その後、大翔さんは悪魔や堕天使の力の把握のために、一つの魔法を神社全体を覆うように発動します。『封時結界』──特定の空間を切りとり、時間信号をずらす魔法。大翔さんはさらに改良を加え、元の時間軸との時間の流れさえ変えてしまったのです。
「この中での一日が、結界外の一時間に相当する、ですか……!?」
「ひーちゃんの一番得意な系列だよ。時空や時間に干渉する、次元魔法なんだよ」
アガレス家だけが使用出来る、時空に関する魔法。それに近しい魔法を慣れ親しんだように使う大翔さん。紗月さん達が驚いていない以上、彼にとっては難しくないことなのでしょう。
その後、縁側に腰掛けた私達と距離を空けて、彼が私から渡された魔力を、発動させては消したり、力の把握に努める中、私はアリシアさんと話をしていました。
「この念話というのは、便利ですね……」
「私達の世界の術式だから、ひーちゃんの魔力が馴染んだ朱乃さん以外だと、取得に手間取るかもしれないけどね」
言葉に出さずとも、魔力を利用して、直接頭の中へと意思を届ける方法。大翔さんの魔力が馴染んだことで、私もお二人にやり方を聞いて、扱えるようになっていると気づきました。アリシアさん達が念話で話してくれることで、私が使えるようになるのもそう難しくなかったのです。
『基本、こういう初めての場所だと、紗月に表に出てもらってることが多いんだよね。やっぱり、悔しいけど人生経験値が違い過ぎるもん』
必死に隠すことでもないからと、アリシアさんと紗月さんが一つの身体を共有している理由を聞かされ、その流れで紗月さんが二度目の生を過ごす身の上であることも伺いました。
「結局、私はひーちゃんじゃないとダメだったんだよね。だから、魂が離れてしまっていたアリシアを引きずって、同じ身体に入って、それでもひーちゃんの傍にいるんだ」
一度目はあまりに早く大翔さんを喪うことになり、子育てを終えて、息子さんが独立した後、お孫さんの誕生を見届けて、紗月さんは役目を果たしたとばかりに、その生を終えたと言います。
「ひーちゃんともう一度家族になりたい。一緒に子供を育てて、孫が庭で遊ぶ姿を縁側で一緒に見守りたい。そんな夢を、私はどうしても叶えたかった」
『つられて、私もひろ兄ちゃんに惹かれて、一緒にいることを望むようになったんだよ』
それを聞いて、思ってしまう。
そこまで、一途に一人の男の人を思い続けられる、紗月さんへの羨望。そして、お母様は、似たようなことを思ったのだろうか。お父様と私と共に、そんな老後の夢を願っていたのだろうか、と。
『ねえ、朱乃さん。私達、ちょっと狡い力があってさ、ひろ兄ちゃんが濁した、朱乃さんの秘密って分かっちゃってるんだよね』
「……えっ!?」
この二人にも、私の力がばれている? 混乱する私に、紗月さんがそっと私の手に自らの手を重ねて、呟きます。
「大丈夫、朱璃さんが教えてくれたの。そこからは、私達のお節介なんだけど」
「お母様、が?」
困惑は深まるばかり。それでも、紗月さんの言葉からは、嘘は感じられなかった。
「……朱璃さんは亡くなった後も、守護霊に近い存在として、朱乃さんを傍で見守り続けているの。アリシアと私が一つの身体を強引に二人で使うようになってから、そういう霊体みたいな、声なき声が少しずつ聞こえるようになってね」
「精霊や霊との対話が、可能ということですか!?」
「うん。今では、短時間なら憑依させることも出来るようになったんだよ。そのまま乗っ取ろうとする輩もいるんだけど、ずっと身体を貸しっ放しにするわけにはいかないから、無理やりにでも返してもらうぐらいの力はあるし。だから、朱乃さん。朱璃さんの話を聞いてあげて」
◇◇◇◇
アリシアと紗月特有の術式の発動に気づき、俺は一旦手を止めて、二人の方を見る。アリシア達に抱擁され、子供のように泣く姫島さん。そして、アリシアがまとう気配は、全く知らないものだった。
『少し待ってあげて。いつでも取り戻せるようにしてるし』
『身体と並行思考の一つを貸してるだけだから、大丈夫だよ。ひろ兄ちゃん』
即座に二人の念話。身体の制御を誰かに貸しているようだが、手は打っているらしい。ならば、あと少しで終わりかけていた、この世界の次元座標の割り出しと、姫島さんの二つの力の掌握を済ませてしまおうか。
「感謝しますわ、アリシアさん、紗月さん」
『もともと一つの身体に二つの意識をやってきて長いから、少しぐらいならなんてことないよ』
『むしろ、朱璃さんが私達の意識に引っ張られないように、危ないと思ったらすぐに出るんだよ? 機会はいくらでも作ってあげるからさ』
声は紗月達のものだが、話し方や口調は姫島さんによく似ている。アリシアが出した名前から考えれば、朱璃さんというのは、姫島さんの母親だろう。しかし、身体を借りるということは、彼女は既に……。
「ずっと守護霊のつもりで頑張ってきたのだけど、まさか、こうして朱乃と直接また話が出来るだなんて……ほら、朱乃。いつまで泣いているつもり?」
「だって、母様が、母様が! うぅーっ!」
「あらあら、仕方のない子ね」
そう言いながら、姫島さんの髪を梳く彼女は、母親の愛情に満ちている。かつての紗月と同じように、無性の子供への愛を注いでいた。
『身体のぐらつきや、気が遠くなる感覚が来たら限界間近だからね。朱璃さん、だから今日はそろそろおしまい。手段は得たんだから、焦りは禁物』
