「戦争再開を主張し続けている武闘派幹部のコカビエルがフリードを脱走させ、教会本部から聖剣を盗み出し、日本近郊で消息を絶った……ですか」
「とはいえ、単独犯じゃない。どうにも外部に一時的な関係かもしれんが協力者がいたようだ。奴の狙いは駒王町としか考えられん。リアスやソーナという現魔王の肉親が暮らす街だからな。積極的に狙ってくるだろう。そして、サーゼクスやセラフォルーを引きずり出し、なし崩し的に戦争再開へと持ち込むつもりだ」
カツサンドと珈琲を手に結界内とはいえ朝からこんな話をしなけりゃならねえ。しかも自分の陣営の不祥事ときている。コカビエルが闘争に飢えているのは知っていたが、ここまで不満を燻らせていたことに気づかなかったのは俺のミスだ。
「協力者については、ゲオルクも言ったように禍の団が手を回した可能性が非常に高いです。私は詳細に関わらせてはもらえませんでしたが、コカビエルが戦争再開への執着を高めていることは知らされていましたし、彼を暴走させるのを起点に現政権への反撃の狼煙にすると……シャルバやクルゼレイが嘯いていましたから」
紅茶を口にしているカテレアは弱体化の兼ね合いで計画の中心からは外されていたって感じか。ただ、旧魔王の連中が禍の団の中核にあるのがハッキリしただけでもこっちとしては有難い。……ま、今はコカビエルの奴をどうにかするのが先なんだけどよ。
「おそらくは大翔、コカビエルはお前のことも狙っている。堕天使勢力が正式に後見についた君の周りにはいろんな種族の者が集まっている。……君を潰すことがそのまま和平への道を遠ざけることにも繋がると考えていると思っておくべきだ」
「ヴァーリ。俺を狙うのは勝手だし、簡単にやられるつもりもない。ただ……ソーナや、それにグレモリーさんを狙うとなれば、朱乃や椿姫達も危険に晒される。さらにセラを引っ張り出して、戦争を再開する? そんな身勝手をさせるわけがないさ」
しっかし、思ったよりも大翔の奴が落ち着いてるぞ? 自分の女の身に危険が迫るとなれば、沸点がおっそろしく低いはずなんだが……。体内の魔力や光力も活性化してるものの、充分に制御範囲内みたいだしな。
なお、セラフォルーは同席は認めるものの、発言を促さない限り、聞き役に徹して欲しいと大翔本人からお願いをされていた。なので、大翔が狙われると聞いて殺意を含んだいい笑顔になっているが、それでも健気に大翔の願い通りに口はしっかり噤んでいる。まあ、セラフォルーが本気で動けばコカビエルの事態に対応が容易になっても、その後の争いの火種が燃え盛るのが避けられなくなる。そうなれば、結局はコカビエルの思い通りになっちまう。こちら側としてはリアスに許可を得た上でヴァーリ、次いでバラキエルが表に出て動けるかどうかってところだろう。
「あとは朱乃さん家の境内から見る街並みも気に入ってるし、通っているお気に入りのラーメン屋さんもある……だよね?」
「そうだね、すずか。海鳴の高台から見る景色も好きなんだけど、朱乃の家の境内から見る景色も気に入ってるね、確かに。だからこそ、しっかり守りたいと思うんだ」
こういう時に鎮静薬代わりになるすずかが、隣について手を重ねて自分の魔力を大翔と循環させてはいるものの、意識してやってるっていうよりも寄り添ったら互いの力を循環させるという反射的な行動みたいな感じだしよ。むしろ、すずかが少し戸惑ってるのか、これは。
「今のところ、使い魔たちから侵入の報告は入っていませんわ。まだ焦る必要はありません」
そう言いながら、朱乃も大翔の飲み物を取ってきた名目の元にしっかり大翔の隣に位置取りを変えた。そして、すずかと同じような行動を取り始める。その動きに朱璃の奴も満足げに微笑んでいやがるぜ。
大翔も自分の家族関連に危険が及ぶとどうもネジが飛びやすいんだが、それを宥められる奴も増えている。言葉は無くても、自分の女達に微笑まれながら落ち着きを促すように寄り添われたら、昂ぶった自分を嫌でも認識するからな。
今回は大翔の代わりと言っちゃなんだが、殺気を隠し切れていない奴が他にいる。なまじ力量が上がってきてる分、感情の昂りに合わせて制御出来る範囲を超えてるな。一誠の奴が思わず震えるアーシアとそいつとの間に位置取りを変えた辺り、一端の気遣いも出来てるじゃねえか。この辺りは大翔から見て学んだ部分かね?
