※この作品はR-18です。

朱が交われば深紅に染まる   作:ですてに

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第96話 嵐の前の静けさ

「そうですか、大公様も疲れが溜まっていらっしゃったのですね……」

 

「ヒロには感謝しています。この人がここまで疲れを溜めていたことに気づかなかった。妻として情けない限りね」

 

 シーマリアさんが自嘲するのに対して今は側についているように声をかけ、ファリンに消化のしやすい食事の手配をお願いする。シーラさんのお父さんである大公様は、シーマリアさんに引きずられるような形で此方を訪問し結界内で一晩を過ごすとそのまま体調を崩してしまったのだ。

 様子を伺うためにシーマリアさんと大公様が休む客室へ戻ると、ベッドで上半身を起こしてはいたものの、どこか弱々しく見えてしまう。

 

「おお、ヒロ。気が緩んだらこのざまだ。私も無理が祟っていたということだな」

 

「入浴や睡眠、翌朝の朝食を含めて六時間は確保出来るとお伺いしました。ですので……結界内で六日間は安静に過ごして頂きます。せっかくですから、シーマリアさんやシーラさん達とゆったりとお過ごし下さい」

 

 大公様の許可を得て体内の魔力や気脈の流れを整えていく。致命的な澱みは無く、自己回復力を高めたので六日あれば元気に戻る見通しを伝えた。ただ、疲れが本当に溜まっていたので、仕事はさせませんとも釘を刺す。アリヴィアンさんに見張ってもらう旨も合わせて伝えておいた。

 能力の複写は別として、男性相手に魔力や気を流すことについては特に止められてはいない。ただ、例外としてヴラディ君に対しては待ったがかかっていた。アリシアや紗月の言葉を借りるなら『なんかヤバい予感がする』のだそうで。

 

「ははっ、まさかあの時の少年が私達以上の『時に関する術者』へ成長するとはな……すまない、ありがたく休ませてもらうよ」

 

「後ほど食事をお持ちします。それでは一旦失礼致します」

 

 その場を辞すまで、大公様の視線をずっと感じていた。それは決して不快なものではなく、どこか暖かさすら感じるような──。客室から退室すると、そこにはシーラさんとセラの姿があった。心配そうな表情の二人に回復の見通しを伝えておく。

 

「無理はさせてるのは分かっていたんだけど、やっぱり疲労を溜めていたんだね……アガレスのおじちゃまの細やかな働きがあってこそ、私やサーゼクスちゃん達が表で魔王をやってられる部分も大きいから」

 

「私も代行する部分があってもまだ力不足なところも大きくて……」

 

「みんなに相談してからにはなるけど、定期的にこんな感じで結界内でリフレッシュしてもらうべきだろうね。セラやソーナ達のこともある。こちらとしても大公様との繋がりが太くなるのは悪くない話だから」

 

「穏和な方向性で行くのなら、でしょ? ヒロがいざとなれば冥界との転移ルートを塞ぐくらい予想は立つわよ……もう、変に悪ぶらないの」

 

 シーラさんの言葉にうんうんと頷くセラ。そんな甘さがあるひーくんが私は好きだと言われて、顔を赤くする羽目になってしまう。

 

「知らないじゃ済まされないって、冥界の情勢、他勢力や、内部の旧七十二柱の筆頭バアル家を始めとする力関係……私やソーナちゃん、シーグヴァイラちゃんを講師としてこの短い期間で頭に叩き込むんだもの☆」

 

「お母様も驚いていましたし、それに絶対にヒロを離すなと厳命してきましたから」

 

「あー、悪魔側としてのシトリーとアガレスの秘蔵っ子扱いにしちゃえってアレ? でも、アガレス家は大公の継承もあって、どうしても純血悪魔じゃないといけないって……」

 

「どうも私に純血悪魔の夫を娶らせて子供を産ませ、ヒロはあくまで私の補佐兼内縁の夫にと再会直後は考えていたようです。私が純血悪魔の子を産むのは別として、ヒロをそのような扱いにするのは真っ平だと返しましたが」

 

