私は鍛錬が足りません。そのことをまざまざと思い知りました。大翔さんの快感に同調し、共に果てられるように自らの性感も制御するだなんて……。
今取り組んでいる基礎訓練や走り込みもそうですが、すずかさん達の積み重ねた日々というのは本当に大きいです。追いつき追い越すためには、日々の鍛練の濃度を高めていくしかありませんね。
「こんな、長い距離を、毎日走り込んで、いるのですか……?」
「人によって速度は違いますけどね。大翔さんとすずかさんは皆の倍の距離を走っています。ほら、あんな風に」
横で激しく息を乱しながらも、走るのを辞めようとはしないカリムさん。並走する私が指差す方向には短距離走なのかと見間違えるような速度で、この広い月村邸の裏山越えの二周目に入っているお二人の姿があります。それも楽しく談笑する余裕まで。
「大変ですよ、カリムさん。私達は全ての面において周回遅れもいいところなのです。夜の営みにしてもそう……一回一回の経験を確実に糧にするぐらいの心積もりでいないと、大翔さんの隣であの人達に並んで歩んでいくなんてとても構いませんから」
私も話しながらこうして走れる余裕は出てきていますが……早さという意味ではまだまだですし、今日は特にカリムさんに付き添うこともあって、かなりゆっくりめです。なので、身体に負荷がかかるように身体弱化の魔法を自分に施しています。
「一回一回の経験を、しっかり糧に、する……」
「それが出来ないからといって、大翔さんは見捨てる方ではありませんが。ただ、他の女性陣からの視線は厳しくなりますよね」
「真面目な顔して、なんかぶっ飛んだ話してるの……」
「高町さん、もう色々と手遅れなんです」
私に倣って弱化魔法による負荷を強く掛けている高町さんに、毒舌ぶりに磨きがかかっている小猫ちゃんが余計な事を言ってますが、大翔さんを悦ばせられる身体や心、技術を身に付けるのは非常に大切なことですから。
そうすることで自分も深く満たされるという相乗効果もあるわけですし、小猫ちゃんの負荷を増やすことで今の発言は聞かなかったことにしてあげましょう、うふふ。
「あぐっ!? あけ、の、先輩、容赦な、いです……」
「でも、今の負荷でちょうど私と同じぐらいだよ?」
「貴女は本当に人間ですか……!?」
「失礼しちゃうな。大翔くんと同じように基礎訓練をしっかりやってるからこそだよ」
「海鳴は人外魔境ですか……」
小猫ちゃんがげんなりしている間にも、大翔さんとすずかさんは所定の距離を走り終えて身体をほぐした後、そのまま軽い組手を始めています。あらあら、カリムさんの目の色が変わりましたね。大翔さんはサービスの一環でしょうか、聖王の力を解放して戦っていますが……それでも、すずかさんが大翔さんに稽古をつけるような状態になっています。
拳や蹴りのやり取りが目に慣れていないこともあって、時々ブレて見えてしまいますが、十分に早い動きの大翔さんをすずかさんは難なく捌いていました。
「聖王の力を活用することで反応速度は良くなってるし、威力も上がってるね。でも、接近戦に慣れていないせいか、誘いや探りを入れている意図が見え見え。砲撃する時みたいにそつなくやるようにしないとね。慣れた私みたいな相手だと……ほらっ」
「うわっ! ぐっ……」
腕を取られ、宙で一回転させられる大翔さん。そのまま芝生の上へと落とされて、その上からすずかさんが流れる動作で重なるように身体を預けてしまいました。
「ん……はぁ、ひろくんの汗の匂いがするよ……」
「うひゃああ、す、すずか、な、舐めないでくれ! あ、あれ、動けない!?」
「バインドと関節極めの合わせ技だよ? こんなやり方だってあるの……。下手に動いたら痛めちゃうから動いちゃダメ……あむっ」
「ひゃあっ!?」
「朝から何やってるのすずかぁ!」
「抜け駆けは良くないよすずか!」
耳元へ舌を伸ばしたすずかさんと可愛い悲鳴を上げる大翔さんに、やや遅れて所定の距離を走り終えたアリサとフェイトさんが飛び込んでいって、大翔さんは無事救出されていました。しっかり走り終えるのが訓練での約束事でもありますので、危険でもない限り飛び込めなかったのですが……ある意味、これは危険と判断しても良かったのかしら?
