閑話回です。
「こうなれとは言わないよ? 私は望んでこうなったし、ひろくんと繋がればいつでも同調して共にイクことが出来る身体になったけれど、ひろくん以外の男性が本当に『男の人』という記号でしか見えなくなってるから。どうにも勝手に顔の輪郭がぼやけちゃうんだ、声と纏う雰囲気でまず間違えることは無いけど。あ、お父さんはお父さんとして認識できるから、唯一の例外かな」
後悔はないと言い切るすずかさん。言葉や迷いの全く見られない表情から、本心だと分かる。ただ、そこまで自分を作り変えてしまう在り様はあまりに壮絶で、言葉が出てこない。
「多分、ひろくんとの間に男の子が生まれたとしても、その子も大丈夫という確信はあるよ。ひろくんの血を引く子だから。その辺りは感覚なんだけど、まず間違いないかな」
「……自分の感覚に干渉して、大翔さん以外の男性を記号化してしまえば、確かに嫌悪感も感じにくくなる。ただ、気配や声などで対象の認識や感情が見えないと仕事等の時には困りますものね……」
「朱乃!?」
と思っていたら、いいことを聞いたと言わんばかりの声を出した女性が自分の友人であるものですから、思わず私は声を上げてしまいます。驚いた声を上げた私に、朱乃は普段通りの笑顔で微笑むばかり。
「想いを突き詰めることで、自分の認識にまで干渉するすずかさんのレベルまではそうなれるものでもありませんから。ただ、元々あった異性への嫌悪感が最近酷くなってきていましたし、そういう方向性もあるかと参考にするだけよ?」
「参考にはするんじゃない……」
「あらあら。私よりもソーナ、今の話は貴女の方が大事よ? 今は大翔さんに衝動が一時的に収まるぐらいにまで精を注いで頂いた結果、あの眼鏡が無くとも普段の思考が出来ているでしょう。ただ、身体の悦楽は慣れと共に強まる部分があるのだから、次回以降感じる気持ち良さはより強くなるもの。その時までにどこに自分の拠り所を定め、核にしておくのかという話なんだから」
言ってることは分かる。自分で慰めるよりも何倍も、ううん……何十倍も大翔くんと繋がっているのは気持ち良くて、精を浴びて達してしまえば、ずっとセックスのことしか考えたくない──そんな気持ちになっていた。
身体が慣れてくれば、より素直にオーガズムを得やすくなっていく。大翔くんのことだ、私の感じやすいポイントなども概ね把握してしまっただろう。だからこそ、私の内にある認識をどう確固たるものにするか。肉欲に呑み込まれたとしても、私自身にちゃんと帰ってこれるように。
「……どれだけ身体が強く肉欲に囚われても、自分は大翔くんの女であって、自分が求めるのは大翔くんだからこそ、彼の分身や彼の精を強く求めるのだと。決して他の誰かでは贖えないし、鎮めることも出来はしない。そのことを心に刻んでおけば、自分が変わってもそこまで恐れる必要は無い、と?」
「うん、『ひろくん』の一部だから、欲しくて欲しくて仕方ないんだって感覚を持ち続けられれば、とことん溺れてもいいんだよ。自分が変わっていったとしても、根っこさえ変わらなければ、私はひろくんを愛する私なんだし、ソーナさんだって、ひろくんが大好きなソーナさんにあることに何の違いもない」
それにね、とすずかさんはある意味全てを突き放すような言い方をした。
「表向きの自分が必要なら、そう取り繕えすればいい。私であれば求められる月村の令嬢としての姿を。それでも、本音の部分で変わった自分に気づいて離れていく人がいたとしても、それはそれだよね。ひろくんはありのままの私を受け入れて愛してくれているんだから、『あ、そうですか』でおしまい。こういう部分をあんまり隠すつもりがなくなっちゃって、アリサちゃんには叱られるんだけど」
「あ……」
「気づいた? 接する相手によって見せる自分を変えても、ひろくんの態度は変わらないよ。生徒会長のソーナさんも、肉欲に溺れてひろくんとのセックスに夢中になるソーナさんも、ひろくんにとっては全部愛する貴女の一面でしかない」
今更ながら大翔くんの性質を思い出す。彼は異性を一度受け入れてしまえば、自分への愛情がちゃんと感じられて、他の男へ身体や心を許さない限り、相手の変化をそのまま飲み込んでくれる。
私が狂ったように彼を求めたとしても、節度を保った関係を築こうとも、彼は私をソーナとして受け止め愛してくれる……。
「私だってそうよ。あの人が私の料理を食べてくれるのを見ながら嬉しくてニコニコしている私も、大翔さんに組み敷かれるのを泣いて喜ぶ私も、お澄まし顔で皆が求めるようなお姉様を演じる私も、大翔さんの敵を容赦なく葬ろうとする私も……全部、姫島朱乃だもの」
朱乃の変化にどこか怖さすら感じていたはずの私が、今の朱乃の言うことにとても共感を感じている。大翔くんに出逢う前の私では考えられなかったこと。
「あと……私が大翔さんのモノだって自覚できるものが私の中に息づいてるから、大翔さんが隣にいなくて不安になる時はその感覚を感じるようにしているわ。そうすれば、いつでも私は自分の想いに立ち返れるもの」
「まるで感情などの不確かなものではなくて、身体の中に形として何かがあるような言い方ね。え、まさか貴女!」
いえ、大翔くんは避妊に関する性魔術を覚えているから、安心して楽しめると以前に聞いたはず! でも、朱乃が術を解除してしまっていれば……!
