彼の軽口に少しだけ普段の調子が戻ってきた私は、そのまま彼の手を引いて、自宅へと案内を始めたのです。私から大翔さんへ。大翔さんから紗月さんへ。そして紗月さんから大翔さんを通って、また私へと。
私はその感覚に大翔さんへの警戒心はおろか、信頼すら覚えてしまっていたのです。その結果、大翔さんへ私は一つの変化を生むことになりました。家の入口が見えたちょうどその頃に。
「これは……!? 皆、ごめん。流すのは一旦止める!」
「ん? 何かあった……え、えええ?」
『ひろ兄ちゃんの魔力の気配がなんか複雑怪奇になった!?』
言われて、私もすぐに彼の魔力を改めて観察します。そこで感じたものは悪魔の力と加えて、私が忌み嫌う堕天使の力を同時に感じることになってしまったのです。それなのに彼は何故か落ち着き払っていて。
「なるほどなぁ。姫島さんが俺の魔力を吸えた理由が分かった」
入れ替わるように、今度は私が顔を青ざめさせる番でした。それに気づいた彼はまた私、だけに魔力の循環を再開します。先程と変わらぬ暖かでゆったりとした感覚が私を包んでいって、心配はいらないと伝えられているかのようです。
「ちょっと慣れるまでは、姫島さんにしか流せないな。制御できるまで、そんなにかからないだろうけど。というか、制御しないとすずかがどこまで落ち込むか想像できない」
「ひーちゃん、どれくらいかかりそう?」
「互いの話をしている間に終わるかな。一、二時間ってところ。解析にマルチタスクをいくつか当てるからさ」
「うわー、相変わらず、情報処理にかけてはユーノくんと同じ規模の規格外だよ……」
「なので、姫島さん。顔を青くする必要はないので。さ、どこかに目や耳があっても困るから、家の中に案内してもらえませんか」
促されるまま、私は彼らを客間へと案内し、急いでお茶を淹れます。ほんとは時間をかけて、しっかりしたものを出したいけれど、気が急いている今、とてもそんな気分になれなかった。
「はい、どうぞ……急いで淹れたものだから、苦味が強いかもしれませんが」
居間に移動した私達は、互いに自己紹介を済ませ、彼は私の差し出したお茶に口をつけている。紗月さん達もお茶を含んだ後、お茶請けで出した煎餅を美味しそうに頬張っています。その後は、どこか宙を見て、少しぼうっとされているみたい。
「……温まります、ありがとう」
「うふふ、そう言って頂けるとホッとしますわ」
極力、私の胸の辺りに目をやらないように注意していることも、今さらながら気づく。最近、リアスの眷属になったばかりのイッセーくんのギラギラした目とは真反対。私とそう年は変わらないように見えるけれど、情欲を表に出さないことも含めて、意外と女性の扱いに慣れているのかしら。……でも、私へのあの震え方は扱いに慣れている人のものではないし。
「さて、何から話をしたらいいかな……とりあえず、俺の魔力の特性からですかね」
まず、彼が別世界の人間であること。知人の科学者の暴走によりこの世界へと飛ばされてきたこと。
彼の世界はリンカーコアという魔力を蓄積できる器官が体内にあれば、魔法使いとしての素養があり『人』でも魔力を持ち得る世界。紗月さん達は色んな事情があって、一つの身体に二人分の意識があること。魔力を持つ相手であれば、念話という術式を併用して二人同時に話すことが出来るということ。
そして、大翔さんの稀少技能は、魔力を介して相手の力を取り込むことが出来るもの。さらに恐ろしいのは、得た力を与えることもできるということでした。
普通に聞けば滑稽な話だと思うけれど、私はそれを聞いて納得していたのです。
この世界では今までありえなかった『魔力』を持つ人間。それなのに自分の想像やイメージで魔力を放つわけではなく、この世界の魔法使いと同じように詠唱を行使しているチクハグさ。
そして彼に取り込まれた私の魔力がこの瞬間も彼の魔力と溶け合い、混ざり合っていき彼の一部になろうとしていく現実。
「信じられないでしょう。どんな作り話だって」
「信じます!」
思わず、自嘲するように笑う彼の手を取って叫んでしまう私。
心のどこかで、リアスとかにはとても見せられないなどと思いますが、彼の魔力の温もりを感じ、年相応のただの女に戻ってしまっている私は必死に彼に訴えかけます。
「大翔さんの魔力を感じれば、分かります! 貴方は私に嘘など付く必要がありません……!」
こんなにも安心感を与えてくれる力を持つ人が、どうして人を積極的に騙せるだろう。
それに、彼の魔力は人の枠をとっくに超えている。そして、魔力の制御技術も私よりもよっぽど高いはず。そうでなければ相手の調子に合わせて、魔力を循環させるなどままならないのですから。
「あ、この短い時間でも分かってきてるっぽいね、朱乃さん。あ、私やアリシアも名前で呼んでくれて大丈夫だから」
「ええ、紗月さん、ありがとう」
