし」

 

 佐天の方は全く動じていない。高原に吹くそよ風のように爽やかな微笑みで黒子に答えた。

 

「初春! あなたはどうですの!?」

「私は、佐天さんが幸せならそれでいいですから……」

 

 消えるように囁く初春。あっさり裏切られた黒子は、無理矢理初春を引き起こし胸ぐらを掴む。何が悲しいのか、既に涙でぼろぼろだ。

 

「いい子ぶってないで本心をぶちまけなさい! 佐天さんをわたくしに寝盗られてもよろしいんですの?」

「私は……白井さんを信じてます。白井さんになら佐天さんを任せても良いって……! ですが白井さん、佐天さんを幸せにできなかったら、絶対に許しませんからねッ!」

 

 耐えきれなくなったのか、初春は黒子を突き飛ばして、わんわん泣きながらコンテナを飛び出て走り回る。常軌を逸した情緒不安定。

 

「初春さん大丈夫かしら」

「初春は昨日からちょっとおかしいんですよ。ずーっと興奮しっぱなしな感じで」

「佐天さんの能力の影響で、神経伝達物質が過剰分泌されてるのかもしれないわ。ただでさえ恋愛感情ってのは脳内麻薬がドバドバでちゃうから」

「ハイになってるってことですの?」

「有り体に言えばね」

「お姉様、そんな麻薬みたいな能力をわたくしにお試しなさるつもりですの!?」

「あんたが私に迫ってくるのだって、化学(ばけがく)的に考えれば麻薬依存みたいなものじゃない。黒子には十分耐性があるから、心配ないって」

「そういう問題ではございませんわ! それにわたくしは本気でお姉様を愛しておりますの。ジャンキーなどと一緒にしてもらっては不愉快ですわ!」

「パンツ盗まれたり盗撮されたり媚薬を盛られかけたり挙句の果てにはペッティングされたり、あんたの『本気の愛』とやらは私にとって著しく不愉快なんだけど!?」

「……………………」

 打ちのめされた黒子は、あきらめて霞(ミネラルウォーター)をもそもそと飲み始める。淑女たるもの、強制的な猥褻行為でさえエチケットを忘れてはならないのだ。

 

「まぁまぁ。初春があれだけの能力を発揮できたんだから、白井さんなら地球の裏側にだって跳べるかもしれないですよ?」

「佐天さんの言う通りよ。なんてったって、あんたは常盤台最強のテレポーターだもん」

 

 ちなみに常盤台中学にテレポーターは黒子1人しかいない。

 

「承りました。不詳、白井黒子。お姉様のために、ブエノスアイレスまで飛んで差し上げますわ! さあ佐天さん、一思いにベーゼをなさってくださいな! 黒子の……黒子の初めてのベーゼを!」 

 

 黒子は遂に意を決し……固く目を閉じた。佐天の柔らかくて温かい唇がふわりと触れたその時――白井黒子は忽然と姿を消した。

 

◆ そして現在 ◆

 

 根負けした美琴はようやくドアを開く。真っ先に目が付いたのは、常盤台中学の制服を纏った初春飾利の姿。憧れの制服を纏っていると言うのに平然としている。今しがた着たという訳ではないらしい。

 

「あなたも泊まっていたという訳ですわね」

「はい。白井さんが帰ってくるまでの間、1人じゃ危ないってことで私もお世話になってたんです」

「ほっ……一安心ですわ」

「よかったんですか?」

「お姉様が不貞を犯さないよう監視してましたのよね」

「そういうわけじゃないですけど……でも、あれからは実験してません」

 

 黒子は崩れ落ちるように自分のベッドに倒れ込む。無数の演算を繰り返し脳の疲労は限界に達している。意識ももうろうとしていた。先ほどから、視覚情報の意味が曖昧になりつつあるくらいだ。

 

「というかお姉様、初春が居るのにどうしてわたくしを追い出そうとなさったのですか!」

「特に理由はないわよ」

「ははぁーん、そういうことですの。よろしいんですのよ。お姉様がそういう性癖をお持ちでしても、黒子は受け入れてみせますの!」

「好きなだけ言ってなさい」

 

 相変わらず適当にあしらう美琴。その時、かすれゆく黒子の視界に妙な物が目に入った。枕だ。御坂美琴のベッドに、枕が2つ置いてある。黒子にはその意味をなかなか理解できない。反復する思考。支離滅裂な論理。しかし黒子は、眠りにつく脳を叩き起こして、強制的に覚醒させる。

 そう、美琴は普段から2つ枕を置いている。だからこれ自体は全く日常的な光景。だが……自分のベッドに枕が1つと言うのはどういうことだろう。普通に考えて客人を泊めるなら客に枕を1つ提供するはずだ。そうで無ければ、新しい枕を提供するか、布団を敷いてなければおかしい。にもかかわらず、御坂美琴のベッドには2つの枕がある。もちろん、初春か佐天が枕を使わなかったという可能性もなくはない。ただ、その可能性は限りなく低い。2人の部屋に入ったことのある黒子は、彼女らが普段枕を使っていることを知っているのだ。

 初春と同じく常盤台の制服に身を包んだ佐天涙子は、美琴と一緒に彼女のベッドに座っている。対する初春は、黒子の隣に。しかも佐天と美琴は、妙に打ち解けた様子で、頻繁にボディータッチなどを繰り返している。

 

「つかぬことをお伺いしますが、佐天さんと初春は、私のベッドをお使いになったのですわよね?」

「はい、私はお借りしました。でも佐天さんは――」

 

 黒子の背後から、炎がバックドラフトのように爆発的に燃え上がる。もはや答えは1つしかない――!

