※この作品はR-18です。

朱が交われば深紅に染まる   作:ですてに

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なんとか今日の分は上げられました。


第9話 堕天使

 ……まさかのSMタイムのスタートに俺達はそそくさと部屋を退出していた。部屋から少し離れた縁側に並んで腰掛けて、俺達はあの光景を話題にし始める。

 

「あれ、痛くないのかしらね……」

 

 あれのために、魔力が通しやすい鞭を作ってくれって言ってたんだな、朱乃さんのお母さんは。うん、朱乃さんのお父さんっぽい堕天使が、鞭に打たれて嬉し涙を流してたもんなぁ。あれは再会の喜び以外のものが混じってた、明らかに。

 

「躾られる喜びが痛みを甘い痺れに変えるんだよ、アリサちゃん。私、ひろくんならいいからね? むしろウェルカムかも」

 

「やらないからな。そういう嗜好は無いよ、無理」

 

「私も大翔と同じ気持ち。すずかの言ってることが理解できないわ……苦痛を悦びに変えるとか難易度高過ぎよ……」

 

「タオルとかでわざと手首とか足首縛ったりする延長線だよ。完全に支配されてる嬉しさや幸せが、刺激を全部気持ち良さに変身させてくれるんだよ」

 

 すずかは俺から与えられるものなら、何でも率先して受け入れようとする節が強い。だから、俺は常に自重しないといけないし、俺達の関係性が歪み切らないように、動いてくれるアリサの存在がすごく大きい。

 アリシアと紗月はなんというか、とても自由で俺達の関係性がどう変わっていくのか楽しんでいる部分がある。流れに任せたり、波風をわざと立たせたりするもするけれど、受け入れる覚悟めいたものはしっかり出来ているというかどっしり構えて、その上で楽しんでるんよな、この二人は。すずかとは違った意味で、アリシアと紗月は離れてはいかないだろうという安心感はあるんだ。

 

「でも、ひろくんが嫌がることはして欲しくないし、したくもないから、ちょっと残念かもだけど、実際やらないよ。逆にちゃんと言わないといけない人もいるかな?」

 

「あー、そっか。攻めも受けもいけるもんね……」

 

「大翔、念のため言っとくけど、私でも無いから」

 

 そう言いながらげんなりしているアリサの肩を引き寄せて、魔力を流し始める。顔色が少し悪いし、調えたほうがいいと思えたからだ。

 

「ん……ごめん、大翔」

 

「身体も心も傷を残さないのが一番いいからな。アリサ達のケアは大切な俺の役割だし、俺がそうしたいと思ってるから」

 

「ありがと、大翔」

 

 瞳を閉じて、肩に寄り掛かるアリサ。程よく脱力した様子で、俺に身体を預けている。

 

 ──以前はこういう時でもよく怒られたことがあった。役割とか義務じゃなくて、俺自身がどういう気持ちで接しているのか、ちゃんと言葉にして伝えろと。その気持ちがアリサ達の気分を損ねるものであっても、その程度で離れたりなどしないから、口を酸っぱくして注意され続けたものだ。

 時間はかかったけれど、すずかやアリサ、アリシアや紗月には、普段俺が抱く気持ちをある程度伝えることが出来ていると思う。特に、好きとか愛してるとか伝える時に、念話を使えるのは助かっているな。ただ、時折、ちゃんと声に乗せて言って欲しいと言われるから、そういう時は顔が熱くなるのを避けられなかったりするけど。すずか達からすると、念話とは受け取る感覚が全然違うらしい。耳を通じて言われるのは、とても大事なんだそうだ。

 

「おーおー、若さを見せつけてくれやがるぜ。ま、あの和室の惨状を見るよりかは、随分と胃に優しいがな」

 

 アリサの調子を整えていると、前髪だけを金髪に染めて、地毛の黒い顎鬚を生やした、第一印象が『チョイ悪オヤジ』なおじさんが、朱乃さん達がいる部屋から抜け出してきたのか、こちらに向かって軽い調子で声を掛けてきた。

 不意に掛けられた声に警戒の色をすずか達は取ったものの、俺が特に動きを見せないからか、バリアジャケットの展開までは行っていない。膝枕に移行したアリサは俺の魔力が乱れていないのを分かっているからか、一人だけリラックスした状態に変わり無しだ。

 

「フィアンセの調子があまり良くないものですから、ご容赦下さいますか」

 

「いや、気にすることはねぇよ。バラキエルの折檻もすぐにゃ終わらないだろうし、しばらく一緒に避難させてもらおうと思ってな」

 

