「小猫、大丈夫? 急に体調を崩したみたいだけど、明日は来れそうなの?」
「リアス……病気の後輩に矢継ぎ早に質問をぶつけてどうするのよ……。はい、塔城さん。台所をお借りして温かいうどんを用意したの。盆に乗せているからそのまま食べたらいいと思うわ」
「ありがとうございます、部長、会長。頂きますね」
支取生徒会長──まぁ、関係者だけの時はソーナ会長とお呼びすることが多いですけど──が来てくれたのは正解でした。幻術と変身魔法の併用で、少し体調の悪い自分に見せられているはずですが、いつもの調子でガンガン話しかけてくる部長に歯止めをかけてくれます。仮病なのが申し訳ないとは思いますけど、黒歌姉さまの本当の気持ちであるとか、私にとって結界内での数日は必要な時間だった。だから、私は体調の悪い自分をしっかりと演じるだけです。
おっ、特盛サイズの月見うどんとはなかなか分かっていらっしゃる。熱々で美味しいです。ちゃんと卵も白身になっていますし、さすが会長ですね。料理は上手なのに、なんでお菓子作りだけは大失敗してしまうんでしょうか。眷属の皆さんはお疲れ様です。
「朱乃も急に一週間程度学校を休むことになって、小猫も体調崩したとなってはオカルト研究部もほとんど開店休業状態よ。イッセーの契約取りのサポート程度ね、やってることにしても」
「リアス、静かに食べさせてあげることは出来ないのですか……全く」
大丈夫です、会長。食べることに夢中ですから。といってもお腹は満たしてから部屋に戻ってきているので、実は振りですけど。
『にゃにゃ、感度良好にゃ』
うどんを半分ぐらい食べ終わる頃に姉さまから念話が飛んできました。大翔兄さま達の魔法体系では基本技術らしいのですが、次元を超えても互いの魔力や技能次第でやり取りが可能という、奥が深い技術です。黒歌姉さまも次元越えでも問題なく会話出来るようにと、随分と熱心に取り組んでいたのです。
『海鳴のアリサ達とも無事、念話が通じたにゃ。次元を越える場合は転移と同じく座標計算をしっかりしないといけないし、感覚で何となくが出来ないのが面倒にゃ……』
『むしろ感覚で仙術や妖術を使いこなせる姉さまが怖いです』
『えー? 自然の気の流れをそのまま生かすか、ちょちょいと弄るだけの話だにゃ。ただ、座標計算は感覚では出来ないからにゃぁ……』
これだから天才肌って人は……いえ、都合の良い時だけ悪魔になる猫ショウでした。言葉にしてみると、ますます性質が悪い気もしますね。
『うどんを熱心に頂いてる振りをして……いえ、実際美味しいんですけど。部長の愚痴も適当に流してるので、こちらは問題ありません』
目の前で部長から色々話しかけられてますが、適当に生返事を返しておきます。問いかけだけには反応して、曖昧な答えにしておきます。『今の体調では分かりません』という趣旨で答えておけば、正式な回答を先送りにも出来ますから。
兄さまから魔力を通じて基礎を教えてもらえた、マルチタスクって便利ですよね……これだけでも、兄さまを知り合えたことが大正解と思えます。二つの思考を同時に出来るだけで随分と色んな取組みへの効率が変わってくるわけですから。目指すは三つの並列思考ですが、時間換算で二週間ぐらい先に取り組んでいる朱乃先輩も三つ目の並列思考の完全獲得までは至っていませんから、これはじっくりと訓練するしかありません。
なお、感覚でモノを覚える姉さまは四つ目の獲得に挑戦中です。……羨ましくなんかありません、ありませんから。なお、すずか姉さまやアリサさん達は五つ、兄さまは二桁だそうです。目標はお姉さま方と並ぶ五つですね。それ以上は、個々の才能にも拠ってくるのだとか。
『こっちはちょっと面倒なことになってね~。とりあえず事態は収まったけどにゃ』
『一体、どうしたんです?』
『……私を賞金首みたく追ってきた悪魔達とかち合ったにゃ。大翔が瞬殺してね、カッコ良かったにゃけど、その様子を手薄なグレモリーの代わりに警邏してたシトリーの女王に見つかっちゃって……。そっちには連絡させないようにとりあえず拘束してるんだけど、大翔にまた迷惑かけちゃうにゃ……』
確かにまずい事態、ですね。でも、大翔兄さまにすずか姉さまもいるのであれば、対処はなんとでも出来る気がします。なにせ、通信を黒歌姉さまに任せているということは、兄さまが既に対応に入っていると考えるのが自然で……。
『もう、黒歌ちゃん。心配ないよ、この女王さん……真羅さんだっけ、もいざとなれば心理操作で記憶をぼやけさせてしまうから。あ、瞬殺といっても、衝撃で気絶させただけだし、襲撃者の記憶はもう処理したよ。明朝ぐらいに目覚めたら、黒歌ちゃんを発見したけど逃がしてしまった──そんな感じになってるから』
