一週間遅れっていうね。いやほんとすんません。
「……必要だったのかな」
「体感してもらうしか分からなかっただろうと私は思ってる。カリムもそう判断して共有の中心になるのを自分から提案してくれたし。彼女の親友である朱乃や、妹的存在の白音だと逆にショックが強過ぎたとも思うしね」
ひろくん達が夕食を作り始めた頃、私はテラスでアリシアちゃんと紗月さんに向き合って話し合いに臨んでいた。グレモリーさんに感覚共有をした件について、どうにも納得がいってなかったからだ。
ひろくんとカリムさんが溶け合っていた際に二人の間を巡っていた魔力や気の残香がまだこの場には漂っている。どこか弾むようなそれでいて身体にすっと馴染むような、彼女が過ごした幸福な一時を証明するかのように。
「カリムは元々信仰が入ってることもあって、ひーちゃんのためなら本気でその身を捧げる覚悟が出来ている。自分の身体に触れるのがひーちゃんだけって一線が守られてさえいれば、自分の痴態すら躊躇い無く晒したみたいに」
紗月さんが本気で話してくれているのは分かっていた。普段はどこかふざけた空気で『ちゃん』づけで呼ぶこの人が年長者としての話し方に完全に切り替えている。
「自分は王の僕であり、王の懸念が払われるのに自分の身体が役に立つのは大きな喜びだって。当たり前のように言うんだもの、カリムは。信仰を捧げる存在と自分の慕う男性が同一化されている毎日は、恐れ多くも歓喜に満ちて魂が震える日々だっていうんだから……相当よ」
「私もひろくんを絶対視してるのはその通りだし、否定する気も無いけど……ひろくんはあくまでひろくんだから。神様として別の存在にするつもりはないよ」
ひろくんが絶対的存在というのはカリムさんも変わらないんだろう。ひろくんが私の唯一無二の存在だと……彼に出会い自分の中で確信した時の心の震えは今でも鮮明に思い出せるし、それは私の行動指針の根幹としてある。
ただ、私はひろくんが傍にいなきゃ嫌で、ひろくんがひろくんらしく生きられるようにどこまでも私もついていける女であり続けるのは当然のことで。それでいて、彼の身に何かが起こるのが何より恐ろしくて、私が動けない事態であっても、代わりにひろくんの盾になれる、彼を唯一の男性として一生を捧げられる女性達を集った。
その中で宗教家であるカリムさんが加わり、ひろくんのために殉じることすら名誉と歓喜にしか思わない思考になってしまったわけだけど……。
『それでも、カリムちゃんも分かってるもんね。ひろ兄ちゃんが信じられる人を失うことを何より怖れることを。そこを履き違えない限り、大丈夫だよ。ひろ兄ちゃんに捧げた命だからひろ兄ちゃんが生きろと言う限り、何があっても生き続ける責務があるとも言ってたしね』
それであれば、カリムさんは大丈夫だろう。さて、本題に戻らなければ。グレモリーさんは未だに朱乃さんや白音ちゃんがひろくんの洗脳の影響下、あるいは心理操作をされているのではと勘ぐっている部分がある。その認識の打破として、今回のカリムさんの営みを感覚共有させたのだけど……。
「で、グレモリーさんのことだけど、効果はあったと見てるわ。元士郎くんのラインの応用で感覚を繋げたとはいえ、テラスから程よい距離があったし快感に飲み込まれるところまではいかなかったから。カリムが本気で気持ち良くなっていることや、偽の感情の動きだけで女の身体はあそこまで反応しないことも思い知ったでしょう」
女性だからこそ分かる感覚。身も心も本気で委ねているセックスは、演技や遠慮が入った時と快感の深さや長さも比べ物にならない。グレモリーさんが自分で慰める頻度もそれなりにあるという下情報もあったので、言葉よりも体感で実感してもらうのが一番理解に繋がるという目論見だった。
「言ってることは分かるよ……でも、どうしてあの人にそこまでしてあげなくちゃいけないのかっていう気持ちと、万が一、ひろくんに惹かれたらあの人の独占欲と傲慢さは問題にしかならないって思えて……!」
「そうね。あの小生意気な女になぜそこまでしてあげる必要があるのか、それは確かに思ったわ」
『うはー、紗月もぶっちゃけたね。やっぱムカついてた?』
「何様とは思ってたわよ。朱乃や白音が本気でひーちゃんを慕ってることぐらい、本当に分からないのかって。それでよく眷属の王を名乗るもんだって思ったわよ。ただ、貴族令嬢として育てられてきた背景を聞けば、ソーナみたいな思慮深さを身につけざるを得なかった子とかと比べちゃ哀れなんだなって」
