「シーグヴァイラ! 良かった、無事だったのね! あんな書き置きを残していたものだから、何か超常的な能力者に攫われたのかと思ったわ!」
「申し訳ありません、お母様。ご心配をお掛けしました」
そうして戻った実家は本当に大騒ぎだったようで、騎士のバーフィルにも泣かれる始末。こちらの経過時間では二時間程度のものであっても、今回のことで思い知ったが突拍子のない行動を私が取るなんて、皆少しも頭に無いのが良く分かる。
冷静で怜悧といった世間評が家族や使用人にも浸透している証拠なのだけど……。趣味に没頭したり、関連話で前のめりになる私を知るのがアリヴィアンやお父様だけだから、余計にそうなるのね。お母様には見せないように徹底してきたわけだし、無理もない。
「でも、今回は一体どうしたの? 貴女が我を忘れるほどの出来事があったのでしょう?」
「はい。詳しい話は私の執務室で宜しいでしょうか。同席はアリヴィアンとバーフィルのみでお願い致します」
「まあ。これは気を引き締めて拝聴しなくてはね」
私の髪色はお母様から受け継いだもの。そしてストレートの髪質はお父様。お母様は少し癖っ毛でそれを生かす形で巻き髪にされている。その巻き髪が頰に手を当てながら首を傾げることでふわりと揺れる。童顔の傾向があるお母様だから、その仕草がどうにも様になっている。
……貴族のご令嬢を地で行くお母様に『可愛い私のシーグヴァイラ』と言われて育てられてきたが、内心嫌味だと思うようになったのも随分早かった気がする。お母様にそのつもりは無いのは分かっていても、だ。
ただ、私の醜い心情を露わにしても仕方がないこと。それに、ヒロの件をどう伝えるかによって、今後の動きも大きく変わる。私は気を引き締め直し、自室へと向かう。
「ふふ……少なくともシーグヴァイラ自身にはとてもいい報告のようね。声が僅かに弾んでいるのに気づいていないのだから」
ただ、お母様の呟きに気づかないほどには、普段の平静を失っていたのだ。
◇◇◇◇
「急な帰還には驚きましたが、嬉しいものね。こうして家族で揃って食事を取れる機会というのは」
「驚かせて申し訳ありません、お母様」
「責めているわけでは無いのよ、ソーナ。でも、食事を取ったらまたすぐに戻るなんて、随分と忙しいこと。貴方の真剣な表情といい、それだけ急を要する大切な話ということなのね。ねえ、あなた。……あなた、どうかしましたか?」
シーグヴァイラちゃんを送り出した翌日の朝早く、私とソーナちゃんと他一名はすずかちゃんの家から実家へ直接転移をした。封時結界が解かれていれば次元間の距離補正など計算事項が少なくなるとかで、ソーナちゃんがひーくんのフォローを受けつつ、さっさと魔法陣を構築してしまったのだ。
「……シーグヴァイラに負けるわけにはいけませんから」
そう言ったソーナちゃんの顔は『絶対怒らせちゃいけない奴だコレ』と確信するぐらいにヤバかったんだぁ☆ いや、心の中だけでもはっちゃけないと逆に震えが来るよ、アハハ。『私の妹が魔王以上の威圧感を放っているんだが』とかノベルのタイトルみたいだよねっ☆ ……ほんと怖かったんだから。
朝から封時結界をもう一度張ってもらって、心ゆくまで満たしてもらったのにこの威圧感なんだもの。ソーナちゃんはお父様とお母様を絶対に説き伏せるんだって恐ろしく気合が入っていた。私と違って本気でシトリーを捨てていいだなんて、ソーナちゃんは思ってない。ひーくんの愛情も、お父様やお母様が守ってきたシトリー家の当主としての責務も、両方手放すつもりは無いんだ。
『セラフォルー様、家族水入らずで過ごされませんか? 私は別室で待機しておりますので』
『待って椿姫ちゃん! 貴女が最後の砦なんだからっ!?』
『何の砦ですか!? むしろ、生贄としか聞こえませんよ!』
念話で互いにソーナちゃんを押し付け合う私と、他一名に該当している椿姫ちゃん。眷属の女王は王と一心同体だからね……朱乃ちゃんは例外だよ、そういうことにしておこう。他のシトリー眷属? ソーナちゃんの命令で同行することになった椿姫ちゃんが目で訴えた時にサッと目を逸らしたり、実りのある話し合いになることを願っているとか爽やかな顔して言い切った元士郎くんのことかな? 知ってるんだよ、セラフォルーさんは。そう言う彼の手が異様に汗をかいていたことを……!