『それで、こっちの世界の使い魔の話、もっと聞かせてよ。ひろ兄ちゃんと私達が力を合わせれば、朱璃さんが実体を持てるかもしれない』
「そう、ね。こんな機会をもらって、すぐに消えてしまうなんて、勿体なさ過ぎるもの。朱乃、だから、こうやって触れ合うのは『また明日』、ね?」
言葉にならずに、必死に頷く姫島さん。そんな彼女の頬に手を当てて、姫島さんの母親は一つ宿題を出した。
「明日までに出来る限り、この方達に説明を進めておきなさい。私は私で、アリシアさんや紗月さんに説明をしておくから。貴女自身のことも含めて、ね?」
もう一度首を縦に振るのを確認した母親は、姫島さんの頭をそっと撫でてから、身体の所有権をアリシア達に返すのだった。
「今日一日で、信じられないことばかりが起きますわ……」
自分を取り戻した姫島さんと普通に話が出来る頃には、結界外と時間が乖離しているとはいえ、俺達はちょうど空腹を感じる時間帯になっていた。この後も長い話になるだろうからと、まずは夕食作りということで、台所に立っていた。
この間、アリシアと紗月は、霊体に戻った彼女の母親から、色んな説明を受けて、データにまとめていく作業をしている。後で、俺がまとめて目を通せるようにと。
「アリシアと紗月は、一つの身体を二つの意識が共有する、特殊なケースだからね。その影響からか、魂や霊体と意思疎通が出来たり、あんな風にイタコさんみたいなことが、徐々に出来るようになっていったんだ」
俺が簡単な炒め物を何皿か作っていく横で、姫島さんは煮込み料理を仕上げにかかっていた。食欲をそそるいい匂いが、俺の鼻をくすぐってきている。
「ただ、あの二人はそれぞれの自我をしっかり持ってるから、憑依した側が飲み込まれかねないからね。姫島さんのお母さんの憑依時間を区切ったのも、そういうところだろうな」
「後から思えば変な感覚だったと思いますわ。姿格好はアリシアさん達のものなのに、仕草や雰囲気は、お母様そのものだったんですから」
姫島さんから得た力の一つ、堕天使の力を嫌悪する理由。それは恐らく姫島さんのお母さんや、話題に一度も上らないお父さんに関係があるのだろう。だが、彼女の口から語られない限り、自分から踏み込むべきではないというのが基本的なスタンスだ。
俺には、すずかやアリサ、紗月達という、絶対に守るべき相手がいる。だから、負担にならない範囲での手助けはしても、個々の事情に自分から踏み込むべきじゃないと考えているんだけども、今回は、紗月やアリシアから動いている一面があった。そして、朱乃さんの力に潜んでいた澱みの感情を知って、俺自身も『話してくれれば力になれることはなりたい』と意思を伝えている。
『家族』。その要素が強く絡んでいる時に、こうやって二人は強く踏み込むことがあるのだ。その裏にある思いを、俺も知っているから。
「……話は飛びますけれど、慣れているのですね。手つきに迷いが無いというか」
「そう言う姫島さんもそうじゃないか」
「私は一人暮らしですから。うふふ、今日は食べてもらう相手がいますので、作り甲斐がありますわ」
「俺は普段、作らせてもらえないからね。息抜きとか気分転換を理由にお願いしないと、台所に入れてすらもらえないんだ」
「……大翔さんのご両親は、男性が台所に入るのを嫌がるのですか?」
大翔さんが異世界の方というのは聞いたものの、どのような環境で暮らしているのか、そこまではお伺いしていません。ですので、このような聞き方になったのですが……。
「まぁ、両親がというわけじゃないけどね。その辺りの話は食事をしながら、ゆっくりやろうよ」
一瞬、困ったような顔をしたのを見て、私同様家族について問題を抱えているのかもと、私は親近感を感じることになるのでした。
◇◇◇◇
食事をしながら、互いの過去を少しずつ語り合っていく私達ですが、お互いにお互いの過去が想像よりも酷いものだったようで、安易に口にする気になれないのも当たり前だと苦笑いする羽目になりました。
私は、堕天使の幹部クラスであるバラキエルお父様と、四神と黄龍の力を司る、古くから異形を狩り続けてきた一族、『五大宗家』に連なる神社の娘である朱璃お母様との間に生まれた堕天使と人間のハーフでした。
お父様を良く思わない親族の手によって刺客が送られ、一度は撃退したものの、二度目の襲撃がお父様の留守中であったため、お父様が駆けつけた時にお母様は私を守り、命を落とすことになったのです。
堕天使の血を引く私は、刺客の人達からの憎悪を浴びせられ続け、お母様が殺されたこともあり、お父様や自分をも含む全ての堕天使を憎むことで、心を何とか守ろうとしました。それ以降、家を飛び出し、お父様の保護を強引に離れ、身寄りもなく各地を放浪している内にリアスと遭遇。自ら彼女の眷属となって、今まで生き延びてきました。この神社もリアスの実家である、グレモリー家の協力で、私の住まいとして確保して頂いたものでした。
……この話をしようと思えたのは、大翔さんの魔力の温もりへの安心感もありましたし、憑依という形であっても、お母様とのやり取りが今後も出来るという救いがあったから。といっても、友好的に接しようとしてくれている大翔さん達との関係を悪化させないように注意を払う必要がありました。私自身にそのつもりがなくても、リアスにこの事が知れたら、とか、大翔さんのパートナーである女性達に悪印象を持たれたら、この奇跡も吹き飛んでしまうでしょう。