「二人とも、俺は思った以上に落ち着いてるよ。大丈夫。珍しく激情を剥き出しにしてる友達がいるんだ、俺まで激してたらどうしようもない」
大翔は二人の肩を軽く叩いて立ち上がり、そいつの側へと歩み寄る。事情を知る様子のリアスがどう動くか悩む内に大翔が動いちまったわけだ。
「……なあ、祐斗くん。珍しく感情が隠し切れてないよ。その怒りはコカビエルに対して? あるいは聖剣に対してなのかな」
「聖剣ですよ。僕と教会が保有する聖剣とは切っても切り離せない因縁がある」
射殺す勢いと言わんばかりの眼光で大翔を睨むリアスの騎士。ただ、大翔は真正面に立ちながらもその殺気をまともには受けず流してやがる。
「……そっか。じゃあ、その聖剣を見つけたら一体どうするんだ?」
「破壊します。それが僕の生きる意味だ。どうしてこんな基本的なことを忘れていたのだろうって思いますよ」
「破壊か……ゲオルク、一つ確認。聖剣の消失が世界の崩壊に繋がったりなんてことはあり得る?」
「正直、モノにもよるだろうさ。ただ、教会が保有する聖剣は神滅具でも無いからね。世界の在り方に影響を与えるのは不可能と考えていい。天界勢力の一時的な弱体化には繋がるけど、本来一本のものが既に七本に分かれてしまってる。勢力図が塗り替わるようなことはないさ」
リアスの騎士である木場の意思を確認したのはいいが、普段と変わらない調子で大翔はゲオルクに一つ問いを投げかける。即座に答えを示す奴に俺も続けて頷いてみせることで、大翔はゲオルクの答えに一定の信用を下したようだ。
「それならいいかな。七振りもあるとちと面倒かもしれないけど……祐斗くん。やろう、聖剣の破壊。俺もサポートぐらいはしてもいいだろ?」
「……え?」
そして、変わらぬ調子でぶっ飛んだことを言い出した。剣呑な雰囲気を纏っていた木場のやつもこれには毒気を抜かれて呆けてしまう。無論、奴だけじゃない。俺だって驚いて咄嗟に声が出ないし、他にも唖然とする奴らが多いし、アリサはこめかみを揉みながら何かを堪える様子になり、ゲオルクはツボに入ったのか大笑いしだすし、リアスはとうとうブチ切れてしまった。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいっ! 勝手に話を進めないでっ!」
「でも、部長。認めない場合は祐斗くんは恐らく単独行動に走りますわよ?」
いつもの大翔だと言わんばかりに普段通りの態度が一人、朱乃がそのリアスを止めに入る。他にいつも通りの奴といえば、すずかにアリシア、ジュースを啜っているオーフィスってところだ。奴らはブレないからな、ある意味。
「朱乃……」
「部長が怒るのはもっともです。ただ、私が長い間抱えていた蟠りが解けていい表情をするようになったって、そう言ってくれたのも部長ですわ。小猫ちゃんだってそうです。ならば、祐斗くんもその機会があっていいと思うのです」
「それはそうだけど……」
「駒王町の管理者が部長だということは充分に大翔さんも承知していること。まして、祐斗くんは貴女の騎士。心配には及びませんわ」
口ぶりは真摯なものでリアスを気遣っているように聞こえるものだが、朱乃は『今回の厄介ごとの解決』の心配はいらないと臭わせただけで、大翔と木場がリアスの管轄から外れる行動を取らないとは言ってない。
この言い回しに気づいたセラフォルーは苦笑いを浮かべ、ソーナはそっと顔を逸らす。カテレアも余分なことは言わないものの呆れ顔に変わっていた。
◇◇◇◇
「副部長に部長の言いくる……いえ、説得は任せておけば大丈夫そうですね」
「言葉の選び方がもうね。うまく迎撃出来ればその成果を全部グレモリーさんの手柄にしてもらおうとは考えてたけど」
