「すごい、すごいわ! ああ、もうずっとこの部屋にいたいぐらい! 私もここまでは揃えられていないもの! 小型ロボットだったら設計から制作まで全て出来るぐらい、必要なものが全部揃ってる!」
「分かってもらえるだけですごく嬉しいです。周りじゃすずかぐらいしかこういう話は出来なかったから……」
女の子で分かる子は確かに少ないもんね。男の子の趣味に理解は見せてもその価値や意味まで正しく分かるとなれば別の話だし。私はひろくんと一緒に経営学と機械工学を大学で学ぶ予定だから、殆ど同じ授業を受けることになる。それ自体も楽しみだし、研究や開発の幅が広がることに対しても期待している私がいる。
「ふふ、これからは私も相手をさせてもらいたいわね。ところで、すずかさんの家の会社は工業系なのよね?」
「大型機器がメインなんですけど、小型のロボット系統も私の代で軸に出来たらなと思っています。開発はひろくんとこの部屋で出来ますから、会社の開発室と競い合う形もいいかなって。製品化の落とし込みは一緒にやればいいわけですから」
自動人形の製作技術などに代表されるロストテクノロジーをもう一度私達の手で復活させる。そうすることでノエルやファリンの長期の安定稼働にも繋がる。あと、ウーノさんやドゥーエさんのような生体と機械を合わせ持った身体のメンテナンスがあのドクターしか出来ないというのが悔しいんだよね。
ひろくんを弟分として本当に大切にしてくれるあの人達を、何をするか分からない不安が常について回るドクターでなくても、私がちゃんと調整できる技術を身につけたい。それがクアットロへの抑止力にも繋がるから。
「私はあくまで趣味の領域だけど……長く生きるのだもの、そうね、専門領域まで自分を高めるのもいいかもしれない。少なくともそういうつもりで取り組もうかしら。……ヒロ、これはどういう器具なの?」
「それは魔導器具で、たとえばジャクトリヤに定着した魔法陣を書き換える時に使うもので──」
シーグヴァイラさんへ使い方をレクチャーしながら、私達は丁寧に四機のメンテナンスを進めていく。弱っていた間接部を取り替えたり、魔力経路の流れを整えたり引き直したりとか。
あとは魔力核を増設する作業はひろくんが集中して行い、その集中力から辺りに漂う緊張感に見学組も押し黙ったりね。私はその間必要な器具を交換してひろくんの手に渡すことに徹していた。ひろくんの呼吸に合わせて器具を渡せないと作業を滞らせてしまうもん。
「よし、終わった──。すずか、サポートありがとう」
「長時間、お疲れさま。うん、見違えたね。みんな」
「本当にありがとう、二人とも。本当に貴重な時間だった。それにこの子達もとても嬉しそう……。ふふ、前のことをちょっと思い出してしまったわ」
扱ってる技術が高度になったものの、ひろくんの仕草とか目つきの真剣さとかは変わらなかったとシーグヴァイラさんは口にした。ほんのり瞳が潤んでしまうぐらいに、懐かしさが込み上げてしまったらしい。
「みんな殆ど寝てしまったみたいね……結界内の時間でもう朝に近いぐらいだもの、無理も無いわ」
起きているのはアリヴィアンさんと朱乃さん、匙くんぐらいのものだった。作業が終わるのを見計らっていたのか、朱乃さんが湯飲みをお盆に乗せて近づいてきていた。匙くんと共に壁に寄り掛かって眠ってしまっているみんなに毛布をかけてくれていたみたい。
「はい、お茶が入りましたわ。緑茶ですけれど、大丈夫でしょうか?」
「ありがとう、姫島さん。嗜んでいるから大丈夫よ。アリヴィアンは……」
「少しだけお湯で薄めれば、大丈夫かと」
アリヴィアンさんはプロの執事として寝ないとは当然のことと言っていたし、匙くんは分からない部分もあるとはいえ、やっぱり男の子。一部始終、楽しく見させてもらったと嬉しそうにしていた。
「お母様の素体作成の際に関わらせて頂いた技術と重なる部分があったので、興味深く見させて頂きましたわ」
朱乃さんもそういう理由で最後までしっかりと見届けたようだ。あと、朱乃さんはひろくんの好きなものは全部興味を示す傾向が強いから、多分、自分に色んな理由をつけて好きになってしまおうとしてるのだと思う。こういう部分は私とそっくりなんだよね。相手の色に染まりたい願望があるし、同じ視線に立ちたくて仕方ない。
「……ヒロ、ホントはこういう技師みたいなことしてる時が一番楽しいのよね。すごく生き生きしてるのが伝わってくるもの。私もとても楽しかった。以前は見ているだけだったもの。一緒にこうして作業するのがとうとう叶ったわ」
「喜んでもらえたのなら良かったです。長い作業になったので疲れが先に来るかなと思いましたから」
「ふふ、ありがとう。ねえ、ヒロ。一つ聞いてもいいかしら」
「はい、何でしょう?」
「開発の道へ進んだり、研究者になることは……考えなかったの?」
「そうですね……あくまで趣味の範囲と思ってました。すずかやアリサを支えていくことを考えた時に、研究に没頭するわけにもいかなかったですし……」
ひろくんの言葉にどこか納得したように、シーグヴァイラさんは頷いてからもう一つ質問を投げかける。