案の定、すずか姉さまが私達の念話に加わって、既に動いていることを教えてくれました。兄さまの戦いぶりを嬉しそうに解説してくれました。障壁で複数の同時攻撃を全て防ぎ切った直後に、視認困難な速度で人数分放った無属性の砲撃魔法により顎を揺らして、あとはその間に背後に回り込んだナハトがこつんと頭を小突いて気絶させたのだとか。
避けられないぐらいの速度でかつ的確に顎に当てるとか、兄さまは射撃や魔力操作の訓練をどれだけ重ねてきたんでしょうか。フェイトさんのお母さまが厳しい方で訓練に妥協を許さないとは聞いていますけど、内容を聞いた皆さんの顔が青ざめるぐらいと言いますから……ちょっと想像したくないですね。
「そんなわけで今日は帰るわ。小猫、明日来れそうだったらメールちょうだいね?」
「はい分かりました、部長」
「お大事にね、塔城さん」
「今日はありがとうございました、会長」
多分、時間を空けずにお会いすることになりますけどね、会長。言わぬが花というやつです。
◇◇◇◇
「むー、転生組がいるから期待したけど、騎士はいないみたいだなぁ。兵士ばっかりだ。ただ、これはこれで助かる。兵士の駒の性質が分かったしね」
蒐集技能を使って、気絶させた襲撃者達の内で所有している者がいた兵士の駒へ接触を試み、解析を終えた大翔さんは一回、二回と頷いて自分を納得させていました。
襲撃者は四名。あっという間に意識を奪った大翔さんとナハトのコンビですが、間の悪いことに遠目からとはいえソーナ生徒会長の眷属である真羅副会長に見られてしまって、私や黒歌は幻術や変身魔法で姿をごまかしつつ、詰め寄ってきた彼女をひとまず拘束したのです。
「隠す必要ないと思うよ、二人とも。念話で白音ちゃんにも言ったけど、この後の話次第で干渉するつもりだし」
「まぁ一応、この子の主が合流するまではとりあえずこのままでいるにゃ」
すずかさんの声はいつも通りですが、敵対するのであれば容赦なく記憶を書き換えるつもりだと言い切っています。大翔さんの敵は迷いなく排除する……すずかさんがずっと徹底していることで、絶対にこの人を守るという意思を持ち続けているのです。
「すずか、まだ分からないだろ? 念話で彼女の主に声をかけたけど、もう一人のお連れさんには悟られないようにしてみせたじゃないか」
「冷静だよね。さ、白音ちゃんの部屋の前で落ち合うって話だから、私達も行こうよ」
副会長は魔力による猿轡に、手足を拘束魔法で動けなくされている状態です。外そうと懸命にもがいていますが、拘束の輪が着用者の魔力を蒐集する効果も持ち合わせていて、足掻くほどに加速的に疲労感が強くなるという代物になっていました。
そんな彼女は私も使ったこともある風魔法の応用で、椅子に座るような格好で私達と同じぐらいの目線まで浮かされ、そのまま私達の移動に伴い追尾する状態です。
「暴れるとどんどん魔力を吸われていくよ。貴女の主と合流したら、拘束を外すから大人しくしていてくれると助かる。あ、その空気椅子、寄り掛かることも出来るから。信じるかは貴女次第だけど、椅子に座ってるような感覚があるでしょ。背中についても同じことだよ」
「ぷはっ、し、信じるとでも……きゃっ!」
椅子に座らせられた副会長は猿轡を外されて、早速抗議の声をあげようとするのですが、悪戯大好き黒歌がすぐに彼女の肩を押し、見えない背もたれに寄り掛からせてしまいます。
「えっ、嘘、この感触……ソファーの背もたれみたいな……」
驚きに彩られた彼女の表情に、黒歌が目を輝かせて大翔さんに詰め寄ります。副会長を実験台にしたんですね、この駄乳さんは全く。
「大翔、大翔! 私も自動追尾空気椅子座ってみたいにゃ!」
「うん、いいよ」
早口で二、三言呟いた大翔さんは、黒歌を誘導し透明の椅子の位置を示します。背もたれなどの感触を確認した黒歌は楽しそうに腰を下ろしてはしゃぐ始末でした。
「ふかふかのソファーに座ってるみたいにゃ。これはすずかの部屋のソファーと遜色ない座り心地にゃ!」
「お褒め頂き嬉しゅうございます、お嬢様」
「うむ、苦しゅうないのにゃ!」
そんな芝居めいたやり取りをしながら、私達は小猫ちゃんの部屋の前へと移動していきます。辺りへの認識阻害の結界を展開しながらの移動ですが、結界の効果範囲を常に調整するって結構、いい訓練になりますね。
「認識阻害の結界を張っていても急激な力の動きに対しては、今拘束させてもらってる彼女みたいに察知されたりするみたいだけど、ただ、一般の人が入り込まないようにするのを考えると、可能な限り展開し続ける方がいいね」
「はい、そうで……あっ!?」
「大丈夫、無理に返事をしなくていいよ。俺もちゃんと見てるから、制御をしっかり出来るように心がけてみて」
移動式の結界って常に演算が必要な状況なので、綻びが出そうになるのですが、その辺りを大翔さんがフォローしてくれるので本当に助かります。並列思考の一つを完全に結界維持に割いて、それ以外の意識で副会長の様子を見るのですが……あら?