「組手なら別にと思っていたら油断も隙もないわね、全く……」
「接近戦の怖さを知ってもらっただけだよ?」
「怖さの意味が違うでしょ! 関節技にしても別のやましい目的のためじゃないの!」
「なるほど……こういうやり方もあるんだね。ねえ、私も組手の練習相手になるよ、お兄ちゃん!」
「すずかやフェイトはほんとブレないにゃ……むしろ安心感すら感じるけど、アリサの胃がもたなくなる日も近いかにゃ?」
「そう思うなら戻ってきてたアンタも止めてちょうだい、黒歌!」
黒歌は軽い走り込みの後、伊集院さんと八神さんの二人を相手に軽い模擬戦を行ってから私達の傍へと戻ってきていました。汗はかいていますが、特に怪我をした様子もありませんし、そもそも被弾を殆どしていないように見えます。
聞けば、一方的な試合だったのだとか。まず、幻術への耐性が低くあっさり嵌めれたこと。嵌められたことが分かった後も幻覚ごと薙ぎ払おうとするお二人だったため、攻撃範囲から外れたところから煽りに煽りつつ様子を観察し、疲れが見えたところを麻痺作用をもたらす気を流し込んで終わったそうです。
「攻撃範囲が数十メートルまとめてとか人間辞めてるとは思ったにゃ。海鳴は人外魔境とよく言ったものにゃ……」
仙術の活用でそれぐらいの距離があっても相手に幻覚を見せ続けられて、かつ、懐まで一瞬に踏み込める速度がある黒歌だから、相性の良さであっさり勝てたということのようです。あんな攻撃特化の連中とまともに戦ってたまるか、というのが黒歌の評でした。
「あれで、融合型デバイスのリインフォースって子と合体して幻術への防御も上がるっていうし、もうほんと人間の定義って何だったのかとか思うにゃ、ほんと」
「ふう……やっと走り終わりましたぁ~。ああ、子狸さんたちは幻影に遊ばれたんですねぇ……途中で地面に刺さっていたのはそういうことでしたか~」
「ちょっと地面に深い縦穴作って、最後に突き刺してやったにゃ。周りの地面もあれだけボコボコにして……直す手間をかけさせた腹いせにゃ!」
少し息を切らしながら走り終えたクアットロさんにタオルを渡しながら、黒歌がなぜかハイタッチをしています。続けて走り終えた私達にも、冷水で絞ったタオルを次々に渡しながら、そのままカリムさんにスポーツドリンクを手渡しています。
「どういう風の吹き回しですの?」
「ん? 私がこのメンバーの中じゃ一番年上っぽいから、お姉ちゃんっぽいことをしようって試みにゃ。私はずっと逃げ回ってたからにゃ……白音が近くにいて、からかって楽しい子達を弄って、すずかに毛並を整えてもらって、仙術の教え甲斐の込める大翔もいる……こんなのどかな時間を与えてくれた大翔やすずか達に与えることもやってみようかにゃ……って、そんなとこにゃ」
周りを警戒せずに眠れる、それが黒歌にとってはとても貴重なもの。しかも、大翔さんやすずかさんの魔力や気の循環込みで撫でられると、強張っている身体も蕩けていくようだというのですから。
「それに、大翔はもっと強くなるし、それに変に勝ちに拘らない所がいいにゃ。五体満足で生きていれば勝ち、ヤバかったら逃げてしまえ……時間さえかければ立て直せる能力や家族が揃ってるんだからって」
「そうですわね……」
「ただ、接近戦の才能は……あんまり無いかもにゃ。自衛と回避、距離を取るための方法を教え込むのがいいかにゃあ?」
唸り声を漏らしつつ、大翔さんの強化案を考える黒歌の表情には影もなく、人杭状態から抜け出してきた二人組のリベンジマッチにも再び幻術に嵌めて煙に巻いてみせるのでした。
◇◇◇◇
「皇貴とはやてにはいい薬になったかもね。広域範囲攻撃で幻影効果を無視出来ない相手も出てくると知れただけでも大きいんじゃないかな」
「普通、百メートルも離れた位置から幻術の影響を受けるとは思わなかったんでしょうね……ま、黒歌や朱乃達の正体はそう簡単に言えるわけもないし」
互いの自己紹介をしたといっても、お兄ちゃんの家族でない人達に朱乃達の正体を伝えるわけもなく。いくら、なのはやはやて達であっても家族の弱点を晒すのは全く別の話だ。
「まぁ、あの攻撃力を捌くのには多少骨が折れたし、あそこにさっきのなのはって子やフェイトが加わるのなら、パワープレイでもどうにかなっちゃうところはあったんだろうにゃあ」
