「久しぶりだね、解析に時間はかかったけれどこうやって転移することが出来たよ。ちなみに今日は一緒にお客さんも連れてきたんだ」
学生服にローブをまとった青年、ゲオルク。魔法陣の代わりに霧を漂わせて現れる辺り、神器の扱いも変わらず達者な様子だ。
「次元を越える転移先の計算はかなり面倒だったと思うけど、自力で良くやったもんだな」
「探究心や好奇心が俺を突き動かしてくれたよ。試行錯誤の繰り返しだったけど、駒王で見られる君の展開する結界とかを参考に人間大の無機物を転移させて、その結果を追いかけて観測して……久しぶりだったよ、仮定条件の元に検証を積み上げていく作業は楽しくすらあった」
こうも短期間で、自力で次元転移の計算方法を確立して割り出す。魔術の天才に努力の才能が加わるとこうなるというのを見せつけられる思いだ。
次元を越える転移座標の計算方法はミッドチルダで既に確立されたものであり、俺が初めて行く次元世界でも海鳴へ戻るための座標を早く割り出せるのはその計算理論をひたすら繰り返し使い込むことで、頭と身体の両方に叩き込んだだけのこと。
唐突に転移してきた、そんな『天才』ゲオルクと会話をしつつ念話で征二さん達やレイヴェルさんの護衛の指示を出そうとしたものの、すずか達だけじゃなく、一誠君や祐斗、元士郎達も互いに互いをフォローし合える立ち位置へとすぐに移動してくれていた。
俺は所詮、努力が得意な凡人。どれだけ頑張ってもせいぜいが秀才になれるかなれないか。そんな俺にはしっかり頼れる家族や仲間達がいる。こんな時だけど、そのありがたみを感じてしまっていた。
「カテレア、久しい」
音も立てずに俺の横に位置を移したオーフィスはそのゲオルクの同行者に軽く手を上げ、声をかけていく。
「彼らから聞いた話だけでは信じきれませんでしたが……オーフィス、あなたが妙な集団の一員となったのは本当だったようですね」
褐色の肌に赤縁の眼鏡をかけた白地の水着姿のモデルさんみたいな人……いや、この魔力は悪魔か。そんな女性がオーフィスと言葉を交わしている。
「まあ、今回は私もあなたを連れ戻すとかそういう目的ではありません。『絶霧』所有者の個人的な用件に、私の個人的な用件を乗せただけですから」
その視線の先は戸惑いを浮かべたセラに向けられていた。それでも、俺達の壁となろうと前へと立とうする動きを見せようとするので、とりあえず腕をつかんで留めておく。
「セラ。君の抱える問題は俺も抱える問題だって、前にそう言ったよ?」
「……ひーくん」
何が何でもというわけではない様子のセラは俺の制止に少しだけ困った顔をしながらも、それでも俺の隣へ留まってくれた。
「なるほど、その男が貴女の想い人ですか。魔王の座を退いてでも傍にいることを選ぼうとしている男……」
「なんでカテレアちゃんまでもう知ってるかな……やっぱり幹部クラスに内通者がいるよね、絶対」
「まあ、本来世襲であるはずの魔王が襲名制になっているのがおかしいのです。私やクルゼレイ、シャルバを慕ってくれる者は今も多いということですよ」
セラがカテレアと呼んだ女性、カテレア・レヴィアタンさんのやり取りについては、ソーナやセラ自身、あるいはシーラさんといった相手から、悪魔の歴史を事前に学んでいたので理解に困ることは無かった。政治的には完全に敵対陣営の相手と言えるけれど、今のところ彼女の魔力が高まる様子はないし、流れも穏やか……いや、これは。
へそから下腹部にかけてひどく膿のように流れが滞っていて、身体の内側から刺すような、あるいは突き上げるような痛みがあるように見える。涼しい顔をしているけれど、相当の痛みを無理やり誤魔化しているんじゃないか?