ひーくんが同行しようかと提案してくれたのに、まずは私から話をするってソーナちゃんが言い切ったんだもん……。
『共に逝こうよ、椿姫ちゃん。ソーナちゃんがやり過ぎた時に止められるのは私達だけだよ』
『実姉の責を果たされるのが宜しいかと』
どう話が転ぶかは別として、私はポケットの中の小さな機械のスイッチを入れる。その直後だ、念話の醜い争いをする中で不意にお父様が口を開いたのは。お母様の呼びかけにもすぐに反応せずに、ずっとソーナちゃんを見つめていたお父様が。
「朝食の時間だけでは足らんだろう、ソーナ。私もシトリー家の当主だ。学園の長期休暇以来のお前を見て、正直驚きを隠せない。何か魔道具で魅了等の力を封じてはいるが、完全にシトリーの力に『目覚めている』のだな。しかも、その力に飲まれることなく、お前は非常に安定しているように見える」
お父様の身体が震える。俯いて激しく震え出す。あれ……憚りなく号泣してる!? あ、また顔を上げたけど、顔面が見せちゃ駄目な顔だよお父様!? ソーナちゃんも椿姫ちゃんもドン引きしてるよ!
「つまりだぁ! 力に目覚めたシトリーの女子がこれだけ心身状態が安定しているというのはぁ、今ソーナがかけている眼鏡などの魔道具の力を差し引いたとしても! 大人への階段を駆け上がっ……ぶぺらっ!」
そして顔面に大きな水泡を叩きつけながら、椅子ごと打ち倒されるお父様。執事長も部屋から即座に撤退を果たしていた。なお、主犯はお母様ね。
「乱心したこの人は放っておくとして、ソーナ。私も嫁いできた身とはいえ、シトリーの血筋に発現し出やすい影響はよく理解しているつもりです」
「お母様……」
「愛と情欲に関わる全てを支配できる力。それゆえ、力の発現を果たしたシトリーは、色欲や性欲を司るアスモデウス家やベルフェゴール家と同じく恐れられ続けてきた。ですが、ここ何代かは完全に力を覚醒する者がいなくなっていた。貴方の父上ですら完全な力の覚醒ではなかった。覚醒したのも私を娶ってからのことですしね」
お母様はお父様の無自覚な力の干渉を受けたことで、それに気づいたのだという。政略結婚ではあったものの、お父様と結ばれた後、夜の営みに躊躇を感じなくなった自分や愛おしさが急激に増幅していくのを感じたのだという。
「私はそれまで恋や愛に全く夢を見ていなかった女だったから、これはおかしいとなったわけ。それから、貴方達のお父様の力の覚醒度合いを解き明かす中で、本当の夫婦になっていったわけだけど。ただ、このシトリーの力が女児に強く現れた場合、自らの本能を強く刺激することで、幸せな生活が望みにくいことも知りました。セラフォルーは私の気質が強く出たからか問題は無かったけれど……ソーナ、貴女は知ってのとおり、幼少期にアジュカ様に協力を請い助けて頂いたのです」
悪魔は出生率の低下だけではなく、元来持つ力の発現率も低下する傾向にある。だけど、ソーナちゃんはお父様が力の発現を果たしたことによる、正しくシトリーの力を引き継いで生まれてきた。
「ソーナ。貴女は完全に力を発現させたのね?」
「……はい、お母様。私はある方に恋愛感情を抱き、自らの力を自覚しました。今はこの眼鏡に加え、このブレスレットとネックレスで常時発現している魅了の力を抑えています。自分でも制御は出来ますが、睡眠時や平静を保てない時はそうもいかないので……」
「そのネックレスやブレスネットも、サファイヤよね? その宝石に力を抑えるための魔力を込めてあるみたいだけど……」
「ひーくんが一品物として作ってくれたんだよね~? ほら、お母様。私はアクアマリンで作ってもらったの♪ ほら、椿姫ちゃんはアウイナイトだよ♪」
「え、アウイナイトって稀少品で加工も難しいと言われる宝石でしょう? まあ、そのひーくんって一体何者なの?」
お母様ももちろん装飾品に興味がないわけじゃないので少し話が脱線したわけだけど、ハンドメイドで装飾品を兼ねた魔導具を作れちゃうひーくん自体にも強く興味を持ってくれた。
「ソーナは、いえ、セラフォルーも椿姫さんもそうね? 貴方達は既にその男性の『女』なのね」
「えっ……、どどどうして!?」
「私だってお父様に愛し続けて頂いている女だもの。分からないはずがありますか。肌艶の状態、満たされている女だけが滲ませる色香……よっぽどいい人を見つけたのね? まさか、ソーナとセラフォルーが同じ人を見定めるとは思いませんでしたが」
お見通しですよと言われて分かり易く動揺する私が落ち着くのを待って、お母様は再度私達に問いかけた。
「意中の男性がいることは分かりました。貴女達を深く愛してくれているであろうことも。だからこそ、私は問わなければ。その彼を、冥界の現状へと巻き込むの?」
「躊躇無く巻き込めと、叱られてしまいました。当主を務めると決めたのならそれが私の人生だけど、そのことと俺を切り離すなと。苦労ぐらい一緒に背負えないで、ソーナの一生を支えるなんて言えない……とまで」