「……悪魔至上主義。まあ、個人でどう思おうとも、アガレス家はそういう立ち位置だもんね……」

 

 分からなくはないが、苛立ちを覚える話だ。家の存続のために、情が通わない相手の子を産む。日本の歴史でも政略結婚はいくらでもあったこと。

 でも、俺のシーラさんに対する感覚は……そう、すずかの姉である忍さんへの感覚にも似ていて、俺が制止できる権利も無い。

 

「……ヒロ。そんな顔をする必要は無いわ。私はアガレスの娘として生きる覚悟はとうに固めているの。ただ、貴方とこうして過ごせる時間が認められていることで、私はしっかりリフレッシュも出来るのだから」

 

 笑みさえ浮かべ迷いなく言い切るシーラさんの在り方に、俺は口を出せるわけもない。ただ、無性に悔しくて仕方がなかった。

 

「……!」

 

「どうしたの、シーラさん?」

 

「いえ、お母様がまた悪巧みをしているような気がして」

 

「シーグヴァイラちゃんが潰す気なら手伝っちゃうよ?」

 

「いえ、私やヒロに何かをするという感じではなく、何というかお母様らしく斜め上の方向からというか……また探っておきますね」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 退室していった、短いとはいえ擬似的な息子として忘れられぬ日々を過ごした少年。見事な青年に成長し、私達の前に再び現れた。いや、シーグヴァイラの執念が約束の期日までに見つけ出したというべきなのか。

 

 当時、最初はシーグヴァイラが弟や妹を欲しがっていたことへの慰みになれば──ぐらいの気持ちだった。だが、シーグヴァイラが急な大病を患った際……ヒロは夢中で『回復』の魔術を行使し、その命を繋いでみせた。神器の力でもなく身体が覚えていた様子から、別次元からの転生者という可能性も判明したわけだが、なにせヒロもそのまま数日、意識を失うほどの魔力や生命力すら捧げた状態だった。ゆえに、病の癒えたシーグヴァイラを筆頭に続けて看病に追われたわけだが、なにせあの一件からヒロは娘の命の恩人ということで、私達夫妻だけでなく、我が家の使用人達の絶対的な支持を得た。

 

 そこからだ。彼をアガレス家で絶対に手放すなという話になっていったのは。また、彼の気質は恩には恩で報いる、敵意には敵意で応える……身内としてしまえば、アリヴィアンと並んで、シーグヴァイラの絶対的な味方に成り得る存在だった。ゆえに、いずれシーグヴァイラの僧侶の駒を使い、彼を転生悪魔にする話も進みかけていた。

 

 だが、彼は元来の記憶を取り戻し、滞在中の記憶を代わりに失い、元の世界へ戻ってしまったわけだが。その後、彼の行方はつかめなかった。それもそうだろう。まさか、元来は次元転移を使いこなす術者とまでは考えなかったのだから。

 

「シーマリア。一か月とはいえ、シーグヴァイラと姉弟のように過ごし、あの子がずっと探し続けていた少年がずっとシーグヴァイラの傍にいたとしたら……そんなことを考えてしまったよ」

 

「いえ、まだ間に合いますわ、あなた。ヒロは相変わらず情に脆く、かつ身内と認識した相手に対しては惜しみない献身を注ぎます。いまや悪魔の力を得て、身内とする対象は唯一の者だけに向けられるわけではありません。複数の女を愛することを肯定したというのは、私達にも有利に働きます。あの子が入り込める余地はまだまだありますわ。それに、ヒロとあの子の距離感は既に恋人同士に等しいもの。まぁ、シーグヴァイラの思考は恋慕と家の問題を完全に切り離して考えますから……私達がそう育てたわけですので、その辺りの矯正は必要ですが」

 

「……だが、シーグヴァイラと彼がうまく行くとしても、二人の子を跡継ぎには出来んぞ?」

 

「ふふ、貴方も私も老け込むような年かしら。まして、ヒロと友好的な関係を続ければ、体力気力ともに良好な状態を保つことが出来るのですよ。さらに、なかなか取れないはずの二人の時間すら……」

 

 茶目っ気たっぷりに微笑む妻は年を重ねても変わらず、愛らしさの中に成熟した女性としての妖艶さを秘めているのだが……私はまだ静養が必要なのを忘れていないかね?

