「……ごめん、無理させたね」
「いえ、お分かり頂けたようで……何より、です……」
「さ、先程の私が耳や尻尾に触れたのは大丈夫だったのですか!?」
「あれは、髪の毛に触れるような感覚だから、大丈夫……」
慌てた副会長が大翔さんに確認をしますが、私もそういう感覚とは知りませんでした。ただ、今は大翔さんの体調を整えることが最優先。回復魔法の調整に思考を傾けます。
「そっかぁ、朱乃ちゃんやすずかちゃんなら大丈夫なんだね。回復魔法を使えるとか、まぁ、その辺りのツッコミは置いておくとしてー☆」
声の調子を普段のものに戻しつつ、セラフォルー様はニカッと笑って、こう言い放ったのです。
「よーし、分かったよ! 呼び方は変えない☆ それでもって、ひーくんは私をセラたんって呼ぶこと! すずかちゃんも朱乃ちゃんも黒歌も小猫ちゃんもそう呼んで構わないからね?」
「え、えええ!? セラフォルー様、それじゃ意味が無いじゃないですか!」
「えー、椿姫ちゃんもセラたんって呼びたいの? いいよ☆」
「そうではなくっ!」
副会長のツッコミもどこへやら、セラフォルー様は自分のペースを貫かれます。そんな二人に対して再起動を終えた会長が歩み寄り、痺れが抜けた黒歌と小猫ちゃんが私達の前面に庇うように立ち上がりました。
「……黒歌、今から貴女のはぐれを解除しようとする相手に対して、その目つきは無いんじゃないかな~☆」
「大翔に負担がかかるぐらいなら、はぐれのままで結構にゃ。この世界自体に未練はにゃいし、白音を連れてオサラバするだけのことにゃ」
「お姉様、性急に過ぎます。驚きの余りに対応が遅れましたが、姉様の意図は分からなくはありません。ただ、私達や空知さんはそもそも今日知り合ったばかりの関係。お互いの人となりも掴み切れたわけではないのですよ」
「……ソーナちゃんはそうやって理屈で語るけど……じゃあ、ひーくんが他の勢力と結び付いたと考えてみたら? 私はおっそろしくてほっとけないなぁ☆ そりゃ、別世界の住人さんかもしれないけど、そのこと自体が超レアなんだよ☆」
そう言ってセラフォルーさんは一旦言葉を切り、再び大翔さんへと言葉を投げかけたのです。青白い顔をそのままに、大翔さんはセラフォルー様から目を逸らすことがありません。
「ソーナちゃんは理屈好きだから、メリットをあげてみたけど……私がキミと親しくしたいと思ったのはそういう所じゃないからね☆ 魔法少女に理解があって、私の趣味の話を笑わずに聞いてくれて……それだけで、私はキミと仲良くしたいと思った。叶うなら、それこそ悪魔になってもらって、この先何百、何千年とこうやって話をしてくれたらいいなって思うよ。もしその中で、お互いが別の関係性に進もうというのなら、それはそれでアリかもってね。それとね、私の中で大きかったのが……」
一旦、言葉を止めるセラフォルー様はまず大翔さんを指差し。次いで会長を指差して、その後腕を組んで一人何か答えを得たかのように二、三度頷いていました。
「ソーナちゃんとキミが並んだ時に、それほど腹が立たなかったの! 私はソーナちゃん大好きお姉ちゃんで、ソーナちゃんに近寄る害虫は全部駆除する勢いでずっと来ていたのに……許せるかも、って感じちゃったんだよー☆」
理由としては、自分が魔法少女のことで好印象を持ったことも関係しているということですが、大翔さんに無理やり相手を制そうとする感じを受けないのが大きいと、セラフォルー様は言いました。
「キミは基本的に受け容れる側なんだよね。その代わり、一度受け容れたら離さないのかもしれないけど、飛び込む側は離れる気が無いから懐へ飛び込むわけだし……ほら、私も一応、悪魔の外交担当で色んな男は見てきたから、外面は取り繕いながら内心では下衆なことを考えてる奴はいくらでもいたしねー☆」
「……過剰評価だと思いますが」
「あー、その自己評価の低さはマイナスかな? その発言はキミを慕ってる周りの女の子達の評価も下げるよ?」
「いえ、俺からすれば、彼女達にとって一緒にいて幸せに感じ、信じられる男でいることが大事なので。他人の評価は敵対でもしない限り、あまり重視していません」
「……あー、その言葉を本気で言えるのがアレだねー。朱乃ちゃん達も惚れるわけだ☆ ま、ごちゃごちゃ言ったけどね、私はひーくんを『いいな』って思ったわけ☆」
今後とも宜しく──そう言い残し、時間切れだとセラフォルー様は転移の魔法陣を発動し、騒がしく姿を消されたのです。
「本当に、お姉様がいろいろと申し訳ありません」
「いえ、『セラフォルー』さんの言葉に嘘は無いのかなと思えましたし。ただ、男女の話は、その、置いておいてもらえると」
「も、もちろんです。空知さんの意思を無視して、お姉様は本当に……!」
