※この作品はR-18です。

朱が交われば深紅に染まる   作:ですてに

16 / 121
加筆修正をしました。

感想でも頂きましたが、悪魔陣営は黒歌を追い立て、小猫(白音)に嘘の情報を刷り込み、
危険だからと処分しようとされて、その悪魔のトップに救われるという、
ひどい自作自演を見た、という一面があります。

その辺りを言及していなかったので、朱乃さんに少し触れてもらいました。


第16話 暴露

「色々言いたいこともありますが、あるんですけど……これは卑怯です、朱乃先輩」

 

「卑怯と言われても、店中の甘いものを食べ尽くした後では説得力がありませんよ、小猫ちゃん」

 

「……だって、シュークリームもショートケーキもフルーツタルトもパフェも全部こんなに美味しいなんて反則です。それも自分が満足するまで食べていいだなんて……悪魔の誘惑よりももっとひどい何かです」

 

 翠屋。大翔さん達から聞かされていた凄腕のパティシエさん家族が経営する喫茶店のテラス席で、夕日に照らされながら、小猫ちゃんはそんなことを言うのです。

 拠点に戻ったばかりのお父様を急ぎ呼び出して、あの神父の後始末を依頼した上で、小猫ちゃんと黒歌をこのままにするわけにもいかず、私達はまとめて海鳴へと転移したのです。私はこのまま滞在をする予定ですが、黒歌と小猫さんは翌日に駒王町に帰す段取りを考えていました。

 

「マスターが作るハンバーグも美味しいよ。セットにする?」

 

「!……そうやって、私を丸め込むつもりですか。負けませんから。ですので、パンのセットで」

 

 口元にクリームをつけて表情筋に力を入れても締まりませんし、セットでくださいと言っている以上、小猫ちゃんの籠絡は殆ど完了している状況でした。

 

「桃子さん、俺はもう一度珈琲を」

 

「はい、かしこまりました。うふふ、この食べっぷりは見ていても気持ち良くなるわね」

 

「本当に全部幸せそうに平らげましたからね……奢り甲斐もあるってもんです」

 

 奢り甲斐と大翔さんが口にしましたが、海鳴に戻ってきたことで、今度は大翔さん達に滞在費用はこちらで持つから、とさらりと断言されてしまっているのです。すずかさん達に宿泊に必要な小物の買い出しに連れて行かれたりして、あとは念のためにと、デビットカードも一枚預けられていますから、大翔さんやすずかさん達の懐具合は相当に余裕があるのかも、と邪推してしまいます。

 転移した先に広がっていたのは、広大な中庭に、そびえ立つ巨大な洋館。今晩から一週間お世話になる月村邸と、事前で聞かされていたものの、それでも驚いたものです。土地そのものが広い冥界ではなく、日本でこれほどの敷地を持つ家というのは、それこそ別世界といえるものでしたから。

 すずかさんやアリサが口にしていた、大翔さんの裕福さを利用しようとする性質の悪い虫は即座に排除しないといけないのは、ひょっとして日常茶飯事なのかもしれない。私はそんなことを思うのでした。

 

「玉の輿だにゃ……このまますずか達に飼われるのが正解にしか思えないにゃ……」

 

「ひろくんや私達のプライベートな時間も含めた護衛役は必要だし、黒歌ちゃんが良ければ、真剣に考えてもらえると嬉しいな」

 

 黒歌はほぼ買収完了、というところでしょう。衣食住、心の安らぎを保障され、かつ、自分の力を生かせる仕事もあるとなれば、後は気にかかるのは小猫ちゃんのこと。

 

「……その人は力に酔って、主にも仇なしますよ?」

 

「私達を黒歌ちゃんが手にかけることは無いよ、塔城さん。自分を転生させた外道を手に掛けたことも聞いたけど、理由を聞けばすごく納得できたもの」

 

 小猫ちゃんの警告にも、すずかさんは黒歌を転生させた上級悪魔を『外道』だと切り捨てていく。

 

「……ひろくん」

 

「ああ、すぐに張るよ」

 

 大翔さんが音漏れを防ぐ結界を張り、あの笑顔が素敵なパティシエさんがテラスに通じるガラス戸をそっと閉めてくれて、疑似的な密室の出来上がり。

 食事を取りながら内密な話をする時に、こうして場所を借りることは時折あるらしいと大翔さんが教えてくれた。魔法の存在を知る関係者でもあるから、と。

 

「まず、黒歌ちゃんの仙術や妖術はものすごく高度なレベルだよ。暴走するなんて考えられないし、するとしても、爆発的な攻撃力が必要とか、やむを得ない理由があると思うの。仙術を教えてもらったから、分かったことなんだけどね」