内心で燃え上がっていた復讐の炎も、大翔さんの一言で表面上普通に話せる程度には一時的に大人しくなっている。
「理由、聞かないんですか? あっさりやるぞって言われて、ちょっと気が抜けちゃいましたけど」
「言いたくないだろ? 言ってくれるなら聞くけどさ」
「今はちょっと、言いたくないですね」
「なら、それでいいよ。ただ、俺はね。知ってることがあるんだ……心の奥底に溜まっている負の感情の原因って奴は、自分なりのケリをつけない限りどこまでも尾を引くんだよ。何十年経っても、その後にどれだけ暖かい愛情に包まれたとしても。……俺自身、思い知らされたことなんだよ」
大翔さんは時々、年齢と乖離したような言葉を口にすることがある。それなのに、その言葉には実感がとても籠められていて、表情もその時ばかりは一気に老けたように見えてしまう。だから、感覚的に実際に体感したことなのだと分かるんだけど、だからこそ違和感がどうしても生まれる。
大翔さんのパートナーの中でも、その辺りの事情を全部話されているのはそんなに多くないらしい。月村さんやバニングスさんにアリシアさんフェイトさんの姉妹。あとは朱乃さんは確実に知っているようだ。ちなみに、アリシアさんやフェイトさんにはテスタロッサさん呼びだと、どちらを呼んでるのか分からないから名前で呼んでいいって言われてる。
「大翔さん、発言が完全に年輩の方になってますよ」
「時々言われる。でも、口煩いと思われても伝えないで後悔するよりずっといいから」
少し困ったように微笑む大翔さん。この人は晴れやかな笑顔よりも、何かを覆い隠すように笑みを浮かべることが多い。僕を大切な友人だと言い切り、僕のために骨を折るのは当然という節のある大翔さんを、僕だって出来るだけ困らせたくないと思っている。どこか気安いイッセーくんとの関係性とはまた違うものの、僕にとっても大切な繋がりと思えるようになってきているから。
「でも、そんな大翔さんが僕は好きですよ」
「ありがとう、祐斗。俺自身のドロドロとした感覚は紗月やすずか達、さらに朱乃達に出会えて、心を預けてもらって……やっと、向き合えるようになってきているんだ。ただ、こんなに長く抱えるようなことにはならないに限るし、その原因と対峙して乗り越えられるのなら、それに越したことはないってね」
そう、今は聞かない。彼と友人関係を続けていく中で、いつか話してもらえることもあるだろうと思えるから。何十年後、忘れた頃にかもしれないけれど。
「だから、これは俺のワガママなんだ。祐斗、お前が抱えている自分の蟠りにケリをつけられる絶好の機会がやってきたのなら、その機会を完全にモノにしてもらうっていう押し付けだ。……俺は友達が少ないからな。祐斗にはこれからも友達でいてもらわないと、困るんだよ」
「実は僕も言うほど友達、多くないですよ? 元々、男の子が少ない学校ってこともありますけど、イッセーくんと友達になるまでクラスの男の子とも必要最低限の話しか出来ませんでしたし」
「ああ、そりゃ仕方ない。君がどう思っているかは別として、祐斗はイケメンだもの。同世代の男からは目の敵にされるさ」
「ハーレムを築いている大翔さんだけには言われたくないですね?」
「はは、違いない。さて、敵を倒すには敵のことを良く知るべきってね。憎い標的だとは思うけど、材質、形状、強度……アザゼルさんやゲオルクの知り得る限りの情報を話してもらって、確実に破壊していくとしようか。魔剣を創造する方向性も変わってくるだろうし、祐斗はそれに集中するといい。コカビエルは俺の標的だ。そうだろ?」
本当にこの人は変わっている。自分の押し付けと言いながら、僕の復讐を肯定し、支援をするとあっさり言い切ってしまう。お陰で少しだけ、今は冷静になれていた。この黒い感情を研ぎ澄まし、創造する魔剣の鋭さに変える。それに集中させてもらう。