 

「シーマリア……私は、安静にと言われたのだぞ」

 

「ええ、すぐにではありませんわ。でも、私とてまだまだ現役なのですから……」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 この後の六日間の静養で、確かに大公様はしっかりと体力や気力を取り戻した。ただ、シーマリアさんも疲れが溜まっているからと、黒歌や白音に体内の魔力などの調子を整えてもらっていた。もちろん、俺やすずかに話を通した上で。

 

「うーん、ラブラブのまま帰っていったにゃ。久し振りに時間が取れたのがそんなに嬉しかったのかにゃ」

 

「な、なんだか恥ずかしいわ、両親が仲がいいのはいいことなのだと思うのだけど」

 

「奥様が余計な懸念なんて近いうちに無くしてみせるから安心しなさいと申されていましたが、なんだか余計な心労が増える予感がするのですが」

 

「ええ、絶対に斜め上の方向から何か仕掛けてくるわ。アリヴィアン、警戒は怠らないように。ヒロ、週末のソーナやセラフォルー様の食事会に私達やお父様お母様まで訪問することになったけれど……何かあればすぐに知らせるわね」

 

「こちらはこちらでお父様も気合が入ってましたし。ちょうどいいから、ケリをつけてやると……はぁ。大翔くん、また厄介事に巻き込んでごめんなさい」

 

 サザトガさんと大公様の通信に俺も立ち会ったんだけど、週末の食事会が思ったより混沌としたものになりそうだった。すずかの両親の征二さん達にアリサの両親のデビッドさん達、バラキエルさん達にヴァーリやプレシアさんにはサザトガさんからも正式に連絡が行き、ただの懇親会の様相ではなくなったことも伝わっている。

 

『娘達が貴方を共有すると決断した以上、私達としては自分の娘を不幸にしない限りは、好きになさいという話よ。親同士の話はこちらできっちりケリをつけるから、甲斐性を見せると言い切ったのならば死ぬまで貫きなさい。不幸にしたら直接手を下してあげる。それだけのことよ』

 

 ただ、プレシアさんを筆頭として、何とも逞しい義父母達であり強力な味方でもあった。だからこそ、俺は自分の最善を尽くすように日々頑張るだけだ。あと、胃薬の改良には力を入れると決めた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「んーっ、この卵焼きもおいしっ☆ ソーナちゃんの花嫁修行も順調だねえ☆」

 

 今日は週末。明日は約束どおり私の実家へとすずかさんやアリサのご両親達とともに訪問する日だ。冥界の空気が人に毒になってもいけないからと、保護用のアクセサリーを付けてもらうようにも手配済。というか、大翔くんが目を輝かせながら作った品々だから、中級悪魔の一撃を防ぎ切りそうな逸品が出来てしまっていた。今晩には朱乃の両親もすずかさんの自宅へ前泊で合流して、そのままシトリー家の冥界への直通列車で移動することになっている。

 ……私や他の皆はそれこそ、さらに防御力の増したネックレスやブレスレットやアンクレットをもらっているのだけど。本当は指輪を望む子が多いし、私も憧れはしていた。ただ、学校でもこっそり身につけていられるモノとなると、まぁ、指輪は色々とややこしいものね。

 

「目分量は調理人の域に達してからと、厳しく指導されましたから……」

 

 学校の昼休みになると、大翔さん達の聖祥大附属や黒歌が日中待機している姫島神社、この駒王学園やお姉様の執務室を繋げて、封時結界を張るのが定例化していた。朝に作ったお弁当を持ち寄って、例えば学園の屋上とか、朱乃さんに了解をもらって縁側に並んでみたりとか。

 お弁当の味付けなども、すずかさんなどに徹底指導してもらって、随分と改善したもの。以前のやり方で作ったものを自分の口に入れられた時は命の危険を感じて吐き出しましたから。味見をしないだなんて何を考えているのかと、お母様よりも怖いすずかさんの指導でした。