「随分と浮ついた感じも落ち着いたようですね。ふむ。外から眺めただけでは分からない、貴女を変えるほどの何かがその男にはあるというのですか」
話しぶりから見るに、以前からの知り合いか友人といった感じだろうか。俺を見る彼女からは戸惑いの中にもこちらを見定めようとしているような視線を感じていた。
「……まぁ、それはどうでもいいことです。セラフォルー、大人しくレヴィアタンの名を返上し、本来の持ち主たる私へと返すがいい」
「返すも何もカテレアちゃんはレヴィアタンの直系で、私は所詮借り物だもん。お母様が傍系の血筋とはいえ、代を重ねてレヴィアタンの力はほぼ発現してないしね。あの戦争が無ければ私が名乗るなんて元々あり得なかったよ」
「……では私を次期魔王に指名して、表舞台から早く姿を消すといいでしょう。レヴィアタンの名は貴女には重い」
セラに対しても突き放すような言い方だけど、なんだろう。あまり冷たさを感じない。むしろ、受け取りようによっては気遣いをしているようにも思える。
「確認するべきことはしましたし、言うべきことも伝えました。ゲオルク、戻りますよ」
「え? 俺はもう戻らないよ。彼が使う俺が知らない未知の魔術を学び、魔術の深淵を求めていくためにここに来たんだから」
「……え?」
「だから戻らないって。彼の中には様々な力が一つに溶け合い、彼の魔力そのものが唯一無二のものになっている。彼自身が学ぶべき対象そのものなんだからね。曹操にもとっくにそのことは伝えてあるんだが」
「貴方がどうしようと勝手ですが、私は次元世界を越える転移は使えません。だから私を送ってからにしてもらいましょうか」
「何を言ってるんだ? そんな義理なんて無いだろう、もう俺は貴女と同じ所属でもないのだから。今回のことも行き先が一緒だったからという、もののついでに過ぎなかっただけじゃないか」
カテレアさんの言い方に引っかかりを感じていた間に、ゲオルクの塩対応が炸裂していたようだ。うん、侵入者であることには変わりないし、とりあえず二人の身柄を確保してから考えますか。
「我はへびにらみを使った。こうかはばつぐんだ」
そんな後手の俺よりも、すずかの意を汲んだオーフィスが先に動いていた。
「あ、ぐっ……」
ふざけた口調ながらも侵入者二人へ彼女の殺気が向けられ、当然身体が動かなくなっている。なお、オーフィスは『我はまだ三段階の変身を残している』ごっこがマイブームらしく、その結果、この殺気の出力や効果範囲も使い分け出来るように頑張ったらしい。なので、殺気の影響を受けているのはあの二人だけだ。
なお、制御がうまく出来るようになった際に褒めてと頭を差し出したオーフィスをすずかと一緒に撫でている時に、朱乃が親子に見えて嫉妬してしまうとぽろっとこぼして、俺とすずかが変に意識してしまって顔を赤くすることもあったなあ。オーフィスはきょとんとしながらも、俺やすずかから離れなかったし。
最後には変な開き直りでオーフィスは俺やすずかや朱乃達、皆の娘みたいなもんだろうと言い切って、そういう扱いになったオーフィスは自分が俺達の長女って言い出したり、まあ……そんな騒ぎもあったりしたんだけど、それも日常のひとコマだ。
「オーちゃん、そのまま長蛇さんを召喚して!」
「長蛇を召喚。二人に『まきつく』」
いつからすずかは例のゲームのトレーナーになったんだろう。あ、オーフィスに付き合ってのごっこ遊びか。ただ、ノリノリでやってるだけだね。
「動きを鈍らせて、さらに拘束して完全に動きを止めましたね。有効な『特技』の使い方です。見事です、オーちゃん」
「我、完全勝利。ぶい」
白音もゲーマーだからなあ。アドリブで乗っかってるけど楽しそうで何より。オーフィスのピースサインの後にハイタッチまでセットなんて、二人とも随分と馴染んだもんだなと思ってしまう。
「では、このまま連行しましょう。オーちゃん、一人担いでもらえますか?」
「わかった。白音、我は捕獲用のボールが欲しい」
「あー。ここまで擬似的な再現が出来れば、そこまで行きたいですよね。兄さまが本気で開発すればすぐかもしれませんよ?」
あのボールの機能を含めた現実化か……。球体内に縮小化と能力封印の魔術を常に展開しておけばいけるかもしれないけど、捕まる側からしたら溜まらないだろうし、魔術抵抗に成功される可能性もあるんだよな。ただ、研究題材としては面白いな。魔導具媒体の小型化及び高性能化の一環として、うん、試作品をいくつか作ってみるとしよう。
「ほら、兄さまはもう考え始めてます。こっちの声が殆ど聞こえてませんから」
「これは期待」
「離しなさい、オーフィス!」
「契約や誓約で危害を加えないようにしてもらって構わないから、簀巻きの状態からは早めに解放して欲しいかな?」
「決めるのは兄さまやすずか姉さま達ですから。今は大人しく捕まっていて下さい」
ボールを形成する素材自体が魔力等が伝導し易くて、頑丈じゃないと駄目だよな。いっそ、そこから自作するか? 多少時間はかかっても今後の魔導具製作にも役に立つし、土や鉱物に強靭化の魔術を書き込んで、封時結界に放り込んで時間加速の上で、百年単位で馴染ませてだな……いや、逆に耐衝撃性を重視して、ゴムとかプラスチックに炭酸カルシウムを混ぜるやり方ってどこで読んだんだっけか。ああ、久し振りに書庫に籠もる必要が出てきたぞ!