「望むなら私は貴方に研究や開発だけに没頭できる環境を用意してみせると言ったら、ヒロはどうするかしら? もちろん、すずかさんや他の貴方のパートナー達も共同研究者として来てもらって構わない」
「シーラさん……?」
困惑の声を漏らすひろくん。私も別の意味で驚きを覚えていた。ひろくんを自分の側へと誘うかもとは思っていたけれど、私やみんな一緒でもいいとまで言うなんて。朱乃さんもアリヴィアンさんも、匙くんも驚きや戸惑いで顔色を変えてしまっている。
「名目上、私の子飼いみたいな扱いにはなるけど……私がいる限り誰にも手は出させない。勝手な言い分だけど、ヒロはもっと自由に生きて欲しいの。貴方がこの子達の調整や改良作業をしている時、ずっと生き生きしていたわ。目も前と同じようにキラキラ輝かせて。成長してもヒロは変わらないんだと懐かしくもなったし、同時に嬉しかったのよ」
そんなシーグヴァイラさんが優しげな瞳になっているのに気づいた私ははたと気づきます。この目を私はよく知っていると。
『大丈夫よ、すずか。すずかは大翔と必ず一緒にいられる。お姉ちゃんが保証してあげる。私が恭也とこうして一緒にいるように、すずかも大翔の傍にいるのよ』
私を見る忍お姉ちゃんの瞳。そして、ソーナさんを見る時のセラフォルーさんの瞳。姉として兄弟姉妹を思うそれに、とても似ている。ただ、それだけじゃなくて、ひろくんを見る瞳には女の色も混じっている。ひろくんを弟のように思いながら、恋心も抱いているわけで。
私の旦那様は一ヶ月の間にシーグヴァイラさんの母性をとことん刺激して、時に頼りがいのあるところを見せたりしたんだと思う。普段は凛々しいのに、膝枕で見せてくれる寝顔はこちらへの安心感で溢れているから。たくさん甘えさせてあげたいし、甘えてしまいたい。そう思わせてくれるのがひろくんだ。
「自分から雁字搦めになることなんてない。すずかさん達は一緒に連れて行けばいい。それこそ、家を捨ててでもついて来てくれる相手は多いと思うわよ? 皆、貴方のことが大切で仕方ないみたいだから」
余裕を持って言葉にしているつもりのシーグヴァイラさんの声が徐々に震えを帯びていく。可能性の提案の振りをして、ひろくんに選び取ってくれと内心で叫んでいる。
「すぐ答えを出してというわけじゃないから……」
「……そうですね、きっとその生き方は楽しいでしょう。すずか達も共にいられるのなら、言うことはない」
「だ、だったら……!」
「だけど、俺の庇護者になるシーラさんは大きな厄介事をずっと抱え込むことになる。だから、その話は受けられません。俺、古臭い考え方かもしれませんが、自分が信を置ける女性に守られるだけって駄目なんです」
ひろくんは立ち上がって二対の悪魔の翼、同じく二対の羽を広げていく。そして……新たに広がる、翼や羽と似た色合いの一対の龍翼。朱乃さん達の世界で『無限の龍神』という存在である、オーちゃんの力を宿したことによる変化。
そして、その威圧感を全て打ち消すほどの愛らしさをかもし出す、白音ちゃんの髪色と似た白銀の猫耳に尻尾……! ふふ、この首に巻いた時のもふもふ加減に暖かさがいいんだ……♪
「ちょっと、すずか? 真面目な話をだな……」
「だって、もふもふの尻尾だよ? 猫さんだよ?」
我慢できるわけがないもん。ほら、朱乃さんも猫耳を撫でてご満悦だよ? あ、ナハトも出るように言われたんだね。うん、おいで。一緒に尻尾に丸まろうね。
◇◇◇◇
今日だけで何度驚かされたことだろう。ヒロはキメラのような生体へ変貌を遂げてしまっていて、しかもその力を気配を感じさせないレベルで制御出来ている。ただ、私が恐怖を感じないのは、うん、このもふもふのせいね。間違いないわ。
「その、今日のお嬢様は色々と軽率に過ぎる。だから、代わりに私が聞いておきたい。こほん。大翔、これはどういうことだ。多種族の翼や羽、さらにその魔力を宿した軽装の鎧は一体……」
軽率とは失礼ね、アリヴィアン。貴方だって昔のヒロの呼び方に思わず戻ってるじゃない。ヒロが宿す力に敵意を感じるの? 護りたい、そんな暖かさを感じるわ。本当にヒロはもう……皆を護りたい想いで、多種多様な力を受け入れて自分のものにしてきたのね。
「俺個人の先天固有技能、ああ、詳細は伏せさせてもらいます。とにかく、その技能の延長で俺は今、悪魔・堕天使・龍の力をこの身に宿しています。耳や尻尾、この鎧も似たようなものですね。俺が近距離を得意としないので、使いこなしきれていませんが。そして、こちらはナハトヴァール。俺の使い魔です。但しそちらの契約とは多少違う結びつきですし、普段の彼女は実体化せずに俺の身体に融合しています」
「私やお嬢様の世界とは違う理だな。そして、お前は変わらず理性を保っていることも」
「大切な人達から与えてもらった力ですから。俺は託された者として相応しくあれるように努力するだけです」
「……お嬢様がお前を隠して護ろうとすれば、特大の厄介事を抱え込むのと同じなのは理解した。優秀なキメラ生命体を抱えるとなれば、お嬢様でも正直庇いきれるかどうか。セラフォルー様もソーナ様もお前に熱を上げているようだが、その危うさを本当に理解しているのか……?」
そうね、軽率な発言であったかもしれない。ただ、ヒロ。貴方が不自由に生きる様を止めたいのは本気なのよ?
