その前に元士郎くんが流石にイラっときたようです。
「ぶっ倒れろっ、いい加減にっ!」
「がふっ! 元士郎こそ、そろそろ膝をつけよっ!」
「がはっ! ……ぺっ、まだまだぁ! 今日こそはアンタをぶっ倒さなきゃ気が収まらねぇ!」
鈍い打撃音だけが響く、彼らが住まう館の広い中庭。転移してきた俺の目に映るのは、零距離で互いの拳をひたすらにぶつけ合う大翔とヴリトラの宿主の姿だった。
「大翔くん……匙……」
「大翔さん……」
「ひーくん、最後まで目を逸らさずに見てるからね……」
「元ちゃん……!」
「元士郎くん……」
「元士郎先輩、頑張って……!」
手を組み祈るような姿で彼らの戦いを見守る女達を横に、泥臭くも見えてしまう男同士の意地のぶつけ合いがそこにはある。気持ちを込めた腰の入った拳打は後退りを起こす威力があるはずだが、大翔の手首に巻きついている『黒い龍脈』が互いの左手首を拘束する役割を果たしていた。
「ん? 龍脈で力を吸い上げていないのか……?」
『そのようだな。純粋に互いの拳だけでやり合っているようだ。ジプシーの決闘にああやって互いの片方の手首をハンカチなどの布で拘束してナイフで殺し合うものがあるが、それの応用だな』
鈍い打撃音が響き合う空間の中で、アルビオンの説明に得心がいった俺は同じく二人の戦いを見守る赤龍帝の存在にも目をやる。物足りなさはあるが、彼も留まることなく成長を続けているのを見て取れどこか安堵する自分がいた。
「匙、あれ顔の骨折れてるんじゃ、ないか……?」
「……ええ、イッセー。匙くんは頬骨が窪んでるし、空知も完全に片目が腫れ上がって使い物にならなくなってる」
「一発ずつ殴り合って終わった話だと聞いていたけど、急激な会長や副会長の変化に『やっぱり綺麗事を言っていたから勝負しろ』ってことになったみたいだね」
「え? 会長や副会長、なんか変わったか?」
「……イッセーくんらしいね」
「イッセー、貴方はそれでいいのよ」
どうにも観察力には優れていないようだな。シトリーの姉妹や、その女王のまとう魔力が大翔のそれと交じり合っていれば、予測もつくというものだ。
「赤龍帝。男同士の意地のぶつけ合いってことは分かっているなら、それでいい」
「げっ、いつの間に……」
「今は黙って見守れ。そろそろケリがつく」
数十発と打ち合ったのだろう、二人とも足の震えが来ている。あと一撃か、二撃で勝負の時だ。
「もう、腕があがらねぇ……くそっ、大翔さん、アンタ前衛向けじゃないだろがっ……」
「得意なのは確かに、遠距離だけど、さ。あれだけ多くの女の子を守るって言い切った俺が、不得意なんて、作ってられないだろっ……? 元士郎の怒りを受け止め切って、立っていられなきゃ、俺はソーナ達の男である資格がないじゃないかっ!」
「~~~~~!! だから、アンタは目標だし、腹も立つんだっ! 有言実行をどこまでやるつもりだよっ!」
「どこまでだって貫き通してやるっ! 元士郎、お前だって折れるつもりなんて無いだろうが!」
ゴッッ!
