今後は遅くても週一更新を目指します。
アリサさんやアリシアさんもこの形式の練習に慣れているからか、五日間程度で悪魔や堕天使の気配を大翔さんを同じレベルまで制御出来るようになっていました。大翔さんが、後は堕天使の力も『悪魔の駒』と似た形式にまとめられないか試行錯誤を始めてしまっていて、あれだけ忌み嫌っていた堕天使の力もいずれ着脱自在になるよと、すずかさん達に断言され、複雑な想いを持ってしまっています。
「既存の技術の改造や改良が趣味の一つだからね、大翔の場合。『悪魔の駒』の精密技術に目の色を変えて、類似品を作ってみたり、その試作品を細かく分解してみたりやってるからね。そろそろ体内の駒も取り出せるんじゃない?」
「研究者モードになると、時間経過が完全に抜け落ちるもんね、ひろくんは」
……やりかねないのです、大翔さんは。そう、長くお会いしていないおじ様とそっくりで。組織のトップでありながら、研究に没頭すると時間を忘れて、部屋から出てこなくなる──そんな部分が随分お会いしていない、おじ様と重なって。
一日に二、三時間は別の空間に籠って出てこないのも、その度にアリサさんやすずかさんが強引に連れ出しに行くのもお約束なのも、私はあっさり納得出来てしまったのです。
「朱乃さんは、基礎体力が足りないよ。軽い模擬戦でこれだけ息を切らすのは、遠距離で戦うといっても疲れれば判断能力も落ちるし、せめてアリシアちゃんぐらいにはなってもらうよ」
他にも、実力を確認する意味の模擬戦で、視認出来ないぐらいの速度で踏み込んでくるアリサさんや、私の雷や炎を全て凍てつかせて、一撃も入れさせてすらもらえなかったすずかさんに軽くあしらわれ、そもそも持久力や集中力が足りないと判断された私は、神社の階段を登りも下りも全力ダッシュ一日何本が追加されたり、雷を同じ地点にひたすら撃ち続ける訓練を行うようにもなりました。
アリシアさんが私と同じような模擬戦をしても、私のように息を切らすことはなく、疲れたようなポーズを取りながらも、すぐに次の訓練をこなしていたりしましたから、基礎的な体力はしっかりつけていることに疑いようも無かったのです。
足手まといになり続けるなら、大翔さんの近くにはいさせないと公言されている私は、必死に食らいついていくしかありません。それに階段を踏み外したりした時は大翔さんの治癒魔法がついてくるので、私がそのご褒美につられて、必要以上に無茶をして、回復してもらいながら、優しく叱られて、密かに満足していたり……。
驚いたのは大翔さんの世界の治癒魔法が、生物の代謝や自然治癒能力を一気に引き出すものであるらしく、種族関係なく効果があるものでした。ほどなく私も使えるようになりましたが、秘匿事項の一つになっています。私のいる世界は神器やフェニックスの涙でもない限り、治癒魔法の概念が無い世界なのですから。
「結界外に出たら、即座に治癒魔法というわけにはいかないんだから、無茶はしちゃ駄目だよ、朱乃さん?」
訓練中の容赦のなさとは打って変わって、優しく声をかけながら、治癒魔法を施してくれる大翔さん。ああ、この落差も私としては、非常に魅力的に見えてきます。普段は優しく温和なのに、いざとなれば容赦なく冷たく厳しくなる感じが、私の心をつかんで離しません、うふふ。
「……あの走り込みは無茶ではありませんの?」
「朱乃さんの魔力の乱れは、鍛錬中は常にチェックしてるよ。すずかやアリサの鍛錬に昔から付き合ってきてるからね、限界もおおよそ分かるし、鍛え方は知ってるから」
大翔さんが回復を担当してくれたのは、持久力向上のための鍛錬が単調で苦しさを覚えやすいからと、アリサさんが飴をくれたのです。
優しい声をかけられながら、大翔さんの治癒魔法に包まれると、痛みや疲れを忘れて、また回復してもらえるようにと、全力で身体を苛め抜くといった、自分ながら何とも分かりやすい行動に終始してしまうのでした。
◇◇◇◇
結界内でそんな修行漬けの日々が一週間程度続いた頃、お母様の霊体を何らかの形で固定化しようということになりました。