「セラやソーナを護るにも必要な力ですから。俺を信じ連れ添ってくれるすずかや朱乃達……皆を護り切るには、まだまだ力も何もかも足りないんです」
「そりゃ一人で抱える腕は二本しか無いんですから、大翔さん。一人で出来ることには限界がありますよ、どれだけ強くなっても」
「……元士郎」
思い詰める傾向が強いヒロ。そんなヒロの頬を張るように、彼の友人である匙くんがヒロの態度を笑い飛ばす。
「だから、まだまだ弱っちいですけど俺も頼って下さいよ。まして、月村さんや会長、姫島先輩達は俺以上に覚悟も実力も備えている。チームで何とかするって話は嘘だったんですか?」
「いや、そうじゃないんだ。ただ、その中でも俺個人も強くなければ……」
「ヴァーリが言ってましたよ。大翔さんの成長は止まることなく続いている。そして、それに負けじと食らいついていくこの集団もどんどん実力を上げていると。セラフォルー様やオーフ……オーちゃんを別にしても、俺達全員でかかれば危ないってヴァーリは愉快そうに笑ってましたから。大丈夫です、俺達は確実に強くなっていってる。第一、俺は大翔さんに会うまで一応、地元じゃ負けなしだったんだぜ?」
「元士郎……そうだな。力が入り過ぎているね、俺は。悪い癖とは思うんだけど。ありがとう」
ニッと相好を崩した彼の笑みは強張っていたヒロの力を抜くには十分だった。一つハッキリしたのは、ヒロの基本的な部分はそのままでも、やはり年を重ねたことで私が知らない部分もたくさんあって。そして、この数年間の私も変わらない部分はあれど、変わった部分もたくさんある。
「ヒロ。私、貴方との再会で逸り過ぎていたわ。だから、また会いに来てもいい? 多分、現実時間だと就寝前の三十分や一時間がやっとだと思うから、その度に結界を張ってもらわないといけないと思うけど……」
「……えっと、厄介事の固まりって話を聞いたはずなのに、その判断でいいんでしょうか」
「それこそ、ヒロが決めることではないわ。アリヴィアンの進言は頭には入れるけれど、判断するのは私だもの。貴方は私が知るヒロのまま、思った以上に力強く成長してくれていた。それだけのこと」
もっと彼を知ろう。私のことを知ってもらおう。やっと、もう一度見つけ出した彼との繋がりを、より太く強靭なものにしていくためにも。私の世界に、また色が戻ってきたのだから。
「アリヴィアン。お父様、お母様への報告は私が行います。その際には貴方も同席なさい。但し、ヒロのこの秘めた力については他言無用。彼が私への忠告のために、あえて手札を開示してくれた。私は誇り高きアガレスの者として、また、彼を我が家名において守り通すと立てた誓いは今でも変わりはしない。私は、ヒロの想いに応えねばなりません」
「……承知しました、お嬢様」
「さて、そろそろ今日はお暇するわ。来る時は事前に連絡を入れるわね」
「あ、その連絡なんですが……実は封時結界の中にいることも多いので」
ヒロとすずかさんが示した一つの魔法陣。これを通信用の機器に埋め込めば、時間軸のずれた封時結界内への連絡が可能になるらしい。連絡をすれば転移用の魔法陣を開いてくれるとのことだった。
「シーラさんなら計算式の処理を覚えれば何とかなるとは思うんですが、ちょっと指導するには時間が足りないので」
「ふふ、じゃあ次回以降はしばらく『先生』と呼びましょうか?」
「勘弁して下さい……」
このからかった時のちょっと困った感じの苦笑いなんて、ちっとも変わっていないのだから。