私はたまにこうして紗月さんにひろくんには決して言えない、ドロドロとした気持ちを吐き出させてもらうことがあった。だけど、紗月さんまでこうやって吐き出すというのは本当に珍しいことで。
「驚いた? 今回は相当イラっときてたのよ。私の、私達のひーちゃんの良さがお前に分かるもんかってね。あ、すずか。他言は無用よ、分かってるだろうけど」
「もちろんだよ。ただ、確かにビックリしたかな」
「ふふ、前と足しても百年弱生きていても、腹が立つのは腹が立つのよ。百年経ってもひーちゃん一筋な自分も筋金入りなんだなって思うけどね」
「大丈夫、百年経てば皆筋金入りになってるから」
百年、二百年……ひょっとしたら千年単位で私達はひろくんと生きていくのだ。基本、ひーちゃんじゃないと駄目っていう子しかいないから、小さな問題も大きな問題もたくさん起こるだろうけど……それでも、皆ひろくんの傍で笑ってる。そういう未来を思い浮かべられる。
ただ、さらに人数が増えかねないのが問題かも。確かにひろくんの花を増やす判断をしたのは私やアリサちゃん。分かってはいるんだけど……。椿姫さんはアプローチの真っ最中だし、ソーナさんやセラフォルーさんも怪しい。朱乃さんが良くも悪くもきっかけだったよね。あれほどの美人さんが側妻OKですって即答するなんて思ってもいなかったから。
今ですら既に八人で、ひろくんは封時結界を使って毎晩一人ひとりに必ずしっかりと相手をしてくれる状態。だから、毎晩満足感の中で眠りに向かうんだけど……同時に、皆ひろくんの負担を気にかけている。房中術があって精力は大丈夫といっても、精神的負担は別のもの。日によっては添い寝だけという日も必要になってくるかもしれない。
大丈夫かなぁ。私自身、耐えられる自信がちょっとない。贅沢な話だと思うけど、それだけ大好きな人に心身を満たされる感覚って抗えないものだから。
「皆筋金入りか、ふふ、それもいいかもね。まあ、グレモリーさんについては、ソーナに脅し代わりに言った『洗脳』してやるって話を実行しようかって。もしひーちゃんに惹かれるようならその恋慕をあの煩悩少年に全部向くようにしてもいいし、朱乃や白音への拘りを薄れさせて他の眷属に振ってもいい。セラフォルーさんからもらった情報だけど仲の悪い婚約者がいるって話だから、感情の相手先としてはそういう手もある。カリムはむしろすぐにでもやるべきだって言うけど。朱乃や白音には伝えるつもりもないけどね」
深く長く身体に満足感と幸福感を残す感覚を覚えさせて、他の男にのめり込ませた上で一度味わったはずの快感にいつまでもたどり着けない絶望を味合わせればいい。それが紗月さんやカリムさんの結論。
ひろくんと魔力や気を巡り合わせて、互いの波長が重なるようにして得られる悦楽は、他には仙術を修め互いに使いこなす男女が愛し合えば得られるもの。黒歌ちゃんの受け売りだけど、つまりはグレモリーさんは身体を持て余す感覚をずっと持ち続ける可能性があることになる。
「ひーちゃんの意向も聞いてるから関わってはみたものの、想像以上の我がまま娘だったからね。すずかやアリサ、ソーナが出来たお嬢さんってことを改めて思い知った感じ。元来の貴族の感覚ってああいう感じなんでしょうね」
紗月さんはひろくんの最初の妻だ。自分を制御するのが美徳だという感覚の人の伴侶を長く務めてきたわけで……。うん、私はグレモリーさんのような手合いの人もたくさん見てきているから仕方ないという感覚にもなるんだけど、紗月さんは本気で嫌悪してるんだ。
「なに、すずか。なんで微笑んでるのよ」
「ううん、紗月さんも感情を抑えられない時もあるんだなって」
「何言ってるの、いつでも私は欲望のまま気分のまま動いてるじゃない?」
そうだね、そういうキャラ付けで動きながら全体を常に見てくれている紗月さんだもんね。だから、私はまだまだ貴女に及ばないし、追いつこうという努力を止めることもないんだよ。
ただ、カリムさんは私と同じようにああいう類の人を多く見ているはずなのに、頭に来ているのはひろくんの優先順位が恐ろしく高くなっているから……だよね。
「うん。だけど、ひろくんの意向に逆らうその最終手段はまだやっちゃ駄目だよ。カリムさんには私から話をするから。するべき時は、私が責任を持って処置します」
