いえ、私が耐性低い結果、マイルドになってしまいました。
まずはせっかく大翔さんに巫女装束をバリアジャケット化してもらったので、ネックレスとして身につけている待機状態のガーネット──深赤色の宝石から呼び出すとしましょうか。石にそっと手を当て、私は呟きます。
「セットアップ……!」
「む、早着替えか? 器用なものだな」
大翔さん以外の男性の前で着替えなど以ての外ですので、色々違うんですけどね。でも、結果としては同じようなものでしょうか。戦闘衣装へ変わるわけですし。戦闘衣装ということで、もちろん普通の巫女装束ではありません。大翔さんの気を練り込み続けた特殊糸で作られており、中級悪魔や堕天使ぐらいまでの攻撃なら何発かはほぼ無害化出来るともいいます。だからといって、過信は厳禁とも何回も念を押されていますが。
「……私もバリアジャケットを着ます。兄さまやすずか姉さまが私の要望を聞いて手がけてくれた戦闘衣装、やっぱり使いたいので」
あらあら、ということは私達以外に初お披露目ですか。そんな小猫ちゃんの首には小振りなパールのネックレスがかけられていました。私と同じくバリアジャケットを呼び出すための簡易デバイスを兼ねていまして──。
「セット、アップ……!」
呟きを合図に光球へ小猫ちゃんが一瞬包まれたかと思えば、次の瞬間には制服姿から早変わりです。
「白地の着物……? それにしては丈も短いわね。あと、猫耳を出しているし尾が二本出てるし……明らかに気を纏ってるしね……」
リアスの困惑も分かります。不思議な服装ですものね、ミニ丈の着物ドレスというのが一番近いでしょうか。スケべさん対策で黒地のスパッツも着用済ですし。なお、やはり防御力は私と同等のものです。
あとは仙術や妖術への熟達度が深まったことにより、周辺の自然界の気を仙術で纏わせた自身の闘気と同調させています。
「この衣装自体が仙術や妖術、周辺の自然界の気の同調を補助してくれます。黒歌姉さまから学んだ『白音モード』……兄さま達が手がけてくれたこの衣装と一緒に私の今の力、味わってもらいます」
「ふぉ、生足が眩……ぐあぁぁあ! また筋肉が、筋肉があ!」
「懲りないねイッセーくんも……。ただ、今の小猫ちゃんは確かに魅力的だよね。相手も鼻の下が伸びているし」
「これは何とも美しい健康美だな。リアスの
「力を使うのにこの格好がしっくり来るからなんですけど、私の身体を好きにできるのは兄さまだけですから……触れられると思わないで下さい。気持ち悪い」
「なっ……ま、まあいい。生意気な猫の躾も一興だ」
いつも通りの眷属仲間や焼鳥さんに普段通りの塩対応の小猫ちゃん。本当にこの子も大翔さんのパートナーになってから、自分の中の線引きをハッキリ示すようになりました。
祐斗くんへの仲間意識は確かなものですが、異性としてはしっかり距離感を取っている。私は元よりそういう傾向が強かったと自覚していますけれど、小猫ちゃんも自分が大翔さんの女であることで無意識のレベルまで染まってきた感じでしょうか。
「さて、小猫ちゃん。『火車』は出せますか?」
「はい、首と腰はこっちでやります。火車は小さくするのも限度があるので。では、行きます!」
私は指をくるくると回し、バインドリングを手早く形成していきます。そして、素早く焼鳥さんの両手足首へ向けて放ちました。
「ふん、こんな程度で俺を止めら……ぐ、ぐおおおおっ!」
慢心極まれり。避けもせずにあっさりと両手足首に拘束の光輪が嵌った焼鳥さんは拘束後に発動した光力に身体の自由を奪われ、そのまま背中から地面とくっついてしまいます。雷の魔力や光力を込めていないわけがないじゃありませんか、接敵を合図に働くようにしただけです。
雷の魔力に光力のブレンドですので、痺れ毒としての効果は覿面。あとは私が魔力を込めれば両手足首が焦げ落ち始めるわけですが……。
「そのまま地面に縫い付けられて下さいませ、あははははっ」
「あ、あがががががっ……!?」
「首と腰にはこれをどうぞ。火車のこの白い炎にはたっぷりと浄化能力がありまして、朱乃先輩の光輪と同じく強烈な痺れ毒としても作用させることができます」
感電状態が続くわけですね、私達の魔力や気が途切れるまで永続的に。身体を強く傷つけてしまえば再生が始まってしまいますので、命に別状はない程度の強めの痺れ毒に加えて、小猫ちゃんの火車が追加作用で体内の魔力の流れを乱す働きをこなしてくれます。
「力、入らないですよね。無理やり手足を切り落として再生させても面倒くさいし、身動き出来ないようにしたいのでその辺りの加減はさせてもらってます」
小猫ちゃんの言う通り、というわけでサンドバッグの出来上がり。さて、参ったと言わせるために施術を開始するとしましょうか……うふふふっ!
