どうぞお許し下され。
結界内休暇も今日を含めて二日を残すところになった頃、俺は久し振りに同性の友人二人と雑談に高じていた。それぞれに多忙な立場であり専ら画面ごしで話すことの多い二人だが、こうして互いの雰囲気を直に感じて話せるってのはやっぱりいいものだと思う。
「月村様がずっと機嫌いいなとは思ってたけど……なるほどな、これが原因だったか。大翔達の部屋に戻ったら基本出しっ放しにしてるんだったら、猫好きのあの人だ。そりゃ笑顔でいるはずだわ……」
「相変わらず『様』づけは強制なんだね、皇貴は」
「戒めって奴だな、ユーノ。彼女の話題がはやてとかの間で持ち出す時とか、この呼び方が出るからな。増長するなって自分自身を振り返る材料にしてるよ」
すずかの強制暗示は数年経った今でも、皇貴に深く根を張っている。すずかやアリサ達へ害を及ぼす行為を一切禁じ、また、人前であってもすずかを呼ぶ時には『様』付けで呼ばせるなど、すずかは皇貴を許してはいない部分も残っていた。
最初が最初だったものの、皇貴もよく更正したものだと思う。すずかやアリサの心の折り方もまた一桁の年齢にして、非常に苛烈なやり方だったということもあるな……なのはが全力で引いていたのを覚えている。
「大翔、機嫌良さそうに尻尾が揺れてるよ。感情が尻尾の動きで分かるというのも大変だね」
「三人揃ってこうして話を出来る機会もそうそうないからなぁ……。今後は機会があるかどうかも判らない。なぁ、二人はもう結論を出したんだろ?」
俺の問いかけに、二人は頷く。それぞれにどうしても守りたい女性がいる。だから、寂しさは感じても、結論に迷いはなかったはずだ。
「僕はなのはの結論を尊重するだけさ。ただ、海鳴に移住することになったらお世話になるよ、大翔」
「その結論になることを真剣に祈ってる。ユーノの処理能力はこれからの俺には力強い味方になるし、頼りになる友人が側近とか精神的にもすごくありがたいわ」
「なのはへの無理強いは止めてね、大翔?」
苦笑交じりでそう言うユーノに俺もそれはしないと手を振ってみせる。なのはの意思を曲げるのは望むことじゃない。
すずかやアリサの大切な友人で、かつ妹分のようななのはだ。同年齢だけど、どうにも年下のように思えてしまうところがある。また、なのはもこっちをもう一人の兄のように思っている感じだからな。
「俺は、はやての夢を手伝う。これまでもこれからもそれは変わらねえ。ただ、完全に敵に回るのだけは勘弁な、大翔?」
「ああ、俺はすずかやアリサ達を守り抜いていくので精一杯だし、ドクターと協力してミッド自体をどうにかするつもりはない。フェイトへの仕打ちに対しての報復行動はきっちりやるけどな」
「フェイトの件については、結局俺らの力不足でもある。それについては手を貸すことは出来なくても、別に止めもしない。……すまねぇ」
「正直、皇貴やはやて達の足を引っ張る連中と殆ど被ってるからね。皇貴たちの政敵でもあるから、ここらで閑職に飛んでもらうのもいいだろうさ」
「黒くなったなぁ、二人とも」
「友人に恵まれたからな」
「友人に恵まれたからね」
声が重なった二人に、それなら仕方ないと笑う俺。貴重な時間をまた過ごせることを祈りつつ、それぞれが選ぶ道が切り開かれていくように願うだけだった。
◇◇◇◇
「えっと……どうドクターへの報告をまとめればいいのでしょうかぁ……属性てんこ盛り過ぎますよぉ……」
「猫又悪魔堕天使になりました、で駄目なわけ?」
「頭が沸いたのかって言われるのがオチですよぉ……」
男性三人組が旧交を温める中、大翔さんと引き剥がされたすずかさんを宥めながら、女性陣は女性陣でお茶会に楽しんでいました。そんな中、クアットロさんは自分の組織及び家族の長である、ドクター・スカリエッティへの報告書をまとめているようなのですが。
「あれやねんね、大翔くんから能力ちょうだい~じゃないねんな?」
「データの収集と分析はさせてもらってますけどぉ、あくまでそのデータを元に自分で作る!……のがドクターの主義みたいでぇ。なんでも大翔さんのお手軽さに負けるようで、科学者兼開発者としてはその選択肢を選んだら終わりとかなんとか……」
「悪の美学、ちゅーやつかな?」
