「マイナスイオンって……」
「ほらほら兄さま。治療しながらでも出せますよね、出して下さい。モフらせてください」
「自分の欲望隠す気すら無くなったな、全く」
「私、悪魔ですから」
憎たらしくすら思える得意顔の小猫ちゃんですが、大翔さんはここで怒る人ではありません。私のお気に入りの表情の一つ、少し困り顔を見せながら私達の我がままをちゃんと聞いてくれるのです。
「すごい、まるでペルシャのような毛色なんですね!」
「瞳が輝いているにゃ……私や白音も耳や尻尾を出しているけど、やっぱり違う感じなのかにゃ?」
「……真面目に物事に取り組んでいる男の人の猫耳や尻尾が揺れていたりしたら、どこか心を惹かれませんか? 女の子の愛らしさとはまた違う、男性だけが出せる可愛らしさ……」
「……なるほどにゃ。男だけが出せるギャップによる愛らしさ……お前、なかなかやるにゃ」
眼鏡の縁に手を掛けながら、真剣な眼差しで語る副会長。受け答えをして、握手を交わす黒歌。すずかさんは既に大翔さんの尻尾をマフラー代わりにしていますし、小猫ちゃんは大翔さんの耳に触れて反応を楽しんでいます。
……良かったです、私が極端な猫好きじゃなくて。今の小猫ちゃんの擦り寄りは猫ショウとしての同族意識も入っているでしょうし、すずかさんは無類の猫好き。せめて、私が普段通りでいないと大翔さんに負担が全てかかってしまうのですから。
なお、呆れ顔の会長は何かを諦めて、静かに瞳を閉じて大翔さんの施術に身を任せてしまいました。やがてそんな時間も終わり、会長は再びゆっくりと瞳を開きます。
「驚くほど、視界がハッキリしました。本当にありがとうございます、空知さん」
「いえ、倦怠感とかが取れたのなら何よりです」
「それと椿姫がごめんなさい。普段、真面目にやってる子だから、自分の好きなものを前にするとこうなる所があって……」
「息抜きって大事ですから、俺も気にしてませんし、大丈夫ですよ」
「ふふ、本当は『俺』なんですね」
「……あっ、す、すいません」
「いえ、年が左程変わらないように思える貴方があまりに完成されていたから、逆にホッとします。普段通りで構いませんから」
参考にもなりました、と会長は言います。体内を大翔さんの魔力や気が巡り、体の中の魔力の流れ等を改めて認識できたことで、今後の魔力制御に生かせそうだと会長は笑います。
「改めて、空知さん。眷属の件はさておき、黒歌の件は私だけでどうにかできる問題でも無く、また収められるものでもありません。正当なやり方で解決するとなれば、私の姉などで無ければ難しい問題だと思います。かといって、貴方の世界に黒歌を連れていくとなると、おそらく姫島さんや塔城さんもついていくことになるでしょう。そうなれば、お二人がはぐれ悪魔に認定されてしまう可能性も出てきてしまいます。そんなことはリアスも望まないでしょうし、私もそうなって欲しくない」
姿勢を正した会長は静かに頭を下げました。我に戻った副会長が慌ててその行動を押し留めようとしますが、会長はそれを一蹴します。
「わかりませんか、椿姫。空知さんは私達より数段上の強者。悪魔だから人間だからではありません。お願いするべき立場は私です。どうか私の友人の仲間を強引に連れて行かないで欲しいと、お願いするのはこちらなのです」
公式な場であるならば、会長もこのような行為は取りにくい。けれど、今は私的な場であるからと、彼女は自分の願いを素直に告げようとしていました。
「空知さん。貴方が私や椿姫を圧倒出来る力をお持ちであるのは、この短い時間ながら十分に理解出来ました。また、月村さんや黒歌、姫島さんや塔城さんも貴方のために動く意思を明確にする以上、私はお願いするよりありません。私の親友、リアスの仲間をどうか強引に連れ去るのは止めて頂きたいのです。伏してお願い致します」
「頭を上げて下さい、シトリーさん。貴方はグレモリーさんが、朱乃や白音ちゃんの主が本当に大切な友人なのですね」
「はい、迷惑をかけられることもありますが、彼女の明るさと前を向ける強さに私は幾度となく助けられてきたのです。そんなあの子の悲しみにくれる顔を見たくありませんから」
「シトリーさん……」
「黒歌の件は姉に働きかけて、何らかの成果を出せるように動きます。貴方がこの街で活動する時に必要であれば、私の名を出して頂いても構いません」