「ま、だ、で、す! もう、すずかさんがまだ赤ちゃんを産んでいないのに、私がどうして私達の輪を壊しにかからないといけないの」
「そう、そうよね……」
怒られてしまいました。朱乃、すずかさんに対しての敬意は絶対に忘れませんものね。私が焦りすぎただけね。となれば、形になっているものとは一体……?
「うふふ、すずかさんが予定を早めて頂くのは歓迎ですけど。その分、私の番も早くなりますから。私自身は今すぐでもいいと思ってるもの。大翔さんの子ならすぐにでも欲しいし、産んで育ててあげたい」
「欲しいよ、私だってすぐに。でも、卒業までは待つっていう約束だから。ひろくんやアリサちゃん、お父さんやお母さん、ファリン達と誓ったことだから」
今だけ幸せの絶頂になっても意味はない。この先家族が増えていっても、変わらず幸せな自分達でいられるように。だから、順序はしっかりと守っていかなければいけない……。すずかさんや私のように家を継ぐ立場であればなおのことだわ。
「ええ、産むのは決定事項ですものね。あとは皆に問題なく祝ってもらえる環境をどう整えるかですから。さて、話を戻しますけれど。私の中に息づいているものは……これなの」
朱乃は小さな魔法陣を発動し、身体の一部を透過させる効果を起動させた。そこに見えたのは脈打つ心臓の隣に位置する深紅の結晶体。大きさも心臓よりも一回り小さいものだった。
「すずかさん達から説明を受けたことがあるでしょう? これがリンカーコア。大翔さんの魔力を何らかの形で体内に取り込むことでこの器官が生成されていく。大翔さんの先天技能のお陰ね。この器官がソーナにも根づいたはずよ、まだ認識できないかもしれないけれど。」
「通常は後天的に生まれない器官なのよね? 私達の世界で人が魔力をそのままの形では使えないように」
「ええ、あくまで後天的にできるのが例外と思っておけばいいわ。そして、このコアは魔力や光力の蓄積を行うための核となり、大翔さんの魔力を体内に受け入れる度に少しずつ大きさを増していき、その大きさに合わせて、蓄積量が増していく。魔力や光力の色がこの器官のベースが大翔さんの魔力になっている兼ね合いで、魔力色が深紅に染まるのは知ってのとおりね。あ、この器官の成長には個々で限界はあるから、それが蓄積量の限界にもなるの」
ただ、元々体内に魔力や光力を宿している悪魔や天使、堕天使にはあまり関係のない話ではある。ただ、人が後天的に魔法を使うことが出来るようになる。……魔術師のように一生を研究に捧げることなく。
「えっと、気の力は命そのものの力で丹田や子宮に宿るから、コアの蓄積とは別扱いになるみたい。これはひろくんや黒歌ちゃんが検証して確認済みだよ」
ここまではおさらいみたいなものね、と朱乃はそこで言葉を止めて、本題に入ると述べた。
「そういう本来の効果はこの話では置いておくとして、でね、このコアはそういう力の集積核になるんだけど、この核は私達の魔力や光力だけじゃなくて、大翔さんの魔力も蓄積していくの。それがコアを中心として溶け合っていくのよ」
「ということは、朱乃は常に大翔さんの魔力を身体の中に感じていられる──?」
「私だけじゃないわよ、小猫ちゃんも黒歌もその段階まで来てる。毎日大翔さんの魔力を分けてもらえれば、多少力を使ったところで無くなってしまうこともないし。吸収効率が最もいいのは大翔さんの精を直接子宮で受けた時だから、うふふ。そういう意味でも大翔さんの寵愛を毎晩頂くのは非常に大切な儀式だと思うわ」
むしろ推奨してるわよね、朱乃。すずかさんも苦笑いしているけれど否定する様子もないし。
「ひろくんを身体の内にいつも感じられるというのは、私やソーナさんみたいに発情体質を持っている者にとって、とても心強いものだと思うの。身体がどうしようもなく熱くなっても、自分の身体はひろくんのモノだってちゃんと確認することが出来る。この力にまた愛してもらうんだから、ひろくんに合流するまで耐えられるって」
