展開いろいろ悩みましたが、ぶちこむことに決めました。
「お前達、それで全力? その程度では我相手に傷ひとつ付けられない」
一人を除いて怪我はないものの、俺は地面に両手足をつき、他のみんなも力を使い切って地面に例外なく寝転がっていた。息を整えるのに懸命な俺達に対して、オーフィスは何事も無かったように涼しい顔だ。
「半減すらままならないとはな……クククっ。俺は、俺はまだまだだな、なあアルビオン! 奪った力が即オーバーフローしてしまうということは、俺が力を受け止めきれない弱者だということだ! もっと、もっともっともっと、必死に強くならなくてはな!」
『ああ、ヴァーリ。お前がさらに強くなるのを俺も楽しみにしている。……しかし、鎧へのダメージも大きい。しばらく禁手は使えんぞ』
傷ついたのは神器により奪った力が過剰過ぎて、自爆する結果となってしまったヴァーリさん。命に別状があるほどではないものの身体の各部から血を流しながら、それでも彼は愉快そうに笑っている。
あまりに圧倒的だった、オーフィスは。初日だから、攻撃も反撃もしないから全力で挑んでこいと言う言葉にいきり立った者も含め、結局……誰一人として傷ひとつ付けることも叶わなかった。
「これだけの人数でかかって、全くの無傷かよ……あのヴァーリって奴でも、大翔さんの必殺魔法でも駄目だなんて……」
『今のお前を一瞬で殺せる白龍皇ですら、あのオーフィスには到底及ばない。人間を辞めたばかりのあの小僧ならば尚更だ』
一誠くんもオーフィスとの模擬戦の中で能力を倍加する力だけでなく、高めた力を『譲渡』する新たな能力を見出していた。その譲渡を受けて、俺も周囲の魔力を集束させて放つ集束系魔法を放ったのだが、それでもオーフィスは不動の要塞だった。
「最後の一撃は悪くない。ただ、大翔は自分の全力を出し慣れてない。だから力の発動から放出まで時間がかかるし、力をまとめ切れていなかった」
封時結界の強度の問題や皆の技や魔術の的役をすることも多かったからか、防御にばかり力を注いでいて……オーフィスの指摘通り、確かに全力の攻撃をすることがここ最近無かったのは事実。ただ、そんな事情は言い訳にしかならないことも良く分かっていた。
「大翔は我相手に全力出す練習、これから毎日する。我はそう簡単に傷付かないし、慣れれば威力も上がる。ヴァーリと大翔は我に片手を使わせた。今はそれを誇っていい」
「……ああ、オーフィス。宜しく頼むよ」
「ん」
どこか満足気に頷くオーフィスを他所に、オーフィス以外に身を起こしているのは結界の維持に回ってくれていたバラキエルさんやセラさんぐらいだろうか。
「き、きつかったぁ~☆」
「オーフィスよりも結界がもたんな、これは……」
……いや、二人も座り込んでいた。結界維持に相当力を使ったのか、息を切らしている。
「バラキエルさん、セラさん、申し訳あ……れ?」
何とか身体を起こし大きな負担をかけたことに俺は頭を下げたのだが、すぐにふらついてしまい逆に二人に慌てて身体を支えられる始末になってしまった。
「ひーくんは大人しく寝てなさい!」
「全くだ。請け負うといった以上、気に病む必要は無いのだからな」
「実質、病み上がりに近い状況なのに無茶ばっかりして~☆ お姉ちゃんも怒っちゃうぞ?」
病み上がりと言ってもですね、魔力や仙術の使いすぎでひどい疲労になったわけで……それは黒歌や白音がほぼ一晩中気を送り込んでくれて、え、とにかく大人しくしろ? あ、はい。大人しくします……。
「うん☆ 氷像にして、仮死状態にしてまで無理やり休ませる必要がなくなって何よりだよ☆」
「セラフォルー、過激」
「オーフィスちゃんに言われたくはないかなぁ……?」
少し休んだら互いに気脈を整えて、皆の自己回復力を高めないと……。セラさんの手、ひんやりして気持ち……い……。
◇◇◇◇
「すずかちゃん、役回り取っちゃってるけどごめんね? ひーくんに魔力で睡眠誘導したんだけど、あっさり寝る程度には疲れてたみたいだから……」