そう言い切った会長に、今度は大翔さんが瞳を閉じ、耳や尻尾も仕舞い込んで大きく一つ息を吐きます。
「俺は守るために力をつけようと思い、今までやってきました。誰かを倒すためじゃなくて、あくまで大切な人達を守り切れる力をと」
瞳は閉じられたまま。会長や他の皆も静かに大翔さんの言葉を待ちます。
「シトリーさんが俺との力量の差を感じて、力に屈するようなやり方は俺の望むやり方ではありません。もちろん、明確な敵対の意思を見せる者には遠慮などしませんが」
「はい、こうして言葉を交わすことで落着点を見つけられると思うからこそ、私も話をしています。そうでなければ全力でこの場から離脱して、姉やリアスたちに連絡をしているでしょう。強い力であっても、どこか温かく安らぎを感じられる力。それが貴方なのだと感じられましたか……きゃぁ!?」
「!……まずい! 皆、俺の後ろへ! すずか、合わせて!」
「うん、防御結界最大解放!」
会長があくまで会話で交渉を為したいと告げた瞬間、大翔さんの張っていた封時結界が激しく揺さぶられ、半壊してしまう状態となりました。会長や副会長を庇うように、大翔さんが新たに防御結界を展開しながら矢面に立ち、並んだすずかさんも即座に結界を共に強化します。
一呼吸遅れたものの、私や黒歌、小猫ちゃんももちろん加わり、封時結界を破壊した侵入者の方向を見据えます。破壊時に発生した魔力の残照が引いていき、そこには悪魔の翼を広げる一人の女性が立っていたのです。
「じゃじゃーん! ソーナたんの危機に魔王少女セラフォルー・レヴィアタン! 華麗に参上だよーっ!」
「……え?」
ポーズまでバッチリ決めてられますし、小型の色煙玉までしっかり点火させて……ええ、私もよく存じている魔法少女姿のセラフォルー様、ですね……。ボーダー柄のニーハイソックスもしっかり着用されてます……。
「……家の壁、壊れてしまいました」
「ごっめーん、ここリアスちゃんの眷属ちゃんの部屋だったのね☆ 後で直してあげるから少しだけ我慢してね☆ ……さぁ、大人しくソーナちゃんを離しなさい! 認識及び通信阻害を施した結界にソーナちゃんを封じ込めて何をしようとしてたの! ぶっ殺してあげるから大人しくなさい☆」
殺すと言われて大人しくする相手がいるのかしら、と現実逃避している場合でもありません。わなわなと震えている会長とセラフォルー様の間を遮らないように、大翔さん達も横に移動して改めて防御結界を張り直します。小猫ちゃんが私の部屋がと嘆いていますが、諦めてもらいましょう。修復はしっかりしてもらえるようですし、リビングの家具等はあちらに新品に変えてもらうぐらいの勢いで行けばいいのです。
「空知さん、防御結界強度をもっとあげてください。私も及ばずながら手伝いますっ」
副会長の発言は危機感溢れるものでした。つまり強度をあげなければ、今から始まる姉妹喧嘩の余波に巻き込まれるということ。
「ソーナちゃん、無事だったんだね☆ 良かった、お姉ちゃんが来たからもう大丈夫だ……よ?」
「せっかく話し合いで平和裏に解決が出来るところを……」
「ソ、ソーナちゃん?」
「結界が張られているからと、壁ごとぶち壊す? だから、交渉は物理とか揶揄されるのですよ、お姉様……?」
「あ、あれ~? なんでそんなにおこなんでしょうか、ソーナちゃん……?」
「ご自身に問いかけられると宜しいかと……うふふ」
「笑顔なのに笑ってない! ソーナちゃん、その笑顔怖い! 怖いよ!」
「今からお仕置きを放ちますが、受けて下さいますよね? 避けたりなんてなさいませんね? お姉様が大嫌いな私になって欲しくありませんものね?」
「は、はい……」
「お仕置きの後はもちろん修復作業です、一人で。お分かりですね?」
「はい……」
「その間に、勝手に業務を抜け出してきたとルシファー様達には報告させて頂きます」
「ちょ、ちょっと待ってソーナちゃん、それはあまりに! 私はソーナちゃんへの定時連絡が取れないと気づいて! 飛んできたら結界が張られてるし!」
「報告致しますね?」
「……はぁい」
さすがは会長。あの四大魔王セラフォルー様が完全に気圧されています。こちらからは顔は見えませんが、笑顔で怒髪天を突くといった感じでしょうから……。
