「……よし、この様子なら大丈夫でしょう。あとは月に一度のペースで定期健診という感じでいきますね。ただ、違和感などを感じたらすぐに報告を。早期対応が何より大事ですので、そこは徹底してお願いします」
「あらあら、私の息子は心配性ね?」
「……やっと叶えられた、朱乃さんが願い続けていた風景です。末永く続けて頂かなくては、何のために俺も命をかけたのか分からなくなりますから宜しくお願いしますよ、朱璃さん」
「ええ、分かっているわ。ありがとう、大翔くん」
お母様の軽口にも乗らずに、真剣に答えた大翔さん。MRIに似た検査機器から身体を起こしたお母様もすぐに大翔さんの真剣さを察して、静かに頭を下げていました。
「バラキエルさん、朱乃さん。お二人も朱璃さんに違和感を感じればすぐに俺に知らせて下さい。こっちが忙しいからって絶対に遠慮はしないように頼みます。『家族』のことより優先することなんて、何もありはしませんから」
両親の前だからと『さん』付けでこちらを呼ぶ大翔さんはちょっとしたお医者さんモードのようです。ただ、大翔さんの言うことはありがたく受け取り、私も徹底しますと答えるのでした。
お母様は自分にとっても母親同然だと言い切ってくれる大翔さんに、ちょっと涙腺が危なくなりそうです。お父様は天井を見上げて懸命に耐えている様子ですしね。
「私よりもおそらくはお父様やアザゼルおじ様のほうが、仕事の兼ね合いもありますし一緒にいる時間は長いでしょう。おじ様にも必ずお願いして下さいね?」
「分かっている、朱乃。今回の件は本当にどれだけ感謝しても足りないよ、大翔君」
大翔さんとお父様が話している間に、お母様は私の側へとやってきてこれからの予定を話しかけてきます。お母様は基本はお父様と一緒に動いて、おじ様の仕事を見張──いえ、補助を行うことになります。
やっと家族としてやり直せる私達は互いに多忙であっても、週に一度は必ず一緒に食事を取ろうと約束を交わしていました。
「では、駒王時間で今度の土曜日の夕食ということにしましょう。あの人、朱乃に酌をしてもらいながら呑めるのが嬉しくて仕方ないみたい。ただ、大翔くんは連れてきて構わないわよ、うふふ」
「もう、お母様ったら。大翔さんだけをお連れするのは実質不可能だと分かっていますでしょう?」
「ええ。だから、最終的な人数は早めに知らせてちょうだいな? おそらく総督も来られるでしょうし、早めに準備してしまうつもりだから」
「分かりましたわ、お母様。その場合は早めに連絡するのはもちろんですし、私も晩御飯の用意は一緒にやりますから」
先に戻っていったおじ様達を追う形でお父様とお母様が転移していき、このメディカルルームに残るのは私と大翔さん以外に検査の様子を見学していたシトリー眷属の皆さんです。
それぞれに思うところ感じるところがあったのか、考え込むような顔をしている子がほとんど。由良さんと仁村さんは通常運転のようですけど。
「いやあ、空知さんのやることはややこしくて相変わらずよく分からないね。ただ、次々に浮かび上がる魔法陣が花火みたいで綺麗とは思ったけどさ」
「それはどうなんだよ、翼紗……」
「私は肉体労働担当だしね。私達のお師匠さんは味方には優しく、敵は容赦なく殲滅する身内思いの性格だって分かってりゃいいのさ」
「あと、空知さんの力に邪な気配は一切混ざってなかったですから! 姫島先輩のお母様に少しでも異常がないかどうか、張り詰めるような緊張感はこっちにも伝わってきましたけど……」
「……とまあ、留流子の言う通り。感覚でちゃんと分かる部分もあるってことさ、元士郎」
自分達を肉体労働担当と評する二人も、大翔さんの意向を肌で感じ取っているようですし、シトリー眷属の僧侶二人組は魔法陣の構築術式から自分たちで生かせる部分を互いに話し合っていて、大翔さんから少しでも技術を盗もうと貪欲です。