昨日の疲労はいくら猫又姉妹が優秀としても、一日で回復しきるものとは思えない。何とか近寄ってくるすずかちゃんに、ひーくんから教えてもらったまだ慣れない回復魔法をかければ、彼女の一族の力なのか身を起こせる程度にすぐに回復していた。膝枕を交代し、私はソーナちゃん達の介抱へと回る。
「いえ、ありがとうございます。助かりました」
そこまで口にすると、すずかちゃんはその後の言葉を秘匿性の念話に切り替えてきた。
『ひろくん、セラフォルーさんにも心を開きつつあるんでしょうね。だから拒否反応が出なかったんだと思います。多分、ソーナさんや椿姫さんでも同じ感じかと。……私としてはやり過ぎたかなと、ちょっと後悔しそうですけど』
すずかちゃんに言われて初めて気づいた。焦りがあったから考えの外だったけど、確かにひーくんを支えてあげく膝枕までしたのに拒否反応は、出なかった。そっかあ。ひーくん、私を受け入れてくれているんだ……。
「……お姉様?」
「ん、ああごめんソーナちゃん、ボーッとして☆」
「いえ、お姉様。笑ってるのに泣きそうな顔でしたから……ご無理なされてませんか?」
「なんでもないよ、ソーナちゃん☆ ちょっと眼にごみが入っちゃっただけ☆」
ひーくん。私がここ最近気になっている不思議な男の子。顔立ちだけで言うなら、あの赤龍帝くんと比べても明らかに見劣りする『フツメン』の男の子だ。まあ、これで顔もイケメンだったりしたら、彼の回りに集まる女の子がこれぐらいじゃ済まないだろうけどね☆
女性に恐怖症レベルの苦手感を持つ彼だけど、特に同世代の子が特に駄目みたい。ソーナちゃんの眷属に対しても一定の距離感を保っているし、魔力や気の流れを教える時もすずかちゃんや黒歌ちゃん経由だし。……ひーくんが信じられる女の子が増えた最近は、若干マシにはなったのかな?
ソーナちゃんや椿姫ちゃんに最初に触れた時はセラピストモードみたいな感じになってたから、反応がその場では出なかったけど、実は後から反動が出ちゃったというオチもあったと聞いているし。
……私、ひーくんが気を許してくれてるって聞いて、すごくホッとしてる。でも、ワタシが話していない血塗れの過去を知っても、ひーくんは変わらずにいてくれるのかな?
「さ、朱乃ちゃんとフェイトちゃんのお母さんが作ってくれた朝御飯、みんなで頂くとしようよ☆ 私もお腹ペコペコだよ~☆」
今更、怖さを感じるなんて。サーゼクスちゃんやアジュカちゃん達にもこんな不安を感じたこと無かったのになぁ……。
◇◇◇◇
……お姉様、予想以上に大翔さんに心引かれているみたいですね。初対面から気に入っているという態度はハッキリしていたけれど、大翔さんは距離を近づけてくる女性に対してしっかり見極めるためにも、相手に真っ直ぐに真摯に向き合おうとする男性です。匙など同性相手には気安いところもあるようですけど。
そんな大翔さんの接し方はシトリー家であったり、現役の魔王であるとか、そういう部分を取り払って、お姉様個人を見るわけです。それがお姉様には甘美な毒のように染み込んでいって、自分が自覚する以上に彼に心を寄せてしまっていると。あの魔法少女めいた衣装の好みもあってお姉様は恋愛経験が本当に少ない方ですから。
「とはいえ、人のことは言えませんよね……はう、んんっ……」
理性や理屈だけでどうにもならないものが確かにある。それを実感として教えて『くれた』大翔さんを目が追いかけてしまう。私をただの『ソーナ』として見てもらえることが、こんなにも心揺らされるものとは思いませんでした。こんな私の変化は椿姫にもとっくに気づかれていますから。
「大翔くん、んっ……はぁ……」
私は悪魔の生まれでありながら、大翔さんに出会うまで本能の強さや恐ろしさをどこか軽く見ていたのです。確立した理性により本能は制することが出来るものだと、信じて疑わない部分があった。それは自分の出自や記憶があやふやな幼少期の出来事からであって、その分私は冷静な思考や理性を重視してきました。