「来ますっ!」
副会長の言葉が実質の合図となり、一言で言えば大洪水が部屋全体を覆い尽くしました。ビリビリと結界が揺れますが、六名で維持している結界自体が崩れる予兆はありません。この後、今私達がいるリビングだけに限定された渦の中に飲み込まれ、かつ溺れかけて息が出来なくなるお仕置きをセラフォルー様はその姉妹愛を持って、最後まで受け切ったのです……。
「大津波と渦潮の合わせ技といったところでしょうか。身体も魔力も整った今なら出来るかもと思いましたが、ふふふ、なるほど。精密さをさらに極めていくことでなかなか使えるかもしれませんね」
「ぶふぅ、水、大量に飲んでお腹、気持ち悪い……」
「窒息しない辺りはさすがお姉様ですね」
「殆ど殺すつもりで来てたじゃない!」
「ええ、それぐらいでなければ魔王たるお姉様には仕置きにもなりませんから。さ、この水浸しも含めて修復作業にすぐ入って下さい」
「え? この水はソーナちゃんが」
「修復作業に入って下さい。三度も言わせないで下さいね?」
半ベソをかきながら修復作業に入るセラフォルー様。哀愁が背中から漂う中、私達は小猫ちゃんへ断りの上、次に広い寝室へと移動したのです。小猫ちゃん、ショックを受けたからと移動の間は大翔さんにおんぶされて、移動後は大翔さんの膝の上……ううっ、演技入ってますよね。だって笑顔もちらほら出てますもの!
「空知さん、あの技は実際に使えると思いますか?」
「波の早さや高さをさらに強めて一気に渦潮に巻き込めば、まとめて意識を奪うことも可能とは思います。窒息させるかどうかはシトリーさんの意思次第でしょうが」
「なるほど、集団戦の手札の一つのつもりでしたが、さらに磨く必要がありそうですね。しかし、自分でもイメージがこれでつかめたので、次回はもっとうまくやれそうです。ただ、魔力の消費量がやはり多いのはネックでしょうか」
物騒な話をする横で、お気に入りの家具などはリビングに置いていなかったとはいうものの、小猫ちゃんはすずかさんや黒歌にも撫でられて慰められています。
「まぁいいんです。大切な小物とか衣類はもうすずか姉さまの家に運び終えてますし。ただ、せっかくなのでソファーとかを新しくしてもらえればなぁと。すずか姉さまの家でもそのまま使えるようなクラシックなデザインで」
「責任もって姉に準備させるので、デザインやサイズなど教えて下さいね、塔城さん。此方の事情に巻き込む形になって本当にごめんなさい」
「アッハイ」
流石に貴方の水魔法がトドメというツッコミは避けた小猫ちゃんでした。ともあれ、大翔さんも膝の上に小猫ちゃんが座っていても身体の反応が出なくなったということは、大翔さんと小猫ちゃんの間も一歩前進したということです。それに対しては喜ばしいことだと、私も感じるのですけどね。ただ、小猫ちゃん……あざといですよ。
「しかし、大翔さんや黒歌と仙術修行をするようになって、急に成長期に入ったのですね。結界内で一週間程度でしたか、過ごされたのは……」
「140半ばってところです、今。イッセー先輩の悪友さんの干渉も多少は減るといいんですけど……」
「ああ、元浜くんですね……」
「元浜?」
「幼い容姿の女の子が好きな生徒です」
「……あー」
副会長の短い説明に納得する大翔さんでした。会長曰く、セラフォルー様が早とちりからこちらに乗り込んできて迷惑をかけたのだから、そこを突いてはぐれ悪魔解除の協力を強引に取り付けるとのことで、今は歓談タイムとなっています。
「しかし、空知さんの力は他の悪魔に知られれば間違いなく狙われる危険なものです。どこかの勢力の庇護下に入って頂くか、極力、駒王町を始めとするこの世界に近づかないようにするのが一番だと思いますね……」
種族関係なく傷や体力、魔力を回復させる術者はこの世界では貴重な者。私や黒歌、小猫ちゃんも彼のお陰で使用可能ではありますが、出来るだけ隠すようにはしています。私や小猫ちゃんはリアスの眷属ですから、ある意味保護されているようなものですけど。
お気に入りが1,000名を突破して、正直驚いています。
自分の嗜好丸出しで書いている部分が大きいので、
この作品で楽しんで頂けているのなら、作者としても嬉しい限りです。
ありがとうございます。