 

「す、すみません! 帰る前にシーツを洗濯してお布団も干してきますから!」

 

 初春が慌ててベッドから飛び降りて、いそいそ支度を始めるが、黒子の目にはもはや佐天しか映っていない。

 

「お黙り初春。そんなことはどーでもよろしいんですの! 佐天さん、あなたは一体どちらでご就寝を?」

「私は御坂さんと一緒に寝てますよ」

「な―――!?」

 

 人の心を最も効率よく傷つけるのは悪意ではない。無垢な人間が平然と口にする事実だ。白井黒子の精神は崩壊一歩手前の崖っぷちに追い込まれる。

 

「一応言っとくけど、くじで決めたんだからね。窮屈なのはみんな嫌だろうからってことで」

 

 危ういバランスで何とか踏みとどまる黒子。今度は陸地に傾き過ぎたのか、飛びかかるように佐天に迫る。

 

「佐天涙子、恥を知りなさいッ!」

「あ、あたしですか!?」

「なに佐天さんに喧嘩売ってんのよ!」

「数か月もの間お姉様と寝食を共にするわたくしでさえ、お姉様と同衾したことなどございませんのに……! たかだか出会って数週間のあなたが、何ゆえお姉様とご一緒に寝る権利があると思い上がっておりますの!」

 

 酷使した脳で興奮しすぎた黒子は、言いたいことを言い終えると……そのまま立往生してしまった。

 

「な、なんかすみません」

「こんな変態に謝る必要ないわよ。初春さん、悪いけど黒子を連れて帰ってくれる? タクシー呼んであげるから」

 

 初春は中学生がタクシーに乗れるなんてまるでお嬢様みたいですーとかなんとか浮かれながら、黒子を背負って行ってしまった。

 

 その夜、御坂美琴と佐天涙子は、初めて2人きりの夜を迎えていた。もっとも今夜は別々のベッドだから、距離は昨日より遠退いてしまった。それでも中々珍しい状況に興奮しているのだろう。佐天も美琴も寝付けずに、消灯時間になっても天井のシミを数え続けている。

 

「黒子が一度しかテレポートできなかったのは誤算だったわね」

 

 独り言なのか会話なのか不明瞭なトーンで美琴が呟く。

 

「すみません。私、ハッキングとかお手伝いできなくて。私って、いつも御坂さんたちに御迷惑かけてばかりで、何のお役にも立てませんよね……」

 

 またしても自分を苛む佐天。いくら変てこな能力を得た所で、天才ハッカーや超電磁砲と比べると果てしない無力感に押し潰されてしまうのだ。ある意味自分よりも遥かに強力な能力を有しているのに、と美琴は軽くため息を吐く。なにせ、黒子は本当に地球の反対側まで飛んだのだ。超能力者(レベル5)でもそんな事できやしない。おそらく、計測して居れば絶対能力者(レベル6)に到達していたであろう。無能力者(レベル0)の佐天には、この違いが実感として理解できないのだ。

 

「気にしちゃダメよ。出来る方が異常なんだから。それより佐天さん能力、効果時間とか回数とか、何か法則があるのかを、突き止める必要があるわね。今回みたいに不用意に使えば大変な事にもなりかねないし」

「また白井さんに協力してもらうんですか?」

「いいえ、黒子の能力は持続的に行使できるタイプじゃないから、あまり適切な手段ではないわね。初春さんはまだ能力の制御ができないし……となるとやっぱ私が実験台になるしかないわよね」

 

 美琴は佐天と目を合わせて、やんわりと笑いかけた。ファミレスの前で初めで出会った時のような、上から目線でいけ好かない奴だと思い込んでいた佐天の偏見を一発で打ち砕いたあの笑顔だ。不意に胸が高鳴った。実験台、その言葉が意味することは、1つだけ。

 

「み、みしゃかさんとキスするんですか!?」

 

 佐天は思わず声を詰まらせる。ここにきて佐天涙子の心が妙にざわめいた。初春や黒子とキスしても、不思議と平静を保つことが出来たのにだ。あるいは、御坂美琴という誰もが憧れるお嬢様とキスするという状況に興奮しているのかもしれない、と佐天は便宜的に解釈する。女子寮で過ごしたこの数日、御坂美琴がどういう扱いを受けているかを延々見てきたし、佐天は元来ミーハーなのだ。佐天は、美琴に向けられる羨望と嫉妬の入り混じった無数の視線を思い返した。この人は特別な人なのだ。そう、特別な人……と佐天は反芻する。けれども、そうやって平常心を保とうとすればするほど、特別という言葉が全く違う意味に聴こえてしまう。

 はっきり言っておく。佐天涙子は正真正銘のストレートなのだ。スカートめくりと同じようなノリで、戯れに初春の心を弄んだだけで、まさかこんな展開になるとは思ってもみなかったのだ。もちろんそんなことは口が裂けても初春には言えないが。

 

「えっ……さ、佐天さん……嫌なの……?」

 

 美琴も美琴で、思春期の少女みたいな――そのものだが――うぶな反応を示す。普段自身満々な美琴が不意に見せる不安気な表情。佐天涙子の報酬系に猛烈な勢いで脳内麻薬が分泌される。恋愛感情は麻薬依存だ、御坂さんもそう言ってたし、と佐天は自分に言い聞かせる。強気な女の子がちょっと弱さを覗かせただけできゅんと来るなど、まるで恋愛体質のジャンキーガールではないか。

 

「い、いえ……ただ御坂さんはそういうことに抵抗ある方だと思ってたんで」

 

 佐天は目を逸らしながら答えた。これ以上見つめ合っていたら正気を保つ自身がない。佐天は目を閉じて、無理矢理意識レベルを低下させる。

 

「そんなことないわ。私、佐天さんのこと好きよ?」

 

 佐天は生唾を飲み込んだ。だが――ここは夢の中だ。そうに違いない。これは幻想――佐天涙子の百合幻想なのだ。

「いわゆる友達としてとか人間としてとか、そういうことですよね」

 佐天は幻想の中で、美琴に答える。

「ううん、女の子として好き」

 夢の中の美琴は、うっとりと熱に浮かされたかのように囁く。

「い、いやでも、あたしには初春が居ますし」

「初春さん言ってたじゃない。佐天さんが幸せならそれでいいって!」

「た、確かに言ってましたけど……でもそういう問題じゃなくないですか!?」

「そうね。大切なのは佐天さんの気持ちだもの」

「それも違いますって、倫理とか道徳とか……てゆーか、御坂さんそっちの気はないって言ってたじゃないですか」

「あの時はそう思ってたの。でもね、ここ数日佐天さんと過ごすうちに……何だかむらむらとしてきてどうしようもなくなっちゃったの」

 美琴はベッドから立ち上がり、はぁはぁと激しく呼吸しながら……もぞもぞと佐天のベッドにもぐりこんだ。直接吐息が顔にかかる。電磁波で殺菌しているのか、並外れた健康体だからか、不快な口臭が全くしない。ほんのりと香るリンス。備え付けもので自分と同じ香りのはずなのに、匂いの輪郭が空間から孤立して存在するように、くっきりと感じてしまう。