そんな中、普段と態度が異なる女性が二人。ソーナと椿姫です。ソーナはいつもの引き締まった顔ではなく、心がここにあらずといったボーッとした表情。自分が集中出来ていないことに気づくのか、何度も自分を引き締めようとしてはどこか気の抜けた顔に戻ることの繰り返しです。椿姫はそんなソーナを気遣ってか、彼女へ多くの意識を向けている様子を見せていました。
私は大翔さんの近くにいる分、匙くん達の後ろにいるそんな二人の変化がよく見えるのです。
「さて、ソーナさん。次は貴女ですよ。こちらの寝台でも、そこの椅子でもいいので座ってください」
「……え?」
「そんなどうして私が……みたいな声を出すだなんて、自覚出来ないほど良くない状況みたいですね。魔力の流れが著しく乱れていますし、滞っている部分すら見受けられる。オーフィスとの模擬戦で相当無理をしましたか」
大翔さんの指摘に私もソーナを注視してみれば、表面上は問題ないように見せているだけで、内部魔力の流れが明らかにおかしな状態でした。相手の魔力状態を観ることについて、まだまだ勉強中の私でも分かるぐらいだからよっぽどのことです。
「会長、診て頂くべきですよ。それと私以外の眷属は退室なさい。朱乃はこのまま大翔さんのサポートをするのよね?」
大翔さんの言葉を受ける形で椿姫がそのまま流れを整えていく。自分以外のシトリー眷属に退室を促す方向へ有無を言わさぬ勢いで持っていく椿姫に沿う形で、私も皆さんを部屋の外へと促します。
ソーナに好意を持っている元士郎くんがやや渋りはしましたが、念話で王としての弱さを見せたくないソーナの意思を尊重してあげて欲しいと伝えて、彼が動揺を見せる間に背中を一押ししたあとは手早く施錠を完了させてしまいます。
「……困りましたわ。自分で考えていた以上に大翔さん以外の男の子に近づくのが駄目になっていますね」
もともと異性が苦手な傾向のあった私は、余裕のあるお姉様のような振る舞いをして自分を偽っていたところがありましたけれど、大翔さんというパートナーを得たことで彼以外の異性が至近距離に入った際の違和感や嫌悪感が、身体の反応としてそのまま出てきてしまっていました。
必要に迫られて元士郎くんに近づいたわけですが、寒気や嘔吐感といった身体の反応が正直すぎて顔に出さないのもこれでは一苦労ですね。
「朱乃まで異性への拒否反応? 筋金入りになったというか、一途というべきなのか」
「行き過ぎては大翔さんの秘書を務めることもままなりませんもの……」
でも、今は一種のプライベートみたいな時間ですし。ふふっ、大翔さんを抱き締めるだけで身体の強ばりが取れるのですから、私も現金ですわ。ただ、すずかさん達に相談して早めに対策を打たないと。
「満ち足りた顔をしちゃって、もう。大翔さんも甘やかしすぎちゃ駄目ですよ?」
「椿姫さん、朱乃はよくやってくれているよ。それに秘書にならないと一緒にいられないわけじゃないん……むぐっ……」
大翔さんの唇は私の胸を押し当てることで封じます。甘えはしますけど、甘やかされるだけの女でいるつもりもありません。椿姫に言われるまでもありません。んっ……大翔さんの吐息がかかってくすぐったいですわ……。
「朱乃? 興奮するのは勝手だけれど、わりと差し迫った状況なのよ今」
そんな熱気が覚めるような冷たい冷た~い声を出すことはないんじゃないかしら、椿姫。その声の裏側にはどうしようもなく私を羨み妬む気持ちが透けて見えるようですわ。
「ね、ねえ椿姫。私は平気よ? だからこんな強引なやり方で大翔さんの時間を奪うのは……」