◇◇◇◇
「どうしてリザインなさったとお聞きしたかったのですが……あのまま決められる可能性があったのに、あっさり後を任されたのはこういうことだったのですね」
声を潜めてグレイフィア様がリアスに耳打ちする声が聞こえてくる。その間にライザーに朱乃と小猫さんは悠然と近づいていくのにつれ、ライザーの顔がどんどん引きつっていくのが滑稽だわ。
「決められずに魔力切れになる可能性もあったわ。私はライザーの継戦能力を甘く見ているつもりはないし、それにね。朱乃達が行き過ぎそうになったら止める余力も必要だと思ったのよ……」
大丈夫よ、リアス。私もさすがにそうなれば止めに入るから……多分ね。ただ、朱乃や小猫さんが『うっかり』やり過ぎたのなら仕方がないとも思うし。命だけは奪うなと秘匿念話で念を押しておく。大翔くんの手間を増やすことを私達がやってどうするという話で。
私も大翔くんが絡むと俯瞰的、長期的視点が薄れやすくなるのは分かってる。理屈じゃない。愛する男性に危害を加えようとする輩に何の情けが必要だろうか。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあ!」
「あらあら、すこぅしばかり雷光を一箇所に集中しただけですのに。早く再生なさった方がいいですわよ?」
その集中している一箇所が男性の一番の弱点。ライザーは光力と雷で焼かれるという想像を絶する痛みを受けながら、拘束のため逃げることもままならず、痺れの兼ね合いで反撃の炎もまともに放てず、生命の危機から攻撃を受けた箇所が炎が渦を巻き急激な再生を繰り返すだけ。
なお、手のひらから放たれた雷光球は確かに小さなものだったけれど、込められた光力は私から見れば禍々しいまでの質量。今の私が朱乃と本気で相対するならば、最上級悪魔と呼ばれる域まで力を高めるか、あるいは大翔くんに作ってもらった私用の駒に一時的に悪魔の力を封じて戦うしかないでしょうね。魔力についてはリンカーコアを知覚できる今、運用の心配はいらないもの。
「はい、今度は私の炎球で潰れて下さい」
……ぐちゃ。
私がそんな想像をしていると、小猫さんの周囲に追加で出現した『火車』から白い炎球が放たれた。なんとも言えない肉が潰れる鈍い音と焦げる臭いが辺りを支配する中、またもや断末魔の悲鳴を上げるライザー。顔は涙と鼻水でドロドロになり、白目を剥いた目は既に正気を失いつつあると思える。
「へぇ、頑張って再生しますね……悪魔にはやはり毒になる浄化の炎なのに。いっそ気を失えば楽ですよ?」
そう、あの炎も聖なる力を宿しているため、悪魔には弱点そのもの。……近い将来、リアス達とレーティングゲームを行うとなれば、あの二人に如何に力を発揮させないかについてもよく考えないといけない。婚約者兼眷属候補と正式に公言している大翔くんに参加してもらうのは最後の手段ですしね……絶対に恨みを買いますし。
「痛みで目が覚めてしまうのかしらね。うふふ、いいお顔ですわ……」
無表情の小猫さん、嗜虐の微笑みに恍惚としたものが交じりつつある朱乃。そして繰り返される再生と破壊。再生能力が明らかに落ちていき、炎が再生のための渦を巻く勢いを失いつつなっていく中、朱乃は不意に問いかけた。
「ライザー・フェニックス様。この程度でもう終わりなどと仰いませんよね?」
「……あ、あがっ、あ、あ、当たりま、ががががが」
「結構、ではお代わりを差し上げますわ?」
そしてまた何かが潰れる音が響く。そして壊れたスピーカーのような叫び声が上がっていた。なお、アーシアさんは既に私の魔術で眠らせている。悪影響が強過ぎますから。
「俺、ぜってー朱乃先輩怒らせないようにする……」
「小猫ちゃんもだよ、イッセーくん……」
「だ、だ、大丈夫よっ。朱乃達のドSは敵に対してだけだから……そのはずだから」
「そこは言い切って欲しかったっす、部長……」
リアスや兵藤君達が顔色を青くしている間にも、特定部位への一点集中攻撃は繰り返され、ライザーはもはや気が狂った奇声をあげ続ける発声器になりつつある。