 閉じた足の隙間に、美琴は右足を絡めようとする。表面を電流でも流れているのか、全身から力が抜けていくような奇妙な感覚が迸る。美琴の顔が近い。2人の唇は、もう紙1枚程度しか離れていない。これは夢だ、と佐天は改めて念じた。現実と妄想の境界が曖昧になっている。

「佐天さんは思い込みの激しい人ですから」

 初春の言葉が蘇る。パーソナル・リアリティとは妄想そのものなのだ。だとすれば、これは自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)なのだろう。きっとそうなのだ。

 

 ――気が付いたとき、部屋には夏の太陽が差していた。美琴は隣のベッドでささやかな胸を上下させている。可愛い寝顔だなと佐天は思った。

 

「どこまでが幻想だったんだろう……ってか頭痛っ」

 

 佐天は美琴を起さないように着替えると洗面所に向かった。念の為に念入りに歯磨きをする。それから柵川中学の鞄を開けると……ミニスカートのポッケに、レモン・キャンディーを放り込んだ。

 

◆ 8月某日夜、初春の部屋 ◆

 

 初春飾利のストレスは限界に達しつつあった。御坂美琴が余計な事さえ言わなければ、今頃部屋に佐天を連れ込んであんなことやこんなことをやりたい放題だったはずなのに。代わりに同居することになった白井黒子は、良きパートナーであり同好の士ではあったが、それ以上の何物でもないのだ。本命の為の予行演習などと言って互いになめ合ってみたりもしたが、互いに後悔と罪悪感しか残らなかった。やはり初春には佐天涙子でなければダメなのだ。

 毎日こうしてPCを弄り、そっち系のサイトを巡回してはそっち系の動画を集めて、佐天に置き換え自分を慰める日々。初春飾利の中1の夏休みは、短い人生でも最低と呼ぶべき惨めさだ。

 

「それで、初春。例のマネーカード事件、何か分かりまして?」

 

 黒子は「このプレイはぜひお姉様と試さねば!」などと鼻息荒く意気込みながら、初春が並行して作業するジャッジメントの仕事に口を出す。

 

「いえ……全然です。尻尾すらつかめませんよ」

 

 それを聞くと黒子は、「あとは頼みますわ」と言い残し、携帯とアルバムを抱えて風呂場に篭る。無遠慮な変態ボイスとくちゅくちゅと淫らな音が初春の集中力を乱す。友人の自慰行為を聞かされる側の立場になって欲しいものだ。といっても、初春と黒子の淑女協定により、風呂場でのオナニーは相互に容認することになっているのだが。

 

「むぅ……やっぱり合法的なルートじゃ辿り着けるわけがありません。白井さんもいないことだし銀行をハッキングして……なーんだ、金の流れを追えば簡単じゃないですか。 購入者は布束砥信、長点上機学園の三年生……樋口製薬・第七薬学研究センターでの研修期間を挟んだ後……ふむふむ……って、こ、これっ!? 白井さ――」

「お姉様ぁあぁぁあ! お姉様お姉様お姉様ぁぁああふぅぉおおおおお! おほぉおおそんなに激しくなされては黒子死んでしまいますのぉおおおおお!」

「…………」

 

 初春は思い直して画面に向き直る。さすがにこんな結果までは、予想だにしえなかった。結局マネーカード事件は、恐るべき凄惨な計画を彩る秘密工作の1つに過ぎなかったという訳だ。学園都市の都市伝説が辿るお決まりのパターン。これ以上捜査の手を伸ばせば、おそらくは知ってはいけないことを知ることになるだろう。

 

「クックック……この私を誰だと思ってるんです。優しく1枚ずつ脱がせてあげますよ、一番大切なところをさらけ出すまでっ!!」 

 

◆ 8月10日 ◆

 

 常盤台中学の生徒らしき女が1人、路地裏を這い回っている。四つん這いになって、地面をクンカクンカ嗅ぎ回りながら。制服こそ常盤台のものだが、彼女の行動は到底お嬢様には見えない。ただ一つお嬢様らしく見える手入れの行き届いたロングの黒髪は、地面について汚れないように、不思議な力で背中にピッタリと張り付いている。重力制御系能力者か、そうでなければ特殊なバランス感覚の持ち主だ。

 

「おっ、またみっけー」

 

 少女は室外機の下で見つけた封筒から、黄金に輝くカードを抜きだした。マネーカード、プリペイド式の電子マネーだ。少女はうんうんと満足げに頷く。スカートのズレを直すふりをして、拾ったカードをさりげなくポケットにしまった。きょろきょろを周りを確認すると、ひっひっひと悪い顔で笑いながら地図にしるしを付け――封筒を元の場所に戻した。

 少女は路地を出ると、膝の汚れを払ってから、一仕事終えたかのように誇らしげな顔で思い切り背伸びをする。スカートのポッケでずしりと存在感を放つ戦利品の重みに、思わず笑みがこぼれてしまった。

 

「まったく――退屈しませんねぇ、この街は!」

 

 佐天涙子の夏休みは、まだ始まったばかりだ。

 

◆ 同日 ◆

 

 その日の夕方、真っ白な修道服を着た小学生くらいの白人美少女を引き連れ、上条当麻は銭湯に向かっていた。飛んで火に入る夏の虫とばかりに不幸が24時間不眠不休でやってくる特異体質の上条は、3個入りプリンのラスト1個を巡るシスターさんとの壮絶な戦闘の余波で湯沸かし器をぶち殺してしまったのだ。

 

「真夏なんだから水風呂に入ればいいんだよ、とうま」などと当初は健気アピールに余念がないシスターさんだったが、上条が同意するそぶりを見せると、

「だけどいくら夏とは言え体を冷やすのはとうまの健康的に良くないんだよ。私はとうまには温かいお風呂に入って欲しいな。もちろん私は水風呂で我慢するんだよ」などと食い下がり、それでも賛同しようものなら、