アリシアさんを介した憑依だと、どうしても一度に五分程度の制限があり、アリシアさんに都度通訳をして頂くにも、彼女の手間を取らせるという問題があります。
「まず、俺のレアスキルも何でも複写出来るわけでもなくて、アリシアや紗月の憑依技術が、二人の中で体系化されてない……ずっと、感覚や本能めいたもので使ってるからか、俺が複写出来ないんだよ」
「ただね、私に何回か憑依している朱璃さんが、コツはつかめたって言ってくれてるから、一定時間の具現化が出来れば、魔力とかを通じて誰かにやり方を伝えられるって。朱璃さんすごいよね。私やアリシアが感覚でやってるのを言葉で説明できるんだよ!」
『私達が説明すると擬音だらけになるもんねぇ……』
「で、相性がいいはずの朱乃さんなら、それなりに長い時間憑依できるかなと。霊体側の力が強いと憑依先の心を飲み込んでしまう可能性もあるけど、今の朱乃さんなら、そう易々と飲み込まれることはないって、朱璃さんも断言してるし……」
アリシアさん達の意識は二人で一つの身体を使用し続けることで、二人の自意識が強く確立しているためか、取り付いた霊の意識……この場合は、お母様が長時間の憑依をすると存在がどんどん薄れていってしまう。
「私達が仲立ちするから、朱乃さん手伝ってくれないかな?」
『朱璃さんが表に出ている間は、朱乃さんは意識して念話を使うといいかも。自分自身をしっかり認識することにも繋がるし』
私とお母様が、一時的ではありますがアリシアさん達のようになるということですね。お母様相手なら怖いという感じはしませんし、私が飲み込まれることは無いというのも、私自身よく分かりますから。
「アリシアさん、紗月さん、お願いしますわ」
大翔さんとまだ何も始まっていないのに、簡単に消えるわけにはいかない。なんて、お母様にはお見通しでした。
「では、いきますよー。えいっ」
二人の協力で、身体に何かが入ってくる感覚と同時に、私は意識がありながら、自分自身で身体を動かすことが出来なくなったことに気づきます。それでも、さほど怖さが無いのは、この身体を預けたのがお母様だからですね。
「……朱乃、身体を借りるわね。ふふ、やはり私の娘だからかしら、身体を動かすにも違和感が殆ど無いわ」
『私も不思議な感じです。皆さんが問題なく見えますし、声も問題なく聞こえるのに、自分で身体を動かすことが出来ないなんて……』
「お、導入は問題ないかな?」
「そのようですわ、アリシアさん、紗月さん。……改めて、ご挨拶を。私は姫島朱璃、朱乃の母親です。この度はこのような機会を作って頂いて、本当にありがとうございます」
お母様は大翔さん達に深く頭を下げて、感謝の言葉を伝えています。大翔さんから声がかかるまで、お母様は決して頭を上げようとしませんでした。
「巡り合わせが良かった、そういうことなんだと思います。俺達は俺達の負担にならない範囲で出来る協力をして、朱乃さんや朱乃さんのお母さんがチャンスをつかんだ。そういうことじゃいけませんか?」
「それに、朱乃はずっと大翔についてくるつもりだろうし、そうなれば朱乃のお母様も大翔の家族の一人だわ。家族を守るのに、理由なんていらないもの」
「私はまだ承認したわけじゃないよ、アリサちゃん」
「いや、そもそも朱乃さんが俺の家族になるのが確定してるのって、どういうことなのさ。それは朱乃さんに失礼だろ」
「え?」「はい?」「あらあら」「ひーちゃんェ……」『出たよ、ひろ兄ちゃんの変な鈍感さ』
皆さん、同時に似たような声が漏れ出ています。私自身はショックで言葉が出ません。いえ、今は出しようが無いのですけど。私の気持ちが大翔さんには伝わっていない、ということなのですか……。
「ねぇ、そういえばそうだったよ、アリサちゃん」
「あー、うん、小学校の頃を思い出した。大翔はそういう奴だったわね。恋人になってから結構経つし、目敏い悪い虫は見敵必殺だったから意識しなくなってたけど……」
「なんか物騒な話をしてないか、アリサ」
「気のせいよ」
「なるほど、朱乃もこれは苦労しそうですね、うふふ」