「ああなったひろくんはしばらく戻ってこないから、バラキエルさん達も到着したことだし部屋に移動しよう。朱乃さん、反対側を宜しくね。ひろくんは足元も何も見えてないつもりで誘導をしないと」
「かしこまりましたわ。……とんでもない集中力ですね、大翔さん」
「マルチタスクをフル活用で、必要な材料とか手法とか知識や記憶を探ったり、書物室や無限書庫に関連書籍があったか確認してるんじゃないかな。ほら、ホログラムウインドウが展開してるでしょ。データベースにアクセスして検索魔法をかけてるよね」
「なんだか近未来に迷い込んだような錯覚になりますよね、うふふ」
あった、この記述か。ただ、会社の機械とか技術をこのために使ってもらうわけにはいかないからなぁ。いっそ、開発部屋に機械を追加するか。ん? この目的だとミッドの方が合うのか……ってこれは、偽名でドクターが絡んでる品物じゃないか。だったら、余計なギミックを仕込んでありそうだから却下だな……。
んー、あれ、移動開始したのか? すずかと朱乃の匂いがするし、とりあえずもうちょっとこっちに集中させてもらって……。
「おいおい、すずかと朱乃が『当ててんのよ』を思い切りやってるのに無反応だぞアイツ」
「感覚的に信頼できる相手の香りだとか魔力だとは分かっているでしょうけどね。自分の思考に没頭したアイツはあんなものよ。シーグヴァイラのところでもあんな感じになったことがあるんでしょう?」
「ええ、極端に集中した時とかに何度か。なので、そういう時は私かアリヴィアンが元に戻るまで傍についていましたね」
俺が思考を中断したのは、寝室へと連れて行かれた上で夜が深まり限界が近かったソーナに唇を奪われながらベッドに押し倒されつつ舌が絡まり合う心地良さと、スイッチが入って濃くなった彼女の甘い匂いに嗅覚が囚われてからだった。
ソーナみたいに毎日そんな周期があったり、すずかや黒歌、白音のようにそういう時期が来る子がその状態になると、とても甘くそれでいて理性を吹き飛ばすようにこちらの劣情を掻き立てようとする匂いが強くなる。視覚や触覚からだけじゃなくて、鼻腔から脳にその子の香りが広がっていって、どうしようもなく欲しくなってしまう蠱惑の魔香だ。
「やっと見てくれましたね、大翔くん……♪」
嬉しそうに呟きながら、ソーナの手は俺のベルトを外してズボンを下ろしにかかるのだった──。
◇◇◇◇
「ああもう私ったら本当に毎回毎回熱に飲まれて、どうしてあそこまでやっちゃうのよ……!」
茹蛸のように顔を真っ赤にして頭を抱えているソーナの横には、荒縄をまだ身体に巻きつけたままの椿姫が艶やかな吐息を漏らしながら寄り添っています。
「仕方がないじゃありませんか、お嬢様ぁ。はぁ……ふふっ、初めてのお相手が極上の男性だったんですもの。とことん酔ってしまえばいいんです。あんっ、縄食い込んで気持ち、いぃ♪」
乱れ過ぎたことに悶えるソーナに完全に振り切れてしまっている椿姫がもっと楽しんでしまえと囁く。行為後のいつもの風景といいますか。大翔さんの輪に加わってから日がまだ短いながらも、一日の中で身体を重ねる回数は私達の中で一番多いというアンバランスな状態もソーナの感情の揺れ幅を広くしてしまっているところがあります。
ソーナやすずかさん、黒歌や小猫ちゃんの身体が抱えている、じりじりと身体中が疼く感覚に襲われる中で普段の生活を過ごさなければいけない辛さは私達も感覚共有で体験していました。自分の心が望む望まないに関係なく、身体が気持ち良さやオーガズム、男性の精液を求め続けて、下腹部がずっと啼きっ放しになってしまう状態。渇きにも似た感覚に襲われ続けるわけです。