「うん、行ってらっしゃいとうま。私は水風呂で我慢するし、きっと明日には夏風邪を引いちゃうだろうけど。とうま、これは最期のお願いなんだけど、帰りにバグパイプを買って来てくれないかな。だってとうまは帰ったらアメイジング・グレイスを練習しなきゃならないからね」、などと有無を言わせぬ要求を突き付けて来るのであった。ちなみに彼女の出身ロンドンである。

 

「おっふろ♪ おっふろ♪ おっふっろ~♪」

 

 そういうわけで、少女はご機嫌にお風呂の歌を歌いつつ、馴染みの銭湯に向かっている。彼女こそ、10万3000冊の魔導書を持つイングランド国教会のシスター、禁書目録ことインデックス・リブロールム・プロヒビトールムである。

 

 さらに不幸なことに、銭湯に行く道すがら、ビリビリこと御坂美琴にばったりと出くわしてしまった。不幸だ、と上条は小声で嘆いた。不幸はなぜこうも折り重なるのだろう。まるで不幸のデフレスパイラル。やばい、面倒な時に面倒な奴に出くわしてしまった、とばかりに、戦々恐々と目を逸らす上条。

 意外なことに、美琴は特に喧嘩を売るでもなく、上条とその連れの少女に、にこやかに「ごきげんよう」と極めて友好的で全くビリビリらしくない挨拶を交わす。てっきり「その女誰よ。あんたとどういう関係? もしかして同棲してたりするんじゃないでしょうね!」と突っかかれると予想していた上条は、当てが外れて行き場を失った覚悟のぶつけ所を探して右往左往する。

 

「ビ、ビリビリ、今日は勝負とか言わないのか?」

「なによ、戦いたいの? 悪いけど別の日にしてくれない。寮の門限が近いのよ」

 

 こともなげに答える美琴。不幸だ。と上条当麻は思った。これは何らかの不幸の前兆だ。御坂美琴が門限など気にした試しがない。こんな異常な行動をとるからには、必ず異常な結果が待っているに違いない。

 

「ねぇねぇ、とうまー。この女達は、とうまのお知り合い?」

 

 インデックスが指した指の延長線上、美琴が連れている女の存在にやっと気が付く。いつも一人で絡んでくるためか、御坂美琴が誰かと一緒に行動しているイメージが無かったのだ。見た目からしてクラスメイトだろうと上条は推測する。街中だろうがファミレスだろうが容赦なく絡んでくる御坂美琴だが、友人の手前そうもいかないらしい。上条はほっと胸をなでおろした。

 

「とうまとうま! この子、なんだかすっごくありがたい感じがするんだよ!」

 

 と思ったのも束の間、インデックスが唐突にビリビリじゃない方の女に絡み始める。最悪の展開だ、と上条は頭を抱えた。御坂美琴のクラスメイトなら、関わりがあってもおかしくはないのだが、7月28日以前の記憶がない上条には、この妙に発育の良い女子中学生が知り合いかどうか分からないのだ。

 上条が答えに窮していると、「佐天さんがこいつなんかと知り合いな訳ないでしょ!」と美琴が食って掛かった。美琴とインデックスは本質的に相性が悪いらしい。今回はそれが上条への助け舟となった形だ。

 

「あ……あたしは佐天涙子。柵川中学の1年です」

「柵川中学だぁ?」

 

 佐天涙子の自己紹介を、上条が疑わし気に反復する。佐天が着ているのはどう見ても常盤台の制服。しかも1年生!? ありえない、この胸で中1のはずがない。インデックスは胸を視姦する上条を体全体で妨害すると、佐天の前に歩み出る。

 

「私の名前はね、インデックスって言うんだよ? るいこ、1分間祈らせてくれると嬉しいな! 天にまします我らの父よ、願わくば――」

 

 言うや否や、インデックスは許可も取らずに佐天の前にひざまずいて、主の祈りを唱え始める。我らに罪を犯す者を我らが許すが如く――というあれだ。

 

「えっ……なにこれ……宗教の勧誘ですか?」

 

 ここは天下の学園都市。神を信じてる奇特な輩がいることに佐天が衝撃を受けるのも無理はない。

 

「ちょろっとそこのちっこいの! 佐天さんを怪しげな宗教に勧誘してんじゃないわよ!」

 

 やっぱりな、と上条は嘆く。御坂美琴と出会って面倒なことにならなかった試しはないのだ。睨みあうインデックスと御坂美琴。出会って1分と経っていないのに、ほらみろ、一触即発だ。

 

「怪しげな宗教とは失敬な! 英国聖公会は世界最初の聖公会(アングリカン・チャーチ)で歴とした使徒継承教会なんだよ!」

「嘘おっしゃい。カトリックは聖公会の使徒継承性を認めてないでしょう」

「なっ……何よこの短髪! ローマ教皇が認めようが認めまいが絶対にそうなんだもん! だいたい私はただ主に祈ってるだけで、勧誘するつもりなんかこれっちもないんだよ!」

 

 敵意をむき出してがるがると唸るインデックス。静止しようものなら、骨の一本くらいはかみ砕かれる覚悟が必要だ。2人が何をそんなにむかついているのか理解できないが、まぁまぁまぁと止めに入ろうとする上条。だが介入はデンジャラスな電気火花によって阻止される。美琴の頭から爆竹をまき散らしたような壮絶な空間放電が巻き起こり、さしものインデックスもひゃっと可愛い悲鳴を上げて尻もちをついた。

 

「あっそ。ならもう用は終わりね。佐天さん、早く帰りましょう」

「そ、そうですね御坂さん」

 

 御坂美琴は短髪をさらりと翻して、「ついてくるな」と言いたげな背を向ける。珍しく面倒事を回避できたと上条は一安心。

 

「待つんだよ短髪!」

 

 だがインデックスには上条の事情を酌量するつもりはないらしい。よせばいいのにわざわざビリビリを呼び止める。

 

「うっさいわね。何よ!」

 

 振り返った美琴は声を荒げて言った。最強無敵の電撃姫はちょろっとキレちゃう5秒前だ。上条は「上条さんはもう関係ありませんよね?」とインデックスの陰に隠れてびくびくと様子を伺っている。

 

「私はシスターだから、アンタみたいな品のない女にも祈ってあげるんだよ。神様が短髪を御救いくださりますように、アーメン!」

 