そんな中、顔つきを厳しく変えたグレイフィア様が制止に入ろうとする動きを見せたので、私は機先を制し声を掛けた。
「ライザーはまだ降参の意を示していません、グレイフィア様」
「このままでは再起不能になってしまわれます。止めるべきと判断します」
「そうなると、リアスは賭けに負けることになるのでは? 意識を刈り取られても、降参はしなかったと言い切られてしまえばライザーに不利益はなく、リアスは学園に通えなくなり、すぐにでも婚姻を強いられるわけです」
朱乃はしっかり問いかけをしている。それを突っぱねたのはフェニックス側。さらに私個人の想いだけで言えば、ライザーが再起不能になろうと知ったことではない。
「グレイフィア様がまさかフェニックス家側の益になるように動かれるとは……驚いてしまいます」
「!……冥界のしきたりをよくご存知のソーナ様とは思えない物言いでいらっしゃいます」
グレイフィア様が信じられないものを見る目で私を見る。彼女が知る以前の私とあまりに落差があるからだろう。
……純血悪魔の減少、出生率の低下、強引な悪魔への転生、それによるはぐれ悪魔の大量発生。憂うことは山のようにあり、少し前までの私はその冥界の未来に、微力ながら尽力したいと考えていたはずなのに。いえ、今でもその意志は私の中にあるけれど、随分と熱を失ってしまっている。その代わりに私の中で燃え盛るのは、狂おしいまでの熱。それはただ一人、私の身体と心を深く虜にして離さない彼の存在。
「ソーナ様、貴女は……!」
さぞ暝い微笑みを私は浮かべているのだろう。ああ、魔王ルシファー様の女王である彼女に対して、なんとも不遜な態度である自分の変わりように、自分でも笑いがこみ上げてくる。
「ソーナぁ? ちょっと凶悪過ぎる笑顔だわ、行き過ぎよ」
こちらに声を投げかけつつ呆れた顔のリアスは立ち上がり、ライザーの方向へ足を向けた。
「あら、ごめんなさい。リアス、どうするつもりなの?」
「そのままアーシアをお願い。模擬戦をこのまま止められるのも困るけど、流石にライザーが廃人になるのは見てられないわ。まぁ、十分トラウマにはなったでしょうし、リザインを促してみるわ」
そして、リアスは二人に攻撃の一時停止を指示の上で拘束中のライザーへ歩み寄り、ライザーの側に膝をつきかくも慈愛のグレモリーらしい言葉をかけていく。
未来のランキングトップ10候補とて悪魔の弱点を徹底的かつ重点的に責められては仕方ない。あくまでこの模擬戦は非公式、ライザーの汚点にはなりはしない。ライザーはこの屈辱を糧に出来るはずだ、等々。
表向き優しい言葉をかけるリアスだけれど、時折、耳元で私達には聞こえないような声で囁いている。その度に意識が朦朧と仕掛けているライザーの顔が歪むようだし、しっかり脅しは入れているようだ。そして──。
「それに、貴女を一番大切に思う女性が貴女のよく知る彼女になって帰ってきたわよ。情けない姿を晒しているわけにもいかないでしょう?」
リアスが旧校舎の方向を指し示し皆がそちらに注目すると、急いで駆け寄ってくるユーベルーナさんを先頭に大翔くんやレイヴェルさん達が近づいてきていた。すずかさん、シーグヴァイラ、セラフォルーお姉様、黒歌も姿を見せていました。
元の姿の大翔くんが私の視線に気づいて微笑んでくれる様子を見ながら、私は胸の内が温かくなる感覚を覚えます。やっぱり、大翔くんは大翔くんの姿が一番ですね。
◇◇◇◇
「ライザー様っ!」
「ユーベ、ルーナ……」
「いつまでも寝そべってる姿を晒すわけにも行かないでしょう? ……決して、悪くはしないわ。ライザーの他の眷属に対しても、空知が動いてくれるように私も一緒に頼み込むわよ。プライドは大事。大事だけど、誇りを傷つけられても大切な者達を失うよりは余程マシだわ。だって、失ったらもう一生、本当に長い一生を後悔して生きることになるんだもの」
駆け寄ってきた焼鳥さんの女王は事情が分からずに、部長に詰め寄っていく。とっさに焼いちゃおうかという考えが頭をよぎったものの、確かに彼女は正気を取り戻している様子で兄さまが動いた結果だと簡単に予想出来たので、とりあえずは様子見にしておきます。