頭を下げ合う会長と大翔さんでしたが、最後には互いに連絡を取り合うことや、私や小猫ちゃんの学園内でのフォローを会長側としても行っていく確約を頂き、本日は解散と相成りました。
◇◇◇◇
「椿姫、ボーっとしているようですが」
「えっ、ああ、ソーナ会長、申し訳ありませんっ」
「椿姫、もうここは家よ? 会長と呼ばなくていいのだから」
「そうですね、ソーナお嬢様……」
眷属達と共に暮らす屋敷に戻り、自室に同行していた椿姫がどうにも気が抜けたままの状態であることが気にかかる。眷属に入って間もない留流子にまで普段とあまりに違う様子を心配されるぐらいだから、よっぽどのものね。
「彼のことが、気になる?」
素直に頷く、椿姫。リアスと姫島さん程では無いにせよ、この子との付き合いも長い。この街へ赴任する前から冥界の私の実家で暮らしていた期間も長く、椿姫もリアスの女王である姫島さんや、戦車の駒を宿す塔城さんのことを良く知っている。
「笑顔にどこか陰があった姫島さんや塔城さんが、あんなに曇りのない顔で笑い、時に怒り、本当に幸せそうに空知さんへ寄り添っていて……羨ましい、と思えてしまいました」
「そうね。リアスでも難しかったことを、彼は為してしまった。そして、それに驕ることなく、彼女達を大切なパートナーとして接しているから、彼女達の信頼と愛情は深まるばかり」
椿姫と受けた印象を合わせあい、勘付いたこともある。距離感が友人の間柄では考えられないぐらいに近く、また、その距離感をお互いに当たり前だと感じているように見えた私は、椿姫にその見解を伝えたところ、月村さんや姫島さんは既に彼と男女の仲であると断言していた。肌の状態など、丁寧に日々の手入れを欠かさないのとはまた違う、独特の艶があるのだと。
「同じ五大宗家の生まれである彼女があんな笑顔を見せられるなんて、これまでは考えられなかったですから」
姫島さんは今、休学中の一週間だ。聞く所ではグリゴリの日本国内拠点への派遣ということだったが、実際には彼の元へ通っている状況であるらしい。
「ねえ、椿姫。彼の魔力を感じて、どう思った?」
「……このまま身を委ねていたい。そんな誘惑に、駆られました」
「そう。大丈夫、私もよ。いっそ、彼の元に通いたいと思うぐらい」
「ソ、ソーナ様!?」
お姉様があまりに性急に過ぎるため、ああいう言い方をしたけれど……彼の理知的な振る舞いを知り、彼とはこれからも良好な関係を築きたいと感じている。
彼の魔力交じりの手技はある意味とても危険なもの。今後も繰り返し受ければ、私の心の天秤も一気に傾きかねないことも合わせて自覚させられた。
……魔力や気をこちらの状態に合わせて同調した上で、治癒の力を乗せて循環させ状態を調えてくれる。だから非常に調子も良くなるけれど、あまりの心地好さに『もっと』を求めそうになってしまう。
彼に悪意がなく、こちらの体調を真摯に考えた行いであるからこそ、一度味わってしまえば逃れる気が無くなってしまう優しい罠となっているのだ。彼の魔力や気に包まれることで、彼に抱かれるような錯覚が気持ちいいと思えてしまい……繰り返せば、おそらく彼に抱き締められる自分に、つまりそれは彼の女になっていく自分に疑問を覚えなくなっていく。
さらに怖いのは、それに抗おうとする気持ちを持つのがとても苦痛に感じること。身体に害はなく、望めば極上の心地好さを与えられる。問題は身体が彼の魔力や気を求めるようになってしまえば、心もそれに引きずられてしまう。
今の私達ならばまだ強い意思を持てば跳ね除けられるものの、なぜ身体にとって心地良く、気持ちいい行為を跳ね除ける必要があるのかという疑心がそれを拒もうとする。
「彼は自分から手を出そうとはしてこないでしょう。緊急事態でも無ければ、此方からお願いして治療行為を行うだけのこと。だから選択権はこちらにあるように見えるのに、酷い人だと思わない?」
「ふふっ……確かに、酷い人です」
帰り際に、彼は怒られていました。医療行為のつもりだろうが、貴方の魔力や気の循環は遅行性の毒に等しいから、軽々しく施してはならないと。
彼自身は毒の意味をつかみきれず困惑の表情を見せましたが、パートナーの女性達の懇願ということで心がけるという結論に至ったようです。こればかりは受け手になってみないとなかなか分からない感覚でもあります。
「私も椿姫も特定の相手がいる状況でもありませんし、あまり深く考えなくてもいいのですよ。仮にそうなったとして、彼にとっては負担が増すことになるでしょうが、どうにも度の過ぎたお人好しの方のようですし……私達には悪いことにならないでしょうね」
「ソーナ様がそんなことを仰るなんて……正直、驚きです」