その怒号が合図。二人は互いに背中を限界まで後ろに逸らせ、そして額を激しく打ち付け合う頭突きを叩きつけあった──。
「ちく、しょう……これでも、届かないの、かよ……!」
膝を折り、大翔の肩に頭を預ける形で崩れ落ちていくヴリトラの宿主。だが、その差は数秒。大翔も彼を支えながらも、自らも地面に膝をついた。
「引き分けだ、元士郎。もう立っていられない、な。俺も……ほんと、まだまだ、だ……」
張り詰めていた空気が弛緩した途端、すぐに二人へと駆け寄っていく女達の姿。大翔の正妻的立場である紫髪の女性が指示を全体に矢継ぎ早に飛ばしていく。
「朱乃さん、フェイトちゃん、カリムさんは三人でひろくんに回復魔法をお願い! ソーナさん、椿姫さん、花戒さんに草下さんは匙くんをお願い! 下手に動かしちゃ駄目だからね! 魔力は惜しまず使って! 私や黒歌ちゃん、白音ちゃんから足りない分は渡します! アリサちゃんは由良さん達を連れて行ってストレッチャーを持ってきて! 大至急! ファリンは一緒に行って、そのまま安静に出来る場所を手配して!」
「分かったわ! 由良、巡、仁村、行くわよ! もたもたしない!」
「元士郎先輩、すぐに戻りますから!」
「皆さん、こっちです! 玄関近くの倉庫にしまってあります!」
即座に駆け出す者達。猫ショウの姉妹はすぐに何やらその場に魔法陣を生成し、その後で治療班への魔力供給を始めていく。
「治療効果の高まる陣を組んだから、治りも早くなるわ。すずかに私や白音は気を魔力に変換できるから、心配せずにガンガン魔力を使うにゃ! ただし焦らずに、適切な強さで! 行き過ぎた治癒効果は逆に身体を壊すにゃ!」
「私も何かできないかなっ!?」
「セラフォルーはまだ細かい回復は出来ないでしょ! 魔力を分ける方に回る!」
「りょーかいっ☆」
大翔の世界は治癒に関する魔法がある。とはいえ、決して万能ではなく、体力と怪我の治療を同時にするのは難しく、かつ、元来の治癒魔法にそこまで即効性は無いと効く。疲労感を緩和するなど、その程度のものだと。
「相手の状態を漏らさずに見て……」
「必要な分だけ、治癒魔法に使う魔力を注ぐ……!」
「私と椿姫は体力面を。桃と憐耶に傷は任せましょう」
大翔が改良を加えたことである程度の即時効果を齎したようだが、その分魔力の消費は激しいということか。なるほどな、集団で戦う者達には有効な手段の一つになる。
「カリムさんに傷はお任せします。一番得意にされていらっしゃいますから」
「私と朱乃で体力だね、わかった」
「大翔様、少しの辛抱です。痛みをすぐに取り除きますから」
さしずめ女の戦場といったところか。ナイチンゲール達が傷ついた戦士を癒すために各々の役目を必死に果たそうとしている。邪魔にならぬように遠巻きに覗き込み、こちらに気づいた大翔と目線を合わせた。意識はハッキリしているようで、こちらと会話する余力はあるようだ。
「ヴァーリ、来てたのか」
「ああ、君がそちらのヴリトラを宿す男との模擬戦中にね。時間の流れが違う結界内に直接転移できるというのは、幾度経験しても不思議なものだ。転移の瞬間に少しだけ頭が眩む感覚があるから、それを認識できるが」
「普通の転移だとそういうことはないからね。時間軸がずれる時にどうしても違和感を脳が感知するから、いくら術式を安定させても感覚が残るらしい。まぁ、結界内で過ごすことも多くなったから、逆にそういう違和感が残る方がいいとも思うようになってしまったよ。本来の予定を確認する手帳やタブレットも絶対に手放せなくなったよ、あはは……」
穏やかに笑う彼だが結界内でまたある程度の時間を過ごしていたのだろう、こうして傷ついた後でも彼が内包する力が増しているのが分かる。元々、初めて出会った時点で中級悪魔じゃ相手にならないと思った相手だ。いよいよ上級悪魔でも戦闘に秀でた者でなければ、勝負にならなくなっているだろう。
「君が強さだけを求めてくれれば、俺との熱い勝負がすぐにでも楽しめるのにな」
「それでもヴァーリには遠く及ばないよ。今だって元士郎にいいのを何発も浴びてしまって、辛うじて引き分けに持ち込んだぐらいなんだから」
確かに手痛いものをもらった痕が身体のあちらこちらに見受けられる。自分の王の変化がきっかけだったのだろう、今日のヴリトラの宿主は鬼気迫る様子で戦っていた。火事場の馬鹿力のようなものだが、一時的に中級悪魔の力は十分に超えていたと見る。その相手に自分の得意距離ではなく相手の土俵で勝負しても負けはしない。
「謙遜もそこまで来ると嫌味だよ、大翔さん」
「元士郎、意識はハッキリしてるか?」
「ああ、飛んでたのは一瞬だし、会長や桃たちがどんどん痛みを和らげてくれてるしな。でも、これでやっとスッキリしたよ……。……頼むぜ大翔さん。会長や副会長、二人とも絶対に、絶対に最後まで幸せにしてくれよ。もちろんセラフォルー様も。じゃねえと、諦める意味がなくなるからさ」
