「ここが家みたいな感覚なんだよなぁ、もう。週末に実家へ父さんや母さんの顔を見に帰ってるって感じだ」
「そうだね。僕もたまに荷物を取りに帰って、こっちでの生活に慣れてしまってるというか」
慣れ親しんだ感のある海鳴に戻ってきた俺はそんなことを木場と話していた。寝泊りする客室もずっと借りっ放しだけど、それでも全く問題ないぐらいに月村さんの家は広い。俺達の滞在にもいろいろ物入りのはずなんだけど、その辺りは大翔さんが出してくれている。
実は部長の眷属悪魔になったことで多少なりともお給料とかは出てるんだけど、駒王と海鳴は別次元にあることもあって、デザインは殆ど一緒でも透かしの技術だったり塗料の濃さが違ったりするらしく海鳴でお金がそのまま使えるわけじゃない。そのため、必要な分は大翔さん達に両替してもらっていたりする。というのも、大翔さん達も俺達の世界で使える通貨が必要なためだ。
俺達の宿泊費用やこまごまとした大翔さんの負担分については部長だったりセラフォルー様だったり、ソーナ会長が金や稀少鉱石を定期的に渡していると聞いている。その辺りは月村さんが間に入ってくれているんだそうだ。一時的な滞在なら別として定住に近いってなると、ご両親や家の管理を担ってるファリンさん達との調整は月村さんがメインになってくるからだ。ま、そりゃそうだよな。家の権利はご両親が持ってるんだろうし……。
結局、俺の手が及ばない部分で大翔さんや月村さん達が動いてくれているお陰で、俺達や会長達の強化合宿は順調に続いているというわけだ。寝る時は何も着ない主義の部長と対抗してくれるアーシアに挟まれて眠る毎日は最高ですひゃっほう!
「まぁ、よく騒動に巻き込まれるもんだ。これも他者を引き付ける天龍や龍神といった龍のオーラを持つ連中の宿命かねえ?」
「それだって個人差があるでしょ? でも、今回は助かったよアザゼルちゃん☆」
「サーゼクス達と真正面から敵対すると面倒過ぎるだろうしな。立場ってのも使いようだ」
なんというか魔王様や総督が目の前で会話してるのが当たり前になってるけど、近くで固まってしまっているライザーの妹、レイヴェルさんの反応を見ると改めて異常なことなんだなと思う。国の代表同士が毎日会って話し込んでるようなものだからと大翔さんは例えていたけど、今日はそこに主要な大臣クラスが加わるようなものだしなぁ。
「シトリー殿、到着が早いですな。ようこそいらっしゃった」
「おお、月村殿。いや必要があれば取りに帰れば良いかぐらいのものでね。私室に繋げたまま、結界を張ってもらえるわけだから体一つで来れるというもの」
「ヒロの便利さが際立つわね、本当に。話し合いが終わったら露天風呂にも入って構わないと聞いたから楽しみなのよ」
「シーマリア様、源泉掛け流しだとまた趣きが違いますよ。結界内で仕事を多めに片付けて、一泊できる余裕を作らせてもらいませんか?」
「そのヒロの姿が無いようだが……何か緊急の案件ですかな」
「アガレス様。夕方の鍛錬が短過ぎたので、軽く模擬戦をしてくるとヴァーリくんと中庭に出たようですよ。バラキエル夫妻が到着されるまでの間、私と夫も今から見学に行こうかと」
「そうか、バラキエル夫妻はここへの直接転移が可能でしたな。飛鳥さんのお嬢さん達の姿が無いのはそういうことだったんですな。おお、戦闘用の結界が発動したようだ」
話した順に月村さんのお父さん、会長達のお父さん、大公様の奥さん、お母さん、会長達のお母さん、大公様、月村さんのお母さん。最後に大公様が話を締めたんだけど……あ、ライザーの妹さんが大口あけて目の前の光景から逃避してるぜ。