 

「それには同意だな。俺やすずか達の魔力の流れをすぐに見抜いたし、アレを指摘された時は正直、どうしようかと思ったよ」

 

 ああ、房中術の話ですね、多分。すずかさんがこっそり教えてくれて、すずかさんやアリサ達が堂々としていて、大翔さんが悶えてしまうという面白い風景が見れましたね。

 

「黒歌さんの術者としての実力は、お師匠と呼ぶに相応しいからね。お陰で短期間のうちに仙術と魔力の合わせ技も出来るようになったし」

 

「身体強化で、速度も攻撃力も大抵の騎士(ナイト)や戦車(ルーク)にも負けなくなったんじゃないかにゃ。ただ、まぁ気も魔力も同時消費だし、消耗は激しいみたいにゃけど」

 

「逆に気と合わせることで、普段通りの強化だったら消耗を少なくすることも出来るようになったわよね。両方からちょっとずつ使う感じで」

 

「もともと、魔力量がひーちゃん達に比べて少ない私にもありがたい話だよね~」

 

 大翔さんやすずかさん達のやり取りに、小猫ちゃんは愕然としてしまっています。今まで忌み嫌っていた自分の内に秘めた力を、容易く使われているように見えたからでしょう。

 

「仙術ってそんな簡単に使いこなせるものじゃないはずなのに……」

 

「すずか達は教える前から経路が完全に開いていたから、例外の最たるものにゃ。あとは使い方を知ったら、凝り性の大翔中心にあっという間だったからにゃぁ……まぁ、応用はこれからだけど、基本的な使用については問題ないと思うにゃ」

 

「……経路を開くってそんなことが出来るんですか?」

 

「あー、うん。あるといえばあるにゃ。実際、大翔達は自覚なしだったけど、そうしてたわけだし……朱乃にまだ教えられないっていうのも、開いてもらってから教えた方が圧倒的に習得が早いからにゃぁ……」

 

 大翔さんとそういう関係になること自体が、私のさらなるパワーアップにも繋がるのですね。焦りは禁物ですが、すずかさん達との差にじれったさを感じてしまう自分もいます。

 ただ、せっかく拒否反応が無くなりつつある大翔さんに、肉質的に迫ったらまたぶり返してしまいそうですし、うーん、難しいものですわね……。

 それに勢いで、初めての一夜を過ごすのも、やっぱり寂しく虚しいとも思いますし、どうしたものでしょうか……。

 

「話が逸れたから、戻すね。力の使い方も分かってる黒歌ちゃんが、力を暴走させるのは考えにくいってことを言いたかったの」

 

「十年前はまだ、その人も子供でした」

 

「だったとしても、力を暴走させたのは塔城さんのためだよ」

 

「なんで、そんなことが言い切れるんですかっ」

 

 苛立ちを隠さない小猫ちゃんに、すずかさんは僅かに微笑みながら、指を一つ立てました。

 

「一つ目。黒歌ちゃんは寝言でも塔城さんのことを心配しています」

 

「え?」

 

「え? 私、そんなことまで寝言で言ってるにゃ!?」

 

「うん、ほら初めて会って私が傷を癒した後、撫でたまま眠っちゃったでしょ? それが最初かな。それ以降も、私に撫でられてそのまま寝た時に、時々口にしてるよ?」

 

「にゃ、にゃぁあああああああ!」

 

 すずかさんに悪気はないのでしょうが、姉馬鹿を本人の前で晒されている黒歌が悲鳴を上げるのも無理はありません。ああ、悶えて頭を抱える彼女を見るのは、昂ぶってしまいますわ……私だけに仙術を教えない貴女への罰ですわ、うふふ……。

 

「二つ目~」

 

「す、すずか、後生にゃ!」

 

「駄目だよ、黒歌ちゃん。ちゃんと塔城さんへの溢れる思いを分かってもらわないと」

 

「あうぅ……撫でるのは、卑怯にゃぁぁ……はふぅ」

 

 黒歌はゴッドハンドの手に再び堕ちて、椅子に腰かけるすずかさんの太ももを枕に撫でられるがままになってしまいます。あの絶妙なタッチ、指の滑らかな動き。そして、魔力だけでなく、僅かな気を纏わせて、相手のリラックスを促す効果もあって。

 あの気や魔力の繊細な扱い方は大翔さんを模倣しているのでしょうね。大翔さんにマッサージをしてもらう時の自分の心地良さをイメージして……。

 