兄さまにすずか姉さまが寄り添っているのはいいんですが、シーグヴァイラ様が同じようにするのはどこか苛々してしまいます。
「……ライザー様! ああ、なんてお労しい姿に! リアス様、すぐに拘束を解いてくださいませ!」
「よ、せ……ユーベルーナ、これは模擬戦の、結果だ。俺は、こいつ等に苦杯を舐めさせられたんだよ……。ただ、良かったぜ、元に、元のお前の目に戻ってる……ヒロム嬢は、ちゃんと伝手を使って、すぐに手を打ってくれたんだな……」
それを止めたのは焼鳥さんで、私と朱乃先輩が顔を合わせてから一つ息をつき拘束を解くと、女王さんはその男の頭部をすぐに自分の腿に乗せ膝枕の体勢を取ってみせた。この男が好きな理由は分からないけど、私が兄さまを愛するのと同じレベルで愛しているのは見れば分かってしまう。
「……俺の負けだ。慢心、極まれりって奴だな。とんでもない強さだ、リアスの眷属は。これでゲーム未経験ってどうかしてるぜ……」
「じゃあ、大学卒業まで予定通り放っておいてくれるわね。その代わり、貴方の眷属達の症状について私も手を尽くすことを約束する」
「ライザー様、リアス様、既に私の症状に即座に手を打って下さった彼が他の仲間達についても対処して頂けると確約してくださいましたわ」
「ユーベルーナ、その男はお前に何をしたんだ……? それに代償なしで措置を行ったわけではないのだろう……」
緩やかながら再生能力が戻りつつある焼鳥さんは、女王さんが正気を取り戻した理由を問いかけます。ただ、その問いに微笑みを浮かべつつも、軽く首を横に振るのでした。
「それについては、空知様から直接ご説明を受けられるべきかと。ただ、この件は既に説明を受けた私やレイヴェル様は別としても、あとはライザー様のみが聞く権利がございます。そういう約束を致しました」
「兄さま、私や朱乃先輩もですか?」
「ん? 白音や朱乃は問題ないよ。俺の関係者だし、からくりの予想もつくだろう?」
確かにそうですけど。なお、納得が行かないと抗議したグレイフィア様に対しては魔王モードになったセラフォルー様が対応していた。具体的には自分の婚約者にごちゃごちゃ言うのなら、シトリー家にもレヴィアタンにも喧嘩売ったと解釈するからと、触れちゃマズいレベルの冷気を撒き散らしながら脅しをかけてます。
「んー、空知。実際朱乃の王である私が聞くのもマズい話なの?」
「……ぶっちゃけ品のない話なんです。だから耐性のあるユーベルーナさんは平気だったんですけど、レイヴェルさんには非常に申し訳ないことになったかな、と」
「ひ、必要なことでしたから、今回はとやかく申しません。ただ、人目のあるところで堂々と聞ける話では無いのは確かですわ」
ご理解しました、という顔になった部長。私の予測通りとして、初対面の兄さまがユーベルーナさん、レイヴェル様。そしてグレイフィア様へのセクハラ三連戦とか、どうしても体調悪化案件でしかありません。
「……うん、わかったわ。ねえ、空知がライザー達に説明する間に黒歌から私やグレイフィアに一緒に聞いてもらうのは大丈夫?」
「私は構わないにゃ。大翔の気が乱れてるから、フォローは任せるわよ?」
私も朱乃先輩も当然だと頷きます。生娘であろうレイヴェル様に房中術絡みの説明とか、兄さまには拷問の一種です。
「黒歌、ありがとう。ではそうしてもらえると助かります。慣れない女性相手にそういう際どい話をするのは本当に色んなものが削れるので」
「……空知のその例の拒否反応も本当に大変ね。月村さんや黒歌達がいてなお、既にちょっと顔が青いもの」
「おい、リアス。話がまとまったのなら、早く平和的な話し合いに入った方がいい。セラフォルー様がグレイフィア様と物理的な話し合いを始めそうだぞ……!」
焼鳥さんが空気を読むほどにお互いの魔力が高まる中、兄さまが声をかけるとセラフォルー様は即座に剣呑な雰囲気を収めて、兄さまの背中に飛びついてきます。私達にとってはいつも通りというものですが、肩透かしを食らったようなグレイフィア様が唖然とした表情を浮かべているのでした。