……いえ、今なら分かる。私はこの身に流れる血から目を背けていたのでしょう。『望みの異性を愛させ、裸にさせたり、相手の秘密を暴く事ができる』……それがシトリーの血に受け継がれる力。アスモデウス家やベルフェゴール家ほどでは無いにせよ、色欲や性欲を司る悪魔の一つ。そのため、男女問わず性に関しては奔放になる傾向が非常に強いのがシトリー家の特徴です。
私は実のところ、両親からお姉様以上にシトリーの特性を強く引き継いでいると言われてきました。快楽主義や刹那主義に似た本能に飲まれ、理性が育っておらず自分を制御する術も知らない幼い私を助けるために、お姉様やお父様お母様が懸命に力を尽くし、ベルゼブブ様も協力してくれたと聞かされています。
お姉様は嫁いでこられたお母様側の血が強く出ているからか、水や氷の扱いが非常に得意。シトリー家の性質は魔女っ子衣装を半公式の場まで持ち込むなど、あえて場を読まない程度で──それも良いわけではないけれど──済んでいる。直系であるお父様もシトリーの快楽主義をある意味、お母様にあったベクトルで開花していますから……ええ、夫婦仲は非常に良好です。ええ、朱乃のご両親とはさぞ気が合うことでしょう。
私が着用する眼鏡もお父様やお姉様、ベルゼブブ様の想いが込められている魔術道具の一つ。着用者が理知的な思考、行動をするように強く後押しするものです。お姉様がアジュカ・ベルゼブブ様に依頼し作成頂いた謹製の品。最初は度も入っていない伊達眼鏡だったのですが、本の虫や書類仕事に追われる中で、本来の用途も果たしてもらうことになりました。
「んんっ、そう、もっと強くしても、大丈夫、だからぁ……」
ただ、入浴などの際にはやはり外すわけです。鍛練後の浴室で眼鏡を外した私は就寝時と同様に、習慣と化してしまった大翔さんに抱かれる妄想に耽りながら昂った自分を慰めていました……。
大翔さんに体内の魔力や気脈の流れを整えてもらい、感覚同調による彼と繋がったあの体験を経て、私は制御できていたはずの本能に──下腹部がどうしようもなく疼く感覚に囚われてしまっています。
最初は必死に堪えたものです。ただ、どうしようもなくなった時に、一度大翔さんを空想の相手として想像してしまってからは──もう、癖になってしまっていました。
「大翔くんの口で、指で、私ぃ! ソーナはイっちゃうのぅ! 来るのっ、来るのぅ! イクイクイクイク! アアーッ!」
妄想の中では『くん』呼びになっている彼に胸もたくさん可愛がってもらって、女の下腹部の突起も擦ったり吸い上げられて……! 頂点に達して心地いい脱力感に立っていられなくなり、ぺたんと床に座り込んでしまう私。自己嫌悪に囚われながら、それ以上に身体を満たしているオーガズムの余韻が勝ってしまっています。
「……私、このままでは……」
強烈な自慰衝動。就寝時に外したからといって、一日の殆どを理性を重んじる行動を取っていれば、ここまで強く出ることなどなかった。だけど今は、眼鏡の補助を受けて理性が強く表に出ているはずなのに、すぐに眼鏡を外そうと、疼きを早く鎮めようとする衝動に負けそうになる自分がいる。椿姫を諭す資格を無くしているのです、私は。
「……会長? 何か声を上げられましたか? 着替えをお持ちしたのですが」
「椿姫? いいえ、大丈夫よ。ちょっとシャワーの温度調節を間違えただけ」
浴室入口のガラス扉の向こうに、椿姫のシルエットが見えた。こちらを気遣う声に努めて落ち着いた風の声を返す。それでも慰めたはずの私の下腹部の奥……子宮はまだまだ足りないと言わんばかりに疼き続けていました……。
◇◇◇◇
朱璃さんやプレシアさんが用意してくれた朝食を頂いた後、あの侵入者さん達をアザゼルさんやヴァーリさんが結界からの転移時に強引に連れていってくれるのを見送った私達。
なお、オーフィスちゃんは普通に見送る側になって、ゲオルクという魔術師も強制撤収側にねじ込んでいた。
「多分、ゲオルクは解析を進めて、近いうちにまた自分で跳んできそう。その場合は大翔との間に強制的な主従契約でも結ばせる」