しっかし、俺も慣れちゃっただけで、初めてならそりゃ固まるよな。部長も最初はよく固まってたし。お偉いさん同士が普通の友人みたいに私的な会話をしてたら、自分の普段暮らしてる世界と違い過ぎて、現実から逃げちゃうわけだ。
貴族悪魔の世界かぁ……部長とのライザーとの婚約話もそうだけど、ハーレム王になるってなれば避けて通れないよな、やっぱり。
「アーシア、ライザーの妹さんを回復してやってくれないか? それが終わったら俺達も見学させてもらおうぜ」
「分かりました、イッセーさん。といっても体力や傷の回復では無いので、うまく効けばいいんですけど……」
「イッセー! 先に行ってるわよー!」
部長は言うが早いか先に行っちゃったし。ま、あの二人の場合すぐに決着つかないからな。焦らず行けばいいか。
◇◇◇◇
「いつつっ。くそっ、接近戦は相変わらず歯が立たないなぁ……」
「攻め手が分かり易いからな、その辺りは組み手の回数をこなして経験を積み立てて行くしかないさ。ただ、君は元からそうだったが、本当に恐ろしくタフだぞ。半減の影響にあってもダメージからの再生速度もさらに早くなったしな、足止めに徹するなら本当に厄介だ。で、今回のタネはなんだ?」
「まだ内緒。というか、自分でも慣れてない力だからさ。ヴァーリ相手に死線潜ったら熟達も早くなるかなって」
「なるほど。戦ってる途中で急にタフさが増したと感じたのはそのせいか」
『何度もヴァーリと模擬戦をこなす中で【半減】と【吸収】の力も取り込んだようだしな。攻撃速度を補うために、ヴァーリと貴様の距離を半減しつつ、ドライグの【倍加】まで併用した上でこちらの時間経過を遅らせる結界の瞬間発動と合わせて、こちらの能力を発動させる前に攻撃したり、殴られた時にこちらの力を吸収したり……下らん小細工はお見通しだ』
「あ、あはは……ま、俺は弱いからね。出来ることは何でもやらないと」
「ふふ、君は本気で自分が弱いと考えていて、だからこそ形振り構わず貪欲に力や技術を取り入れて生かそうとする。立派な強者だと俺がいくら評価しようと、君自身がその意識のままにずっと自らを高め続けるのだから──次は何をしてくるのか、楽しみで仕方がないよ」
『実際のダメージは少なくとも、こちらの魔力消費は激しいからな。吸収を使いつつもこのザマだ。元々、吸収に近い力である、こ奴が高め続けてきた魔力集束技術に加わった仙術や妖術、俺達から得た吸収能力、そして新たに得た力。自己回復力を含め、継戦能力の高さは恐ろしいものだぞ』
「まだ打撃に魔力や闘気をうまく乗せきれていないし、こちらも半減しているからこそのダメージの少なさだからな。これが中遠距離となれば、半減を無視してこちらの装甲を容易く砕いてくる魔力砲撃がガンガン飛んでくるわけだ。魔力を溜める時間も殆ど貰えない上に、あの
『それでも悪魔の魔力が枯渇すれば確実に数日は意識を失う。何とも恐ろしいものだ』
白龍皇との模擬戦。時間にすれば15分程度ではあったでしょう。強い一撃を受けた空知さまが吹き飛ばされ、結界に叩きつけられたことで、結界が崩壊してしまい模擬戦はそのまま終わりを迎えたわけですが……。すぐに身体を起こして軽口を叩き合っている様子に、本当に深刻なダメージを負っていないのだと思い知らされてしまいます。
「結界が崩壊されるほどの一撃だったはずなのに、もう起き上がるだなんて……」
白龍皇の言葉通りとすれば、二天龍と正面から対峙しても倒れないタフネスに本領である射撃戦となれば、その白龍皇すら消し去れるほどの魔力砲撃が可能……。グレイフィアさまのこの方を放置出来ないと言ったあの声が脳裏に蘇る。
「……!」
身体が震える。もし彼が正式に堕天使や日本神話勢に属し、悪魔の敵となってしまえば──。