「なんか違うと思うの、はやてちゃん」
「おおそのノリツッコミ。少しは調子戻ってきたな、なのはちゃん」
「それにぃ……最近、私はドクターの悪巧み計画からは外されてますから~。大翔さん達を通じて、皆さんに近すぎるからと。信じるかどうかは知りませんけどね~」
「なんやそれ初耳やん!」
「いや、大翔さんを異次元にぶっ飛ばす実験をしょっちゅう繰り返すお陰でぇ……私がサポートをメインでやり続けないとまずいってこともありますしぃ、大翔さん自身のデータ計測と分析だけでも、正直お腹いっぱいというかぁ……」
「……ああ、アンタも苦労してるんやね。上の連中ってのは勝手なところあるし、後始末するのが現場の人間ってのが分かってへん!」
苦労人ポジションのクアットロさんに、八神さんが本気で同情してるように見えます。クアットロさんも同調して、互いの上司への文句をぶつけ合って肩を組み合い始めてしまいました。
「クアットロがスカリエッティの計画から外れてる、か。実際どうなんだろう」
「うー、信じてもいい気がするんだけど、私」
つい最近まで嘱託職員だったフェイトさんと、現役のなのはさん。彼女の言動が気になるようですが、訓練で身につけつつある気の流れを見る限り、彼女の言うことは本当と思えます。少なくとも本人はそう信じているというところでしょう。
「クアットロちゃん、海鳴にいることがほんと多いよ。ひーちゃんのデータ、日々更新されてく勢いだから泣きそうになってる。膨大なデータをドクターに資料として提出できるレベルまでまとめるのが大変だって」
『ひろ兄ちゃんとすずかが泣きつかれて、手伝ってる時あるよね』
「うん。隈が濃くなった顔でお願いしますって言われるとね……お礼にひろくんが作る魔石の材料になる良質な鉱石もくれるから、アルバイトで手伝ってるかな」
マルチタスク運用の訓練も込みなのだそうです。今後は私もどうかと声を頂けたので、訓練がてら参加させて頂くとしましょう。なんとか並列思考の数を三つに増やしたいのですが、強引にやろうとすると激しい頭痛も伴うのでこればかりは地道な訓練しかなさそうですね。
「ここでは喧嘩しないし、互いに知られちゃマズい情報は口にしないって暗黙の了解があるけどね……口にしたってことは隠すつもりもないってことなのかなぁ」
「ここでやり合ったら永遠の出禁が待ってるもんね。お兄ちゃんはやると思うし」
「実際に一悶着起こしたクロノくんが出禁食らってるもん。海鳴への転移を強制的に遮断されるんだって」
「ああ、クロノ提督は真面目ですが融通が利き難いところがありましたからね。最近は随分改善されたように感じましたが」
「……リンディさんやエイミィ、カレルにリエラが遊びに来る時も、クロノだけ来れないのは相当キツいみたい」
「家に帰れないとこぼしていたことがありましたが、本当だったのですね……」
カリムさんも立場柄、フェイトさん達が話題に出す相手をご存じだったようです。話を聞けばご愁傷様というところもありますが、大翔さんを怒らせるというのはそういうことなのでしょうね。
「ただ、海鳴って子育てにはいいんだってエイミィが断言してるし、引っ越す気はないっていうし。リンディさんも桃子さんや母さんがこちらに住んでいるから、ミッドを居住にする理由は無いみたいだからね。通信までは阻害されていないし、自分達が逢いに行けばいいからって」
「単身赴任クロノくんなの……」
「大翔様は、あの実力者であるクロノ提督にも干渉が出来るのですね……流石ですわ」
「実際には、すずかも協力してるだろうね。お兄ちゃんは優れた術者だけど、全ての転移魔法を防ぐとなるとなかなか難しいよ。多分、すずかの強制暗示を組み合わせてるんじゃないかな」
大翔さんの敵は私の敵だと笑顔で言い切るすずかさんです。迷いなく仕掛けるでしょう、それこそ微笑みすら浮かべたままで。
「……ふぅ。気の取り込み方がちょっとつかめてきた感じかも」
「そうそう。上手よ、すずか。白音も大翔に魔力や気を流してもらうようになってから、随分と制御しやすくなってるにゃ」
「取り入れていい気の種類を、感覚で教えてもらえましたから。……兄さまみたいに、悪い気をあえて手のひらに集めて相手にぶつけるのは暴走しそうで怖いですけど」