『ひろくん、いいの?』

 

『敵意も無いし、バラキエルさんの関係者だろうしね』

 

 さて、バラキエルさんは神話で語られる有名な堕天使だ。

 

 読書好きでかつ雑食な俺やすずかは神話関連の読み物や、それを基にした創作の小説、漫画なども好んで読んでいる。ビジネス関係中心のアリサと、漫画中心のアリシア達とこの辺りで嗜好の差はあるんだけど、月村家の図書ルームは四人が四人とも蔵書を増やしていくから、非常に楽しいことになっていたりするが、それは別の話として。

 ……ともかく、俺やすずかはこのちょい悪おじさんが、バラキエルさんと関係の深い堕天使だと推測している。すずかの念話での確認もほぼ無警戒で大丈夫なのかという、俺への念押しでもあった。

 

「しっかし、この結界すげぇな。少しだけ結界の境から外を覗かせてもらったが……外は真っ暗なのに、中は朝と来てる。時間の流れが違うんだな。結界系神器を持っているとしても、相当なもんだ」

 

「神器というのがよく分かりませんが、この結界は私が補助器具を使って作成しています。長期間の維持となれば、魔力だけだとなかなかキツいので」

 

 目を大きく開いて、感心した様子を見せたちょい悪おじさんは、身体を前のめりにして、食い入るように質問を叩きかけてきた。

 

「おいおい……神器なしでこの結界を張り続けてるってのか? ちなみにどれぐらいの期間だ? どんな技術を使ってる? お前自身にかかる負担はどんなもんだ?」

 

「落ち着いて下さい。そもそも、私達は互いの名前すら知らないのですから、まずはそこからではないでしょうか」

 

 この鼻息の荒さは研究肌の人だ。技術に対して目の色が変わってるし、自分に似た感じがするから、多分間違いない。それでも、まずは自己紹介が必要だろうし、朱乃さんや朱乃さんのご両親と関わる以上、この人とも関係は避けて通れないと思うから、最初の挨拶はしっかりしておかないと。

 

「……予想はついてるんだろうが、バラキエルの魔法陣を通じて出てきたんだからよ」

 

「朱乃さんからある程度は。ただ、私達は世情にとんと疎いのです。ですから、基本的なことが全く分かっていないことも多いですし」

 

 この世界の事情に疎いのは間違いない。悪魔や天使の勢力については、朱乃さんに最低限のことは聞いているし、彼女の口が重たくなる堕天使については、アリシアを通じて、彼女のお母さんから教えられていた。

 ただ、外見なんて、俺達も変身魔法で変えられる。超常の存在である悪魔や堕天使なら、そういうことは容易いと思うのだ。偏見かもしれないけど。

 

「ちっ、面倒臭……い、いや、挨拶は大事だよな! エノク書にも確かそう書いてあったはずだ! おう、挨拶は必須だ!」

 

「エノク書にそんなことは書いてなかったような気が……」

 

「黒髪の嬢ちゃん、細かいことは気にするな! 特に今は!」

 

 本音が漏れた直後、びくんと身体を震わせて、拷問部屋を振り返った彼は慌てて、挨拶を交わそうと言い始める。すずかの指摘にもこの慌てぶり、恐らく女王様モードのあの人が何かをしたのだろう。彼女はこの人を知っているだろうから。

 

「遅くなったが、俺は堕天使の組織、『神の子を見張る者(グリゴリ)』の総督を務めてる、アザゼルってもんだ。朱乃の親父、バラキエルの上司にあたる。朱璃や幼い頃の朱乃とも良く飯を一緒に食ったりしていた仲だ。……朱璃、これでいいか? 何の技術か知らねぇが、頭に直接、呪詛めいた思念を送り込むのは勘弁してくれ。俺が悪かったからよ……」

 

 やはり、アザゼルさんへの念話だったようだ。憑依している彼女が使いこなしているのが驚きだけど、なんとなく出来ても不思議ではない雰囲気も持っていたし。この間に膝を軽く揺らせば、すぐにアリサも身を起こして姿勢を正してくれる。この辺りはいちいち言葉にしなくても十分に分かってくれていた。

 

「私は、空知大翔。魔法使い、になるんですかね、多分」

 

「私はひろくんの婚約者、月村すずかです。私もたぶん、魔法使い、かな?」

 

「同じく、大翔のフィアンセ、アリサ・バニングスよ。接近戦重視の魔法使い、かしら」

 

「私もひーちゃんの婚約者、紗月・テスタロッサです! 一応、私も魔法は使えます」

 