 お姉様はその指摘をすること自体にものすごくご立腹だったようなのですが、すずかさんに大翔くんに害を及ぼすつもりかと、凄みのある笑顔と一緒に懇々と説かれて……まあ、お姉様も大翔くん大好きですから。折れたわけです。折られたとも言います。その後は飴とばかりに大翔くんが慰めて、すずかを責めないで欲しいというマッチポンプにお姉様はあっさりハマっていたようです。あと、椿姫や匙たちがすずかさんに泣きながら感謝を伝えていたとかなんとか。……ええ、確かに知らずに食べさせられていたとなれば、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

 

「うひょー! 今日は朱乃さんのお手製弁当! 美味いし彩りが綺麗だよな、なあ木場!」

 

「本当だね、元々上手なのは知っていたけど、これは栄養バランスもとてもいいんじゃないかな……」

 

「いやあ、大翔さんの弁当も間違いなく美味いんだけど、やっぱり女の子に作ってもらうのは格別だからなぁ……あ、大翔さん、すんません。決して嫌なわけじゃないんで」

 

「いや、分かるよ一誠君。俺もすずかや朱乃、ソーナ達の弁当となると、やっぱりテンションが上がるから」

 

「イッセーくんにしてもリアスにしても、唐揚げにカレー、ラーメンといったものが好みですからね。鍛錬の兼ね合いで食事を共にすることも多いのですし、大人数のお弁当を作るのならば多少人数が増えても同じことですから。誰が作るにせよ、野菜やお魚もちゃんと取っていただきます」

 

 リアス眷属の中で一番上のお姉さんの朱乃。今の彼女はそんな感じで、リアスは少し手のかかるけれど愛らしい二番目の姉というように見えてくる。自分の中に核となるものが根付き、精神的な安定も得ている朱乃は自然に年長の役割をこなしている。以前のようにどこか演じているような部分が無くなってきていた。弁当のおかずを分担して作ったことによる、私の卵焼きも入っていることは黙っていたほうが良さそうですね。

 

「僕はヘルシーなほうが嬉しいですぅ」

 

「私も頑張って覚えますね、イッセーさん!」

 

「その意気ですよ、アーシアさん。うふふ、やはり殿方の胃袋をつかむのはとても大切なことですから」

 

 アーシアさんも向上心が旺盛な方で、私や桃、憐耶達と一緒ににすずかさんや朱乃、時には大翔くんの料理指導を受けている。ヴラディくんもお姉様が同席できる時は一緒にこうして昼食を一緒するようになっていた。大勢での食事はなんというか、嫌じゃない賑やかさがあって、気づけば楽しみの一つになっている。

 

「……美味いわ、ほんと。大翔さんが同じ学校だったら呪いでもかけられてるんじゃないか?」

 

「むぐぐ……悔しいけど、姫島先輩にはまだ及ばない……ほんと、おっぱいもお尻も大きくて腰はきゅっと締まって、料理が得意で茶目っ気もあるお姉さんって、ほんとこの世って不公平だと思う……! 美味しいけどっ!」

 

「桃ちゃん……でも、先輩の愛情って重たいよ?」

 

「弱点らしい弱点でも無いでしょう、それ。尽くす系だから、男が甘え過ぎなきゃ問題ないし、お師匠はむしろ無茶し過ぎる性格だから、月村さんと二人がかりでブレーキをかけるぐらいで丁度いいというか。姫島先輩だけじゃなくね、会長も料理も得意になってきて、完全無欠な女性に近づきつつあるし……なんか、こう女としての焦りが……」

 

「そういうことを考える余裕が出るぐらいには、俺達は充実してるってことだ。ただ、明日の会長の実家行きは大変そうだから、気合入れないとな。副会長以外は俺達も初訪問だけど、なんせそれ以上に大翔さん絡みにカオスになるのが目に見えてる」

 

「蕎麦を楽しむ余裕なんて、あるかしら?」

 

「ごめんなさいね、憐耶」

 

「え、余裕が無いのは確定ですか、会長……」

 

 椿姫の困ったような笑みで分かるでしょう? いざとなれば、全員強引に意識を奪うぐらいのつもりでいかないと……。

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