女性恐怖症の弊害、なのかしら。女性の好意を信じられない、いえ、自分に好意が向けられるなんてあるわけがない、という強い思い込みと言うべきでしょうか。
『婉曲的なやり方や間接的なやり方は通じないと思うべきよ、朱乃。好きなら好きだと、愛しているなら愛していると、ハッキリとそれも何度も心を込めて伝えないと、彼は信じることが出来ないと思うわ』
お母様からの念話が飛んできます。声に出さなくても、私の肯定の気持ちは憑依しているお母様にはダイレクトに伝わるようで、念話はそのまま続きます。
『だから、目の前にいるこの三人が、深く深く愛されているのよ。あの人の私への愛情と比べても遜色無いぐらいに、って朱乃、露骨に機嫌を悪くしないの』
『お父様の話は止めて下さい。私はお母様からお父様への変わらぬ想いを聞かされても、この十年あまりで積もり積もった、お父様や堕天使への憎しみを忘れたわけではありませんわ』
『はいはい。じゃあ、直接その怒りをぶつけてもらうとしましょうか』
『え? 直接?』
『私自身も思わないところが無いわけじゃないの。十年近くも朱乃を放っておくだなんて、父親としては論外。いくら私が殺されて、朱乃からその悲しみの矛先を強く向けられたとしても、愛娘を放っておくだなんて……うふふ、徹底した躾が必要よね?』
サディストのオーラを強く露わにしたお母様はいつの間にか鞭を手に取りしなりを入念に確認し始めていて、滾る血の熱さを感じながら私はやっぱりこの人の血を引いているのだと再認識されられます。
「ああ、手に馴染みますわ。朱乃の力を借りていますけれど、姫島の巫女が使える神道の力がこの鞭にも通りやすいですし」
私を産むまで、お母様は姫島家でも『朱雀』の継承候補と言われるほどの人だったそうで、その力を引いている私の身体を利用して鞭に炎を纏わせたり通電状態にさせたりと、楽しそうに振るっています。と言いますか、ものすごく扱いに慣れていませんか、お母様? 寸分狂わずに同じ位置に打ち付け続けているのに、特に集中している感じでもありませんし。
「アリシアに言われて、魔導具の鞭ということで魔力等が通しやすいことを意識してみました。後は頂いた朱乃さんの髪の毛を溶かして練り込んであるので、力が馴染みやすいのかもしれませんね」
いつの間に髪を回収して渡していたとか、大翔さんに魔力を帯びやすい鞭の製作を依頼したとか、一体何をやっているのですか、お母様! 私が知らなかったということは、アリシアさん辺りに協力を依頼していたのでしょうけど、何の目的でこんなことを……。
『さっき、直接って言ったでしょ? あの人を躾けるために、作ってもらったのよ。うふふ……』
念話の直後に部屋に現れた転移用の魔法陣。かつて見慣れていたそれは、私がもっとも会いたくない人のもので……。
「朱乃! 呼んだのは朱乃なのか!? あの鈴の音による知らせは朱璃母さんしか知らないはずの、ひぎぃ!?」
恐ろしい早さで転移直後の声の主に鞭は振り下ろされ、突然の痛みに悲鳴を上げます。
「あらあら、呼んだのは私ですわ、貴方。訳あって朱乃の身体を借りてはいますけれど、どうしてもお話しないといけないことがありましたから……ふふふふふ」
「あ、朱乃。何を言っているんだ、まるで母さんのような、ひぎぃ!」
「私の鞭の味、十年足らずでもう忘れてしまったの? ほら、ほらほらほらっ!」
女の子のような悲鳴を上げ続けるバラキエルお父様。恍惚とした笑みを浮かべながら、休みなく鞭を振るうお母様。
……嗚呼、私は紛れもなくこの二人の娘ですね。大翔さんに躾られる私、逆に大翔さんを躾る私。どちらの情景を思うだけで、お腹の奥が熱を帯びるのを感じてしまいます。
「この鞭の鋭さは間違いなく朱璃……! 朱璃のお仕置きだ……もう二度と味わえないと諦めていたのに、ああっ!」
「うふふっ、可愛い声で鳴く貴方を見られて、私も嬉しいですわぁ!」
お母様の鞭捌きは冴え渡るばかり。この機会に私もしっかり学ばせて頂くとしましょう。大翔さん達の魔力が少し遠ざかったようですから、鞭を振るう先は悪い虫に限らないといけませんか、うふふふふっ。