ん? AMとPMが違う? たった一文字の違いだからへーきへーき(震え声)
「おう、戻ってきたか」
「あっ、朱乃!? 手を、手を放しなさい! お前にはまだ早い!」
すずかと朱乃さんの二人に手を引かれるままに、俺はアリサやアザゼルさん達の元へと戻ってきていた。
自分でも驚いているのが、朱乃さんに触れられていることをしっかり認識しているのに、身体の拒否反応が出ていないこと。触れた手のひらから伝わってくる朱乃さんの魔力は穏やかながらどこか弾むような感覚で、彼女が口にした俺への好意がそのまま魔力の色合いにも表れている気がする。だからなのか、俺の身体がこの人は俺を害する女性じゃないと判断しているのだろう。
「うふふ、余計なことを口に出すお父様が、私に何か言う権利なんてあるのかしら?」
「なっ!?」
「お母様の怒りも完全に解けたわけでもなく、今後のお父様の態度や行動次第と言われたばかりではありませんか。父親というならば、グレモリー家に保護されるまで、陰から私のことを守ってくれたおじ様がよっぽど父としての役割を果たしてくださいましたわ」
ちらりとアザゼルさんに目を向けて、朱乃さんは心外だと言わんばかりの口ぶりだ。ただ、言葉に苦々しさはなく、分かってあえてやっているのが何となく分かる。
「一人で、孤独でしたもの。確かに私はお母様を失ったことや、私自身の存在が襲撃者達に忌まわしく汚らわしい者だと罵られ続けたことに対して、お父様や堕天使全体を憎むことでしか耐えられなかった……」
突然悲しげな声色に変わったな。演技派だ、朱乃さん。バラキエルさんに背を向け、身を震わせて呟くように声を出しているけど、言い終わった後少しだけ舌を出しているのが、俺やすずかには丸見えだ。
『関係の修復をしたとはいえ、いきなり事あるごとに父親風を吹かせられても困りますから、この辺りで一度釘……いえ、杭を刺しておきませんと』
『釘じゃなくて、杭なんだね……』
念話で俺とすずかにそんな目論見を明かす朱乃さんだけど、釘じゃなくて杭って、バラキエルさんが磔にされる姿を幻想してしまうよ。
「あっ、朱乃……」
「けれど、私ももう子供ではありません。自分の生き方は自分で考えますわ。幸い、リアスの女王ということで、暮らしていく分には十分なお金も頂いておりますし」
角度的に愕然とした表情のままのバラキエルさんからは見えないけど、いまだ手を繋いだままだしな、実際は余裕綽々なんだと思う。あ、アザゼルさんは察しているんだろうな、笑いをかみ殺しているような顔に変わってる。
アリサやアリシア達は、俺が朱乃さんと手を繋いでいることに驚いていた様子だけど、すずかの様子が変わらないことと、突然の重たい雰囲気に状況を黙って見守っていた。
「週に一度は必ず夕食を共にするという約束もしましたし、これから進路等の相談をさせて頂くこともあるでしょう、お父様は『私の』お父様なのですから。ただ、最終的に決めるのは私です。懐深い父親として、私の意思を尊重して下さいな?」
「おお、おお! 朱乃が知らぬ間に立派になって……! 分かった、父は朱乃の意思を尊重する! 私としては非常に寂しく、腹を抉られかき乱される思いだが、度量のあるところを見せなくてはな……」
「お父様の理解に感謝しますわ、うふふ」
見事に落として上げたよ、完全にバラキエルさんを手玉に取ってるし。朱乃さんはすずかのじと目や朱璃さんの苦笑い顔もどこ吹く風でさらっと流している。
「……前のように朱乃、と呼ぶからな。で、そういうことなのか?」
「ええ、アザゼルおじ様。ただ、リアス等の前ではお願いしますね?」
「もちろんだ。そもそも、俺が悪魔が裏社会を管轄する地域に来てること自体がやべぇ話だからな。この神社に張った結界のお陰で、この街への侵入が漏れていないみたいだけの話だ。しっかし、見事なもんだぜ。もともと朱乃がこの神社に住めるように張られている結界の内側に、大翔の手で結界を別に張り直してあってよ、その内容が外界との時間や認識を隔離するっていう、結界系の神滅具が作るものと変わりない代物ときてやが……もがっ」
「ストップですわ、おじ様。アリシアさんナイスです」
熱く語り始めたアザゼルさんの口元がアリシアの手によって塞がれて、朱乃さんからの制止が入る。短い時間ながら、俺と似た要素を持つ彼の接し方については、アリシアも迷いがないみたいだ。