「ふふふ、あとはチェスが強ければ言うことは無いのですが。ただ、その辺りも鍛えようがあります。元の世界では二大企業経営の後継者と聞きましたし、日頃から頭を使う役割のようですしね」
私にとって今日の出来事は、素敵な方と知己を得られたという点に集約されます。そして、お姉様もおそらく……。ロクな未婚悪魔がいないと嘆いていたお姉様も、本腰を入れてくることでしょう。どの道、あの施術を受ければ主導権は彼へと移ります。主導権を持っている自覚がない方なので、相手がどんどん深みに嵌まっていくとも言いますが。
「椿姫。塔城さんや姫島さんとの連絡は今後、常に密にするように。リアスの眷属ですから過度に介入する必要はありませんが、彼女達が困難な局面に巻き込まれるようなら空知さんと協力の上、梃入れをすることも出てきます」
「はい、ソーナ様」
「あとは、月村さんや姫島さん達が語ったように、異性に彼の施術を受けさせないこと。それはこちらでも注意を徹底します。回復魔法はまだしも、彼の魔力や気を流し込むことは彼の恒常的負担が増えるのと同義と心得なさい」
「承知しました」
今日初めて会った男性と一気に懇意になることを躊躇わないなんて、私らしくないかもしれません。ただ、言い方は悪いけれど、今彼と関わる女性陣だけで彼の特性を独占するべきだと、私は判断したのです。その代わり、自分達もその身を差し出すことになるでしょうが……月村さんや姫島さんの満ち足りた笑顔を見れば、それもまた……。
「本当に『らしくありません』ね」
けれど、悪くはない。もしかしたら、彼は私に今まで異性に抱くことの無かった感情を教えてくれるのかもしれない。こんなことを思う時点で既に彼の手中にあるのかもしれませんね、ふふふ。
◇◇◇◇
「こんの馬鹿ぁ!」
「つっ……ご、ごめんよ、アリサ」
シェムハザの拷問を潜り抜け朱乃の家へと転移した俺は、まず説教を受ける大翔の姿を目にした。拳骨付きだ、甘んじて受けてるがアレは痛いぞ。
さて、連絡が省けたのはいいことだが、どうにも面子が増えている。アリシアの妹、フェイト。そいつが保護していたエリオやキャロという少年少女。向こうの大宗教の若き重鎮というカリム。さらにグレモリーの眷属である黒歌の妹、塔城小猫。本名は白音だっけか。
さらに、シトリー眷属やセラフォルーの奴とも接触する羽目になったらしい。トラブルを呼び込む体質なのかもな、こいつは。
まぁ、セラフォルーの方は俺が当たってもいい。なんせ、朱璃を宿らせる融合型デバイスと別の話で、アイツ用のステッキ状デバイスを造る約束をしたっていうんだから、俺にもなんか寄越せと言ったんだ。そしたら、アリシアの奴がいい案があるからと良い顔したんだよな。全身の寸法を手早く測られたが、ちょっとした楽しみが増えたってもんだ。
「セラフォルーとは外交ルートで話をすることも多いし、まぁ心配するな。堕天使陣営の上層部や悪魔陣営の魔王と知己がある奴って時点で手を出す輩は減るからよ」
アジュカの野郎に大翔を横から攫われてたまるかってんだ。悪魔の駒の抜き取りも安全にこなせるようになったコイツなら、望まぬ神器を宿した奴らからの抜き取りも叶うかもしれねぇ。そうなれば俺は研究が進むし、そいつらには感謝されるしwin-winだ。また、大翔に神器の能力が蓄積されていくわけだから……やべぇ、夢が広がるじゃねえか。
「おじ様? 大翔さんに迷惑がかかるやり方は絶対にNGですわよ?」
「わーってる! だから、その濃厚に練り上げた雷球を仕舞え! 制御能力が上がるのはいいことだが、それを食らえば俺もタダじゃ済まねえじゃねえか!」
そんな大翔に追随する朱乃の危険度合いも日々上がっていくのが、難点と言えば難点だが……。この辺りの容赦のなさは朱璃の血だ、間違いねえ。
置いてかれてたまるかって精神は分かるが、能力向上の早さがイカれてやがる。女の情念は元来の成長速度すら凌駕するのかもしれん……。
「ほれ、こっちにあった魔石っぽい奴、いろいろ持ってきたからよ」
「ありがとうございます、アザゼルさん! よし、これで製作に入れる……!」
設計図はもう書き終わってるとか抜かしやがる。モノ造りに関しての熱意は神器研究の俺と本当にタメを張りやがるぜ、こいつはよ。朱乃の休学期間中に試作品は完成させると言い切ったし、やべぇな、なんだか最近楽しいことが多くていい感じだ。
「ということで、後は大翔さんの製作待ちです。ですからおじ様。お仕事頑張って下さいね。お父様お母様、お願いします」
「うむ、連絡感謝するぞ、朱乃」
『しっかり
げ、いつの間に呼んでやがった! 朱璃つきのバラキエルとか面倒な相手過ぎて仕方ねぇ……。前言撤回、俺は不幸だったぜ。
次話からちょっとムラムラできればいいなぁ……。