「大翔は改造大好きさんだから真似は厳禁にゃ。悪い気を僅かに取り入れて反発力で破壊力を増すとか、常識をすぐに投げ捨てるのはいかがなものかと思うにゃ……」
「ふふふ、黒歌ちゃんが驚くぐらいのことなんだね」
「いや、驚くというか、呆……ううん、まぁいいにゃ。多分、大翔のアレは普段ちゃんとしてるところの反動で、技術面の自重を止めてるんだろうしにゃぁ……」
そのすずかさんは座ったままでも出来る事ということで、気の運用を黒歌に見てもらっていました。私も今、気を見る練習をこの場でも続けていますし、それぞれが努力を重ねています。ああ、小猫ちゃんの気の練り方、この何日間ですごく上手になってますね……。
「大翔はすずかや朱乃達との交わりがそのまま、気の循環訓練を兼ねてるからにゃあ。自分でも確かに言ったけど、房中術万能主義と化していてそれでいいのかと今までの自分を疑ってしまうにゃ。いや、私も繋がるのは別として、気を流し合うだけでも澱みとか取れるし、非常にありがたいんにゃけどね」
「兄さま、一人ひとりに合わせるのが当たり前の人ですから、調整の練習をずっとやるようなものですよね」
黒歌や小猫ちゃんが魔力や気の循環をしてもらうように、カリムさんも大翔さんの手ほどきを受け始めています。毎日、身体を訓練で追い込んでも、疲れをしっかり取って翌日に望めるのは大翔さんの治療があってこそでした。
大翔さんから技能自体はまだ付与されていない三人ですが、基礎魔力や気が増加傾向にあるらしく、大翔さん自身をこの輪以外の人と安易に親しくさせては危険との認識は強く持てたようです。
「海鳴、戻ろうかな……頻繁に大翔くんのケアも受けれるもんね……」
「ボディーガード募集中だよ、なのは。なのはなら私達安心してお願いできるし、魔導師としての力も活用できるよ」
「私には今でも魔法しか無いと思っているけど、ユーノくんも大翔くんも違うって言い切ってくれるんだよね……ただ、エリオやキャロをどうしよう……」
「うーん、私が保護したとはいえ、ほとんど任務でミッドの自宅にいれない私の代わりになのはが見てくれていたから……」
話を聞けば、フェイトさんが任務で保護した少年と少女とのこと。写真を見せてもらいましたが、凛々しい男の子と可愛らしい女の子が並んで笑っている姿がありました。
エリオ君はもともとフェイトさんと似た境遇にあり、重度の人間不信に陥っていた彼を辛抱強い説得と献身により徐々に立ち直らせた経緯があり、キャロちゃんにしても強力なレアスキルを持つために、能力を危惧され故郷の集落を追放され各地を転々とする生活だったと言います。
「大翔様にご相談するべきですよ、お二人とも。多分黙っておられるほうが、悲しまれるのではないでしょうか。朱乃さんも、そう思いませんか?」
大翔さんとの距離を徐々に縮めつつあるカリムさんが、事情に詳しくないこともあり聞き役に徹していた私にあえて問いかけてきます。
「エリオくんやキャロちゃんがお二人と離れ離れになることを望まないのなら、海鳴に戻ってくることで生じる二人のこれからを、大翔さんに相談するのは必要だと思います。あの人はそんな境遇の子供達を放っておける人じゃないでしょう。……家族以外守らないと言いながら、助けを求められれば全力で手を伸ばすお人好しさんです。だから、私も助けられ、これからの彼の力になると決めたのですから」
カリムさんも私も、もちろん目の前の高町さん達も、そんなことは十分分かっていて。ただ、また大翔さんに負担をかけることを躊躇っている。ただ、大翔さんが手を伸ばすと決めれば、細かい部分は私がやればいい。カリムさんもそう考えている。
「判断は大翔さんに。その結論のもと、彼の手が足りないのなら私がその手になります」
「ふふ、朱乃さんの言う通りです。私も大翔様の手足となりますから」
「……うん、そうだね。大翔くんに相談してみるよ」
「お兄ちゃんに負担をかけたくないって思ったけど、でも、そうだね。お兄ちゃんの庇護のもとで、私やなのはが守ればいいんだ」
弟や妹のいない私です。それもきっと新たな経験になる。そう、大翔さんが受け入れる以外の選択肢を選ぶなんて想像もしていないし、疑う人はここに一人もいないのです。