「うん、アザゼルさんは語ると長い人、違う、堕天使さんだからね~。その話は後でって言ったでしょ、一週間ぐらいは時間があるんだから。ひーちゃんも話が合うのは楽しいわけだし、すずかちゃんもひーちゃんの影響で突っ込んだ話が出来るんだから、楽しみに待っててよ」
「……おう。いやぁ、自分の所の組織だとなかなかこういう話が出来る相手がいなくてな。柄にもなく興奮しちまったぜ」
『趣味の話は楽しいもん、気持ちは分かるよ。で、朱乃さんはひーちゃんの恋人になったわけ?』
紗月からの全員への念話が飛び、一気に皆の目が俺や朱乃さんへと集中する。一呼吸置いた後、まずは朱乃さんが首をゆっくりと左右に振って、静かに口を開く。
「想いは伝えましたが、まだ了承を頂けたわけではないのです。突然のことですし、大翔さんもすぐに答えを出せないでしょうから」
一旦言葉を止め、繋がれた手に少しだけ力を込めてこちらを見てから、朱乃さんは先程の決意をもう一度、アリサやアザゼルさん達へと伝えていった。
「ただ、私は大翔さんから離れるつもりはありません。恋人だけじゃなくて、家族になってずっと支えたいから。経営者になっていく彼の秘書的な役割も出来るように勉強を重ねるつもりですし、すずかさんやアリサさんが公私両方で彼を支えるように私もそうありたいと思うから」
「朱乃、海鳴に来るつもりなのね?」
「ええ、アリサさん。眷属の女王という立場も含めて色々問題はありますけど、最後はこの身一つで飛び込んでいく覚悟もしているわ」
朱乃さんの言葉に短く問いかけるのはアリサだった。即座に迷い無く答えを返す朱乃さんに、アリサはニッコリ笑って手を伸ばす。
「……アリサでいいわ。住む場所なり、身分証明なり、大学に行くつもりならその辺りも含めて、そっちはバニングス家でどうにかする。その代わり、ずっと容赦なくこっちの事情にも巻き込むわよ、いいわね」
「ええ、そうでなければ海鳴に行く意味が無いじゃない、『アリサ』」
アリサと朱乃さんは互いの手を重ね合って、一度強く頷き合うと、二人で俺の腕を強く引き、すずかも一緒に縁側へと腰掛けさせてくる。
「すずか、私も魔力流してもらわないと朱璃さんが見えないんだから、ちょっと背中なり、前に回りなさいよ」
「朱乃さんやアリシアちゃん達は見えてるんだから、片手だけ空いていればいいでしょう?」
「大翔が朱乃に寄りかかられたり、あるいは腕を回して朱乃を抱き締めろって言うわけ?」
「むぅ……それはまだ早いよ」
「お前ら目の前で痴話喧嘩するのは止めてくれや……なぁ、バラキ……駄目か。娘が女の顔してるの見せられて、半分意識飛んでやがる」
結局、女性四名の交渉の結果、前側にすずか、背中に寄りかかるアリシア+紗月、左右にそれぞれアリサと朱乃さんという形でなんとか収まった。
アリサには早速魔力を流すことで、憑依関連の能力を譲渡して、これでやっと五人とも朱璃さんとの意思疎通に困らなくなる体制となる。すずかの一族の力を除けば、五人とも同じ技能の共有が出来ているというところか。
「おっそろしいな、その力も。同じ能力者が増やせるってことだろ?」
「ただ、おじ様。技能は持っていても使いこなすには、しっかりとした訓練が必要ですわ」
「色んなスキルをレベル1で持ってるような感じだもん。実戦で使えるレベルになるのは別の話でさ」
「ああ、スキルレベルみたいなもんか。そうなると、ただの器用貧乏になる時もあるんだな」
「個々の得意分野もあるしね。私なんかは火に絡む魔法や技能が得意だし、朱乃だったら雷系統になるでしょ?」
アザゼルさん、ゲームも嗜む堕天使とのことで、スキルレベル制の話は要領が得やすかったようだ。朱璃さんが見えるようにして欲しいということだったから、女性陣の同意も得て、憑依関連能力に対して、アザゼルさんとバラキエルさんにも譲渡を終えた。
バラキエルさんは号泣して俺の手を掲げるように取り、深く頭を下げて俺に感謝しながら、俺になら朱乃さんを任せられる、朱乃さんをどうか頼む──と、またもや先走る発言をして、朱璃さんと朱乃さん二人がかりでまたもやとっちめられていたけれど、それでも、バラキエルさんは幸せそうな顔をしている。