 どこが祈りだ、ただの挑発だろ! と同じ異教徒として美琴に肩入れしてやりたい気持ちは山々だったが、今の上条当麻は外野なので黙っていることにした。

 

「――勝手に救済を必要としないで。私は……今でも十分に幸せなんだから」

 

 美琴は吐き捨てるように呟くと、目を合わせるだけで感電しそうな恐ろしい目つきでインデックスを睨みつける。

 

「その考え――! 人格が悪魔に支配されているかも! とうま! この女に取りついた悪魔(ベルゼブブ)を、幻想殺し(右手)でぶん殴って(払って)やって欲しいんだよ!」

 

 上条の右手を握って喚き散らすシスター・インデックス。上条はなぜ異教徒の自分が宗教戦争に巻き込まれなくちゃならないのかさっぱり理解できない。ちなみに上条の右手は、一昨日嫉妬に狂った錬金術師に切り落とされたばかりなのだ。

 

「へぇ……そこまで言うなら相手になってやろうじゃない」

 

 殺る気満々な敵意がなぜか上条当麻へと向けられる。せっかく穏便に別れようとしたのに、上条は再び矢面に立たされてしまった。だが今日の上条さんは女子中学生相手にひと暴れをするようなヴァイオレンスな気分ではないのだ。

 

「俺はエクソシストじゃねぇし、何の罪もねぇ友達を意味なく殴れる訳ねえだろうが!」

「ふっふっふ……全ての人は原罪を背負ってるんだよ、とうま」

「んなもん俺の知ったこっちゃねえよ! ほら行くぞインデックス。ビリビリに……、佐天さんだっけ? 悪かったな。こいつこの通りカルト宗教やってるから」

「聖公会はカルト宗教じゃないもん!! とうまには一度モーセの預言からみっちりと教えてあげる必要があるんだよ!」

 

 上条は暴れるインデックスを羽交い絞めにして、今にも飛びかかって来そうな美琴の前から恐る恐る離れて行く。

 

「またね、るいこ! 神様の祝福がありますようにー!」

 

◆ 8月14日 ◆

 

 それから数日後のある昼の出来事。

 夏休みに入ってしばらく、美琴は学園都市上層部に生じた可能性のある疑念を恐れ、佐天に何もさせなかった。いつものように4人で集まってショッピングしたりプールに行ったりひたすら遊び倒す日々。いつまでも常盤台の寮で暮らす佐天には別の意味で不穏な噂が流れていたが、美琴はむしろ都合の良いカバーストーリーとすべく、否定も肯定もせず既成事実化を目論んでいたくらいだ。

それも一週間ばかり前の話で、この数日の美琴はどうにも妙な動きを見せていた。頻繁に部屋を開けるし、時には門限になっても帰ってこない日まである。帰ったかと思えば何も言わないで泥のように寝込み、一緒に暮らしているにも拘らず、どこか疎遠になってしまっているくらいだ。

 じらされる佐天にとっては溜まったものではない。御坂美琴が実験しようと言い出すその時まで、常に備えていなければならないからだ。毎食後は当然、ティータイムの後にも食べかす一つ残らないように丁寧にフロスをかけるし、玉ねぎやニンニクは食べられないし、胃腸を整える為に野菜ばかり食べなきゃならないし、今もレモン味のキシリトール・ガムを噛みながら虫歯予防と唾液の調整中。佐天は聖書の一節を思い浮べた。「気をつけて、目をさましていなさい。その時がいつであるか、あなたがたにはわからないからである――マルコ13:33」。

 こんな所にも、超能力者(レベル5)と無能力者(レベル0)の差は出てしまうのだなぁ、と佐天はうんざりしてしまう。それでも美琴のように完璧に口臭を消すことなど不可能。必死に体調を維持する佐天を怠けと呼んで、無意識に滅菌処理する美琴を努力と呼ぶとすれば、いささかどころか、不公平そのものではないか。もちろん佐天が勝手にやっていることなのだが。

 今日は数日ぶりに4人で集まり、いつものファミレスにドリンクバーだけで居座ってお喋りを続けていた。ただ、美琴は朝からどうも乗り気でなく、ずっとピリピリとしている。今も、何やら黒子がコップをすり替えたとか何とかで、ドリンクコーナーの前で言い争っている。

 

「あー不幸だなぁ……」

 

 最近の佐天は「不幸」が口癖になってしまっていた。それもそのはず。他人の能力を強化できたところで、面白いことなど一つもない。物は試しと自分の体にキスしたり、美琴に隠れて自室の風呂場で自慰行為にも及んでみたが、葉っぱ1枚動かすことはできなかった。その上、あろうことか美琴に露見してそのまま犯されるという妄想でイってしまったのだ。

 そんな風に美琴を意識しすぎているためか、毎晩奇妙な夢に苛まれていたりもする。悪夢と言うべきか淫夢と呼ぶべきか、御坂美琴が何の感情もなく淡々とキスを求めて来る夢だ。時には軽いキスであったり、舌まで入れる深いキスであったり、1回で終わる時もあれば数分間続いたり、キス以外の行為にも及んだりetcetc、共通しているのは、決まって義務的に、まるで仕事(売春)でもするかのように、佐天を求めることであった。愛とも性欲とも無縁な、労働としての性奉仕。佐天が頼んでいる訳でもないのに、夢の中で美琴は佐天を愛のない口づけを求めるのだ。まるで自分が強要しているみたいで、夢とはいえ後ろめたさを覚えてる。なんだか毎朝目覚めたら軽いショック状態に陥っており、最近はまともに美琴と目を合わせられないのだ。

 

「何言ってるんですか佐天さん。念願の能力者になれたじゃないですか!」

 

 久しぶりに2人きりになる機会を得た初春が、能天気に答える。隙あらばボディタッチを繰り返し、過剰なスキンシップを求めて来る。

 

「あたしはただ能力者になりたかったわけじゃなくて、能力で色々したかったんだもーん!」

「じゃ早速いろいろしましょうよ、私に使ってください!」

 

 頭上庭園をひくひくさせて迫ってくる初春。さりげなく内ももに触れ、スカートの下に滑り込ませてきた。佐天は目を泳がせ、股に手を挟んで局部への侵入をブロックする。

 