ソーナさまやセラフォルーさま、シーグヴァイラさまの彼への心酔ぶりは今日一日だけで十分に痛感できたのです。彼女達は純血悪魔で旧七十二柱の家の生まれですけれど、そのことを顧みることなく彼の味方であることを宣言しかねないと。そうなれば、彼だけでなく魔王級や上級クラスの悪魔が同時に敵方になる。
姫島さんは堕天使の力を制御し、真羅さんは自らの血に流れる異能の力を自在に使いこなすと言います。黒歌や塔城さんの姉妹も猫魈としての力を覚醒させている以上、誰一人とっても強者の域にいる。
「うん、確かにお兄ちゃんは接近戦の手数も増えてきたし、あとはヴァーリの言う通りバリエーションを増やすことかな。砲撃でやってることを接近戦で出来れば、それだけでもかなりやりにくくなるよ」
「打撃に魔力や闘気をうまく乗せられるようになるのは、アンタの場合だと時間の問題だろうし。まぁ、でも私達の大将が最前線に出る時点で本当はアウトなんだけどね」
「様々な想定をしておくことは悪いことじゃないさ。それに戦士や剣士、拳闘士の戦い方を熟知していると、彼本来の魔力砲撃にも色々生かされるぞ?」
「ヴァーリの言ってることは分かるわよ。ただ、すぐに大翔は無茶をするから。ねえ、今回も新しい能力のために必要以上に突っ込んで戦っていたしぃ?」
「まー、模擬戦だからこそだよね。そうでないと、すずかちゃんが真っ先に飛び込んで止めに入るよ」
「ええ、私も肉の壁ぐらいにはなってみせますから」
「カリムさんは本気で言ってるもんね。ひろくん、今回ぐらいならいいけど。本当に無茶が必要な時はちゃんと伝えてくれなきゃやだよ?」
「……我がいるから、いざとなれば任せる」
「ん、オーちゃん。ありがとね」
さらに月村さん以外にもこの別世界に彼のパートナーは複数いて、それぞれに悪魔の駒で言うところの、騎士や僧侶に値する戦力を持っていると聞かされています。全員が回復に関する特殊能力なり技術を持っている時点で、恐ろしい集団というしかありません。
そして、極め付けが無限の龍神。ああ、誰が彼らを圧し留められるというのでしょうか。
「……相変わらず、羨ましいぜ。あれだけの綺麗で可愛い女の子達に本気で惚れられてるんだもんなぁ」
「赤龍帝の貴方は、まさか彼に憧れているのですか?」
たまたま近くにいたリアスさまの眷属、先程私の体調不良を気にかけて下さった赤龍帝の彼が私が感じている脅威を欠片も感じさせない物言いをするために、私は思わず不躾な問いかけ方をしてしまっていました。
「あー、俺のことはイッセーでいいよ。で、大翔さんに憧れてるって問いについてはその通りだ。俺はハーレム王を目指しているからな。君のお兄さんも見て思うところがあったけど、俺が目指す方向性は大翔さんって感じだから」
「……方向性?」
「あの人は俺の夢を体現してるんだけどさ。さらに実現させた後のその先の形も見せてくれてるんだよな。……男の甲斐性って言葉では簡単に言えるけど、自分が好いた女の子全員にちゃんと幸せだって思ってもらう……思い続けてもらえるようにするって滅茶苦茶ハードルが高いことだと思うんだけど、大翔さんの周りに集まってる女の子達はほんと幸せそうに笑ってるんだ。見てるこっちまでつられて笑顔になっちゃうみたいな、そんな笑顔でさ」
「確かに空知様と話している女性達は、笑顔に陰がなくて、本当に心から笑っていらっしゃる。それは分かりますわ」
「二人の女を幸せにするなら、普通の男の二倍の努力を。四人なら四倍。今の大翔さんだと十二倍かな。それをやれない奴は女を囲う資格なんてないっていうのがあの人の考え方なんだよな。だから、強くなるのはその努力の中の一環でしかないって言い切るんだ」