「ひーくんが言う、自分の女にするということは相手の人生を丸ごと飲み込んで支えていくということだって。それが出来ないのならば、俺は手を出さないし、出せないって。覚悟を決めてひたすらに前に進むこと。それが重たいと思うなら、今の内に逃げろって言われちゃった」
「その代わり、私達の愛情を独占する。それが対価だって笑うんです」
「……なんというか、変な拘りがあるのかしら。ブシドー? 騎士道というには違うものね。会わせてもらえるのね、その人に」
これから食事の時間の筈だから、お父様達の仕事への出立まで最低でも一時間は余裕があるのを確認できた。部屋の外で待機していた執事長には食事の件を謝って、私はひーくんに連絡を取る。
その間にソーナちゃんがひーくんの時空間魔術を得意とする魔法使いであることで掻い摘んで説明してもらって、転移後に結界内の時間をズラすことでゆっくり話ができる旨をお母様に説明してもらって、あとはひーくんのお迎えが来るのを待つのみとなった。
「時空間魔術だと……? その程度では私の大切なソーナを預けるに値するとは……」
お母様に起こされたお父様はぶつぶつ文句を言ってるものの、お母様がお父様と共に今から見定めると決めたことには異論はないみたい。
「自分の意思で、終生寄り添うべき方と決めた男性ですから。私の目をもう少し信じて頂いてもいいと思いますわ」
次元越えの通信を可能とした小型の機器をひーくんから預かっていて大正解だったよ。スイッチ入れた後の会話は伝わっていたから、ひーくんはすぐに動いてくれていた。
「ほう……」
「あら、転移の魔法陣ではなく、魔法陣から扉が……珍しい」
見慣れてきた深紅の魔法陣から扉が浮かび上がり、そしてゆっくりと開いていく。そこには制服姿のひーくんに、さらに後ろに整列するのは制服や騎士服に身を包んだみんなが揃っていた。黒歌までちゃんと駒王の制服を着てる……いつの間に準備したの?
「お初にお目にかかります。サザトガ・シトリー様、アルジール・シトリー様。お時間を頂きまして、ありがとうございます。空知大翔と申します。ソーナさん、セラフォルーさん、椿姫さんと将来を前提にお付き合いをさせて頂いています」
優雅な仕草で一礼をした後、三人とも結婚を見据えていると淀みなく言い切ってくれるひーくん。あ、なんか私、瞳潤んじゃってる。両親に向かって、結婚を真剣に考えていると伝えてもらったことに嬉しくて仕方ないんだ、私は。
「後ろにおりますのは、同じく私が将来を前提に付き合いをさせて頂いている女性達。皆の紹介は後ほど……自慢の彼女達が腕によりをかけました、和朝食の御用意をしております。一席、ご一緒頂けますでしょうか?」
流れるようにみんなも一礼する。本気の接待モード……やだ、見惚れてるよ、私……。ソーナちゃんも椿姫ちゃんも同じだ、呆気に取られてすぐに動けてない。
「私達の名前はソーナから聞いたのかな」
「はい、ソーナさんとセラフォルーさんからお伺いしました。また、和食がお好きだとお聞きしましたので、もしご同席出来るならとご用意をさせて頂いておりました」
早朝の直談判を選んだのは家のメイド達が朝食作りに本腰を入れる前にという目的もあったんだよね、ソーナちゃんには言わなかったけど。なので、食材もほぼ無駄にならずに済んだはず。
「大翔くんと言ったか。同席出来なければどうするつもりだったのかね」
「ここにいない者も含めて私達は大家族なものですから。一、ニ名の違いは大差ありませんので」
「成る程。では、朝食をご一緒するとしようか。セラフォルー、一時間で戻れるのだな?」
私が頷くとお父様は執事長に短く指示を飛ばし、お母様の手を取り、扉の向こうへと歩を進めるのだった。続く私達が扉を通った後、魔法陣に扉は飲み込まれていった。
「まるで退路を断たれた感じだな」
「申し訳ありません、時間の心配がないという点に重なりますので……」
ひーくんのそつのない対応に、こういうのに本当に慣れているんだなあと改めて思う。世界規模の企業を二つ束ねるコンツェルンの次期後継者……堂々たる振る舞いをするひーくん、カッコいいよ☆
「封時結界、起動準備」
「補助の魔導具、正常起動を確認致しましたわ」
「時間経過の設定も問題ないよ、ひろくん」
すずかちゃんに朱乃ちゃんがひーくんの魔法陣起動に合わせて、即座に必要事項を確認していく。すずかちゃんはひーくんとの付き合いが最も長いからまだ分かるんだけど、朱乃ちゃんがこの阿吽の呼吸の域に達してるのは一体どういうことなのだろう……。
サザビー、ヤクト・ドーガ⇒サザトガ・シトリー(シトリー当主)
アルパ・アジール⇒アルジール(シトリー夫人)
こんな感じで。原作で名前が提示されたら差し替えるつもりだったりしますが。