「さて、結界を張っている間に、二人を呼ばないと後が大変だから……朱乃さん、転送装置を縁側の近くに設置してもいいかな」
「ああ、先程仰っていた、大翔さんの世界との座標計算が出来たのですか? ええ、どうぞ。私も月村さん達にご挨拶したいと思いますし」
携帯型の簡易転送装置も大翔さんが作ったのだそうです。常時設置型と違うのは、移動先が何カ所しか登録できないことと、機器の稼働に魔力を注ぎ込んだ魔石を頻繁に消費するということでしたが、魔石づくりも日々の鍛錬のルーチンに入っているから……って、どれだけ鍛錬が好きなのでしょうか。だからこその、あの膨大な内包魔力なのでしょうけど……。
「ありがとう。座標登録、起動プロセス問題なし……よし、繋がっぶはっ!?」
「ひろくんっ! 一日と三時間十五分も会えなかった、寂しかったよっ!」
大翔さんの声を遮るように、黒紫色の長い髪の美女が繋がった空間の奥から、大翔さんの元へものすごい勢いで飛び込んでいきます。相当、立派なものをお持ちの彼女の胸と両腕に頭を完全に固められて、大翔さんはあえなく押し倒されるような格好となりました。
「ひろくんだっ、ひろくんの匂い……私の大好きなひろくんっ」
会えなかった時間を正確に覚えていたり、完全に彼のことしか見ていないのが分かる一直線ぶりといい、アリシアさん達の『傾倒』という表現がしっくりくるのが分かります。
彼に惹かれている自分を自覚した私は、まずは自分に慣れてもらって、少しずつ誘惑していこう……などと考えていたのですが、遊び半分のつもりなら、文字通り『消される』でしょうね、これは。この人が月村すずかさん。大翔さんの婚約者……。
「すずか、ちょっとは自重しなさいよ……」
「嫌だよ?」
「うん、知ってたわ……ただ、大翔が窒息しそうになってるから、隙間を空けてあげてちょうだい」
もう一人、短く髪を切り揃えた金髪の美女がゆっくりと現れます。ため息を一つこぼし、愁いを帯びた表情も絵になりますが、すずかさんの一途なゆえの暴走を止めるのはこの方なのだと、私は話さずとも察することが出来ました。大翔さんとすずかさんへ向ける瞳は何とも優しく、思いが込められているものでしたから。そう、この人がアリサ・バニングスさん……。
大翔さんに変わって、繋がっていた空間をきっちり閉める作業を行う辺り、なんというか対処にとても慣れている感じが伝わってきます。
「あっ!? ひ、ひろくんごめんね! すぐに回復するから!」
治癒の力!? 神器やあるいは、フェニックスの涙でも無ければあり得ない力というのに……! それだけではありません、どれだけ全力の回復を施すつもりでしょう、月村さんの手に集まる魔力は明らかに過剰なものだと感じられます。
「すずかちゃん、やり過ぎ」
戸惑う私をよそに、紗月さん達のチョップがすぐに炸裂し、呼吸が可能となった大翔さんが月村さんの手に自らの手を重ねて、魔力を霧散させていきます。
「すずか、ストップ。俺は大丈夫。だから、落ち着いてくれ」
落ち着いた声をかけられ、頭を撫でられ、ふにゃりとした顔つきに変わる月村さん。機嫌のいい時の小猫ちゃんの雰囲気にどこか似ている感じがしますね。大翔さんの胸元で頬ずりし始めましたが、すごく猫っぽい感じがします。
「えっと、すずかは大翔に任せておくとして、貴女から大翔の魔力を感じることも含めて、色々と話をさせてもらいたいわ。……アリシア? アンタもよ。原因に関係してるでしょう、どこに行くつもり?」
「う。い、いや、細かい話は朱乃さんのほうがいいかなーって」
「なるほど。既に名前で呼び合う程度の仲ではあるわけね。……逃がさないわよ」
がくりと肩を落としたアリシアさんを小脇に抱えて拘束したアリサさんを、私は客間へと案内するのでした。
◇◇◇◇
簡単な自己紹介の後、私は大翔さん達との間で起こったことや、この世界の概略を説明していきました。アリサさんも並列思考を使える上に、元々の回転が早い人のようで、乾いた地面に水が吸い込まれていくように、一度の説明でしっかりと理解をされ、疑問点などもすぐに問いかけてきました。才女、そんな印象がぴったりと思える人。