黒歌の指摘通り、今までは罠もまとめて食い破れという感じで、なのはに皇貴とはやての三人はやってこれていた。今回は同行していないシグナム達もいるし、リインフォースがユニゾンすれば五感や精神干渉に対しても対応が可能になるから。
でも、よく考えればここまで幻術を使いこなすテクニックタイプの相手にあまり遭ってこなかった気はする。お兄ちゃんもクアットロ達からステルス機能を受け継いではいるけど、模擬戦でも要所要所で使う感じだったし、三人とも完全にやられた感じがしてなかったのかもしれない。
ただ、私の場合は管理局の目論見もあって、単独で無茶させられることも多かったから、お兄ちゃんの手ほどきで幻術系の魔法や技術は習得させてもらっていた。手数は多い方がいいし、助けられた場面もいくつかあったからね。
フローレス・セクレタリーやシルバーカーテンにディープダイバー……すずかもアリサ達も、気づいているかは別として、朱乃も取得は済んでいるはず。得手不得手は出てくるけど、お兄ちゃんの魔力を根本から受け入れるというのは、色んな『固有能力』も受け取るのと同じだ。魔力を通じて受け取れないのは、お兄ちゃんだけの固有スキルである『吸収』の力と、お兄ちゃんが渡さないと決めたものだけだから。
ただ、クアットロ達には内緒の話。向こうは気づいてるかもしれないけど、私達は自分達から使えるってことをいちいち言ったりはしない。朱乃も余計なことを言う性格でも無さそうだし、事前にお兄ちゃんに確認する分別は持っているから大丈夫そうだ。
「さて、こんな感じでどうかにゃ。マッサージと同時に身体の自己回復力も高まる処置はしたから何とか動けると思うんにゃけど。まー、大翔が慣れてきたら大翔にもやってもらうといいにゃ。房中術を合わせると効果が一気に高まるからにゃあ……」
黒歌は私と喋りながら、鍛錬メニューを意地でもこなしきったカリムの身体を解していた。そこに白音も加えて、気の練習も兼ねさせる意図が合ったらしい。元々、種族的に使えないわけではない白音は、少しずつ感覚を取り戻そうとしているみたいだ。この部屋つきの浴室に入ってからは、黒歌も白音も耳や尻尾を隠していない。
「あ、ありがとうございます。なんとか動けそうですね……」
「のぼせるのを防ぐのも合わせて、水差しから多めに水分は取っておくにゃ。すずかが入る前に水差しを一、二本多めに持ち込んでくれてるしにゃ」
「長風呂になることも多いから、いつも瓶の水差しは一本多めに持って入るようにしてるんだ。白音ちゃんも頑張ったね、えらいえらい」
「……ふにゃあ」
すずかに撫でられて気持ち良さそうにしている白音。うん、猫だね。黒歌も自分から頭を差し出して、すずかに撫でてもらっては満足そうにしている。
「……解析に日数は掛かったけど。こんな感じで取り出せるようになったし、取り込むことも出来るようになった」
「あらあら……本当に、解析出来てしまったのですね……?」
「でも、大翔。駒の色がアンタの魔力色と一緒になってるじゃない」
私達は訓練が終わって、一旦個室に戻って二度目の入浴中。すずかがお兄ちゃんの汗に欲情する場面を見てしまってはそれ以外の選択肢は取れなかった。他のメンバーもそれぞれ大浴場で今頃、鍛錬の疲れを取っている頃だろう。
そんなプライベートルームの浴室で、一息ついた私達はお兄ちゃんの胸元からチェスの駒が出たり入ったりする手品めいたものを見せられていた。昨晩聞いた話から、あれが『悪魔の駒』なんだろうと予想はつくけど……。朱乃や黒歌の目が本当に大きく見開かれているから、お兄ちゃんが彼女達の常識の斜め上をやってのけたんだなというのが伝わってくるよね。
「ひろくん、私のも取り出せる?」
「ちくっとするかもしれないぞ? 取り出す時には蒐集技能を転用してるから、痛みが無いとはいかないんだ。改良はするつもりだけど」
「大丈夫、ひろくんがやることだもん」
「その無条件の信頼は毎度どうかと思うんだけど……いや頑張るけどな」
艶かしい声を出すすずかの胸の中へとお兄ちゃんの手は入り込み、引き抜いた時には確かにお兄ちゃんと同じ形の駒があった。アリサの言ったように、お兄ちゃんの魔力光──深紅に染まった駒が。
「……大翔兄さまからも、すずか姉さまからも変異済の『女王』の駒が出てくるなんて……」
白音のありえないと言った口調から漏れ出た言葉は、この後お兄ちゃんが朱乃達三人に質問責めに遭うのだろうということを予想させるには充分なものだった──。