「ああ、必ず幸せにするよ。直接な力だけじゃない、権力も謀略も、あらゆる力をもっと自分のものにして、どんな手を使おうとも、ソーナ達を俺の元で幸せにする。立ち塞がるものはすべて、潰してやるさ」
彼の漏れ出た魔力や気に反応し、つむじ風が巻き起こる。ああ、いい闘争心が交じったいい風だ。すぐにでも闘りたくなるが、今の傷ついた彼では物足りないのも分かっている。彼は個人の戦闘力だけでなく、色んな強さをモノにしようとしている男だ。着実に歩を進めても、時間はかかる。だから俺の望む戦いを実現するなら、今は我慢するしかない。分かっているさ、だが……。
「白龍皇、その物騒な魔力を収める。出来ないのなら、我が相手する」
「逆にお手合わせ願えないかな。この昂ぶりを鎮めるのは少々骨が折れそうなんだ」
「今は結界維持に手を回せる者もいない。だからお前は眠れ?」
オーフィスの言葉の直後、情けないことに俺の意識はすぐに途絶えた。知覚不能の速度で顎に必殺の一撃をもらったらしい。気づけば俺がオーフィスに抱えられる形で意識を失っていたらしく、俺だけではなく他の場にいた全員が知覚出来なかったようだ。
無限の龍神、なんという規格外の強さなのかと俺は再認識した。俺の目指す頂はまだまだ遥か先にあると、それを思い知らされる一日になってしまった。ただ、かの龍神に鍛錬を受け続ける大翔は必ず強くなっていく。俺は当面、退屈を感じる必要は無さそうだ。
◇◇◇◇
「え? 話してみて欲しい眷属がいる?」
「ええ。私の僧侶なのだけど、実は対人恐怖症で旧校舎で引きこもりの生活をしている子がいて……」
ひとまず傷が塞がり、動ける程度まで回復した俺と元士郎は皆で一緒に朝食を頂いていた。バイキング形式がすっかり定着してしまってるけど、この人数が当たり前になってるので周りも当たり前の感じになっている。
そんな中で最近、若干打ち解けてきた感のあるグレモリーさんから、眷属についての相談を受けていた。
「ギャーくんのことですね。ギャスパー・ヴラディといって女装好きの男の娘です。見た目が完全に女の子ですが、あくまで男の子ですので」
白音が補足説明してくれるが、その視線はイッセー君に向けられていた。皆、ああなるほどと頷いてしまっているので、イッセー君がそこまで節操無くねえよ!? と抗議するものの擁護をしてもらえてない。
「先にその情報を伝えるのね、小猫……。ええと、そのギャスパーはヴァンパイアのハーフなんだけど、自分の神器の制御がままならないこともあって、今の私じゃ扱え切れないと旧校舎の個室に封印状態になっているのよ。ただ、食事とかの受け渡しで部屋に入ることは必ずあるし、貴方と話をすることで変化が生まれるんじゃないかって……」
「神器の制御が出来ないというのはどういうことです?」
「『
「バロールといえば、ケルト神話に登場する魔神の名前だよね?」
朱乃の説明にすずかが何かを思い出したようにその名を口にする。すずかの言う通り、魔眼のバロールの異名を持つ魔神のはずだ。ああ、そういえば最近、すずかと蔵書室に篭って読書に耽る時間を取ってなかったなぁ。
『すずか。近々あの部屋に久し振りに篭らないか?』
『うん、いいね。朱乃さんやソーナさん達の世界って神話世界と密接だから、読み返すのにはいい機会だと思うし。私もひろくんと静かに本の虫になりたいな』
念話でそんな約束を交わしながら、神話などの伝承に詳しくない皆に俺達の世界で伝えられている魔神バロールの逸話をかいつまんで説明する。視線で相手を殺せる魔眼の瞼を開けるのを供の者が数人がかりで務めていたとか、娘が嫁ぐ事が自らの破滅に繋がる伝承とか、そんな言い伝えを。
「ギャスパーに視線で命を奪うような力は無いわよ!?」
「リアス……落ち着きなさいな、大翔くん達の世界での逸話と言っているじゃない」
「そうだけど……神話の伝承って、次元を超えるとはいえそこまで変化するものでも無いじゃない……」
「でも、部長。魔力を使えるのが悪魔限定じゃないじゃないですか、大翔さんの世界って。だから時間だけを奪うってことなんじゃないですか?」
「亜種の禁手に至ればあり得るのかもしれないが、『停止世界の邪眼』についてそういう話もアザゼルから聞いたこともない。現時点でそう心配することもないさ」
二天龍の宿主の言葉にグレモリーさんも少し落ち着きを取り戻す。思い込みの激しい所があるけど、彼女も眷属思いなのは間違いない。ただ、相手の意思を差し置いて自分が良かれと思う方向に走ってしまうことがあるから、その辺りが朱乃や白音と亀裂が入りかけた要因になっている。
ソーナや朱乃がいる時はこうして方向修正も出来るけど、公の場で助言すらままならないこともあるだろうし。この辺りが彼女の抱える課題なんだろう。
「一度、近々会ってみましょうか。時に関する力を扱う者同士で何か伝えられることもあるかもしれない」
親切心だけでもなく、自分の時空間に関する魔法に何かしら参考になることがあるだろう。そんなこちらの思惑も含めて、俺は話を受けるのだった。