『同じく、紗月と身体を共有してる、アリシア・テスタロッサです! 二人で一人の魔法少女だよ!』

 

「お、おう。特に最後、どう突っ込むべきか悩むところだが、宜しく頼むぜ」

 

 自己紹介を終えた俺達に、困惑する表情を見せる堕天使の長・アザゼルさんだった。ともあれ、自己紹介も終われば、情報交換の始まりとなって。

 神話上の有名な堕天使と話せることに、俺も多少なり高揚していたのか、会話はすぐに弾み始めて、朱乃さんが再び姿を見せる頃には、随分と打ち解ける事が出来ていた。聞けばアザゼルさんは組織のトップでありつつ、技術屋の強い一面を持っていて、すずかやアリサの引き継ぐ組織の経営を一生懸命学びながら、趣味と実益を兼ねるモノづくりの時間を捻出する苦労など、とても共感できる部分が多かったのだ。

 

「そうかぁ……面白いもんだな、別次元の世界といい、俺と似たような境遇のお前みたいなヤツと出会えたことといい、えらく慌てていたバラキエルについていったのは大正解だったな。まだ時間もあるとくれば、ゆっくりと話し込める時間も取れるだろうしよ。この結界内なら、あと一週間程度はのんびりしても大丈夫なんだろ?」

 

「ええ、それ以上引き延ばすと、朱乃さんが学校に遅刻してしまう計算になるので」

 

「……元の世界だと学生だっけか、お前達も」

 

「一週間程度でどの道、戻らないといけません。それを過ぎると、私達の住む世界との時間軸のずれの修正がどんどん面倒になるし、魔力の消費も一日の回復量を超えかねないですから」

 

「ああ、そうか。転移した時間帯に戻るんなら、一週間程度のズレがあるのか。時空に関する神器等の力は隔たりが大きくなるほど、術者や神器使用者への負担がエグいことになるからな……」

 

 朱乃さんも高校三年と聞くが、俺達も同学年。ただ、俺達の世界時間が既に初夏で、こちらは春先だから、二ヶ月ぐらいの開きがある。

 学校はもちろん、経営の仕事や、あとははやての依頼で、はやての友人である、聖王教会の要人の護衛候補の顔合わせで、一度時間を取って欲しいとも言われているから、あんまり海鳴から離れていると、やるべきことが抜け落ちそうだ。もちろん、俺もすずかもアリサも予定は各々で管理しているが、現場から離れ過ぎることによる微妙な感覚の誤差は無視できるものじゃないから。

 

「元の世界での予定も詰まってますから、あまり離れていると色々鈍る感覚もありますし。書類関係の読み込みとか、普段からいかに数をこなしているかで理解の早さも変わるじゃないですか」

 

「……お、おう」

 

「アザゼル。総督としての仕事からいかに逃げているかが分かるな。彼を見習うべきではないか?」

 

「うるせぇよ、バラキエル。顔に鞭の痕残して、いいこと言ったみたいな得意顔してても締まらないぜ」

 

「うっ……」

 

 顎ひげに貫禄を感じさせてくれるはずの、朱乃さんのお父さん──バラキエルさんだけど、アザゼルさんの言う通り、残念な感じが拭えない。すずか達も似たような気持ちなんだろう、微妙な表情をしていた。

 

「こ、こほん。既に承知のことと思うが、私がバラキエル。朱璃と再び話せる機会をもらえたこと、深く感謝している。ありがとう……」

 

「お父様……」

 

 頭を下げるバラキエルさんに対して、憑依は解いているのか、呟いた声色は朱乃さん本来のものだ。お仕置きタイムだけでなく、親子で話をする時間もある程度は取れたのか、蟠りが無くなったわけでは無いにしても、朱乃さんの父親を呼ぶ声は険悪さが取れつつある。

 

「いえ、力になれたのなら、何よりです。たまたま、そういう力を持つ私達が朱乃さんと出会えて、彼女が勇気を出して事情を話してくれたからこそ、方法を示せたわけですから」

 

「それに、一回きりになんてさせない。私もひーちゃんも手伝うから、何回でも朱璃さんや朱乃さんと話せばいいんだよ。親子が仲違いしてるって、悲しすぎるもの。会えなくなったら、ずっと悔いることになるんだからね」

 

 笑顔で言うものの、紗月の言葉は本音そのもので。俺がかつて彼女にそういう悲しみを負わせ、二度目の生で再び出会い、幸運にも今があるから。だから、紗月の気持ちは、俺の気持ちでもあった。

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