プライベートルームに集っているのはそのオーフィスちゃん以外に、私やアリサちゃん、アリシアちゃんフェイトちゃん姉妹と、黒歌ちゃん白音ちゃん姉妹に、カリムさん。
「それでも喜んで結びそうに一票」
「アリシアと同じく私も契約成立に賭けるにゃ」
「私もお姉ちゃんと同じ意見かなあ。ドクターと似た感じがするから」
「……成立します? この賭け事。にゃあ、すずかお姉様の手、気持ちいいです……」
白音ちゃんの髪はしっとりさらさらで、撫でているとこちらも気持ちいいからつい手が動いてしまうんだよね。
膝上で猫形態になってゴロゴロ喉を鳴らしている黒歌ちゃんの話を聞いて、私も喜んで専属契約を結びそうな彼の姿をあっさり想像できる。主従となれば魔術の進化をずっと間近に見続けられるじゃないかとか言いながら。
「はいはい、この賭け事は不成立。ところで大翔は?」
「朱璃さんの状態確認だね。器に宿って一晩経ったから、魔力の流れとか検査だって。朱乃さんがついてくれているよ。ソーナさん達も見学するって」
「強引に休息させても目覚めたらすぐに動くんだから……全く」
「安心しないとゆっくり休めないって言うんだもん。だったらそうさせてあげるべきかなって」
そう答える私にすずかはひろくんに変に甘過ぎるとか、意思をあまりに尊重し過ぎるとか、色々小言を言われるんだけど、私は相槌を打ちながらさらっと流してしまっている。アリサちゃんもひろくんを思ってのことだから、変に身内で反論し合っても仕方ないから。
私はひろくんの意思を優先し、アリサちゃんはひろくんの体調を優先する。それぞれの愛し方がある。互いに分かっているから、ひろくんに害が及ぶようなら家族であろうと排する──そういう超えてはいけない一線を。
「……聞いてる振りして聞いてないでしょ、すずか」
「アリサちゃんはアリサちゃんの考え方があるだろうから、尊重はするよ。だけど、受け入れるかどうかは別の話でしょう?」
「分かってるわよ……それでも口にするアタシの思いを分かってちょうだい。大翔はますます要としての重みが増したわ。アイツの体調や精神面の管理は神経質なぐらいで丁度いいのよ……」
僅かに震える声に混じる不安。そんなアリサちゃんをアリシアちゃんと紗月さんがギュッと抱き締めて、大丈夫と声を掛けていく。
「アリサちゃん、大丈夫。みんな、その辺りは注意して見ているよ。だって、ひーちゃんはすぐに無茶をする性格って十分思い知ってるから。今だって、朱乃ちゃんが注意深く見てくれているから、私もここにいるんだもの」
『ひろ兄ちゃんには常に誰かつけておかないとね。アリサの言う通り、私達はひろ兄ちゃんを絶対に失うわけにはいかないんだから』
フェイトちゃんがアリサちゃんの手を取り、強く頷く。思いは変わらないと。
「お兄ちゃんは何があっても守る。たとえ、命を投げ出してでも。その覚悟はとっくにしているから」
「フェイト……」
「そう簡単に死ぬつもりも無いけど。お兄ちゃん、一人でも失ったら、百年単位で後を引きそうだよ。ねえ、カリム?」
「ええ。命を懸ける覚悟は出来ておりますが、あの方を自分のせいで悲しみの奥底に落とすわけには参りませんわ。あの方を守り、自分も必ず生き延びる。だから、もっと力をつけなくてはなりませんね」
カリムさんが強くフェイトちゃんの言を肯定する。そして、黒歌ちゃんに白音ちゃんが力強い言葉を私達へ投げかけた。
「命さえ繋いでくれれば、時間はかかっても必ず何とかするにゃ。まぁ、みんなから少しずつ寿命をもらうことにはなるだろうけど、極めた仙術の回復力ってのはちょっとした奇跡も起こせるから、任せておけってことにゃ」
「まだ私は黒歌姉さまのサポートになりますけど、そう遠くない先に単独でも姉さまの域に手を届かせてみせます。すずか姉さまも時間はかかっても、黒歌姉さまの力を理解していますからいずれ届きます。私達は生き延びさえすれば、必ず何とかなります」
皆が言いたいことは既に言ってくれた。私はアリサちゃんの目をしっかり見て、一度強く頷いてみせる。それで十分だった。
サブヒロインクラスなのにいきなりかっ飛ばす会長。
やはり策士か……。