「早めに片をつけて、そちらに加勢しますよ。指揮官が最前線に立つなんて、やられたら連鎖して全滅なんてこともあるんですから」
「言うね。……でも、俺の方が早く片付いたら、一、二本ぐらいはこっちで破壊してしまうからな。そうならないように頑張るといいさ」
日々合宿に近い生活を送る中で、こんな意地の張り合いも冗談で通じるぐらいには、僕も彼やイッセー君達との時間を重ねてきていた。だから、僕は少しだけ笑えていたんだと思う。
「聖剣の破壊については、言いようはいくらでもある。それこそ自分の管理地域に踏み込まれて、眷属や表世界の安全のために已む無く破壊すること自体が正当な主張になる。聖剣の管理責任と合わせて突いてやれば、嫌味は言われるだろうが、教会側も黙らざるを得ないぜ。その辺りの理論武装は叩き込んでやるから心配するな」
「分かったわ、分かったわよ! ただし、私への報告は密にお願いするわよ。管理者の私が知らずに事態が急変するだなんて、話にもならない。空知や祐斗だけでなく、私達『オカルト研究部』の皆で対処するわよ。いいわね!」
「駒王町の危機です。大翔くんやリアス達だけに任せるのではなく、学園に属する私やシトリー眷属全員も全力で対応するべきことです。皆の働き、期待していますよ」
副部長による部長の説得も問題なく済んだようで、両眷属の長が号令を下す。合間を置かずに、僕達眷属達の気合の入った返事が返され、ここに対コカビエル兼聖剣への戦線が成立した。
「俺やセラフォルーは今の天使・堕天使・悪魔の三すくみの状態もあって、本当に状況がどうしようも無くなりそうにならなけりゃ動けん。情報収集や分析、戦闘時とかの結界の強化や維持に使う補助具の確保など、後ろでやれることはもちろん全力で動くが……表の対応は任せるしかない。すまねえが、頼むぜ」
「我、オーちゃんだから任せる」
「一番駄目だっての! オーフィスの力は規格外過ぎて、名乗らなくてもバレるわ!」
「大丈夫、龍のオーラも使わない。秘孔をつけば指先一つでもダウン確実」
龍神様の出撃はセラフォルー様の出撃以上に拙い予感しかしないよ!? でも、随分と漫画に毒されているなあ。彼女が指先を突き出すだけで、部位ごと吹っ飛ぶ結末しか想像が出来ないよ。
「謎のゴスロリ姿の少女武闘家オーちゃん……これは属性盛り過ぎでは? 私と被る点が多いです、これは」
「我、猫耳や尻尾は出せない。白音は着物風ドレスだし、住み分けは可能」
「なら大丈夫ですね」
「心配するとこ、そこなのかよ……」
「そもそも、オーちゃんが出撃しないといけない状況を作らせはしませんけどね。オーちゃんに私達は毎日鍛えてもらっているんですから、弟子である私達に任せておいて師匠は後ろで『ドーン』と構えておくのがセオリーです」
「うんうん。私と一緒に隠れて見守っておいて、本当のピンチで颯爽と割って入る感じだね☆ そういうのも隠れた強キャラ感が出て、カッコいいと思うよ?」
白音ちゃんのツッコミは平常運転だ。あえて、普段通りに務めてくれているのかもしれない。
「聖剣と対峙するまでに徹底的に祐斗の剣を研ぎ澄ませる。鍛錬はそれに費やす。お前の内にある暗く黒い感情を抑え込むわけじゃなく、聖剣を細切れにするための鋭さに全て変えてしまうために」
「……はい」
「光力を活用した擬似的な聖剣も何本か用意する。実際の破壊の練習も積んでもらう。最近、武器を作る機会も減っていたからさ。鍛え直すにはいい頃合だ」
燻り、気を抜けばすぐにでも気炎を上げそうな暗い感情に、決着をつける。その時がそう遠くない先に迫ってきていた。