「でも御坂さんが勝手に使っちゃだめって言ってるし、てか初春に使ってファミレス燃やしちゃったら今度こそ損害賠償モノじゃん。前みたいに始末書だけじゃ済まないよ?」

「うぐ……」

 

 初春は慌てて体を離し、ちゅうちゅうといちごおでんを啜り出す。前回は不慮の能力暴走と言うことで学園都市から保険金が下りたのだが。今度やったら損害賠償では済まない。現住建造物放火、死刑もあり得る重罪だ。

 

「御坂さんもどうしてすぐ実験しないんでしょうね。私の調べでは、統括理事会や研究機関が佐天さんをマークしてる様子はありませんのに」

「私とキスするの……嫌なのかも……。御坂さん、口ではあんなこと言ってたけど……実は私のこと、結構嫌ってたりするんじゃないかな」

 

 佐天の目から光が消える。美琴が実験台になると言った夜からずっと、佐天の思考は迷宮を彷徨っている。冷静になって振り返れば、あの御坂美琴が「女の子として好き」だなんていう訳がない。都合の良い妄想なのだ。美琴は確かこう言っていた。「私が実験台になるしかない」と。つまり消極的に承諾しただけで、進んでやりたい訳ではないのだ。

 

「何でそんなこと言うんですか!? 普通に考えて、嫌いな人と一緒に住む訳ありません!」

 

 優しい世界を夢見ている初春は、御坂を絶対的に信頼しているようだ。けれども、御坂美琴だって普通の女の子。泣きもすれば怒りもする。中学2年生の女子なんてのは、嫌いな人と平気で友達面することすらできる。もちろん、佐天はそんな事信じたくなかったが。

 

「成り行きで仕方なくかもしれないじゃない。私、御坂さんに嫌われるようなことばっか言ってる気がするし。努力で超能力者(レベル5)になった御坂さんが、こんな能力を持つあたしを良く思ってるわけないもん。友達っていうより、やっかいな保護対象だって思われてるのかも……」

「佐天さんったらまた卑屈モードに……いいですよ、仮に御坂さんが佐天さんを嫌ってたとしましょう。けど、それが何だって言うんですか!? そもそも佐天さんは私のモノなんですよ! 佐天さんは私だけ見てればいいんです! 何か反論有りますか!?」

 

 くわっと目を見開いて力説する初春。このところ初春の押しの強さと言ったら、佐天がスカートをめくってパンツを確認する前に、自分から見せつけて来る程。しかも黒子のアドバイスを受けているのか、妙に艶めかしい下着を装着している。今日など、生意気に黒のレースを履いていた。

 

「いや……初春のモノになったつもりもないけどね」

 

 身を引きながら目を逸らす佐天。奥の座席に居たことが仇となり、初春はどこまでもぐいぐい迫ってくる。

 

「ななな……、佐天さんは私の処女を奪ったくせに! 責任取るっていったじゃないですか!」

 

 白昼堂々の爆弾発言に、周囲の席から生徒たちのヒソヒソ声が漏れ聞こえた。ただでさえ常盤台で妙な噂が立っているのだ。これ以上の面倒は本格的に危うい。

 

「だ、だからさぁ、誤解された時に事情を説明してあげるって言ってんじゃない」

「佐天さんは事実を有耶無耶するつもりですね!」

 

 初春は引き下がるどころがさらに態度を強硬にする。何としても話を変えるしかない。

 

「て、てかさー! これ白井さんには絶対内緒だけど、御坂さん、どうも彼氏できたっぽいんだよねぇー」

「か、彼氏!? 御坂さんにですか!?」

 

 興味津々に目を輝かされる初春。初春から会話の主導権を奪うことなど、佐天にはお茶の子さいさいなのだ。

 

「うん。このところ妙によそよそしいし、朝まで帰ってこない日もあるし。初春たちとだって付き合い悪くなったでしょ? これ絶対彼氏だって!」

 

 初春は朝帰りという言葉に打ちのめされ、花まで真っ赤に染めてフリーズしている。

 

「あーあ、結局は友情より男かぁー。これだから女の友情ってのは信用できないだよねぇ」

「だったら私に関しては心配ありませんね。だって私のは友情以上、愛情ですから!」

 

 元の木阿弥。感情に素直な佐天は、思わず言わなくていいことまで言ってしまうのだ。だが佐天にはまだ弾が残っている。

 

「あーもう‼ 嬉しいこと言ってくれちゃってー!! ご褒美に今日は何でもおごってあげるよ、これで!」

 

 そう言って佐天がとりだしたのは、札束でも入ってそうな分厚い封筒。中身はトランプ1箱分ほどのカード束だ。初春はまじまじとカードと佐天を見比べる。

 

「そ、それ知ってますよ! 最近路地裏に撒かれてるって噂のマネーカードじゃないですか! 落とし物を自分のものにするのは、占有離脱物横領って言って立派な犯罪なんですよ!」

「どう見ても意図的に捨ててるじゃん」

「故意に捨てられてると拾った人が思っても、こういう価値のある物はゴミとは見做されないんです!」

「でもさ、学園都市は治外法権でしょ? この街では力こそ正義。私の力はこれを見つけ出すことでしたーってね」

 

 おもむろにカードをシャッフルし始める佐天。変幻自在に宙を飛び交い、ぐるんぐるん回転し、体の一部かのように吸い付く。動きを追う初春の目は今にも眼球から吹っ飛んでしまいそうだ。やけに手馴れている。きっと暇に飽かして練習していたのだろう。

 

「佐天さんってば!」

「わーかったって。落とし物の取り分は10%だよね? てなわけで残りは初春にあげる」

「…………」

 

 初春はしぶしぶ受け取って、懐に入れようとする。無論ジャッジメントに提出するためだ。しかし……直前に佐天は殆どのカードを抜き取り、机の上にさーっと扇状に広げた。

 

「でー初春がその10%とって落とすでしょ? それからもう一度私が拾って10%を、また落としてから拾って10%を――」

 

 佐天は一旦テーブルに置いた山札を拾い上げると、ババ抜きでもするかのようにシュパシュパ振り分けて行く。よく見ると、提出用の手札には低額のカードしか配られていない。初春と佐天の手札はきっちり同額だ。さっき切った時に配置を操作していたのか、さもなくば金の匂いだけで分類しているのだろう。無能力者(レベル0)の佐天涙子は、能力開発以外では異様な器用さを発揮するのだ。