彼との営みの残り火は未だ私の中で漂っている。あれほど疼いていた身体の奥底が充足を覚えながらも、彼の魔力を余すことなく自分の力に変えようと躍動を続けていた。
ああ、私はどうしようもなくシトリーの女です。雄として雌の私を御してくれた大翔くんに、ただ一夜の交わりで一生を捧げる相手だと身体まで認めてしまっていた。絶対に離すな離れるなと、私の細胞が必死に叫んでいる。
「ありがとうございます、二人とも。これからの心の置き方がこれで定まったように思います」
理性を重視する私も、本能に溺れる私も全部私の一面。うん、大翔くんへの感情を軸に色んな私を素直に認めるところから始めましょう。
「じゃあ上がったら互いのお手入れのやり方とか、両手足のマッサージとか情報共有しようね。他の人を見て自分に合うものはどんどん取り入れていかないと」
「手足の揉みほぐしを欠かさないようになってから、むくみにくくなりましたし、足も細くなりましたから。毎日の習慣にしてしまうのが大切だと教えて頂きましたわ」
「だって、ひろくんに抱いてもらう時に出来るだけ目でも楽しめて抱き心地もいい状態でいたいでしょ?」
「うふふ、そうですね。人数が増えた分、余計に手を抜けばすぐに周りに気づかれますもの。油断はなりませんから」
例外はアリシアちゃんだけだよ、とこぼすすずかさんに、フェイトさんやアリサが毎日手入れを手伝いつつ、ちゃんとやらせているようだと、実は皆やることはやってるという話もありつつ、私達はお湯から上がったのでした。
……その後の肌の手入れや手足のストレッチにマッサージに、互いに他愛のない話をしながら徹底してしっかり時間をかけて行う姿に、椿姫やお姉様が驚く場面がありました。
私も朱乃に聞きながら、普段の自分のやり方に加えて皆さんの助言を受けながら、一連の流れをこなしたのですが……うん、習慣にしてしまわないと、面倒を嫌う性格なら投げ出したり省略したりしてしまいそう。
お姉様は大翔くんと彼の補助を受けて一連の流れを手早く終えたすずかさんに、エステの施術を受けている状態になっていました。変な緊張でカチコチになってしまっています。旦那様に髪を整えてもらったり、本妻の方に手足を解してもらっているといった異常事態みたいなものですから、仕方がないのかもしれません。
「元がいいんですから、手を抜いちゃ駄目ですよ? お付きの従者さんがやってくれる日はいいですけど、セラフォルーさんはここで寝泊まりすることが増えるんですから、覚えなきゃいけません」
「あう、そ、そうだけど……ほら、私、実際にはかなり皆より上だし……肌年齢も、ね、あはは……」
「セラ。俺は今のセラも『もちろん』好きだけど、綺麗でいようと頑張ってくれるセラはもっと好きになれると思う」
「セラフォルー頑張るよ! すずかちゃんご指導ご鞭撻宜しくお願いします!」
なんとも姉らしいやり取りを見ながら、互いの化粧水や保湿液を少しずつ試して自分に合うタイプを探り合ったり、大翔くんのために自分を磨く時間も皆でやるならどこか楽しい時間に早変わり。
「封時結界さまさまだよね、ほんと」
フェイトさんに髪を整えてもらいながら、ぽつりと呟いたアリシアさんの言葉が妙に耳に残りました。
「お姉ちゃん、だからといって私にやってもらえるのが前提なのはどうかなぁ。アリサだって、私の髪を同時に整えてくれてるんだよ?」
「ま、アタシは髪が短めな分、こういうフォローも回れるもの。フェイトの髪も綺麗だからね、後回しにしてちゃ勿体ないイイモノだわ」
互いが互いの手入れを手伝える不思議な空間に、私も早く馴染もうと思ったのです。あ、椿姫はお姉様の前に大翔くんに髪を丁寧に整えてもらってご満悦だったみたいね。私は明朝の彼の予約権を取ったので、バランスを取ったというところですね。
次回はセラさん出番ですよ!
なお朝の模様。