「ええ。奪いにいったんですよ、ソーナ『お嬢様』? 私は貴女の女王でもう何年も貴女の傍で過ごしています。ですから筒抜けですよ……私の背中を後押しするどころか、お嬢様は表面上取り繕うことすらそろそろ限界ではありませんか」
さすがに大翔さんを堪能している場合ではありません。名残惜しくとも私は大翔さんに身体の自由を返し、彼の横に並んでソーナの状態をもう一度確認します。
「……どうして思いつかなかったのかしら」
椿姫以外の眷属が退室して、内面の揺らぎが表にも出てきているソーナの表情や瞳、赤みを増した肌は私が寝室でよく目にするもので、私自身も毎日その感覚を体感しているのに。
ソーナは理知的な女性で悪魔らしい欲望を剥き出しにすることを嫌悪する節もあって、彼女の場合はあり得ないと思い込みから自分の思考から外してしまっていたのね。
「ええ、会長は大翔さんに発情しておられます。他の眷属の前では言える話ではありません」
「椿姫っ!?」
大翔さんは自分のパートナーではない女性にはあえて鈍感に振る舞ったり、見てみぬ振りをすることもありますが、椿姫にこうもハッキリ言われてしまうと……。
「……朱乃、俺のせいなんだよな。ソーナさんがここまで追い込まれてしまっているのは」
ほら、こうやって抱え込んで自責の心を強く持ってしまう。自身の恐怖感を越えて、信じられる対象となってしまえばどこまでも尽くそうとするような、そんな危うい彼の一面が。
ですが、そんな彼の弱さに甘えて寄り添う者の一人となった今、彼が抱え込み過ぎるのなら……。
「いえ、大翔さんに責はありませんわ。理性で女の本能を制することができると言ったのはソーナですし、相手が何も差し出さずに助けだけを与える必要もないのですから」
すずかさんやアリサさんなら、いざとなれば家を捨てるかあるいは家業に一切大翔さんを関わらせない覚悟はとっくに出来ていますし、私や小猫ちゃんにしても最悪の場合は、元の世界を離れ大翔さんと共に生きる心積もりが出来ています。
もちろんリアスから喜んでサヨナラというわけでもなく、二つにひとつしか選択出来ない状況になった時の話です。今のリアスから離れたらブレーキ役が誰もいない大惨事になりかねませんから。
学園では二大お姉様と呼ばれていますけれど、羨望と妬みの感情は裏表。純血悪魔ですから人の身で傷をつけることはできなくとも、心を責め立てることは出来る。奔放な部分や我が儘な一面もあるリアスは狙われやすくもあるのです。友人としても主としても、とても放っておけるものではありません。
そんなリアスの隙を共にカバーしてくれているのがソーナでもあるのですけど、こと大翔さんが関わるとなれば別の話。ソーナは……これはセラフォルー様も同じことですが、シトリー家の跡取りであったり現魔王の立場であることとか、大翔さんに惹かれるのならばクリアして頂く大きな問題があります。
すずかさんやアリサ、カリムさんが懸命に自分の役割を果たすのは共に支えるという大翔さんの負担を重たくしないがため。『愛され守られるだけの女には決してならない』……私達、大翔さんを愛する女の約束事です。
「大翔さんは自分を慕う女に甘過ぎなんです。匙くんとか祐斗くん達には甘やかし過ぎることなんてありませんのに」
私は家族と和解するどころか、失った絆や繋がりまで与えてもらった。だけれど、私が大翔さんの親友の男性だとしたら……ここまで大翔さんが助けはしなかったと確信できてしまう。
この辺りが根本的な女性への根深い不信感からくる大翔さんの歪みであり、身も心も捧げると誓いを立てた自分の女に対しての甘やかし方でしょうけど。そのために生死の境を彷徨うことも辞さないとなるなら、私達は打てる手を当然考えます。
家族が一緒に生きられるのが一番というのなら、貴方を絶対に失うわけにはいかないんですよ? ……私の近い将来の『旦那様』を。