 

「佐天さん……あんまりふざけてると本気で怒りますからね!」

「おー怖い怖い。必死に拾い集めたなけなしのお金を、ジャッジメント(政府)に納めなきゃならないとはねぇ」

「政府って……。って佐天さん! これ私の取り分だけで10万3000円もあるじゃないですか! だいたいこんなのいつ集めたんです?」

「御坂さんがいないときにコツコツ路地を探索してるんだよ。その苦労と言ったらもう……」

 

 佐天はしみじみと頷いて労苦を振り返る。今では第7学区の裏路地は、佐天に支配されていると言っても過言ではない。

 

「駄目じゃないですか、一人で人気のない路地に入ったら。何のために御坂さんと一緒に住んでるのかもう忘れたんですか!」

 

 ぷんすかと怒る初春を前に、佐天はちっちっちと人差し指を振って不敵な笑みを浮かべる。

 

「それがさぁ、この制服着てると大抵の不良は逃げてっちゃうんだよね。さすがは天下の常盤台って感じ? ちょーっと睨むだけで震え上がっちゃうんだもん」 

 

 その指を初春の両手がばしりと捉えた。胸に抱きよせてずいーっと迫る初春。引き抜こうと力んでも、なかなか放そうとしない。

 

「危険すぎますよ。常盤台の制服着てたって、佐天さんは無能力者(レベル0)なんですから!」

「失敬な! 今じゃあたしだって能力者なんだからね!」

「その能力とやらでスキルアウトから逃げられるんですか?」

 

 初春はない胸に指を挟んで瞳を潤わせる。心配しているのかそれ口実にいやらしいことを考えているのかいまいち判別できない。

 

「うっ……あたしだって引き際くらい心得てるってば!」

「佐天さんはいっつも考えなしに行動して事件に巻き込まれるんですから。そういうことしてるから御坂さんに嫌われるんですよ!」

 

 佐天の指からすっと力が抜ける。初春は思わず手を放して大きく後ろに仰け反ってしまう。

 

「……やっぱそうなんだ。御坂さん、あたしのこと嫌いなんだ。この前街中で見かけた時、声かけたのに無視されたことあったし……」

 

 佐天はやけくそ気味にカツサンドドリンクをぶくぶくする。いつだったか美琴がイケる言っていたジュースだが、佐天にはその良さがまだ分からない。

 

「あっ、いえ、そういう意味じゃ……。もっと自分を大切にしてくださいってことで!」

「お坊さんかあんたは」

「違いますよ? 女子中学生ですよ?」

「分かってるよ!」

 

 佐天は紙ナプキンにぺっとキシリトールガムを吐き出して、カツサンドドリンクを一気に飲みほした。ソースとカツとパン粉の入り混じったしっとりとした喉ごし。なぜ学園都市にはこんな飲み物しかないのか、と思ったが生憎カツサンドドリンクは神奈川県にある決闘牧場の特産品だ。

 

「それにしても、誰が撒いてるんでしょう」

 

 カードを集め直している初春がぽつりとつぶやいた。それから、思わず口を滑らせてしまった、とばかりににへらっと笑って取り繕う。だが暇を持て余す佐天がそんな面白そうな話題を見逃すはずがない。

 

「なんなら2人で突き止めちゃう? 背後に大きな陰謀が隠れてるかもよ」

「……何か根拠があるんですか」

 

 対称的に素っ気ない返答を寄越す初春。放っておいても面倒事を呼び寄せる佐天に、わざわざ面倒に関わらせる手助けしたとあってはジャッジメントの面目丸つぶれだ。

 

「都市伝説ハンターとしての勘だよ!」

「佐天さんったら……。そうだ、都市伝説と言えば……!」

 

 初春は愛用のノートPCをとり出して、ブックマークからいつもの掲示板サイト『学園都市伝説』を開く。

 

「佐天さん、このサイト見てくださいよ!」

 

 PCが焼けてしまった佐天涙子は、ここしばらくネット難民となっている。この掲示板を見るのも久しぶりだ。

 

「なになにー……『どんな能力も効かない能力を持つ男、幻想殺し(イマジンブレイカー)』。『目から衛星破壊ビームを放つロリっ娘シスター』、『巫女服に十字架をぶら下げた吸血鬼と戦う存在感の薄い魔法少女』、『学園都市を支配する稀代の魔術師 アレイスター・クロウリー』、『正体不明の学園都市第6位 通称青髪ピアス』、『超能力者(レベル5)の量産型軍用クローンはまもなく実戦配――」

「そ、そこじゃないですよ、これですこれ!」

 

 初春は身を乗り出すようにスクロールすると、とあるスレッドをクリックした。

 

「『キスをするだけでどんな能力も強化する美少女、幻想深化(イマジン・サポーター)』?」

「美少女ですって!」

「こ……これってもしや!」

 

 初春は佐天の唇を指で塞いで、しーっと囁く。

 

「どう考えたって佐天さんのことです。どうするんですか、佐天さん都市伝説デビューしちゃってますよ」

 

 念の為、2人は身を寄せて声のボリュームを最小限に落とす。

 

「都市伝説的には初春の方が先輩なんだから、いろいろ教えてよ!」

「私がいつ都市伝説になったんですか!」

「ほらこれ、『頭から花が生えてる女子中学生、その名も"ザ・ハワイアン"』! 初春のことだよねー」

「花? 佐天さんは一体何を言ってるんですか? 変なことばっかり言ってないで、少しは自身の安全を心配をしてくださいよ!」

「うへぇ……」

「それよりどこから情報が情報が流出しちゃったんでしょう。佐天さん、もしかして自作自演じゃないでしょうね!?」

「あたしはハンターであって作るのは専門外だもーん」

「御坂さんたちは論外として……あっ、身体測定(システムスキャン)の時に一緒に居た子たちかも!」

「アケミたち? でも初春の身体測定の結果知らないんでしょ?」

「私が常盤台に転校するってことと、佐天さんのキスを結び付けちゃったのかもしれません」

「あちゃぁー、口止めしとくんだったなぁ……」

「そういえば……、佐天さんクラスで私のレベル言っちゃいませんでしたっけ?」

「どうだっけなぁ……、っていやいや初春、今なんつったの? 常盤台に転校?」

「ええ。秋から私も憧れの常盤台生ですよぉー!」

「はぁー!? 転校しないって言ったじゃん!」

 