「わ、私、このまま連行されて……前に読んだアレで見たような感じで、強引なのに優しく奪われてしまうのかしら……この女の人達は既にこの人のモノみたいだし、でも……」
背もたれに寄り掛かり、不安そうな顔をしながらどこか期待を持ったような瞳をして、なにやら呟いています。漏れ聞こえる言葉の内容からは、何か過激な少女漫画でも読んだことがあるのでしょうか。副会長とはそこまで深い交友があるわけではないので、彼女の趣味までは分からないのですが。
「にゅふふ。変に乱暴にされないからって、疑心暗鬼になってるかにゃ?」
ちょっと違う気がしますよ、黒歌。結界維持に多くの意識を割く私は下手に突っ込みも出来ず、小猫ちゃんのマンション前に辿り着く頃には入口前に立っている小猫ちゃんと支取会長の姿がありました。認識阻害の結界も極端に強度が高いものではないため、あちらも私達を難なく視認できたようです。
「会長、申し訳ありません……」
「怪我が無いようで何よりです、椿姫。……彼女を離してもらえませんか」
「いくつか条件を飲んでもらえるのなら、すぐにでも」
「そちらが私の脳に直接伝えてきたように、他の眷属は呼んでいません。話を聞くのはこちら側は私と椿姫のみ。それでいいのですよね?」
「はい、こちらも明確に敵対されない限り、そちらや貴女の大切な仲間を害する意思はありませんので」
「……今はその言葉を受け入れるとしましょう。それにしても、見事な魔力制御ですね。風の力とは思いますが、椅子のように出来るとは」
会長は魔力制御においては、若手悪魔の中でも一歩も二歩も先に行っている方。それだけに大翔さんの魔法を見て、感じる所があったようでした。
「水、あるいは風属性を扱える素養があれば、鍛錬次第で出来るようになりますよ」
「……私も水の扱いは得意としていますが、そこまで形状を安定させるとなると相当な魔力を消費しますし、また長時間維持できるかとなると何とも言えませんね」
「術者の自動追尾機能もついてますしね……才能の無駄遣いですよ、ある意味。部長は帰りましたし、そろそろ外も冷えてきました。部屋に入りましょう、みなさん」
小猫ちゃんの勧めで、彼女の部屋へと移動する私達。その間、会長が小猫ちゃんに部長への裏切りを指摘するような声をかけますが、小猫ちゃんはどこ吹く風。部長を裏切ってなんていません、としれっと返してみせたのです。
「さてと、温かい飲み物も入れてもらったところで……まず、急に彼女を拘束させてもらった理由なんですが」
部屋の中へと入った後も、手足を拘束された副会長はすずかさんの隣に連れられ、会長は私達と一人で相対する形となっていました。空気椅子の高さ調整も施され、座椅子に座るような格好になった副会長と黒歌ですが、その変化の早さにまた会長や副会長が驚きの色を見せます。
「二人とも、もう解いていいよ」
幻術などを解いた途端、会長や副会長の顔がさらなる驚きに染まります。現れたのは、私と猫耳や尻尾を隠さない黒歌。そして、耳や尻尾を出した小猫ちゃんです。
「えっ……!? 姫島さん!?」
「それだけではありません、椿姫。SS級はぐれ悪魔の黒歌まで……! 塔城さんの姉とは聞いていましたが、まさかこんな形で会うとは思いませんでしたね」
「あ、悪いけど、もう悪魔じゃないにゃ。ほら、僧侶の駒二つ、もう身体から取り出されてるにゃ、このとおり」
黒歌が指でつまんで揺ら揺らと揺らす僧侶の駒二つも目の当たりにして声も出ないという感じで、目を限界まで見開いてしまうお二人。ただただ驚愕に支配されている二人へと、大翔さんが声を掛けます。
「見ての通り、朱乃や黒歌さんや白音ちゃん、そちらだと小猫ちゃんでしたか。三人とも、俺の大切な家族となる人達です。そちらの……えっと、真羅さんでしたか。彼女に黒歌さんへの追手を無力化するところを見られてしまったので、やむなくこんな形で強引に話をさせてもらう場を整えさせてもらいました」
「ちょ、ちょっと待って下さいね……少しだけ自分でまとめる時間を下さい」
眼鏡のブリッジ部分に指を当て、瞳を閉じて深呼吸をする会長。どこか呆然としたままの副会長。彼女の拘束輪はすずかさんの手により外されますが、それでも彼女は脱力したまま動けない状況でした。
ただし、部長はチョイ役なのであった。悲しいけど、これ(ry