赤龍帝の彼、イッセーさまはそう言われます。それは確かに空知さまの一面を示していると思えますが……。
「その……恐ろしくは、ありませんの?」
「へ? えっと、レイヴェルさんって呼ばせてもらうけど、どうしてさ?」
「……失礼ながら、あの方──空知さまには、背筋が凍るようなおぞましさを感じます。一度敵と見做せば、人も悪魔も堕天使も天使も、それこそ他の神話勢力であろうと関係なく、確実に屠るまでどれだけ時間をかけようと、あらゆる手段を使って遂行するような──狂気じみた、そんな一面を私は先程の交渉の中で見せられてしまいました」
「あー。容赦の無さは確かにあるかもなぁ」
「そんな優しいものではありませんわっ。兄が仮に再起不能になろうとも歯牙にもかけないと確信させる、こちらを同じ知的生命体と認識すらしていないような……!」
恐怖心から言葉が止まらない私の頭に、気づけばポンッとイッセーさまの手が乗せられて、あやすようにぽん、ぽんと優しく手が動いていました。
「……大丈夫だよ、レイヴェルさん。大翔さんにそこまでさせないように、月村さんをはじめとして、あの人のパートナー達が常についているんだ。多分、シーグヴァイラ様もそうなるだろうし」
思わず撫でちまったけど、ごめんな。そう詫びる言葉を挟んで、イッセーさまの温かい言葉が私の耳に入ってきます。
「まだまだ力不足だけどさ、俺だってあの人がそんな決断をしなくても済むように動くよ。月村さん達だけじゃない。俺も木場も、元士郎──あ、一緒に模擬戦を見てたソーナ会長の兵士の男だよ──力をつけようと必死なんだ。身内をどこまでも大事にして、降りかかる火の粉は自分が無茶をしてでも、それこそ身体や心がぶっ壊れてでも打ち払おうとする、そんな大翔さんの足手まといには絶対になりたくないからなんだぜ?」
「イッセーさま……」
「今の俺は君の兄貴にも及ばない弱い男だ。でも、諦めるつもりなんて欠片もない。あの人は俺や木場、元士郎、さらには、俺達が動けない時に代わりにこうやって駒王町の見回りをやってくれたりする会長の眷属みんなの兄貴分なんだ。頼まれてもいないのに、恋人達だけじゃなく、友人や後輩たちまで全部ひっくるめて守るもんだって思ってる。それがあの人の『当たり前』でさ、その生き方に俺は惹かれてるし、追いつきたいし、いつか追いついてやるって思ってる」
歯を見せて笑ったイッセーさまの笑顔は、怖さから冷えてしまっていた私の心を包んでくれるように感じていたのです。
「俺とあの人はもちろん別人だし、やり方は多少変わるかもしれない。ただ、男として負けなくないっていうか、なんか熱くさせてくれるんだよな。意地の張り方も不器用だしさ、ああやってヴァーリに挑んでぶっ飛ばされてはまだ挑んでいくんだ。得意な距離だけで戦ってればいいのに、良しとしないんだよな。だから、ヴァーリもああやって毎回相手をしてるし、熱心にアドバイスもしてる」
難しくなんかない。あの人は懐に飛び込んできた相手を絶対に無下にする男じゃない──。そんなイッセーさまの声が、すとんと自分の中に入るのを感じた私は自然と震えが止まっていました。
「あとはいっそ、一緒に鍛錬できるように頼んでみようぜ? 自分が強くなればその分、安心する部分も出るだろうし……行きと帰りは転移魔術で行けるし、封時結界の関係で一日の就寝時間をほとんど訓練時間に置き換えられる。寿命が心配ない分、一時間が一日分ってやっぱり反則だな、こうして考えると」
「え、で、でもそれはご迷惑が──」
「心配な……ちょっと待ってくれ。ドライグっ!」
『おう! この不可思議な霧はあの絶霧の小僧だ!』
左腕の神器を発動させて私を守るように前に立つイッセーさまに、私はそのまま目を奪われていたのです──。