「そりゃアイツらは大切な誰かを守る、そんな男でいないといけないからさ。訓練であれなんであれ、全部こちらでお膳立てするようなことはしない。それに、俺に全部おんぶに抱っこなんて、アイツらから願い下げだっていうはずだよ」
「では、ソーナに対してもそのような接し方でいいと思いますわ。彼女はシトリー家の跡取り娘。領地に住まう多くの民を導き、守る必要があります。すずかさんやアリサさんが万を超える社員の方々の生活を保障しなければならないように。大翔さんだって、お二方と共に会社や家の仕事をこなすようになって、その重たさはより分かるようになったと仰っているではありませんか」
さて、こうは言っても大翔さんが抱えると宣言してしまえば、私達は必死で支えて彼の負担を少しでも奪い取るだけなのですけれど……。ソーナが仮に思い留まったとしても、セラフォルー様は本気ですし。
「そうだけど、さ」
「分かっています。嫌な言い方をしましたけれど、結局私は大翔さんの負担が増すことで、貴方の身体が心配なだけです。これ以上多忙になるのを黙って見ていられませんでした」
大翔さんの手がそっぽを向く私の手に触れて、静かに包み込みます。そして、少しの間を空けて『ごめん』と呟きました。その温かさに絆されそうになりながら、私は怒ってますのポーズを取ってみせます。私は貴方が心配なだけなの、大翔さん。
「私は貴方が無事で元気で隣で微笑んでくれていれば、それが一番なんです。女の子を増やしたとしても負けるつもりもありませんし、貴方を公私ともにずっと支えていく生き方を変えません。貫き続けるだけですわ」
「……うん。今のソーナさんは放っておけない。俺が彼女に恋愛感情を持っているかといえば、正直何とも言えないけど」
あ、ソーナがガックリしましたね。椿姫も頭を抱えていますし。ただ、大翔さんは振り向いた私を見て話をしていますから、まだ気づいていません。
「身体に心が引っ張られて、自分の心を誤って判断してしまうのはあまりに酷い話だと思うからさ」
「そんなわけないじゃないですかっ!」
彼の言葉に反応して、ソーナは大翔さんの腕に衝動的にしがみつきます。そして、冷静を常とする彼女の信条はどこへやら、ぶつけるのは赤裸々な彼女の本心でした。部屋の隅にこっそり転移してきたすずかさんと猫状態の黒白姉妹に気づかぬままに。
こっそりというか気配を辺りに溶け込ませる転移魔術とか、仙術の熟達度と応用度合いが色々おかしいですね、ええ。転移してきた方向に視線が向いていたから、気づいただけの話ですし。
「確かに、女としての性的な興奮を覚えたのはあの夜の感覚共有が切っ掛けでした! 理性で本能を制するべきという考えも変わりません! けれど、けれど……身体に引っ張られたからじゃありません。私を、シトリーの娘ではなく、生徒会長といった枠でもなく、ただの『ソーナ』として見てくれる大翔さんに惹かれて! そうしたら、シトリーの血に流れる気質を無視できなくなって、それで、それで!」
自分でも止まらない、止められないソーナは、シトリーの血族の力やそれを色濃く受け継ぐことによる弊害──いうなれば、『発情期の常態化』という自分が抱える問題を大翔さんに曝け出したのです。
「大翔さんには絶対にこの力を使わない、使いたくないっ! だけど、私は知らなかった! 貴方に惹かれた私の身体は、全然言うことを聞いてくれなくなって──!」
「ソーナさん、事情は分かりました。苦しいですよね、辛いですよね。……よく、耐えましたね」
そんな錯乱にも似た状態のソーナを、大翔さんは声を掛けながら静かに抱き締めたのです。身体の拒否反応は、ありませんでした。
主人公はチョロイン。はっきりわかんだね。