「バラキエル親子がこの十年近くずっと抱えていた後悔を、お前らが取り払ったんだ。俺の大事な部下や家族を救ってくれたお前らに、俺も感謝してる。出来る範囲なら何でも協力するからよ、何かあれば連絡してくれや」
アザゼルさん直通の連絡ルートも教えてもらって、互いに多忙であっても、俺は今後とも技術談義に花を咲かせる約束を交わす。結界内の日数はまだ猶予があるものの、今回限りなのは俺もアザゼルさんも望んじゃいないのだから。
そして、この世界の神器は生命体の意識を宿せるものもあると聞き、俺達の世界のインテリジェントデバイスに共通するような部分とか、霊体の朱璃さんの状態をより安定させるために、アザゼルさんが開発・研究を進める、人以外の種族でも宿せるという人工神器をバラキエルさんに持たせ、その神器に継続的に憑依させて、変身魔法の応用で元の朱璃さんの姿に戻れたりするところまでやってしまおうであるとか……。とにかく、俺の知る方法とアザゼルさんの知る方法を組み合わせることで、一先ずの解決策が見えてきていた。
「人工神器の核に魔力や光力を溜め込んでおける魔石を埋め込んで、その力で朱璃が必要に応じて変身すればいいわけだな。朱璃の憑依した魔石の安定と変身魔法のエネルギーを確保するために、使用者による常時魔力等の供給が必要だとか、神器の特性上、使用者から離れられないデメリットがあるが、バラキエルは喜んでそのコストを払うだろうから、問題はねえな」
「常に力の供給が必要なら、私が実力を磨けばいいだけのことだ、問題ない。朱璃や朱乃のためなら、もっと強くなってみせよう」
『こうして話せるだけでもありがたいのに、アザゼルさん、大翔くん、無理はしないでね?』
「ちっと時間はかかるかもしれないが、最高の憑依先を作ってやるさ。大翔、とびっきりの魔石を頼む。出来るだけこっちも試作品を早く作って、そっちにも見せられるようにする。おっし、久々に燃えてきたぜ」
流石に残りの一週間程度で、朱璃さんがこの先宿り木とする、最高級クラスの人工神器やその中心核が出来るわけでもなく、どちらにせよ、核にする素材を互いに持ち合うため、アザゼルさんも俺も互いの研究施設に戻る必要があった。
ただ、作るだけなら、次元空間にしまってある材料で何とか出来そうだけど、今回は良質程度のモノじゃダメだし、魔力は十分に貯めておける魔石となると、原材料の鉱石もいいモノを使わないといけないから。
「俺の組織の副総督には、この件で急に動くことがあるってことは正式に話を通しておく。だから、お前も素材を持ってこっちに来れる目処が立った時点で、連絡を入れてくれればそうは待たせないぜ。俺が抜ける間はバラキエルが頑張るだろう、なんせ家族のことだしな」
「分かりました。アリサ、すずか、戻ったら俺のスケジュールの見直しを手伝っ……違うか、『俺達の』スケジュールの見直しを一緒にやってくれ」
「ふふ、気づいて言い直したわね、正解よ。アンタ一人で行かせるわけがないでしょうが。半日空けられれば、アンタの封時結界で十日前後は稼げる計算になるから、最低でもそれぐらいは何とかしましょう」
「半日……実際は帰宅後の時間も含めて考えればいいから、六時間ぐらいの確保だね、それ以上時間が取れれば、さらに万全ということで」
頷き合う俺達三人の傍で、アリシア・紗月・朱乃さんの三人も何やら話し合いを終えたのか、此方の会話に加わってくる。
「合わせて、一週間ぐらい朱乃さんにも学校休んでもらって、海鳴に来てもらうよ~。こちらの世界と比べると、二か月ぐらい私達の世界が季節も進んでいるから、休学中の勉強のフォローは十分できるし、専属秘書を目指すんなら、可能な範囲でひーちゃんやすずかちゃん達の仕事を見学してもらったほうがいいもん。現場の空気を知るのって絶対、目標への意識が変わってくるから。封時結界も合わせれば、実際の行動時間も増やせるよ」
「それって大丈夫なの? ほら、眷属の仕事とか……」
「おじ様やお父様達にも相談した上になりますけど、部分的に今回の一件を話す形で、お父様との関係が改善しつつあることで、日本のグリゴリの拠点に出向いたりする等、駒王町を留守にする理由を作りますわ」
「うん、嘘は言ってないことになるもんね」
「ええ、一部分だけですが、素直に伝えるわけですから」