「日常会話のあちらこちらに、塔城さんの話題が頻繁に出てくるの。ちゃんとご飯を食べているかな、笑えているかな、寂しい思いはしていないかな……私がひろくんのことをたくさん話すのと一緒。大切な人で、気になってしょうがないから、たくさんたくさん、言葉にしてしまうんだよ」

 

「……ひどいにゃぁ……恥ずかしくて死にそうだにゃあ……それなのに、この手は気持ち良過ぎて離れられないにゃぁ……にゃぁ」

 

 ある意味、黒歌には罰めいたものになっているようですが、第三者から姉の自分に対する愛情をさんざん聞かされた小猫ちゃんも、顔を真っ赤にして俯いています。

 傍から見ればどこか微笑ましいのに、当人たちにとってはたまったものではない……そんな沈黙が少しの間流れて、小猫ちゃんが再び口を開きました。

 

「……私は、姉さまが妖力を暴走させて、主を殺してはぐれ悪魔になったとしか聞いていません。だから、同じように暴走する可能性があるお前の力は危険なんだって。でも、先程からの月村さんの言い方はまるで、私の為に姉さまが仕方なくはぐれ悪魔になったような言い方です」

 

「そうだよ? 多分、当時の塔城さんにそのまま事実を伝えたらまずいと判断した悪魔さん達がいたんじゃないかな。幼い貴女にありのままを伝える方が残酷だと」

 

 実際に小猫ちゃんへの配慮で真実を伝えなかった、というよりは、悪魔勢力に取り込めなかった姉の代わりにという思惑はあったのでしょう。すずかさんやアリサも大きな家同士の付き合いで、そういうドロドロとした部分はわりと身近な話だと話してくれていました。ただ、今の小猫ちゃんにそれを素直に告げる必要はない……そう、すずかさんが判断したに過ぎません。

 

 人だから、悪魔だから、ではなく、どの世界にも腐りきった輩は存在していて、そんな者達の悪意に対して屈するわけにはいかないから、実力も交渉術もしっかり磨き続けないといけない──秘書的役割を目指そうとする私に、すずかさんやアリサはそのように心構えを説いていたのです。

 

「……姉さまもいつまでも悶えてないで、何か言ったらどうなんですか」

 

「……落ちついて、小猫ちゃん。これだけ美味しいものをたくさん頂いたのでしょう? ちゃんと心を少しでも落ち着けて話を聞きましょう。この後、すずかさんの家で晩御飯も待っているのですから」

 

 あっという間にハンバーグセットも平らげ、デミグラスソースが口元についている小猫ちゃんの口元をそっと拭い、私はまずは黒歌の言い分を聞くように促しました。ここでの食事代は軽く諭吉さんが飛んでいく額になっているでしょう。私は静かな言葉でその対価を払うように助言したのです。

 なお、言葉の通り、ここでの食事は間食扱い。ですので、私や大翔さん達はケーキやシュークリームを頂いた他は飲み物しか口にしていません。小猫さんの食欲がいかにすごいのかということですね、これは。

 

「白音……」

 

「この後、夕食も待っているのですから、聞くだけは黙って聞いてあげます。そちらの太っ腹な魔法使いのお兄さんに免じて」

 

 小猫ちゃんの問いかけと時を同じくして、すずかさんは手の動きを止めました。黒歌はゆっくりと小猫ちゃんの隣へと移動し、膝を畳んで、腰かける小猫ちゃんを見上げます。

 

「生活の糧を得るために、アイツの眷属になった後、アイツは白音に手を出そうとしたの。私だけが悪魔になるという約束だったのに、同じ猫魈だからと、私だけでは飽き足らず、まだ私以上に身体が出来上がっていない白音を眷属化して、しかも慰み者にしようとしたっ……!」

 

 事情は既に聞かされていた私も、気分のいいものではありません。上級悪魔で貴族層を形成する中に、悪魔以外を下等生物とみなし、おもちゃのように扱う者達がいて、魔王ルシファー様達のような良識ある方達からも簡単に排除できない家の力を持っていると。

 

「だから、力を解放して、そいつを仕留めたのにゃ……だけど、私ははぐれ悪魔に認定され、白音と共にいられないようになってしまった。謝っても許されないとは分かっているにゃ、それでも白音を独りにして、ごめんね、ごめんねぇ……」

 

 最後は涙声になって、小猫ちゃんの膝に縋り付いて、幾度も詫び続ける黒歌。小猫ちゃんの顔は俯いていて見えないものの、縋りつく黒歌の手を払うことは無かったのです。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。