「えっと。話が早くて助かるんだけど、なんか俺一人蚊帳の外っぽい気が」
「そりゃ仕方ないよ。女の直感的な部分の話だし。というか、ひーちゃん。朱乃さんが名前で呼んでることに気づいてる?」
「気づいてるよ、そりゃ。だけど、こっちから聞くのもおかしな話だろ」
「なるほど……気づいてるのに分からないならそりゃ蚊帳の外だよ、ひーちゃん」
大翔さんの手を取っているのに拒否反応が出ていないのは、私に少し慣れてくれたようで嬉しくなります。紗月さん達は相当な美少女なのに大翔さんの拒否反応が出ず、むしろ寄り添うことで震えが止まったりするということは彼の特別な存在でいるからこそでしょうし。
「うふふ、続きをお願いしてもいいですか?」
意識して作る必要もなく、私は普通に微笑みを浮かべている。大翔さんの傍にいられる女性は、自然とそうなるのかもしれませんね。
「あ、ああ。その力は魔力だけに限らなくて──」
『神器』は関係なく、彼個人に発現している力で、彼あるいは相手の魔力を介することで、魔術や技術の類だけでなく、個人の特殊な能力までも取り入れることが出来るということでした。最初は相手側の拒否があると難しかったようですが、能力への熟達が進んだ今は相手の攻撃魔法を受ける等、回数を重ねれば無理やり取り込むことも出来るとのことです。
取り込むだけで奪うわけではないため、相手側の力はそのまま。『複製』するという表現が正しいでしょうか。その中で大翔さんは、私個人の力──私が無意識に彼への信頼を覚えたことにより、私の悪魔の力と堕天使の力を複製してしまったようです。
リアスに限らず各種族に情報が流れれば、争奪戦が起きかねない力です。彼の性格も相まって、味方に出来れば非常に心強い力と成り得るでしょう。ただ、今はそれよりも。
「ひーちゃん、二つの大きな力って、ぼかした言い方されても分からないよ?」
「朱乃さんに話してもいいか聞けてないから。取り込んだ俺自身は分かってしまっていても、勝手にばらしていいわけじゃないよ」
そう、大翔さんは悪魔や堕天使の表現をぼかす形で説明をされました。私への配慮であることは明らかです。
「姫島さん。流れ込んできた大きな力の内、一方の力が澱んでいる感覚があったんだ。こういうのって、本人がその力に対して負の感情を持っている場合が多いから……だから、姫島さんが言いたくないなら、俺からは言わない」
「澱んでいるって大丈夫なの、ひーちゃん!?」
「すずかの本当の力を受け取った時もそうだったよ。自分の力として馴染ませてしまえば大丈夫。力を受け取るってことは、想いも一緒に受け取るってことだと思ってるから、心構えをしっかりしておけばいい話だ」
そして、と前置きを一つ置いて手をそっと握り返しながら、大翔さんは言うのです。
「これでもさ、元の世界ではそれなりに力のある魔法使いと評価されていてね。結構、色んな事が出来るんだ。元の世界へ戻るための転移魔法であったり、転移魔法の準備が終われば、俺は心理操作能力……精神や記憶に干渉出来る力もあるから、朱乃さんの記憶を封じるか、消すことも考えていたんだ」
精神に作用する魔術を使えば、私の記憶を封じることも、改変することも可能でしょう。けれど、私は干渉されている感覚が『一切』無い。そして、大翔さんがその能力をわざわざ私に説明するということは……。
「俺は、この世界がどんな仕組みで成り立っているのか、まだ全然知らない。別の世界に飛ばされた時も、現地の人に強く関わってしまった時は、そうやって『無かった』ことにすることもあった」
別世界に飛ばされたのが、今回が初めてではないのですね。その辺りは、後でも聞けることですし、ただ、苦労されているのだろうという予想はつきました。
「ただ、澱んでいるだけじゃなくて、悲しさとかやるせなさとか、色んな思いが伝わってきてさ。こんな妙な出会い方をしたけどさ、少しでも俺に何か出来る事があれば、と思うんだ」
「お人よしなのですね、それだけはこの短い時間でも、十分に分かりましたわ」
困ったように笑う大翔さん。このお人よしさんに知られてしまったことで、不快な気分はなく、むしろどこかホッとしている自分がいます。
「おぞましい、と思いませんか。二つの力が混ざり合った私を」
「どうして、逆におぞましいなんて思う必要があるのかな。力はどこまで行っても、力だ。それを扱う者の心の在り方で、善にも悪にも、大切な人を傷つけたり、逆に守るための力にも、どうとでも変わるよ。……俺は、自分の心の置き方次第だと思ってる」
きっぱりと大翔さんは言い切りました。視線にも一つの迷いもなく。
「手に入れた力は確実に自分のものにするまで、鍛錬はきっちりやる。自分の意思の元で、力が使えなきゃ何の意味も無いから。力に振り回されるようなら、そんな力は使うべきじゃない。……俺は、そう考えてる」