なお、すずかさんとはまだ一声も交わしていません。再会するまで一睡もしていなかったらしく、今は大翔さんの膝枕で寝息を立てていました。
「……色んな世界に飛ばされて来たけど、人に交じり、悪魔が普通に暮らす街、か。しかし、朱乃の話だと、蒐集──魔力を吸い取ることが、悪魔なら難なく出来てしまうってのがヤバいわね。朱乃も分かるでしょ? 大翔の魔力はその特質上、吸った相手を強力な魔法使いに変えてしまいかねないのよ」
「ええ、悪魔にせよ、他の種族にせよ、大翔さんの魔力と同時に多種多様な術式まで得られるわけですから、得意不得意はあれど、厄介なことになるのは間違いありませんわ」
大翔さんが自分の意思で魔力を譲渡する場合は、渡す技能の範囲も制御できる。けれど、意識を失った状態で、魔力が奪われた場合……技能の数々も同時に盗み取られるのと同じこと。
大翔さんの世界でこの『蒐集』にあたる技能は、稀少な特殊能力であり、今回の私の一件は想定の範囲外であったようです。
「思い込みは駄目ってことよね、ほんと。とりあえず、大翔にはそういう魔力蒐集を防ぐためのアミュレットを早急に作らせるとして……まぁ、今日はすずかが大翔を離さないだろうから、明日以降の話だし、封時結界の維持時間を伸ばせばいいでしょ」
「確か、この結界内の一日が、外での一時間に調整してあると」
「ああ、じゃあ問題なく大翔なら伸ばせるわよ。中の一日が、外での一分とかになると相当きついらしいけどね。落差があり過ぎて、魔力を半分以上持っていかれるみたい。今回の場合は、二日か三日分が二、三時間って話だから、大翔は鍛錬時間が取れない時とかよくやってるのよ、時間の引き延ばし」
「時間が無いなら、時間の概念を引き延ばせばいいじゃない、って奴だよね!」
『そこに痺れる憧れるぅ!』
「いや、毎度ながら、なんでアリシアとか紗月がドヤ顔なのよ……まったく」
呆れ顔をしつつも、再びアリサさんが私の方へと向き直ります。姿勢を正し、真剣な眼差しを宿した彼女は、私に再度確認をしてきます。
「アリシア達から巻き込んだ以上、朱乃と朱乃のお母様の話は何とかしていくつもりだけど……ねぇ、大翔が気になるって本当なの? 朱乃の容姿なら、他に選びたい放題じゃない。普通に見れば、人が良さそうに見せておいて、女三人を侍らしている、最低な類の男よ?」
「悪魔の世界は重婚を認めていますわ。甲斐性があるという、いい証拠ではありませんか」
「あ、そういう価値観なの……」
「ええ。それに、私は大翔さんほどでは無いにせよ、異性への苦手意識がありますわ。でも、大翔さんは母性をくすぐると言いますか、なんだか守ってあげたいと思えて……」
イッセーくんみたいにあそこまで開けっ広げだと分かりやすくて逆に好感が持てるけれど、秘めた性欲を変に抑えてる感じがある同級生はどうにも苦手です。普段は、余裕のある態度を装って、リアスとの行動時間を多くすることで、近づき難い立ち位置を確保していますから、変にちょっかいをかけてくる男性は殆どいませんが。
大翔さんの場合は、女性にまず恐怖感を感じ、それを乗り越えるほどの信用を得られれば、次に安らぎを強く感じるようですね。思春期の男の子ですし、性欲が無いことはないでしょうけど……、そういう嫌な感じを受けません。
「それに、大翔さんの魔力はとても雄弁です。うふふ、彼の魔力を日頃から循環させている、アリサさんや月村さん、アリシアさん達の表情の朗らかさであったり、肌艶の良さであったり……愛されていることが分かりますわ」
「……第三者から言われるのって、結構照れるものね。否定するつもりもないんだけど」
「それに……私の迂闊な行動で、大翔さんは人為らざる存在に変わってしまいました。大翔さんは心配いらないと言ってくれましたが、非力ながら私も大翔さんを支えたいのです」
「贖罪のためだけなら、いらないわよ? 大翔が万年を生きるのならば、私達もその力を得て、最後まで傍にいる。そういう覚悟はとっくに出来てるの、アタシ達」