「むぅ。正妻様の言うことならしばらくは我慢してあげようかな~」
「貴女には手を汚させない。ひろくんが憎悪と怨嗟が絡みつく血塗れの道を往くなら、隣で血飛沫を浴びる役割は決して譲れないの」
笑顔でそう言い放ってあげる私。どん引きだよと顔や声で示してみせる紗月さんだけど、貴女だってひろくんのためなら誰にも告げずに障害を排除してしまうでしょう? そんな一人で汚れ役をやるなんて絶対にさせてあげません。私だけじゃなくて、ひろくんが一番強く思ってることだからね。
そんな私やひろくんの想いを知った黒歌ちゃんにも、アリシアちゃん共々紗月さんの動きをしっかりと見てもらってるから。情愛のグレモリーならぬ、情愛の月村家だって笑いながら快く引き受けてくれたよ。
◇◇◇◇
「いやあ、鍛錬が終わった後のラーメンも美味いっ! 母さんに泊まりだって伝えて、もう一度大翔さんとこ帰ってきて大正解だったぜ……!」
「悔しいが兵藤に同意だぜ……くそぅ、夕食と夜食、連続で美味しく頂けてしまう!」
「そりゃ私達成長期真っ只中だもの。それにあれだけ厳しい鍛錬を積んでいれば、身体がエネルギーを欲しがるのは当然と言えると思うわ。あ、替え玉あるかしら?」
「一人一玉あるかぐらいかな。それで麺もスープも打ち止めになると思うよ」
「じゃあ、頂くわ。貴方、本当にグレモリー家のシェフになってくれない? 人間界でやることをやり尽くした後でどうかしら。厚遇するわよ」
あらあらあら、うふふふふ。懲りませんわね、リアスは。光力入りの雷が随分とお気に召した様子ね。私も雷については発動まで殆どラグが無くなってますから、至近距離でも放てるようになったのですよ。
「あ、あはは、な、なんてね! しっかし、本気で誘いたいぐらいの腕よ……。なんで人間界の名家の次期当主がプロシェフの腕前なんだか……」
「凝り性だからな、大翔はよー。あーうめー。いいタイミングで来たな、俺は」
「何を言っている、アザゼル。夕方にこちらに連絡を取って、お手製のとんこつラーメンの仕込をしてると確認を取っていたじゃないか。しかし、これは本気で仕事を終わらせた理由が分かる。ラーメンを愛する者が全身全霊を込めて作らねばこうは……」
「私はちょっと濃すぎてよく分からないよ……ただ、すごく手間がかかってるのは分かるかなぁ☆」
背中に雷をまとった指を少し当てるだけで、すぐに悔い改める部長は聞き分けの良い子ですわね。うふふ、そういう素直なリアスは好きですわよ。
……しかし、アザゼルおじ様。どう見ても白龍皇ですよね、隣に座ってる青年は。直接、私との面識は無かったけれど堕天使陣営に彼がいることは聞き及んでいましたし、お父様やお母様からも現在も在籍していることを教えられていました。ヴァーリと名前は名乗ったものの、白龍皇ということは完全に伏せていました。セラフォルー様や私のお父様やお母様もやってきているからか、戦意を剥き出しにすることは無いようですが。
ただ、並んで麺を啜る様子はまるで親子にしか見えなくて。私は大翔さんが湯切りした替え玉を彼の元へと持っていきます。おじ様は既に替え玉を投入し、豪快に啜り続けていました。
「はい、ヴァーリくん。替え玉やわらかめで良かったのよね」
「ああ、柔らかい方が好みでね。急にやってきたのに、こうしてもて成してもらってすまない」
「『お互い様』でしょうし、私達も貴方も」
黒歌の存在に彼は気づいているけど、特に言及しない。セラフォルー様も彼のことに強く触れない。アザゼルおじ様の付き人に対しての対応だ。
「朱乃、そちらの銀髪の彼はお知り合い?」
「知人の知人、といったところですわ。話は聞いていたものの、初めてお会いしましたから」
「俺もバラキエルから話は聞いていたが、随分と印象が違うものだ。『雷の巫女』という評を聞いたことがあるが、『雷光の巫女』が相応しいだろうさ」
ソーナやソーナたちの眷属も含めてこんな混沌とした集まりになっているのは、融合型デバイスにお母様の霊体を宿らせる時がやってきたから。一昨日に完成したデバイスの試験起動や動作確認を終えて、とうとうこの日がやってきたのです。
本編をいい加減進めます。
⇒朱璃さんの憑依用デバイス
⇒冥界刑事スーツの完成
これを終わらせて、プロローグまで行かないと終わりが見えない……!