例えば登下校中などにすれ違った際に異性の匂いを嗅いでしまったりすると、その疼きが一気に強まって大翔さんと大翔さんのペニスのことしか考えられなくなる。ここで他の男性のことが一切浮かばないぐらいには私達の意識だけでなく、身体も大翔さんのことを深く刻み付けている状態ではあるのですが、まともな思考が出来なくなることに変わりはないのです。
対処法は唯一つ、大翔さんにたっぷりと注いで頂くしかありません。すずかさんもソーナも症状が酷い時でも二、三時間は大丈夫になるというのは共通らしく、私達はソーナが大翔さんに抱かれる回数が多いことについて羨ましいと思うわけでもないのです。回数が増えるということはそれだけ症状が強く出ているということですから。
そもそも、寵愛を頂く時は心身が満足行くまで深く満たしてもらえるのに、回数の多少でどうこう言う必要もありませんしね。
「ねえ、ソーナ。椿姫は論外としても──」
「え、ちょ、ちょっと待って。どうして論外なのよ、朱乃?」
「いや、椿姫ちゃんは行き過ぎでしょ。まあ、ひーちゃんとのセックスを本当に楽しんでるわけだけどさ。あうあうしてるソーナちゃんは可愛いから問題ないね!」
「乱れている時の自分と我に返った自分との落差に悶々としてるの可愛いわよね。それもまたソーナの魅力の一つだろうし。ただし椿姫、貴女は嵌りすぎとは思うわ。まー、外では縛られたままでも澄ました顔してるみたいだから、徹底してるなって感心もするけど」
「分かってますよ。大翔さん相手じゃないと、こんな緊縛願望を曝け出せるわけないじゃないですか……! 色んな性癖を受け入れてくれつつ、気遣いが出来て普段は乱暴じゃなくて、こっちが望んだ時だけ獣になってくれる、こんな理想的な相手は本当に奇跡ですよ。それに大翔さんの縛り方は私の身体のラインを本当によく分かっていてくれていて──」
椿姫へのツッコミはアリサとアリシアさん達に任せて、ソーナの頭を軽く抱き寄せてぽんぽんと髪を撫でる。アリサ、頑張ってね。後ずさりしてる場合じゃないと思うから。
本当に大翔さんとの営みを全力で楽しんでる椿姫と対照的に、真摯で一生懸命だからこそ大翔さんの負担になってしまっていないかと考えてしまうソーナ。大翔さんがこれぐらいで私達を嫌うことはないと頭では分かっていても、どうしても不安を覚えてしまうのよね。
「ソーナが不安になるのも仕方ないと思うわ。私達は最初で最後、そして『最高の恋』をしているもの。他の恋なんて知らないし、知る必要もないけど……それだけ真剣だから、大翔さんの重荷になっていないか、ちゃんと支えることが出来ているのか分からなくなってしまいそうになる」
その大翔さんは僅かな時間になるけれど、カリムさんの膝枕で今は夢の中。二重の封時結界だから、長時間の維持は魔力を多く供給してくれるオーフィスや魔導具にも負担がかかるし、別室でセラフォルー様やすずかさん達がカテレアやゲオルクの相手をしてくれている。
「不思議なものね。大翔さんがソーナや他のみんなをとても愛しく思っていて、そんな簡単に嫌いになったりするわけがないって自分以外のことならハッキリ分かるのに、自分のこととなると大翔さんに重た過ぎる女と思われてるんじゃないか、本当は我慢させてるんじゃないかって考えちゃう。そんなことは感じないって言われても素直に受け取れずに、しがみ付いてでも離れようとしない我が侭な自分がいて……ふふ、矛盾もいいところよ」
こればかりは私もソーナも大翔さんのパートナーとしての自信を自分でしっかり持つしかない。すずかさんやアリサ達を見ていると、分かっていても知らず知らず焦りや不安を自分の中で大きくしてしまっているわけだから。
討滅戦とか撃滅戦に手を取られて更新が遅れました、ごめんなさい←
8ヶ月ごしの伏線めいたものをやっと入れられました。