「……それは、人を辞めるということを承知している、ということですね?」
「んー、理由はまだ言えないけど、とりあえず前提として人の寿命の範囲をとっくに超えてるのよね、アタシ達。老化も二十歳ぐらいで止まるから、元の世界でもいずれ隠遁するのが前提だし」
言葉がすぐに飲み込めず、言葉にならない驚きの声を漏らす私に、アリサさんは二カッと笑って、気にする必要は無いと大翔さんと同じ言葉を口にしました。
「下手すれば万年だっけ? 流石に想像はつかないけど、元々伸びていた寿命が極端に長くなった……そういう感じだから、『心配いらない』のよ。大翔のことだわ、私達にどう切り出そうとか悩むんでしょうけど、先に朱乃から聞けて良かった。新しい力に慣れるには時間も必要だし、さっさと
目の前に現れた問題をいかに手早く片付けるか、そのように物言いに私は唖然とするばかり。飄々と口に出来る軽い問題とは思えないのです。
「しばらくは人間の振りをしているつもりだし、悪魔や堕天使の力を悟られないようにすることも必要だから、久し振りに合宿かしらね~。……どうしたのよ、朱乃。何を呆けているの?」
「そんな、簡単に飲み込めるような話ではっ……!」
この身に流れる堕天使の血を私が受け容れられないように、人を辞めるということは即座に飲み込めるはずが無い。私は思わず、叫んでしまっていました。
「朱乃。貴女は自分の生まれに強い嫌悪感があって、叫んだというのは想像がつく。けれど、それが他人にそのまま当てはまると思ってはダメよ」
「……!」
「アタシも自分の住む世界じゃ、これでも大陸を跨る巨大コンツェルンの一人娘だし、すずかもアリシアも事情は違えど、それぞれ簡単に行かない事情を抱えてる。でもね、アタシ達の事情をまるごと飲み込んで、全て抱える覚悟と必要な努力を続けるアイツがいる限り、アタシ達は逃げ出すことはないし、アタシ達だって、アイツを支え続けると決めてる」
瞳に浮かぶのは、大翔さんへの絶対的な信頼。そして、揺るがない強い想い。
「アイツは、アタシ達三人を支えるために、最低でも人の三倍の努力や理解が必要だと言い、それを当然と言い切って、限界まで無茶を押し通す愛すべきお馬鹿なのよ。アタシが意識してストッパーの役割を果たさないと、それこそ限界を超えて倒れかねないぐらいにはね」
それは、今の私にも想像できることです。彼は、自分のパートナーになった人への献身や理解を深めるのは『当たり前』のことで、その人数が増えている以上、三人分の役割を果たすために、自分の時間を割き、努力するのが『普通』と思っている。
「……ハーレム、と傍目には映るでしょうけど、違うのよ。アタシ達が全員大翔を諦められなくて、三人全員のパートナーになってもらった。当初の関係から、すずかに少しばかり比重は傾いてるけど、それでも、アイツに愛されてると毎日実感できるぐらいの、愛情は向けてもらってる。アリシアにしても、それは同じよ」
悪魔の世界では多重婚は問題視されませんが、それでも、正妻と側妻の間での愛情の奪い合いであったり、明らかな格差があると聞きます。けれど、アリサさん達からはそれを感じられない。……大翔さんの、魅力の一端がまた見える気がします。
「話を戻すわね。アタシ達三人が重視するのは、アイツを何があっても支え続けるということ。アイツが悪魔や堕天使になったのなら、アタシ達も追随するだけよ。そうでなければ、長い時を『最後まで支えられない』でしょう?」
生半可な覚悟で踏み込んでくるのは止めておきなさい、とアリサさんは言外に訴えます。大翔さんが大翔さんである限り、どこまでも寄り添い支え続けるのが、アタシ達のやり方だと。
「それに元々、アタシは大翔のライバルでもあるの。学期ごとの試験でいつも一位を争ってきた、優秀な強敵として。自分を高みへと誘ってくれる相手を、そう簡単に手離すわけがないわ」
気づけば頬を染め、熱が籠もった瞳と妖艶な笑みを見せて、アリサさんは女としての色香を強く纏っていました。