 佐天は立ち上がって、店中に響き渡りそうな大声を出した。ただ、振り返ったのはせいぜい2つ先のテーブルまでで、それ以上は雑音でかき消されてしまったようだ。

 

「そ、それは佐天さんと離れるのが嫌だったからですよ。佐天さんは常盤台女子寮に住んでるんですから、私が転校したっていいじゃないですかっ!」

 

 初春はなだめるような小声で続ける。佐天は腕組をして、ドカッと深く座った。腕組みは一般的に拒絶を示すが、もちろん佐天のは意図的だ。

 初春の常盤台転入など認める訳には行かない。実力以外で大能力者(レベル4)になったことを利用したからではない。佐天だって、そもそも初春に転校して欲しかったし、今でもその気持ちは変わらない。ただ最近の初春を見ていると、事実の隠蔽を口実にして毎日キスを迫ってくる姿が、ありありと想像できるからだ。

 

「あたしは転校した訳じゃないんだけど!?」と佐天は不満気に漏らす。

「だって常盤台に転入したら、佐天さんと一緒の部屋に住めるって白井さ――」

 

 また言っちゃったとばかりに両手で口を塞ぐが、時すでに遅し。バッチリ聴こえている。

 

「ほほぅ……黒子ちゃんの入れ知恵かね」

 

 佐天は未だに喧嘩を続けている2人の方に目を移す。それにしても今回は随分と長い。いつもなら電撃か鉄拳制裁で片付くにのに、今日に限っては口論が白熱している。よくよく見ると、どうも雲行きが怪しい。美琴はこちらに背を向けていて、黒子の横顔しか見えなかったが……彼女の雰囲気が冗談めいていない。何やら必死に訴えかけるようで、しかもうっすらと涙を浮かべている。

 

「いい加減にしなさいよ黒子っ! 気持ち悪いっつってんのよ、女同士でキスとか間接キスとか!」

 

 突如として美琴が声を荒げた。今度こそ店中の人間が一点に注目する。佐天と初春も同様だ。無視できるような内容ではない。

 

「お姉様……ですからわたくしは故意に間違えたのではないと申しておりますのに」

「あんたの日頃の行いを知ってたら信じられるわけないでしょ。うんざりなのよ、いつもいつも私に嫌がらせをして!」

「く、黒子はただお姉様のことをお慕いしているだけで」

「本気であたしとそういう関係に成りたいとか思ってるわけ?」

「ほ……本気ですの! 黒子は、冗談でこんなこと申しませんの!」

「そっ。じゃこの際はっきり言っておくわ。私、女同士で性的な関係結ぶとか、真剣に気持ち悪いって思ってるから」

「うぐっ……お、お姉様……」

 

 人目もはばからず泣きじゃくる黒子。美琴は憤慨した様子で、こちらに戻ってくる。佐天と初春はすっかり竦み上がり、借りてきた猫のように縮こまる。自分達の話に夢中だった2人は、あまりの急展開っぷりに沈黙する他ない。さっきまでは嫌われていると冗談めかして言っていたが……ここまでリアルに拒絶の意志を見せられると、思い込みの激しい佐天涙子はどこまでも沈んで行ってしまう。

 

「あの、御坂さん。私のことでしたら、無理しなくて結構ですから!」

 

 それでも佐天は、気丈に笑顔を振りまく。初春はそんな佐天とは対照的に、唇を震わせながら美琴を睨みつける

 

「ごめん、聞こえてたんだ。佐天さんのことじゃないわよ。佐天さんは黒子みたいな変態性欲を持ってないでしょ? 持ってるんなら別だけど」

 

 美琴はヤシの実サイダーの氷を掻きまわしながらそっけなく返答する。美琴との情事を妄想したり、美琴との性的な夢を見てしまっているなど、口が裂けても言えやしない。

 

「気持ち悪いって……言ったじゃないですか。御坂さんは、そういう風に見てたんですよね。私を……佐天さんをっ!」

 

 意外にも初春が、かなりブチ切れモードで不快感を隠そうともせず突っかかる。

 

「……あれは黒子に対してよ。他人同士がどんな関係を結ぼうが、私が関与するべき問題じゃない。私自身がそういうことをするのが気持ち悪いってだけ。この話、もう終わりにしましょ。というより、もうお開きでいいよね」 

 

 美琴は律儀に4人分の勘定を済ませると、一人でさっさと消えてしまう。黒子はその場に立ち尽くして呆然と後姿を追い、初春は相変わらず敵意に満ちた視線をぶつける。

 現実だ、と佐天は思い知った。これが現実の答えなのだ。それとも……男が出来て変わったのだろうか。どちらにしても――佐天涙子の百合幻想は、やはり幻想でしかなかったということだ。

 

 結果から言えば、この日、8月14日は、夏休みに4人が友人として集まることのできた、最後の日になってしまった。

 




カイツ「断崖大学霊長類研究機構、高崎大学両生類爬虫類実験動物園、長点上機学園昆虫神経解析ラボ、只山大学植物知性研究所が全焼、学園都市外部にある決闘牧場まで半壊……一体どういうことでしょうカ。動植物嫌いのスピーシストか、狂ったサイコ野郎の犯行か。彼女の人格からして陽動目的の無差別テロなど起さないはずですガ」

所員「それが、こんな怪文書が出回っています」

カイツ「ふム……最終信号(ラストオーダー)と1万人の百合妹達(レズ・シスターズ)を核とした惑星コンピュータの作製による虚数学区・五行機関の制御、及び神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの(SYSTEM)への到達――百合幻想(キマシタワー)計画?」

所員「彼女はその計画を防ぐために、動植物の研究機関を攻撃しているようです」

カイツ「やれやレ。どこの誰の仕業かは知りませんガ、これで時間が稼げますネ」

所員「警告を発しなくてよろしいのですか?」

カイツ「巻き込まれた彼らには申し訳ありませんガ、これも科学の発展のため必要な犠牲です。テロリストは彼女であって我々ではありませン。自分達の身を守ることだけを考えてくださイ」

カイツ「次回、百合妹達(レズ・シスターズ)。科学と佐天が交差する時、物語は始まりまス」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。